ブログに注力する
このまま行くと、2024〜2025年(あるいは来年も)は後年から見て趣味の過渡期と評価されるようになると思います。
あるいは、バトンを渡すことに失敗した場合は「虚無時代の始まり」という烙印を押されるかもしれません。
いずれにしろ、趣味活動は重要な転換点に差し掛かっていると思うので、改めて整理していきたいと思います。
まず、趣味活動を継続させるためのモチベーションについては、
そもそも社会的承認を求める活動は「仕事」と同義であり、つまり仕事における賞罰と同じものが必要になる。
「本心」(=内発的動機づけ)だけを頼りにするのは間違っているという結論に至っています(#07840 / 2025年06月03日)。
そもそも自分が「無償でもやりたい」と思うまで待つというのは非合理で怠惰の正当化に過ぎないと。
なので、趣味活動もインセンティブがあるからやるのだという仕組みに乗せて粛々とやるべきだと改めて思いました。
そして、現状の趣味(特にweb制作)はその意味でのインセンティブがありません。
1円未満のニッチな活動をするにしても、その代替と考えられる承認欲求さえも満たされない。
自分は22年もの間web屋さんを自称してきましたが、これはもう明確に限界を迎えてしまったと思います。
少なくとも、明確に誰かから求められているわけでもない以上は不毛だと言わざるを得ない。
先日、新本家サイト復興の話が再浮上しましたがこうして考えると論外でしょう。
もちろん、そこに需要がある可能性はあるし、やろうと思えばできるのも事実。
web制作というプラットフォームの構造が自分の性格の深いところとマッチしていて、関心を持ちやすいのも事実。
ただ実際問題として完成してもそれだけで何も起こらない公算の方がはるかに高いという現実があります。
それはSEO問題しかり、プロモーションの難しさしかり、web制作特有の問題であると言わざるを得ません。
そこまでを包括的にビジネスと割り切ってできるかと言われると、正直怪しいです。
よって、これを持続的に個人活動としてやっていくのは無理があるというのが現時点の結論です。
自分が作りたいサイトを求めている人と直接出会わないかぎりは新規サイトの制作はもう難しいでしょう。
いままでもこの不毛さに薄々気づきながらも「100%自己満足だから構わない」と目を背けていた時期がありましたが、
その自己満足という行動エンジンがそもそも信用できない以上はもう無理だと思います。
「〇〇に興味が湧いたから〇〇に関連したサイトを作る」という構想はネット活動黎明期からたびたび浮上しましたが、
それで成功したのは2006年のピク3同盟が最後と考えるとあまりにも時代錯誤で、
今後は妄言として切り捨てることになると思います。
ではどうするのか。
2025年時点でweb制作の代替として挙がっているのが、ブログをメインポータルとした文筆活動および一次創作です。
ブログは19年かけてインセンティブ無しでも継続できる下地が完成しましたが、
今後は少しずつ「インセンティブがもらえない前提で活動しつつインセンティブをもらう余地を作る」方向にシフトする、
というのが現時点で有望な施策です。
具体的には年初にもチラッと書いたとおり「独り言」の出張記事を書くとか、
現在制作中の創作が完成したらその世界観をイラストに起こしてPixivに投稿するとか、
要するにブログのコンテンツをさらに磨き上げ、より人目につきやすい場所に投稿するというものです。
軌道に乗ってきたら投げ銭ボタンを設置したりパトロンサイトのアカウントを取得するなどすれば
これが名実ともに「仕事」になり、新しいネット活動として盤石になっていくでしょう。
このロードマップは、インセンティブが無くても継続できる時点ですでにweb制作よりも有望に思える。
となれば自分は今後の人生、よりブログに注力すべきなのではないかということです。
そうなると2023年まで活動の主軸だったピクチャレ大会が完全に動線から逸れてしまうわけですが、
そもそもこれはサービスとして完成しているので
改修・アプデはコミュニティからはもうそこまで求められていないという認識です。
アプデしないからコミュニティの期待を損なっている、みたいな考え方はもう辞めました。
そもそもピクチャレ大会改修こそが割に合わない活動の代表格みたいなものなので、
活動をちゃんと持続可能にするためにはまずこれに依存することを辞めないといけないわけです。
もちろん、それはただちにピクミンコミュニティを離脱するというわけではありません。
ピクミンを継続したいならせめてプレイヤーとして再出発するのが妥当だと思っています。
もちろんゲーマーさえも卒業しかけている自分にその選択肢は本来あり得ないわけですが、
もうそれ以外にこの道で生き残る術はないということです。