場所に愛着を見出す
ゲームをしているといろいろなものに愛着やこだわりを見出すことがあります。
それは多くの場合、モノ(アイテム)やキャラクター(生物)ですが、
自分はステージ(場所)も同等に対象になりうるものだと思っています。ゲーム内の特別な場所に対する愛着。
それは言うなれば、子どもが押し入れなどに秘密基地を作ったときに見出すようなものでしょうか。
あるいはかつて何度も行き来した場所に対する郷愁?
前者は以前考察した小さなモノへの愛着にも似ているような気がするし(#07171 / 2023年08月05日)、
後者は例えばポケモンで言う廃人ロード、モンハンでいう拠点が該当するでしょうか。
この視点でゲーム遍歴をざっと遡ると、おそらく最古は『ポケットモンスター 赤・緑』のサファリゾーンです。
戦闘を介さずレアポケモンを入手できるという特殊ルールや、
一定の歩数を歩くと強制退場になってしまうため長居できない特別感に惹かれました。
3D空間で言うと1800京個の惑星を探索できる『No Man's Sky』で
「うがわごい・ロトジェエスルス」という惑星が妙に気に入り、10時間以上滞在していた思い出が。
当時このゲームは機能性があるわけでもない虚無空間がほとんどだったので、
それに愛着を見出した当時の自分はなかなかだと思います。
たぶん、そのときの感覚はもう死ぬまで発現しないだろうなぁ。
『原神』のようなオープンワールドゲームはこういうものを見出すのに格好のジャンルだと思うのですが、
いまのところまだそれに相当する場所を見つけられてはいません。
これは幼少期ならではの感覚で、いまさら新しい愛着を見出すのは難しいのかも。
3Dか否かではこの辺の感覚や価値は大きく変わってくると思うので、
『スーパーマリオ64』以降のゲームを幼少期に多く遊んできたかどうかで意見が分かれそうな気がします。
自分は先述の通り幼少期のゲームといえばゲームボーイが主で、
3Dアクションゲームも『ドンキーコング64』を完全クリアまで遊んだりしていましたが、
3D空間に秘密基地みたいな愛着を見出すのは現状かなりのレアケースです。
ただ、他と比べてここが好き、みたいな感覚は微細だけれど確かにある。
キャラやアイテムは所有欲にも繋がってくるので
ゲーム制作側もそれを売りにガチャなどのシステムを利用して広告塔として活用していますが、
いまのところ「場所」を特定のユーザーに提供するという文化はなかなか無いように思います。
いわゆるメタバースがそれを提供するプラットフォームとしての可能性を秘めているわけですが、
『The Sandbox』に触れたかぎりでは現状まだまだ発展途上以前の段階で、
表に出てくるのは数年〜十数年先になりそう。