Chrononglyph

#7742

セーフティ・イマジナリー

今日の出来事思考の問題

ふと、自分の中でセーフティ・イマジナリー(安全な妄想)という概念が登場したので言語化を試みてみます。


セーフティ・イマジナリーというのはいま適当に付けた名称ですが、
その意味は「侵入思考(不本意な思考の妨げ)を意図的に防止するために有効な想像」です。
侵入思考は、たとえば車の運転中にふと歩行者の群れに突っ込んでみたくなるなど、
不本意でサディスティックな思考のエラーです。
誰にでもある程度あるものの、強迫性障害と認められた人はその頻度が多くなると言われています。


これまでの経験から、侵入思考は通常絶対にサディスティックな思考の対象にならないような、
自分にとって神聖性の強い概念について空想していると逆に起こりやすい傾向にあるように思います。
ここで神聖性の強い概念というのは、要するにとても好きな人やものなどを言います。
2021年当時はこれの頻度が若干増えた時期があり困っていましたが、いまはかなり低減しました。
しかしそれでも皆無というわけではありません。


セーフティ・イマジナリーは、
一番神聖な概念ではなく、概ね2番目以下に好きな何かを思い浮かべることで実践することができます。
一番好きな何かを思い浮かべると、それについてサディスティックな妄想をすることが絶対禁止されているからこそ、
逆に妄想してしまうという傾向がある。
絶対ダメと言われると逆に想起してしまうというアレのせいでしょうか。
2番目以下であれば「絶対禁止」という意識が外れるので、むしろルールを守れるというわけですね。
これが自分の性格上の、あるいは頭の構造上の都合で自分だけこうなのか、
あるいは世間一般的に通用することなのかは分かりません。
しかし、とりあえず最近の自分はこれを実践することで脳内を「セーフティ」にできている実感があります。


基本的に顕在意識はジャンクな妄想も多々含まれていて、
神聖性が強い概念が居座るには不適切な場合も多いです。
なので、「身代わり」を置くことによって神聖性のギャップを取り除こうというわけですね。
思春期はこうではなかったと認識しているので、やはり加齢による性格の変化が原因なのかもしれません。
思春期は顕在意識のステージに好きなものを置いては耽溺に浸っていたような気がします。
それはそれであまりにも視野狭窄になるので必ずしも良いこととは言えないのですが……。
ちなみに最近の「身代わり」は2016年にお世話になった後輩ちゃんです。
近年までは実家のねこさまがわりとそれに近い概念でしたが、
最近はランクアップしてしまってセーフティではなくなってしまいました。


1番好きなものを素直に愛せないという心理的障壁は侵入思考とはまた別の文脈でも感じることがあり、
この件も例のタコウインナーの法則(#07454 / 2024年05月14日)に近いものを感じます。
リンク先記事ではやりたいこととと現状の心理状態とのギャップが原因だと論じていますが、
これも結局のところ日々のストレスの発露なんでしょうかねぇ……?
たしかにここ最近、ストレスが溜まっていると実感することは多々あり、
セーフティ・イマジナリーも有効とはいえ抜本的解決を望むなら日々の生活にもメスを入れるべきなのかも。



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