Chrononglyph

ブログ運営

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#7916

ブログを見捨てる覚悟

今日の出来事ブログ運営

これは定期的に戒めていかなければならないので何度も何度も書いている話題だと思いますが、
自分が「何も成果を上げられていない」と感じているときは実はブログは順調だったりするんですよね。
どういうことかというと、作業リソースがブログに食われ過ぎていて余力が無いだけなのではないかと。
ブログを放棄すれば、ブログ以外のタスクは自然と進むのではないかという話です。
これは単なる推測ではなく、たとえば特設サイト移転というプロジェクトを成し遂げた2023年は、
ブログ面では逆に開設以来最大の存続危機にさらされていました。
逆に2024年以降、特設サイト等の更新が停滞しているのはブログに注力しているからという見方もできます。
要するに、自分は「ブログと何か」の両立ができないんですよね。これはもう本当に昔からある課題です。
ブログは何もノーコストで運営しているわけではなく、
「ブログを運営していなかったらできていたであろうこと」をかなり切り捨ててここまで来ているという現実がある。


逆に言えば、サブ活動が停滞しているからといって「何もしていない」わけではないということになりますが、
ブログはあくまでも社会的活動ではないという事情があるということもあり、
サブ活動が長期で停滞していると「ネット社会で何もしていない」という焦りからそっちに注力したくなります。
しかし、ブログは原則1日1本の制約があるので活動の都合があるからといってブログを放棄するわけにいかない。
結局このせいで他活動のタイミングを逃してしまうということは、これまでも少なからずありました。
ブログがネックになってはいけない。
それは重々承知しているものの、かといって今更やめるわけにはいかない……。
自分がネット活動で十分な成果を上げられていない背景には、ブログの存在が「重すぎる」のもあるのかもしれません。
もしブログを運営していなかったら昔の自分は何をやっていたんだろうか、
というのはたまに考えることです。


この問題は、実はこれでも近年はずっと改善の一途を辿っています。
2022年まではブログ単独でさえ運営がままならないようなこともありました。
20年以上やっておいてこう言うのもなんですが、1日1本相当というのは自分には少々荷が重いわけです。
時期によっては仕事とブログ以外全部を投げ捨ててもなおブログの維持に精一杯というようなことも少なくなく、
安定して1日1本、一定のコンプラを守った上で書き上げられるようになったのは本当に近年からです。
ただ、状況的にはこれで満足しているような場合ではないわけです。
他に注力するために「ブログのことをいったん忘れる」というメリハリをつけられるようにするためには、
やはり10年言い続けて実現できていないストック記事の作成を本格的に検討するべきなのかなと。
後日投稿問題も解決していなかった2015年当時にこれを言っても何の現実味もありませんでしたが、
とりあえず借金が増えなくなった近年なら改めて検討の余地があるかもしれない。
4代目から「1日1本」ではなく「7日7本」のスタイルに変わっているので、
これを「7日8本」、つまり日曜日に2本書くというのはアリかもしれない。
これなら現実的に書けそうだし、毎週1本ずつ余力が生まれることになる。
まぁ、実際には余力がある=慢心を正当化できることになり、8本書いた翌週は6本で済ませてしまいやすいです。
コンスタントに毎週1本の余剰を書くのは結構難しいという印象。


とにかく昨今の生活にはメリハリが必要だというのは実感としてありますね。
日々最低限やるべきことをやるだけの生活を続けていても、
最低限のタスクさえ消化したらあとは可能なかぎり怠けてしまうだけで何も進展しない。
昔の自分はブログの維持に精一杯だったということをさきほど書きましたが、
実はブログを完全に放棄して他作業やゲームに没頭していた日も決して少なくありません。
そして、他作業やゲームのピークが過ぎてからブログを一気にまとめて書いていました。
ブログというものの価値がいまよりもさらに低かったので、さほど真剣に向き合ってこなかったのでしょう。
いまは状況的・心理的にブログを見捨てられないので昔と同じような立ち回りはできなくなりましたが、
しかしだからこそダラダラと日々を過ごしてしまっているのかなという感じもします。


#7732

ストレス対策としてのブログ

今日の出来事ブログ運営

例のストレスマーカーがかなりの赤信号を発信していることを検知したため、
ここ数日は温泉に行く、食べたいだけ食べるなど、ストレスを低減することを心がけました。
ちなみにここでいうストレスマーカーとは、
自分と接点があるわけでもないがまったく無いとも言い切れない微妙な関係の人の、SNSにおける日常の発信です。
こういう距離感の人の当たり障りのない発信に対して理不尽な苛立ちを感じることがあったら、
それはかなりの欲求不満に陥っていると判断しています。


この手のストレスを感じるときというのは生活がワンパターンになりすぎていたり、
SNS(というかTwitter)を読みすぎていることが多いような気がします。
前者の対策としては要するに普段やらないようなことをやればいいわけですが、
後者に関してはSNSの代替となるものをしっかり用意しないとなかなか効果を実感できません。
とはいえ、半ばSNS中毒に陥っているような状態では代替を探すのものそう簡単ではない。
少なくともそれはスマホから簡単に摂取できる情報である必要があります。
なぜならSNSがスマホから簡単に摂取できるから。それよりも物理的に遠いものは代替としては役不足です。


今回、この代替としてブログのアーカイブがかなり有効的に機能しました。
現時点で自分がモヤっていることをピンポイントに言語化している過去記事を運よく見つけることができ、
過去の自分がいま言いたいことを余すことなく代弁してくれていたことで非常にスッキリしたというわけです。
これこそが日常系ブログの良いところなんでしょうね。自分専用の処方箋としての機能を有している。
だからこそ今後も考えていることの言語化については遠慮容赦なくやっていこうと思った次第ですが、
それ以上に「いま考えていること」に関連したアーカイブを引っ張ってくる技術については、
ブログのwebサイトとしての機能以上に重要な要素なのではないかと改めて思った次第です。
通常、そんな技術は独力で開発しようがないほど途方もないものですが、
いまの時代なら全アーカイブをLLMに食わせて、プロンプトに一番近い記事を提案してもらうだけで実現できます。
まぁ、とはいえそれもそうそう簡単な道のりではないのでしょうが。
タグ整理や過去記事の整理など、実現のために必要な人力作業は山のようにあります。


基本的にはメンタルが下向いたときは過去記事を漁るモチベーションはかなりあるので、
その際にどの記事がどんな話題かをインデックスで把握できるかどうかだけでかなり変わってくると思います。
スマホ版Obsidianで記事一覧にタグを表示するプラグインを導入するだけで効果はありそうだし、
もしそれができなければ、それこそがwebサイト版のフロントエンドを作る意義としてカウントできそう。
いずれにしろ、今回は過去の自分にかなり助けられました。


#7604

記事番号のボトルネック

今日の出来事ブログ運営

近年あんまり言及していなかったような気がするこのブログのカテゴリとしての「独り言」の存在意義について。
「独り言」は、だ・である調で書くいわゆる随筆で、
通常の記事テーマよりも比較的「重い」テーマ、つまり深刻な悩みやネガティブな出来事、
人生における方針や反省、自分哲学、アイデンティティー、社会との軋轢や正義などについて考えてきました。
記事番号を数え始めた2代目ブログの黎明期からあり、記念すべき最初のテーマは片想いでした(#00014 / 2004年09月14日)。
最初期の一部記事はもともと「長編」というカテゴリで「〜の思い出」というタイトルになる法則があります。
実はこれは黎明期の(サイトタイトルとは別の)ブログタイトルとも関わりがあるのですが、
それ自体が3代目移転にともない形骸化してしまったためいまとなってはあまり語ることもありません。
また、黎明期から「独り言」だった記事は「〜の話」というタイトルが付くことが多いですが、
こちらは当時好きだった『キノの旅』というライトノベルのタイトル規則を意識しています。


「独り言」というカテゴリ自体は、本来は考えて考えて悩みつくすという営みを追求しないと生み出せません。
そのハードルの高さが本当に妥当なのかはちょっと怪しいところがありますが、
慣例的には一般記事であるところの「今日の出来事」よりも相対的に重いテーマを真面目に書く、
というコンセプトに従い、おおむね一般記事の4〜10倍くらいの時間をかけて書いてきたように思います。
もちろん記事によってピンキリで、一般記事とほぼ同じノリで書いてしまったような記事もあるでしょうし、
逆に1ヶ月くらい悩んで生み落としたような記事もあります。
皮肉なことに、たいてい後者は後年の自分が読んだときにとっ散らかりすぎていて理解することができません。
あまりにも考えすぎると収拾が付かなくなってしまうのでしょう。
そして最近は書こうと思っても書き切る前に収拾が付かなくなってしまい結局生み出せない、
というような事態が圧倒的に増えています。


深く考える機会は大切で、できればほどほどに今後も生み出したいという気持ちはあります。
ではどのくらいの頻度が妥当なのか。これは基本的にそのときどきに考えていることにも依りますが、
いまは事実上「100本に1本書く」というルールになっています。
これは100の倍数に当たる記事番号の記事はちょっと特別にするキリ番記事というルールが黎明期からあり、
特別という意味で一般記事に当たるカテゴリはもう「その他」と「独り言」しか無いからです。
まあ年に3〜4本程度ならむしろ書けないとダメだろう、となんとか維持してきたのですが……。
一方で通常記事すら危うい近年はあきらかにブログ維持のボトルネックになっている現実があります。
その影響で最近は思考の残りカスの寄せ集めみたいな記事しか書けていません。
よくよく考えれば、こんな本末転倒な慣習を維持していること自体おかしなことです。


キリ番記事はその目的から「『独り言』を書かなくてはならない」というルールではないため、
代替となるプチ特集的な記事を書ければ必ずしも「独り言」を書く必要はありません。
これまでは、プチ特集よりも「独り言」の方がまだ書きやすいと盲目的に考えていましたが、
改めて考えてみるともはやそうではない可能性も大いにありそうです。
7700番は95日後に迎えますが、ここから先はプチ特集で代替することも視野に検討してみるつもり。
もし実現したら「独り言」を書く機会は激減してしまうと思います。
それ自体はあんまり望ましくありませんが不本意に絞りカスのような文章を書くよりはマシだよね、という。
キリ番記事のボトルネックのせいで4代目も早々に更新が止まりかけてしまったので待ったなしですね……。


#7563

WordPressにさようなら

今日の出来事ブログ運営

さて、当記事が「WordPress版くろのんぐりふ」の最終エントリーとなります。
WordPressでの運営はセキュリティ面でのリスクがかなり大きくなってきている上、
20周年で心機一転を図りたい機運が高まっていたところだったので離脱は妥当な判断かなと思っています。
WordPressで頑張り続ける理由もほぼ無いですしね。


今回は移転後もサイトタイトル等はそのまま、
2代目→3代目と同じくアーカイブや記事番号も引き継ぐため文字通りのお引越しでありそれ以上も以下もありません。
最低限の引っ越しなので移転先ならではの新しい要素が加わるわけでもなく、
基本的にはガワが変わるだけということになります。
ただ、これを機にWordPress時代に維持しようとしてきたいくつかのコンセプトは切り捨てることになるため、
備忘録代わりにそれについて軽く振り返っておこうと思います。


楽天ブログからWordPressへ移転した2014年当時、
2つの意味で本家ブログを全部入りのターミナルにしたいという構想がありました。
ひとつは、WordPressにおける固定ページ(ブログ記事とは別に作成できるページ)に、
自分の興味関心のすべてを記述すること。2代目までは原則として「ゲーム」という趣味にフォーカスしていましたが、
2代目開設以降の10年でゲーム以外の文化への興味が花開いたので、それを記録する受け皿が欲しかったわけです。
そして、できればそれをWikiのように関連づけたいという構想がありました。
WordPressをWikiにするプラグインは当時から皆無というわけではなかったのですが、
かなりニッチなためノウハウがネットにほとんどなく断念した覚えがあります。


もうひとつは本家ブログを所管するサーバーに運営するサイトを全部統合すること。
サイトタイトルが「Chrononglyph」なのにドメインが「chr.mn」と前半だけになっていて、
わざわざ「/glyph」を加えて初めてトップページに行けるようにしていたのはこの野望のためです。
ディレクトリ部分を変えることで他のサイトにも行けるようにしたかったわけです。
たとえば旧ピクチャレ大会もかつてのURLは「chr.mn/pik4」でした。
ちなみにこのドメインはドットが「o(オー)」、「mn」は変形して「non」と解釈できるデザインを想定していて、
それに基づいてロゴを作る計画などもあったのですが結局一度も実現しませんでした。


「すべての興味関心のWiki化」については、
実は新しいプラットフォームであるObsidianでならWordPressよりもはるかにたやすく実現できます。
また、基本的に通常記事を書いた上でさらに固定ページを執筆するキャパシティはどうあがいても捻出できませんが、
そういう補足的な文章執筆タスクであれば昨今はChatGPTという強い味方がいます。
そのため、この構想はWordPressでは無理でしたが今後10年では今度こそ形にできるかも。
いまのところ、通常記事の安定的な執筆継続が最優先課題なのでここにフォーカスする予定はありませんが、
いずれ余力が出たときに再検討したいところです。


「すべての運営サイトの一元管理」については、逆にやらない方がいいのかなと。
ひとつのドメインで複数のサイトを管理することはSEO戦略的にも不利ですし、
そもそも「.mn」はモンゴル共和国のためのトップレベルドメインであるため
モンゴルのサイトとして認識されがちで、その点でもかなり不利です。
またここ10年の価値観の変化で、サイトの管理人としてブログを知られたくないというニーズも生まれました。
管理人という立場は基本的にフェアであることが求められ、
コミュニティ内で対立する意見の片方に肩入れすることはあまり望ましくありません。
しかし、ブログは個人の意見を表明する場である以上どちらかに寄った意見を書きたくなることもあるでしょう。
そういうときにブログと運営サイトの距離が近いといろいろ面倒なことになりかねないということです。
まああと単純にブログには愚痴等インモラルなことも書いているので、
自分をサイトの管理人として認識している人にガッカリされかねないのが怖い。
そのため、基本的にサイト管理者としての自分とブロガーとしての自分は切り分けたい。
なので移転先ドメインは完全にブログ専用として運用する予定で、ブログ以外のコンテンツは入れません。
そういう意味では今後、新本家サイトを復興するニーズはやはり出てくると思います(#07471 / 2024年05月31日)。


3代目の運営期間10年は、リアルでは地方企業勤め5年→職業訓練・転職活動1年→上京後4年に相当します。
ある意味、精神的にも社会人としてもどん底の地点からもがき苦しむ10年間だったと思います。
しかし、だからこそ これらの足跡を次に持っていくことは自分の人生にとって非常に大切なこと。


最後の1年3ヶ月は非公開運営としてすでにプラットフォームをObsidianへ移行してしまっているため、
最終日だからといって何が変わるわけでもなく、
WordPressも使わなくなって久しいのでまったく感慨深くもなんともないのですが……。
この10年間でこのブログを読んでくれた方々へ静かに感謝の気持ちを書いて末筆としたいと思います。


ありがとうございました!!




3代目本家ブログ


  • タイトル:Chrononglyph (WordPress版)
  • URL:chr.mn/glyph
  • 運営期間:2014年09月01日〜2024年08月31日
  • アクセス:1,569,566 pv(Count Per Dayによる推計)
  • 記事番号:#3862〜#7564(3,703本)
  • 文字数 :26,168,500文字(半角、執筆時点の推計)

#7554

非公開運営で分かったこと

今日の出来事ブログ運営

「ブログ20周年までにブログの安定運営についての結論を出す」
というのがここ1年の課題だったわけですが、実際に当のブログで何度か考察しても結論には至れなさそうです。
これは21年目以降もしばらく試行錯誤することになるでしょう。
ただ、2023年05月から1年3ヶ月にわたって実施してきたブログ史上初の非公開運営を通じて、
まったく収穫が無かったわけではないのでそれについての備忘録を書き残しておくことにします。


まず、この1年で執筆環境はかなり改善しました。
エディタ兼アーカイブ管理アプリとして「Obsidian」を採用することによって、
いままでになく過去記事の閲覧・編集をスピーディーに行うことができるようになりました。
これにより「直近に書いた記事は適宜読み返して細かく修正する」という習慣が確立し、
若干ではあるものの新規記事を書く心理的ハードルも下がったのではないかと思っています
(過去記事を頻繁に読むのでその「続き」を書く機運は得られやすくなったという意味で)。
Obsidian GitというプラグインとGithubの自動デプロイを組み合わせればフロントエンドへの反映もほぼ自動化でき、
再公開の必須条件として挙げていた「ブログを書いてから投稿するまでの作業を極限まで最小化する」
という課題はほぼクリアできた認識です。
また、ネタ管理もブログの安定化へ大きく舵を切ることで意識的にメンテナンスするようになりました。
これについては現状「Drafts」を使った手動運用なのでもう少し最適化の余地がありますが、
まあ大事なのはそこではなくネタを出してメンテすることなので、その意味では及第点でしょう。


しかし、ここまで執筆環境が改善してもなお、
「ストック記事を安定的に生み出す」というレベルでの執筆頻度は保てていないのが現状です。
どうしても「1日1本相当」という原則がギリギリでそれ以上の余裕を生み出すことができない。
これまでは時間さえあればできる、できていないのは時間が無いからだと思っていました。
しかし、ここ1年でブログの継続運営において時間の確保は本質的な問題ではないように感じています。
なぜならブログというのはネタさえあれば1本30分程度あれば書き切ること自体はできるわけで、
毎日たった30分の時間も捻出できないのかと言われると、そういうわけでもありません。
実際にブログ執筆でボトルネックになっているのは「書く意欲」を捻出できるかどうかという問題だと思います。
実際にネタを出してそれを書き始めるまでの時間のほうがはるかに長くかかっている。
ただ、それは白紙の前でうんうん唸っているだけでなく電車の中や他作業中などの隙間に
脳のリソースの一部を使って進めることもできるので、実際に作業負荷があるという実感も得にくかったのでしょう。


ブログというのは、原則として本当に書きたいことしか書けません。
捻り出したネタがそのまま「本当に書きたいこと」になるわけではなく、たいてい加工や吟味が必要になります。
しかし加工などを経た上でも結局執筆意欲が湧かない場合もあります。
そしてこの「書きたい」かどうかというのは、同じ話題でも刻一刻と変化していきます。
誰かとの会話でも重い話をしたいときと軽い話をしたいときとがありますが、ブログ執筆にも同じことが言えます。
ただ、どういう心理状態のときにどういう話題を書きたくなるかという分析はなかなか難しく、
強いて言えばその分析の解像度を上げていくことが21年目の課題になるような気がしています。
ここ1年の反省は、いわゆる「ネタ帳」を安定運営してただただその数を増やすだけではダメだったということ。
むしろ、表面的な思いつきだけではどれも「重く」なりがちで、それを軽くする施策も必要でしょう。
単にそういう視点で話題を探すことはもちろん、
すでにある話題を分解してみるとか、パラグラフごとに分けてみるとかですね。
これまでは思いついたことを最速でメモする方法やアンテナを広げる方法は追求してきましたが、
この辺のプロセスをもうワンランク上げないと安定運営は難しいんじゃないかと思っています。


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