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#7896

メンヘラの本質

自分は実家時代末期のメンヘラ期をある程度乗り越え、対人関係の構築については改善しているという実感があります。
なのでメンヘラ当事者の観点を持ちつつも、何が悪かったのかについて反省することができると思っています。
いま思えば上京前後も同じような感覚を持っていましたが、
あの当時は意識を高く持ちつつもまだメンヘラ気質が共存していた過渡期だったと思います。
本当の本当に心のデフラグが進み、安定期に入ったのは一昨年……いや、去年くらいからなのかもしれません。


メンヘラの何が問題で、それを脱出するにはどうすればいいのか。
これに対する自分の回答は、「自意識過剰であること」が問題で、その解決方法は「他人に期待しないこと」です。
つまり、何事も自分の事柄として捉えてしまうのがメンヘラの根源的な原因なのではないかと。
極端に言えば、他人同士の会話を聞いているポジションであってもその会話をあたかも自分の事として解釈しなおし、
自分のプライドに差し障る単語が出てくればその都度落ち込むというようなことをしてしまうわけです。
他者と自分自身の2人の会話においても、
あらゆる話題を常に「自分ならどうか」という物差しでしか理解していない。
だからこそ結婚式に呼ばれることに「加害性」を感じるようなメンヘラが炎上するわけです(#06768 / 2022年06月28日)。
何かにつけて「マウントを取られた」と感じる人(#07229 / 2023年10月02日)もこの一例と言えるでしょう。


これはつまり、自分が好きすぎてまるで自分を神聖で特別なものと勘違いしていることに依ります。
なので「自分を否定できるのは自分だけ。他者にその権利は無い」とまで考えている節がある。
だからこういう人を褒めるとめちゃくちゃ喜ぶ一方で、少しでも否定的なことを言うとすぐにキレる傾向にあります。
そういう過剰なる「自分偏重」を持っていれば他者との軋轢を生んで当たり前で、
メンヘラはそういう点で面倒くさい性格の持ち主であると言うことができます。
まだ自分の殻を破って「他者理解」への一歩を踏み出していない段階というわけです。
だから他者を尊重もしないし、尊敬もしない。
こういう人にとって他者は「自分を評価する人」に過ぎず、
自分を好評価してくれる人は良い人だし、そうでない人は悪い人というような道徳観になります。
そして得てしてこういう人はネガティブなので、「いいねがつかない。みんな私のこと嫌いなんだ」
「AさんとBさんが通話している。私の悪口を言っているんだ」というような思考回路になってしまう。
本当に世界は自分を中心に回っていると信じて疑っていない。


つまり、自分偏重の人は常に他人に自分に良い評価をつけて然るべきだと期待していることになります。
そしてそうでない現象や可能性に対して、ものすごく過敏に反応している。
しかし現実はそう易しくありません。自分を常に好意的に見てくれる人なんて社会全体のうちわずかで、
それ以外の人は見向きもしない。なんなら何もしなくても自分を嫌う人さえいる。
この現実との差異がいわばその人にとっての「認知の歪み」であり、
あまりに期待を損ない過ぎて「もはや他人の評価には期待できない」と思えたとき、殻にヒビが入ります。
「もしかして他人も誰かからの評価を貰いたいだけの、自分と同じような人間に過ぎないのではないか」と。
自分は誰かを評価しないが、自分は誰かから評価されたいと思っているという不合理な現実に気づくわけですね。
もし誰もが自分と同じように考えていたら、誰も評価しない・されない世の中になると。


そこに気づきさえすれば他者を理解しようというモチベーションも生まれうるし、
結果的に過剰な「自分偏重」も抑えられていく。
こうした一連の改善にはその都度の気づき(自省)が重要なわけですが、
とりわけ「他人に期待しない方が合理的」という気づきはいったんは自分の失敗を認める必要があるため、
そこの壁を乗り越えられるかどうかがメンヘラ脱出の鍵になってくるのではないかと思います。
逆に、本当にどうしようもない人はそもそも自意識過剰であることさえ無自覚だったりする。


自分が観測したかぎり、人間関係トラブルは少なからず自意識過剰の人が1枚噛んでいます。
こういう人は何かとトラブルを起こしがちだし、なんならそういうトラブルを好む傾向さえあると思います。
トラブルを経て他者を打ち負かせば自分のやっていることに正当性が生まれるからです。
これはいわゆる「自己肯定感が低い人」との差異でもあると思います。彼らはレスバなんて望んでいない。
自己肯定感が低い人というのは要するにやるべきことができていないのでアイデンティティーが確立していない、
いわゆる「自信」をまだ獲得していないという点でメンヘラに似てネガティブな人ですが、
それ自体は「自意識過剰」とは言えないのでメンヘラそのものではないと思います。
つまり、これらは両立するということですね。
やるべきことをやっていないので自己肯定感が低く、なおかつ自意識過剰なのでメンヘラというのはありうる。
そしてその根本は思春期の家庭環境に行き着くのではないかと予想しています。
ここでコケると、両方それなりの深刻度で人生に立ちはだかる壁になり、
大人になってからメンヘラ面と自信損失面の両方で誰にも頼らずに矯正を図らなくてはならなくなる。


思春期の数年間が人生に及ぼす影響力というのは絶大で、
誰もが少なからずそこで発生した「歪み」を矯正すべく人知れず努力している側面もあるのかもしれません。
ゆえに、これこそ自分ごととして自意識過剰に処理しないよう気をつけたいトピックスです。



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