Chrononglyph

#8224

生活水準の固定観念

今日の出来事金銭の問題

自分は従来、生活水準は軽率に上げない方が良いというスタンスでやってきました。
これ自体はまあ大枠では間違っていないと思います。
贅沢にお金を使うことを前提とする生活が当たり前になると元に戻すのが難しくなるというのもありますが、
そもそも本音ベースで有意義なお金の使い方をするのは、意外と簡単ではありません。
何も考慮せずにただ使う金額を増やすだけというのは、お金をドブに捨てているのと大差ないわけです。
自分は2021年までかなり浪費癖があり、なんとなく好きなサービスだからというだけの理由でサブスクに加入したり、
なんとなく装丁がカッコいいからというだけの理由で高価な書籍を買ったりしていました。
そして2022年に先物取引で大損したことでお金に対する価値観がひっくり返り、一転して節約志向に。
なんとなくという理由で買い物することは皆無になり、贅沢品は遠ざかりました。
基本的には2026年現在もその路線は堅持していて、
最低限使わざるを得ないお金とプラスアルファの支出は明確に分けて考慮する癖がついています。
そして先物取引に手を出したことはともかく、節約志向自体は特に悪くないことだと考えて疑ってきませんでした。


これは異論あるかもしれませんが、節約志向は平成の日本で強く浸透した時代的な価値観でもあると思っています。
いわゆる「失われた30年」の中で経済的な成長が見通せない世の中で育ってきた自分にとっては、
製品はより安い方が良く、無駄金は使わないことが美徳だということは当たり前だと思ってきました。
インターネットにも経済活動が持ち込まれると、そこではコンテンツを享受する人から直接お金を徴収しないやり方、
たとえば広告収入モデルやスポンサー・コラボによる収入モデル、
重課金者がサービスを支える基本無料モデルなどといった無料で当然のコンテンツ展開が当たり前になり、
必ずしもお金を出さなければコンテンツを楽しめないという世の中ではもはやなくなりました。
こういうコンテンツの供給方法は、もはや経済成長が見通せない世の中に投じる戦略としては間違っていないと思います。


しかし、節約志向を徹底し、基本無料コンテンツで満足することは果たして個人の人生にとって有意義でしょうか。
世の中の文化全体からすると、無料で最後まで体験できるコンテンツはごく一部でしかありません。
「ドブに捨ててもいいお金を持っている」という視点で改めて世の中を見渡せば、
自分がまだ知らないワクワクが世の中にはかなりたくさんあるんじゃないかと最近改めて思います。
徹底的に合理化されルーチン化された生活に甘んじていると、確かに有意義でない出費は抑えられる。
しかしその実、マンネリに対する静かな不満を押し殺して耐えている自分がいるわけです。
それに耐えることは美徳でもなんでもなく、単に人生の無駄遣いなのではないかと。
そして「合理化されたルーチンライフ」から抜け出すのにもっとも手軽な武器が余剰金なのではないかと。


コスパ良く立ち回れることが偉い、というような価値観を全面否定するつもりはありませんが、
コスパが良い消費活動ができると良いということは、
必ずしもコスパの悪い消費活動をしてはならないということを意味しません。
もちろん、積極的に浪費しようと言いたいわけではありませんが、
財布の紐を固くしすぎると、お金より大切な時間を実は浪費していることになるのではないか……
ということを中年時代を前にして今更のように思い、心底後悔しています。



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