椎骨動脈解離で入院生活 #5
入院5日目。
車椅子を卒業して自力で歩いてもよくなりました。
ようやく少し心の落ち着きを取り戻したというか環境に少しは適応できて心に余裕が出てきたので、
今後の身の振り方について、まずは足元の年間計画から考えてみることにしました
(この記事はタイトルは入院生活編の続きですが、事実上の『2027年計画 #1』でもあります)。
まず、今年の年間計画の主要タスクは「ピクミンコミュニティの安定運営」「読書の復活」「ゲーム制作着手」でした。
このうち1番目についてはサブタスクとして期間限定ランキングの開催がマストとして設定されており、
これを今年こそ開催できるか否かが今年の評価を左右する想定です。
読書は03〜06月に集中して取り組んだので「(一時的に)復活した」とは言える段階ではありますが、
ハズレの本も多かったので本当に有意義だったのかと言われると微妙なところです。
ゲーム制作についてはそれなりに構想はできていますが、期間限定が優先なのでなかなか着手できていません。
まず、これが入院前の自分の現状でした。
今回の入院で、大きく変わった価値観があります。
それは、「自由というのは有限であり、しかも自分が思っている以上に少なさそうである」ということです。
病院ではすべての自由が奪われ、生きるために必要な最小限のタスクしか与えられない。
病院生活が不自由なのは確かで、そこに疑う余地はありません。
問題は、意欲・身体・境遇(社会的地位)が噛み合っていない独身の生活も本質的には大差は無いということです。
思い返せば体調が悪かったり、Aをやらないといけないけどやりたくないような状況下にあったりと、
何かが噛み合わないときの自分も病院生活並みに不自由な生活を送っていたように思う。
そしてその原因の一端は間違いなく健康にあるというのが厄年のような2026年を過ごしていて痛感していることですが、
タスク設定の不適切さというのも同じくらい不自由さに加担しているのではないかと改めて思ったわけです。
「これまで続けてきたからやらないといけない」「立場上やらないといけない」
そういう名目上重要そうなタスクに押しつぶされて、自分は膨大な自由時間を浪費してきてしまったのではないかと。
もちろん、自由を支払った結果相応に報われているのならそれは良いことだと思います。
問題は、社会的需要が無く、リワードを期待できないのにただこだわりや惰性の義務感で続けているようなケース。
そういうタスクは、果たして自由時間を支払い続ける価値が本当にあるのか、
せめてもう少し支払いコストを少なくできないか、その辺を今一度考え直す必要があるのではないだろうか。
自由を徹底的に奪われてそんなことを考えるようになりました。
もはや自分は社会(特にネット社会)にとって「何者でもない」ことは前提であり受け入れざるをえない。
その上で一度きりの人生のQOLを可能な限り高める方向にシフトしようということですね。
もう自分はネットで承認欲求とか追っているような段階ではないのでしょう。
そして自分にとってもっとも割に合わない活動は、やはりというか現状このブログが筆頭であると言わざるを得ません。
1日平均1.5時間を22年間毎日支払い続けているわけですからね(あくまでも体感ベースですが)。
その長い道のりを抜きにして考えても基本的には自分にとって有意義だと思っているし辞めるつもりはないですが、
今後、つまり23年目以降はできれば他のタスクを圧迫するようなことは可能な限り避けていきたい。
有意義とはいえさすがに現状ほどの自由を差し出すほどの価値は無いと思うからです。
そこで思いついた2027年の最初のタスクは、ブログのアシスタントツールを作るという計画です。
ブログは結局「書きたいことが決まっている日の執筆作業」そのものは特に負担になっていません。
問題は日次の管理ができずに当日の執筆をサボると週末に溜まった下書きを処理するために土日に時間を圧迫されたり、
ネタ管理をいまだに感覚でやっているのでネタが枯渇した際に捻り出すのに相当の時間を要することです。
逆に言えば、この辺をシステム1に頼らないロジックに委ねることができればブログ執筆はそれほど負担にならない……はず。
そこで、日次タスクのリマインドやネタ管理システムをCodexで作れないだろうか、ということです。
人力開発なら割に合わないかもしれないけれど、Codexならタイパも良いしやってみる価値はありそう。
ちなみにブログ以外の活動についてはやりたくてやっている側面が強いので現状問題にはしていません。
むろん、自分は根っからの計画人間なので自由時間をただ捻出しただけではその分ダラダラすることが目に見えていて、
それはそれでツラいことがあるのも知っています(それをツラいと思うことの是非はさておき)。
なので、何もコスパの悪い活動を事業仕分けすればいいと思っているわけではありません。
ただ、差し当たりブログについてはもう少し踏み込んでメスを入れてみてもいいのかも、と改めて思った次第。