正義を振りかざす「極端な人」の正体
『正義を振りかざす「極端な人」の正体』(山口真一、光文社新書、2020年)
という本をざっと読みました。もう読書録をがっつり書く気力はないのですが、
ネットの情報収集の危うさについて考えされる事実があったのでメモ程度で感想を書きます。
この本は、いわゆるネット上で起きる炎上事件の加害者について統計的な手法で分析した本です。
ここでの炎上事件とは、いわゆる有名人や企業の不祥事に対して
批判的なコメントが殺到することを言います。
特に本書では2020年に多数の誹謗中傷を受けて自殺した
女子プロレスラー木村花さんの事件をピックアップして、その内実を明らかにしようとしています。
そこではいくつか炎上事件に対するイメージとは異なる事実も明らかになっています。
まず第一に誹謗中傷をしている人は全体のうちごくごく僅かであるということ。
そういう人たちがサブアカを使い分けることで普通の人の数倍のコメントを送りつけることにより、
あたかも傍目には多数の人に誹謗中傷されているように見えます。
第二に、そういった「極端な人」は誹謗中傷を「正しいこと」と認識している、
つまり不祥事を起こした被害者こそが悪であって
自分はあくまでも正しいことをしているという考え方を強く持っていることが多いということ。
そもそも木村花さんの事件は、当初『テラスハウス』という番組内で
共同生活していた男性が誤って木村さんの大切なコスチュームを洗濯してダメにしてしまった際、
木村さんが番組内でその男性に対して強い罵声を浴びせたことがきっかけになっています。
そのことを当初から木村さんのアンチが非難していたわけですが、
その後も放映された『テラスハウス』で木村さんの態度が改まることはなかったので
どんどんTwitter上の木村さんのアカウントに対するアンチの誹謗中傷がヒートアップした結果、
それに苦しんだ木村さんが自殺してしまったと。
すごいのは、自殺後もアンチの活動は止まらなかったことです。
そしてそれは遺族の懸命な活動によって開示請求が行われるにいたり、
その結果、世間の注目度からすると驚くほどに少数派であることがわかっています。
木村花さんの件については、
そもそも男性に罵声を浴びせたことすら「番組の指示」であることがわかっていて、
木村さんの意思で強い罵声を浴びせたわけではないということが自殺後の調査で明らかになりました。
そういう事実が後から出てきたところで人が死んでしまってはもう遅いわけです。
この件は国際社会からもかなり非難され、誹謗中傷に対する罰則を強くする法改正もされました。
しかしこの事件から3年経ったいま、
いわゆる炎上事件は減っていないどころかさらに増えているように見えます。
本書によれば、「極端な人」は普通の人、とりわけ社会で成功している人に多いそうです。
直感的にはニート・引きこもり等の社会的弱者が
強者を引きずりおろすために誹謗中傷しているというイメージですが
(実際にそういう人がネットで問題を起こしているケースもあるというのは事実)、
実は50代以上で十分な地位と年収のあるような人こそが誹謗中傷を繰り広げているそうです。
またそれ以外の社会的属性にも分け隔てなく誹謗中傷による加害経験を持つ人はいて、
一般人だから無縁、といったことは無いと言えます。誰もが加害者になりうるのでしょう。
「極端な人」は共通して社会に対する不満を感じており、それに基づいた情報発信をするようです。
そしてネットではサイレントマジョリティの情報発信量に対して、
そういったノイジーマイノリティの情報発信量の方が圧倒的に多い。
ゆえにSNSにおける思想はかなり偏っていると考えられます。
多数派はいちいち自分の意見を表明しません。
これで何が問題になるのかというと、
日常生活に対するネット利用率が高いと無意識にノイジーマイノリティの思想に染まってしまい、
しかもそれに気づくのがなかなか難しいということです。
これは自分もかなり心当たりがあります。この本を読んだことで初めてその可能性に気づきました。
最近全然本を読む余裕がありませんでしたが、
久々に読んだ本にしては本書は当たりだったと思います。
ネットばかり見て他から情報をインプットしないような生活にならないよう気をつけたいところ。
まして自分が「極端な人」になるなんて論外ですが、
何も意識しなければ自分も加害者になる危険性はわりと高いのではないかと改めて思いました。