自由か束縛か
正月に白山神社で恋愛成就を誓った自分ですが、早くもその意志は揺らいでいます。
この年齢であれば、恋愛の先に結婚があることは意識せざるを得ないわけですが、
果たして自分にとって結婚はメリットがあるのだろうか、
むしろデメリットの方が大きいのではないかという疑念が拭えません。
俗に「結婚は人生の墓場」と言われるように、
特に男性サイドから見て結婚はデメリットの方が多いとする主張は多く見られます。
この言葉は本来「結婚したら人生終わり」みたいなネガティブなニュアンスは無いそうですが、
日本ではもっぱら男性視点のネガティブな結婚観として使われているように思います。
これは、専業主婦が当たり前だった時代の価値観と、
共働きが当たり前の現代の価値観が相互に混ざりあった価値観から、
男性に不利な部分を恣意的に取り出して主張する際の象徴的な言葉なのではないかと考えています。
例えば「家計の管理は旦那の娯楽費を含めて嫁が管理する」という昔の文化。
これを共働きでも適用するようではお先真っ暗というのはわかります。
必死に家族のために働いているのに、自分が自由に使えるお金は月数万円に過ぎなかったり、
あまつさえその範囲内の使い途にケチをつけられたらたまったものではありません。
そうなるとQOLが一気に落ちるので、「墓場」と言われるだけのことはあると思います。
ただ、一方でまだまだ男性優位なこの社会で、
結婚したのに給料から生活費や養育費を出さないというのは不条理です。
この辺はそもそも嫁との綿密な話し合いによって決められるべきで、
安易にお小遣い制に同意してしまうような関係性ならそもそも結婚すべきではないのかなと。
ただ、そうすると今度は家事が問題になるわけです。
旦那が家の生活費を全部支えているわけではないのなら、
当然の成り行きとして家事も分担制にして嫁に全負担が行かないようにするのが筋です。
洗濯物はこう、食事はこう、掃除はこう、とそれぞれでルールを決めて守らなければならない。
でも、それだと男性サイドから見て結婚前と比べて生活が変わるわけではない、
むしろ他人との合意で家事の仕方を決めて従わなければならない分窮屈さがあります。
逆に窮屈さが感じられないほどお互いに干渉しないなら、それはもはや結婚する意味が無い。
ズボラであればあるほど、共働きの結婚生活にはハードルを感じると思います。
「結婚は人生の墓場」と言うほど直ちに結婚がひどいものとは思わないし、
その辺は結婚前にどこまで踏み込んだり踏み込まなかったりするのかにも依ると思いますが、
ただ一方で「ぶっちゃけ独身の方が楽」という事実に気づいちゃったりもするんですよね……。
独身なら誰にも経済的支援をする必要もないし、家事も食事も自分の好きなようにできる。
誰からも文句を言われることはない。
そういった自由を捨ててまで結婚するメリットってなんだろう……。
それでもなお、高齢独身で後悔している人たちは「とにかく結婚はしておけ」と言います。
若いうちは独身に耐えられても、いつかそうでなくなる日が来るから、と。
でも寂しさを埋め合わす方法なら結婚以外にもあるしなぁ。
まあ、高齢独身になるとマンションの契約ができない恐れがあるなど、
社会的信用がかなり落ちるのは避けられませんが、
そのデメリットを埋め合わせるだけために結婚するのは理にかなっていない気がします。
結局のところ、この世における結婚って好きな人がいたらするべきだし、
いなかったらそれを無理に取り繕ってするほどのものではないのでは……?
と現時点では思ってしまうのですが、これからこの考えは覆ることがあるのでしょうか。