動的サイト制作の機運
『ピクミン2』22周年ということで、
だからというわけではないのですがピクチャレ大会の開発作業に1日を捧げました。
その一環で移転前にしかないコンテンツを確認したいというニーズがあったため、
レガシーとなっているリポジトリを復旧する作業をしていました。
自分が制作・管理しているピクチャレ大会というサイトは2007年の今日、
特設サイトのコンテンツの一部としてスタートし、その後2015年09月01日に移転、2023年07月21日に再移転しました。
このうち2015年の移転は当時さまざまな思惑の交差するところで実行を決意したという経緯があります。
ざっくり自分のweb制作運営遍歴を振り返ると本番環境の基盤(というより制約)によって5段階に分かれています。
楽天広場や「Yahoo! Geocities」でテキストサイトを作っていた2003〜2005年。
忍者ホームページでサブドメイン運用をするようになった2006〜2009年。
独自ドメインとレンタルサーバーを運用してもろもろまとめることを目論み
「新本家サイト」という位置付けのポータルを中心に制作していた2010〜2013年。
2003年からやっていたブログをその新本家サイトと同じ格付けにして独立した2014〜2022年。
ついにVPSを契約して基盤も自由にいじれるようになった2023年〜現在。
忍者ホームページまで(〜2009年)はHTML, CSS, JavaScriptのみでバックエンドはいじれず、
2010〜2013年の新本家サイトはGMOの「XREA(エクスリア)」、
2014〜2022年の3代目本家ブログ&ピクチャレ大会ver.2はGMOペパボの「heteml(ヘテムル)」を使っていましたが、
当時、両者にそこまで大きな仕様の違いはなかった……と思います。
ただ、2010年当時の自分はそれ以前のノウハウを活かしてHTML+JS主体のサイト設計をしたこともあり、
XREAでPHPを使えることさえ知らず、JavaScriptベースの自己満足なサイトを構築していました。
当時はPerlの方が耳にする機会があったので、Perlの勉強をしていたくらいです。でも結局そのPerlも使わなかったという。
独自ドメインで運用できればそれでよし、というスタンスだったのでしょう。
新本家サイトプロジェクトも自分の中ではちゃんとした成果になったとは言い難く消化不良のまま終わってしまい、
結局ゲームファンというだけでコンテンツを生み続けるのは難しいのだと察したのか、
ブログ10周年の節目である2014年には新本家サイトを半ば放棄し、
ブログをWordPressに移管してそれに専念することになります。
そしてそのWordPressを通じてPHPを触るようになり、HTMLタグのようにスクリプトを埋め込めるその簡便さに感動。
それによって改めてPHPとデータベースを使って参加型サイトを作りたいという機運が高まってきました。
そこへ来ると当時のピクチャレ大会(ver.1)は外部サイトの応募フォームに依存してExcelで人力更新していたため、
投稿を自動化したいというニーズを考えたときに いの一番に考えつく既存のコンテンツでした。
さらに当時はTwitterでピクミン界隈とのコミュニケーションが盛り上がって所属意識が形成されつつあったこともあり、
コミュニティに貢献できるという意味でも大きな意義があることは明らかでした。
ピクチャレ大会はそうした数々の巡り合わせのおかげで制作に漕ぎ着け、独立したという経緯があります。
蛇足ですが、さらに言えば『ピクミン3』がリリースされたのが2013年だったのも絶妙なタイミングだったと思います。
2010〜2012年は黎明期スマホゲームや音ゲーに夢中だったのでピクミンはほぼ忘れ去られており、
その時点でPHPを知ったりコミュニティに所属したりしても結果的にこうはならなかったんじゃなかろうか。
そもそもピクチャレ大会の開催自体も2本のゲームとの巡り合いによるものだったことを考えると(#07494 / 2024年06月23日)、
今日で開催から19周年を迎えるこのサイトもさまざまな奇跡の積み重ねで立っていると言えるのかもしれません。
いま、改めてレガシーを復旧してみるとページの読み込みにめちゃくちゃ時間がかかるし、ページの動線はわかりにくいし、
余白をまったく考慮されていないキツキツのデザインはいかにも前時代的で、チープさを拭えません。
各ドキュメントにはメンヘラ期の遺物とも言える管理人のお気持ちが垣間見える文章もあって絶妙に黒歴史感がありますが、
一方でナビゲーションメニューなど、当時の自分が自分なりにこだわっていた痕跡もしっかり残っています。
このサイトの客観的なクオリティはどうあれ、
これに打ち込んだ日々があってこその現在があることは忘れてはならないと改めて感じます。