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#7136

スマホのストレージと機種変

今日の出来事iphone

2020年秋に機種変した10代目携帯のiPhone 12 Pro Max(512GBモデル)ですが、
ついに先日初めてストレージが満タンになりました。
とはいえ、無計画に使ってのこの状態はまだまだ限界と言うにはほど遠く、
いろいろなアプリの使用状況を調べて不要なデータを整理すれば
空き容量を確保できる余地がまだまだあります。
ただ一方でスマホのストレージは徐々に圧迫されていく運命であることも確かであり、
「どんなに整理しても残容量がカツカツになる」という段階に突入する日は、
もはやそう遠くはありません。


iPhoneはすでに自分にとってオーバースペックなところがあり、
基本的に機種変する理由を見出すとしたら追加のストレージが欲しいことが唯一になります。
ただ、いまとなってはスマホも高級品の仲間入りをしてしまったため、
ストレージが無くなったからといっておいそれと機種変するわけにもいきません。
やはり機種変するからには値段相応とは言わずともそれなりの魅力は欲しいところです。
そこで、今回の端末は4年使うことを目安としています。
4年後なら現行機から大きく変化しており機種変するだけの魅力があるだろうという期待からです。
ただ、満3年を迎えて残り1年となる今年、秋に出るであろうiPhone 15の情報を見ていると、
どうも当初期待していたほどの変化は無さそうな気もしています。


当初期待していた変化というのはノッチの消失です。フロントが完全に画面だけになる。
ノッチにはスピーカーのほか顔認証のための赤外線カメラやインカメラなどが詰め込まれており、
これらはスピーカー以外はどう足掻いてもフロント以外に設置するわけにはいきません。
とはいえこれらが画面占有率の向上を阻んでいるのも事実。
これを解決するためには、カメラからは透明だがユーザーからは画面として見える、
いわばマジックミラーのような画面を作る必要があり非常に技術的ハードルが高いです。
画面技術で先行するサムスンなどですらまだ実現していないので相当難しいのではないでしょうか。


いちおう2024年にはAppleがこれを実現する、という報道もあるようですが、
それも憶測を含めた眉唾物であり本当に実現するのかは微妙なところです。
本当に実現するなら有力な機種変理由になりますが、
もし実現せずiPhone 14 Pro以降と同じダイナミックアイランドだった場合はどうするか……?
これが非常に悩ましい。正直現行機を5年運用する方が無難のような気がします。
なんと言ったって512GBが満タンになったスマホを引き継ぐとなると次は1TBですからね。
現時点で最新機種の1TBモデルは239,800円。20万円超えですよ。
これはさすがに慎重にならざるを得ないというか……。
まあでも、もはやPCよりも大切な生活必需品と考えれば安いのかもしれませんが。


ともあれ、しばらくは現行機のデータ整理をちょくちょくやりながら新情報を待つとします。


#7137

Twitterの投稿数制限

今日の出来事twitter

Twitterを買収したイーロン・マスクが突如「無課金ユーザーが見れるツイートは1日600本まで」
と発表し即日その仕様に変わったことでTwitterが見れなくなる人が続出しているようです。
その理由にはいろいろな憶測が飛び交っていますが、
イーロン・マスク本人の一連のつぶやきを見るに、この人はTwitterを終わらせたいんだろうなと。
確かにSNSとしては治安は悪いしマネタイズにも失敗して赤字を垂れ流しているし、
情報媒体として見てもユーザーにとって都合の良い情報しか見なくて済むという都合上、
いわゆるエコーチェンバーの温床になっていて陰謀論者がうじゃうじゃいるし、
その結果トレンドが政治臭いハッシュタグばかりになるなど、
半ば機能不全に陥っていた感は否めません。この現実はTwitter社の理想には程遠いのでしょう。
それ以外にも情報商材を売りつける自称勝ち組やエアドロップ詐欺、
アカウントを作るとどこからともなくやってくる風俗系のアカウントなどなど、
もはやTwitterワールドはネット世界の歌舞伎町のような様相になっています。


自分は昔からTwitterという媒体は嫌いだったので潰すのはぶっちゃけ賛成です。
Twitterはあまりにも簡単に情報発信できるという構造上、
無責任な発言によって対人トラブルになりやすいからです。
対面なら絶対言わないような配慮に欠けた発言もTwitterではしてしまう人は多い。
せめて自分のツイートを10秒かけて見直してからツイートしてくれっていう内容は多いです。
特に企業アカウントや有名人などに対するクソリプですね。
現実ではあり得ない距離感のおかげでモラルがバグってしまっているのかもしれません。


中央集権型マイクロブログはそもそもそれ自体マネタイズが難しいし治安維持も難しい、
問題の山積したシステムだと思います。
Twitterはそれを10年単位で放置しているのでもうわけがわからないことになっている。
なんか旧Facebookが代替サービスを用意しているという報道もありますが、
ただのTwitterクローンではどんな大企業がホストしてもうまくいかないと思います。
でも、じゃあ分散型マイクロブログならうまくいくのかと言われると……。
2016年ごろに出てきたMastodonも結局定着しなかったしなぁ。
実はいま、日本製Mastodonとも言うべき分散型マイクロブログ『Misskey』が、
Twitter難民の受け入れ先かのごとくユーザー数を増やしています。
数日前まで超マイナーなサービスだったのに昨日・今日で数百倍になっているという。
個人運営のためサーバー維持費と開発負荷がとんでもないことになっているそうです。


Misskeyそれ自体はすごく出来がいいです。
自分が知る限りPWAアプリとしてはもっとも多機能でクオリティも高い。
一端のweb屋さんとして開発者をとても尊敬します。
が、サーバー負荷の原因になっている数十万のユーザーが定着するのかと言われると……。
もしも彼らが去っていったら残るのは莫大な金額の請求書だけです。
mastodonの日本最大級インスタンスも同じような流れで衰退していきました。
そういう意味では、分散型も結局企業が運営することはマストなのかなと。
治安や法的な問題、費用やメンテなどの負荷を考えると個人ができるようなものではないような。
その点Discordはとてもうまくやっていると思います。


Twitterはスマホ普及前からあるので、もしTwitterの終焉を迎えるとしたら
それはスマホ時代で初めての世代交代ということになります。
スマホ以前はmixi、2ちゃんねる、個人ブログ、Facebookなど
短期間で多くの流行り廃りがありましたが、これからまたSNSの乱立時代を迎えるのでしょうか。


#7138

自動風呂物件を探すべきか

今日の出来事温泉

個人的に2021年にマイブームになったスーパー銭湯ですが、
さすがに丸2年経って当初ほどのスッキリ感は失われてきました。
以前はサウナと水風呂が主目的みたいなところがありましたが、
昨今は普通に露天風呂でゆっくりするのが一番というところに落ち着いています。
それはそれでスッキリするので良いのですが、
当然の成り行きとしてサウナではなくお風呂だけで満足できるなら自宅でもいいじゃん、
という発想に行き着きます。
とはいえいまのマンションはユニットバスであり、スーパー銭湯の利便性には程遠い。
そこで思いつくのが、次のマンション契約更新時に引っ越すのもアリかもしれない、ということ。
自動風呂焚き機能付きのトイレ・バス別物件であれば生活の質はかなり上がりそうです。
上京当時から基本給はかなり上がっているので、コスト的にもアリといえばアリ。


とはいえ、現在の環境から風呂焚き機能だけ追加したような都合の良い物件はほぼ皆無で、
ユニットバスではなくしかも追い焚き機能付きとなると、比較的新しくて高級な物件に多いです。
追い焚き機能で絞ってざっと調べたかぎりでは、現行の家賃の倍程度が相場のようです。
さすがにお風呂が欲しいだけなのに家賃が倍というのは厳しい……。


ただ、スーパー銭湯を毎日利用できることに近い設備が手に入ることを考えると、
プラス1〜2万円程度なら許容範囲かなと思っています。
それに加えて駅周辺の家賃相場がここ4年で1万円近く上がっていること、
当然現行の物件より良い物件に絞って探すことになることを考えると、
家賃の安い物件を見つけるのはかなり至難であることは覚悟しています。
かなり欲張っても現行+2万円程度が限界ギリギリでしょう。
今年の秋が2年に1度の契約更新なので、それまでに見つけて引っ越すのがベストです。
最高の物件が見つからなかった場合に契約を更新するかどうかは悩ましいところ。
結局引っ越さないのが一番金銭的にも負担が少ないしそれもそれでアリではあるのですが、
この機を逃すと次は2025年秋ということを考えると
一概に現在の財布事情だけでは決められない難しさがあります。
東京の地価高騰もいつまで続くのかわからないし……。


ちなみに引っ越し先は現時点でいま住んでいるところの近くが最有力候補です。
都心に行くとなると倍どころではないコストがかかることは避けられないし、
今更住み慣れた街を離れる理由もないし。
ただ、これもコロナ禍で浸透したテレワークがどうなるかによってはまた事情が変わります。
今日からまた新しい現場なのですが、当初フルテレワークの予定だったのが、
上からの通達で07月から週1の出社はマストということになってしまいました。
まあ週1程度なら全然良いのですが、テレワーク推進とは逆の流れになっているのは確かです。
これが1年後、2年後にはテレワーク禁止みたいなことになってしまうと、
むしろ多摩地域に住み続けるのは通勤の負担から厳しいため都心一択という話になりうる。
とにかく居住の問題はいろいろな要素を長期的に考慮しないといけないので難しいです。


#7139

なぜ勉強しなければならないのか

今日の出来事教育論

自分は社会人生活と学校生活を比較すると、圧倒的に社会人生活の方が充実していると思っています。
社会人になってからの方が学ぶことも多いし、まだ自分らしく生きられていると思う。
一方、根暗で非リア充な自分にとって学校生活というのは試練の連続でした。
果たして自分が青春を犠牲にして学校に通う意味はあったのか、いまでも分かっていません。
少なくとも大学以降は時間の無駄だったと思っています。


学校に通い勉強することは社会に出る前のすべての人々に強いられるわけですが、
果たしてそれはすべての人にとって有意義なのでしょうか。
「なぜ学校に通うのか」と「なぜ勉強するのか」は議論の方向性がまるで異なるため、
今回はその後者にスポットライトを当てて少し考えてみたいと思います。


例えば国語は明らかに必要だと分かります。日本語でコミュニケーションするのに必須の知識だから。
ひらがな、カタカナ、常用漢字を習うのはまあ言うまでもないとして、
現代文の行間を読むチカラは文学のみならずいろいろな作品を理解するのに役立つし、
古文漢文はややマニアックな領域ですが日本語の構造や歴史を知るのに有用です。
これを学ばなかったら自分の想いを言語化し相手に伝えることができない。
それは明らかに生活に支障をきたすので義務教育として教える意義は大きいと思います。


算数・数学も対象が言語ではなく論理や抽象的概念に代わっただけで重要度はあまり変わりません。
よく二次方程式なんて習っても社会で使う機会が無いなどと言われますが、
パズルを解くチカラが大事なのであってパズルそのものを知ることが重要ではないわけです。
論理的思考ができないと感情的に判断せざるを得ないことがあり、
感情というのは非合理的なことも多いのでそれで人生損することはあるでしょう。
その意味では論理的思考を身につけることは有意義だと思います。
国語と算数・数学は人としてのスキルの問題なので、
QOLを上げたいならスキルは高めておくに越したことはないでしょう。


では、理科や社会や英語、あるいはゆとり教育にあった「総合的な学習」は?
これらは「日常生活に必須のスキル」と断言するにはやや苦しいところがあると思います。
社会に関しては、道徳(倫理)や法律の仕組みを次世代に教えるのは社会としては重要だし、
それを教えるためには日本史もある程度紐解かなければならないというのは分かる。
ただ、先史時代から教えることが妥当なのかと言われるとイマイチ分からない。
理科全般は自分には縁遠すぎてちょっとよく分からないですね。必修科目である必要あるんだろうか?
英語も大事だと言われていますが、果たして社会人になってからそれを活用できるのは何人なのか……。
これも必修ではなく上級国民の子どもだけでいいような気がします。
総合的な学習に至ってはいまだに何がしたかったのかよく分かりません。
これは学習指導要領を読んでみないとなんとも言えないですが、必要かと言われると微妙のような。


このように、実用性で考えるとどうしても必要な科目とそうでない科目が出てくるわけです。
こういう切り口で説明しようとすると全教科の有用性を証明しなければならないため、
説明する方も大変だし理解する方も大変でしょう。
ただ、結局のところ各教科の実用性や意義をきちんと説明することが大事なのではないかと思います。
表題のようなテーマを教えるときは大抵「みんなで学ぶことに意味があるから」
みたいな曖昧なところに持っていってなんとなく納得させるのが楽といえば楽ですが、
それで子どもたちが納得できるのかと言われると微妙だと思います。
そこは大人が逃げちゃいけないところなんじゃないかなと。


勉強そのものが嫌いだと言う子どもはそもそも各教科の実用性は関係なく、
それはどちらかというと「なぜ学校に行かなければならないのか」という疑問を解消する必要があります。
これはもうこのテーマとは180度違う問題なのでここでは取り上げませんが、
いずれにしろ学校に通うことを有意義だと実感しつつ登校できるのは結構幸せなことだと思います。
自分はその意義にこの歳になっても気づけていないので、
だからこそこの学歴も必然的なものなんでしょう。


#7140

スマホのホーム画面を増やした

今日の出来事iphone

iPhoneを含むiOS(旧iPhoneOS)を使い始めたのは2010年、
当時のホーム画面はすべてのページがゲームアプリに占拠されていました。
これは、当時は生活用の一般アプリを使うよりもゲーム機としての役割の方が大きかったからです。
2014年にiPhone 5sを買ってDAP(iPod touch)と携帯(ガラケー)の統合が実現すると
(ゲーム以外という意味での)一般アプリの重要性も一気に増したため、1ページ目が一般用に。
2年後の2016年に買ったiPhone 7Plusからは2ページ目も一般アプリが並ぶようになりました。
そしてそれ以降も一般アプリの数はどんどん増え続けていきましたが、
1ページ当たり最大12個配置するフォルダに分類して整理することで2ページに抑えてきました。
が、このたびついに3ページ目を追加する決心をしました。
もういっぱいいっぱいでどうにもならなくなったからです。


ただ、かといって3ページ目もぎっしり埋まるほどのアプリはまだ存在しないので、
現状では3ページ目のスカスカ感は否めません。
自分の場合、1ページ当たりのアプリアイコン数は11個までと定めていて、
ここに並べるのが1軍アプリ、それ以外の2軍以下はフォルダにまとめることにしています。
が、さすがに1軍と呼べるものが33個あるわけではないし、
ましてカテゴリの数が36個あるわけでもないのでだいぶ余裕ができました。
余裕ができたのはそれはそれで良かったのかもしれませんが、ページ追加による弊害もあります。


やっぱり7年もの間2ページで収めていたので感覚的に3ページは多すぎるんですよね。
フォルダ数も膨大になるためどこに何があるのかを覚えづらくなった感がすごくあります。
こう考えると、もっと使うアプリを絞り込んでどうにか2ページに収めるやり方もアリなのかも。
フォルダの統廃合をもっとしっかり考えるべきか……。
ほとんど出番が無いアプリだって山のようにあるはずですしね。
Appライブラリをもっと活用してもいいのかもしれない。


ちなみにゲームの方は2016年から4ページで定着しており、こちらは当面このままになると思います。
左から順番に「新作・オンライン」「アクション」「パズル」「その他」といった感じ。
新作をダウンロードしたらまず新作ページに配置して一通り触る。
どういうゲームなのか理解したら該当するサブフォルダに引っ越しするのですが、
その際にもう二度と遊ばなさそうなイマイチなタイトルはサブフォルダに行かずゴミ箱行きです。
ソーシャルゲームなどのオンラインゲームは特別に新作ページ内で整理することにしています。
まぁ、最近はログボ目的で並べる意味もほとんど無くなっていますが。
自分の中ではソシャゲという文化が廃れて久しいので。
パズドラなどがいまだ存続しているところを見ると一定の需要はあるみたいですけどね。


#7141

現実逃避手段としての麻薬

今日の出来事麻薬

以前、Twitterで回ってきた衝撃動画で、
外国の貧困エリアで若者たちがダラーンと無気力になってしまって
ほとんど動かない様子を撮った様子を見ました。
それはナントカという麻薬が流行っているからだという説明を読んだ気がするのですが、
何という麻薬だったのか忘れてしまいました。当該ツイートも残っていません。
なんかすごく身近な材料で作れそうな麻薬だったような気がするのですが……。


麻薬の実態について調べてみると、
アメリカではケンジントン通りという場所が「ゾンビの街」と言われており、
麻薬中毒者で溢れていてめちゃくちゃに治安が悪いそうです。
検索してみると、ここでもTwitterで見たような無気力でほぼ動かない若者が何人もいます。


個人的に麻薬(ドラッグ)については日本では明確に違法とされているので、
法律の壁を越えてまでやってみたいとは思いません。
一方で「大麻くらいはそろそろ解禁しろ」と意見する人が徐々に増えてきているような気はします。
麻薬なんてどこからどう考えても百害あって一利なしだ、という意見はまあごもっともです。
が、一方で現実逃避の手段としてはこれ以上無いくらい強力な手段であることも事実であって、
様々な合法的手段としての現実逃避の延長線上として麻薬が存在することも確かです。
合法的な現実逃避というのは非常に幅広く、定義によってはエンタメ全般が当てはまるでしょうし、
より麻薬に近いところではアルコール類なんかが挙げられます。
何も買わなくてもできる「睡眠」という現実逃避もなかなか強力です。


個人が持つ課題は向き合うところまでが最大のハードルと言っても過言ではないくらい、
現実を直視することはときとして勇気の要ることです。
そしてそれは先延ばしにすればするほどますます大きな勇気が必要になってしまいます。
しかし、それでもその課題自体をなかったことにはできない。
一方で向き合えないことで精神はどんどん蝕まれていく。
こういう事態に直面したとき、悩みを誰かに相談できるのは恵まれている人でしょう。
そのためには当然人間関係がある程度機能している必要もあるし、
そもそも誰かに相談するということは結局課題と向き合う覚悟があるということです。
なので、そういう覚悟が無い場合はそもそも悩み相談すらできません。


そういう事態に陥ったとき、手っ取り早く精神を回復できるとしたら「何も考えない」ことです。
しかし人はシラフのまま何も考えないのは相当困難なので、
寝たり酒をあおったり、とにかく悩みについて考える余裕の無いような状況に身を投じるわけです。
ある課題を忘れるために別の課題をでっち上げてそちらに集中するのも良いかもしれません。


しかし、そうして課題を忘れられるのは一時的なことで、
結局酔いが醒めればまた人生の課題に直面してしまう。
どうしようもない課題であればあるほど、そこから逃げるのは困難です。
そうすると次に頭をもたげてくるのが希死念慮、つまり死にたいという欲求です。
現実逃避は一時的にすぎないが死ねば永遠に課題から逃げることができるというわけですね。
しかし自殺というのは非常に強い覚悟が必要で、それ自体まともならとても決行できません。
課題から逃げ続けるような人にそれができるかと言えば当然難しいわけです。
思うに、薬物中毒というのはそういう人が行き着くひとつのゴールなんじゃないかなと。
もちろん全員が全員そうではないと思うし、不本意で中毒者になったとしたら可哀想です。
ただ一方で、自殺する勇気さえ無い人が「一生シラフに戻りたくない」と願ったとき、
麻薬中毒というのはそれに対する回答になり得るんじゃないかと。要するにゆるやかな自殺。
実際に麻薬中毒になったらずーっと意識が朦朧として何も考えずに済むのかは知りませんが、
少なくともまともに返ればまたいろいろな厄介ごとと向き合わなければならないので、
そこから逃げ続けていられるという点では本望なのかもしれません。
まあ麻薬をどこから入手するんだという問題が残るわけですが。どこから入手するんだろう。


個人的に国内で安楽死制度を望む若者が増えていることと大麻解禁を望む人が増えていることは、
どちらも同じような人が主張していて、そういう人が増えているのではないかと思っています。
もちろん、社会がそれを許すはずがないので安楽死も大麻も解禁されることは無いと思いますが、
それだけ個人の悩みを個人的に解決できないケースが多い世の中になっているのではないでしょうか。
こういう社会の負の側面を考えると、
「個人の自由を尊重する社会」とはなんだったのかと思ってしまいます。


#7142

UberEatsを使ってみた

テレワークの昼食はなんだかんだで駅まで行く往復時間と注文後の待ち時間で30分くらい消費するため、
外食で済ませた場合は昼休憩時間はそれだけで消費してしまいます。
そこで、コロナ禍で話題になった出前アプリ「ウーバーイーツ(UberEats)」を初めて利用してみました。
この手のサービスは日本にも昔から「出前館」などがありましたが、
まあ見事にコロナ禍を契機に黒船にやられてしまいましたといった感じでしょうか。


ウーバーイーツではアプリを開くとすぐに近隣の対応店舗とそのメニューが表示され、即注文できます。
配達手数料は350〜500円くらいで、それにチップを上乗せすることができるというシステムです。
ただ実際には配達手数料以外にも手数料を取られているようで、
700円くらいのお弁当でも最終的な決済価格は1,000〜1,300円くらいになり、当然ですが割高感はあります。
配達は体感で15〜30分程度かかり、GPSで追跡できるためどの辺を走っているかはすぐ分かります。
到着したら配達のお兄さんから商品を受け取って終わり。


注文から到着までのタイムラグは午前の仕事の合間に注文しておけば考慮しなくていいので、
実質的に昼休憩1時間を食べることと昼寝することに丸々使えるのは大きなメリットです。
それに概ね500円前後の手数料を支払う価値を見出せるかどうかですね。
午後も忙しいけど眠くて集中できないので是が非でも昼寝したい、というときは全然アリかと。
忙しい日はたいてい多少の残業はするので、ほんの少しでも残業すれば手数料分は取り戻せます。
逆に、閑散期で多少昼休憩を長く取っても誰にも何も言われない状況であれば、
ウーバーイーツを利用する必要性はかなり限定的になると思います。
まぁ、この辺はいまの現場がそれなりに緩いからこそ言えることですが。
昼休憩の離席をしっかり監視されているようなテレワークでは依然としてウーバーイーツは重要かと。
そこまで厳しい現場はまだ当たったことがないし、当たっても断ると思いますけどね。


割高なのでオフシーンで使うこともあまり無いですが、
不定期にあるゲーム会など、イベントシーンではいずれ役に立つ機会があるかもしれません。
注文や決済はスマホで完結し、配達のお兄さんとの対面時に名前を名乗る必要もないため、
実名を隠したいオフ会などでも使えるのは強みかと。


今回はいずれあるであろうそういうときのために使い方を学んだということにしておきます。


#7143

立川に住むという選択肢

今日の出来事立川

いまは京王線沿線で満足している自分ですが、
次のマンション契約更新時に引越しする場合、立川駅周辺も悪くないかもと思っています。
立川駅は多摩地域でおそらく最大のターミナル駅で、
JR中央線(快速・特急)・青梅線・五日市線・南武線、多摩モノレールの乗り換え駅となっています。
都内最大(というか世界最大)のターミナル駅である新宿駅は
西武新宿線、中央線、京王線、小田急線といったベッドタウンの沿線を結集しているため
人が集まりやすいという性質があり、そのため群を抜いた利用者数となっているわけですが、
立川駅も同じように中央線、青梅線、五日市線といったさらに西の路線を結集しているため、
いわば「ミニ新宿駅」的なポジションとして栄えているという性質があります。
その賑やかさは都心の各駅に匹敵し、駅周辺の充実度も都心並み。
家電量販店2店舗に巨大複合ショッピングセンターがルミネ、グランデュオ、高島屋など立ち並び、
徒歩圏内には最近できた巨大施設グリーンスプリングス、
2駅圏内には郊外型のショッピングモールであるららぽーと立川立飛や昭和記念公園も。


また都心へのアクセスという点でも中央線特急が止まる上、
中央線なので新宿のみならず東京駅へも一本で行けるというのは多摩私鉄沿線には無い強みです。
あと八王子へすぐに行けるので補完的に八王子シティを利用することもできる。
さらに、将来的には多摩モノレールは多摩第三の都市である町田まで繋がる計画があり、
モノレールを使えば町田にも行けるという利点があります。


ただし、賑わっている以上はどうしても治安は望めず、特に安めの飲食店はイメージが悪いです。
一人で入りやすいチェーン店があまり充実していないということもあって、
どちらかというと単身よりも家族で住む都市なのかなという印象。
あと、そもそもここまでの機能性を求めるなら都心に住むのが合理的という考えもあるでしょう。
立川は東京駅まで一本とはいえかなり西の方にあるため、都心への所要時間はどうしても増えます。
それに中央線なので通勤ラッシュはエグそう……。


そう考えると結局、住むところは単身でも住みやすく適度に便利で、
立川のような繁華街へのアクセスが容易な現状がベストということになるのでしょうか。
都心に住む場合も、新宿は便利だけど住む場所としては選択肢に入らないと思われるため、
立川も似たような立ち位置として考えるのが妥当なのかもしれません。
まあいずれにしろ立川駅は超便利でこれからも利用していくことにはなると思います。
実はまだグリーンスプリングスやららぽーとも未開拓だったりするし。


#7144

もうひとつのおまもり

今日の出来事大学時代

上京直前の引越し準備のときに完全に紛失したと思っていたある「おまもり」を見つけ、
上京直後に「それに相当する何か」を石川県金沢市で探せる可能性を発見した、
ということを当時の記事に書いていました(#05835 / 2019年12月10日)。
これが何なのか具体的に書くのはまだちょっと憚れるのですが、その可能性自体は潰えていません。
ただ、これのあとの話を書いていなかったので書いておくことにします。


2020年末ごろ、実際に金沢に行って探してみようという機運が高まり、
そのとっかかりとしてまずは卒業した大学に連絡してみることにしました。
「それ」は大学にあるんですよね。
メールで問い合わせて返事が来ればラッキーかというくらいに思っていたのですが、
意外にも返答は電話で来て、経緯を理解してくれた上でぜひ探してほしいと言ってくれました。
ただ……当時はコロナ禍真っ只中ということもあり、
探すのは全然構わないが東京からの来訪はしばらく待ってほしいと言われてしまいました。
まあこれについては最悪のタイミングで連絡した自分が悪いです。
2023年現在、コロナの枷もほぼ無くなったため再連絡すれば行ける状況ではあります。


ただ、本当にそれだけを目的としてしまうのもどうかと思っています。
実はこれ、地方時代の2018年にも計画して実際に金沢まで行ったことがあります。
しかし、金沢まで行っておきながら「それ」を探す勇気が出ず、結局そのときは大学へ行きませんでした。
本当に当時の自分は何がしたかったのか分かりません。
たしか東京へ行ったついでに北陸新幹線に乗って金沢経由で帰るという計画だったと思います。
それ自体がもう無茶苦茶ですが、
実家時代の長期休暇というのはカネも時間もあるので非合理的すぎる計画もまかり通っていました。


ということで過去に一度何も収穫無しで金沢から帰ってきた経験がある以上、
「それ」を探すだけを目的にして万が一見つからなかったときのことを考えると
もうひとつくらい目的は欲しいもの。
それで申し訳程度の目的ですがゼミの教授に会いに行こうかと思い、連絡先を探してみたんです。
……なんと、その教授は大学を辞めていました。同じ学科の当時の教授陣はみんな現役なのに……。
アーカイブを遡るとかなり昔に辞めていたようです。


まあ、こう言っちゃなんですが結構変な人ではありました。
自分の大学時代があらゆる意味でズタボロだったのは何度も書いてきましたが、
それでも卒業論文を提出できて無事に卒業できたのは、
この人が教授として査読する気がゼロでとにかく日本語さえ書ければ通していたことが大きな要因です。
もし他のゼミで人並みに厳しい目を持つ教授だったらあんな論文はパスしていないでしょう。
それはつまり、自分は最低1年は留年していたことを意味します。
あの状況でまともな論文なんて書けるわけがなかったので。


他のゼミ生も明らかに何らかの問題を抱えてそうな学生ばかりということもあり、
まあクズが集う駆け込み寺のようなゼミだったという印象です。
いわゆる「ゼミ」としての体裁でゼミ生が集まった経験は最初の顔合わせくらいで、
その後一度たりともコミュニケーションを取った記憶がありません。
当然、そんなのを請け負っているような教授が熱心に研究活動をしているはずもなく、
当時から悪い噂は結構耳にしていました。なので辞めたと知ったときは妙に納得感がありました。


まあそれはそれとして、これで金沢に行く予備の目的が潰えてしまったわけです。
そもそもゼミの教授すらいない大学へ行くのもちょっと勇気が要るのに……。
往復3万円(+宿泊費)でわずかな可能性だけを追うのはまだ先の話になるかもしれません。
いやでも、年数が経てば経つほど可能性が薄くなるであろうことを考えると早めの方がいいのか。


#7145

ブログ執筆は独りよがりか?

いわゆる議論の場に立たされると、
自分がいかに世間知らずであったかを思い知らされることがよくあります。
自分なりに正しいと思っていたことが他人との間では通用しないということがよくあるからです。
その意味で、議論をしない人間がいかに狭い価値観で生きているか、
ということを最近実感させられる場面が多くなってきたと感じるし、自分もその範疇だと思います。


自分は昔ブログでさまざまなことを書いてきたので、さまざまなことを語れると思っていました。
それはまあある意味事実でしょう。
ブログ執筆という形でアウトプットの訓練を散々やってきたことが幸いして、
何かのテーマに沿って喋れと咄嗟に言われても以前よりかなりクチが回るようになったと思います。
ただ、それが他人を納得させられるかどうかはまた別の話。
なぜなら、自分がブログに書いてきたことはあくまで「自分が思ったこと」であって、
その意見が社会の承認を得たわけではないからです。
それは自分に都合の良い情報だけで組み立てられた主張に過ぎません。


情報をアウトプットするには必ずそれ相応にインプットする必要があります。
自分はブログ運営を通じてアウトプット過多でも少ないインプットから話を盛る癖がつきましたが、
その「少ないインプット」は自分自身の経験則やインターネットで得た情報であることが多いです。
それは日記系ブログとしてアウトプットする情報源としては問題無いかもしれませんが、
他人を前にして主張する際、それを真実かのように主張すると問題になることが多いです。
自分の経験則は論外として、
インターネットで得た情報も往々にして自分に都合の良い情報に過ぎず、
科学論文や論拠がしっかりした書籍と比べると客観的な正しさが保証されていません。
そもそも自分に都合の悪い情報を能動的に検索する人なんてほぼいないですしね。
そういう情報源を元に全然違う考え方の人とリアルで議論すると噛み合わないことが多いです。


何が言いたいのかというと、日頃のインプット総量に占めるネット情報の割合が増えると、
無自覚に独りよがりな考えに染まりやすいのではないかと改めて思ったという話です。
自分の場合はそこに加えて独りよがりな考えをブログという形でアウトプットして、
過去記事を読むという形でそれを再インプットするというサイクルが確立しているので、
より一方的な意見になっている感は否めません。
ブログに書いたから正しい、なんていうのは妄想も妄想だったというわけです。


他人の意見を取り込む機会が少なすぎる生活が続いていると思ったら
もっと危機感を持っていいのかもしれないと思う今日この頃です。


#7146

ゲーム性とは何か

今日の出来事ゲーム一般

ゲーム性という言葉は当たり前のように使われていますが、その解釈は千差万別です。
一般的には「ゲームを面白くする要素」であると自分は解釈していますが、
どういうときに面白さを感じるかは人それぞれであり、一概に説明することはできません。
特に、複数のジャンルにまたがるゲーム性を定義するのは困難だと思います。


これについては、個人的にいくつかのジャンルを思い浮かべた上で、
これこそがゲームの面白さの根源なのではないかと思う要素としてひとつだけ心当たりがあります。
それは一言で言うならば「ルール破壊」です。
ゲーム全体で普遍的とされるルール(常識)を破る存在があってもゲームが成り立つような場合、
それはゲーム性をとても豊かにすると思います。
例えば『大乱闘スマッシュブラザーズ』シリーズは、
相手キャラクターに攻撃を仕掛けることで場外に吹っ飛ばしたら勝ちというルールのゲームです。
しかし最新作で登場する「勇者」のとある技は、当てれば場外でなくてもダウンを取れます。
同じ桜井作品の『メテオス』は、ブロックを揃えて点火させて塊を持ち上げ、
連鎖によって推進力を積み上げることによって場外へ打ち上げるパズルゲームです。
ところが、「ヘブンズドア」のステージではブロックを揃えた瞬間に場外へ飛んでいくため、
まったく違うゲームへと変貌しています。
桜井さんはこういうルール破壊が好きなイメージがあります。


2009年にリリースされたDSiウェアのパズルゲーム『Somnium』は、
ブロックを動かしてボールの色とブロックの色を揃えるというのが基本ルールです。
ブロックは上下左右に動かすことができるけれども、ボールは動かすことができません。
しかしステージを進めていくと「動かせないブロック」「ボールを移動させるブロック」
「特定の色を持たないボール」等の型破りな要素が次々に登場してきます。
基本ルールは変わらないのに、序盤と終盤ではあたかもまったく違うゲームのようになっています。


2018年にTCGの元祖『Magic: the Gathering』がマイブームになったとき、
《世界のるつぼ》というカードがすごく好きでした。
これは場に出ているだけで墓地に置かれた土地をあたかも手札にあるかのように扱えるカードです。
これにより、土地カードの再利用のみならず、手札をコストとする効果は使い放題になり、
アイデア次第でいくらでも強力なコンボを生み出す基盤になります。
シンプルかつ応用の効くルール破壊カードとして非常に優秀なデザインだと思います。


同じくMTGには《血染めの月》というカードもあり、こちらもかなり好きです。
これも「基本でない土地は山である。」というシンプルな効果文ですが、内容はめちゃくちゃです。
MTGでは特殊な効果を持たない、1色だけのマナを生み出す土地カードを基本土地と呼びます。
一方、なんらかの特殊効果を持つ土地カードは「基本でない土地」という分類になります。
当然、基本でない土地には強力なカードが多いので採用する人も多いわけです。
《血染めの月》は場にあるだけでそれらを全部基本土地の《山》に変化させることで
基本でない土地に依存しているデッキはあらゆる効果を失い赤マナしか出せなくなるため、
赤以外をテーマとするデッキではこれ1枚であらゆる戦略が崩壊してしまいます。
なにしろマナ基盤を奪われたらどんな強力なクリーチャーを持っていても場に出せないのですから。
要はこれ1枚の存在が基本でない土地に対する超強力なメタとして機能しているわけです。


ルール破壊要素は面白いですが、それをデザインするのは非常に難しいと思います。
紫ピクミンのように単なるバランスブレイカーになってしまったら
ただただ他の要素の価値が落ちるだけだからです。
ルールを逸脱しているが、根幹からぶっ壊すわけではないという絶妙な配分が必要。
《血染めの月》はかなり根幹から破壊しているように見えますが、
禁止カード指定されていないということはバランスは取れているのでしょう
(そもそも破壊耐性が無いエンチャントなので除去カード1枚で対策できる)。
カードゲームはコストの概念が明確なので幾分か逸脱したデザインもしやすい印象がありますが、
それ以外のジャンルのゲームで適切なルール破壊要素を出すのはなかなか難しいと思います。
ただ個人的にはそれこそがゲームの面白さ、
ひいては優れたゲーム性を構成する要素だと思っています。


#7147

生活の質を支える三本柱

今日の出来事金銭の問題

現状の自分が生活の質(QOL)をもっと上げるにはどうしたらいいのだろうか。
生活の質、生活が満たされているという実感といったものは
社会人時代突入以降かなり揺れ動いています。
個人的に、日々の充実感を支えているのは
①社会的役割、②身体的・精神的健康、③金銭的余裕、の主に3つだと思っています。
その前提で考えると、学生時代は①が無いのでとても満たされているとは言い難いものがありました。
2014〜2019年は社会人において一定の地位を築いたことで満たされ、
現在は趣味界隈でWeb制作をする人という立ち位置を確保していることで満たされています。
なので社会人時代は①に関しては概ねクリアできていると考えて良いでしょう。


②については、身体的な健康は突発的な体調不良などはどうしようもないとして基本的には無問題。
精神的健康については2014〜2019年のブラック企業勤めでかなり損なってしまいました。
そのため、この期間は①は満たされていたものの②は満たされていなかったということになります。
これを服薬治療によって本格的に対処に乗り出したのは2018年のことでした。
当時は仕事の問題に加えて家族と同居することによるストレスや、
趣味のコミュニティが無法地帯で心無いことを発言する人も多かったのでそれで結構病んでいました。
これは2019年秋の上京によって家庭環境の問題から遠ざかったことで明確に改善し、
昨今は趣味コミュニティも以前と比べると相当治安が良くなっており、
仕事に関してもブラックとはとても言い難いところに所属しているため問題は起きていません。
2023年現在は②の問題も解消したという認識で間違っていないと思っています。


逆に、現在脅かされているのは③の問題です。
上京したことで②は改善しましたが、一人暮らしによる金銭的コストが莫大なため、
収入がいくら増えても追いついていない現状があります。
現時点で単純な年収比較だと実家時代と比べて3倍近くもらっている計算になるわけですが、
可処分所得(月収のうち自由に使えるお金)はめちゃくちゃ減っている現実があります。
減っている、というかほぼ皆無です。
そのためお金の使い方についてはここ2年で一気に変わりました。
実はこれは仮想通貨取引の失敗が大きく影響しています。


2021年までは半年で数万円昇給していたので、
その昇給分が可処分所得にそのまま上乗せされて結構充実していました。
2020年内はそれでも最初がかなりカツカツだったのであまり余裕がありませんでしたが、
いま思えば2021年だけは①②③全部が満たされていたと思います。
だからこそ当時は心の余裕もあって多肉植物など新しい趣味の開拓が進んだのでしょう。
しかし2022年に突入して別の会社にヘッドハンティングされて所属が変わると、
長距離通勤の負担から起立性調整障害によって2日に1日は通勤もできないほど堕落してしまい、
当然仕事のやり甲斐も失われ、欠勤によって給料も相当減ってしまいました。
また同時期に始めた仮想通貨の先物取引では
夏に起きたLUNAショック事件前後の負けによって百万円単位の赤字になってしまいました。
つまり、2022年に突入して今度は逆に①②③全部を失ってしまったわけです。


2022年末の転職活動によって、2023年現在はどうにか①②は取り戻したと思っています。
ただ、仮想通貨取引で生んだ数百万の赤字は1年や2年でどうにかできるものではなく、
結果として現在は③の問題がより逼迫する事態になってしまいました。
どうにか毎月の生活は破綻しないで済んでいますが、とても贅沢品を買える状況ではありません。
そして①②は環境を変えたり意識改革したりすれば改善は見込めますが、
③については個人の意識を変えたところでどうしようもないという現実があります。
もっとも効果的なのは
フルテレワーク案件に参画すると同時にマンションを引き払って実家に戻ることで、
それをすれば月15万円程度浮くことになりますが、実現の可能性はかなり薄いし、
それをすることによって家族との同居によるストレスの問題が再燃する可能性があります。


それ以外では副収入を得られる活動をするという方向性が考えられます。
これまでは仮想通貨取引で負けてきた教訓をもとに安定的に勝てる戦略を採ることで、
めちゃくちゃ稼ぐことはできないけど
数万程度の安定収入を得るという方向性で仮想通貨取引は継続してきました。
今年のトータルでは黒字になっているので、方向性としては去年よりはずっとマシだと思います。
ただ、それでもやっぱり負けるリスクはあるわけで、
可処分所得が少ない現状で負けるとまあまあ悲惨なことになるので非常に怖いです。


となると、あと考えられるのは副業という方向性。
webエンジニアの世界は副業も盛んなので既存のスキルで仕事を受けられる可能性は十分あります。
が、これについては似たようなことを上京以前から思索してきていまだ結果が出ていないので、
本当にできるのかどうかについては怪しいところ。
そもそもただでさえ時間が無い現状で副業をやる余地なんてあるんだろうか。
本当にやるなら受注中は趣味関連の活動が完全ストップする等の対処は必要になるでしょう。
まあでも、失うリスクが無くて月数万もらえる可能性があるならやってみる価値はあるのかも。
副業は金銭を得られるだけでなくてフリーランスとしての実績にもなるわけで、
中長期的なキャリアプランから考えても副業に取り組むことは有用ですしね。


入社時期の関係で、最初に満額のボーナスが出るのは年末です。
そこで金銭問題はかなり改善する見込みなので、それまでの辛抱といえばそうなのかもしれません。
その1回で根本的解決はできなくても今後は安定的にボーナスが出る見通しが立っているので、
あと数年順当に行けば③の問題も完全に解決するとは思います。
それをただ待って過ごすか、副業などで少しでも早い解決を試みるか……。
時間的資源との兼ね合いもあってなかなか難しいところですが、
とにかく現状からはさっさと抜け出したいという思いが強いです。


#7148

購入ゲーム一覧の再定義

伝統的にゲームボーイアドバンス以降に買ったゲームを一覧化して整理し、
まれに周年企画などでそれを片っ端から振り返ってレビューしているようにしています。
レビューは2006年、2010年、2020年とこれまで3回していて、次は2030年にする予定。
その一覧ですが、最近この中からPCゲームを除外して別リストにまとめることにしました。
つまり、ゲーム専用機とPCゲームで別々に一覧を作るということです。
これとは別にスマホゲーム一覧もあるので、3つのデータベースを管理することになります。


なんでそんなことをしたのかというと、
コンシューマーとPC(Steam)ではゲームを買う動機が異なる場合が多いことに気づいたからです。
有り体に言えば、コンシューマーは「やりたいから買う」という至極当然の動機であることが多い。
一方、PCゲームはセール期間にまとめ買いしがちなプラットフォームの性質上、
「やるかどうかは分からないがなんとなく好みなので買う」というケースが少なくありません。
結果、スマホゲーム同様に積みゲーの数がものすごいことになってきている。
しかもそのうち気に入ったタイトルはSwitchでも改めて買っておきたいというニーズもあり
(可搬端末でないと帰省中などに遊べないため)、
積んでいたり重複で購入していたりと一覧がカオスになりつつあるのが悩みでした。
であれば、せめてスマホと同様の扱いにするのが妥当だろうと。


ゲームハードの使い分けについてはまだハッキリとした結論は出ていませんが、
基本的には上記の通り、コンシューマーは「やりたいから買う」
という動機を買う条件にするのが妥当だと思っています。
デザインが良いからとか、そういうふわっとした理由で気になるソフトはSteamで買う。
もちろん、Steamに存在しないならSwitchで買うのもやむを得ないというケースもあり得ます。
Steamに関しては特に買うのに条件は要らず、気になったら買っていくスタイル。
インディーズが多いのでそういうスタンスが無難かなという考えです。セールもあるし。


ただしMacbookの宿命としてmacOSでは動かないタイトルも少なからずあります。
そういうタイトルはデスクトップPCの置いてある場所でしかプレイできない。
自分はわりと「いつでもどこでも遊べる」というのを重視していて、
そういう意味では本音は何もかもSwitchに一本化したいという気持ちもあります。
ただ、そもそもSwitchに存在しないゲームもある以上はそれは理想でしかない。
とはいえmacOS非対応でSwitchにあるなら、それはSwitchで買うのを優先しても良いかも。
そういうタイトルにも考慮してSteam Deckを買おうか悩んでいた時期もありましたが、
これは明らかにコスパが悪いので見送りになりました。


去年まではSteamの立ち位置があやふやだったこともあり、
セールでなんとなく買ったタイトルを山のように積み上げてしまった反省があります。
いずれはそれらの消化にも努めたいところですが、
そんな時間的余裕を得られるのはいつになることやら。


#7149

お気に入り機能はいずれ消える?

今日の出来事webブラウザ

かつてのネット文化で当たり前だと思っていたものも、
ビックテックなどの企業の判断によってある日突然姿を消すことがあります。
Yahoo! Geocitiesなどの個人サイト作成プラットフォームや、
かつてブログなどには搭載されて当たり前だった「RSS」などの機能など。


個人的にこの手の機能でそろそろ立場が危うくなっていると思うのが
「ブックマーク」だと思っています。いわずもがな、お気に入りサイトを保存する機能。
これいつからあるんだろう?
Windows 98のころから普通にInternet Explorerにありましたよね。
あ、そういえばInternet Explorerが完全に息の根を止められたのも結構大きなニュースだったな。
まあこれは部分的にはMicrosoft Edgeの中でしぶとく生き残っていますが……。
そしてそれをいまだ利用している大企業が少なくないという。いまの現場も実はそうです。


それはさておき、ブックマークはwebブラウザと同じくらいの歴史があるはずなので、
これが消えたら結構話題になると思います。当面は消えないような気もします。
が、一方でそろそろ時代錯誤な感じがしてきたというのも確か。


自分は長年Firefoxを使ってきたものの、近年になってやむをえずChromeに乗り換えました。
モダンなwebサイトがFirefoxのレンダリングエンジンをサポートしないことが増えてきたからです。
サイトをまともに表示してくれないとなると乗り換えざるを得ません。
長年Firefoxを使い続けていたのは、ブックマークを新規タブで開いてくれたからでした。
Chromeは頑なにそういう動作をさせてくれないので論外だったんですよね。
これは、昔の自分がブックマークを起点にwebブラウジングをしていたことを如実に表しています。
当然相応にブックマークは大事だったので細かく分類して整理していました。
その整理自体はいまも続けていて、その数は1500を超えます。


しかし、Chromeに乗り換えてからいつの間にかブックマークは使わなくなっていました。
これは新規タブで開いてくれないというのもありますがそれはきっかけでしかなく、
実際には新規タブを開いて開きたいページを検索すれば十分だったわけです。
Chromeのアドレスバー検索が非常に優秀であることはブラウザ戦争全盛期のころからそうですが、
いまでもクオリティは決して落ちていません。
Google検索したいならここにキーワードを打ち込めばいいし、
同時に履歴もブックマークも横断的に検索してくれるのですべてがここで事足りる。
特に履歴の横断検索ができるのが大きいかも。
ブックマークするようなサイトは必然的に履歴に残っているので、
ブックマークに入れる必要がなくなるんですよね。
PCのメモリも増えたので、より頻繁に使うwebアプリはそもそもタブを閉じません。


ブックマークは増えてくると階層分けを伴う整理が必要になってきますが、
まずそれ自体が手間だし、整理したところですべてのブックマークの在処を覚えておくのも困難。
であればもう検索してしまった方が早いわけです。
ブックマークをすること自体は無駄ではないですが、
ブックマークを起点にすることは無くなったということですね。
その意味では相変わらず必要ではあるということなので消滅はまだ先かもしれないけど、
ブックマークバーを常時表示する意味はもう無いのかもしれない。


検索に勝るブックマークの利点として「サイト名を忘れても辿れる」というものがありますが、
これは結構必要あるように思えて実際はそんなこともないんですよね。
そもそもサイト名を忘れてしまうようなサイトが再び必要になるケースがまず無いし、
仮にあったとしてもGoogle検索であいまいなキーワードを打ち込めば解決できてしまいます。


というわけで、ブックマーク機能は今後どんどん形骸化するんじゃないかなと思っています。
履歴を横断検索できる時点ですでに必要無いとも言えるわけで。
「あとで読む」系サービスも同様に結構先行きは暗いのではないでしょうか。
Pocketもユーザー数が増えていないのか、ここ数年さっぱりアップデートしなくなったしなあ。
相変わらず備忘録的な使い方はしているのでサービス終了するとそれなりに困るんですけどね。


#7150

魔界コインにおけるエアドロップ

今日の出来事暗号資産

世の中無数の仮想通貨がありますが、
最近出てきた仮想通貨の中でも比較的有望なものにWLD(Worldcoin)があります。
これは現在の時代の寵児とも言えるOpenAIの創業者サム・アルトマンが発行した通貨で、
専用機器「Orb」による虹彩認証でしかアカウントを発行することができません。
そのためサブアカウントの作成が物理的に不可能なようになっています。


また、Worldcoinは「全人類に対するベーシックインカム」を目指すことを標榜しており、
アカウント作成をすると毎週決まった数のWLDトークンを入手することができます。
アプリは将来的に汎用の仮想通貨決済アプリとして通用するように設計されており、
ビットコインなどの主要トークンも取り扱えるようになるとのことです。


まあ胡散臭さは否めないのは自分もわかっていて、
OpenAI創業者が絡んでいなかったらスルーしていたと思いますが……。
虹彩認証をして減るものも無いし、ということでアカウントを作成してみることにしました。
現在、日本国内では渋谷のパルコ付近にある怪しいバーでしか虹彩認証できず、
不定期で発表される先着順の予約受付を通過することで初めて認証しに行くことができます。
この予約というのが毎回瞬殺だったのですが、先日ついに予約を取ることができました。
そして今日、渋谷に行って虹彩認証を済ませてきたというわけです。


「トークンを無料で配る」というのは仮想通貨の世界では結構ありふれていて、
エアドロップと言われています。エアドロップは主に普及促進のために行われています。
エアドロップで入手できる仮想通貨は数円程度の価値しかないのが普通ですが、
たまに普及が成功して市場価値が高まると数百倍、数万倍になるケースもあります。
ただ、基本的にはトークンを発行して配ればそれだけトークン1枚当たりの価値は下がるため、
多くのエアドロップはゴミみたいな価値のまま芽が出ません。
また、もし高騰したとしても高値で売り抜けるのは困難と言われています。
今年は「PEPE」というミームコインが1億倍以上になり話題にもなりましたが、
一定以上の利益で利確できた人は全体からするとわずかな人数だったそうです。


そういう性質がある仮想通貨で、「アカウント保有者へ定期的に配る」という仕組みが、
果たして仮想通貨としての価値を保ったまま機能するのかはわかりません。
個人的には配れば配るほどWLDの価値は目減りしていって、
それでもベーシックインカムを維持しようとしたら莫大なトークンを配ることになり、
それによってさらにトークンの価値が下がっていく、
ハイパーインフレのような様相になるのではないかと予想しています。
ただ、サム・アルトマンのような時代の寵児が関わっているとなれば、
「WLDを買ってでも欲しい」という人が出てくるかもしれません。
そうなれば話は一気に変わってきます。果たしてどちらのストーリーを歩むのか期待したいところ。


#7151

松屋の券売機

今日の出来事外食

近所に2店舗ある牛丼チェーンの松屋。
とにかくなんでもいいからさっさとごはんを済ませたい日にお世話になっているのですが、
比較的賑わっているところの店舗は目に見えて客層が悪いので、あんまり良い印象はありません。
逆に過疎地域に出店しているところは非常に快適。
これは松屋フーズ系列のお店全体に言えることです。
なので都心(23区内)ではこの系列のお店は基本的に入らないですね……。
職場近くに松屋しか無いような場合は致し方ないですが、そんなことはほぼあり得ないし。


ただ、快適な店舗でもどうにもならないことがあります。それは券売機の利便性の悪さ。
以前も書きましたが松屋フーズ系列でクレーマーと出くわすときは、
券売機を思い通りに操作できないことに怒っているケースが多いです。
dポイントカードの照会画面で「現金入れられないんだけど!」とキレてるおじいちゃんとか。
まあ昭和世代には難しすぎるんでしょう。dポイントだのバーコード決済だの……。
ただ、松屋なんてそういう底辺おじいちゃんが来ることが分かりきっているわけで、
なぜせめて券売機は誰にでも操作できるレベルのUXを求めないのかが不思議です。
そこに多少コストをかけるだけで現場のクレームはめちゃくちゃ減ると思うんですけどね。
その辺のラーメン屋よりもよっぽど券売機にカネをかけるべきだと思う。
現状はむしろ個人経営のラーメン屋の方がその辺も優れているケースが多いです。
もちろん扱うメニュー量などから単純比較はできないものの。


実際、松屋フーズ系列の券売機はかなり時代遅れで、まずレスポンスの悪さが気になるし、
老人をしばしば怒らせているように勘違いしやすいUI/UXにも大いに問題があります。
また、たまに故障して操作ログ?が書かれたレシートを延々吐き出していることもある。
そして極め付けは「1万円札を入れて注文せずに返金しようとするとエラーを起こして止まる」
という仕様。これは間違いなく仕様で、
いくつかの店舗でそういう操作はしないでくださいという旨の張り紙を見たことがあります。
これはもう、券売機製造を受託したメーカーがよっっぽどの無能だと言わざるを得ない。
なんか東芝や富士通辺りを経由してめちゃくちゃな多重請負になっているにおいがします。
発注元も超大手だからこそありえる話。


おそらく、松屋フーズ側はとにかくモバイルオーダーを推進したいのではないでしょうか。
いやむしろ松屋フーズにかぎらずいろんな飲食店チェーンがそう思っているかも。
モバイルオーダーならわざわざ独自筐体の券売機を作らなくても、
それに必要な一切の機能が客のスマホで完結してしまうわけですからね。
しかもこちらは端末を客が用意するので、
外部委託するとしても必要なのはスマホアプリ開発費だけ。
客側もレスポンスの悪い券売機にわざわざ並ぶ必要が無いという点で利点はあります。
これに一本化できればどんなに良いことか。まあ、もちろん実現しないでしょうけど。
そんなことをしたら昭和のおじいちゃんたちがさらにブチ切れること間違いなしですから。
とはいえタブレット注文はもう珍しくないし、
スマホでしか注文できない居酒屋も出てきているそうなので
モバイルオーダーが当たり前という世の中もそう遠くはないのかもしれません。
まぁ、それはそれとして松屋の券売機はもう少しマシにしてほしいところですが……。


#7152

音楽と結びつく情景

今日の出来事音楽一般

自分は外出時、移動中は基本的に音楽を聴いている習慣があって、
その習慣の影響で特定の音楽と特定の場所の映像記憶が結びついていることに気づくことがあります。
その場所というのは、たいていはその音楽を聴いているシーンのいずれか。
もっともよく聴いている場面が印象に残りやすいため、
そのときにしか行かないような場所で聴いていた音楽は、それぞれ結びつきやすいと思います。
自分の例で言えば「をとは」の2ndアルバムを聴くと2022年に9ヶ月通った現場を想起するし、
同様にKOTONOHOUSEの1stアルバムは2021年の現場を、
NekoHackerの1stアルバムは2019〜2020年のweb制作研修の場所を想起しますね。
しかもこれは直近だけではなく、結構昔のも結びついたまま記憶に残っている。
dj TAKAの「ABSOLUTE」は月間再生数最高記録を保持している楽曲ですが、
これを聴くと2009年当時の大学生活でバス停まで歩く道のりを思い出します。
面白いのは、その後何年も聴き続けても最初に刻まれた情景は変わらないということです。
「ABSOLUTE」の再生回数は800回を超えていて、バス停までの道以外でもたくさん聴いてきているわけですが、
不思議とそれが更新されることはありません。
これはおそらくその楽曲自体にハマったかどうかが関係している気がします。
CAPSULEの「Sugarless GiRL」は累計再生回数1000回を超えているレジェンド級の楽曲ですが、
アルバムを購入した2009年当時の記憶よりも、2012年頃の記憶に結びついています。
大学院までの道のりを自転車で走っているような情景が思い浮かびます。


この楽曲は購入当初よりもそれなりに好きでしたが当時は「Pleasure ground」の方がギリギリ上で、
その後2012年のテクノポップ再評価路線の中で爆発的にハマった楽曲です。
楽曲に結びつく情景がそういうマイブームの事情も考慮した上で残っているのだとしたら面白いですね。
だとしたら情景と結びついている楽曲は当時本心から好きだったということなんだろうなと。
ちなみにこれは音楽だけではなく、まれにゲームにもあります。
ただゲームというのは基本的に室内で遊ぶものなので音楽と比べると断然数は少ないですが。
なぜか頭の中に残っているのが『ドラゴンクエストモンスターズ』の「やすらぎの扉」最深階層と、
小学校4年生当時の学校の前の通学路が結びついているんですよね。
別にゲームボーイを学校に持って行ったこともないのになぜ……?
同じような年代の記憶なのでごっちゃになってしまっているんでしょうか。
ちなみに「やすらぎの扉」の最深階層とは、スライムファングがカジノをしているところです。


こう考えるとCMソングって結構合理的な戦略なのかもしれませんね。


#7153

匿名掲示板はもう限界

今日の出来事sns

ネットコミュニティは基本的に治安悪化の一途を辿っていると思います。
日本で半匿名のメディアといえば昔は2ちゃんねる、いまはTwitterが王者として君臨しており、
それ以外の有象無象にはあまり人は分散していない印象です。
ただ、昨今はその2つこそがもはやこの世の地獄になっている気がしてなりません。
有名人の失態や失言などを取り上げて地位を失脚させようとすることをキャンセルカルチャーといい、
欧米で先行していましたが最近は国内もかなりひどいことになっていると感じます。
とにかく毎日飽きもせず炎上、炎上。特に政治関連は完全に地獄の様相です。
ネットメディアも大衆を煽った方が数字を取れるので、ひたすら火をくべるんですよね。
それによってさらに炎上が過激になるという負のループができています。
機能しなくなったネットメディアが多い中「NewsPicks」というアプリに関しては
有識者のコメントをつけることで比較的中立的な発信をするスタンスだと思っていたのですが、
最近はこのアプリも飛ばし記事が多くなっていて至極残念です。
なんかもう一周回ってテレビ新聞のようなマスコミだけ頼りにする方が賢い時代になってきたかも。


この地獄から逃れるにはネットを断つのが一番ですが、このご時世そう簡単にできそうにありません。
ある程度安定した情報収集をするにはどうしたらいいのだろうかと考えたとき、
カギになるのは「非匿名」なのではないかとふと思いました。


5ちゃんねるは言わずもがな匿名で、それゆえに無法地帯なところがあります。
じゃあTwitterはそうではないのかと言われるとそんなことはない。
メールアドレスさえあればいくらでも捨てアカウントを作ることができるシステムの仕様上、
本質的には匿名のマイクロブログとみなせると思います。
しかも本人確認をした公人や公式アカウントに限ってはそうではないので、
周囲への配慮を強制させられる公人に一方的で無責任なコメントがつきやすいという、
ある意味5ちゃんねるより酷い無法地帯がTwitterというメディアの正体だと思っています。
Twitterは今更実名登録制にしたところでやっていけないでしょうから、もう改善は望めません。


では実名登録のSNSにすればいいのでは……?
と思うわけです。そう、かの悪名高き「Facebook」。
自分はリリース当初にユーザー登録したものの、その後実名必須になったことで退会していました。
当時、実名登録なんて考えられませんでしたが……。
ここまで匿名発信の無責任さにうんざりさせられているいま、逆にアリなのかもしれません。
学生時代と違って実名登録に対する抵抗感もほとんど無くなっていますし。


ただ、Facebookという文化に関してはほとんど無知なので、
どう使えばいいのかわからないという実情も……。
Twitterのようなマイクロブログというよりはこのブログの延長線上みたいな運用になるのかな?
あと、怖いけどやってみたくもあるのが学歴・職歴の登録ですね。
登録すること自体に抵抗はありませんが、それで旧知の人が出てきたらどうしよう。
好きな人が結婚していてショックを受けるといったありがちなイベントも大いにありそうだし
(年齢的にはむしろ結婚していてくれないと不安になってしまいますが)、
嫌いな人のアカウントを発見してしまったらあまり良い気分にはならないでしょう。
要は、有無を言わさず黒歴史を含む昔の記憶を掘り起こされるリスクがあるのではないかと。


そもそも、登録したとして何を発信するのか方向性が定まっているわけでもないんですけどね。
ブログの延長線上というと、
随筆のようにある程度時間をかけて執筆するような記事を対外向けに不定期投稿する、
というような方向性をすぐに思いつきますが、それでいいのかと言われると……。
実名として発信するので、
名目上はハンドルネーム名義で発信しているブログと同一の内容にはできないですし、
ブログでは平然と書いてきた愚痴や他者批判の類は絶対に書けません。


まあアカウントを作るだけ作ってみて、他の人の発信を見る感じにはなりそうです。
そもそも当初の目的は情報収集なので、別に自分が発信しなくてもいいような気もする。
情報収集ツールとして割り切って使っているInstagramみたいな運用が近いかな。


#7154

他人への期待と自己愛

「他人に期待しない」というのはここ数年で得た最大の教訓であり、
なおかつ精神を健全にするために必要な意識改革の骨子と言っても過言ではない重要なことですが、
それが必ずしも文字通りに常に正しいというわけではありません。
たとえば期待を前提とした人間関係というのも実生活では多くあるわけで、
これを根本的に否定するとなると生活が根本から揺らぐことにもなりかねません。
なので、この教訓についてはこれからもよく考え、必要なら矯正する必要があると思います。


他人に期待するのがなぜダメなのかというと、
まず第一にその「期待」は往々にして期待する側の価値観が強く反映されていて、
期待される側の事情が考慮されていないという問題があります。
親が子に対して、無条件に「自分の子は優秀な子であってほしい」と思うような場合ですね。
そういう一方的な理想の押し付けに応えることは大きな負担になるし、
そもそも理想が高ければ高いほど他人はそれに応えられないことの方が多いわけです。
期待を抱いた側は失望したり、
期待された側も期待に応えられなかったことを不甲斐なく思ったりしてロクなことがありません。
場合によっては人間関係に亀裂を入れる原因になり得ます。
これは相互理解不足から起きるよくあるトラブルだと思います。


期待を抱いた側は失望すると書きましたが、この失望にもさまざまな程度があると思います。
そもそも一方的に理想を押し付けている時点でその期待は正当性に欠けるわけですが、
期待する側が「達成して当然」と思っていたり、
「頑張れば達成できるかもしれない」と思っていたり、そのレベルはさまざまなわけです。
そしてその期待レベルが低いにもかかわらず達成されないと、やはり失望の気持ちは大きくなる。
そこには多くの場合他責の念が含まれるわけですが、
「あいつは思っていたより能力が低かったのか」などと思うようならまだマシで、
「この程度の期待にすら背くということは自分に対して悪意があるんじゃないだろうか?」
などと考え出すと結構深刻な部類に入ると思います。
自己愛が強く自分が思っていることは実現してしかるべき、
という信念を持っているような場合、そういう思考へ至るのは特別なことではありません。
むしろ日常の些細なことからもそういう「悪意」を感じとっている可能性もあります。


なぜそんな分析に至るのか。
それは言わずもがな、自分がそういう自己愛に偏った価値観を持っていたと思っているからです。
おそらく長男という立場を利用して独善的な振る舞いが許されていた幼少期から
そういう価値観はすでにあったのではないかと考えています。
2018年以前の自分はメンヘラなところがありましたが、
その自己中心的な振る舞いの根本にこういうゆがんだ自己愛があったのではないかと思っています。
だからこそ「他人に期待してはいけない」という価値観を正とみなしているのだと思います。
十分な相互理解に基づく適切な期待ができていた実績があるならば、
そもそも「他人に期待すること」が無条件に悪いものだという認識に至るはずがありません。
なのでこの教訓は広く世間一般に通用するものというよりは、
自分という個人にのみ特別に効き目のある処方箋のようなものとして機能するのだと思います。


こういう心の奥底の汚い部分に手を突っ込んで原因を受け入れるのは非常に大事なことで、
それをするかしないかでQOLや人間関係がかなり変わってくると思います。
自分はそれをする覚悟を成熟させるのにずいぶんと長い時間を要したし
手遅れになった人間関係もありますが、
残っている人生の長さを考えると、この時点で気づけただけまだマシなのかもしれません。


#7155

魔の2歳児

今日の出来事子育て

多摩地域は地域全体が巨大なベッドタウンであり、当然子育ても盛んに行われています。
休日に外出すると見かける子連れの割合はかなり高く、少子高齢化を感じさせません。
親子団欒は見ていてほほえましいですが、たまに真逆の光景が繰り広げられています。
それはいわゆる「イヤイヤ期の子ども」と親の正面激突を目にしたとき。
休日の昼過ぎに最寄りのマクドナルドへ行くとたいていどこかの席でやっていて、
しばらくするとギャン泣きが聞こえてくるのは日常茶飯事です。
あれを見ると子育てなんて無理だなと思うし、当然そこに行き着く恋活・婚活のモチベも下がります。
億が一にも相手ができたとして、普通にDINKs(生涯子どもを作らない夫婦)でいいんじゃないかと。


俗に「魔の2歳」と呼ばれるように、
2歳前後に迎えるイヤイヤ期は子育てにおいてももっともキツい時期です。
子どもは可能なかぎり親を困らせるような言動をし、親が「やめなさい」と言えばギャン泣きする。
道徳上困らせることを許容するわけにもいかないわけで、親としてはどうしようもないわけです。
イヤイヤ期で検索すると「2歳児とまともに向き合ったらママの精神が崩壊する」とまで書かれている。
そういえばかつて大学院時代に現役の小学校教師と話をしたことがありますが、
「低学年の子どもは獣と同じ」と言っていました。
門外漢が「虐待は良くない」と言うのは簡単ですが、
親の人権、立場、精神力を考慮するとイヤイヤ期を前に親の方が崩壊し虐待に走るのは分からないでもないです。
しかしそうなってしまったら誰も幸せになれません。独身時代の方が幸せだったと後悔するでしょう。
子育てにはそういうリスクが無数にあるわけです。
魔の2歳を乗り越えても小学校以降における家庭内教育、反抗期、思春期、受験などハードルはいくらでもある。
順風満帆に独り立ちまで送り出せるのは簡単ではない……というか無理難題なんじゃないでしょうか。
それでいて、子育てが完璧でなかったら親ガチャハズレとか言われるなんて世知辛いにもほどがある……。
こういう風潮が少子高齢化を加速させているんじゃないかと思うほどです。
しかも中流家庭は二馬力で裕福かと思いきや累進課税の影響でとんでもない税金を課せられて貧困同様というからツラい。


イヤイヤ期は自我が芽生えた証拠でもあり、
「親を困らせること」が子どもにとって本来の目的ではありません。
なんでも思い通りにしたい、というところから出発していろいろと模索していく時期であり、
思い通りにいかないことも多いんだと納得していくことで精神的にも成長していくわけです。
こういう発達心理学の知識は子育てにおいて必須と言っても過言ではなく、
改めて子育て、ひいては結婚というのは軽率にしてはならないということを実感します。
「一人では寂しいから」という軽率な理由で婚活しようとする人は少なくないと思いますが、
彼らがなんの予備知識も無くイヤイヤ期の壁にぶち当たったときどう対応していくんだろうか……?
昨今児童虐待が急増しているというデータは、それに対する答えなんじゃないかと思わなくもないです。


#7156

ピクミン4発売

今日の出来事ピクミン4

いまだに発売されたことが信じられない『ピクミン4』の発売日をついに迎えました。
もちろん有給を取ってダウンロード版配信開始の00時ちょっと前からプレイしていました。
ピクミンシリーズの完全新作としては10年と8日ぶりということになりますが、
今作はある意味それ以上に長く待ち望まれていた作品でもあります。


『ピクミン1』はゲーム内日数30日という制限下で地上に散らばる30個のパーツをいかに効率よく回収するか、
というところに重きを置いたコンセプトでした。
当時、CMソングが流行してなかなか売れましたが可愛らしいキャラとは裏腹にかなり難しく、
昨今ではかなりの高難度ゲームとして語られています。
そして伝説の名作とも言える2作目『ピクミン2』は時間無制限の「地下世界」が導入され、
地上では効率重視、地下では原生生物とのバトルを重視するという異なるコンセプトが同居するようになりました。
これにより運搬物や原生生物の種類は膨大になり、
その圧倒的なボリューム感と充実度により多くのコアなファンが生まれました。自分もその一人です。


しかし9年後に登場した『ピクミン3』では原点回帰がコンセプトになり地下世界は廃止。
本編は『ピクミン1』と同じように地上でダンドリ良く運搬物を回収することが唯一の目標になりました。
これもこれでファンがいたのも確かですが、ボリューム不足と批判されることも少なくなく、
実際にWii U版は前作の半分ほどしか売れませんでした。
『ピクミン4』はこうした経緯を踏まえ、
地下世界の概念を復活させ『ピクミン2』に大きく寄せた作品になっています。
そのため自分を含む『ピクミン2』のファンからすれば19年ぶりの完全新作と言っても過言ではありません。


そして実際にプレイしてみると……我々ファンの想像以上にファンサービスが多く詰め込まれた作品でした。
ゲームを進めるとできるようになる「夜の探検」なんかは
『ピクミン3』が登場する遥か前からファンサイトで望まれていた要素だし、
『ピクミン3』ではリストラされていたショイグモなどの原生生物の多くが復活。
地下洞窟は『ピクミン2』の地形やコンセプトをオマージュしたと思われる箇所が多く登場してきます。
これはもう、かなり深いところで『ピクミン2』のファンを意識しているとしか思えないつくり。


新登場の氷ピクミンとヒカリピクミンも、考えれば考えるほどよくできていると思います。
特に氷ピクミン。氷ピクミンを水に規定数投入すれば凍らせて氷上を歩けるようになるのですが、
そうなると当然隊列の氷ピクミンは少なくなってしまいます。
しかし氷ピクミン自体は実はかなり重要な戦力で、氷ピクミンが原生生物に攻撃すると凍結ゲージが溜まり、
最大になると一定時間凍結させることができます。
要は『ピクミン2』におけるゲキニガスプレーの役割を兼任していることになり、
言うまでもなくバトルシーンでは重要な役割を担っています。
一方、見た目通り炎には滅法弱いのであらゆる敵をゴリ押しできるわけではなく、
過去作すべてで不遇だった赤ピクミンが相対的に重要になっています。この辺のバランス調整はなかなかのもの。
それでいて前作までのすべてのピクミンが本編に登場するらしいのでワクワクが止まりません。


また、前作まではあくまでサブコンテンツだったバトルモードとチャレンジモードも本編デビューしており、
特にバトルモード(今作では「ダンドリバトル」)がかなり楽しいです。
前作までのバトルモードはあくまでも特定アイテムの運搬が勝利条件になっていましたが、
今作はあらゆる運搬物がポイントになるというシステムで、『ピクミン1』のチャレンジモードに近い感じです。
しかも過去作と違ってCPUが相手してくれるのでスコアアタック的な楽しみ方もでき、
これまでローカル対戦でしか縁のなかったバトルモードも今作はやり込む価値がありそう。


発売してくれただけでもありがたいのに、ここまでファンの期待を的確に詰め込んでくるとは……。
本当にピクミンファンであり続けてよかった。ありがとう任天堂。


#7157

ピクチャレ大会2度目の移転へ

『ピクミン4』発売2日目。後述の事情を除けばほぼぶっ続けでプレイしていました。
真のエンディングまでは到達しているのですが、
なにやらまだありそうなのでファーストインプレッションの感想については明日に譲るとして、
今日はその裏でてんやわんやしていた新ピクチャレ大会公開に関する総括をしていきます。


昨日無事に公開した「新ピクチャレ大会」は、フロントエンドにNext.js(Reactのフレームワーク)、
バックエンドにLaravel(PHPのフレームワーク)を採用した、
自分にとっては初めて複数のフレームワークを採用したモダンなwebサイトの制作プロジェクトです。
webエンジニアに転向して4年目となりますが、そこで習得した技術の集大成でもあります。
いままでの自分の傾向としてこの規模のプロジェクトは頓挫する可能性がかなり高いと思っていたので、
まずなによりも、どんな形であれ目標であるピクミン4発売日に公開できたのは良かったと思っています。


実はこのモダンなサイト制作プロジェクトは水面下では2018年から構想がありました。
当時はピクミンをテーマとせず、「旧ピクチャレ大会とは別に運営するサイト」としての位置付けでした。
中でも、スマホインディーズゲームに焦点を当てた構想を練っていました。
ブログ黎明期のハイスコア集積ミニサイト『Root of Record』『記録倉庫No.91』といった系譜に近く、
それを参加型サイトにするといったイメージですね。
2022年01月、当時支援していたあるコミュニティとの関わりで、2018年構想にも需要があると言うことを確信。
いよいよ具体的にプロジェクトがスタートする……かに思えたのですが。
次第にそのコミュニティはある事情がきっかけで急速に廃れていってしまいました。
そして、その直後の絶妙なタイミングで発表されたのが『ピクミン4』でした。


これによって新サイト制作プロジェクトは
使用技術をそのままにピクチャレ大会リニューアルプロジェクトとして鞍替えする決心をし、
リリース日も『ピクミン4』発売日に据えることによって計画的にプロジェクトを動かすことになったわけです。
本当に、去年の09月というあのタイミングで発表されたからこそ実現できた計画です。
もっと早かったら技術力不足で厳しかっただろうし、もっと遅かったら間に合っていなかったと思います。
09月発表07月発売というスパンが絶妙すぎた。
2022年01月構想が頓挫したばかりというタイミングもパーフェクトでした。


結局発売日当日もAPIの向き先がlocalhostになっているとかで本番環境にかぎってうまく動かなかったりして、
自分も『ピクミン4』をプレイしたいのにメンテ時間にかなり時間を取られることになりましたが、
まあ大枠としては完成しており間に合わなかったとは言えないので、
プロジェクトを完遂させるという意味では非常に良い成功体験になりました。
この規模感だとこれくらいの期間が必要なのだという今後の指標としても機能しそうです。


当初の構想が実現しなかったのは未練があると言えばありますが、
まあ今後数年もしばらくは新ピクチャレ大会を通じてピクミンに注力しようかなと思っています。


#7158

ピクミン4総括

今日の出来事ピクミン4

『ピクミン4』、完全クリアしました。
1日でクリアできるかなと思いきや予想外のクリア後要素の多さにびっくり。軽く総括しておきたいと思います。


今回のストーリーは『ピクミン1』のアナザーストーリーであるという見方が有力です。
初代である『ピクミン1』では、星間運送業の社員であるオリマーが
休暇中の宇宙旅行に未知の惑星へ不時着してしまい遭難。
生命維持装置が機能する30日以内にロケットのパーツを集めて脱出するというストーリーでした。
このとき、通常は序盤に回収する「きまぐれなレーダー」を回収したときに
「いちおう救難信号を出しておく」というモノローグが語られます。『ピクミン4』はこの続きです。


1ヶ月後に救難信号を受け取った宇宙レスキュー部隊はさっそく未知の惑星「PNF-404」へレスキュー隊員を派遣します。
しかしそのレスキュー隊員を乗せた宇宙船もまた未知の惑星の付近で故障してしまい、二重遭難状態に。
そこでレスキュー隊を救出するべく派遣された最後の希望として「あなた」が派遣されます。


通常EDまでの4ステージは、まず最初の3ステージでオリマー捜索に必要な隊員を救出することになり、
4ステージ目の「一番星のかくれ家」で追い続けてきたオリマーと対峙することになります。
無事に救出し帰還しようとするのですが、その途中で宇宙犬オッチンの具合が悪いことが発覚。
最初の遭難時にしっぽが葉っぱになってしまったオッチンを救出するべく、
その解決の糸口を知るルーイを追い求めて5〜6ステージを攻略することになります。


過去作では地上は通常4ステージというのが通例でしたが、今回はその枠を大幅に超える6ステージ。
しかも最終ダンジョンは前々作の最深である15Fをはるかに超える「20F」!!
事実上のボスラッシュ構造になっていてワクワクが止まりませんでした(さすがにちょっと疲れたけど)。


最終ダンジョンをクリアするとオッチンの「治療」に成功し、これによって真エンディングとなります。
しかしまだまだゲームは終わりません。各エリア・ダンジョンには達成率が保存されており、
当然クリア後はオタカラ全回収を目指すことになります。
今回、オタカラは重複して何個も登場するものがあり総数はかなり多いです。
前々作の201個も相当ですが、それよりもはるかに多い印象。
また、同様になぜかPNF-404に遭難している人たちが点在しているので、彼らの救出も達成率に関わってきます。


オタカラ、遭難者の全回収が終わってもまだゲームは終わりません。
クリア後コンテンツとして拠点でオリマーに話しかけると遊べる「オリマー遭難記」というものがあり、
アレンジされた4ステージ目までのエリアを赤・青・黄ピクミンで攻略するミニ本編を遊べます。
要はアナザーストーリーとしての『ピクミン1』部分のリメイク。
これには感動しました。まさかここまでしてくれるなんて、ファンサービスが過ぎる……。
回収するのはもちろん宇宙船パーツです。さすがに30個全部の再現ではないですが、主なものは登場します。


オリマー遭難記が終わったら今度こそ終わり……かと思いきや、さらなるコンテンツが待ち受けています。
本編のダンドリチャレンジとは別に用意された、高難易度チャレンジモード「葉っぱ仙人の挑戦状」。
段位認定のように初ダンから十ダン(終ダン)まで10ステージ用意されていて、かなり個性的です。
これの全プラチナはかなりの難易度と言えそう。
これでコンテンツとしては本当に終わりですが、当然ダンチャレ22ステージのスコアを詰めようと思ったら延々遊べます。
RTA領域も通常ED、真ED、完全クリアと3つのフェーズに加え「オリマー遭難記」もあり盛り上がりそうです。


誰がここまでのボリュームを予想できたでしょうか。
『ピクミン4』はピクミンシリーズの集大成と言っていいと思います。
もちろん、こじらせファンとして「もっとこういうのが欲しかった」的なことはいくらでも思い浮かびますが、
さすがにここまで盛り込んでくれたら追加要望をあれこれ言うのは無粋な気がする。
これで永遠に遊んでいたいピクミンファンの自分としては、
願わくば追加DLCの発売によってさらにその集大成っぷりを盤石なものにしてほしいとは思いますけどね。
特に現状6ステージしかないダンドリバトルはぜひとも追加ステージが欲しい。
あとはすでに報告されている諸々のバグが直ったらいいなと。


まぁいずれにしろ、自分にとっては今後長い時間をかけて遊んでいくタイトルになると思います。
チャレンジモード各種はもとより最短日数クリアやRTAなど、やってみたい領域があまりにも深過ぎる。


#7159

集中するために必要な要素

今日の出来事作業環境

3日前にめでたくリリースした新ピクチャレ大会ですが、
これはまだまだスタート地点に立っただけでむしろここからがプロジェクトの本番です。
なのでリリースまでこぎつけたからといって達成感に浸っている余裕は無いし、
事実リリース後の方が締め切りに追われていたときよりも焦りは大きいです。


ですが、それはそれとして約1年のプロジェクトが頓挫せずにリリースできたことは、
基本的に計画は頓挫して当たり前の自分にしてはかなり稀有な体験だったと思います。
そこで、忘れないうちにその達成のために何が重要だったのかについて、
この時点での認識を書き残すことにしておきます。


とはいえ結論はシンプルです。達成要因は「良い音楽」「タスクの細分化」「責任」の3つです。
強いていえば4つ目に「健康」が含まれるかもしれませんが、
これはプロジェクトの遂行以前に人間の活動における大前提みたいなところがあるので省略します。
一言だけ書くと、エナドリは今回ほとんど飲んでいません。
あれがあれば頑張れるというのは幻想だったのだと改めて思いました。


まず「良い音楽」。これは作業に没入するために非常に重要です。
人間何が難しいって、作業に取り掛かる際のON/OFFスイッチを適切に切り替えることです。
これは作業場所を変えることでもある程度効果はありますが、
往々にしてそれだけでは不十分です。
音楽を聴きながら作業をすることが習慣になっている自分にとっては、
その習慣があればこそ、音楽というものが作業モードに入るのに強力な武器になっています。
これを効果的にするには、
ただ既存のライブラリをランダム再生すれば良いというわけではありません。
日ごとに好きな音楽を適切に選ぶ必要があり、かつ飽きることのないような工夫が求められます。
自分はこれについては「アルバムごとに聴く」というCD時代の原点回帰に行き着きました。
スマートプレイリストでどうにかしようとするとどうしても雑多になりがちだったからです。
静かな曲が流れたと思ったら次は激しい曲になるようで情緒不安定というかなんというか。
その点、一定の時間ある程度同じような雰囲気の音楽が流れるという点で
アルバム単位の再生は作業向きだと思います。
今回のプロジェクトではAphex Twinの近年の作品にそれはもうお世話になりました。
やっぱインストゥルメンタルの方が集中はできますね。


次に「タスクの細分化」。
これは上京前に読んだ『小さな習慣』に書いてあったことそのままですが、
要は開発作業でやるべきことを可能な限り細分化してミニタスクとしてリストアップするわけです。
そうすることでまず何をやるべきかが明確になると同時に、
1つずつは難しくないので「せめてこのうち1つはやらないと」という気持ちになってきます。
もし、そうならずに保留を繰り返すタスクがあったとしたら、それはまだ細分化できるということ。
そしてミニタスクを1つでもクリアすることを毎日の目標にすることによって、
開発と向き合うことが習慣になります。
これはそれ自体が良いというよりは、「今日サボると明日はもっとサボりたくなる」
という悪循環を根本から防ぐという点で非常に有用だと思います。
もちろんタスクの可視化のために適切なタスク管理アプリを選ぶ必要があります。
今回は「Craft」にお世話になりました。


最後に「責任」。
誰かがこのプロジェクトの完成を待っているという気持ちがあるだけでモチベは全然違います。
今回は「『ピクミン4』発売前まで」というリミットが自然と決まりましたが、
周年企画としてやるのでピクミン4発売直後は旧サイトで運用するという選択肢もあったはず。
ただ、去年秋に配信で発売前までにリメイクしますと公言してしまったので、
良くも悪くもあとに退けなくなったわけです。
どう考えても発売前にリニューアルするのが合理的だったので言い逃れも難しく、
だからこそリミットをそこに設定してプロジェクトを進めることができたのだと思います。
これが「ブログの19周年に合わせたい」みたいな謎のこだわりで09月01日に設定していたら、
根底であるこだわりに根拠が何もないので、ピンチになったらすぐ順延していたでしょう。
今回はピクミン4発売前、という客観的にも明らかな指標があったので、
それに合わせられたのも大きかったと思います。


このブログの最後の年末企画になった「マイベストゲームランキング2020」は、
当時にしてみれば非常に難産で大晦日まで追い込み作業をしていました。
しかし結果的にできたものは子どもでも作れそうなHTMLで、
とても堂々と公表できるような成果物とは言えません。
まあ、これは内部コンテンツであるゲームの順位づけに相当の時間を要したのもありますが、
今回のピクチャレ大会リメイク企画と比べると作業量の差は歴然です。
それらの間で何が違ったのかというと、それはスキルというより上記の3要素が欠けていたから、
なんじゃないかなあと思っています。


そういう意味で、長らく自己満足で趣味系作業をしてきましたが、
独力でプロジェクトを動かすためのコツを掴んだという意味では値千金の仕事をしたと思います。
是非ともこれを次にも活かしていきたいところ。


#7160

食事のタイミングの重要性

昨日、たまたま2時間残業していました。それ自体はまあ別にどうということもないのですが、
その影響なのか、横になってから入眠するまでいつもより2時間長く寝付けない時間がありました。
当然こうなると翌日朝辛いことになるのでこういうことは避けたいのですが、
だからと言って残業といっさいしたくないと言うのはさすがにワガママだと思っています。


というより経験上、これは残業よりも夕食のタイミングがズレたことが原因かと。
何度も書いている通り、
自分は20代までの不摂生と2018年に精神を病んだことがある経験をきっかけに、
非依存系の睡眠薬を飲んで寝る生活が長らく続いています。
先日、2018年から6年続いていた抗うつ系の薬はついに卒業することができたのですが、
睡眠薬についてはまだまだ卒業の見通しは立っていません。
たぶんこれはもう一生の付き合いになるのではないかと思っています。


そんな自分にとって、適切な入眠ができるかどうかは睡眠薬が効くかどうかが重要です。
これまでの傾向から、睡眠薬は食後に飲むと即効性が無くなってしまいます。
胃の中に消化物が残っていると有効物質がうまく脳に届かないのかもしれません。
なので基本的には「寝る直前」に飲めと言われています。
今回のパターンでは夕食が2時間後ろ倒しになったことで
いつも睡眠薬を飲んでいる23時台の時点でまだ胃が活動していたのかもしれません。
これは睡眠薬生活をしているとやってしまいがちな凡ミスです。


ただ、この場合は夕食のタイミングが遅れたから睡眠薬を飲む時間も後ろ倒しにすればいいのか、
と言われるとそんな単純な話でもありません。
睡眠薬を後ろ倒しにすると、その効果切れのタイミングも後ろ倒しになってしまいます。
効果切れの前に起きなければならない時間を迎えると、起きるのがキツいのは言うまでもありません。
効果時間はハッキリとはわかっていませんが、概ね7時間前後であるような気がします。
だから夕食の後ろ倒しの時間だけ服薬の時間を遅らせると今度は起床に悪影響が出るわけです。
そもそも後ろ倒しにするために01時まで服薬を保留するのもどうかと思いますが……。


とにかく、生活リズムについては非常にデリケートになってしまったと言わざるを得ません。
これはもう、未成年時代から不眠耐久やら徹夜作業やら無理をしてきた報いなのだと思います。
あの手この手で安定のための努力をしないと、普通に寝て起きることさえ難しい。


となると残業も自分にとっては厄介なイベントと言わざるを得なくなるわけですが、
幸いにも残業するにしてもほとんどのパターンはテレワーク残業なので、
いまのご時世ならインスタント食品を備蓄しておく、
UberEatsを利用するなどの手段で残業中に夕飯を済ませてしまうこともできます。
今後はそういった対策で夕食の後回しを回避するように意識していきたいところです。


#7161

勉強嫌いは反抗期の一形態

今日の出来事勉強

自分は、一般的な価値観において学生時代の出来は悪かった方と自覚しています。
中高の成績は高3の2学期を除けば秀でているとは言い難い成績だったし、
当然のように大学受験も第一志望には落ちてしまった。
大学生活は単位さえ取れれば良い世界だったので必要最小限の授業にしか出なかったし、
卒論ゼミもほぼほぼ放任主義だったので完成した論文はゴミです。修士も同様。
よって、最終学歴は院卒ですがそれ相応の学問レベルを備えているとはとても言い難いです。
まあいまとなってはそれを活かすような職種にすら所属していないので、
学術レベルの知識を持っていないからといって誰に責められることも無いのですが。
だから、結果論で言えば特に頑張らなくても問題なかったとする見方もできるでしょう。


一方で、こんなことを書くと不遜だと思われてしまうかもしれませんが、
自分は「頑張っているのに成績が伸びない子」とは違って、
やろうと思えば勉強の対象となっている分野への好奇心を発揮して成績を上げることはできたと、
当時もいまも思っています。
その証拠が高校3年生の2学期末テストで、このとき初めてまともにテスト対策をしたことで
英語以外の科目でそれぞれほぼ満点を出し、当時の担任や親を大いに驚かせた記憶があります。


ではなぜ高3の2学期以外は勉強しなかったのか。
これは2つ理由が考えられます。1つは過去にも書いたようにゲームの方が楽しかったから。
ゲームで頑張る方がいろんな人が支持してくれるし、単純にやっていて面白い。
一方勉強はやれと言われるばかりでやっても褒められることも無い。
これではモチベーションが上がらないのは当然の話です。


もうひとつは、「勉強の放棄」こそが思春期の自分にとって周囲の大人に対する反抗だったから。


当時の父親は非常に厳しくて正面切って反抗することなど考えられませんでした。
父親はゲームをすることに対して「朝9時から18時まで」と厳しくルールを設定し、
ゲームに対しては否定する態度を取り続ける一方で、
自分が勉強ができないことに強い不快感を感じているようでした。
まあ、とは言え強制的に塾に行かせるとかと言ったことも無かったのですが。
その辺は親の自分に対する興味もその程度だったということなのでしょう。


ゲームに関しては、18時以降は表向きはやらないが布団に携帯機を持ち込んで遊ぶと言うような、
親に隠れてプレイするスタイルが定着していきました。
そういうことをしていれば必然的に親に対する後ろめたさもあるわけで、
ますます親子間の心理的な亀裂は深まっていきました。
母親が間に入ってくれなかったらうちの家族はとっくに崩壊していたと思います。


要するに、自分は親が嫌いで、その親の思い通りになることが癪だったわけです。
親は自分を何一つ認めてくれないのに、自分だけが親の意見を認める道理は無いだろうと。
そもそも当時の自分は大人の意見というものに対してひどく懐疑的でした。
厨二病と言ってしまえばそれで済むのですが、
それだけ大人との話し合いの機会が少なかったわけです。
しかし、正面切って戦おうとすれば負けるのは必至。怒鳴られ、追い出されるかもしれない。
子どもにとって親というのは生殺与奪権を握っている強大な存在で、基本的に逆らえません。
かといって親の言いなりにもなりたくない。
そんな自分にとって、親はどうにもならないが自分の学業成績は自分がコントロールできる。
それを親の望む逆方向に舵を切ったことは、ある意味で反抗の表れだったのでしょう。
自分の未来を壊すことで、初めて親に「ざまあみろ」と言えると思ったわけです。


父親は自分の受験失敗の直後から厳しい態度をやめて急に優しく振る舞うようになりました。
手遅れだったことは言うまでもないですが、
親子間コミュニケーションの少なさが致命傷になったことは親もわかっていると思います。
思春期の子育てを自分が経験することはたぶん無いと思いますが、
思春期の親子関係が子どもの後人生に大きな影響を及ぼすというのは非常に怖いと思います。
まあ社会に出てみれば学歴格差もあってないようなものだったので、
上述の通り学業を頑張ろうが頑張るまいが自分の人生はさほど変わらなかったと思いますけどね。


#7162

撥音の類型

今日の出来事音声学

興味深いTogetterまとめが流れてきたのでその内容をメモっておきます。
それは「『とかつせよ』と発言した際の『ん』はすべて違う」
というものです。どういうこと???
ということで調べてみました。


まず最初の「ん」(んか)は軟口蓋鼻音(/ŋ/)と呼ばれるもので、
動作としては舌で口内を閉塞しつつ鼻には呼吸を通しながら行われる発声……だそうです。
普段意識することはまず無いと思いますが、口を完全に閉じずに発声しているのがポイントです。
日本語ではカ・ガ行の直前の「ん」がこれに該当するほか、
同じ動作で発声するガ行(「たまご」の「ご」など)を鼻濁音と言い本来は半濁点で表記しますが、
これは現代日本語では一部地方の方言を除いてほぼ死滅しているそうです。
ニュアンスとしては「が」を発音しているつもりが「な」に近いような感じですね。
「ん」を鼻濁音として表記する場合本来は「う゜」を使用するそうですが使われているのは見たことありません。


次の「ん」(んも)は両唇鼻音(/m/)で、これは比較的わかりやすい「ん」です。
口を完全に閉じて代わりに鼻に呼吸を通しつつ「んー」と発音するやつ。
これはバ行、パ行、マ行の前の「ん」が当てはまります。
「アンパンマン」の最初2つの「ン」は両唇鼻音ということですね。
実はヘボン式ローマ字表記ではこの「ん」は音声記号と同じ「m」で表記するというルールになっており、
日本橋駅の駅名標などはちゃんとそのルールに則っています。


次の「ん」(んて)は歯茎鼻音(/n/)で、
後続にイ列を除くタ行、ダ行、ナ行、ザ行と、ラ行のすべてのどれかが続く場合に出現します。
この場合は「専門店」と「て」が続くので歯茎鼻音に当てはまるということですね。
歯茎鼻音は上の歯茎に舌を当てて口内を閉塞し、鼻に呼吸を通して行われる発声です。


最後の「ん」(んよ)は口蓋垂鼻音(/ɴ/)で、
口の中の上の部分(口蓋)の喉に近い柔らかいところに舌を触れて発声します。
一般に日本語で最後に「ん」が発声される場合の発声方法はこれだと言われているそうです。
軟口蓋鼻音との違いは正直よくわかりません。


日本語は欧米諸国にとって世界一難しい言語とみなされていますが、
日本人ですらこの4つの「ん」の使い分けを知っている人は少ないのではないでしょうか。
ちなみにこれらはすべて鼻に呼吸を通す「鼻音」に分類されていますが、鼻音はこれだけではありません。
世界中の言語に目を向けると当然日本語では使われないような動作をする発声もあり、
日本語では使わないけど外国語では使うような発声方法は習得に高い壁があるし、
それは外国人から見た日本語についても同様です。
ちなみに口蓋垂鼻音を使う言語は世界的にも結構珍しいそうです。


あと、この4つの「ん」がまさにそうですが日本語は意味・発声が違っても表記は同じ、
ということが多々あり、これが外国人にとって高いハードルになっているらしいですね。
同じ漢字に音読み、訓読みなど複数(場合によっては十数種)の読み方があり、
前後の文脈から読み取らなくてはならないというのが非常にクレイジーだとよく言われます。
同じ言葉でもひらがな、カタカナ、漢字と表記方法が3種類あり、
それぞれで微妙にニュアンスが違うというのも外国人からしたら結構ハードル高そう。


自分はいちおう文系卒でこの界隈を専門に学んできた実績がありますが、
分相応の専門性を備えているとはとても言い難い面があります。
でも、やっぱりたまーに学び直したいと思うんですよね。特に今回話題にした音声学。
大学進学の際は不純な動機(?)で選んだ科目ですが、
なんだかんだで理系科目やその他の科目よりも文学部系統の方が好きだし向いている感じはします。
ただそれを学んで何になるの、と言われるとやっぱり弱い。
大学時代であれば「卒論のため」という強い動機があるのでその辺も問題なかったんですけどね。
そう考えると大学時代ってつくづく勿体無いことをしたなと。
学問に打ち込むこともせず、かといって趣味に全力になるわけでもなく、
ただただ生活リズム崩壊に悩まされていたという……。


#7163

不誠実な人の恋愛欲求

今日の出来事恋愛観

以前、人生でどうしても許容できない(嫉妬してしまう)2人を挙げ、
それらの共通点はなぜなのか、そしてなぜ自分は嫉妬してしまうのかを考察したことがありました
#05885 / 2020年01月30日)。
それの結論としては、挙げた2人は自分の思い込みが作り出した「仮想敵」にすぎず、
嫉妬の本質は自己ルールを否定できない自分自身に対する失望にあるのではないかということでした。
もう少し補足すれば、競争原理では自分は彼らよりも人として優っているという自負があったので、
それに負けてしまったという事実を受け入れられない……と言ったところでしょうか。


2023年現在の自分は、そもそも嫉妬のメカニズムの根幹である競争原理を否定する立場にあるので、
改めてその2人を思い浮かべても2020年当時のような嫉妬感情は生まれてきません。
ただ、その2人のやっていることが自分の価値観に反するのは事実です。
さすがにもう彼らや彼らを知る人がこの記事を直接読む機会は99.9%無いと思うので、
具体的にどういうところが価値観に反するのかを書いてしまいましょう。


1人目は、高校時代のいじめられっ子です。
彼は学業が絶望的だったことはもちろん、あらゆる面で人に劣っていました。もちろん容姿もです。
社会人生活も当然うまく行かず、職業訓練を経て製造系に勤めているという噂を聞いたのですが、
あるときに退職代行サービスを使って退職したと聞いたのでいまは無職かもしれません。
ただ、そんな彼にも彼女がいるそうです。それを聞いたときかなり耳を疑いました。
頭は悪い、仕事もできない、趣味も無い、誰が見てもブサイク、性格も悪い、けど彼女はいる。
そんなことってあり得るんだろうかと。
どうやら20代中盤にブランドものなどを買い漁ってファッションをいくらか改善し、
ガールズバーなどでのコミュニケーション経験を経て街コンに参加することでお相手をゲットしたようです。
その縁がまだ続いているのかどうかは知りません。続いていたら年齢的に結婚してそうです。
それを聞いたとき、もしかしたら何も持たない底辺だからこそ
逆転ホームランになりうる恋愛に十分本気を出せるのかもしれないと思ったものです。
都会でバリバリ働くサラリーマンほど相手に恵まれない一方で、
地方の不良たちほど非常に早い段階で結婚して子どもをたくさん作っているのはよく聞く話。
まあ、社会不適合者である彼に同居生活や子育てができるとは思えないですけどね……。


2人目も同じようなもので、人としてダメダメだけど恋愛だけは成功したと言うパターンです。
こちらは嫉妬関連を抜きにして非難に値することをした悪い人なので、
その文脈でまた後日改めて紹介したいと思います。


自分は以前、現代日本の自由恋愛は優生思想そのものだと批判しました。
つまり人として優れている方が恋愛市場では有利であるというのはれっきとした事実だろうと。
逆に言えば人として劣っていると恋愛市場からは弾かれるようになっている。
もちろんあらゆるケースがそれに当てはまるとは言いませんが、
そういう価値観は根強くあると思います。
昔はそれとは違う文脈で「お見合い文化」なるものが存在し、
適齢期になったらとにかく誰かと結婚して身を固めないとダメという風潮が強くありました。
だから容姿で勝てない人たちもお見合いで半ば強制的に結婚することになった。
しかし個人主義が強い昨今はそれもありません。良く言えば結婚しない自由が認められているわけです。
女子側も相手を選ぶ権利があるという文脈で考えると、
競争社会で劣っている男性が結婚する見込みは非常に少ないし、それは統計でも明らかです。
その方が生物としては自然なことなのかもしれません。


その優生思想的自由恋愛の文脈からすると、弱者男性は本来無条件に弾かれるような存在です。
もしそれでも恋愛市場に参加したかったら、
まずは社会的ステータスを上げる、プライベート面での活動を充実させる等々、
異性に認められるような資産を用意しなければなりません。
ある程度ステータスが上がったところで改めて相手を探しに行くのが人として適切かと。
彼らの場合は順序が逆なんですよね。
まともに就職もできないようなステータスなのにガワだけ盛って恋愛市場に突っ込むのは、
ある意味恋愛市場における詐欺行為です。騙された相手はさぞ無念でしょう。
仮にそれで表面的にはうまく行ったとしても、
結婚という取り返しのつかない段階に至ったらさまざまなことが破綻するのが目に見えています。


まあ、これらの批判も結局自分が恋愛に本気になれないことの自己正当化に過ぎないんですが。
そもそも恋愛市場には年齢制限があるわけで、順序がどうのと言っていられない事情もあるでしょう。
年齢的に手遅れになった自分が彼らを批判できる道理は無いのかもしれません。悔しいですが。


ただ自分個人としてはやはり順序をひっくり返してまでやろうとは思わないし、
そういう意味でやはり彼らとは相容れることはないと思います。
そして少子化時代と言われているのは、自分のような考え方の人が多い証左なのではないかと。
自分が順当に社会的ステータスを上げるために仕事や趣味に打ち込んで恋愛どころではない中、
そういう過程をすっ飛ばしてただ欲望に正直に走る彼の生き様を認めてしまったら、
いままでの自分の人生はなんだったんだということになりかねないので。


#7164

イチロー引退会見に思うこと

今日の出来事名言・格言

ひょんなことで2019年のイチロー引退会見の動画を改めて観ていたのですが、
次の言葉が自分の心にグッサリと刺さりました。



人より頑張ることはとてもできない。あくまでも、秤は自分のなかにある。
それで自分なりに秤を使いながら、自分の限界を見ながら、ちょっと超えていくということを繰り返していく。
そうすると、こんな自分になっているんだという状態になる。
自分の限界を知りながら、少しずつの積み重ねでしか今の自分を超えていけない。
一気に高みにいこうとすると、今の自分の状態とのギャップがありすぎて続けられない。
地道に進むしかない。進むだけでなく後退しながら、あるときは後退の時期しかないが、
自分がやると決めたことを信じてやっていく。でも、それが正解だとは限らない。
間違ったことを続けていることもある。遠回りすることでしか、本当の自分に出会えない。


(イチロー引退会見概要 - Yahoo!ニュース)



これは努力の人であるイチローの生き様を見事に体現した名言だと思います。
いくつかの大事なポイントに分かれていると思うので、分解して考察してみましょう。



人より頑張ることはとてもできない。あくまでも、秤は自分のなかにある。



まずこれは競争原理の否定です。
「他人より優れているから偉い」とか「他人より劣っているからダメ」みたいな価値観の否定。
それを「人と比較しちゃダメ」と安直に言うのではなく、
「人より頑張ることはとてもできない」と言うところに言葉の重みを感じます。
球界の最高峰まで登り詰めた天才がそう言い切ることには深い意味があると思います。
「誰々が頑張っているから、自分はもっと頑張らなければならない」
というような動機では人は長い間頑張り続けることはできない、ということなのでしょうか。



自分の限界を知りながら、少しずつの積み重ねでしか今の自分を超えていけない。
一気に高みにいこうとすると、今の自分の状態とのギャップがありすぎて続けられない。



これはいろいろな分野における自己研鑽に当てはまると思います。
自分の限界も知らないで理想だけ掲げてそれに向かって努力しても、
自分の無力さにうんざりして挫折してしまう。
まずは自分がどこまでできるのかを客観的に把握して、そのプラスアルファの地点を目標に据える。
それなら自分の限界を越えられるかもしれない。むしろ、それでしか自分の限界は越えられない。
これはかなり心当たりがあります。
自分は少し前までまず理想ありきで、そこからの引き算で努力の方向性を決めていました。
しかし、そういうやり方で成功した試しはほとんどありません。
自分の限界がどこにあるのか、という現実から目を逸らしていてはどうにもならないわけです。
その意味で理想を掲げるだけというのは現実逃避に等しいです。



自分がやると決めたことを信じてやっていく。でも、それが正解だとは限らない。
間違ったことを続けていることもある。遠回りすることでしか、本当の自分に出会えない。



これは非常に難しい問題で、いまの自分はまだ適切な答えを持っていません。
現時点の理解では、ある時点で知りうる中から選んだ選択肢を信念として掲げても、
後々になってそれが間違っていると分かることも往々にしてあるわけで、
要するに選んだことに固執しない、失敗を恐れないといった
チャレンジ精神の重要性を説いているのではないかと思っています。


この2019年のイチローの引退会見は小中学校の教材にしてもいいんじゃないかと思うほどです。
いやそれどころかもしこの世界が今後100年、200年と続くなら、
古今東西の偉人たちの名言に並んでイチローが語られる日が来るような気さえします。
本当にこの方は日本の球界にとっての宝ですね。


#7166

ピュアオーディオの必要性再考

知り合いの影響でピュアオーディオ分野への興味が微妙に再発しつつある今日この頃。
ここでいうピュアオーディオとはハイレゾ音源や高級ヘッドホン、アンプ、DAPなどといった
音質を突き詰める機器に関連した分野のことを指して便宜上そう呼んでいます。
この手の分野に前回興味を抱いたのは2014年末〜2015年初頭ごろ。
当時は「これからはハイレゾの時代!」とやたら宣伝が活発だったことをよく覚えています。
そしてそれに押される形で、前年の業績手当をほぼ全部使って
ソニーの「MDR-1A-DAC」というDAC内蔵ヘッドホンと
FOSTEXの「HP-A4」というヘッドホンアンプを買いました。
ヘッドホンはそれまで使っていたオーディオテクニカの「ATH-PRO700MK2ANV」の後継として、
アンプは今後ハイレゾ音源を買うにあたり、
ハイレゾを出力できる機器が存在しなかったのでそれを担ってもらうために買いました。
まあ、オーディオに詳しい方はこの時点で
「DAC内蔵ヘッドホンとアンプを同時に買っても意味ないんじゃ?」と思われるかもしれませんが、
当時の自分の情報収集能力というのはその程度でした。


実家時代はいろんな意味でヘッドホンは生活必需品だったので、1A-DACはかなり使い倒しました。
結果として3年くらいでヒンジが壊れてしまったため、上京以後は使っていません。
まあ修理に出せばまた使えるようになりますが、
一人暮らしではある程度までの音量ならスピーカーから音を出しても誰にも迷惑がかからないので、
結局スピーカー垂れ流しでいいか、となってしまうんですよね。


ただ、そんなプライバシーが保障された生活が長くなってくるにつれ、
さすがにそろそろヘッドホンが恋しくなってきました。
ヘッドホンはスピーカー垂れ流しとは違い爆音も出力できて圧倒的な没入感に浸れる良さがあり、
要するに音楽というコンテンツを真剣に楽しむためにはなんだかんだで必須となってきます。
思えば上京以後、音楽関連が静かに衰退し続けているのは
ヘッドホンによる音楽体験が激減したからなのかもしれない……とふと思いました。
それなら2015年以来8年ぶりにピュアオーディオに手を出してみるのも悪くないかもしれないなと。


とはいえピュアオーディオを楽しむにはいくつも参入障壁があります。
ヘッドホンが本当にピンキリなのでどの程度のランクが妥当なのか見極めるのが難しいし、
アンプをどうするか、というところまで考え出すと相当知識を仕入れないと適切な判断はできません。
そして何よりハイレゾ音源がそもそも存在しないというところに行き着きます。
2015年にピュアオーディオにハマった際も、結局その後定着しなかった要因はこれです。
そもそも好きなアーティストがハイレゾで音楽をリリースしていないという。


世の中のほとんどの音楽は2chステレオ、16bit、44.1kHzという条件でレコーディングされており、
これを理論上ほとんど劣化しない状態で非可逆圧縮した256〜320kbpsのAAC音源が、
実際にiTunes Storeなどの配信サイトでダウンロードできることが多いです。
これを聴くなら、正直ハイレゾ対応である必要性はまったくありません。
ハイレゾである必要性が無いならアンプもそこまでこだわる必要がない、という話になってしまい、
結局ピュアオーディオにお金をつぎ込む意義が失われてしまうんですよね。


ただ、2023年に改めて調べてみるとまた違った意義もありそうに思えてきました。
というのも、2015年時点の自分が認識していたハイレゾオーディオというのは、
要するに可聴域が広ければ広いほど高音質というものでした。
ただ、それだとそもそもヒトの耳の可聴域が20kHz程度に過ぎないことを考えると、
聴こえない音を追求したところで無意味であり、それはあまり合理的とは言えません。
一方、ヘッドホンにはインピーダンスという値があり、
理論上はこれが高いほど電気抵抗が高まりノイズが減ってクリアな音になる言われています。
ただし電気抵抗が高いほどより大きな電力が必要になるため、
汎用のPCやスマホからの出力では足りなくなってしまいます。
そこで、高インピーダンスに耐えるために電力を増幅して信号を送るのがアンプの役割。
「高インピーダンスのヘッドホン+アンプ」という組み合わせであれば、
突き詰めていく価値はあるのではないかと思っています。
大音量で聴くにも高電圧は必要になるので、そこでもアンプを使う意義を見出せます。


しかも、手元にはHP-A4という定価50,000円のそこそこ高級なアンプがすでにある。
あとは高インピーダンスなヘッドホンを買えばすぐに体験できそうです。
これなら音源の音質はそこまでこだわる必要も無い。
ピュアオーディオ復帰最初の買い物としてはある程度合理的なのかなと思っています。


ただ、その肝心のヘッドホンを何にするか考え出すとまたキリが無いんですけどね……。
まあ、遅くても冬のボーナスまでに決められればいいやと思っているのでじっくり考えます。
さすがに8年前より情報収集能力はマシになっているはずだし。たぶん。


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