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#7964

推し活動に必要な熱意

今日の出来事ネット活動

「結局のところ推し活動って報われるのか?」という疑念が最近自分の中であります。
例の推し絵師さんのファン活動は結構来るところまで来てしまったのでこれからも継続すると思いますが、
VTuberのような人にスパチャしようとはどうしても思えない。
そして、承認欲求の行き詰まりを感じた自分にとって打開策としての「推し活動」は、
自分が考えていたほどのポテンシャルは無いのではないかと思うわけです。
つまり、能動的な活動、自分自身がステージの上に立つ活動に対して行き詰まり感を感じていたけれども、
実際には観客席から他者を応援したところで代替の充実感を得られるわけではないのではないかということです。


これは、いずれにしてもエネルギーが足りていないという話なのかもしれない。
つまり活動主体が自分なのかそうでないかは関係なく、
そこに注ぐ情熱が十分量に達していれば「推し活動」もちゃんと充足感を得られるのではないかと。
そして、エネルギーがとても少ない状態では活動主体が自分になるような活動はなかなかできないので、
低燃費でもできる推し活動の方がパフォーマンスは良いような気がします。
ただ、それはあくまでもエネルギーが少ない状況下で比較的マシというだけであって、
生き甲斐と言えるようなレベルになるかと言われるとかなり怪しい。
生き甲斐と言えるような活動をするにはいずれにしてもエネルギーが不可欠であって、
エネルギーがあるという状況下なら能動的な活動を選ばない理由は無いように思うんですね。


結局、この文脈での低燃費な推し活動ってニュースで大谷翔平選手の活躍を見ているからファンだというような、
すごい薄っぺらい低燃費の「推し」であって、有名人等をコンテンツとして消費しているに過ぎないんですよね。
メンバーシップに入って月額いくら払っているという程度のファンも同じことが言えるでしょう。
ニュースを見るだけ、月数百円払うだけという行動に「熱意」はまったく要らないわけですから。
そういう意味では、自分は推し活動をしていると言っていたけれども、
コミケやサイン会に出たくらいで日常的に熱意を払っているわけではないため、
少なくとも「日常的に推し活動をしている」とはなかなか言えない状況なのではないかと思います。


その意味で「日常的に推し活動をしている」と言えるくらいなら他人を応援する活動にも充実感が出てきそうですが、
そういう経験を思春期にしてこなかった自分ができるのかといわれるとはなはだ疑問です。


まぁ、最終的には能動的な活動で充足するのが一番だと思っていますが、
推し活動に希望を見出すならもう少しそっち方面でも「多忙」になるように手を打ちたいところですね。
いまのところほぼほぼ課金しているだけで推しを自称しているようなものだし、
絵師さん1人ではコンテンツの供給量にも限界があるのでいろいろ手広く構える必要もあるでしょう。
いずれにしろ、エネルギー不足では何事も充実させることは難しいということなのでしょうか。



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