Chrononglyph

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#8345

世界を揺るがす脆弱性

webサイトのバックエンド処理を担うことが多いプログラミング言語「PHP」に深刻な脆弱性が見つかり、
またその情報をハッカーがリークしたことから対応版のリリースを前倒しせざるを得なくなったようで、
今日の23時に配信されたパッチを自分のサイトに適用する作業をしていました。


影響を受けるPHPのバージョンは「5.4以上」。
PHP 5というのは2012年にリリースされた古いバージョンで、とっくの昔にサポートは終了しています。
また、報道によればPHPを使っているwebサイトはインターネット上のwebサイトの実に7割を占めており、
日本だけでなく世界中で大きな影響が出ています。
発端はAIが発見したとのことで、インターネットセキュリティ界隈は当面こういう騒ぎが続くのではないでしょうか。


サポート切れのバージョンでは今回の脆弱性の発表に対する個別のパッチは配布してくれないため、
万が一古いPHPを使っているサイトを運営して存続を望む場合、バージョンアップを余儀なくされます。
しかしメジャーバージョンを上げる場合、さまざまな事情で廃止された関数やクラス、メソッドなどが多数あり、
プログラムの大改修が必要になるケースがよくあります。
しかもバージョンを跨いでの更新となるとさらに問題はややこしくなり、そう簡単には対処できません。
自分もただPHPのバージョンを上げるだけのプロジェクトで仕事をしたことがあります。
つまり、普通なら計画的に時間とお金と労力を注ぎ込んでやることなんですね。
しかし今回、それをしなければ世界中のハッカーの標的になるというリスクにいきなり晒されるわけです。
古いサイトを抱えている小さな会社はごまんとあるでしょうが、そこかしこで炎上しそうです。
大金をかけてリプレイスの依頼を出すのか、いっそ自社サイトは切り捨てるのか……。
ネットに依存しているサービスを提供していると後者の決断もなかなか難しいので頭を抱えることになりそう。


今回のこれはかなり大きな衝撃ですが、長い目で見ればこれはまだ序の口なんだろうなと思います。
古い技術で持ちこたえているようなサイトは今後数年で一気に減らすんじゃないかなと。
いまはまだ、探そうと思えば20年前のキッズが作った個人サイトもないわけではないですが、
Yahoo! GeocitiesとInfoseekのサービス終了でその数は一気に減り、
そしてこれからのAI時代でトドメを刺されることになるのではないでしょうか。
個人的に今回はInternet Archiveも影響を受けてサービス停止中とのことですが、ここの存続が気になります。
Internet Archiveは本家が消してしまったサイトも収集して保存されているわけですが、
古いサイトを抱えているということはあらゆる面でAIにとって格好の餌食とも言えます。
とはいえ、個人としては「それでも存続はしてほしい」と無責任なことしか言えないんですけどね。


自分がネットを知ったころの個人サイト全盛期でサイトを立ち上げた人は、
……まぁ、とっくの昔にみんな卒業しているわけですが、今回の件でさらに振るい落とされていったのではないでしょうか。
もうこれからは個人サイト運営なんて物好きがやると言われかねない世の中に……もうなっている気がしないでもない。


#8346

幸せとは手段である

ソ・ウングク『幸福についての世界でいちばん冷酷なお知らせ』を読みました。
丹念に読書録を書いている余裕はないので、
ここ数日電車の中で読んで頭に残っているフレーズを元に感想をつらつらと書いていきます。
……といっても、内容は大変に衝撃的なものでした。
今後の人生をより豊かに過ごしたいと願うのであれば、本当はもっと精読すべき類の本なのかもしれません。


著者は韓国の延世(ヨンセ)大学で心理学を教えている「進化心理学」の専門家であり、
この本では「どうしたら幸福になれるのか」というような自己啓発本にありがちな質問を正面から答えず、
「そもそも幸福というものがなぜ在るのか」という根本的な疑問と向き合います。
そして著者のそれに対する答えは、「幸福とは生存と繁栄のために必要な『手段』でしかない」というものです。
いったいどういうことなのでしょうか。


*  *  *


そもそも人類史において、人間が理性を持ち、なんだか動物よりも偉い存在と思うようになったのはごく最近のこと。
人類史全体を24時間に凝縮すれば、文化的な生活をしているのは大晦日23時以降の話でしかありません。
ではそれ以前はヒトはどのような暮らしをしていたのか。
常に飢えの危険があり、狩りにおいては協働が必要で、要するに「生存すること」が最重要課題でした。
他人に疎まれて孤立することは死を意味し、
またパートナーを見つけられないことは子孫の断絶を意味します。
我々現代人は熾烈な生存競争を生き残った末裔であり、
生存と繁栄のために動くように遺伝子レベルでプログラミングされている「遺伝子の乗り物」にすぎません。
ヒトは快感という報酬に釣られて、より生存しやすい、より繁殖しやすい方向に行動しているというわけです。
身も蓋もない表現になりますが、要するにお肉を食べたり女の子とハグしたりして得られるような快感が、
不快な経験よりも安定して多い人のことを著者は「幸せな人」と呼んでいます。
しかしそれは、エビせんを与えられて一芸を覚える犬のようなものだとも言います。
犬は結果として一芸ができるようになるが、それをやりたいという意思が決してあるわけではない。
ヒトの社会的成功と幸せの関係もその意味での一芸とエビせんのようなものなのではないかと。


そして、結局その意味での「幸せ」を得やすい人というのは明確に「外向性が強い遺伝子を持っている人」であり、
要するに幸せになれるかどうかというのは外向的な遺伝子を持っているかで半分くらいは決まってしまうそうです。
逆に言えば、お金、趣味嗜好、知能、学歴、宗教、その他諸々の個人特性では、幸せはあまり左右されません。
ヒトの快・不快というのはつまるところ他者との人間関係に基づくものであり、
快をもたらすのも、不快をもたらすのも究極的にはみんな「他人」です。
当然、その他人と安全な関係性を構築しやすい外向性の強い人は生存に有利であり、幸せを感じやすいというわけですね。


著者は、東アジア諸国、とりわけ日本や韓国は1人あたりGDPでかなり豊かな水準の国なのに、
貧困国よりもはるかに幸福指数が低いことを指摘しています。
著者は、これは過度に「他者の目線」を恐れるがゆえであると主張しています。
東アジア諸国はもともと稲作に向いた気候で、小集団で連帯して農業をすることが個人の生存に欠かせませんでした。
そうしたムラ社会的な気質でずっと暮らしてきたので、何か役割を得なければダメだという文化的な外圧がある。
しかし、著者は「幸せな活動とは他者によって優劣を決められない、ごく私的な活動」であって、
集団主義に埋没して他者の人生を生きているようでは幸せになるのは難しいと指摘します。
逆に言えば、個人主義が育っている気質の国は、その豊かさに関係なく個人は比較的幸せに生きています。
彼らは日本人や韓国人からしてみれば、「ずいぶん手前勝手だな」と思うような振る舞いをするかもしれませんが。


最近の研究では、マズローの段階欲求説は「逆なのではないか」という指摘が指示されています。
つまり人はまず生理的欲求(食欲、性欲など)が満たされた次に社会的欲求、自己実現……と向かうのではなく、
生理的欲求を満たすことが最終目的で、自己実現はそのための「手段」でしかないのではないかと。衝撃的です。
古代の哲学者であるアリストテレスは幸福を「最高善」といい、なにか高貴な目標かのように説きました。
その価値観は西洋哲学を地脈として現代にも受け継がれています。
しかし、著者をはじめとする進化心理学の学者たちはどうやらそれに対して懐疑的です。
「ヒトも100%動物に過ぎず、幸せは生存や生殖のための『手段』でしかないのではないか」と。
本書はそうした幸せに関するパラダイムシフトとも言える心理学研究の最前線について、軽快な筆致で説明された本です。


*  *  *


要するに「リア充は幸せになれるよ。しかもそれはだいたい遺伝で決まるよ。他の要素は関係ないよ」ということ。
これをいわゆる内向性の強い人に読んでもらって反応を聞いてみたいところです。
自分も内向性の強い人間なのでそれなりにショックを受けました。
本書は快楽主義を推奨しているわけではありませんが、しかしそれを否定もしていません。
結局それが動物としてのヒトの本質だからです。
しかしそもそも幸せは「目的」ではなくポジティブな方向に向かうための「手段」でしかない、
という冒頭の話を忘れてはいけません。快楽を得られないからお前の人生はダメだ、なんてことは誰も言っていません。


現代社会、とりわけ日本や韓国のような「個人主義<集団主義」的な国民性が強い社会においては、
その本質的な幸せ=快楽を短絡的に求めることがまるで良くないことかのような空気が漂っています。
幸せとは努力の末に掴むものだとか、他者より優位に立って初めて幸せになれるだとか。
確かに経済の仕組みは無視できないのである程度のお金は必要でしょうし、
必然的にそのために労働することも避けようがありません。
しかし「お金持ちになること」「社会的ステータス(他者承認)を得ること」それ自体は当人の幸福感に寄与しない。
社会の熾烈な競争を勝ち抜いたからといって、それだけで幸せになれる保証なんて何もないわけです。
むしろ、信頼できるパートナーや友達がいて日頃から楽しいコミュニケーションができて、
日々おいしいご飯を食べていられるのであればそれはもう十分に幸せだということです。
また、逆に言えば、これは孤独がいかに幸せから遠い地点にあるかということでもあります。


身も蓋もないと言ってしまえばそれまでの内容でしたが、
「幸せとは何か」に対してまったく新しい視点をインストールできたのは確かです。
この視点でこれまで読んできた自己啓発本を読み返したら、いろいろな発見があるかもしれません。


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