Chrononglyph

生活教訓

#8049

マンネリに抗う

今年1年経験したことで今後に活かしたい教訓として、
停滞に対して抗う気持ちというのはもっと主体的に持ちたいというものがあります。
要するに、非充実、マンネリといった日々の停滞リスクを安易に受け入れようとしない方がいいということ。
今年はなんだかんだと言い訳をしてそれを多く受け入れてしまったことが、
1年を通じて停滞していたと実感する要因になってしまったのではないかと思っています。


基本的に停滞を受け入れるのは自分が今日という日を損失として計上するだけで済むので簡単です。
それによって誰かに損失を与えるわけでもないし、ただただ自分が評価されないというだけ。
一方、停滞に抗うということは何かとエネルギーを使うし、それによって他者評価に晒されることもある。
有り体に言えば面倒くさいことが少なくありません。


この狭間で迷うような場合というのは往々にして、何を頑張ればよいかという方向性が定まっていないか、
もしくは体調不良に陥っているかのどちらかという認識です。
方向性が定まっていないというのは思慮不足なので考えれば解決する問題ではありますが、
体調不良人によってはなかなかどうしようもない問題であることも多いです。
2022年以前における自分の睡眠の問題もしかり、30代以降の体力的な問題も然り。


なので、「マンネリに抗うのがしんどい」と思ったら身体的な問題を疑うというのはもっと意識してもいいのかも。
手っ取り早い回復方法は、食べたいだけ食べて寝たいだけ寝るというものです。
逆に言えば、睡眠時間を絞ったり食事を変に妥協したりすると、諸活動にもすぐにさまざまな悪影響が出てくる。
そういう意味でも食事や睡眠はあまり妥協しない方がいい、というのは今後の教訓になりそうです。
そしてまた、食事・睡眠面でしっかり自助努力してもなおパフォーマンスが出ないこともあることも知っておくべき。
身体のパフォーマンスは食事と睡眠だけで全部決まるわけではないからです。
自分は該当しないですが、たとえば低気圧だとパフォーマンスが落ちる人もそれなりにいますよね。
そういう身体の繊細さについてはある程度受け入れて、それに寄り添う必要があるのかなと。
食事・睡眠だけ万全にすればパフォーマンスが出るならまだマシなのかもしれません。


ここ10年くらいは、可能性という名の枝葉をひとつひとつ点検していって、
成就しそうにない枝葉を片っ端から剪定していくような、そんな生き方をしてきたと思います。
残った枝葉は少なく、あとはこれに実をつけるために頑張ればいいだけという見通しは立っている。
しかしそれでもなおパフォーマンスが思うように出ないという壁をずっと感じていましたが、
それは木に例えれば栄養を与えることを怠ったこと、
人間で言えば健康というすべての行動基盤を軽視してきたことも一因としてあるような気がしています。


#8036

無気力な一年

今日の出来事生活教訓

2025年はこれといってメンタルを削るようなイベントが起こらない平和な1年だったと思います。
これは、人間関係の中でも運要素の強い職場の人間関係がかなり安定しているのが大きいかと。
なんなら、人間関係という点では社会人になって以来いまが一番平和かもしれない。
趣味関係では一度地雷を踏んでしまうというトラブルがありましたが(#07761 / 2025年03月17日)、
少なくとも長期で尾を引くようなこともなく、まあその相手とも大事に至らず持ち直したと言えそうです。
そういうわけで、人間関係については比較的平和な1年だったという評価はおおむね間違ってなさそう。


にもかかわらず、2025年は「無気力化」が一気に深刻になり、
そういう意味では人間関係的な問題を起こしていないのにメンタルのポテンシャルは低かった1年だったと思います。
なんならうつを疑っているくらい、やる気というものが疎遠になってしまった。
これは最近分析しているように、タスクのハードルが低すぎて達成感を実感する機会が皆無なのがまず原因としてありそう。
年間計画としての小説は書き切ったのにいまのところ達成感が無いのがそれを象徴しています。
タスクも細分化すればいいというわけではないということです。
なので、2026年は計画段階でもう少し詰め込んでもいいのかなと思っています。


もうひとつは日常生活のマンネリ化です。
昨日と同じような一日を過ごしてしまうとじわじわとメンタルが削れていくというもの。
これも経験則として分かってはいるけれどなかなか避けがたいことで、
たとえば日々の習慣にしたいことがタスクとしてあればどうしても生活はパターン化していくわけですが、
それに甘んじているとロボットのようなライフスタイルになり心が摩耗していくという。
マンネリ化を避けるべきというメンタル防衛手段は、タスクの習慣化とある種矛盾するところがあるわけですね。


これについては2025年は怠惰に甘んじてかなりワンパターンな生活を過ごしてしまったという反省があります。
これもメンタル悪化に相当影響してそうな気がする。
なので来年からは、意識的に昨日と違う生活を送ることを心がけていきたいところです。
ごはんを食べるのはいつもの最寄駅周辺の店にするのではなく、たまには隣町に行ってみるとかですね。
とにかく物理的にずっと同じ場所で過ごさないというのが大事な気がする。
ずっと家にいて、昨日と違うコンテンツを摂取すれば解決するというものではないということです。
逆に言えば、物理的に違う場所で過ごせるなら似たような活動をしていてもマンネリは避けられている気がする。
昨日は家でブログを書いたから今日はカフェで書こう、というような具合に。


無気力化とマンネリ化は、おそらく一人暮らしの孤独がもたらす病状なのではないかと思っています。
そのため他者との関わり合いを維持する努力が絶対不可欠なのはもちろんですが、
実家帰省というワイルドカードをうまく活用することも視野に入れていきたいところです。
具体的には、今年の実家帰省は年3回でしたが(01月、05月、09月)、
どこかの3連休に有休をうまくくっつけて4回帰省するのもアリかなと。
とはいえ、作業捗りまくりでリフレッシュにもなった前回はそれなりに心構えができていたから成功したのであって、
毎回必ずうまくいくわけではないということは念頭に置く必要がありそうですが。
むしろ生活リズムが乱れて散々な思いをする可能性だってあるわけで。


2025年はいろんな意味で最低基準を作った1年でしたが、


  • 無気力化防止のためにある程度のボリュームの計画を入れること
  • なるべく物理的に昨日と違う場所で過ごしマンネリを防止すること
  • 実家帰省を活用して中期的なリフレッシュに努めること

の3点は2026年の生活面のスローガンにしてもいいのかなと思っています。