Chrononglyph

大学時代

#7175

現実逃避手段としての整理作業

今日の出来事大学時代

いま思えば、大学時代の自分は非生産的なことばかりやろうとしていたように思います。
確かに何か企画を考えてクリエイトしようと頑張っていた時期もないわけではないけれども、
全体からするとそうでない作業の方がかなり多いイメージ。
いまは非合理的なことは最初からやらないというスタイルが定着して久しいので、
逆に大学時代の頃が新鮮に感じられなくもないです。


非合理的な作業、と言い切ってしまうのも語弊があって、必要でやっていると言えばそうです。
有意義といえば有意義なのかもしれない。でも、他にもっと大切なことあるよね、というもの。
その代表例が整理やどうでもいいリストを作るような作業です。
PCの中身を再編成しようとか、ブログの文字数統計を作ろうとか。
現在その中で唯一続いている「音楽再生数統計」も大学時代初期に生まれた定期タスクです。
とにかく当時の自分は、何かを整理し、一覧化することに余念がありませんでした。
なぜか?
そうしたかったからというのもまあ間違いではないでしょうが、
いまの自分に言わせれば、それは「本当に重要なタスクからの逃避手段」だったと思います。
当時の自分にとって就活と卒業論文、あるいは社会経験としてのアルバイトは最重要課題でした。
それと比べれば整理作業や一覧化作業というのは優先度に天と地ほどの差があります。
さらに、その中間にはよりクリエイティブなタスクが待ち受けていましたが、
これらが大学時代に対して芽が出なかったのも結局整理系作業を優先していたのが一因です。


当時の自分もさすがに、整理系作業より就活の方が大事であることはわかっていたはず。
それを十分承知してはいるけれども、就活やその他諸々はどうしても勇気が出ないからやりたくない。
これは精神的に弱かったというのも当然ありますが、
睡眠障害によって常に意識が朦朧として「まともに物事を考える」ということ自体が難しかったため、
そもそも重要課題に取り組められるような状況では無かったというのもあります。
これは大学時代最大の障壁と言っても過言ではないのですが、なかなか理解され難いところでしょう。
とはいえ「何もしない」ではいかにも逃げているようだから、
せめてそのどん底の最底辺に陥らないために自己満足作業に打ち込んでいたのではないかと。
自分は肩書き上は引きこもりニートになったことはありませんが、
大学時代の精神はほとんどそれに近い状態に陥っていたのではないかと思います。
以前、大学なんて行く意味が無かった高卒後すぐ就職していればもっと良いキャリアを作れたのに、
などと後悔する記事を書きましたが、
ぶっちゃけ高卒の段階の精神で社会に無理やり出たところで、
普通に引きこもっていたのではないかと思います。
そういう意味では、
高い学費を払って大学に行ったのは無限に続く無職の泥沼を回避するだけの価値はあったのかも。


嫌なことから逃げ続けている状態というのは、自分がそれと向き合うまで終わることがありません。
大学時代は4年というリミットがあったから、いつか向き合わざるを得なかっただけマシでしょう。
高卒後に就活するという名目で実家暮らしを始めたらそれは実質無期限なわけで、
自分自身に覚悟が芽生えなければ何年でも何十年でも同じように逃げ続ける毎日が続いてしまう。
「無職とは夏休み最後の日を一生繰り返すようなもの」とはよく言ったものです。
いまでこそ上京して自活している自分ですが、
大学時代の自分のクズっぷりを鑑みると結構紙一重だったんじゃないかと改めて思います。


ちなみに就活については結局4年で結果が出ずに大学院に持ち越し、
そこで今度は修士論文という新たな課題に精神を破壊されて延長2年もフイにしてしまい、
実は卒業直後の04月はまさに上述の泥沼にまさに片足突っ込んだところでした。
あのまま何も無かったら「院卒ニート」というクズの中のクズが生まれていたことでしょう。
そこからどうにか抜け出したのは2013年04月17日にNintendo Directが放送され、
そこで『ピクミン3』の発売日が明らかにされたからです。
07月13日発売なのでいまからでも働かないとWii U本体を調達する資金を用意できなかったんです。
ただそれだけの理由ですが、そうやってリミットを与えてくれたおかげでいまの自分があります。
こう考えると自分の人生はピクミンに助けられてばかりだなと。


#7144

もうひとつのおまもり

今日の出来事大学時代

上京直前の引越し準備のときに完全に紛失したと思っていたある「おまもり」を見つけ、
上京直後に「それに相当する何か」を石川県金沢市で探せる可能性を発見した、
ということを当時の記事に書いていました(#05835 / 2019年12月10日)。
これが何なのか具体的に書くのはまだちょっと憚れるのですが、その可能性自体は潰えていません。
ただ、これのあとの話を書いていなかったので書いておくことにします。


2020年末ごろ、実際に金沢に行って探してみようという機運が高まり、
そのとっかかりとしてまずは卒業した大学に連絡してみることにしました。
「それ」は大学にあるんですよね。
メールで問い合わせて返事が来ればラッキーかというくらいに思っていたのですが、
意外にも返答は電話で来て、経緯を理解してくれた上でぜひ探してほしいと言ってくれました。
ただ……当時はコロナ禍真っ只中ということもあり、
探すのは全然構わないが東京からの来訪はしばらく待ってほしいと言われてしまいました。
まあこれについては最悪のタイミングで連絡した自分が悪いです。
2023年現在、コロナの枷もほぼ無くなったため再連絡すれば行ける状況ではあります。


ただ、本当にそれだけを目的としてしまうのもどうかと思っています。
実はこれ、地方時代の2018年にも計画して実際に金沢まで行ったことがあります。
しかし、金沢まで行っておきながら「それ」を探す勇気が出ず、結局そのときは大学へ行きませんでした。
本当に当時の自分は何がしたかったのか分かりません。
たしか東京へ行ったついでに北陸新幹線に乗って金沢経由で帰るという計画だったと思います。
それ自体がもう無茶苦茶ですが、
実家時代の長期休暇というのはカネも時間もあるので非合理的すぎる計画もまかり通っていました。


ということで過去に一度何も収穫無しで金沢から帰ってきた経験がある以上、
「それ」を探すだけを目的にして万が一見つからなかったときのことを考えると
もうひとつくらい目的は欲しいもの。
それで申し訳程度の目的ですがゼミの教授に会いに行こうかと思い、連絡先を探してみたんです。
……なんと、その教授は大学を辞めていました。同じ学科の当時の教授陣はみんな現役なのに……。
アーカイブを遡るとかなり昔に辞めていたようです。


まあ、こう言っちゃなんですが結構変な人ではありました。
自分の大学時代があらゆる意味でズタボロだったのは何度も書いてきましたが、
それでも卒業論文を提出できて無事に卒業できたのは、
この人が教授として査読する気がゼロでとにかく日本語さえ書ければ通していたことが大きな要因です。
もし他のゼミで人並みに厳しい目を持つ教授だったらあんな論文はパスしていないでしょう。
それはつまり、自分は最低1年は留年していたことを意味します。
あの状況でまともな論文なんて書けるわけがなかったので。


他のゼミ生も明らかに何らかの問題を抱えてそうな学生ばかりということもあり、
まあクズが集う駆け込み寺のようなゼミだったという印象です。
いわゆる「ゼミ」としての体裁でゼミ生が集まった経験は最初の顔合わせくらいで、
その後一度たりともコミュニケーションを取った記憶がありません。
当然、そんなのを請け負っているような教授が熱心に研究活動をしているはずもなく、
当時から悪い噂は結構耳にしていました。なので辞めたと知ったときは妙に納得感がありました。


まあそれはそれとして、これで金沢に行く予備の目的が潰えてしまったわけです。
そもそもゼミの教授すらいない大学へ行くのもちょっと勇気が要るのに……。
往復3万円(+宿泊費)でわずかな可能性だけを追うのはまだ先の話になるかもしれません。
いやでも、年数が経てば経つほど可能性が薄くなるであろうことを考えると早めの方がいいのか。


#6996

学校に通った意味

今日の出来事大学時代

20代までの人生を振り返ってたまに思うのは、
これまでの人生での最大の失敗が大学進学だったんじゃないかと。
学歴や偏差値の話ではありません。大学進学そのものが誤りだったのではないかと。
過去の自分を否定することは、いまの自分を否定することに等しい。
自分は過去を振り返るときにそう考えて過去の自分を受け入れる努力をしています。
が、否定するしないとは別に「もっと正しい選択肢があった」というのも事実だろうなと。
ただそれは結果論だから言えることで、
当時の自分の判断が絶対間違っていたと言い切れるわけでもないのが難しいところ。


大学進学を誤りだと思っている理由はざっくり2つ。
まず、そもそも4年かけて大学を卒業する意味があったのかどうかが怪しいという点。
そして、自分は学校生活という枠組みよりも社会生活という枠組みに適性があるという点。
特に後者の方が決定的、かつ社会人になってから分かったことなので、
だからこそ結果論でこういうことを考えてしまうわけです。
「高卒後さっさと就職していれば、もっと人生が豊かになったかもしれないのに」と。


一つ目の「大学を卒業する意味はあるのか」という点については、
確固たる結論は出ていないしそもそも誰も結論を出せないのではないかと思います。
ただ個人的には、学歴を重視する一部の企業に入るためのパスポートとしての意義と、
研究したい人がモラトリアムを利用して研究をするための機関という2つの意味しかないのかなと。
つまり、そもそも一流商社に入るだけの社会スキルを備えていない人や(コミュ障とか)、
研究や論文に興味の無い人は大学に入っても仕方が無いと言えばそうなのかなと思います。
そして、大学当時の自分はどちらかと言えば大学に入ってもメリットの無い人間だったわけです。
当時コミュ障だったことは否定し難いし、研究に興味があったわけでもなかった。


しかし高校が自称進学校だったので、
大学進学率を重んじる学校側は「大学に行かなくていいよ」なんて言うはずがありませんでした。
大卒と高卒では給料に差が出るからとにかく大学は出ておけ、と言うばかり。
大学全入時代と言われた当時、大学に入るのは当たり前なのだという偏見も強くありました。
あれを振り切って高卒後すぐ就職するのは難しかったのではないかと思います。
そういう意味では高校進学こそが人生の分かれ道だったのかも。


そういうわけで、周りのせいにするつもりはありませんが
当時の世間の風潮的に大学進学は逃れ難い何かがありました。
だったらせめて「大学は研究をしなければ無駄」「一流商社に入れる大学でないと無駄」
とクチを酸っぱくして言って欲しかったものです。
2023年現在、大卒以上と高卒で給料に差を設けていない中小企業も多いわけで、
自分が手に入れた学位はその意味では本当に何の意味も無い称号になってしまいました。
研究も別に熱心にやっていたわけではないですしね……。


そこに追い討ちをかけて大学進学を否定したくなるのが、
先に挙げたように自分は社会生活の方が明らかに向いているということです。
大学・大学院生活の6年間と上京前社会人の6年間では、
成長の度合いから趣味の充実度に至るまで何から何まで社会人生活の方が優っています。
大学生活と社会人生活の決定的違いは責任の有無。
大学ではサボろうが留年しようが(家族以外に)迷惑をかけることはありませんが、
社会人は与えられた仕事をやらなかったらいろんな人に迷惑がかかります。
逆を言えば、自分が仕事をきっちりやれば他者への助けになるということでもあります。
自分は社会人としての最初の6年間で、与えられたポジションをこなすことで自信がつきました。
だからこそ余力で何かやろうとも思えたし、コミュ力も伸びていったわけです。
大学時代は講義をサボってしまったことやバイトをしないことへの罪悪感との戦いで、
自己肯定感を伸ばす余地なんてどこにもありませんでした。
もちろん社会生活でもツラいことはたくさんありましたが、
トータルで言えば心理的負荷が大きかったのは大学生活の方なのではないかと思います。


しかも社会生活は頑張れば頑張るだけお金という形でリターンがありますしね。
もう至れり尽くせりですよ。
その点大学は居るだけで学費というコストを吸い取られていく呪いの施設のようなものです。
まあ、そこで頑張れば生涯年収は数千万円の差が出ると主張する人もいるようですが、
自分にもそのケースが当てはまるとは思えないですね。


というわけで、いろいろな観点から考えて、
自分は高卒後さっさと就職するべきタイプの人間だったということは疑っていません。
まあ、それも過ぎた話なので、
実際には大学院卒という枷をこれからも引きずっていくことに異論はありませんが……。
せめて大学院に行かないという選択をしていればもう少しマシだったのかなぁ……。
当時は、当時のコミュ力ではとても就職なんてできないから、
というのが追加モラトリアムに食いついた言い訳でしたが、本当にそうなのだろうか。