承認枯渇による行き詰まり
東京一人暮らしという環境下で優良なパートナーがいない自分は、
いわば「条件付き承認」によってのみ社会に存在意義を認められる状況で生き続けています。
条件付き、つまりなんらかの実績を出さないと社会から見向きもされないというシステムは、
あるときには努力するための種火になることもあり、あるときは人生に行き詰まり感を与える壁になります。
そのどちらになるかについては、自分がその「条件付き承認」にどこまで希望を抱けるかどうかに依ると思われ、
「この程度じゃ誰も認めてくれないだろう」と思えば活動が長期停滞してしまうことも珍しくありません。
いま、諸々の誘惑に負けて2週間という時間をドブに捨てた結果、
他の活動をすべて止めて日課としてのブログを復旧する作業に取り組んでいます。
ブログは基本的に「条件付き承認」の枠組みの外にある活動であり、
基本的に自分はこの活動で他者承認を得られるとはもはや思っていません。
一方で、2週間の停滞によって社会的承認を渇望する気持ちは膨れ上がってきて、
メンタルバランスはかなり危ういところに来ていると思います。これを年単位で放置したら心は壊れるでしょう。
社会的承認が枯渇してくると、自分より実力で劣る相手を殊更に侮りたくなったり、
または自分の些細な言動を否定されると必要以上に傷ついたりします。
活動が停滞している後ろめたさから、自分は不当にこの地位にとどまっているという気持ちがあり、
地位の低い相手の活動を否定することで自分を少しでも正当化しようとしているのかもしれません。
ちゃんとした成果が出ていなくても活動に対して誠実に対応していればそうは思わないはず。
年始にしてぶつかったこの2週間以上の長期停滞をもし抜け出したら、
少しずつでもいいから各方面の活動を継続するということを心がけたいと思っています。
ブログを抱えていたり取引で含み損を抱えていると活動が停滞してしまうのは人の性と諦めていますが、
そうでないときにも活動が停滞するようなことは絶対に避けたい。
えてして停滞が長期化すると復帰にもそれなりに高い心理的ハードルができるので、
これ以上の長期化は是が非でも避けたいところです。
にしても、今年で22年になるのにいまだにこんな問題が出てくるようでは先行きは不安ですね。
自分はもう一生この問題を抱えて生きていくことになるのだろうか。
いまはまだなんとかなっていますが、40代や50代になったときに果たして乗り越えられるのか甚だ疑問です。