椎骨動脈解離で入院生活 #12
入院12日目。
経過観察を経てようやく造影CTスキャンの日がやってきました。
カテーテル検査でスキャンした動脈瘤がこの6日で悪い方向に変化していれば手術、していなければいったん退院。
ここまで全部ハズレを引いている自分の末路は果たして。
まず朝食は無し、お茶のみ。
そして昼前くらいの時間になると看護師さんがやってきて造影剤を注入するための管を入れに来ました。
点滴は入れないが点滴の注射的なことをするということです。
このときの看護師さんがなかなか下手くそで、最初の1人目は2回刺して2回とも失敗し、
「私じゃダメなのでバトンタッチしますね」と2人目が呼ばれたのですが、その人も1回目は失敗。
2人目の2回目でようやく成功し、右腕が4回も刺されることになってしまいました。
点滴の注射針は健康診断の採血などと比べるとかなり太く、痛みは倍くらいあると思います。
しかもそれを、おそらく血管内に適切なポジションにするためにグリグリ動かすのでさらに痛いんですよね。
まぁ、今回は点滴はこれで3回目だったので若干その痛さにも慣れつつありましたが。
看護師さんが言うにはCT検査造影の注射針は普通の点滴の注射針よりもさらに太く、
必ず右腕でなければならないという制約があるため一段と難しいそうです。
昔の自分は「痩せているので注射は失敗されたことがない」とドヤ顔で書いていますが(#04893 / 2017年05月29日)、
点滴はまた事情が違うのか、多少皮下脂肪がついてきたのか、ここの看護師さんがちょっと下手なのか……。
MRIは磁力を使うので人体には無害ですが、CTスキャンは放射線を使う精密検査。
しかも造影剤の成分も違うようで、MRI造影検査ではガドリニウムを使うのに対し、CTスキャンはヨードだそうです。
おそらくカテーテル検査で使われたのも今回より少なかったですがヨードだったと思われます。
このヨード、体内(血管)に注入されるととても熱く感じます。
CTスキャン中に機械が自動で注入するのですが、まず針の入っている腕の血管を通り、
脇の下辺りを通過して胸まで来た……と思った次の瞬間、股間から頭まで一気に駆け巡る感覚がありました。
あ、心臓ってこうやって全身に血液を輸送してるんだ、思ったより強力だな、と人生で初めて実感しました。
ちなみにこのときにめちゃくちゃ失禁したような感覚に陥るので一瞬焦ります。もちろん実際には無事なのですが。
CTスキャンは無事に終わり、あとは主治医の判断待ち。
まあ忙しいだろうから夕方くらいまでは待機かなと思っていたら検査終了後30分くらいで来てくれました
(主治医は自分が仕事を半ば放棄して緊急入院したことをとても心配しており、
1時間でも早く帰りたいという発言を重く受け取ってくれたのだと思います)。
結果は……退院決定。
6日間で動脈瘤は変化しておらず、「ひとまずは」手術等の必要性は無いとの判断が下りました。
もちろん、残りの人生でどうなるかはわからないので、まずは2週間後に今度は外来としてMRIを受けるわけですが。
その後は退院の手続き。まずは2週間後の受診までの分の諸々の薬を受け取りました。
高血圧の薬と、あとはなぜか高尿酸血症の薬、頭痛がしたときの頓服薬、あとはなぜか下剤。
尿酸については今回の件はまったく関係ありませんが、
血液検査をしたときに尿酸値が妙に高かったのでいちおう飲みましょうという話になりました。
ビールは飲まないし痛風鍋もまだ食べていないのになぜ……。
下剤は入院中にあまりにも💩が出ないことを心配され、食後に飲まされていました。
が、それでも標準の頻度では出なかったのでいちおう処方されたという感じですね。
これはもう長年のカフェイン摂取のせいだと思っています。
今回の入院、カフェインが解禁された10日目まではコーヒーを一切摂取しませんでした。
自分はもう遅くとも中学時代から毎日コーヒーを飲む習慣がついていて、
1日で1杯も飲まない日はイベントや外泊などの特殊事情がないかぎりは皆無です。
おそらく1週間以上連続で飲まなかったのは小学生時代以来だったんじゃないかなと。
で、トイレ事情……というより消化器系がもうそのカフェインに連動する仕組みになってしまっているんでしょうね。
そのことが今回初めて明らかになりました。自分の腸はもはやカフェインをあげないと働いてくれない。
下剤が効かないというのは見方を変えれば深刻ですが、
まあ日常に戻ってコーヒーを飲めるようになればこの下剤を使う日は来ないでしょう。
その後退院の手続きが進み、病室からは無事に撤退。
会計専用窓口に行って提示された今回の入院費は保険適用前で実に58万円!!!!
まぁ、どう転んでも「思ったより安いじゃん!」みたいな展開は無いだろうとは思っていました。
何度も何度もMRI検査して、CT検査とカテーテル検査までして現実的な金額に収まるはずがないだろうと。
3割負担マジックでどうにか10万円前後にならないかなーと思っていたら、自己負担額も予想をだいぶ超えてきました。
ただ支払い猶予はだいぶあり、「1ヶ月以内に振り込んでいただければ」とだいぶざっくりした説明をされました。
そこを曖昧にすると支払わない人もいるのでは……?
動脈瘤の問題がひとまず去ったと思ったら次はカネ、そしてこのあと仕事の問題か……。
と思いつつも数日ぶりに帰宅、まずは高額医療費制度について健康保険の窓口に問い合わせるべく調べていました。
高額医療費制度とは、月の医療費がその人の所得ランクに応じて決められる月の限度額を超えた場合、
その超過分について補助が受けられ、本人負担はその人のお財布事情の現実的な範囲に収めてくれる制度です。
保険適用前58万円ならどう考えても該当するだろうと思って改めて領収書を見てみると、
病院宿泊費(いわゆるベッド代)が丸々7万円分保険適用外になっていることを知りました。
制度ルールを読むと本人が希望したことで手配された個室等にかかる特別料金、
いわゆる差額ベッド代は高額医療費制度の対象外とあり、仮に補助を申請したとしてもこの7万円は救済されません。
これでは申請する意味があまりないことになってしまうので困りました。
確かに宿泊していた病室はベッド代がかかると言われましたが、
そもそも入院当日は緊急入院という名目で入ったこともあり、病室は病院側がすべて決めていました。
そしてふと、支払い窓口で待機しているときに他の患者が
「緊急搬送されて入院が決まり、病室が自動的に決まった場合は差額ベッド代がかからないって聞いたんですけど……」
みたいな相談をしていたことを思い出し、自分もそれに該当するじゃんと今更のように気づきました。
ということでまずは保険組合より前に退院したばかりの病院の入院費担当窓口に問い合わせて事情を説明したところ、
「差額ベッド代は明確な本人の同意があって頂くもので、そうでない場合は頂戴していません」
とあっさりベッド代7万円は帳消しにしてくれることになりました。
なんというか、お世話になったのにゴネて安くしてもらったような感じがして罪悪感がありますが……
7万円の差は大きいし保険適用されないのはキツいのでそのまま話を進めてもらうことに。
あと、高額医療費制度はマイナ保険証によって収入情報が連携されていてすでに適用されているとのことでした。
その関係もあって自己負担額を書くと年収レンジがバレるので書けないのですが、
最終負担額は結局入院中の食事代サービス代諸々を足し合わせて見舞金でほぼカバーできる範囲に収まり、
諸々のありがたい制度のおかげで12日入院したにしてはかなり負担が減りました。
金銭についてはひとまずクリアしたと言ってよさそう。
次は仕事です。
まず退院直後くらいのタイミングで例の無能な営業から「現在のプロジェクトは今季限りで終了となりました。」
と、こいつ感情入ってんのかと思うような文面で契約終了を知らせてきました。
まあ10月以降も現行プロジェクトにいられる席もタスクも実力も無いことは十分承知していたので、
それ自体はどうでもいいんですが、問題は09月末までの処遇です。
怒涛の7欠勤で現場はどうなっているのか。炎上しているなら休み明けからは残業フィーバーになるし、
炎上していないならそれはそれで自分はお役御免ということなので待機になりかねない。
17時から現場上司と会話する機会を得て、いろいろ現場の実情を確認しました。
まずもともと先々週終わるはずだった(自分が担当の)実装工程はベテラン社員のアシストでどうにか目処は立て、
後続のシステムテストについてもその人の旗振りですでに動いていると。
UATの日程はクリティカルな支障は出ていないので、ひとまずプロジェクト自体がヤバいわけではないとのこと。
となると自分がお役御免になるパターンか……と思っていましたが、
リリースに向けて整理しなければならないドキュメントがたくさんあるので、
そちらを担当してほしいといちおうタスクは与えてもらい、明日から出勤することは合意を取れました。
いちおう仕事面も危惧していたようなことは起こらず、無難なところに着地したかなという感じです。
今回の件で、自分のような勤務形態の人間はこういう契約で客からカネをもらっているかぎり、
やむを得ない理由であろうと連続欠勤してしまうともう戦力として数えてくれないのだと痛感しました。
そして戦力になれないと一気に社会的地位が危ぶまれてくる。
正直、この辺も今後ちゃんと身の振り方を考えなければならないところだと思います。
自称webエンジニアとしてこの業界に入って約7年、果たして得られたものはあったのかと……。
そんなこんなで長い長い入院生活が終わり、日常が戻ってきました。
今回の件は自分にとって、2014年の地方のブラック企業入社や2019年の上京に比肩する人生の分岐路だったと思います。
もう健康のことを気遣わなくていい人生は終わりました。
それだけでなく、さまざまな面の自分の有限性について気づき直すことができました。
2026年08月20日はたぶん、自分にとって青年期と中年期の境界線として語ることになるんじゃないかと予感しています。