承認欲求依存からの脱却
ダンドリ検定落選から17日間、ピクミン関連の活動は完全に断ち切っていました。
今日久々にボイスチャンネルに顔を出したことで解禁してしまいましたが、17日間で思ったことをメモっておきます。
結論から言えば、良い意味で自分のピクミンに対する「依存」はかなり低減しているということを実感しました。
ピクミンと関わっていなくても、代替活動でおおむね満足はできるようになりつつある。
しかし一方でピクミン活動を今後も継続したいという欲求も自覚しているという感じ。
近年の承認欲求不信から、活動を必要以上に承認欲求のために消費しようとして消耗しなくなったのだと思います。
まあ、この17日間で「ブログ以外は完全無趣味」も意外と悪くないかもと思ったのも事実です。
無趣味だとさすがに時間が余りますが、ブログを書くというタスクはその穴を埋めるのにちょうどいいんですね。
老後はこんな風に過ごすんだろうなとなんとなく予感しました。
世の中、なんらかの趣味がある方が偉いというような風潮がありますが、
別にそんなもの無くてもいいんじゃないかと改めて思った次第です。
少なくとも、惰性でやっているようなことはいっそのこと切り捨ててしまった方が良い。
では自分にとってピクミン活動が切り捨てるべきオワコンなのかというと、もちろんそういうわけではありません。
確かにこれまで承認欲求に強く依存して活動してきた面があることは否めないし、
承認欲求を原動力にできなくなった昨今は低燃費な活動にならざるを得ないところはある。
ただ、一方で承認欲求「だけ」でここまで来れたとも思っていません。
やはりゲームの中では一番ピクミンが好きだからこそ、断ち切ってもまたフラフラと戻ってきてしまう。
そういう内発的な動機づけがある上、所属するコミュニティがあってやることも無限にあるという状況は、
基本的には辞める理由がないというのが結論です。
今回は公式にモチベを削がれるというまさかの事態が起きたのでこうせざるを得ませんでしたが、
こういうことさえ無ければ可能なかぎりピクミンにリソースを注ぎ込むべきだと思っています。
ただ、ずっとそればかりだと自分の状態を客観視できなくなり迷走する原因になりうるので、
今回のように意図的に離れてみる時間もそれはそれで有意義なのかなと。
以前は界隈の人に認められたいという思いが強すぎて成果が出せないと結構病んでいましたが、
自意識過剰が改善した昨今は割と思い切って断ち切れるようになった方だとは思っています。
とはいえ、絶好の作業機会であったはずの実家帰省を含む17日間を丸々ロスしたことによって、
年末までに何かをやろうという計画については頓挫の可能性がグッと上がってしまいました。
これについては復帰後改めて考えていきたいところです。