ブログ最初期の記憶
元プロボクサーチャンピオンで日本に「ガッツポーズ」を流行らせたガッツ石松さんが今月肺炎で亡くなりました。
よく知っている有名人の訃報に接するたびに昭和や平成が失われていく喪失感があるもので、
そういう意味ではガッツ石松さんは世の中的には昭和の象徴として語られる伝説の男なのかもしれません。
しかし、自分にとっては実は平成の思い出でもあったりします。
これは迂闊に書くと身バレの危険性がゼロではないのでここでしか話しませんが、
実はブログ黎明期、高校の文化祭の講演で来た著名人のうち1人がこのガッツ石松さんでした(#00010 / 2004年09月10日)。
正直言うと、どういう話をされていたのかまっったく覚えていません。
昭和の人間であるはずの親に「ガッツ石松が来たよ」と話しているとは思いますが、
それで驚かれたような記憶もまったくありません。
当時のことで唯一覚えているのは、当時高校1年生だった自分たちはクラスの出し物としてドミノをやったのですが、
それがガッツ石松の講演会のあとの表彰式で自分たちの出し物が優秀賞か何かを受賞したことですね。
その発表の瞬間、クラスメイトの女の子が嬉しさのあまり悲鳴を上げたのをよく覚えています。
この女の子は確か、2年・3年とずっと同じクラスだったと思います。
高校1年生当時の自分は、少し遅れた厨二病の全盛期でもあった黒歴史の時代です。
そんな時代にスタートしたブログがいまもなお続いているというのも改めて不思議な話ですが、
当時は大人になってからの諸課題とはまた違う、より根本的な人間関係の課題を多く抱えていたように思います。
とりわけ致命的だったのは協調性が皆無だったことで、
この文化祭についても基本的にはバカなので「手伝わないオレかっけー」と思っていました(たぶん)。
しかし、当時の担任に丁寧に説得されたあと、「ちょっとやってみようかな……」と手のひらを返し、
結局終盤では積極的に居残りをするなど自分なりに貢献しようとしていた記憶があります。
ある意味、あれが人生初の「仕事」だったし、他人と協働することは楽しいと思えた初めての瞬間だったと思います。
そういう意味では2004年の文化祭はのち人生に大きな影響を与えたと言えると思うし、
のちに3年間お世話になる担任はなんだかんだで自分にとって恩の大きな人物なんだろうなとは思います。
このブログは高校1年2学期の始業式の日にスタートを切り、
始業すぐに文化祭準備が始まったので、文化祭はこのブログにとってもっとも古い歴史です。
高校1年1学期以前については、途中思い出して書いたこと以外はもうほとんど忘れてしまいました。
その「もっとも古い歴史」にゆかりのある人物の訃報に接し、
あの日から流れてきた年月のあまりの長さについて、改めて思いを馳せた一日でした。