ふらふらレコード現象
去年末、やる条件が一見揃っているタスクに「なんとなく」着手できない原因は、
言語化できない体調不良にあるのではないかという話を書きました(#08025 / 2025年12月05日)。
これはセルフコントロールの観点からわりと重要な気がしているので、改めて考え直したいと思います。
「自分」を車に例えた場合、意識というのは運転手のようなものと考えることができます。
そして多くの場合、ハンドルを右に切れば車は右に進むと思っている。
しかし現実はそうではありません。右に切っているのに左に進むことさえある。
「次はこれをしようかな」という日常の些細な行動から転職などの重要な意思決定ポイントまで、
さまざまなレンジで意識とは違う方向に進んでしまうことはよくあります。
少なくとも運転手は合理的・論理的判断に基づいて「正解はこっちだろう」という見通しは立てられているはず。
しかし現実には、車はその通りに進むとはかぎらないので心底参ってしまうわけです。
そこで人はある段階から「ハンドルを右に切ったが左に進む」ということを学習するようになり、
次回からその学習結果を踏まえて運転を試みるようになるわけです。
ニッチなゲーマーにしか通じない例えですが、マリオパーティシリーズの「ふらふらレコード」みたいなものです。
右手を挙げようとして左手が挙がる人はまずいないと思うので、
動作が難しい運動をしようとしないかぎりほとんどの人にとってフィジカル面ではこの問題は起きません。
一方、メンタルについては結構このふらふらレコード現象が起きていることがある。
一見して人間関係や仕事、趣味面において特に後ろめたいことが無いにも関わらず、
なんとなく気が塞いで物事をやる気になれないというような場合です。
まぁ、この場合はハンドルというよりアクセルの方が正確かもしれませんが……。
基本的にヒトはまず身体ありきなので、身体の不調はメンタルに直撃します。
なので生理的欲求が欠乏(または過剰)になっていると、どうしてもそちらに気が向いてしまうというのはある。
睡眠、食事など十分に満たされていないのが明らかなら、メンタルコントロールは難しくて当然。
そういう場合はたくさん食べて寝るのを最優先するべきですが、
勤務時間中で拘束されている、中途覚醒で寝付けないなどの問題ですぐにそれを実践するのが困難な場合は、
せめてハンドル操作がかなり難しいということに自覚的になることは重要だと思います。
「いまの自分はお腹が減っていてイライラしやすいのかもしれない」ということを念頭に置きながら仕事をするとか。
そしてそれは「言語化できない体調不良」についても同様だと思われます。
ヒトのメンタルに影響するのは何も睡眠と食事だけではありません。
花粉症でつらいとか、寝違えて腰が痛いとか、お腹の調子が悪いとか、
すぐ改善できない身体の問題はいくらでも起こりうるし、それらは少なからずハンドル操作に影響します。
またそれは体調不良のみならず、
意識の外側にある「いつかは向き合わないといけないこと」がハンドル操作を狂わせている可能性もあります。
こうした問題は、日課をやるにあたって必ずぶち当たる壁だと思います。
今日はこれをやらなければならないことは自明だという状況でも作業が手につかない場合、
そういった些細な問題を踏まえたハンドル操作の補正ができていない可能性を疑ってもいいかもしれません。
着手できる条件が「ある角度に向かって走り出すこと」なのだとしたら、
意識的に方向を矯正していかないと達成は困難です。
ここで「矯正すること」にはある種の意志力、
具体的には目の前の物事にのみ意図的に集中する意識が必要になると思われ、それこそがやる気とも言えるかもしれません。
だとしたら漫然とすべての条件が整うのを待っているだけの完璧主義者は本質的には怠惰を貪っているだけだとも言えます。
意識はそのままでは直進しない。
つまり、「やりたいこと」を意識的に思い描くだけでは向かいたい方向に行けないということで、
そのためにはハンドルの特性を理解して矯正する必要がある。
この仮説が正しいのかどうかはまだ分かりませんが、少なくともいまの自分のハンドルがふらふらなのは確かです。