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#7717

原神の現状 #12

今日の出来事原神

深境螺旋第10層をパーフェクトクリアして新たなステージに踏み込んだ『原神』。
まず、旧正月イベントと紀行(バトルパス)を終わらせたことによって入手した課金石を使って、
今シーズンのピックアップ「アルレッキーノ」をお迎えすることができました。
すり抜けなしの70連。運が良いというわけでもないですが、まあすり抜けなかっただけ偉いです。


アルレッキーノはとても変わったアタッカーです。
まず元素スキル攻撃によって周囲の敵に範囲攻撃を与えると、敵にマーカー(「血償の勅令」)が付与され、
しばらく炎元素の継続ダメージを与えます。
そして通常攻撃の長押し(=重撃)によってこのマーカーを回収することにより、
アルレッキーノは特殊ステータス「命の契約」を獲得します。
「命の契約」があるときの通常攻撃は炎元素を帯びた強力な攻撃に変化し、
これを敵にヒットさせると「命の契約」を微量消費する代わりに元素スキル攻撃のクールタイムを短縮します。
もともとのクールタイムは非常に長いので、この効果でどんどん短縮しないとテンポを維持できません。


このようにアルレッキーノはサポートを必要としない強力な自己完結型のアタッカーで、
代償としてなんと味方の回復スキルを受け付けないという重大なデメリットを抱えています。
その代わり元素爆発(ウルト)は周囲に大ダメージを与えるとともに残った「命の契約」をHP回復に充てる効果があり、
HP回復をも自己完結するスキルを備え持っています。
とても独特な使い勝手で、味方のスキルで回復できないため適当な立ち回りをしているとすぐやられてしまいます。
プレイスキルを求められるという点ではいままでにないキャラです。


とりあえずレベル70、通常攻撃天賦レベル6、聖遺物は「剣闘士のフィナーレ」を持たせて実戦に出してみたところ、
現時点ですでに通常攻撃が毎回5,000〜8,000ダメージほど出ています。
これまではダメージ源のほとんどがサポーター元素スキルの元素反応だったため、
表に出るメインアタッカーの通常攻撃はこれの10分の1ほどでした。
それがいきなり10倍になったとなると、あまりにも頼りがいがあります。


ただ、相対的にこれまでアタッカー兼サポーターを担っていた雷電将軍が影に隠れる形になってしまい、
雷電将軍のビルドもしっかりやらないとと思っています。
雷電将軍は原神を初めて最初に聖遺物厳選をしようと思ったキャラで、当時は★4聖遺物でした。
いま、とりあえず仮置きで★5の同じシリーズに置き換えはしましたが、厳選が不十分であることは間違いありません。
聖遺物スコアチェッカーに通すと「時の砂」に至っては0点ですからね……。
こちらはPaimon+に入力した01月29日時点の雷電将軍のステータスです。
2025/02/images/Raiden_20250202.jpg


とにもかくにも、あのカッコいい雷電将軍の元素爆発「夢想の一太刀」の与ダメージが
アルレッキーノの通常攻撃1回分にも満たないという現状はさすがにどうにかしてあげたい。
雷電将軍は元素チャージ効率を盛れば盛るほど元素爆発の攻撃力が上がっていくという特性を持つため、
しばらくは元素チャージ効率重視の聖遺物厳選をしたいと思っています。
もちろん、アルレッキーノのビルドもやらないといけないし、
おそらくシトラリがアルレッキーノと相性良いのでそちらのビルドも進めたいところ。
深境螺旋第11層に挑戦するのはこの3人をある程度育ててからになりそうです。


#7718

頼みの綱はフルアート

01月30日にシンオウ地方をテーマとした新パックが配信されたポケポケ。
手持ち最強のピカチュウデッキが「幻のいる島」以降のトップメタに通用しなくなったことに加え、
『原神』の勢いにも押されて最近はログインのみの参加になっています。
が、おかげで新パック配信開始時に砂時計が450近く貯まっていたため一気に20連剥きました。
結果的には★2マニューラEX、★3(イマーシブ)ディアルガEXなどそれなりに良い引きでした。
このマニューラEX、どうやらダークライEXと組むとかなり強いらしい……。
あとニューラを1枚、ダークライEXを最低1枚手に入れることができれば、
もしかしたらピカチュウデッキよりも一回り強いデッキを手に入れることができるかもしれません。
いまはその希望に賭けて毎日パックを剥いていますが、
イベントも始まってしまったのでデッキを作るならいましかなく、もう10連引いてしまおうか迷い中。


結局、「幻のいる島」シーズン後期は爆死も爆死でした。
デイリーとはいえ1日3パックなら3日ちょいで10連相当を引いていることになるのに、
いくら剥いても当たりは皆無。
重複した★1などは心理的にはハズレにカウントされてしまうため、
ピンポイントで新規レア狙いとなればそう簡単に当たりなど出るはずがないのは当たり前なのですが……。
それを加味してもレア自体の排出が少なかったという印象です。
そして連勝イベントで勝てなかったことがトドメになってしまいました。
まあ「幻のいる島」当初からほぼ改築していないデッキで勝てるはずないし、
そもそも負けたといっても4勝2敗なんですけども……。


結局は『原神』に押される形で交代したポケポケは、
新パック20連で上記の当たりを引いてもそれほど心は惹かれませんでした。
まだデッキパーツが足りないというのもあるのでしょう。
(レア1種でほぼ完結するピカチュウEXはそういう意味では本当に運命のような1枚だったと思います。)
しかし、昨日★1「ミツハニー」を引いて少し気持ちが変わりました。
フルアート版ミツハニー、本当にかわいい絵柄なんです。
これによって、こういうカードをコレクションしたいというモチベーションを思い出しました。
思えばサービスイン当初もそれほど勢いは無く、
★1「イーブイ」を引いたことが「最強の遺伝子」シーズンに夢中になったそもそものきっかけだったなと。


そういうわけで、自分はフルアート&デッキパーツ狙いで低空飛行ながら続けていく意欲はありそうです。
10連を引くかどうかについては、
あと1枚欲しい「ニューラ」と最低1枚欲しい「ダークライEX」がそれぞれ別のパックの収録なため、
どちらを優先するか迷っていました。
が、これを書きながら「ニューラをゲットチャレンジで引ければダークライEXに集中できる!」
と思い、ゲットチャレンジでニューラを探して引いてみたところなんと的中。
明日、良い時間帯に10連を引いてしまおうと思います。
そこでダークライを引こうが引くまいが、ドロップイベントはやりたいのでバトルもいずれ復帰することになりそう。


#7719

ゲームの楽しみ方と集合知

昨日の続きになりますが、ポケポケで「ダークライEX」さえ来れば強そうなデッキが完成するということで
ここぞとばかりに貯め込んでいた砂時計を使って10連を引き、見事に爆死しました。
そして、それでもデッキを組めるタイプはないものかとカードライブラリを見返す中で、
超タイプの「ヨノワール」が目に留まりました。
ヨノワールは2進化ポケモンで、自分の任意のポケモンからダメージをヨノワールに移し替える特性を持ちます。
ヨノワール自身のHPは130となんとも言えないラインですが、
前線に立つポケモンの場持ちをかなり良くする効果と言えます。


ふと、これを「フシギバナEX」「シェイミ」などの草ポケモンと組み合わせるのはどうかと思いつきました。
フシギバナEXはHP190という現環境でトップクラスの耐久性能を持ち、
しかも4エネわざは自身のHPを30回復するという耐久性能を補助する効果を持っています。
また、シェイミは毎ターン味方全体のHPを回復する特性を持っています。ラフレシアの軽量版ですね。


フシギバナEXを前線に出して、ヨノワールをベンチで待機させておけば1度は受けたダメージを全部請け負える。
フシギバナEX自身の効果やエリカ、きずぐすりなどのサポートカードを駆使しつつ、
シェイミやラフレシアがフシギバナをサポートするついでにヨノワールが請け負ったダメージも徐々に消化する。
ヨノワール自身のダメージをある程度回復すればフシギバナEXは2回目の全回復も狙っていけます。
これにゴツゴツメットなども組み合わせれば、長期戦になればなるほど有利な陣営が完成します。
ヨノワールは特性しか使わないので超エネルギーは必要ありません。


まぁ、実際これが通用するのかは分かりません。
あいにくフシギバナEXは持っていないので試しようがない……ですが、
このエピソードを試しもしないのに書いたのはそれよりも重要なことを思い出したからです。
それは、ゲームに限らず娯楽というものは自分から「見出す」ものだということ。


13年前、芸術というものは好意的な解釈によって色付くもので、
それは自己中心的のようで実は芸術や文化を楽しむうえで重要な要素なのだと書きました(#03040 / 2012年06月12日)。
これはローアーケース(ごく小さな音や可聴域外の音を使った音楽)やジョン・ケージの「4分33秒」など
極端に前衛的な音楽との出会いから見出した価値観ですが、これはゲームにも言えると思います。


いわゆる「企業系Wiki」が跋扈するようになって久しいですが、
ポケポケのように構築(ビルド)が存在するようなゲームの場合、
企業系Wikiなどの集合知には必ず「このデッキテーマの結論構成はこれ!」というようなコンテンツがあります。
格闘ゲームやMOBAなどキャラ性能が異なるゲームなら、性能を格付けした「ティアランク」というものがあります。
しかし、そういうものが存在し、検索すればすぐに出てくるほど近い距離にあるおかげで、
我々現代ゲーマーは試行錯誤する楽しみを忘れているのかもしれません。
最近だとその試行錯誤をインフルエンサーが肩代わりしていることもあり、潮流としては加速していると思います。


試行錯誤した結果、要素と要素の間により良いシナジーを発見すること。
それ自体も本来はゲームの大きな楽しみであったはずです。
しかし昨今はその過程はネットの集合知や有名人が担うようになり、リリースとほぼ同時に結論が出てしまう。
そうすると、結論とされるシナジーを下回る構築をたとえ思いついても「使ってもしょうがないか」となるわけです。
ネットの集合知やガチ勢を上回るシナジーを発見するのもなかなかしんどいので、
よほどの情熱がないかぎりは検索すればいいかとなってしまう。


ポケポケは本来、引いたカードの中だけで試行錯誤することも楽しみのひとつとして意図されているはずです。
しかし結論構成が目の前にある状況では、それを持っているか否かで格差を感じてしまう。
持っていなかったら課金して引くしかない、というのはいかにも思考停止のようですが、
実際にヨノワールを見る前の自分もそういう思考に囚われていました。
ダークライEXを引かなければバトルに参加する価値は無いだろうと。
しかしそれはあまりにもゲームの本質を見失っていると、ある意味ヨノワールが教えてくれました。
まぁ、ヨノワールデッキを作るにしても結局フシギバナEXを引き当てないといけないのですが……。


明らかにティアランクが低いキャラやデッキを使って勝率が悪いのは馬鹿げている。
確かに現代において、それに対して正面から反論するのは難しいのかもしれません。
しかし、そもそもそれは「ゲームを楽しむ」ということからどこか逸れていないかと思うわけです。
ネットの集合知をシャットアウトして、ゲーム内情報のみを頼りに能動的に楽しみを見出すこと。
それこそが本来のゲームの基本的な楽しみ方であり、
昨今ゲーム意欲の減衰を感じる自分に足りていなかった行動なのかもしれません。
ポケポケの今回の新パックについてはもうダークライEXという存在を知ってしまったので如何ともしがたいですが、
次パックからはネタバレを徹底回避する方向で動くのもアリかなと思っています。
『原神』は天井があるのでいいですが、ポケポケはピンポイントで欲しいとなると沼りますからね……(3敗中)。


#7720

愛情の道筋

今日の出来事創作の姿勢

先日、近年のソーシャルゲームは推し活動に具体的なタスクを与えることで成り立っているのではないか、
というオタクの推し対象に対する愛の解放手段についての考察を書きました(#07715 / 2025年01月30日)。


いま、自分がプレイしている『原神』は多方面からそういうタスクを与えられています。
ガチャ(祈願)で引くことは当然、それは初回だけでなく復刻時に「凸を進める」という方向性もあります。
また、凸を進める代わりにモチーフ武器ガチャを引くというのもあります。
直接的にお金はかからないが闇の深いキャラビルドとして「聖遺物」もあります。
推しキャラに対して理想的な聖遺物を用意してあげようと思ったら途方もない時間がかかります。
これら「キャラ凸」「モチーフ武器」「聖遺物」に払った苦労ははすべてそのキャラの強さに集約されていきます。
その他、「伝説任務」「デートイベント」「好感度」「七聖召喚」「専用衣装」「スペシャル料理」といった公式要素のほか、
主要キャラの誕生日にはたいてい二次創作界隈がそのキャラのイラストや漫画などを発表して盛り上がっています。
このように、キャラ愛に対してそれをうまく発散できるような道筋が用意されていることによって、
キャラクターを中心にしたオタク活動は成り立つというわけですね。


それでふと思ったのですが、一次創作に関してはどうなんだろうなと。
一次創作におけるオリキャラはその人にとってかなり神聖な概念であり、強い愛があることは間違いありません。
しかし、その概念と自分を繋ぐ「道筋」が最初から用意されているわけではない。
聖遺物厳選をすればキャラがより強くなるわけでもないし、ガチャで出てくるわけでもありません。
道筋が無いとキャラ愛を発散しようがない。
しかし、もし明確に確立した道筋があればこれほど夢中になれる道も他に無いはずです。
なにしろ自分が生み出した理想のキャラクターなのですから。
結局のところ、自分で生み出したキャラをより愛でるための道筋は自分で見出す必要があるのでしょう。


厨二病の時代、その道筋は「ステータスを決めること」だったように思います。
誕生日を決める、身長を決める、好きな食べ物を決める、象徴的なアクセサリーや服装を決める……。
もっと時代を遡ると「攻撃力」「防御力」といった概念も出てきたかもしれませんが、
そういう戦闘力的なものを引き合いに出すには、戦闘が発生する世界観的なものから作らなければなりません。
なので、キャラクターステータスは先述の誕生日などのように自己完結するステータスが無難だという話になります。


ただ、それだけではいつまで経っても具現化することがありません。
具現化しない以上はそのキャラクターの視覚的な情報は頭の中のイメージでしか存在することができず、
それは歳を取ると無自覚にどんどん変貌していってしまうというリスクがあります。
ゆえに、ある程度拙くても特徴を捉えたイラスト、ないし3DCGとして作る必要はどうしても出てくる。
それがいわば一次創作の「道筋」なのだと思うのですが、
キャラ愛があるはずなのにその努力ができないのはなぜだろうと思うんですよね。
自分のクリエイトスキルが低すぎてあまりにも拙い理想像を見る勇気が無いということなのか……。
2004年に初めてオリキャラを作ったときは、考えるよりも前に描いていたんですけどね。
いつしかそういった純粋さは失われ、そして停滞してしまっていたようです。
これが単に自尊心の問題なら、歳を取って自尊心が鳴りを潜めたいま改めて動き出してみる価値はあるようにも思います。


拙くても特徴さえ捉えられれば、
お金を払って自分より上手いイラストレーターさんに具現化してもらうこともできるようになります。
より高価なコストがかかりますが、3DGC化も決して不可能ではない。
一次創作も一度世に出てさえしまえば、そこから羽ばたくための「道筋」は近年整備されてきた印象です。
ただし自分の頭の中からイメージを取り出す「最初の一歩」は自分にしかできない作業であり、
そこが最大のネックですね。
こう考えると、やはりキルミーベイベーみたいな絵柄で満足している場合ではないのかもしれない。


それともうひとつ考えたい事柄は、世界観を作るということです。
幼少期の創作はすべてが既存ゲームの二次創作だったため、モチーフ元の世界観に合わせて攻撃力等のステータスがあった。
そこから独立して一次創作として生まれたキャラにそれらのステータスは必要なくなったけれども、
一次創作としてのゲームのような世界を作ったとしたらまた話は変わってきます。
世界観を作ることで自己完結的なステータス以外にもそのキャラに個性を与える余地ができる、
というのは、オリキャラに輪郭を与えるためにも有望な道であるようにも思います。


#7721

原神のコミュニティ問題

今日の出来事原神

去年秋から自分にしては息の長いコンテンツになっている『原神』ですが、
1点だけどうしようもない悩みがあります。それは所属するコミュニティが見つからないという問題。
近しいゲーマーには再三アピールしたものの一緒にやってくれそうにはなく、
ネットで大人数でも少人数でもエンジョイできるようなところを探すのですが……とにかく治安が悪い。


ディベロッパーのHoyoverseは
『原神』を含む自社タイトル公式の交流拠点として「HoyoLab」というwebアプリを運営しており、
ここにTwitterのようなSNS機能も備わっています。
しかし流れてくる情報はほとんどが聖遺物自慢で、たいてい返信欄もしょうもない自分語りです。
YouTubeには公式はもちろん、公式から案件をもらう実質専属インフルエンサーが何人も活動していますが、
やはりそこでもコメント欄(の返信欄)は地獄になっていることが多い。
5ちゃんねる発の原神Wikiはなんらかの検索ワードを入力すると
「愚痴掲示板ログ」というものが大量ヒットしドン引きします(これなんとかしてほしい……)。
内容は見たことがありませんが、5ちゃんねる発の愚痴掲示板ということでお察しですね。


さらに『原神』コミュニティの評価を下げるエピソードが2つあります。
1つは中国モチーフの土地の七神である「鍾離」を実装したとき、
その元素爆発があまり強くなかったので中国ユーザーから大量のクレームが届いて大幅上方修正したというもの。
もうひとつはフォンテーヌ編のトップレア「ヌヴィレット」の元素スキルで、
これはハイドロポンプのように前方へ向かって水流を発射するのですが、
視点操作(マウス)を高速でぐるぐる回すと運営も意図していないようなDPSを叩き出せます。
明らかに不具合なのですが、これをアプデで修正したところ「元に戻せ」というクレームが大挙で押し寄せたため、
運営が折れて元の仕様に戻したという経緯があります。
また、これにうんざりしたのか「既存キャラはどのような形であれ修正しない」旨の声明が出されることになり、
明らかに弱い昔のキャラは不遇なまま長年調整されずにいまに至っています。


サービス開始から4年経ちなおもアクティブ1000万人を抱える化け物コンテンツなので
当然頭のおかしい人も大勢いるのでしょうが、しかしあまりにもそれの声が大きすぎるという印象は受けます。
以前、スクエニが開発者に対する脅迫じみたクレームには厳正に対処する旨の声明を発表して話題になりましたが、
ホヨバースももう少し強気に行ってもいいんじゃないかとは思いますね。
ヌヴィレットの件に関しては、ノイジーマイノリティのせいで
昔のキャラを愛する健全なユーザーが損失を被っているとも言え、明らかに良くない状況だと思います。


まぁ、いずれにしろこのゲームは自己満足100%でコミュニティへの帰属は期待しないほうがいいのかな、
というのが現時点での印象ですね。
いちおういくつか有望そうなコミュニティはチェックしていますが、入る勇気があるかどうかはまた別の話。


#7722

仮想通貨アプリの一斉削除

今日の出来事暗号資産

今日入手した情報によると、主要な海外仮想通貨取引所のアプリが日本のApp Storeから姿を消したそうです。
これには自分が普段使っているサービスも含まれており、
いまのところ仮想通貨に関してはここら辺が潮時かなと思っています。


App Storeから消えたとはいえ、アプリが使えなくなるわけではありません。
web版は(スマホ版を含めて)いままで通り使うことができ、現時点で出金できなくなる等の制約はありません。
が、去年「Binance」「OKX」と立て続けに追い出されたように、
日本国内ユーザーへのサービス打ち切りはいつ発動してもおかしくありません。
こうなった以上は資産移動準備はマストだと思っています。


移住先は主に4つの選択肢があり、①法定通貨(日本円など)に替えて取引市場から撤退する、
②Gate.ioなどのまだ規制されていないCEX(中央集権取引所)に移住する、
③金融庁お墨付きの国内取引所に移住する、
④特定の管理者に依存しないDEX(分散型取引所)に移住する、のいずれかを選ぶことになります。
あとは特定のアルトコインへの積立のみを目的とするなら⑤web3アプリに乗り換える、という選択肢も。


これまでの流れからすると、CEXについては金融庁に目をつけられたら終わりだと思っています。
Gate.ioは一時期使ったこともある銘柄数の非常に多い老舗取引所でかなりマイナーな部類ですが、
今回App Storeから消えた取引所の中にはGate.ioとそう変わらない規模のサービスも含まれており、
マイナーだからといって金融庁の手を逃れる保証も無いのが現状です
(こういう書き方をすると何か悪いことをしているようにも聞こえますが……)。


とはいえ、DEXは個人的に知識も無く経験も浅いことからよりリスクを感じざるを得ません。
管理者不在だからこそ、いきなりサービスが終了して資産を失うリスクもあるでしょう。
DEXを使うならマイナーな海外CEXの方がまだマシという認識です。
なお国内CEXはスプレッド(手数料)が高すぎる、アプリの出来が悪い、取り扱い銘柄が少ない等の理由で論外です。


今年に入ってから6万円ほどの利益が出ている仮想通貨ですが、正直以前ほどの熱はありません。
中途半端に関わり続けてリスクを負うよりは、ここで一度撤退してしまうのが無難な選択肢かなと思っています。
ただ、他が低迷したときにやりたくなるのと、仮想通貨界隈は年に数回は絶対勝てる相場が来るので、
そういうときのためにいつでも臨戦体制になれるようにはしておきたいという気持ちもあり悩ましいところ。
また、2022年から今日まで続けているアルトコインのホールドと積立は続けていきたいので、
法定通貨とアルトコインの両替ができるサービスと繋がっておくことは必要であると思っています。
そう考えると、積立したい分だけ⑤のWeb3 Walletを主な資金保存先にするのが一番クリーンな選択肢と言えますね。
Web3 Walletとは、いわゆる取引所ではないものの仮想通貨の保存、決済、スワップ(両替)などができるサービスです。
これ自体は先物取引のようなリスクは無いので規制の対象外となっていて、
最大手のBinanceが提供している「Trust Wallet」も国内では自由に使うことができます。
ただ、レイヤー1の仮想通貨などはスワップに対応しておらず、
自分の推し銘柄はいずれも対応していないのでそれぞれ独自のウォレットを使う必要がありますが……。


まぁ、とりあえず資産はほぼ全部万札にしてスッキリしたいと思います。
あと4万円増やしてから撤退しようと思っていましたが、こうなってしまった以上は仕方ないですね。


#7723

Nuxtの魅力再発見

今日の出来事web制作Nuxt

ただの趣味から仕事でも使うツールになったことで、
メモ帳に書き殴っていた実家時代から大幅に飛躍したweb技術領域。
その成果の第1弾がピクチャレ大会で、これは「Next.js」というフレームワークを使って作っています。
実は2022年のプロジェクト黎明期から、
実際に作り始めてみた頃まではずっと「Nuxt(ナクスト)」というフレームワークで検討していました。
これは2020年当時の同僚間の話で「Reactは難しい。Vue.jsなら昔ながらのHTMLコーダーにも理解しやすい」
というような情報がさも常識かのように飛び交っていた影響もあり、
ReactのフレームワークであるNext.jsよりVue.jsのフレームワークであるNuxtの方がハードルは低いだろう、
と思い込んでいたことによります。


しかし実際に触ってみるとReactのコンポーネント指向開発がとても面白く、
開発初期に思い切ってNext.jsへ転向することにしました。
当時の記事(#06970 / 2023年01月16日)によると、当時はNuxtがメジャーアップデートしたばかりで情報が少なく、
その情報の少なさが開発初期にしていきなり暗礁に乗り上げるきっかけになったので思い切って切り捨てた、
という感じみたいです。いまなら時間も経っているしChatGPTもいるしなんとかなりそうな気はしますね。


そんな矢先、「Nuxt Content」というNuxtのモジュールと「Nuxt Studio」というwebサービスを知りました。
Nuxt Contentは、簡単に言えばGitで管理されたMarkdownファイルをそのまま表示させる技術。
Nuxt Studioは、そのMarkdownファイルをコードベースでweb上から直接編集できるようにするサービスです。
「Markdownで書いた記事をそのまま読み込む」
というスタイルは現行の本家ブログのシステムそのままであり、大いに驚きました。
これならモジュールのサポートも受けつつシステムを変えずに運用することも不可能ではない。


本家ブログの現行システムは突貫工事で作った結果どうしてもビルドが通らなくなってしまい(#07716 / 2025年01月31日)、
ゼロベースからの作り直しを決意したばかりでした。
ChatGPTと話し合いながら、そのときは最終的にはピクチャレ大会と同じような構造にすることにしました。
すなわちDBコンテナ、バックエンドコンテナ、フロントエンドコンテナをそれぞれ別に用意する方式です。
記事をアップしたらバックエンドがDBへ変換し、APIでDBを読み込んで記事を表示するという想定です。
もちろんこれは開発が難しいということもありますが、
結局マスターデータはMarkdownでDBは中継でしかないため、
DBとしてのマスタとMarkdownとしてのマスタが共存せざるをえないというややこしさもあります。
その代わり、DB化するので全文検索などで有利なのは確か。


そもそもこの問題の根本は「ビルドが通らないこと」だったので、
ゼロベースから作り直すにしても必要以上に複雑化する必要はありません。
それならば、モジュールとしてMD-HTML変換がサポートされているNuxtの方が有望なのでは……と思った次第です。
Studioを使えば実質どの端末からでもブログ編集できるという点も魅力的。
もちろん、Markdownをそのまま扱うことのリスクやデメリットもありますけどね。
たとえばこの方式だとブログ全部の全文検索はあまり現実的ではなく、諦めざるをえません。
まあ、そもそも向こう数年は全記事公開する目処が立っていないため重要度はかなり低いのですが。


自分としては2022年当初こだわっていたNuxtの魅力を期せずして再発見でき、なかなかアツい展開です。
Nuxt Contentは実際にミニアプリを作って試してみて、有望そうならこっちで行こうかなと。
2年前なら「Vue.jsも触ったことないのに……」と尻込みしてしまうところですが、
ChatGPTのおかげで技術知識の有無はさっぱり考慮しなくていいというのは本当に便利な時代になったなと思います。


#7724

カフェのキャパシティ

今日の出来事立川カフェ

久々に立川へ行ったのですが、「エキュート立川」3Fにあるタリーズコーヒーの敷地が拡張していました。
勉強や作業にいかにも向いているスペースが24席ほど増えており、
土曜日の日中帯にも関わらず席を確保することができました。
それどころか隣や正面の席が空くことも多く、土曜日でこれならかなりのキャパと言えそうです。
これにエキュート立川の正面にある「グランデュオ立川」の6F、8Fのカフェも予備として数えれば、
立川駅のカフェで座れる率は100%にかなり近くなったと言えそう。


立川は多摩地域有数のターミナルで、上京直後は好きでよくお世話になっていました。
が、最近は出勤先が都心になったことに加えて休日は地元で完結するようになったこともあり訪問数が激減。
休日に行く選択肢に入らない主な原因が、カフェに行っても座れないからでした。
ただ座れるとなると話は一転します。
地元と違って大きな書店など行けるお店も多いし、休日に過ごす場所としては良いところ。
同じく座れる率ほぼ100%を確保している東京駅などと違ってすぐに行ける距離なのも大きなメリットです。
なんとなくふらっと行ってもギリギリ許される距離感なんですよね、立川は。
都心はなかなかそういうわけにはいかない。


実は最近(といっても去年末ですが)、調布駅でも座れる率の高いカフェを発見しました。
調布もなんとなく行っても許される距離感なので週末やテレワーク終了後の作業場所候補になりそうです。
ただ、居心地の良さや座りやすさなどはそれぞれで微妙に異なっていて、
優先度はその時々によってまちまちです。接客が微妙だったりするとしばらく敬遠することが多いですね。
あとはカフェによって当然作業しやすさも変わってきます。
これは、同じように作業目的のお客さんがどれくらいいるかで結構変わるイメージ。
地元だとドトールコーヒーは雑談目的のじいちゃん・ばあちゃんが比較的多く作業に向いていないことがありますが、
同じ系列のエクセルシオールカフェは比較的作業目的の人が多いです。
ただしこれは回転率が悪いということでもあり、エクセルシオールカフェは日中帯はあまり行きません。
その点、今回拡張していることが分かったエキュート立川のタリーズは、
拡張したスペースが明らかに作業向けで作業している人も多く、その点でも良さそうな雰囲気でした。
唯一の欠点は21時には閉まってしまうことですね。なので退勤後に行ってもあまりガッツリ作業できない。


これまでカフェは地元の店舗をローテーションしていましたが、
集中できるかどうかはその日次第で、最近はあまり戦績が良くありませんでした。
立川をローテーションに組み込むことで打開できればいいんですけどね。


#7725

ナルシシズムを自覚する

小塩真司 『「性格が悪い」とはどういうことか ー ダークサイドの心理学』 という本を読んでいます。
最後まで行かなさそうな予感がするので感想を書いてしまいます。


この本に何が書かれているのかについては、タイトルがすべてです。
1990年代以降、心理学会で活発に語られるようになった「ポジティブ心理学」の対極として、
ネガティブな心理学、すなわち悪い性格に関する研究も進められてきました。
本書は「ナルシシズム」「サイコパシー」「マキャベリアニズム」「サディズム」
という4つのダークな性格に焦点を当て、それら性格を有する人がどのような傾向にあるかを淡々と解説します。
「ダークな性格は悪なので克服するために何ができるか」といった話は一切出てこない一方で、
ネット荒らしや出会い系アプリにおける不健全な利用とダークな性格の有意な相関性が示されるなど、
それらが多かれ少なかれ「反社会性」や「非社会性」を有していることが説明されています。
ここで、本書を参考に各ダークな性格についてごく簡単な説明を加えるとこんな感じになります。


  • ナルシシズム:自分自身は特別であると信じ、賞賛や承認に飢え、それが得られないと機能不全に陥る傾向。
  • サディズム:他者に肉体的・精神的苦痛を与えることを厭わず、それを見ると快楽を感じる傾向。
  • マキャベリアリズム:自己の利益のためならば他人を無慈悲に利用しても構わないと考える傾向。
  • サイコパシー:感情反応が冷淡で自己コントロールができず、衝動的な傾向。

断っておきたいのは、これらは「当てはまる」「当てはまらない」の2択ではないということです。
どんな人もある程度は当てはまっているものの、個々人によって程度の違いがあるというだけです。
ただし、日常生活に支障が出るほど極端になると精神病としてみなされるというわけですね。


さて、当ブログの読者ならピンと来たかもしれませんが、自分はナルシシズムの傾向が強いと思っています。
いわゆる「自己愛」が一般的な人と比べてかなり強く、特別でありたいという欲求に抗えません。
だからこそ長年、承認欲求に関する悩みと戦い続けているし、
2022〜2024年にマイブームとなった「無能であることを受け入れるべき」という思想も、
根本にはそもそも自分はナルシズム傾向が強いからという性格的な問題があります。
では、この性格はどこから来ているのでしょうか。
やや他責的な主張になってしまいますが、
自分は思春期前期における社会的な風潮も決して無視できないと思っています。
それを象徴する楽曲として、2002年に一世を風靡した楽曲にSMAPの『世界に一つだけの花』があります。



No.1 にならなくてもいい もともと特別な Only One



あまりにも有名な歌詞なので引用するまでもないのですが、
これに象徴されるように、当時は「みんな違ってみんな良いんだ」というような風潮が強くありました。
単一的な競争原理を否定し、個を大切にする。それ自体は大事なことだと思うし、
実際に昨今の教育現場では体育祭では順位を決めず、期末テストでも順位を出さないようになっているそうです。
まぁそれは競争原理を否定するというよりはただ単に「隠しているだけ」なのですが。
ともあれネットの発達によってニッチな活動が注目される可能性はここ20年でかなり大きくなってきたように感じられ、
表面上は「世界で一つだけの花」がより活躍できるような社会にはなってきていると思います。
一方でいわゆる努力のできない人にとっては地獄のような環境だし、
自分もそういう意味での生きづらさをまったく感じないと言ってしまうと嘘になりますが……。


しかし、このメッセージにはナルシシズム的傾向を正当化する強いチカラも宿っていると思います。
自分も、個性が大事なのだと言われ続けて育った結果、
「自分は特別である」という自覚は正しいものだとずっと思い込んでいました。
結果的にこの歪んだ自己愛性を自覚するまでにものすごい年月がかかってしまいました。
その間に生み出した不完全燃焼の黒歴史は数知れず、嫉妬に溺れたことで失ったものはあまりにも膨大です。
20年間でかなり良い方向へ向かったとはいえ、実社会において競争原理はいまだ根強くあり、
実際には凡人以下なのに「自分は特別だ」と思い込むことは行動力の面からかなり負のファクターとなりえます。


ナルシシズムは誇大妄想に耽溺しやすい傾向があり、妄想と現実の間にはものすごい隔たりがあります。
妄想に入り浸っている間は何も行動しようがないので、当然それは誰も認めてくれない。
なんとか頑張って成果を生んだとしても、それも妄想上の出来栄えとは比べ物にならないほど拙いのが当然です。
この辺はナルシシズムに特有の「行動の壁」があるような気がしてならない。


本書にはダークな性格を持つ人の困難に対する処世術が載っているものかと期待していましたが、
そこまでは書かれていませんでした。
とはいえ、自分がナルシシズム傾向の強い人間だと改めて自覚する契機になったのは良かったと思います。


#7726

大量リムーブの反省

今日の出来事twitter

2年半前、Twitterのメインアカウントでフォローしていた人を一気に678人リムーブ(フォロー解除)し、
その少し後にさらに公式アカウント270個ほどをリムーブするということをしました(#06818 / 2022年08月17日)。
今更ながら、いや今更だからこそ、この立ち回りが正しかったのかどうかを振り返っていきたいと思います。


当時の記事を読み返すと、その思惑としては「無差別相互フォロー全盛の時代にとりあえずフォローしただけの相手は、
無責任にただフォローしていてもお互いに得るものが無い」というような考えがあったようです。
もう少し当時の記憶を肉付けすると、当時はたしかまだおすすめの精度がイマイチで使っていませんでした。
それで基本的にはフォローしている人のつぶやきを新着順に読むというのが一般的で、
Twitterというのはさまざまな人の一人言を読むツール、というイメージでした。


その一人言というのは無責任な自分語りがあまりにも多く、ときに辟易していたのは事実です。
やはり、タイムラインから受けるストレスというのは現在と比べると格段に多かった。
だからこそメンタルをやられていた2019年以降はしばしば強い意志で「ツイ禁」したり、
それ以前は自分自身もメンヘラツイートをぶちかましたりするようなこともありました。
いまとなっては信じられませんが、ブログの新着記事URLをTwitterに都度投稿していたのもこの頃です。
いまの価値観で言えば、当時のTwitterというのは非常に確率の低い「承認欲求ガチャ」だったと思います。
認めてほしい人のあまりの多さに対して、認めてくれる人があまりに少なかった。


最初にリムーブした678人というのはただ相互フォローしているだけの赤の他人であり、
お互いの一人言に対して反応することも滅多になかったし、「いいね」をつけることもありませんでした。
当時は、「他人はコントロールできないが、付き合う相手は選ぶことができる。
合理的に考えれば、なるべく自分を認めてくれるような他人を選ぶべきだ」という考えがあり(#06853 / 2022年09月21日)、
認めてくれない他者は積極的に切り捨てても良い、という考えのもと大量リムーブを決行しました。
当時もそれは利己的すぎるかもしれないと内省していますが、果たして大量リムーブは正しかったのでしょうか。


当時はネット活動の不振から「ネット活動では承認欲求は満たせない(割に合わない)」という考えが根強くあり、
Twitterからもほとんど身を引くつもりでいました。
それは単にお互いに何も反応しないフォロー関係は不毛だ、というようなレベルではなく、
自分のメイン活動であるピクミンをも引退するつもりで思い切ったフォロー整理をしていたという意図があります。
本当にたまたま偶然、その直後に完全新作が発表されたことで引退は撤回することになりましたが、
直前にフォロー整理を行なったことでピクミン専用の発信アカウントとして再出発せざるを得なくなりました。
なぜなら、自分から認めてくれない他者を積極的に切り捨てた以上、
自分自身が無益なつぶやきでタイムラインを汚すわけにいかなかったからです。


それによりつぶやきは格段に減り、2023年以降(特に去年から)は急速にサブアカウントの数が増えました。
メインアカウントがピクミン専用になったことで、他の趣味について情報収集する受け皿が必要になったからです。
当初はコンシューマーゲームに関する話題だけは相変わらずメインアカウントでしていましたが、
最近だともうそれすらサブアカウントで済ませることが多くなっています。
もちろん、サブアカウントでつぶやいたところで反応をくれる人はほとんどいません。


かつてはただフォローしただけの間柄でも何気ない投稿から会話が始まることがまれにありました。
メインの趣味とは言えないまでも自分の興味のあることについての発信をメインアカウントで根気よくしていたら、
2022年以降もそういう交流があったのかもしれないのに……とふと思いました。
少なくとも、繋がりがゼロに等しいサブアカウントで呟くよりは有意義であるように思える。
まぁ、それを正当化するためには自分が他者の何気ないツイートを受容する必要があり、
これまでにそういうことが実践できていたのかと言われると……。


もともと、Twitterは「ゆるいつながり」を標榜するSNS的な何かだったはずであり、
それ自体にまるでリアルの人間関係かのような有意義さを求めるのはお門違いだというのはその通りでしょう。
他者の何気ないつぶやきを見てストレスが溜まるようならそもそもTwitterに向いていないし、
その時点で自分自身の性格的な欠陥を感じずにいられません。


結局、大量リムーブによって「関係性がないわけではないが日常的なつぶやきをするアカウント」が少数残り、
タイムラインが低速化することによってそれら日常ツイートがさらに悪目立ちするようになってしまい、
ストレスフリーを徹底するために彼らをもミュートすることによって、最終的に虚無空間が出来上がりました。
とはいえ、今更ミュート解除して日常ツイートを積極的に読みに行く理由も無いわけで。
これに関してはもう後戻りできないところに来てしまったと感じています。
そもそも日常ツイートに対しストレスを感じるということ自体、
大量リムーブによって自分だけは無益な投稿をできなくなったという「縛り」のせいなのではないかとも感じます。
そう考えれば、昨今のTwitterで感じるストレスは自業自得であると言え、
それをもって大量リムーブは失敗だったと結論づけることもできるでしょう。


とはいえ、趣味別にアカウントを使い分けて一人言の垂れ流しから卒業するというのは近年のTwitterの潮流でもあり、
決して自分だけの話ではないと感じています。
少なくともタイムラインを見るかぎり、ここ数年でそういう運用に切り替えた人はかなりいる。
言い方は悪いですが、分別を弁えられる人とそうでない人で明暗が分かれたイメージです。
近年変化した社会的風潮に沿って無益なつぶやきはなるべくしないようにしている人がいる一方、
そういう潮流に気付けない人がいまもなお一人言をひたすら垂れ流している。


大量リムーブは自業自得ですが、
リムーブしなかったとしても世間の風潮的に一人言の垂れ流しが許されていたとも限らない。
それ自体は自分も許容する・しないはさておき人として良くないことだと思っていて、
図らずも一人言の垂れ流しから卒業できたことそのものは道徳的には良いことだと思っています。
ただ、Twitterがもっと充実していたころと比べるとやはり一抹の寂しさは感じずにはいられません。
2ちゃんねるの時代からあった「なんとなくみんなで無責任にワイワイ話す場所」をついに手放したという感覚。


当時、意味は無いと思っていた678人との繋がりは、
自分が自分にルールを課すこともなく自由につぶやきを許すという点で意味はあったのではないかと感じます。
そのか細い関係があったからこそ、有意義ではなくとも承認欲求を満たそうとする行動が許されていた。
そういうプラットフォームがあるからこそ日々が充実していた側面もあるでしょう。
割に合わないと感じていたのは事実ですが、そういうアウトプット先があるだけマシだったのかもしれない。
いまは、活動に結果が伴わないかぎりはTwitterで承認欲求を満たすことが完全にできなくなってしまいました。
もちろんこの方が無責任な発信は減るし、より良い成果を求めざるを得ないという良い面もあります。
ただ一方で以前よりも承認欲求不満に陥りやすくなってきているのは事実だろうと思います。
無差別フォロー自体は過去の遺物であることは間違いないので、
まあ時代がこうさせたと言ってしまえばそうなのかもしれません。


#7727

最先端に飛び付けない

数日前、ビルドできない現行CMSの後継として「Nuxt Content」が有望だという話を書きました(#07727 / 2025年02月11日)。
ただ、いろいろ試行錯誤した結果、実際にはあまり有望とも言えない現状が明らかに。


前回、Nuxtを断念した理由はバージョンアップ直後でノウハウが転がっていないからでしたが、
今回は同じことがNuxt Contentで起きました。メジャーバージョンアップはなんと先月末ということで、
現行最新のver.3は生まれたてほやほやです。
こうなると、まずChatGPTと二人三脚で行うプロンプトエンジニアリングはかなり難しい。
ver.3で作るのは難しいのでver.2以前でということになるのですが、
Nuxt Contentは結構マイナーらしくそもそもバージョン関係なくノウハウが転がっていない。
これでは自分みたいにサクッと作って長期運用したいズボラなユーザーはついていけません。


Nuxt ContentやNuxt Studioは画期的で面白い技術だと思いますが、
さすがにこの現状は開発やその後の保守運営で苦しむことが明白なので、断念せざるを得ませんでした。
そこでさらに掘り下げてみると、「Astro」というフレームワークを発見。
これはアイランドアーキテクチャと呼ばれる技術によって作られており、
コンポーネント単位でそれぞれ別のフレームワーク、つまりReactやVue.jsなどを柔軟に使える特徴を持っています。
そして、AstroもMarkdownを直接読み込むルーティングに対応しているため、
特定のフォルダにMarkdownファイルを格納するだけでそれを表示することができるもよう。
要するに自分が作ろうとしているブログなどに適しているというわけですね。


Nuxt Contentにしろ、Astroにしろ、テンプレートを改造して形だけ整えることはできると思います。
実際、表示してみるだけなら本当に爆速で実現できました。
ただ、それを末永くメンテ・機能追加していけるかと言われると……。
10年後、それらの技術が衰退している可能性の方が高いのではないかと思ってしまいます。
結局のところ、可能なかぎりミニマムなところから設計してオリジナルのCMSを作った方が長期的にはいいのかなと。
APIとフロントエンドを別々に作る方法が遠回りのようで実は一番手っ取り早いのかも。
そうなるとNext.jsで作ってしまうのが無難だという話に立ち戻ってくるわけで。
地盤がしっかりした技術でないとAIに訊けないというのもあり、
AI以前よりも新しい技術に飛びつきにくくなっている側面はかなりあると思っています。
面倒ですが、基本設計からちゃんとやってみましょうかねぇ……。


#7728

原神の現状 #13

今日の出来事原神

やや勢いが落ちつつある『原神』、ここ10日ほどの近況をまとめておきます。


まず今日からver.5.4となり、前半のガチャである「夢見月瑞希」「シグウィン」が登場しました。
とりあえず全体回復ヒーラーとして優秀なシグウィンは抑えておきたいと思い、
貯まっていた30連分を注ぎ込んだものの見事にハズレ。まぁでもこんなものでしょう。
問題は天井まで行ったときにすり抜けた場合で、課金してでももう一周分回すかどうかは悩みどころです。


リリース直後から始めたものの放置期間が長かった自分は所持キャラ数が多くありません。
キャラを確保することはそれだけパーティ編成の可能性を広げてできることを増やすことに直結するため、
極論を言えばどんなキャラであっても財布の許すかぎりは確保しておくべきだとは思います。
とはいえ、今後のガチャすべてで未所持キャラ全部を引くのは現実的ではなく、
どうしてもどこかで線引きをする必要はあるでしょう。
どのキャラを引くかどうかはもちろんですが、沼った場合にどこまで追うかも決めたいところ。
去年秋に復帰してからのガチャ履歴はこんな感じです。


  • ver.5.0前半(ムアラニ&楓原万葉):スルー。
  • ver.5.0後半(キィニチ&雷電将軍):復帰ボーナスで雷電将軍を引き、2凸。
  • ver.5.1前半(シロネン&千織):スルー。
  • ver.5.1後半(ナヒーダ&胡桃):ナヒーダを1回すり抜けで引き、1凸。
  • ver.5.2前半(チャスカ&リネ):スルー。
  • ver.5.2後半(ヌヴィレット&鍾離):鍾離を40連まで引くも当たらず。
  • ver.5.3前半(マーヴィカ&シトラリ):シトラリを3,680円課金して入手(すり抜け直後の10連で当たり)。
  • ver.5.3後半(アルレッキーノ&クロリンデ):アルレッキーノを紀行課金分で入手。

基本的に石があるならピックアップ2人のどちらかを引きに行くという方針ですね。
どちらもさほど魅力的でなければ思い切ってスルーして石を貯めるという感じです。
ver.5.0以前からもちょいちょいログインはしていたので大量の石が余っていたはずなのですが、
ver.5.1後半でナヒーダがすり抜けてしまった関係で大幅に消費し、ver.5.2後半で完全に尽きてしまいました。
以降、最高でも1シーズン3,680円以下の課金にとどまっているため、
この程度なら別に課金してもいいかなという認識です。
3,680円は10連1回分+αに過ぎないので、すり抜けてしまった場合のケアとしては力不足なんですけどね……。
昨今の原神熱を鑑みて、シグウィンの課金上限は仮にすり抜けてもそこまでを限界として、
ver.5.4後半のフリーナに関しては6,100円課金も視野に入れるのが妥当かなと思っています。
万が一どちらもすり抜けずに石が余ったらリオセスリもターゲットに入るかも。
意外と紀行やデイリーミッションが大事なので、コツコツと頑張っていけたらと思います。


ところで前回(#07717 / 2025年02月01日)、雷電将軍がアルレッキーノと比べて明らかに見劣りしてしまい、
メインアタッカーとしての座を奪われてしまったことを案じていましたが、
あれからビルドを進めて元素爆発で45,000ダメージくらいは出るようになりました。
そもそも雷電将軍の本領は飛び抜けた元素エネルギー配布能力であり、あくまでもサポーターです。
回復したい場合は自身の元素爆発を撃つしかないが必要エネルギーが多いアルレッキーノは
単体で戦うとエネルギー不足で回復が間に合わないケースが多々あり微妙でしたが、
雷電将軍と一緒に使ってみたところこの元素エネルギー配布能力が大いに役立ち、
改めて雷電将軍の立ち位置を思い出した次第です。


この2人なら深境螺旋11層もそこそこ行けそうな予感はしていますが、問題は後半用のメンバーが皆無なこと。
もうひとり強力なキャラとしてナヒーダがいますが、雷電将軍はナヒーダとも相性抜群なんですよね。
なので雷電将軍を入れる方にナヒーダも入れたいし、アルレッキーノも入れたい。引っ張りだこです。
この悩みを解決するキャラはいないものだろうか……。
こういう人材不足的な問題がしばしば発生するため、やはりガチャはなるべく引くに越したことはないと思っています。


#7729

文章力を試したい

今日の出来事ブログ執筆

エゴサは精神に良くないと知りつつもしてしまうことが体感で年に1〜2回あるのですが、
そこで2020年当時のブログに対して「この人の文章は面白い」と書かれているのを知りました。
これだけでは厳密に好評価と断定はできないため皮肉を込めて言っているのかもしれませんが、
それに続く内容への感想の雰囲気から、おそらく好意的な評価をいただけたのだと解釈しています。
ブログを表に出さなくなり固定読者とのコミュニケーションの機会も閉ざされたいま、
ブログを評価してもらう機会というのは大変貴重です。
もう少し具体的な感想が欲しかったところですが、単純でバカな自分はこれでも結構モチベにプラス効果が働きます。
いまさらですが、WordPress時代は「いいね」の数に結構一喜一憂していました。


これまでの人生で文章そのものを褒められた経験というのはわりとあり、
ブログ黎明期も「長くても読みやすくてすぐ読める」等の評価をもらうことがよくありました。
実際に読みやすさについてはかなり気をつけている部分で、長い運営歴の中で何度も試行錯誤しています。
レトリックや言葉遣いについては近年はあまり意識してこなかった分野ですが、
厨二病全盛期はそれこそポエムを作ってラジオで賞をもらうようなこともあり、
その経験が決定的に「文筆活動が好き」であるという自負をもたらしました。
少なからずブログの長期運営や大学進学にも影響を与えています。


唯一の反例として、大学時代後期当時、新潟県が運営する
(なんでも相談してくださいと標榜していた)Uターン就職支援窓口へ相談メールを送った際、
「あまりにも読みにく過ぎて3回読んでやっと理解した」とボコボコに言われた経験があります。
まぁこれはかなり抜きん出て意地悪そうな職員だったので例外として考えて良さそうなものですが……。
いま読み返してみると大学時代のブログ記事も決して読みやすいとは言えないため、
もしかしたら妥当な評価だったのかもしれません。
いまはさすがに大学時代よりはかなり良くなっているという自負はあります。


実はこの好評価を発見する前から、かねてよりブログの「出張版」を書きたいと思っていました。
ブログはいわばクローズドなプラットフォームであり
積極的に評価を受け付けているとは言い難いですが、
自分の文章をより多くの人に読まれる場所に発表したらどうなるんだろうと。
またボコボコに言われやしないかとやや不安なところもありますが、
いわば「キリ番記事」の上位活動として、本気で随筆を書いて発表する機会も設けたいと思っています。
そのとっかかりとして実は4代目移転と同時に「note」にアカウントを作成しており、
年内に1本の出張記事を書くことを密かな目標にしています。
ブログプラットフォームの「note」が妥当なのか、
「カクヨム」「小説家になろう」のような物書きさんが集まるプラットフォームが良いのかについては検討中ですが、
まぁ初回はよりカジュアルに臨めそうなnoteでいいのかなと。


維持するだけで精一杯だった2023年以前から一転、20周年を機に移転してからブログ運営は比較的安定しており、
言葉選びを少し工夫するくらいの余裕は得られているという実感があります。
ここからさらに一皮剥けるためには、やはり手っ取り早いのは他者の評価。
果たしていまの自分にリスクを承知して一歩踏み込む勇気があるのか否か。
もしそれを乗り越えられたら、さらにもう一段階丁寧な言葉選びができるような気がします。


#7730

散漫な興味関心

近年の自分は、概ね数日〜数週間単位で興味関心がコロコロと変わっていき、
その興味関心の移り変わりの速さに対して半ば振り回されているという感覚があります。
それは基本的には制御できない暴れ馬のようなもので、馬の行く先々に合わせて自分の方針も変えざるを得ない。
しかし、いずれも結果が出る前に次の場所へ行ってしまうので実績がまるで積み上がっていかないという。
この悩みに対して、現時点の自分は3つの異なる「途中回答」を持っています。


  1. 「暴れ馬」の正体は無秩序なネットサーフィンにあるのではないか
  2. 「結果」の程度は問われておらず、小さな結果を出すだけでも振り回されている感は軽減できるのではないか
  3. 興味関心を抱く自分を俯瞰する習慣を作ればさらに振り回されている感は軽減できるのではないか

①についてはまあそうだろうなと思うんですが、しかし如何ともしがたいというのもあり。
近年のネットとの接し方は能動的な検索よりもキュレーションが圧倒的に多くなっていて、
要するにAIが話題を選んでくるわけですね。つまりこの仮説が正しいなら自分はAIに振り回されていることになる。
情報収集を「狭く深く」することでこれを避けることができ、
ある意味『原神』はそれを実践できているおかげで長続きしているとも言えます。
情報量が広く深い界隈ほど長続きしやすく、たまーにポケモン本編に立ち戻りたくなるのもその影響かなと思っています。
キュレーションメディアに触れる必要もないくらい単一の話題が充実していればいいのですが、
現状だと『原神』とてさすがにそこまでのレベルではない……
というか、どんな話題にも奥深さはあるもののある程度の深さまで来ると満足してしまう自分がいます。
1人で表面上の情報を食うだけでは限界があるということなのでしょう。


②の小さな結果さえ出せばいいのにという考えは、最近の行動力に関する課題でもあります。
最近の悪い癖として、興味関心のとっかかりだけをブログに書くものの結果的に何もしないということがあります。
逆に言えば、「ブログに書く」という小さな行動でも散漫な興味関心は消化できるということです。
あとは誰でもいいので他人に話すだけでも結構消化できることが多い。
どちらもできないと消化不良に陥ります。
2020年ごろは「小さな行動によって消化する」という昨今のムーブとは真逆のことをよくしていて、
興味関心の初動の強さに比例してかなり大きめの企画をすぐに発案したりしていました。
発案したらそのままタスクリストにスライドし、
やりたくて思いついたものが延期に次ぐ延期で義務に変わり、義務感に苛まれるまでがセットでした。
〇〇が好きなら専用の参加型特設サイトを作ってみようとか。そういう企画は例外なくすべて頓挫しています。


これは最悪の例で、せめて散漫な興味関心をブログ等で消化している昨今の方がマシなのかもしれない。
ただ、可能ならブログ以外の形での「成果」を期待したいところです。
そういうものがないので一向に前に進んでいるという実感がありません。ブログは「進んで当たり前」ですし。
最近は2020年の反省もあって比較的現実的な企画を思いつくようになってきたのですが、
それを実際に着手するために「あと一歩」の踏ん切りがつかないことが多く、どうしたものかと思っています。
この一歩が前に出ないのは計画実現率の低さから来る自己不信、承認欲求を発散する相手がいない等、
いろいろな要因が絡み合っていると思われ、一朝一夕では解決できなさそうです。


③の俯瞰する習慣が大事というのも、まあおおむねその通りかなと思っています。
「興味関心がある=何かやらねば」と短絡的に考えること自体がそもそも軽率である可能性があり、
もちろん「何もしていない=興味がない」ということでもありません。
その辺は実績と意欲とを安易に結びつけないように気をつけたいところです。
そこそこ強い興味がありニーズやスキル感の問題もクリアできそうなら躊躇なく何かをするべきでしょうが、
「何かをしたい」という衝動は、興味関心の強さにかこつけた単なる誇大妄想に過ぎないパターンも往々にしてあります。
できないことを妄想しても時間の無駄なので、そこはちゃんと現実的に考えたいところではある。


昨今の情報収集の在り方は必ずしも主体的でない場合があり、
主体的でないなら「振り回されている」と感じるのも無理はないのかなとは思います。
とはいえこれでは延々と消化不良感の否めない日々が続いてしまうので、
もう少し主体性を取り戻す方向で情報収集から行動までのプロセスを見直せたらとは思っています。


#7731

あの打ち上げの日々から19年

今日の出来事メテオス

もうすぐ『メテオス』20周年ということで、久々に3DSLLを引っ張り出して遊んでいます。


『メテオス』はスマブラの生みの親である桜井さんがフリーになって初めて制作したゲームで、
いわゆる落ちものパズル的なゲームではあるものの、3つ揃えるとブロックを「打ち上げる」という異色のゲーム。
桜井作品としてもパズルとしても個性の光る作品ですが、
商業的には大失敗しており知る人ぞ知るマイナーな作品になってしまいました。
しかし自分個人としてはこれまでの人生で面白かったゲームの五指に入るほどの思い入れのある作品であり、
当時「メテオス・ランキング大会」という非公式ランキングサイトで競い合った思い出があります。


2005年当時はコミュニティに所属しなかったこともあって単一タイトルの長期活動が難しく、
ポーズ技によるランキングの陳腐化や『おいでよどうぶつの森』など同年に発売される作品への期待に押されて、
自分の中でメテオスは静かに衰退していきました。
しかし純粋なゲームの面白さとしては本当に群を抜いていて、
いまでもこうしてたまに引っ張り出してはメテオを打ち上げているというわけです。


実は9年前にもタイムアタックに挑戦したことがあり(#04525 / 2016年06月02日)、
そのときは5分タイムアタックの自己べ更新に挑戦したものの挫折、
その後2分タイムアタックの自己ベを無事に更新しています。
ということで今回こそはとここ数日5分タイムアタックに挑戦しているのですが、これがなかなか難しい。
もうしばらく頑張ってみないと更新の糸口は見えてきそうにありません……。
いま、密かに20周年までにこれを達成することを目標としています。


また、『メテオス』の日本語版はバグが多いとされており、後発の北米版や欧州版はバグが少ないとされています。
そこでバックアップ兼バグが少ない快適環境を求めて海外版メテオスを入手すべく、
今日は秋葉原の中古ゲームショップを6店舗ほど渡り歩いてみました。
が、結果的に収穫はゼロ。すべてのお店でDSが陳列されているコーナーは全部見ましたが、
海外版はおろか日本版すら1本も見当たりませんでした。やはりマイナーゲームなんだなと実感……。
実店舗で見つけるのはかなり厳しそうな雰囲気なので、
本当に欲しいならネットショップを渡り歩くしかなさそうです。
ちなみに海外版ソフトを買う場合気になるのはリージョンロックですが
(各国の法律等の都合で、異なる国のハード・ソフトの組み合わせで起動できなくする措置)、
ニンテンドーDSについてはDSiシリーズのリリース頃(2008年)より前に発売したソフトはロックされていないそうです。
メテオスは黎明期の作品のためセーフ。


あとは本気で自己べを狙う場合は録画環境を揃えたいところで、
DSシリーズの録画には昔から「偽トロキャプチャー」という非公式・非合法の周辺機器があります。
本体を改造してキャプチャーボードを搭載し映像出力のUSBポートを増設するというもので、
現行法では改造本体の販売は違法とされています。
また、おそらく任天堂のコンテンツ配信ポリシーにも違反するため法的にはかなり厳しいと言わざるを得ません。
同様にSDカードに映像信号を飛ばすソフトを入れる改造不要のキャプチャ方法もあるようですが、
こちらは3DS以降のゲームにしか対応していないとのことでメテオスは非対応。
記録したいなら直撮り環境を整えるしかないですね……。
スマホ用アームと3DS専用の純正スタンドがあればそこそこ快適に録画できそうではある。
5分タイムアタックで45万点を超えてきたら買ってみようかなと(直近の自己べは41万)。


Nintendo Switch 2でリメイクされることを夢見ている本作ですが、
桜井さんが近年YouTubeで語ったところによると商権はもうご本人の手に届かないところにあるようで、
そういう意味ではあまり期待できなさそうなのが悲しいところです。
権利問題がクリアならWii Uのバーチャルコンソールにも登場していたでしょうしねぇ……。


#7732

ストレス対策としてのブログ

今日の出来事ブログ運営

例のストレスマーカーがかなりの赤信号を発信していることを検知したため、
ここ数日は温泉に行く、食べたいだけ食べるなど、ストレスを低減することを心がけました。
ちなみにここでいうストレスマーカーとは、
自分と接点があるわけでもないがまったく無いとも言い切れない微妙な関係の人の、SNSにおける日常の発信です。
こういう距離感の人の当たり障りのない発信に対して理不尽な苛立ちを感じることがあったら、
それはかなりの欲求不満に陥っていると判断しています。


この手のストレスを感じるときというのは生活がワンパターンになりすぎていたり、
SNS(というかTwitter)を読みすぎていることが多いような気がします。
前者の対策としては要するに普段やらないようなことをやればいいわけですが、
後者に関してはSNSの代替となるものをしっかり用意しないとなかなか効果を実感できません。
とはいえ、半ばSNS中毒に陥っているような状態では代替を探すのものそう簡単ではない。
少なくともそれはスマホから簡単に摂取できる情報である必要があります。
なぜならSNSがスマホから簡単に摂取できるから。それよりも物理的に遠いものは代替としては役不足です。


今回、この代替としてブログのアーカイブがかなり有効的に機能しました。
現時点で自分がモヤっていることをピンポイントに言語化している過去記事を運よく見つけることができ、
過去の自分がいま言いたいことを余すことなく代弁してくれていたことで非常にスッキリしたというわけです。
これこそが日常系ブログの良いところなんでしょうね。自分専用の処方箋としての機能を有している。
だからこそ今後も考えていることの言語化については遠慮容赦なくやっていこうと思った次第ですが、
それ以上に「いま考えていること」に関連したアーカイブを引っ張ってくる技術については、
ブログのwebサイトとしての機能以上に重要な要素なのではないかと改めて思った次第です。
通常、そんな技術は独力で開発しようがないほど途方もないものですが、
いまの時代なら全アーカイブをLLMに食わせて、プロンプトに一番近い記事を提案してもらうだけで実現できます。
まぁ、とはいえそれもそうそう簡単な道のりではないのでしょうが。
タグ整理や過去記事の整理など、実現のために必要な人力作業は山のようにあります。


基本的にはメンタルが下向いたときは過去記事を漁るモチベーションはかなりあるので、
その際にどの記事がどんな話題かをインデックスで把握できるかどうかだけでかなり変わってくると思います。
スマホ版Obsidianで記事一覧にタグを表示するプラグインを導入するだけで効果はありそうだし、
もしそれができなければ、それこそがwebサイト版のフロントエンドを作る意義としてカウントできそう。
いずれにしろ、今回は過去の自分にかなり助けられました。


#7733

小さな推し

今日の出来事VTuber

心の隙間を埋めるものとして比較的有望視しているがなかなか見つからないものとして、「小さな推し」があります。
精力的に表現活動をしているがマイナー分野だったり始めたばかりだったりでフォロワーが少なく、
かつ自分の琴線に触れて応援したいと思えるような活動者のことです。


2024年前半はVtuber、とりわけホロライブ所属のタレントにハマりかけたことがありました。
「姫森ルーナ」に始まり「さくらみこ」を見つけた辺りがピークで、
さらには箱企画あたりをきっかけに「角巻わため」「AZKi」とフォロー範囲を広げていきました。
彼女たちは抜群に面白いのですが、いかんせんフォロワーが多すぎるため「小さな推し」にはなりえません。
みんな100万人以上の登録者を抱え、ソロライブなんかもするトップアイドルです。
面白いのでフォローはしているものの、フォロワーが多すぎるとそれ以上の行動はなかなか生まれにくい。
ホロライブに関しては、あくまでファンとの掛け合い込みのエンタメを外野から視聴しているという感じです。


その点、活動規模がまだ小さいライバーの場合はこちらを認知してくれる可能性も相対的に高まります。
そういう状況下であれば「フォローする」以上の活動にも意味を見出せる。
なぜなら、こちらの応援に対して個別具体的に反応してくれるというインセンティブがあるからです。
まぁ、ホロライブクラスでもいちおうスーパーチャットという形でそれはできるんですが、
スパチャはそれなりに大きな愛が必要な気がして(金銭以上に)心理的ハードルを感じます。
そのハードルが低く、そしてインセンティブをもらえる率が十分に高ければ
推し活動をワンランク高めていけそうではある。
逆にいえば、そういう条件が揃わないとタレントとしては面白くても推し活のレベルを上げられないということです。
なんだか嫌な話ですが、推し活動に実利を求めていけばこういうことになると思います。
これは推しに「自分を見てほしい」という下劣な承認欲求があることも否定できません。
「推し活動は自我を出すな」というこの界隈の鉄則にも反することで、あまり望ましいことではなさそうです。


とはいえ、冒頭の条件を満たすような人を探すのはなかなか容易ではありません。
トップタレントと比べると中小活動者はそもそも内容のクオリティが及ばないことが圧倒的に多く、
またそれでいてあまりにも見つけにくく、そして見つけたとしても活動が長続きしないという難しさがあります。
自分はASMRとゲーム実況、そしてそれ以外という3方面からたまに新規開拓しようとしているのですが、
ゲーム実況は圧倒的に面白くないケースが多く、ASMRは耳かき、タッピングなど没個性なケースが非常に多く、
そしてそれ以外の活動は見つけられないし見つけたとしても自分が興味を持てないケースがほとんどです。


こうして考えると、結局のところ、配信活動ありきで探しても見つけるのは難しいのかなと思いますね。
これこれこういう配信をしている人がいたらいいな、というペルソナが念頭にあって、
その上でピンポイントに探すという探し方の方がまだマシなのかもしれない。
つまり、魅力的な人を探す以前にまずは魅力的なコンテンツを探し当てる必要があると。


まぁでもつべこべ言わずに規模関係なく初スパチャしたら
推しに対する認識が180度変わるものなのかもなぁと思ったりもします。


#7734

承認欲求のエサ

以前、内発的動機づけと外発的動機づけの話を書いたときに、
自分の趣味はもともとは内発的動機づけ(好奇心、有能感、自律性)によって触れるようになった文化が、
いつの間にか外発的動機づけ(報酬)ありきに変貌したものが多い、という話に触れました(#07631 / 2024年11月07日)。
今日はそれについてもう少し掘り下げてみたいと思います。


ここで外発的動機づけが期待する「報酬」とは、ほぼほぼ承認欲求が満たされることです。
これまでの趣味、とりわけネット以後においては、
当初は自己満足でそれ自体を楽しむためにやっていたような活動なのに、
いつの間にか承認欲求を得るためにやっている活動にすり替わってしまった例は枚挙にいとまがありません。
そしてそれは、基本的にはインターネットという媒体の「手軽さ」があってこそなのだろうなと。
あらゆる活動はSNSや動画サイト、あるいはwebサイトという形で承認欲求を満たせる可能性があります。
ただしそれは、同時に熾烈かつ残酷なまでの競争社会でもあります。


これまでの経験則から言って、自分の興味関心をなんらかのコンテンツに換えたとしても、
それによって十分に承認欲求を満たせる可能性はきわめて低いと言わざるを得ません。
そしてこれの厄介なところは、承認欲求を満たすことに失敗すると、
元々それとは関係ない文脈で芽生えたはずの内発的動機づけも萎えてしまうということです。
「他人に認めてもらえないことに夢中になっても仕方がない」ということですね。
これは言うなれば内発的動機づけを片っ端から承認欲求ガチャの課金石に変換しているようなもので、
その当たり確率の低さから明らかに不毛だと言わざるを得ません。


にも関わらず、いまだになんらかの興味関心が芽生えればそれを承認欲求のエサにしようとする自分がいます。
なぜ、あまりにも割に合わないと知りながらもそういう思考プロセスを否定できないのか。
それは、自分にとって外発的動機づけが内発的動機づけと比べてあまりにも強力だからなのだと考えています。
自分はおそらく自己愛的な歪みによって人一倍承認欲求が強く、もはやそれに抗うことは難しいのではないかと。
しかしこれまでの人生経験から、明らかにそうでない人も見てきました。
内発的動機づけが明らかに強く、むしろ承認欲求などの賞罰など興味すら示さないような人も知っています。
なのでこの辺はかなり個人差があり、この問題は自分のような人間に特有の問題なのでしょう。


この点、ネット以前(2003年春以前)はどうだったのかというと、
この当時は家族という承認欲求の解消先がいました。
自分の「成果物」がどんなに稚拙でも否定しない弟や親という存在がいたわけです。
それをもって100%承認欲求が満たされていたと断言はできませんが、ネット以後よりは幸せだったような気がします。
この頃は本当に遠慮容赦なく自分の本能に従って表現活動をしていました。


ネット以後についても、2003〜2009年くらいまではネット文化自体のレベルが低かったこともあり、
まだ個人サイトや動画コンテンツを作って多少なり承認欲求を満たすことはできていたと感じます。
自尊心の肥大化とネット文化のレベル向上でそれもできなくなり、迷走が始まったのはやはりTwitter以後ですね。
とりわけ、キュレーションが発達してレベルの高い成果物を大量に目にするようになった近年が一番ひどいかもしれない。
2018〜2022年のメンヘラ期には、
「自分を認めてくれる人のためにこそ頑張ろう」という精神が芽生えたこともありました。
この考え方には、ネットユーザーの大多数は自分が何をやっても認めてくれないので
ネット活動は不毛だという他者不信的な考えが見え隠れしています。
ただ漠然と努力し成果物を発表したところで結局誰も認めてくれないだろうと。
もちろんこれはネット社会が悪いと言いたいのではなく、
自分の自尊心の大きさとスキルの低さのギャップに原因があるのでしょう。


そういうわけで、内発的動機づけによって取り組んでいる活動は
安易にネット活動とは結びつけない方がいいだろうという教訓があります。
自分の場合、これはゲームに関する活動が当てはまります。
ゲームに関する活動はそれこそネット以前から、ゲームの世界を超えた実績を求めて活動していました。
ゲームのデータベースをノートにまとめるみたいなことを幼少期からやっていました。
20年以上ブログを書いているのも、元を辿ればその伝統に行き着きます。
ゲームで頑張った結果を広く認めてほしいという欲求があるということですね。


ただここで気をつけなければならないのは、
そもそもはゲーム内で過剰なまでに頑張った結果があるからこそ それを他人に知って欲しいという欲求があり、
その欲求を発散することを目的としてやり込みの結果を成果物にするという活動をしていたはずです。
しかし近年、特に動画全盛期は承認欲求を発散するため(ネット活動で自分のネームバリューを高めるため)
にゲームをやり込むというような図式になっていた節がある。
これではゲームそのものを楽しめなくなって当然です。
このことは折に触れて戒めていく必要があるだろうなと思いますが、
それと同時に今更になってこの図式を再逆転させるのは難しいだろうなとも思っています。


趣味活動に他者承認が必ずしも必要でないことは自明のことで、
自分の場合もゲームの次に長い趣味である音楽がそれを証明しています。
音楽(電子音楽界隈)はすごく好きですが、これまでほとんどネット活動に結びつけたことはありません。
あまりにもマイナーで需要が薄く、また言語化が難しい世界だからです。
しかし、ネット活動をしていないから不満かというとそういうわけでもない。
むしろ、音楽という趣味はまだ誰にも否定されたことのない拠り所として、大切な文化として順調に育っています。
ゲームは承認欲求を求め、そして失敗する過程で何度かゲームを好きだという気持ちも否定されてきていて、
心の底からゲームを好きだと言えるかどうかやや疑問なところがあるというのが正直なところです。
しかし音楽に関してはそういう変な自信の無さはない。
その違いはゲームと違って「腕前」が必要ないなどの文化特有の事情もあるでしょうが、
やはり自尊心を否定されうる表舞台で活動していないことが大きいのではないかと思うわけです。


外発的動機づけは非常に強く、おそらく理性で制御できるようなレベルではないと思っています。
なのでこれはこれで今後も個別に対処していく必要があるでしょう。
ただ、内発的動機づけによって生まれた興味関心を承認欲求のエサにするかどうかについては、
心構えによってある程度制御できるような気がしています。
ネット黎明期からわりと近年までは興味関心は何も考えずに承認欲求のエサにしようとしていた節がありますが、
今後はなるべく軽率にエサにしないようにしていきたいというのが最近の所感です。


#7735

ブログへの追記

このブログデータベースに、一言自由に書き残しておける「記事未満単位の何か」の必要性を感じているため、
言語化するためにそれについてつらつらと書いてみることにします。


それは、直感的にはセルフコメント機能です。
これは近年(いつから?)の記事が原則として1記事につき話題1つという原則で書くようになったことと、
最近(いつから?)はまだ検討中で行動以前の話題を書くことも多くなってきたことによる弊害として、
検討中の話題の後日談を書きにくくなった、という事情があります。
後日談も1本分の記事として成立するくらいの量があるなら記事として書けばいいのですが、
往々にしてそういう話題は1本分に満たない。
かといって、放置して年数が経てば「この記事はこの後どうなったんだっけ?」となりかねない。
現状の執筆スタイルだと1つの話題についての顛末を書き切らないことがあり、漏れてしまっているわけですね。


これは改善する必要があるのですが、方向性としては2つあります。
1つは、中途半端に止まっている記事の末尾に直接追記するというやり方。
手軽で着手しやすく、境界線を決まった形にすれば当時の文章との境界も明らかにできる。
ただ、「記事内のパラグラフ」という単位ではそれ単独で管理できません。
これは後々、AIに解析してもらうなどの過去記事分析が本格化した際に支障となる可能性はあります。
そのためなるべくなら記事と追記は別管理にしたい。
そういったニーズを考慮した際に思いつくのが、いわゆるブログのコメント欄として残すというもの。
しかしコメントの追加はWordPress時代ならいざ知らず、現在はObsidian管理なので少々手を打つ必要があります。


これについてざっと調べてみると、Obsidianにはコメントに相当する機能は無さそうです。
最近のメモアプリにはたいていあるので意外でしたが、まあObsidianは厳密には メモアプリではないですからね。
となると残る手段は2つ。ひとつは各記事のプロパティに補足欄を設けてそこに書くという方法。
各記事の「記事でない部分」に書き残せ、
かつ各記事との紐付けが容易ですがコメント自体の検索が面倒でそもそも読みにくそうという弊害もあります。
もうひとつはコメント専用のMarkdown格納フォルダを作成し、
必ず関連記事にリンクを貼る等のテンプレートにしたがって記事と同じ形式でファイルを作成する方法。
これならタイムスタンプなどのメタデータも自由に設定できてスケーラブル。
ただしこれだと元記事からコメントを見たい場合、いちいちバックリンクから辿る必要があります。


こうしていろいろ言語化してみると、当初の直接追記方式が良いような気がしてきた……。
完成した過去記事の直接編集はやや心理的抵抗があるのですが、
未完成記事は長期放置することも間々あるのに何を今更という話ではある。
いままでも追記はまったくしてこなかったわけではないですしね。


今日の記事はここ最近消化不良になっていた話題を順に供養していこうかと思い立ったのですが、
まとめて書いたところで後で辿れないし、どうにかできないものか……という思考の流れをそのまま書きました。
とりあえず、現時点では直接追記方式ということで改めてルール整備を進めていけたらと。
まぁ、過去記事の追記なんて何行も書かないのでそこまでカッチリやる必要もないのかもしれませんけどね。


#7736

嫌悪感の微かなサイン

何日か前に、あるSNSで相互フォローしているがほぼ絡みが無い人が
別名義で推している人の直筆サインをアップして自慢しているのを見て、絶妙にモヤったという体験をしました。
これがいわゆる同担拒否というやつか、とも思いましたが、心を探っていくと微妙に違う気もするので分析してみます。


同担拒否とは、自分と同じ推しとの交流を拒む傾向のことを言います。
その心理としては推しへの愛を競争原理に持ち込みたくない、マウントを取られたくないという気持ちがあるそうです。
ちなみに対義語として「同担歓迎」があります。


確かにこのときの自分はマウントを取られたと解釈することも可能でした。
正直言って「別名義で推している人」は最初期によく活動をウォッチしていたというだけで、
最近はほぼ見ていませんでした。推しのその分野としての主観的評価はあまり高くはなく、
近年はより評価の高い別の方に流れていたという事実があります。
さすがにいまになって直筆サインをゲットしに行くほどの気概は無かったわけです。
そのため、この感情は「悔しい」とはちょっと違う。
確かに推しへの本気度で負けたのは事実かもしれないが、そもそも自分はリングに上がった覚えがありません。
なのでマウントを取られたかと言われると違う気がします。
この状況でマウントを取られたと言い切ってしまうのは病的な自意識過剰と言わざるを得ませんが、
さすがにそこまでではないということはわかっています。
ただ、一方で嫌悪感みたいなものは確かにある。


そもそも自分に同担拒否的な傾向があるかと言われると怪しいと思っています。
例えばまったく関係ないコミュニティで自分が好きな配信者を好きだと言っている人と出会ったら普通に嬉しいと思う。
そこで「直筆サイン持ってるよ」と言われたら素直に賞賛できる気がします。
なので、今回のケースだと「SNSでフォローしているがほぼ絡みが無い」というのがポイントなのかなと。
有り体に言ってしまえば、その人のことが嫌いだから推しに言及されたことに対して嫌悪感を覚えるのかなと。
めちゃくちゃストレートな言葉にすると「お前なんかに推しのサインを持っていて欲しくない」ということですね。
思春期の黒歴史である「独占欲」に若干近いような気がしなくもない。


とはいえ、記憶の隅にこびりついているような明確に嫌いな人と違って、
その人は反社会的だったり実害を及ぼしたりというようなことはなく、人として嫌いと言い切るには微妙な気はします。
ただ「自分だったらしないこと」を堂々と実践している人でもあり、
その意味で「ちょっと嫌だな」という感じは確かに前々からかすかにあった。
その気持ちが、推しのサインというアイテムの提示によって浮き彫りになった感じでしょうか。
この人ではなく、同じ界隈のもう少し近しい人だったら嫌悪感を抱いたとは思えないので、
やはりこれは推しとの距離感というよりこの人との距離感の問題のような気がする。


こういう心の動きは「心が狭い」と責めるには十分なほどに自己中心的だと思うし、
本人に面と向かって表明したら最後トラブルになるのが目に見えています。もちろんそんな余計なことはしません。
ただ一方でこういう心の動きがあったことは事実として「感じてしまったこと」であり、
この気持ちに嘘をつくことはできません。
この情報過多社会で多方面にアンテナを張っているとどうしても起きてしまう不慮の事故みたいなものですが、
一方で「この人さえ推していれば!」という確固たる気持ちが無く迷っているがゆえの心の弱さでもあると思います。
去年から本格化したいわゆる「推し活動」ですが、
この件でまだまだ気持ち的には確立していないのだと思わされました。
あとは、やはり他者との距離感を適切に取ることは自衛のためにもトラブル防止のためにも重要なんだなと。


#7737

20年前への挑戦

今日の出来事メテオス

もうすぐ20周年の『メテオス』。合間合間にプレイしているのですが、
少しずつ当時の感覚を思い出してきています。ただ、レイヤーゼロ5分の自己べ更新は至難ですね……。
一方でチャレンジモードについては頑張れば現代でも行けそうなステージがチラホラあります。
あと、32ステージもあるので単純に個性が豊かすぎてゲームとして抜群に面白いですね。


メテオスのステージは主にピストン系と七賢系、その他の3種類に分かれます。
そもそもの大前提としてメテオスのチャレンジモードはおおむね3分で終わるようにできていて、
3分以降は難易度が爆上がりします。この爆上がった難易度にどう耐えるかがハイスコアのキモになってきます。
ピストン系とは、難易度が最大になった状態で全ライン打ち上げると何連鎖であっても打ち上がり切らず、
新しく降ってきたメテオで連鎖を維持できるので理論上はカンストするまで耐えられるステージのこと。
代表例とも言えるのが「ダウナス」で、このステージはカンストが比較的容易と言われています。


七賢系とは、難易度が最大になるとどんな形で打ち上げても1回で飛ばし切ることができるようになるステージのこと。
こちらも理論上はカンストが可能ですが、
連鎖によるボーナスが入らない都合上、めちゃくちゃ時間がかかるので現実的ではありません。
そもそも3分以降は雨のようにメテオが降ってきて一瞬で詰みかねず、かなりの集中力が必要になります。
カンストまで飛ばし続けるのは理論上可能とはいえ常人では難しいと言えるでしょう。
「その他」はどちらにも該当せず、難易度上昇に伴って飛ばなくなる等の詰み現象が起きるステージです。
この場合でも全ライン還元直後、猶予時間内に全ライン打ち上げることでスコアの底上げはできますが、
この猶予時間というのはごくわずかしかないので非常に難しいです。


いま面白いと感じているのはピストン系惑星の「ゲルゲル」。
ゲルゲルは点火数(=連鎖)によって指数関数的に打ち上がり力が強くなっていく惑星で、
一定以上の時間経過時に全ライン打ち上げていると無限ピストン可能になっています。
そのため2005年当時のハイスコアも140万点台とぶっ飛んでいます。
無限ピストンしなければ30万点いけば上出来という世界なので、
140万点はそこそこ無限ピストンを持続しなければ到達できません。


ゲルゲルは高難易度になると1〜5次点火程度ではまったく飛ばなくなり、即還元してしまいます。
還元までの猶予時間(おそらく0.5秒程度)は前の点火から計測が開始されるため、
点火できる場所を見つけたら猶予ギリギリまで点火せずに次に点火する場所を探すということをします。
この緊迫感が非常に気持ちいい!
たしかサボンとゲルゲル特有の動作だったような気がします。ここを突破すると無限ピストンできる。
そういえば2005年当時もこの2惑星が好きでしょっちゅうプレイしていたなと。
140万点台はかなり厳しいと言わざるを得ませんが、無限ピストンは一度だけできて50万点を記録しました。
無限ピストンできたところを録画しておきたいというニーズはかなりありますね。
ハイスコア更新はたぶん無理ですが……。


20周年までに自己べ更新したい、ということなら七賢系かその他の惑星が手堅い選択肢になりそうです。
ずっと前にメテオスを引っ張り出してきたときにも感じていますが、
2005年当時は「30惑星30万点以上」を目標にしていたため、30万点ギリギリで止まっている惑星も結構ある。
こういう(当時からしてみれば)マイナーな惑星は十分伸びしろがありそうです。
あとはやはり当時もピストン系の方が好きだったので、七賢系は伸びそうな気がしますね。サードノヴァとか。


20周年までに何をやるかについては絶賛迷走中ですが、1つくらいは自己べ更新したいなと思っています。


#7738

モチベーションの動輪

今日の出来事意欲不足

ここ2〜3週間ほど、かなりパフォーマンスが悪く実績を作れていないので戒めを込めて現状整理を。
ざっと振り返ると今月初旬はNuxt Contentの発見によってweb制作方面のモチベが上がったものの、
その少しあとにちょっとした出来心でかつてすごく嫌いだったコミュニティ・ゾンビ
(コミュニティへの帰属を標榜しているのに反社会的な発言ばかりするアカウント)のSNS活動をディグってしまい、
それでメンタル的にかなりモヤモヤしてしまったという実感があります。
たったそれだけで活動が停滞するのもいかがなものかと思うのですが、
事実、心がそっちに引っ張られてしまってからはなかなかパフォーマンスを発揮できていません。


趣味や仕事が相応に忙しければ些細なネガティブ情報は「それどころじゃない」と切って捨てて済む話なのですが、
現在は仕事面がかなりの閑散期に突入してしまっているため、やや打たれ弱い感がありますね。
趣味面ではやることは順番待ちの列を作っているものの、
意図的に締め切りを作っていないので言ってしまえばいくらでも先延ばしにできるような状況。
だったら締め切りを作って後に退けないようにすればいいじゃん、という話にもなるのですが、
過去にそれでも締め切りを守れずに他人へ迷惑をかけてしまった実績があるので、それもなかなかやりにくい。
思えば、あの2023年末の計画破綻から本当にイベント系の作業は弱気になってしまったなぁと……。


以前はまず締め切りありきで先に公言してしまって、
それに合わせて是が非でも頑張るというスタンスでなんとかやってこれたはずなんですけどね。
そのやり方は少なからず心理的負担が多く、そして現状それに耐えられるメンタルは無さそう。
しかしだからと言って全部逃げていたらあらゆる行動は先延ばしになってしまいます。
そろそろ重い腰を上げたいところではある。


自分にとって2014〜2015年は地獄と言っても差し支えないほどに仕事に追われていましたが、
実はブログ10周年で移転したのも、初めてPHPで書いたピクチャレ大会ver.2を作ったのもこの時期でした。
趣味側のプロジェクト単独ですらいまやれと言われたら自信が無いのに、
これと仕事に加えて当時はコンシューマーゲームの最前線も追っていたのは信じられない……
と思っていましたが、こういうのは意外と「1つ回りだせば全部回る」ものなのかもしれません。
最近の自分がコンセプトにしている両輪作戦はあくまでもモチベは別々に動くものという認識ですが、
2015年当時を振り返ると全部同じ動輪で回っていたような気がしなくもない。
意外とモチベーションというのはそういう構造なのかも? と思ったり思わなかったり。
仕事が閑散期なので趣味もやる気が出ないという現状はそれを裏付けています。


まぁ……仕事が忙しくなったらなったで「時間が無い」という苦しみが発生するんですけどね。
世の中そうそううまくいかないものです。


#7739

サンクリ初参加

池袋・サンシャインシティで冬夏に行われる同人誌即売会「サンシャインクリエイション」に参加してきました。
自分にとって、いわゆるコミケ以外では初めての同人誌即売会です。
まぁ結論から言うとイマイチ楽しめなかったのですが、意味はあったと思っています。


サンクリは中規模?の即売会で、サンシャインシティの展示ホールを1箇所貸し切って行われます。
参加サークルは240ほどで、11時会場時点の待機列は自分が確認できたかぎりでは1,500人ほど。
入場券は事前販売が1,000円、当日販売が1,500円。
いわゆるコスプレエリアもありますが、コスプレしている人は自分が確認したかぎりではいませんでした。
もしかしたら寒いので別の場所でやっていたのかも。


サンクリはおそらく参加者数の割にスタッフの数がかなり少なく、
特に待機列形成ではメイン1人、サブ1人が1,500人相手にひたすら走り回っていました。
この列形成が非常にイマイチで、チケット番号順に並べと言われるんですね。
しかも、3列で左から1、2、3、後ろの人は4、5、6……と厳密に並び順まで指定される。
100番ごとにコーンが置かれているのでまずはそれでざっくりとした場所を把握し、
細かい待機位置は周囲のオタクたちと番号を聞き合って確認するという段取りです。
とはいえ実際に厳密な位置に並ぼうと番号を聞いて回っている人は少数派で、
多くの人はなし崩し的にざっくり位置で待機しているようでした。
まあ大幅に番号が違うようでなければそれでいいとは思うんですけどね。
ほぼワンオペで待機列形成をやらなければならないので参加者にも手伝ってもらおうということなのでしょうか。


とりあえず自分は推し絵師さんのブース2箇所を回ってお目当てのグッズを手に入れ、当初の目的は達成しました。
うち1つのサークルは相変わらずの大人気で、
以前のコミケでも痛感したように「この人のファンは自分だけではない」と思い知りました。
推し絵師さんが同人誌即売会へ参加する場合、基本的にこうやって支援目的で参加するようにしています。
しかし実際には、こうしてファンとしての立ち位置を再確認する意味でも有意義なのではないかと思った次第。
こういうことをしないとただただ月額いくら払っているだけの惰性のファンになってしまいそうで。
なんなら、大多数のファンより明確に「上」に立つために課金額を増やしてもいいかもと思ったりもしました。


まぁ、そういうわけで今回は完全にファンとしての立ち位置の再確認みたいなスタンスでした。
いちおう新しく支援したいサークルさんを発掘できたらと思い会場全部回ってみましたが、
さすがにコミケと比べてサークル数が段違いに少ないのもあり、そちら方面での収穫はゼロ。


それにしても、2時間並んだだけなのに今回はやたらに疲れました。
やはりテレワーク日が増えていることに伴って体力が低下してきているのか……?
13時半ごろに帰宅したのですが、当然のように昼寝しました。
集中的に昼寝できればこういう1日2回睡眠も悪くないのですが、
今回は昼寝が不発気味だったこともあって午後のパフォーマンスがめちゃくちゃ悪かったです。
即売会は行くだけなら大したコストもかからないので推しが出るなら出ようというスタンスですが、
あまりにも体力が無くこれだけで1日が犠牲になってしまうのは考えものですね……。
次は春か夏か分かりませんが、少しでも体力を戻しておきたいところではある。


#7740

原神の現状 #14

今日の出来事原神

まだまだ続くよ『原神』の話。


さて公式からver.5.5で実装予定の新キャラ「ヴァレサ」「イアンサ」が発表され、
ますます賑やかになっていきそうなナタ編ですが、とりあえず自分の現状としては圧倒的に石が足りません。
ヴァレサはキャラデザ的にかなり欲しいのですが、
もしヴァレサがver.5.5前半実装となるとver.5.3前半から6連続で欲しいキャラがガチャに登場することになる。
いまは2勝1敗で迎えた4番目のシーズンということになります。
1シーズン完全スルーできるならそれなりに石が貯まるので、次のガチャは比較的余裕を持って臨めます。
しかし現状はシトラリで完全に枯渇してからずっとカツカツ状態ですね。
そもそもシグウィンもいまのところ50連まで回して出てこず、お迎えできるかどうかは五分五分です。
すり抜けてしまったら次の天井までの分をほとんど全部有料石で充当する必要があり、その場合は諦めるのが妥当そう。
さすがに毎シーズン欲しいキャラがいるとなるとデイリークエスト+微課金では追いつかないため、
本格的に課金する必要があるのかもしれません。


ガチャ事情はそんなところで、目下やっているのは深境螺旋第11層突破のための聖遺物厳選です。
いわゆる「聖遺物スコア」に頼った厳選方法を初めて採用しており、
とりあえずはメインキャラ各100点を目標に頑張っていますが……これはかなり長い道のりになりそう。
アルレッキーノのレベリングが終わってからはずっと雷電将軍の聖遺物厳選に取り組んでいて、
いまようやく91点まで伸びたというところです。


聖遺物厳選に関して、ここまでで分かったことを復習も兼ねて言語化しておきます。
まず、キャラに装備できる聖遺物は5つ、花・羽・時計・盃・冠。
それぞれにメインオプションとサブオプションの強化値がアイテムごとにランダムに振られるのですが、
花と羽についてはメインオプションが固定されています。
そして、秘境クリアでドロップしやすいのも「花>羽>時計>盃>冠」の順番と思われます。
ここしばらくずっと「紅葉ノ庭」に潜っていますが、花・羽以外は全然出ません。
やっと出たと思ってもメインオプションが目当てのものではないということはザラ。


ただ、逆を言えば花・羽のサブオプション厳選はかなりやりやすいということでもあります。
基本的にスコア伸ばしはまずここからやることになるでしょう。
最近の自分はとりあえずよっぽどダメな聖遺物以外はレベル8までは上げてみることにしています。
拾った当初は微妙そうでも、強化してみたら会心系が伸びまくって有望株に育つことはわりとある。
そして、本当に微妙だった聖遺物は全部「聖遺物廻聖」に回しています。
聖遺物廻聖はいわばリサイクルシステムで、3個の中古聖遺物を放り込むと1個の新品を排出してくれます。
体感では、こちらのドロップでは時計・盃・冠も比較的出やすいという印象。


なので方針としてはまず秘境周回でほとんどが花・羽の聖遺物を大量にゲットしてきて、
レベルを上げてみてスコアが高い聖遺物に成長するかどうかを見る。
そして思うように育たなかった聖遺物は聖遺物廻聖にぶち込んで時計・盃・冠を狙うという感じですね。
この感じだと時計・盃・冠のサブオプションまで狙うのはあまり現実的ではない気がします。
ただ、雷電将軍に関してはチャージ効率300%まではあまり妥協したくないのでサブOPまで頑張るかも……。


「紅葉ノ庭」の良いところは雷電将軍のみならず多くのキャラが適正の「絶縁の旗印」が手に入るだけでなく、
宵宮によく合う「追憶のしめ縄」もついでにゲットできる点です。
追憶のしめ縄はかなり溜まってきているはずなので、気が向いたらそちらのレベリングもしてみる予定。
ただ、こうなると聖遺物レベルを上げるためのアイテムが不足しそう……。
まだ枯渇はしていませんが、枯渇してしまったら『原神』のモチベにも悪影響を及ぼしそうです。
上述のやり方は中途半端にレベル上げした聖遺物をリサイクルしている都合上、経験値を捨てています。
このやり方があんまり良くないのかなとも思うのですが、
かといって経験値を優先するとリサイクルできる数がグッと減ってしまうので悩みどころ。


雷電将軍の聖遺物厳選がとりあえず100点に到達したら次はナヒーダの方に取り組む予定です。
最低でもこの2人(+宵宮)はマストと思っていますが、終わるのはいつになることやら……。
原神では他にも全キャラレベル70以上を目標に経験値集めをしたいというタスクも抱えており、
とにかく終わりが見えません。ストーリーもいつ進めるんだという話。


#7741

再びRTAの世界へ

今日の出来事RTA

『ピクミン4』のRTAを走ってみたいと思い、Mac環境での計測手段について調べていました。
結論から言うとWindowsにおける最適解はMacに対応しておらず、
OBSと「LiveSplit One」というブラウザ版のスプリッターを組み合わせて使うのが無難そうです。


RTAの機運が高まってきているのは昨今のコミュニティの影響が大きいですが、
もともと『ピクミン4』はRTA映えするゲームだなとは思っていました。
このゲームは主に「オリマー遭難記」「オリマー救出」「オッチン治療」「全エリア100%」「全ミッションクリア」
と言った5種目があり、遭難記は30分、オリマー救出は1時間半でクリアできるためハードルは低いとされています。
個人的には走るならオッチン治療(真EDまで)も見据えたいところですが、
仮にこれをやるにしてもオリマー救出と被るところが多いのでまずはオリマーを救出すべきかなと。
いわゆる全回収RTAに相当する全エリア100%はめちゃくちゃハードルが高いですが、
その分走り切った人も少ないためランキング上位を目指すなら実は狙い目ではあります。


RTAはもしやるならかなり久々ということになりそう。
自分がこの世界に首を突っ込んだのは2014年にTwitchで『スーパーマリオ64』のRTAをよく見ていたのが始まりで、
その翌年に『スーパーマリオサンシャイン』のAny% RTAに挑戦。
ピクミンも当然何度か挑戦しようとしたことがあるのですが、
当時もっともハードルが低いとされている『ピクミン2』借金返済RTAですら、
EARLY BLUESというかなり難しいテクニックが必須ということもあり結局結果は出せませんでした。


そして11年の時を経たいま、『ピクミン4』という打ってつけの種目が登場したというわけですね。
このゲームはEARLY BLUESほど難しい技は必要なく、かなりカジュアルに臨めるRTAになっています。
ただひとつ、ひだまりジャンプというやや難しい時短テクニックがあるにはあるのですが、
仮にできなくても数十秒くらいしか差が出ないのでできなくても問題なし。
叩き台ができてさらに記録を詰めたくなったら改めて挑戦する感じでも全然良さそうです。


実はオリマー遭難記、オリマー救出、オッチン治療については並走イベントで叩き台的な記録は出しており、
まずはこれを明確に追い抜くことが目標になると思います。まぁ、追い抜いて当然ではありますが……。
最終目標はオッチン治療で「そこそこ」の記録をSpeedrun.comへ提出することですかね。
そのために必要な区間練習の量はかなり膨大なので、年内に結果が出るかさえ怪しいところですが……。


#7742

セーフティ・イマジナリー

今日の出来事思考の問題

ふと、自分の中でセーフティ・イマジナリー(安全な妄想)という概念が登場したので言語化を試みてみます。


セーフティ・イマジナリーというのはいま適当に付けた名称ですが、
その意味は「侵入思考(不本意な思考の妨げ)を意図的に防止するために有効な想像」です。
侵入思考は、たとえば車の運転中にふと歩行者の群れに突っ込んでみたくなるなど、
不本意でサディスティックな思考のエラーです。
誰にでもある程度あるものの、強迫性障害と認められた人はその頻度が多くなると言われています。


これまでの経験から、侵入思考は通常絶対にサディスティックな思考の対象にならないような、
自分にとって神聖性の強い概念について空想していると逆に起こりやすい傾向にあるように思います。
ここで神聖性の強い概念というのは、要するにとても好きな人やものなどを言います。
2021年当時はこれの頻度が若干増えた時期があり困っていましたが、いまはかなり低減しました。
しかしそれでも皆無というわけではありません。


セーフティ・イマジナリーは、
一番神聖な概念ではなく、概ね2番目以下に好きな何かを思い浮かべることで実践することができます。
一番好きな何かを思い浮かべると、それについてサディスティックな妄想をすることが絶対禁止されているからこそ、
逆に妄想してしまうという傾向がある。
絶対ダメと言われると逆に想起してしまうというアレのせいでしょうか。
2番目以下であれば「絶対禁止」という意識が外れるので、むしろルールを守れるというわけですね。
これが自分の性格上の、あるいは頭の構造上の都合で自分だけこうなのか、
あるいは世間一般的に通用することなのかは分かりません。
しかし、とりあえず最近の自分はこれを実践することで脳内を「セーフティ」にできている実感があります。


基本的に顕在意識はジャンクな妄想も多々含まれていて、
神聖性が強い概念が居座るには不適切な場合も多いです。
なので、「身代わり」を置くことによって神聖性のギャップを取り除こうというわけですね。
思春期はこうではなかったと認識しているので、やはり加齢による性格の変化が原因なのかもしれません。
思春期は顕在意識のステージに好きなものを置いては耽溺に浸っていたような気がします。
それはそれであまりにも視野狭窄になるので必ずしも良いこととは言えないのですが……。
ちなみに最近の「身代わり」は2016年にお世話になった後輩ちゃんです。
近年までは実家のねこさまがわりとそれに近い概念でしたが、
最近はランクアップしてしまってセーフティではなくなってしまいました。


1番好きなものを素直に愛せないという心理的障壁は侵入思考とはまた別の文脈でも感じることがあり、
この件も例のタコウインナーの法則(#07454 / 2024年05月14日)に近いものを感じます。
リンク先記事ではやりたいこととと現状の心理状態とのギャップが原因だと論じていますが、
これも結局のところ日々のストレスの発露なんでしょうかねぇ……?
たしかにここ最近、ストレスが溜まっていると実感することは多々あり、
セーフティ・イマジナリーも有効とはいえ抜本的解決を望むなら日々の生活にもメスを入れるべきなのかも。


#7743

ヤマアラシのジレンマ

いま思えば2020〜2021年はかなり意識が高かったと思うし、
その意味では黒歴史期と言ってしまってもいいかもしれません。
意識高いなりにエネルギーはすごくあったと思います。なんかいろんなことをやろうという気概はあった。
ただ、いかんせん妄想が作ったハードルの高さはそれをさらに凌駕するものだった。
結果的にこの期間に成し遂げられたことというのは自分の歴史の中でも決して多くはありません。
唯一、読書録をちゃんと書いていたことだけはいまでも良かったと思いますが……。


それから2022年に諸々の失敗によって意識の下方修正を余儀なくされ、
そこから立ち直る過程であまりにも高すぎた妄想のハードルを低くするという是正が行われました。
例の、去年一年を通して自己実現系のマイテーマになった
「無能であることを受け入れる」(#07601 / 2024年10月08日)というスローガンがそれをよく表しています。


そういうわけで現状、やりたいことの整理は以前と比べると明瞭になってきたように思います。
荒唐無稽な内容のものは切り捨て、やる理由があってしかも「できる」ものを選定したうえで、
それらをさらに細分化してより簡単にできるものに分解し、それぞれに優先度も設ける。
実際、これによってかつてほどタスクの後回しはしないようになってきているように感じますが……。
一方で「やれば確実にでき、しかもやる必要がある」というところまでお膳立てしているにもかかわらず、
どうしてもそれに着手できない心理的ハードルを感じることがあります。
結局、2025年は初速こそ最高だったもののこれのせいで二の次で足踏みをしてしている感がある。
さて、この躊躇の要因はなんなのでしょうか。


昨日の記事で取り上げたタコウインナー問題も同じく「なんとなく着手できない」の解決を目指すものですが、
2024年当時は物事に着手できない原因を「やりたいことと心理状態にギャップがあるから」と推測しました。
では心理状態はどのようにあるべきなのかというと、当時の自分は「4つの自由」を提唱しています。
4つの自由とはすなわち、身体的・経済的・社会的・空間的自由です。
身体的自由というのは三大欲求などが「適度に」満たされていることを言います。
空腹ではパフォーマンスが落ちるのは当たり前ですが、満腹すぎるのも良くないということですね。
経済的自由は好きに使えるお金がある程度あること。
より正確には、経済的理由によって行動に制限を与えられないことを指します。
社会的自由は気ままかつコンスタントにコミュニケーションできる人がある程度存在すること。
空間的自由は自分だけのプライベートな空間・時間が確保されていること。
やりたいことをやる、言い換えれば自分らしく生きるための土台としてこれらが必要だということは、
自分にとって上京前後の7〜8年くらいの中で見出してきた生活教訓の集大成のようなものだと認識しています。
実際に、どれも上京前後に明確に失ったことがあり、失うたびに必要性を痛感したものばかりです。


2025年現在、東京一人暮らしによって身体的・経済的・空間的自由については十分確保できていると感じます。
これも上京3年目くらいまで不安定だったのは事実ですが、いまはさすがに安定していると言っていいと思う。
この点は実家暮らし時代と比べて明確に恵まれている……はず。
とすると、不足があるとしたら社会的自由でしょう。
特に、相手を慮ればこそ本音トークできないという現状が問題なのではないかということに改めて気づきました。


自分はいくつかの人間関係を踏み台にメンヘラ期を脱出する過程で、他者に配慮した言葉遣いを身につけようとしました。
その結果、それ以後に出会った人とは健全な人間関係を築けていると思うし、
それ自体は人として成長できた部分だと自負しています。
ブログもここ数年でかなりクリーンになったのではないでしょうか。
しかし一方で、自分の性格の深いところは、他人を傷つけて憚らないトゲトゲしたものなのだと思っています。
つまり、他人に配慮した物言いをする自分というのはいわば「演じている」状態であって、
本来は周囲が思っているより下衆な性格なのだということです。
しかしここ数年はクリーンさを保つことを重視した結果、
本心としての下衆な自分がいままで以上に日の目を見ることが少なくなりました。
昨今感じているストレスは、それによって無自覚な欲求不満になっているからではないかと。


「演じている自分」によって得られる人間関係では表面上の承認欲求は満たされても、本当の社会的自由は得られない。
なぜなら演じているかぎり本音ベースでの価値交換が実現することが無いからです。
クリーンな自分が求められているのは活動成果だけであり、他者はそれを評価する存在でしかありません。
それ以上のことに踏み込まないからこそ成り立っている関係とも言えます。
メンヘラ期以前の自分は、自身の社会的価値を顧みず「本来の自分」を他人に見せる機会があったからこそ、
ストレスがオーバーフローすることなく保てていたのかもしれません。
当時は本音トークをする相手がいなければ発散する先はTwitterやブログでした。
昨今は世間的なコンプライアンスや自分の道徳観の両面から
トゲトゲしたことを公共の場に発信することはあり得ないと思っているし、基本的にそれは間違ってないと思っています。
ここで本音を公共の場にぶちまけるのは、
クリーンな自分が積み上げてきた価値を破壊するような愚行と言わざるを得ない。
しかしだからこそ本心を発露する手段が狭まってしまい、より欲求不満に陥りやすくなっている面は否めません。


とはいえ、本音トークができる相手というのは探してもそうそう見つかるものではありません。
かといってクリーンな自分とは別人格として本音用のSNSアカウントを作ったとて、
フォロワーがいなければまったく意味はない。
結局のところある程度深い人間関係は必須ということになります。


しかも自分のトゲを受け入れてもらうためには、合理的に考えれば相手のトゲを自分が受容する必要もある
(そもそも相手が自分を「深い関係」であると認識する必要がある)。
それはそれで長い道のりかつストレスになりうるところで、
仮に相手がいたとしても本音ベースでの人間関係の維持はかなり難しいのではないかと。
実際、歴代の人間関係を振り返ってもある程度踏み込んで距離を縮めた相手とは長続きしない運命にある気がします。
「ヤマアラシのジレンマ」ってまさしくこういうことなんだろうなと。
クリーンな人間関係において一定以上は踏み込まないことの大事さを改めて認識させられますが、
それだけではこの問題は解決しないのでなかなか悩ましいところです。


#7744

追いつかないコレクション

ポケポケ、「Pokemon Day」で新パックが発表されたかと思うと翌日には配信開始!
いやー、リリースのテンポが良すぎますね。参考までにこれまでのリリース日はこちら。


  • 2024年10月30日:最強の遺伝子(A1)3種(ピカチュウ、ミュウツー、リザードン)
  • 2024年12月17日:幻のいる島(A1a)1種(ミュウ)
  • 2025年01月30日:時空の激闘(A2)2種(ディアルガ、パルキア)
  • 2025年02月28日:超克の光(A2a)1種(アルセウス)

カッコ内はパックを飾るポケモンでクラウンレアが存在するポケモンでもあります。
基本的にイマーシブレアを担当するのもこれらのポケモンですが、「幻のいる島」のみセレビィとなっています
(ミュウのイマーシブは「最強の遺伝子」コンプリート特典として登場済み)。


リリース直後の11月のみ穴が空いているものの、基本的にこれまで毎月月末に出ています。
各パックでなんとなくフォーカスされる世代が決まっていて、
A1はカントー、A1aはジョウト、A2とA2aはシンオウ……というイメージがありますが、
実はA1aで登場した金銀の主要ポケモンはセレビィくらいでまだエンテイ、ライコウ、スイクンも出ていません。
いちおう各世代を順番に出していくというルールにはなっているのでしょうが、
ハイペースで回す代わりに2周目、3周目も想定して順にフィーチャーするポケモンを決めているのだと思います。
自分が知るかぎりまだ9世代のポケモンは皆無で7〜8世代もほとんど出ていない現状を鑑みるに、
いまはまだ古参ポケモンファンに訴求するターンなのでしょうね。
子ども人気も相当あるようなので、一気に飛ばして8〜9世代をドドンと出すターンがいずれ来るような気もします。
個人的には飛ばされてしまったホウエン地方のシンボルであるグラードン、カイオーガは
3DCG版を担当しているプラネッタ社さんのフルアートレアが絶対映えるのでいまから楽しみだったりします。
自分は初代世代ですが、なにげに5世代以降も推しポケが多いのでそっちもそっちで楽しみ。


……楽しみなのはいいのですが、とにかくコレクションが追いつきません!
なぜか今回の「超克の光」は最初のお試し10連でイマーシブレアのアルセウスが出て、
「時空の激闘」でもなぜかイマーシブレアのディアルガが2枚も出てきました。
が、イマーシブで一番欲しいはずのピカチュウは一番剥いているはずなのに一向に出てこない。
ピカチュウ(とプクリンexAR)を無事にゲットしたら「幻のいる島」の3DCGレアのリーフも狙いに行きたいのに……。
そうこうしているうちに後続で2パックも新登場して、当然欲しいカードも増えていくわけで。
イマーシブは微課金のわりによく引いている方だとは思いますが、それでも追いついていないのが現状です。


基本的には、砂時計は新パックのために溜めておいてリリース日に一気に放出するのが妥当だと思っています。
これは、新しいカードを試そうと思ったら最低2枚欲しいというケースがよくあるからです。
実は「時空の激闘」でダークライexをあと1枚引けずにめちゃくちゃ沼った経験があります(若干課金しました……)。
そういうことを避けるために、とにかく砂時計は新パックのために貯金しておく。
一方、毎日引ける3パックについては場合によっては過去のパックでもいいのかもしれません。
特にシーズンの後半(つまり月の後半)は新パックもコモンカードはそれなりに揃ってくるので、
取立てて欲しいカードが無いのなら過去パックを剥きに行きたいところです。
まぁ、現状すでにそれを実践しているにもかかわらずピカチュウを引けずにいるのですが……。


ちなみに今回の新パックでは「グレイシア」「リーフィア」が
『ポケモンレジェンズ アルセウス』で登場した2人のトレーナーと共にイラスト化され期間限定有料グッズとなっており、
イラストがかなり魅力的なので欲しい……のですが、課金アイテムでしか買えないため迷っています。
しかもリアルのプレイマット並みの値段がするんですよね、意外にも。
こんなの買ったら絶対にグレイシアexとリーフィアexは揃えたいし、
このペースだと微課金では追いつきそうもない以上ポケゴールド買い足し不可避じゃないか。
次のパックがたいして魅力的でなければスキップしてこちらに注力する……
という作戦も決してゼロとは言いませんが、まあこの感じだと魅力的でないなんてことはあり得ないでしょうね。
さてどうしたものか。


あと5年早かったら実家生活効果でめちゃくちゃのめり込んでいたであろうポケポケですが、
いまでも十分に隙間時間の華になっています。
一時期バトルにうんざりして卒業しかけていましたが、コレクターとしてはやはり末長く続きそうな予感。


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