浦沢直樹「20世紀少年」感想
最近、4年ぶりに浦沢直樹の『20世紀少年(完全版)』を読み直したのですが、
やっぱりこれは最後の最後で大きな矛盾を残しているよなあ、と思わずにはいられませんでした。
以下超絶ネタバレ注意。
この作品は少年時代の空想を実現すべく世界征服を企む謎の人物「ともだち」と、
その空想のもととなる「よげんの書」を書いたケンヂたちの世界を巻き込んだ戦いの話です。
「ともだち」は正体不明でしたが、物語の中盤でそれがフクベエという人物であることが判明。
ところが判明する直前にフクベエは同じクラスメイトの山根に銃撃されて死んでしまいます。
これで終わりかと思いきや、
2015年の東京万博開会式で「ともだち」はローマ法王をテロから守る形で復活を遂げ、
世界中の人々を欺いて着実に世界征服やその先の目的を実現していきます。
フクベエは死んだはずなので、それ以降の「ともだち」はそれにすり変わった誰かです。
単行本版では最後まで素性が明かされず、
最後の最後、最終話でケンヂがたった一言「おまえ、カツマタだろ」と言って終わります。
カツマタくんはクラスメイトの間では「理科の実験が大好きでフナの解剖を楽しみにしていたのに、
その前日に事故で死んでしまった人」として認識されていた正体不明の人物で、
名前こそ度々言及されるもののその姿は一度も出てきません。
完全版では最後にカツマタくんと看破するケンヂが若干の補足をします。
フクベエは少年時代のある日、首吊り自殺をする振りをしようとして本当に死んでしまった。
それ以降フクベエにすり替わったのがカツマタであるというのです。
カツマタは少年時代に「宇宙特捜隊バッジ」を盗んだケンヂの濡れ衣を着せられたことや、
ケンヂが放送室でかけた『20世紀少年』という音楽に心を打たれて自殺を思いとどまったことなど、
ケンヂに近づく勇気こそないものの昔から因縁がありました。
完全版では作中に登場するケンヂの歌のフレーズはカツマタが考案したとされています。
しかし一方で、作中には大人になったフクベエが味方を装って同窓会に登場していたり、
第二の主人公であるカンナはフクベエとケンヂの姉の間の子とされていることなど、
「フクベエが少年時代に死んだ」ということになると物語の要所要所が矛盾してきます。
ただ、少年時代の追体験をする描写を読み返す限り確かにフクベエが死んだという描写はある。
いったいどういうことだ……?
作者は「『20世紀少年』は設定上の矛盾は無い」と断言しているそうで、
それを踏まえて本気で考察している人もいるようです。
たとえば小学校時代の回想にあった「理科の実験が好きだけど死んでしまったクラスメイト」は、
カツマタくんではなくフクベエだったという説。これはかなり面白いと思いました。
フクベエは実際に自殺の振りに失敗して本当に死んでしまったわけで、
読み返してみると理科の実験が好きなことをほのめかす描写が複数あります。
ただ、そうなるとフクベエとカツマタの顔がそっくりなことに説明がつかない。
これは双子なんじゃないかという説がありますが、苗字が違うのでその可能性は低そう。
また、そもそも「ひみつ集会」で殺された大人フクベエはなんだったんだという話になります。
同じ顔をしたクローンが何人もいるみたいな話なんでしょうか。
同じ顔がいくつもある可能性を示唆する描写は実はあって、
「ともだち」が復活する直前のころ、
複数の人数にそれぞれ別所で同時刻に目撃されたというシーンがあるのがそれです。
しかし、だとしたら彼らはいったい何者なのか……?
敵サイドの幹部である高須はともだちの正体を問い詰められて
「いまそこにいるのが『ともだち』。」と意味深なことを言っていますが、
これはどういうことなのか……?
それを説明している描写は見つかっていません。
この作品はもう何度も読み返していますが、いまだに新しい発見があるのはすごいと思います。
またいずれ時間が経ったら今回のことを念頭に読み返したいところ。