会話のニーズ
いま改めて思えば2022年までの自分はコミュ障だったなと思います。
そしてそれはいくつかのイベントを経て確かに改善してきたと思う。
ここで言う「コミュ障」とは声が出てこない、語彙が少なすぎる、呂律が回らないといった身体的なものではなく、
いわゆる「言わなくていいことを言ってしまう」という類の状況を指します。
言い換えれば、空気が読めないタイプ。
世の中的には先天的に空気が読めない=発達障害とする向きもありますが、
自分はそっちの手合いは完全に専門外なのでとりあえず考慮せず、ここでは定型発達のケースについて話します。
その前提で言うと空気が読める・読めないは知識の差であり、克服はコミュ障が思うほど難しくないと考えています。
「言わなくていいことを言ってしまう」原因にはさまざまあり、
たいてい、慢性的な承認不足によって自己主張をしたい欲求が強い、話されている話題に興味が無く流れを変えたい、
自分の話すことはみんなが興味を持つべきだという高慢さがある、
などといった主にプライド周りの自己都合由来の欲求が含まれています。
ただ、そういう欲求はいわゆるコミュ障でない人も多かれ少なかれ抱えているでしょう。
かといって、これらの欲求を我慢できないこと=コミュ障と結びつけるのはちょっと強引のように思う。
まず、コミュニケーションというのはある程度対等であるという前提が守られているかぎり、
それは共同作業なんですよね。
そして共同作業において何が大事なのかというと、発言に対して相手のニーズがあるかどうかです。
いわゆるコミュ障はこのチェックをしようとせず、「自分が話したいかどうか」で会話内容を選んでいる節があります。
もちろんたまたまニーズがあるケースもあるでしょうし、一概にすべての発言がダメなわけではありませんが、
一方でこの意味でのコミュ障でない人というのはニーズをチェックしてから(場の空気を読んでから)発言しているので、
そういう手間を放棄して話したいことだけ話す人は当然鼻につくわけです。
「場の空気が求めていないことはなるべく話さない」というのは要するに会話における暗黙のマナーであり、
いわゆるコミュ障はそれに対する理解が浅いか、あるいは知らないのではないかと思うわけです。
そして知らないのが悪いのなら、それを理解すればいいだけなのではないかと。
コミュ障とそうでない人の違いというのは、たかだかそれくらいの違いなのではないかと。
「コミュニケーションの経験が足りないから仕方ない」などと言う人もいますが、自分はそうは思いません。
もちろん「ニーズが無い事柄は絶対話しちゃダメ」などと言うつもりはなく、この辺は空気感次第です。
信頼関係や相手の引き出しの広さによってもどこまで許容されるかがかなり変わってきます。
たとえば相互理解が進んでいない関係でこれを厳密に適用すると、会話は止まってしまいます。
なのでそういうケースでは多少ニーズの有無を越えた範囲の話題を出してみてテストする必要もあるでしょう。
これは相互理解をさらに進める場合にもよく使う手です。
ただ、少なくともその場にいる人が求めていない自分語りがコミュニケーションにおいて悪手なのは確かだし、
思い返せば話していて悪印象を抱く相手というのはそういう人が多かったなと思います。
そして、まず間違いなくそのうちの一人に2022年の自分も含まれていると思います。
この手のコミュ障でやっかいなのは、本人に自覚が無いことです。
なんなら、そういう人にとってはこの手のマナーは守らない方が合理的ですらあることもあります。
これはコミュ障かつ承認欲求不足でプライドが高い人に限定されるかもしれませんが、
「相手のニーズをチェックしてから話す」というマナーを遵守しようとすると、話したいことの多くは話せなくなります。
そうすると承認欲求不満をはじめとする社会的欲求は満たせず、不満やストレスを抱えることになってしまいます。
そうした当人だけの都合を考えればむしろそのマナーは「見て見ぬ振り」をする方が合理的のように思う。
もちろん、そういう振る舞いを許容できない相手からは静かに評判を落とし続けることになるわけですが、
まぁ永遠に続くような人間関係でもないなら多少信任を落とすことはさほど痛手でもありません。
代替できない相手にそういう態度で臨むのは不合理だと思いますが。
この辺はその人が相手やコミュニティをどう思っているかという価値観にもつながってくるかもしれません。
2022年以前の自分は結局この種のマナーに対して無責任な振る舞いをしていたことは否めず、
結果的に10年以上続いていた縁が立ち消えるというイベントが立て続けに起きました。
これは今後も長らく擦り続けるイベントになると思いますが、
原因はこうしたちょっとしたマナーに対する意識の違いだったんじゃないだろうかと改めて思うわけです。
もちろん、2022年以前の自分が相手のニーズをまったく考慮しない物言いをしていたわけではないのですが、
一方で承認欲求不満が強かったのも事実で、それが一時的に高まったときに自制できなかったケースはあると思います。
そういうとき、当時周囲にいた人たちはひそかに失望していたんだろうなぁと。
そして紆余曲折を経て「誰かと会話をする自分」を真面目に客観視するようになり、
その自分によりよい振る舞いをさせるために何が必要なのかを考えたとき、
自然とこのニーズについての発想に行きつきました。
もしかしたらこの考え方もまだ不完全で、他人に良く思われたいという思惑が強すぎる嫌いがあるかもしれません。
そういう意味では「自分と他者どちらを尊重するか」というバランス感覚的な意味での改善の余地はありそうではある。
が、コミュニケーションは基本的にトラブルを起こしてはいけないという前提があり、
それを未然に防ぐための処世術としては
「相手が求めていないことは話さない」というマナーは少なくとも有用だと思います。