経験は宝
少年誌の限界ギリギリを攻めたお色気漫画の到達点として『ToLoveる -とらぶる-ダークネス』という作品があります。
この作品はお色気漫画にありがちなハーレムもので、
生徒会長、幼馴染、実妹、暗殺者、生物兵器、果ては地球人の姿をした異星人までさまざまなヒロインが登場し、
それぞれがそれぞれのコンセプトで主人公に好かれようと努力します。
変にドロドロした人間関係の描写は存在せず、そういう意味では非常に清潔感のある作品です。
青年誌に掲載された全年齢対象作品ですが事実上無修正描写もある17.9禁のエロ本みたいな立ち位置の作品で、
海外だと18禁と同じ扱いになっている国も多いそうです。
「ダークネス編」の主人公であるモモをはじめ
お色気攻撃で主人公をオトそうとするヒロインも少なからずいますが、
ハーレムとお色気トラブルに慣れている主人公はパンチラ程度ではもはやビクともしません。
そこでヒロインの一人でアイドルでもある「ルン」は作品終盤で媚薬のようなものを手にいれ、
それを使って主人公を半ば無理やりオトそうとします。
ルンは異星人の一人でメモルゼ星の王族ですが、もともと雌雄同体の身体(くしゃみで性別が入れ替わる)でした。
この体質(?)があるかぎり主人公を好きになる資格が無いと思い悩んでいたのですが、
ある日、成体になったことで男女の人格が物理的に分離し、
それをきっかけにして地球に来た目的はさておき主人公に好かれる最高の女の子になることを決意。
結果として地球のアイドルにまでのし上がり活動を広げるなど、自由奔放な暮らしをしています。
同じ異星人の王族であるララたちが両親の庇護の下で地球での活動を続けていることとは対照的です。
そんなルンが、ある意味最後の手段として媚薬のチカラで主人公に迫るとき、
2人きりの教室に誘い込んだ主人公と少し会話をするのですが、
そこで自由奔放な活動の裏には 「経験こそ宝」 という父の教えがあることを明かします。
(矢吹健太朗・長谷見沙貴『ToLoveる-とらぶる-ダークネス』17巻)
おそらく日本男児の99%は短すぎるスカートかこのあとのスケベな展開に夢中になり
この辺の雑談パートは読み飛ばしていると思いますが、これはかなりの金言だと自分は思っています。
「隣の餅も食ってみよ」「失敗は成功のもと」「学問なき経験は経験なき学問に勝る」
似たような格言・名言は数多くありますが、ルンの言葉はシンプルかつ明瞭にそれを表現しています。
おそらく多くの人にとって、初めて経験することはかなり勇気を必要とするのではないでしょうか。
少なくとも「前例があること」とそうでないことの間には、踏み出しやすさという点で差異があると思います。
初めて会う人、初めて入る店、初めてする仕事、初めて参加するイベント……などなど。
一歩踏み出すのに必要な勇気の高は、その人の成功体験や失敗体験の数に依存します。
もしも勇気を出して踏み出したのに失敗した経験があったら
その人が必要とする勇気(行動力)はグッと大きくなり、
場合によってはもう一生乗り越えられないようなトラウマにもなりかねません。
逆に、特に嫌な経験になった記憶が無い人は必要な勇気が小さいのでどんどん進めるかもしれない。
これは就職や恋愛など人生のターニングポイントにも多大な影響を与えているだろうし、
もっと日常的な小さな物事にも当てはまると思います。
新しい何かを始めるということは、少なからず一歩を踏み出すための勇気が要る。
そして歳を重ねて経験が積み上がる一方、勇気を出すこと自体が面倒くさくなってくると、
「これは本当に自分の為になるのか?」という損得勘定を始めてしまいます。
勇気を必要としない既知の物事のレパートリーが増えればこそ、あえてリスクを負う必要はあるのかと。
そう考えるからこそ、必然的に大人になればなるほど新しい物事には挑戦しづらくなります。
しかしそれは懸命で合理的な判断をしているように見えて、その実 経験することを恐れているのではないでしょうか。
先日、このブログの往年の課題である「タコウインナー問題」について再検討しました(#07454 / 2024年05月14日)。
このときはある物事に対するポジティブな思い入れが強ければ強い(要は「好きな」)ほど、
ネガティブな心理状態のときには心と行動が矛盾するのでそれに手を出せないということを改めて考えました。
一方、そもそも経験することには勇気が要るということもタコウインナー問題の本質に関わっていると思います。
それが好きであればこそ、勇気を出してそれの現実的側面と向き合わなければならない。
好きな人、モノ、文化等々をショーケースの向こう側から眺めて満足しようとするということは、
結局それそのものから逃げているにすぎないのではないかと。
経験には少なからずリスクがあり、当然失敗することもあります。失敗することの方が多いでしょう。
しかし経験さえすればその成否に関わらずそれに関連する勇気のハードルは大きく下がり、
結果として行動範囲が広くなるのも事実です。
その行動範囲の広さは人生の可能性そのものであると言っても過言ではないかもしれません。
少なくとも長期的に見れば、失敗を恐れ続け既知の何かだけで生活を埋め合わせるよりもQOLは上がると思います。
「やりたいからやる」というのは短絡的で浅慮な考え方のように聞こえますが、
実際にはなんだかんだと言って何もやらない人よりはよっぽど上等なのではないかと改めて思います。
『ToLoveる -とらぶる-ダークネス』は、表向きはあらゆるポーズの女の子の裸が描かれた全年齢向けエロ本ですが、
ハーレムをキャッチーに描く過程でそれぞれのヒロインが「好き」という感情に対して真摯に向き合います。
それは思春期の男女を描くからこそまっすぐな感情が描かれており、
擦れた大人はここから学べることも意外と多いのではないかと思った次第です。