マンネリに抗う
今年1年経験したことで今後に活かしたい教訓として、
停滞に対して抗う気持ちというのはもっと主体的に持ちたいというものがあります。
要するに、非充実、マンネリといった日々の停滞リスクを安易に受け入れようとしない方がいいということ。
今年はなんだかんだと言い訳をしてそれを多く受け入れてしまったことが、
1年を通じて停滞していたと実感する要因になってしまったのではないかと思っています。
基本的に停滞を受け入れるのは自分が今日という日を損失として計上するだけで済むので簡単です。
それによって誰かに損失を与えるわけでもないし、ただただ自分が評価されないというだけ。
一方、停滞に抗うということは何かとエネルギーを使うし、それによって他者評価に晒されることもある。
有り体に言えば面倒くさいことが少なくありません。
この狭間で迷うような場合というのは往々にして、何を頑張ればよいかという方向性が定まっていないか、
もしくは体調不良に陥っているかのどちらかという認識です。
方向性が定まっていないというのは思慮不足なので考えれば解決する問題ではありますが、
体調不良人によってはなかなかどうしようもない問題であることも多いです。
2022年以前における自分の睡眠の問題もしかり、30代以降の体力的な問題も然り。
なので、「マンネリに抗うのがしんどい」と思ったら身体的な問題を疑うというのはもっと意識してもいいのかも。
手っ取り早い回復方法は、食べたいだけ食べて寝たいだけ寝るというものです。
逆に言えば、睡眠時間を絞ったり食事を変に妥協したりすると、諸活動にもすぐにさまざまな悪影響が出てくる。
そういう意味でも食事や睡眠はあまり妥協しない方がいい、というのは今後の教訓になりそうです。
そしてまた、食事・睡眠面でしっかり自助努力してもなおパフォーマンスが出ないこともあることも知っておくべき。
身体のパフォーマンスは食事と睡眠だけで全部決まるわけではないからです。
自分は該当しないですが、たとえば低気圧だとパフォーマンスが落ちる人もそれなりにいますよね。
そういう身体の繊細さについてはある程度受け入れて、それに寄り添う必要があるのかなと。
食事・睡眠だけ万全にすればパフォーマンスが出るならまだマシなのかもしれません。
ここ10年くらいは、可能性という名の枝葉をひとつひとつ点検していって、
成就しそうにない枝葉を片っ端から剪定していくような、そんな生き方をしてきたと思います。
残った枝葉は少なく、あとはこれに実をつけるために頑張ればいいだけという見通しは立っている。
しかしそれでもなおパフォーマンスが思うように出ないという壁をずっと感じていましたが、
それは木に例えれば栄養を与えることを怠ったこと、
人間で言えば健康というすべての行動基盤を軽視してきたことも一因としてあるような気がしています。