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#7899

少年時代の続き

今日の出来事初代ブログ

08月01日といえば初代ブログ開設日。今年で22周年となります。
何回も書いているのでアレですが、このブログは初代開設の翌年09月01日に開設した2代目を起点としているため、
ブログとしてのアニバーサリーはあくまでも09月01日としています。
このブログでは08月01日はネット活動を開始した日というような位置付けですが、
対外的にブログ歴を表示する必要がある場合はいちおう最長になる2003年08月01日を起点にしています。
その基準だと今日から「23年目」というわけですね。


ネット活動起点としての08月01日について語るとなると、
どうしても2003年08月01日〜2004年08月31日に起きたトピックスに集中しがちな傾向があります。
それ以降のことはアニバーサリー記念記事で語っているからですね。
それを2005年からかれこれ20回通過していて今日が21回目となるわけですが、
さすがにもう語ることは無いのかと思いきや、今年は今年の視点から1つだけ書いておきたいことがあります。
というのも、23年目にしていま改めて「原点」に戻りつつあるのかなという実感があるんですよね。


2003年夏〜2004年夏の1年間は、自分にとっていわば少年期と青年期の狭間のような期間でした。
2003年以前は、家族と遊び、一次創作に励み、ゲームは限られたタイトルを吸い尽くすのが主流だったと思います。
そこに卑屈さは無く、ただやりたいことをやっていた。
2004年以降は「web」という巨大な舞台に移行し、家族よりもそちらを優先するようになり、
一次創作は衰退し、ゲームやコンテンツを矢継ぎ早に乗り換えていくようになっていきました。
実はブログでも何度か書いているゲーム制作に初めて手を出したのはこのちょうど過渡期で、
それはある意味一次創作に突き進んでいた少年期の最後のプロジェクトだったとも言えます。
それまでの創作をデジタルの世界に落とし込むという悲願を実現するべく動き出したわけですが、
これも何度も書いている通り当時の自分にはノベルゲームを作る以上のスキルは無く、あっけなく挫折したわけです。


その後、青年期はゲームやその他コンテンツを遊ぶという方向性に思いっきりシフトしていったわけですが、
その勢いは社会人になって徐々に衰え始め、最近はいよいよその勢いが死んできたことを実感しています。
そして今年に入ってから、それを待っていたかのように一次創作の機運が高まり始めた。
小説の設定はChatGPTによる高効率の整理によってかつてないペースで進むようになった一方、
ゲーム関係も制作のハードルが明確に下がったり、ファンタジーコンソールとの出会いもあったりして、
一昔前と比べるとかなり背中を押されている状況です。
もしかしたら、21年の時を経ていまようやく思春期にできた面倒くさい自尊心との折り合いがつき、
「少年期の続き」のフェーズに差し掛かっているのかもしれない。
少なくともそのために良いタイミングを迎えているのは確かです。


実は水面下ではどんなゲームを作りたいか、あれこれと試行錯誤をずっと続けています。
これ自体はそれこそ実家社会人の時代からひそかに練り続けてきました。
しかし、まだまだ「これだ!」と言えるような結論には至っていません。
「なんとなく面白そう」と言えるようなふわっとした大作ならすぐ思いつくんですが、
現実的に作れそうな規模のゲームをそれなりの粒度でイメージすることがなかなか難しい。
それにまだ信頼できそうなプラットフォームも見つけられていません。
PICO-8はすごく面白そうですが、Lua言語をポチポチ書いて作るのはド素人にはなかなかハードルが高いです。
まぁそれでもとにかくマイクロゲームでもいいから完成させればまた見えてくる景色も違ってくるんでしょうけどね。


とにかくいまは具体的なロードマップを描くのが先決かなと思っています。
果たして、21年越しに少年時代の夢の続きを歩むことはできるのでしょうか?


#7900

ビジネスの話

中高生時代からそれなりの期間、
僕にとってネット活動と言えば「自分のテリトリーで好きなゲームについて発信すること」だった。
本当に無邪気に発信していたのは黎明期だけで、
通り一遍の攻略情報などのように誰もがプレイヤーに求めるような情報は
2000年代中期までは個人サイトが担っていたこともあったが、まもなく有志によるWikiが主流になり、
やがてはそれさえも企業系Wikiによって駆逐されていった。
僕はそれを個人サイトが担っていた時代でさえ、本心では競合サイトに情報の質で勝てるとは思っていなかった。
そこで、「自分が好きなゲームランキング」「ゲームレビュー」といった自分本位な情報発信にシフトしていった。
やがてゲームそのものへの熱量がある程度落ち着いていくと、日記という体のブログに専念するようになる。
そうしてこのブログは、もともとゲームの攻略等情報を取り扱うサイトから徐々に遷移してきた歴史がある。


果たして、僕は何がしたかったのだろうか?
少し前、ゲームをダシにした活動は「興味関心を承認欲求のエサに還元する愚行」として批判した(#07734 / 2025年02月18日)。
しかし、僕は本当にゲームをエサにしてまで承認欲求を満たしたかったのだろうか?
つまり、不特定多数から活動の成果について褒められ、認められ、チヤホヤされればそれで満たされていたのだろうか?
僕はそこまで承認欲求不満に陥っていたのだろうか?
これの答えは、いまは「NO」だと思っている。
僕はネット社会でなんらかの「役割」を持ちたかったのだと思う。


不特定多数の承認を求めることは、それがどちらに転ぶか分からないという点でギャンブルである。
成果が「ゼロ」になるかもしれないギャンブルに全賭けするのは心理的に困難であり、
失敗すればするほど損失を恐れて活動は萎縮していく運命にある。
一方、自分の活動に対していつもレスポンスをくれる人の存在は活動を盤石にする。
いつしか僕はそういう人との出会いを期待してネット活動に勤しんでいたような側面も否めないが、
それもまた利己的な活動を続けているかぎりは確率的に不毛である(#07800 / 2025年04月25日)。


言われてみれば当たり前のことではあるが、ネット社会も「社会」に過ぎないのだ。
つまり、ニーズがあるからこそ諸活動であるところのビジネス(取引)が成立する。
ニーズに対する考慮が甘い、いわば「自己満足」の活動は社会の役割を探す就職活動のようなものである。
2000年代前半までのネットは、ネット全体がどちらかというと発信者優位でビジネスの場ではなかったかもしれない。
しかし、2025年現在のネット社会は力関係がすっかり逆転している。
であればこそ、ここで活動を盤石にしたいならニーズを求めていくべきだろう。
少し前までの僕は、そういう観点が抜け落ちていたからこそ活動自体がジリ貧の一途を辿っていたのではないか。


ニーズがありビジネスが成立するということは、活動の結果なんらかのリワードがあるということだ。
成果を出してもリワードがもらえない(こともある)のなら、それはビジネスではない。
たとえばWikiを編集してポイントがもらえるなら、それは立派なビジネスである。
ポイントがもらえないタイプのWikiはビジネスというよりはボランティアだろう。
SNSへ投稿して「確実に」いいねがもらえるなら、それもいちおうこの意味でのビジネスと言ってよい。
活動の結果お金がもらえるなら、それはコンテンツを享受した人がコストを支払ってまで楽しみたかったものであり、
相応にニーズがあるものだと納得することができる。


一方で、見返りを当初から求めないような活動は社会において「必要とされていない」という側面を否定できない。
自己満足と割り切り、自分にしかニーズが無いような活動はモチベーションを維持できなくて当然であり、
そんな活動の泥沼に浸かっているかぎり、自分の定めたハードル以上に努力できる見込みも無い。
当然、そういう環境で活動するかぎりハードルも下がっていき活動が大きく進展することもない。
そしてそれは僕にとって従来型のネット活動の姿勢そのものであり、「行き詰まった」と感じるのも当たり前だと思う。
むしろ気づくのが遅すぎたくらいだろう。
ある意味、このブログはニーズを一切考慮しない「従来型活動」の最後の生き残りとも言える。


これから新規活動をするなら、少なくともニーズを追い求める必要があると思う。
仮に当初は見返りを得られないような活動も、長い目で見ればそれを生み出せる見通しは必要だろう。
絵描きやゲーム制作は現時点では高確率で何も得られないという点で「就職活動」のようなものだが、
最低限の独創性さえあれば、それによってニーズを得られるポテンシャルは感じる。
一方で好きなゲームのランキングだけを作るような活動は、
自己アピールに特化しておりニーズを得られる見通しが無いという点で言えば縮退する運命だったのだろう。
無論自己アピールのすべてが無意味とは言わないが、それならそれで必要なクオリティの水準というものがある。
それをも自己満足で済ませてしまう活動者が報われることは少ないだろう。
僕の黎明期から社会人突入くらいまでのネット活動が報われなかったのは努力不足も多分にあるが、
ニーズを把握し、想定するユーザーが満足するレベルまで頑張ろうという見通しを持てなかったことが大きいと思う。


利己的な活動と利他的な活動の違いは、ニーズに対して貢献しようという明確な意志があるかどうかである。
利己的な活動においてクオリティを担保するのは自尊心だけであり、それは客観的評価に晒されることもなく、
したがって社会との整合も無く、それ自体は本人が意味を見出さなければ価値は無いに等しい。
利他的な活動は、それを求める人の期待というハードルが存在する以上、一定の評価水準があり責任がある。
それは結果的に主観的に見てクオリティが相応でなくても、責任を果たしているなら社会的には価値はあると言ってよい。


社会的には、誰にも見せない数千ページの小説よりも市場に出ている一足の下駄の方が価値がある。
社会で役割を持ちたいのなら、その後者を追い求めないのは不合理と言わざるを得ない。
利己的な活動に限界を感じていた僕は、ここに来てようやく、
小学生時代にわだかまっていた「将来の夢とは、あなたがしたい『仕事』のこと」(#03700 / 2014年03月28日
という暗黙の定義に対し、自分なりに溜飲を下げることができたのである。


#7901

Pixel Art Park 初参加

「Pixel Art Park 8」という即売会系のイベントに急遽参加してきました。
数日前に旧Twitterでその存在を知り、マイナーな即売会ならまったり回れるだろうと思い参加を決心。
場所は「横浜港大桟橋 国際客船ターミナル」に付随する大ホール。
ベイブリッジが間近に見え、ほんのり海のにおいが漂ってくる港町の一角です。
赤レンガ倉庫や中華街が徒歩圏内。ちなみに最寄駅は「日本大通り駅」でした。


Pixel Art Parkは2015年に始まり今年10周年となる「ドット絵」「8bit」をテーマとするイベントです。
前回が2020年ということでコロナ禍以降は開催できていなかったみたいですが、今回久々の復活となりました。
有名どころではドット絵ゲームをひたすら作り続けている元個人のゲーム制作集団「カイロソフト」や、
『メグとばけもの』の開発元なんかも出展されていました。
個人的にスマホの8bitゲームで衝撃を受けた『Strange Telephone』の作者さんもいたみたいですが見つけられず。


さて、今回のイベント参加のほとんどは待ち時間でした。
行ってみると入り口前に4回折り返す大行列ができていて、12時45分ごろに並ぶことに。
しばらくしてこれが一般入場列なのだと知り、とりあえずこれに並んでいれば行き着くのだと辛抱していました。
しかし入り口に入ってからも延々ずーっと行列は続いており、実に2時間半ほど待つことになりました。
自分が並ぶ前から運営が旧Twitterで「想定を遥かに上回る来場により行列ができています」とアナウンスしており、
半ば覚悟の上で並んだのですが、まさか2時間持っていかれるとは……。
待機列は空調がそれほど効いていないのでまあまあキツかったです。


今回の事態をもっとも重く捉えているのはもちろん運営サイドで、もう半ば混乱状態にあるようでした。
自分が3分の2くらい進んだところで列の先頭を処理しているところを見れたのですが、
電子チケットを読み込む係の男性が1人で全部対応していました。
しかも、14時の時点で「15時以降の整理券を配っている」とのことで
QR読み込みした人はいったん退場させられていたのですが、整理券的なものが用意されているわけでもなく、
ただ口頭で15時に再来場するよう伝えられていたようです。
しかしそれならせめて列の消化はもっと早くなってしかるべきなのですが、
実際には数分に一度、数歩進むというとんでもない遅さ。
どうやらこの列の先頭で捌いているスタッフが周囲のクレーム対応も担当していたらしく、
列の先頭客でない客からの問い合わせを受けてしばしば処理が中断していました。これではどうにもなりません。


旧Twitterでは「整理券を配っているという話なのに整理券は配られていない。スタッフが立ち尽くして混乱している」
というような旨のポストが公式ポストの引用という形でされると、公式がこれに反応。
たまたまなのか、この少し後からいきなり列捌けが良くなりました。
そして自分がついに先頭に辿り着くと、QRコードを認証してそのまま入場できる流れに。
スタッフも3人体制になっていました。
たぶん、スタッフが想定していた来場数と比べると文字通りに桁違いの人が来てしまった結果なのだと思います。


入場から退場までは30分ほどだったでしょうか。
本来2時間も待って参加するようなイベントではないためブースの数もそれほど多くありません。
ただ、それでも個人的にドット絵文化が好きなのもあって魅力的な出展が多かったですね。
ちなみに、海外からの出展で「Playdate」のゲームを展示されている方もいて、
自分はこれで初めてPlaydateの実機を見ました。小さくてかわいい。欲しい。でも、5万円はなぁ……。
バックステージでmomoQuiさんが『週3でカレーが食べたい歌 』という
中毒性のヤバそうなチップチューンを歌っていたのがとても印象的でした。


いくつかの買い物を済ませて離脱。
いちおうどこかのカフェで作業するつもりでPCは持ってきていたのですが、もうヘトヘトでした。
駅に直行してすぐに家に帰るやいなや速攻でシャワーを浴び、2時間ほど仮眠しました。


Pixel Art Parkはまさかの桁違いの来場もあって課題の多いイベントだったことは確かですが、
それだけドット絵を愛する人が多いということを身をもって実感できたのは良かったです。
マイナーな文化だと思っていましたが、いまやこれほどの人に認知されていようとは……。
次回があるならもう大桟橋ホールでは収容しきれないことが明白なので、
もっと大きな会場でやることになるのではないでしょうか。
ただ、運営さんはいまごろ頭を抱えてそうではあります。もっと大きな会場でと言うのは簡単ですが、
それを実現するのはそう簡単なことではないでしょうからね。
願わくばこれがもっと大規模化してメジャーなイベントにのし上がってくれればと思っていますが、
来年以降どうなるかはいまのところ誰にも分かりません。


#7902

玉に瑕の入った財布

今日の出来事財布

何日か前にクラウドファンディングしている薄型財布がかなり魅力的で、
一瞬これならポチってもいいかと思ったのですがギリギリのところで踏みとどまりました。
財布は随分前にも検討したことがあり(#07354 / 2024年02月04日)、
薄型系の新商品を偶然見かけた場合はいちおうチェックすることにしているのですが、
いまだベストマッチに出会えません。
いま使っている財布は普段使いの2代目で2019年初頭に買ったもので、安物ゆえにそろそろ限界が見えてきました。
普段使いのアイテムとしてはいま一番買い替えたいモノなのですが、
いかんせん自分が求める条件を満たす財布というのがめったに見つからないんですよね。


2024年当時は、財布の開閉がギボシであることがマイナスポイントだったため見送ったようです。
そして今回は、ほぼ理想形だったのですがレシート入れが無いことがネックになり見送りました。
自分が財布に求める条件はスリムであること、2つ折りであること、
紙幣へのアクセス性が良好なこと、できれば硬貨へのアクセス性も良好であること、
そして紙幣と硬貨の他にレシート入れと、できれば鍵入れがあること。
今回、鍵入れはあったのですがレシート入れがありませんでした。非常に惜しいです。


レシート入れは妥協できそうでできません。会計をしたら基本的にもらう主義なので、その入れ場に困るからです。
まあ紙幣と同じところに入れてしまえばいいという考え方もアリといえばアリなのですが、
レシートの他に小さいクーポンなどをもらってストックしていくようなケースもないわけではないので、
そういうものをきちんとしまっておくには紙幣入れはスペースが大きすぎるという問題があります。
最近の薄型財布は紙幣を入れる部分がポケット状になっておらず、
財布本体の周りを紙幣で巻いて止めるというような構造になっている場合も多いです。
これだとクーポンをストックしようとすると落ちてしまうかもしれません。
ただ、この構造だと紙幣へのアクセス性が良いのは確かなのでこれはこれで捨てがたいんです。


理想の理想は、カードポケットが余るくらい大容量でそこに2つ折りレシートやクーポンを貯められる構造です。
とにかく設計者がレシートを入れることをちゃんと念頭に入れて作っていることが望ましい。
その上でギボシなどではなくアクセス性が良好な閉じ金具などを使っていること。
めちゃくちゃワガママな要件ですが、実はクラウドファンディングの世界では財布は超人気カテゴリで、
サイトを見ると無数の生まれたて財布がズラっと並んでいるのがわかります。
これだけ活発ならいずれはベストマッチの財布も出てくれるんじゃないかなぁとほのかに期待しています。


#7903

ゲーム意欲の思い出補正

今日の出来事ゲーム一般

今日は『ドンキーコングバナンザ』のストーリー終盤が盛り上がり、たぶんラスボス手前まで行きました。
ちゃんとエンディングを迎えたら総括を書こうと思います。


Nintendo Switch 2最序盤のファーストパーティ大型タイトルは現時点で3つあり、
ロンチの『マリオカートワールド』、07月発売の『ドンキーコングバナンザ』、秋発売の『カービィのエアライダー』と、
どれもが大本命と言えるほど無難に楽しめるライト層向けのビッグタイトルが続いています。
現在3作目であるエアライダーを心待ちにしながら2作目のバナンザを楽しんでいるというフェーズになります。
自分にとってNintendo Switch 2は、最近灯火が消えかけていた自分のゲーマー魂に再点火することを託された、
ゲーマー人生の分岐点となるハードという位置付けでした。
そしていまのところ点火作業はかなり順調のように思えます。
……というより、これくらいのテンションが本来の自分だったのではないかと最近思うようになってきました。
つまり過去の自分のゲームに対する熱意は思い出補正によって過大評価されていて、
本来の自分のゲームに対する熱というのは今現在とさほど変わりないのではないかと。


これは、バナンザ購入後に久々にコンシューマーゲーム購入一覧を整理していて思ったことです。
確かに2022〜2024年は自分のゲーム遍歴の中でも飛び抜けて不遇の年で、
かろうじて『ピクミン4』が面目を守っている以外でヒットタイトルは皆無でした。
これが3年続くとさすがに自分にとってゲームが衰退したと感じるには十分な説得力があります。
ただ、じゃあ上京前社会人時代はどうなのかと言われるとそこまで大きな差があるわけでもないんですよね。
特に2019年なんかは実家にいるにも関わらず、
正直ベースでそれなりにヒットと言えるのは『ポケットモンスター ソード』の1本のみ。
しかもそれ自体も過去作と違ってバトルタワー用パーティを作るまでやり込んだわけでもない。
それ以前も各年でたまたま1〜2本のヒットタイトルに恵まれてはいるものの、
それを除くと大してハマっているわけでもない中小規模もしくはハズレのタイトルが並びます。
これは近年よく書いていた「実家暮らしが終わったからゲームが衰退した」という定説を否定する事実です。
確かに思い返せば2019年時点でゲーム自体の衰退は始まっていたような気がする。
一人暮らし再開で家族という遊び相手がいなくなったからこそ衰退したのだと思っていましたが、違うのかもしれません。


そこへ来ると今年は『マリオカートワールド』をすでに30時間以上遊んでいて、
続く『ドンキーコングバナンザ』も期待通りに面白く、両タイトルは今年のヒットと言っても良いと思っています。
これだけで2019年に匹敵するかそれ以上にゲームをプレイしている実感はあります。
こう考えると、2019〜2024年はちゃんとゲームを探す作業を怠ってきただけで、
別に上京したから自分のゲーム意欲そのものが減衰したわけでもないのではという感じもする。
そして諸々ゲームどころではなかった状況からヒット作に手を伸ばしづらい心理的ハードルができていたところ、
Switch2の当選によってそのハードルがいい感じに壊れてくれたのだと思っています。
もしいまだ本体が手元に無かったら180度違うことを考えていたことでしょう。


マリカワールド→バナンザと非常に良い流れができているので、この勢いは保ちたいところですね。
2022〜2024年はゲーム業界そのものが不作だったわけではないと思うので、
遡れば見逃している大作もたくさんあるはず。
もしエアライダーまで少し待つことになるのなら、この流れに沿って1本遡って買うのもアリかなと思っています。
ファーストパーティ(=任天堂タイトル)ですぐ思い浮かぶ候補としては、
ブレワイ、ファミコン世界大会、『ペーパーマリオRPG』、はじめてゲームプログラミングなどがあります。
ブレワイが少々重いですが、いまならどれも楽しめそう。
こういう気構えが少し前の自分には欠けていたのかもしれないとふと思いました。


いずれにしろ、Switch 2で掴んだ手綱は離さぬよう、1粒ずつしっかり味わって楽しむようにしたいところです。


#7904

Airを選ぶという可能性

今日の出来事携帯機種変

次に買うiPhone、「Pro Max」でなくてもいいのでは……という疑念が浮かんできています。
きっかけは例の元同僚とスマホの話にしたとき、「Pro Maxにしてる理由って何?」と訊かれたとき、
明確な理由を答えられなかったからです。
とりあえず無難に最上位モデルを買っておけば長持ちするでしょ、くらいの感覚でしかない。
購買欲の残りを占めているのは所有欲でしょうか。


ちゃんと掘り下げてみると、Pro Maxが欲しいわかりやすい理由は「1TBモデルが欲しいから」です。
現状は写真を全部クラウドに上げてもなお、512GBではカツカツになってきています。
スマホの容量圧迫はスマホアプリの増加や高性能化、コンテンツの増加に伴って深刻になる運命にあり、
iOSとしては初代の「iPod touch 3G」からストレージは倍々ゲームを続けてきました。


ただ、容量圧迫が1TBモデルを欲する理由なら、容量圧迫問題を別の切り口から解決するという手もあるわけで。
要するにスマホの中身を大掃除すれば1TBモデルは不要なのではないかという考え方はなくもないです。
仮にその大掃除が実現したとして、それでもPro Maxが欲しいかどうか。
画面が大きいことは自分がスマホに求める条件としてマストなので、
iPhone 16シリーズで言うとPro Max以外の選択肢はiPhone Plusが唯一の選択肢ということになります。
PlusとPro Maxの主な違いは、SoCのグレードとProMotion(リフレッシュレート)、そしてカメラの性能。
次期モデルではProMotionは全モデルに搭載されると言われており、
またチップ性能も現行機から見ればわずかな差でしかないのでメインの比較対象はカメラになります。


確かに、スマホでカメラをそこまで頻繁に使うかと言われるとそういうわけでもない。
というより、実は近年、カメラは全然使っていません。一人暮らしには無用の長物というわけですね。
一昔前ならそうでもなかったのですが、近年はカメラを使う理由がほぼ無くなってしまった。
であれば、確かにPro Maxにこだわる必要は無いのかもしれない。
ただ、一方でデジカメや一眼レフなどを持たない自分にとってカメラがスマホしかないのも事実。
何かを撮る機会は皆無ではなく、これの性能が良いに越したことはありません。
iPhone PlusとPro Maxの同一ストレージの価格差は35,000円。
この35,000円にSoCの性能とカメラの性能が含まれているわけですが、これは妥当なのかどうか……。
正直、6年使う端末に20万円払うなら35,000円は誤差のような気がしなくもない。
1日当たり15.98円でしかないわけですからね。
1TBモデルも同じ「大は小を兼ねる」的な理屈で、結局買うなら一番上を買っても良い気がしています。


ただ、実は次期モデルはPlusが廃止されてよりスリムになった「Air」が登場すると見られています。
これの価格や性能によってはPro MaxよりもAirを優先する可能性は全然ありますね。
とにかくスマホは重くて右手への負担が半端ないので、軽いに越したことはないわけです。
ただバッテリー容量が相当に犠牲になると思うので、この辺はレビューをよく読んで吟味したいところですね。
とりあえず、Pro Max=カメラ性能重視、Air=軽さ重視、という位置付けならカメラを使わない自分はAirでも全然アリ。
とはいえやはり大は小を兼ねるということで1TBは欲しいので、Airに1TBモデルが無い場合は悩むことになります。
バッテリーの持ちなども良好なら、大規模アプリ整理を断行して512GBを選ぶことになるかも……?
あとはベゼルレスがどこまで優遇されるかも気になるところ。
iPhone 16 Pro Maxはベゼルがさらに細くなって6.9インチになっていますが、
Airにはこの6.9インチが採用されるという説とPlusと同じ6.7インチになるという説の両方が有力みたいです。


とにかくPro Maxを選ぶかどうかは新登場する見込みの「Air」次第という結論です。
さすがにiPhone 17が出てからiPhone 16 Plusを選ぶ理由は無いので、Pro MaxかAirになるかなと……。
さんざん検討してきた機種変問題は、今秋にもうひと悶着ありそう。
果たして自分は機種変を決断することができるのでしょうか?


#7905

地下世界のその後

『ドンキーコングバナンザ』、無事にエンディングまで行きました。


『ドンキーコング64』以来26年ぶりの3Dドンキーコング。
今作の舞台は宝石のようなバナナが採掘できるという「インゴス島」で、
開幕早々敵の親玉が採掘場をまるごと地に沈め、バナナを掻っ攫って地下世界へと逃げていきます。
バナナ目当てに来ていたドンキーコングはそれに巻き込まれる形で地下世界を冒険することに。
ひょんなことから出会った少女「ポリーン」と同行し旅を進めていくと、
DJをしている長老から「星の中心に行けばなんでも願いが叶う」と言われます。
そこで、地上へ帰りたいニンゲンの少女ポリーンとバナナを食べまくりたいドンキーコングは
両者の願いを一気に叶えるため、星の中心へと進む……というストーリー。


ゲームデザインとしては『スーパーマリオ オデッセイ』を彷彿とさせる箱庭冒険型アドベンチャーですが、
オデッセイと違う本作最大の特徴は壊せるものはなんでもぶち壊せるという点。
ステージとして用意された丘なんかも、その気になれば真っ平にできます(もちろん限界はあります)。
これが本当に爽快で、普通にやっているだけで楽しいです。
これだけゲーム自体が飽和したいまの世の中に「やっているだけで楽しいゲーム」を出しただけでもうすごい。


そしてその自由度の高さから、ギミックの攻略方法もかなり自由。
明らかに正攻法でない攻略方法でゴリ押ししている動画がSNSでよく拡散されているのを見ます。
開発者によるとシーケンスブレイク(特定の条件を満たさないと通れない場所を無理やり通る)をも許容していて、
ストーリー上必須のイベントですら無視して次に行けるようになっているようです。
キャッチコピーの「遮るすべてをブチ壊せ」ってそういうことだったのか……。


『スーパーマリオ オデッセイ』はマイベスト2020で総合3位と、自分のゲーム遍歴でも最上位のゲームです。
そのチームが作った精神的続編ということでかなり期待していましたが、
これはオデッセイとは似て非なるコンセプトのゲームで、当然ですが続編という位置付けではなさそうです。
オデッセイにはオデッセイの、バナンザにはバナンザの良いところがある。


このゲームは「表向きのラスボス」と「本当のラスボス」の2体のボスがいて、
それぞれまったく異なるアクションを求められます。
これがどちらもめちゃくちゃ強くてかなりしんどかったですね。
もうちょっとゲームのモチベが低かったら普通に投げ出していたと思います。
特に表向きのラスボスは3Dの空間計算能力がかなり求められ、最近の子どもはここまでやらされるのか……
とその難易度の高さに妙に感心してしまいました。


収集要素もエグいです。
今回集める「バナモンド」は全ステージ合計777個あるようで、自分がクリアした時点では200個ほどでした。
クリア後要素として300個集めると「バナンザ修練」というものに挑めるようなので、
当面はこれを目指してバナナを探すことになりそうです。
修練は長老ごとに設定されてそうな気配なので、最後の修練をやるには相当数のバナナが要求されそう……。
となると、ここからが本番と言わんばかりにプレイ時間が必要そうな予感。
さらに、これに加えて化石探しの要素もあります。化石は最初の階層(=ステージ)だけで61個もあるのですが、
クリア後に最初の階層をざっと2周しても30個しか集まりませんでした。
ちなみにバナナは同階層に56個ありますが、これも半分くらいしか集まっていない……。
そこまで綿密に見たわけではないとはいえ、2周それなりに見てこれはかなりエグいと言えそうです。


ただ、今作は宝箱から確率で入手する「化石の地図」「バナナの地図」で勝手に未入手アイテムのマーカーが出てきます。
宝箱は位置固定ではなくロード時にランダム配置されるため枯渇することがありません。
なのでひたすら掘り続けて宝箱をゲットしていればいつかはコンプリートできる仕組みで、
そういう意味ではヒント鳥を使わないと泥沼の捜索になる可能性のあるオデッセイと違って、
ヒント強制使用と割り切ってサクサク進められる良さはあります。
完全人力で探す楽しみは若干薄れますが、そのおかげで1本のゲームとしてメリハリをつけられるということですね。
もしかしたらオデッセイよりも先にフルコンプリートするかも……?


最初の数回、具体的には地下800階くらいまでは実はそれほど熱はこもっていませんでした。
ゲーム意欲が低い状態の自分が「せっかく買ったからやる」という程度の意欲でした。
ただ、地下1000階からゲームも終盤に近づいてきて雰囲気が変わるのですが、
この辺から自分もスイッチが入った気がします。
深層の世界観が本当に好きで、そのおかげで自分も意欲を呼び覚まされた気がします。
本当にこのタイミングでこのタイトルが発売されたことの奇跡的なありがたさに感謝するしかないですね。


これからは特定の階層のバナナ&化石探しをして、なかなか見つからずに飽きてきたら別の階層へ……
という無限ループで当面は遊べそうな予感がしています。
全部で777個……果たして自分はどこまで集められるのでしょうか。


#7906

IT業界のシビアな現状

今日の出来事仕事

自分は2019年に転職したわけですが、その当時は失業保険目当てで行った職業訓練校も、
あるいは当時就職した先も、未経験の中途人材で溢れていました。
当時はweb系といえば異業種の人が「手に職をつけたい」と思って行く就職先として挙げられやすいイメージがあり、
またSESは人がいればいるほど会社としては儲かるのでどんどん採用していたという感じでしょうか。
これはやや信憑性が微妙ですが、当時在籍していた社長はこれでも採用は相当絞っていて、
「君は20倍以上の採用倍率の中から採用した」と言われたことがあります。
需要はありつつも、供給がそれを相当に上回っていたということなのでしょうか。


それからコロナ禍を経て5年以上が経ち、営業に最近の業界について聞く機会がありました。
それによれば、いまIT業界は一転してロースキル人材を弾く風潮になっているそうです。
「具体的な実績は無いが性格や業務態度などからポテンシャルはある」というようなロースキル人材がいたとして、
以前なら快く受け入れてくれたお客さんも、最近は話も聞いてくれないケースが急増しているとのこと。
その根底的な原因として、ロースキル人材を派遣してもお客さんの期待通りに働いてくれないケースがよくあり、
それが業界全体で徐々に募った結果、ロースキル人材がエンドユーザーに信頼されなくなったそうです。


いちおう裏を取ると、たしかに2019年当時はITの人材不足が業界全体の課題として挙げられていて、
未経験者歓迎のスクールの増加が目立っていたようです。
自分はたまたまそのタイミングで転職したわけですが、
明らかに同僚は完全未経験が大多数だったのでこれは実感としても納得できます。
そして2025年現在はそういう風潮は終わっており、中途には明確に即戦力を求めるようになったそう。
体感としては、コロナ禍中にはすでにそういう雰囲気がありました。
現在も育成に積極的な企業が無いわけではないものの、業界全体の風潮というより一部の企業にとどまるようです。
一方、人材不足が解消されたわけでは決してなく、戦力になる人材はむしろ以前よりも求められているものの、
企業が欲しいスキル(クラウド、セキュリティ、AI)と求職者が持つスキルのアンマッチもあり、
ミドル〜ハイスキル層の穴は埋まっていないのが現状のようです。


営業部の人が言うには、いま未経験で開発がしたかったら
「保守・テスト等で入って相当の評価を得て、叩き上げで開発に内部シフトする」というのが王道で、
それも30歳を超えてからは(成長見込み等の観点から)なかなか難しいという残酷な現実があるそうです。
この辺はもう自分が業界に入った2020年当時とはガラリと状況が変わっている。
ただ当時も営業に「コロナで案件が無いんです(泣)」と散々言われてきたので、
当時からすでにロースキル人材が多すぎて未経験で開発というのはなかなか狭き門だったのかもしれません。


こう考えると、あと1年早く転職していたらいろいろ状況が違っていたのかもしれないと思います。
結果的に業界の人材不足でロースキル案件に入るチャンスも自分が入ったころにはコロナで潰えてしまったし、
2019年初頭〜秋くらいが最大のチャンスだったのでしょうね。
ちょうどそのころ転職活動をしていたからこそあっさり上京できたというのもあるかもしれませんが、
その後の3ヶ月研修中に世の中がコロナであまりにも激変してしまい、チャンスを逃したという感じでしょうか。
まぁ、終わったことをあれこれ言っても仕方ないですが……。


2024年夏から参画しているいまのプロジェクトは、基本設計からリリースまで一通りやる部署であり、
そういう意味ではいちおう開発実績を積める可能性はあります。
ただ実態として業務量が少なく、結局開発も全然できていないので従前からそれなりに焦っていました。
それで今春に上司が交代してさらに業務量が減ったタイミングで異動を希望したわけですが、
いまは業界全体のことを考えると軽々にシフトするべきではないと思っています。
上司もさらに代わって「我々もどんどん開発したいよね」という認識共有はしているので、
ここに居続ければいつかはチャンスが来ると信じたいところではある。
営業の話を聞くかぎり、そのチャンスを棒に振ってまで異動したとて良い現場にありつける可能性はかなり低そうなので、
いまはこれに賭けるしかありません。


40歳、遅くとも45歳までに管理業務ができる土台を作るというのが当面の方針ですが、
そのうち「いままでロクに開発をしたことがない」という焦りについてはもう考えても仕方がないので考えない、
という方針に転換しつつあります。
とにかく業界そのものがどんどん移り変わっていくので、それにしがみついていくしかないという感じはします。
2019年のようなチャンスの時代がまた来ることはあるのでしょうか。


#7907

GPTアップデートと環境整備

今日の出来事LLM

昨日、ChatGPTを開発しているOpenAIが「GPT-5」を発表しました。
これによりアプリも段階的にモデルが置き換えられ、執筆時点でスマホ、macOS、Web全部が置き換え済みです。
「GPT4o」「o3」「GPT4.5」「o3-mini」「o3-mini-high」といった旧モデルや派生モデルは全部消え、
Plus以下のプランでは「GPT5」「GPT5 Thinking」のみが残ることになりました。
ちなみに無料プランでGPT5をある程度使うと4oにダウングレードするようです。


まだそんなにいじっていないのであくまでも触りの感想ですが、雰囲気などは「o3」に近いです。
ただしユーザーの言うことになんでもイエスマンではなく、
明確に指示しなければ忖度せずにかなり中立的な立場で回答を生成するようになった印象。
「o3」と同じく文脈的に必要と判断すれば明確に指示しなくてもWeb検索を自動で使います。
なお、今回DALL-Eそのものはアップグレードされていないので画像生成の精度は上がっていません。


自分はこれまで、調べもの、プログラミング、分析、意見の深掘りなどといった普段使いについては「o3」、
画像生成したり創作設定を練ったりするときは「4o」というように使いわけをしていました。
なので単純に今回のアップデートでそういった使いわけができなくなってしまったので、
今一度モデルによる差や創作設定の使い方について微調整をしていました。


創作設定で「4o」を使う理由はWeb検索を使ってほしくないからです。
たとえばオリキャラ名等で検索されても、同名のキャラが出る別作品のよくわからん概念を引っ張られても困るわけで。
発想のヘルパーとしての位置付けなので、そもそも学習されていない最新情報の必要性も薄いです。
これに関しては、プロジェクト指示に「このプロジェクトではWeb検索を使わないようにせよ」と指示することによって、
プロジェクト内のやりとりではWeb検索を使わなくなるようなのであっさり解決しました。


あとは、GPT-5でもプロジェクト内のやりとりがちゃんとオプトアウトされているかどうかの確認。
要は、創作設定がモデルの学習に使われると
他ユーザーに対する回答として自分が考えた概念やキャラ名が使われる危険性があるため、
創作設定に関しては学習に使わないように設定したいわけですね。
これについてはちょっと揉めましたが、結論から言えばセーフのようです。


プロジェクト内でオプトアウトについて訊くと、オプトアウト設定は契約プランやアプリ設定に依存しており、
個別の指示等でその設定を物理的に変更させることはできないとの回答でした。
じゃあプロジェクト指示として「このプロジェクトにおける創作設定は機密情報として扱うように」
と書いてある創作プロジェクトも指示は無視されて学習されてしまっているのかという話になるのですが、
それらは「設定としてはオプトアウトされていないが、情報としては学習パイプラインに乗らないようになっている」
というのが実態のようです。


ChatGPTは、オプトアウトしないデフォルト設定でもたとえばプライバシーに関する情報は学習に利用しません。
学習に利用する・しないについては学習させる前にモデルが選別しているわけです。
「オプトアウトする・しない」はあくまでもアプリ設定であってモデルは干渉することはできないものの、
この選別については一定の操作ができるので、創作情報については学習に利用されていないということです。
ただ、オプトアウトする方がより確実で強固であるというのは確か。
まぁ、学習に使われたとしても、
そもそもまだ世に出ていない作品のオリキャラ名等が回答として出るケースはまず無いとは思いますが……。
これがすでに世に出ている作品の続編だったら話はガラッと変わってくるんですけどね。


あと、GPT-5の新機能としてWebの閲覧・操作などを代行する「エージェント機能」が解禁されました。
いちおう理論上は代理でログインしてGmailでメールを自動送信……みたいなこともできるようですが、
エージェント操作はその場限りのサンドボックス環境で行うためセッションは持続しません。
基本的にはログインを要する使い方はやや難易度が高いと見て良さそうです。
「Amazonで〇〇として検索して出てくる商品10個のレビューを分析して良い点と悪い点をレポートにして」
といったような使い方は簡単にできそう。
さらにこれ、フォームの送信なんかも代行できるそうなので悪用しようと思えば簡単に大量送信できます。
もうWebフォームでCAPTCHAを設置していないようなところは良いオモチャですね。
しかも驚くべきことに、これスマホからでもできます。ますますスマホ依存が加速しそう……。


少し前に「GPT-5が登場するとしたらそれはAGI(汎用人工知能)である」というような記事を読みましたが、
ちょっと触った感じでは「o3」と比べてそこまで飛躍的に進化した感じではなく、
サンドボックス環境の制約も踏まえるとまだ人間の作業を完全に代理できるレベルではないという印象。
これがOSレベルで統合されてアプリの操作も代行できるようになったらいよいよという感じがしますが、
ChatGPT単体でそれを実現するにはまだ時間がかかるのではないでしょうか。
とはいえ、このスピードなら2年以内には実現してそうな感じもしますが……。


徐々に生活に浸透しつつある生成AI。
せっかくならその能力を十分に発揮させられるくらいのリテラシーは持ちたいところです。


#7908

社会的迷走の渦中

今日の出来事ネット活動

今一度改めて、いまの自分のネット活動的な立ち位置がいかに中途半端で課題が山積しているかを確認します。
まず、正直ベースで考えるとメイン活動はこのブログ、サブ活動はピクミン関連というのが妥当だと思います。
少し前までは逆でしたが、ピクミン関連の衰退によって逆転してしまいました。
そしてそれ以外は基本的に消費者としてしか立ち回っていない。
近年(上京以降)は消費者として食べるコンテンツの量が徐々に増えてきています。


本家ブログの執筆はここ22年で黎明期を除けばもっとも安定していると思います。
ここに費やしているリソースは時間にするとおおむね7時間/週、つまり1日平均1時間程度。
実際に1本書くのにいつも1時間丸々使っているわけではなく、
白紙の前であれこれ考えたり過去記事を推敲したり、参考のために過去記事を遡って読んだりしている時間も含まれます。
これ自体はあくまでもクローズドな活動であり、他者との交流が発生しません。
他者との交流が発生しないということは、この活動では社会的欲求をいっさい充足することができないということです。
これだけではネット活動をしているとはちょっと言い難いものの、
これが現状でもっとも比率の大きな活動であるというよくわからない状態になっています。


そこでいま、単なるクローズドな活動であるブログをもうワンランク上の活動に昇華すべく、2つの計画があります。
ひとつは04月から本格的に動いている一次創作プロジェクトで、
これは以前も書いたとおり、2025年に必ずやらなければならない年間計画としての位置付けです(#07883 / 2025年07月16日)。
これをしっかり完成させることで、ブログを書くということに対するアイデンティティーを盤石にし、
社会人以降の課題を精算して安定的運営のレールにしっかり乗ることができると目論んでいます。
これはクローズド運営スタイルの最後から2番目の課題としてどうにかクリアしたい。
できるかどうかは正直五分五分ですが……。


もうひとつは今秋以降、おそらく来年になると思いますが、
ブログプラットフォーム「note」に出張記事を書いてブログをオープンな運営スタイルに昇華したいという構想。
メイン活動であるブログだけで社会的欲求を充足することができれば、
自分の活動はよりブログに注力させることができます。
いろいろな分野に手を出しては挫折する繰り返しで迷走を続けるよりは、一箇所に集中した方がよっぽど良い。
そのとっかかりとして出張記事を書いてちょっとプロモーションしてみるという考えですね。
これもうまくいくかどうかは五分五分で、書き下ろし記事を書くにもそれなりにハードルが高いです。
一方、コンプラを気にし始めた2020年から5年が経ったいま、ブログの浄化はかなり進んでいて、
オープンな活動にするための下地は徐々にできてきているのかなと感じてはいます。


そういうわけで今年(去年も含む)はいわばクローズド活動の末期として、
これをオープンにできるように準備するための期間と言うことができます。
ただ当然、これでは社会的欲求がまったく満たせずに欲求不満に陥ってしまうため、そこでサブ活動が重要になります。


ピクミン活動も今年の09月で19周年と、本家ブログに負けず劣らず歴史の長い活動です。
ここではポータルサイトの管理人という立場をもらっているわけでそういう意味ではすでに盤石なのですが、
サイトは2023年に完成しており、保守フェーズに入っているためこれだけで社会的欲求を満たすのはなかなか困難です。
確かにやりたいことは無限にあるものの、必要な手間とそれに対する見返りがあまりにも釣り合っていない
(新規コンテンツを作成しても利用者がそちらに流れないなど)。
これを割り切るのに2年近くかかりましたが、最終的にWeb制作単独ではダメという結論に至りました。
じゃあどうするのかというと、当たり前ですがピクミンをプレイするという方向性が当然あります。
そもそもそっちをなおざりにしておいて界隈に所属し続けることが不条理なわけで、
だからこそ旧Twitterでは「今年は一度でいいからRTAに挑戦したい」みたいなことを口走ったりもしました。
ただ、ゲーマーを卒業するか否かというようなフェーズに入っている自分にとってRTAのハードルはきわめて高く、
最近やっとバナンザを通じてゲームモチベが復帰しつつあるので
このリソースをピクミンに注ぎ込めそうな気がしてきているものの、上半期は結局壊滅的でした。
自分自身のゲームモチベは低いが界隈に貢献したいという思惑から
去年〜今年03月まではイベント主催者として振る舞ってきましたが、これも一部の利用者に破壊されていまに至ります。


要するにサブ活動としてのピクミン活動は、常連さんと(自分含む)エンジョイ勢の実力乖離もあり、
これもまた社会的欲求を満たすのは難しいという現状があります。
だからこそ自分はピクミンに愛想が尽きるたびに他の活動へ浮気しようとたびたび考えてきました。
これ自体はもう10年近く前からやっては失敗を続けていて、これも不毛さを感じています。
今年だけでも『原神』『Balatro』など他のゲームのコミュニティに入れないか画策したり、
本家ブログとは別のサイトを立ち上げることを企画したりしましたが、いずれも頓挫しています。
かといって消費者として振り切れるほど何かのファンというわけでもない。
去年初頭に出会ったVTuberは自分の中では明確に失速してきてしまっています。たまに見てますけど。


ブログは安定しているがクローズドで、ピクミンはずっと不安定かつ欲求不満に陥りやすい。
かといって第三の活動を見つけられているわけでもない。
ネット活動者としての自分はいま、すべてが中途半端に陥ってしまっているという現状があります。
すべてが中途半端なので日々の活動も成果になりにくく、ずっと空回りしているような状況です。
だからこそお絵描きやゲーム制作など、自分の実力度外視でクリエイター活動への羨望が強くなりやすいのかなと。
実際にはそれらも相当に茨の道なんでしょうけどね。


まずは自分が夢中になれるものを見つける。
その地点に立ち返ってコンテンツを見つめ直している昨今ですが、まだまだ活動の種は見つかっていません。
この感じだと見つけられるまでに今後数年かかりそうな予感がしていますが、
それまでずっとこの状態だと魂が抜けてしまいそうなので困っています。


#7909

背中で語る愛

今日の出来事我が家の猫

絶対にQOLが上がることが分かっているが行動に移せないことがひとつあります。
それは猫をお迎えすること。


実家社会人時代当時、特に2015〜2017年や2018年の一部繁忙期は帰るのが23時前後になることがよくありました。
その場合、家族は先に夕食を済ませていて自分の分だけが台所に残されていて、
自分はそれをよくリビングではなく台所で食べて済ませていました。
すると、たいてい当時のニャーさんが台所にのそのそとやってきて、近くで座って待っているんですね。
こちらを見ているというよりは、背を向けて待っているという感じでした。
別にニャーさん自身のごはんを催促しにきたわけではなく、台所にいるとずっと一緒にいてくれました。


深夜にPCデスクの前に座って作業しているときも同様で、よく隣でがっつりへそ天してリラックスしていました。
たいてい、自分以外の家族が寝静まったような時間帯にそうなることが多かったように思います。
単に寂しかったのか、ボディーガードのつもりでいてくれたのか、その真意は分かりません。
当時はそれが日常だったので恩恵を実感することは無かったですが、
当時の自分はそれだけでものすごく幸せだったといまは思います。
いまと比べると心理的負荷も相当多かった実家時代ですが、
やはり心が本当に壊れてしまわずに踏みとどまれたのはニャーさんの存在が大きかったんだろうなと思います。


いま、もし同じように猫と暮らせたらその幸せを噛み締めることができると思います。
そしてそれは、この生活では永遠に埋まらないであろうある種の穴を確実に埋めてくれることでしょう。
ではなぜそれを実行しないのかというと、猫のお世話ができる自信が皆無だからです。
実家時代、定期検診やトイレの後始末など、面倒なことは結局ほとんど親がやっていました。
そもそも直接の「飼い主」は親であり、自分はそのおこぼれをもらっていたに過ぎません。
猫という動物に強い愛情を抱いているのはその良い側面しか見ていないからという事情も多分にあるでしょう。
そもそも一人暮らし独身で猫を飼うのはリスキーであり、現状お迎えする資格は無いだろうと思っています。


じゃあ猫カフェに行けばいいじゃないかという意見もあるかもしれません。
しかし猫カフェの猫は人間慣れしているものの自分という個人に対して馴れることはないわけで、
実家のニャーさんのように背中から愛を感じるようなことはあり得ないでしょう。
確かに猫と触れ合えるというのは魅力的ですが、愛を感じられないなら本質的には意味は無いように思います。
ものすごくクリーンなイメージの風俗店みたいなもの。


自分の猫好きな思想に同調してくれる女子と結婚して子どもは作らず、代わりに猫を迎えるというのはアリかも。
トイレの処理などといった面倒な部分は妻と折半できるので負担は半分。
人間の子どもと比べても身体的・精神的負担はかなり少ないと思います。
まぁそこまでやるなら人間を愛せよという話ではあるか。


いずれにしろ、「自分は何かに愛されている」という実感は人の心を救うと思います。
その対象は猫のような非人間でも成り立つのだから、愛に高度な知性や言語は必要無いということなのでしょう。
それが無かったら生きる価値は無いなどと言うつもりはありませんが、
まだおそらく40年近く残っている人生で精神を盤石にするためには、
「愛」をどうやって得るか、あるいは行使するかという問題はやはり逃げられない予感がしています。


#7910

頭の良し悪しの再々定義

一見すると絶対的な基準がありそうではあるものの、人によって回答が千差万別となる命題に、
「頭の良さとは何か?」というものがあります。
7年前にも考察していますが(#05358 / 2018年08月23日)、いまの価値観で再び掘り下げてみます。


直感的には、それは学歴によって客観的基準が作られているように見える。
しかし学歴というのは(少なくともセンター試験時代までは)要するに知識のみを問うものであり、
大脳のリアルタイム処理能力、つまり論理的思考力やコミュニケーション能力などは問われないという点で、
実際には頭の良さの一部(基礎知識量)に対する評価と考えるのが妥当でしょう。
高学歴だからといってコミュ力が高いとは限らない(偏見ですが、むしろ低い人の方が多い)わけです。
知識の優位性は技術革新が進むほど後退しており、
また生涯学習をしない人にとっては学生でなくなってから日数が進むほどそのステータスは形骸化していきます。
後述のことも考慮すると学生生活をただ大学受験のためだけに費やすのは、
結果的に学歴を得られたとしても「頭が良い」とは思えません。


もちろん、同様にコミュ力だけ高くてもそれだけでは頭が良いと言えないし、
論理的思考力もそれなりに有望そうに見えますが、
たとえば論理の暴力を振りかざして倫理が欠けているような人は「頭が良い人」というより「小賢しい人」です。
それは「本人だけが『頭が良い』と思っている」という状態だと思います。
かといって、倫理観で卓越していれば頭が良いと言われるわけでもない。それは単に「良い人」です。
しかし、じゃあ「頭が良い人」と認められるためには、知識量や論理的思考力、コミュ力は不要で、
社会に擦り寄るチカラさえあれば良い……というわけでもありません。


個人的な考えでは、「頭が良い」というのは基本的には脳の総合力であり、
また具体的には脳の総合力を応用した環境(社会)適応力だと思います。
その後者は5年前の読書録で考察した結論と共通しています(#06170 / 2020年11月09日)。
つまり知識量、論理的思考力、コミュ力といった頭の良さに必要な各ステータスは基本的にはひとつも欠けてはならない。
なおかつ、置かれている状況で合理的にすばやく問題解決できなければならない。
これができない人はどんなに特定のステータスが飛び抜けていても「頭が良い」とは言えません。
また、いわゆる「地頭」はこの意味で言う総合力を指していると思います。
つまり地頭は学歴などがそのまま当てはまるのではなく、
諸々の頭で処理する能力の高さが「総合的に高い状態」であることを評価する言葉であるということです。
ちなみに、地頭が悪くていずれかのステータスが顕著に低くても、
他のステータスで環境にうまく適応さえできていればそのコミュニティでは「頭が良い」と言われうると思います。
つまり、頭が良い状態と地頭が悪い状態は両立するということです。


あと、この文脈で基礎ステータスとして「知識量(学歴)」「論理的思考力」「コミュ力」「倫理観」を挙げましたが、
もちろん本当の意味で地頭の良さを決めるステータスはこれだけではありません。
たとえばこの手のブログを書き続けるのに不可欠な「語彙力」「文章構成力」なんかも当てはまるし、
場合によっては一見すると関係なさそうな「身体能力」も脳の機能に関係しているなら該当しうると思います。
極端な運動音痴は「地頭が良い」とはみなされないという感じですね。


そういうわけで我々の脳みそにはさまざまな尺度のステータスがあるわけですが、
個人的にはこれからの時代は「発想力」の地位がどんどん上がっていくんじゃないかと思っています。
発想力、つまりアイデアを独創するためのチカラ。
これも頭の働きによって生み出されるものであるため「頭の良さ」に関わってくることは確かである一方、
「知識」「論理」「倫理」は今後AIが全部教えてくれるのでどんどん形骸化していくでしょう。
一方、AIをどう活用するかといったことは結局各個人が独力で考えるしかなく、
むしろそれこそが人間の役目になっていくことは明らかです。そういう意味で発想力はどんどん重要になっていくはず。
まぁ、もしかしたらもう少ししたらそれすらもAIが肩代わりする時代が来るのかもしれませんが。


しかしどんなに技術が発展しても、人はなんらかの環境に適応して生きていかねばなりません。
それに必要な最低限の能力というのはあるはずです。
こうして考えていくと、結局「コミュ力が一番大事なのでは?」というところに行き着いてしまう……。
AIがどんなに進歩しても人間同士の関わりがゼロになることはないだろうし、
人間同士の関わり合いではAIに頼れないので、そこではコミュ力が重要になることは間違いありません。
あと20〜30年くらい経ったら、コミュ力が高い人のことを頭が良いと言うようになっているんでしょうか。


#7911

大義名分の迷走

これ、関係者に読まれると若干角が立つのですが自分のスタンスを明確にするために書いておきます。
近年、押しても引いてもどうしてもWeb制作モチベが上がらないという問題について。
具体的にはピクチャレ大会のイベントページの制作がどうしても思わしくなく、
リスク・リワードの観点から言うと結局コミュニティに問題があるからなのではという他責的な考えが拭えません。


ピクチャレ大会のイベント(=期間限定ランキング)はかつてコミュニティの定番イベントでしたが、
2023年夏のサイト移転によって開催にあたり以下3つのハードルができてしまいました。


  1. 節目を跨いだことにより既存ルールとは異なる画期的なイベントルールを考える必要が生じた
  2. 移転でフレームワークが変わったことによりこれまで以上に工数がかかるようになった
  3. そもそも直近の開催では参加人数が減少傾向であり開催の意義を見出しにくくなった

それでも年1回は開催したいと思い、
2023年冬には①は妥協して既存ルールで行い、②は簡易的なページで我慢してもらい、
③は『ピクミン4』発売直後だからなんとかなるだろうという思惑から開催を強行したのですが、
開催当日になって開発コンテナが壊れていて本番環境でいっさい動かないことが判明するという技術的トラブルに直面し、
結局当日キャンセルせざるを得なくなったという黒歴史を生み出してしまいました。
これにより、リベンジする場合は①②は妥協できなくなりました。


2024年は年間計画としてこれのリベンジを掲げましたが、結局1年丸々動けなかったという反省があります。
ただ、2024年は準備の手間からして割に合わない期間限定ランキングを開催する代わりに、
ボイスチャンネルを活用した即興的なイベントをコンスタントに開催していました。
これはこれで、Discordサーバーに人を定着させる施策として有意義だったとは思っています。


そして2025年、再び年間計画の3本柱の1本として期間限定ランキングの開催を挙げるわけですが、
春まではあまり見通しは立っていませんでした。
解決の糸口が見えてきたのはChatGPT Plusに契約してからですね。
AIのアシストもあって少なくとも①は明確に解決して、現状手元には既存ルールを超える新ルール案があります。
また、AI活用によって②を乗り越えられる可能性もそれなりにあると思っています。
さらに、直近の「ムシ取り大会」開催によって15人は参加してくれそうな目処が立ち、
前回参加者数並みの参加人数を確保できそうという点では③もほぼ解決したと言っても良さそうです。


2023年末当時と違ってここまで明確に条件が揃っているわけで、あとは手を動かすだけという状況です。
技術的に詰まってもAIアシストがあるので、技術的に難しいという言い訳は通用しません。
ではなぜ、ここに至ってもなお開催の目処が立てられないのか……。
これは結局のところ、「なぜそのために努力するのか」が変わってしまったからだと思っています。


コンスタントに開催できていた2022年までは、期間限定ランキングはコミュニティの交差点でした。
平常時のコミュニケーションは旧Twitterの非同期で一方的なつぶやきのみであるのに対し、
期間限定開催時はみんな集まり、みんなで同じステージに投稿するので一体感がある。
加えて閉幕後の「反省会配信」では自分のYouTubeチャンネルに主な参加者が集まって談義をする。
かつてはそういう役割があったからこそ、自分もその意義を強く実感していました。


2023年以降は交流拠点としての機能はDiscordのボイスチャンネルが請け負うようになり、
そういう意味での期間限定ランキングの意義は失われました。
もう何もしなくても常連さんとなら週1〜2回話す機会を作れます。
とはいえ、ボイスチャンネルは単体で人を集める機能は無いのでイベントを開催すれば相乗効果となり、
期間限定ランキングの開催は常連さん以外にリーチする手段としては依然として大きな役割を担っていると思っています。
そう言い聞かせてきたからこそ、①〜③が明確にクリアになるという段階までは来れました。


ただ、「普段は来ない人のため」というだけの名目ではなかなか開発モチベは高まらないというのが実情です。
これは2つの理由があります。
まず、2023年末〜2025年春までのイベント開催では、新規さんはほぼ増えなかったという現実があること。
つまり、期間限定ランキングは新規さん向けイベントという名目でこれまで開催していたものの、
クローズドなコミュニティに移行してしまったいまはその機能も失われているということです。
まぁ、プロモーションが不十分という可能性はもちろんあるわけですが……。


もうひとつは、たとえ新規さんが来ても、どうしても変な人が多いという実情があること。
これだけ書くと最近入った人をディスることになるので必ずしも全員がそうとは言いませんが、
新規参入者だからこそ これまで醸成されてきた空気感をぶち壊してしまうのはある程度やむを得ないのかなと。
つまり、新規を呼ぶというのは既存の空気感を壊されるリスクが常にあるわけです。
そして誰でも参加できる参加ハードルの低いイベントだからこそ
「リスクだけ」で他にメリットの無いような人をも呼び寄せてしまう可能性があるというのは事実であり、
そういうリスク要因を回避するためにはむしろ期間限定ランキングは開催されないべきなのではないか、
という考え方も正直あります。
一方で内輪向けでコミュニティとして閉じたままでは永遠に発展しない、むしろジリ貧になる運命というのも事実。
「何か」をしなければならないというのもまた事実でしょう。
この辺の舵取りが本当に難しく、これが開催のための努力に迷いを生じさせているのだと思います。


せめて2023年末以降のイベント開催で1人でも常連さんになりうるようなガチ勢候補プレイヤーが来てくれていたら、
この印象は180度違っていたと思います。
しかし現実はそうではないので迷いを払拭できるような段階ではない。
かといって、このままイベントを開催しないでやり過ごすのも不条理のような気がしていて、本当に迷っています。


#7912

時間泥棒のあれこれ

今日の出来事非充実日

3連休でテレワーク日が少ないというのもありますが、今週はタスク消化率が著しく悪いです。
肩こり首こりは現時点でそこまでひどいわけでもなく、
少なくとも今週は身体的なパフォーマンスを言い訳に使えるような状態ではありません。
やるべきことが不明瞭かと言われるとそういうわけでもない。ブログ、web開発、創作、それぞれタスクはあります。
にも関わらず、タスクが全然進んでいないことにそろそろ焦りを覚えるようになってきました。
これには原因が2つあると思っています。


1つは3連休。
自分はそろそろ休日の過ごし方を改革すべきなのかもしれません。
このところ、テレワーク日のパフォーマンスが比較的良い代わりに休日があまりにも悪すぎる。
土日どちらかはDiscordのボイチャに参加して、
日中帯はどうにかこうにかブログを消化して、それで終わりという連休しか過ごしていません。
これは起床時間の都合上、昼食をスキップしているのでまず日中帯の身体的なパフォーマンスが低いことに加え、
作業はテレワーク日、休日はブログ消化という棲み分けが半ば確立されてしまっているため、
休日にタスクを進めなければという危機意識が無いのも悪影響を及ぼしていると思います。
次週からは昼食は普通に食べて、なんらかのタスクを設定すべきなのかもしれません。
まぁ、ブログ消化で精一杯という見方もできますが……。


もう1つはChatGPTの画像生成機能です。
これがいろんな意味で時間泥棒になってしまっている。
実は今月初頭、有料プランにも関わらず生成数の上限に達してしまったため、
先月最初に生成を開始した日からちょうど30日と思われる08月12日まで生成を我慢していました。
そして再開したところ問題なく使えるようになっていたので溜まっていたアイデアを順に消化している状態。
正直、あまりにも時間泥棒でいろんな意味で依存性も高いので自ら制限をかけることも視野に入れています。
パーソナライズ指示文に「ユーザーが画像生成しても画像生成させないで」と書けば制限できるはず。
ただそれだと課金している意味がほぼなくなりお金がもったいないというのもあり、
また我慢すればするほどまた解禁したときに暴走してしまうという難点があります。
そうなるともうこれはこれで立派な娯楽としてカウントしてしまってもいいような……。
要は、上限に達して我慢させられていた期間があったのが良くないわけですね。
もうこれは長期で付き合っていくものとして各種作業と両立できるようになりたいところです。
しかし、そこへ来ると画像生成はスマホ1台で完全完結するため誘惑が極めて強いわけですが。


今週は3連休を非充実に過ごし、その後の出社日→テレワーク日は元々パフォーマンスが悪くなりがちなので
ここで頑張れなかったのはまだそこまで責めなくてもいいのですが、
なんでもないテレワーク日の今日、きれいさっぱり何もできなかったのはさすがにマズいと思いました。
まぁ振り返れば自分もこういうよくわからないが何もできない日というのが少なからずあるわけですが、
思い当たる原因があるのならそれを改善しないのは非合理なわけで……。
来週はせめてもう少し改善できたらと思っています。


#7913

リストバンド郵送騒動

今回の夏コミに参加するにあたり、
そろそろリストバンドを確保せねばと思い先週の土日に立川へ買いに行くつもりでいました。
しかし先週の金曜日に今回同行予定の同僚から連絡が入り、
「新宿のメロンブックスではすでに売り切れている日程もあって、
2日目午前も残り少ないから代わりに買って郵送しようか?」と提案されました。
確かに、この時点で在庫わずかなら立川へ行ったところで売り切れている可能性は否定できない。
それに郵送で送ってくれるなら切手代110円は交通費より安くなるので割安&移動の手間が省けるので助かる。
ということで郵送をお願いすることにして、自分はその到着を待っていました。


月曜日に投函したとのことだったので水曜日から郵便受けを毎日チェックしていたのですが、
水曜の時点で届かず、「まあさすがに東京-東京間の郵送で4日あれば絶対届くだろう」と木曜日を待ったのですが、
その木曜日でも届かずにさすがに焦りました。
もし、金曜も届かなければ自分はコミケ1日目である土曜日にリストバンドを買いに行くしかない。
当然、売り切れリスクが相当あるので最後の手段です。
しかも金曜日は出社日で、郵便受けを確認できるのは21時以降。


「住所を間違えている」「郵送中になんらかのトラブルがあった」等々いろいろな可能性があるため、
金曜日は出社先の休憩時間に自宅最寄りの郵便局へ電話して確認してみました。
まず、これは盲点でしたがそもそも月曜に投函しても月曜は祝日なので集荷されていないとのこと。
また、この時期は集荷量がかなり多いらしく、普通郵便は優先度最下位なので後回しにされるケースも多く、
火曜日集荷の場合もっとも遅くて翌週の火曜日になる可能性があるとのことでした。
来週に配送されても手遅れなので、どうにか今日無事に配達されるかどうかを確認したいと告げたところ、
担当ドライバーに自分宛ての郵便物があるかどうか確認してくれることに。


20分後の折り返しの電話で「午前に配達したときに茶色の封筒を郵便受けに入れた」との情報があり、
ほぼ間違いなくこれがリストバンドだろうということでひとまず安心。
帰宅して現物をしっかり確認してことなきをえました。
驚いたのは、担当ドライバーは個別の郵便物をちゃんと把握しているということです。
どれくらいの地区を担当しているのか分かりませんが、ちゃんと封筒の色も合っていたので正確に覚えている……。
郵便局員というのはすごい記憶力の持ち主なのでしょうか。


ともあれ、一瞬ヒヤッとしたのは確かで、同僚とも「手渡しすれば良かった」と話していました。
今回同行する3人のうち、自分だけが同人誌を買うために午前入場する必要があったため、
当日集合してからの手渡しはできなかったんですよね。
なので交通費や手間を考えると郵送が合理的だったというのは確かです。
ただ、月曜が祝日だったのは盲点だったとはいえ、それでも集荷から配送まで4営業日もかかったのは意外でした。
都内の郵送なのだから2日程度でいけるのかとばかり……。


いずれにしろ、こういう期日にシビアなケースでは郵送にはあまり頼らない方が良いという教訓を得ました。


#7914

ミュート貫通事故

今日の出来事discord

そういえば以前、Discordのボイスチャンネルで喋っていたとき、
小腹が空いたので夜食を食べるために一時的にミュートにし、
他の人の会話を聞きながらカップ焼きそばをすすっていたら何故かその音を拾われているという事件がありました。
その時点で分かったことは、音声入力はミュートになっていたものの、
画面共有の音(つまりゲーム音)がなぜかマイク入力になっていてそちらから漏れているということでした。
キャプボ自体にマイク端子は確かにありますが、マイクは刺さっていないのでどこから音声が入ったのか謎すぎる。
後日確認すると、Discordの画面共有ではデバイスを共有する際の設定画面に音声入力の選択項目があり、
ここのデフォルト設定がゲーム音(つまりキャプチャーボード)ではなくPC本体のマイクになっていた、
というのが直接的な原因でした。
ちなみにこれのデフォルト設定を変更する方法は見つかっていないため、現状は都度変更しています。


これ、何気にかなりのヒヤリハット事例なのではないかと思っています。
今回はカップ焼きそばをすすっている音を拾われただけでたまたま済みましたが、
これがたとえば職場からの電話だったりしたら当時同時接続していた8人くらいに会社名や個人名、
出向先企業名などがバレてとんでもないことになっていたかもしれません。
まさかミュート状態になっているのに音声が貫通しているなんて思わないですからね。


今回、画面共有側の音声もマイク入力になっていたことが発覚したことによって、
自分のゲーム配信はずっと音が入っていないことも分かりました。
これも迂闊でしたね。まぁ誰か指摘してくれよという感じではあるのですが、
画面共有は同時に何人ものゲーム画面が映し出されることも多々ある都合上、
また会話を優先して聞きたいこともあってゲーム音は切っていることも多いです。
自分も他人のゲーム音は基本的にごく小音にするかほとんどミュートしていました。
今回も貫通したのが発覚したのは全員のゲーム音を聞いていたのであろう少数派の人からの指摘だったので、
そういう人がいなかったら今回のカップ焼きそばの音もバレなかったのかもしれません。
これはDiscordボイスチャンネルの思わぬ罠だなと思いました。


ボイチャに入り浸るようになって1年半以上経っていますが、
いまのところ大きな事故を起こしたことはないし、また誰かの大きな事故に直面したこともありません。
ただ、親フラ程度のプチ事故ならいずれ誰かが起こすのではないかと思っています。
自分は実家でボイチャしないかぎりそういうことも起こり得ないので、
そういう意味では完全に油断した今回のヒヤリハット事例でした。


#7915

第106回コミックマーケット

夏コミに参加してきました。
自分にとってコミケの参加は2018年冬が初で、
2023年冬→2024年夏と連続で参加していたものの去年冬は推し絵師さんが不参加ということで自分も辞退。
今回が4回目ということになります。


まず前日に1リットルのペットボトルが入る保冷バッグを購入しておき、
1リットルのアクエリアスを買って冷凍庫へ入れておきました。また、それとは別に500mlのペットボトルも購入。
当日はガチガチに凍ったアクエリアスを保冷バッグへ、500mlの方は水筒へ入れ換えて持っていくことに。
07時45分に起き、08時01分に出発。牛丼屋で適当に朝食を済ませてから電車に乗り、
りんかい線「国際展示場駅」に到着したのは09時59分でした。
駅を出るとすぐにリストバンド所持済みの人向けの誘導があり、これに従ってひたすら歩くこと数十分。
「つどい橋」と呼ばれる武蔵野大学付近の広いスペースに午前入場待機列が形成されていて、
これに合流することになりました。状況的には2023年冬と同じパターンです。
2024年夏は広大な駐車場らしきアスファルトの上で延々待たされて地獄でしたが、
今年はガチガチに凍ったペットボトルでひたすら首を冷やしていたのもあって比較的楽でした。
ただ、完全に凍らせてしまうと内圧の変化?でペットボトルがヘコんでちょっと危ないのと、
溶け出してすぐは噴き出てしまうので中身を飲めないなどのデメリットもありました。
飲む専用に別途水筒を用意したのは正解だったなと。


11時35分ごろ、リストバンドをかざしてビッグサイトに入場。
まずは東4〜6ホールに入ってファンボックスで支援している推し絵師さんのサークルを探し、
そこでも長蛇の列ができていたのでこれに並びました。
新刊を購入し、完全に解放されたのは12時20分ごろ。
ここから東4、東6、東7にスペースがある準推しのサークルさんのところへ行ってそれぞれグッズを買いました。
西と南にもグッズを買いたい準推しの絵師さんはいらっしゃったのですが、距離の関係で今回は諦め。


東7でみんなが座っているスペースがあったためここで休憩し、
午後入場の元同僚たちが無事に入場したとの連絡が入ったので合流することに。
結局東8のコスプレエリアを見たいという思惑もあって東7に来てくれることになり、
3人合流したあとは東8のコスプレエリアを見て、その後屋上のコスプレエリア→企業ブースと足を運びました。
コミケ2日目は16時で終わりとのことで本当にあっという間の5時間でした。


即解散するのもアレな雰囲気だったので有明のマクドナルドで軽食でもという話になったのですが、
150席ある客席は満席。仕方ないので解散することになり、自分はりんかい線で帰ることになりました。
ちなみに今回、準推しのサークルで新刊セットを買ったら両面が萌え絵のトートバッグを渡され、
新宿駅などでこれを持ち歩くのは若干恥ずかしかったですが……あんまり視線は感じませんでしたね。


りんかい線車内では自分の近くで50代くらいのおっさん2人がコミケの話をしていたのですが、
「表紙はやっぱりカラーにした方がいいのかなぁ、AIでデジタル彩色しようと思えばできるけど……」
「でもあれって結構適当で、結局人力で修正する手間を考えたら割に合わないですよね」
「あと、手にとって読んでくれる人がすごい減った気がしますわ。以前はこうじゃなかった」
「2〜3人くらいしかいなかったですね。既知の作家目当てで来る人が増えたのかなぁ……」
と、売り手側の苦悩が垣間見える話をしていてとても印象的でした。
無数のサークルがあるのでついこういう視点は見失ってしまいますが、
サークルひとつひとつに生みの苦しみがあり、またそのひとつひとつにサークルとしての苦悩があるんだなと。
自分はまだ買う側としての意識しか持てないので、ある意味貴重な話だったと思います。


帰宅後は即シャワーを浴びて、適当にコンビニで調達した昼食兼夕食を買って食べて仮眠しました。
今回のコミケは、前日うまく眠れたとは言い難く実質約5時間睡眠で臨んだため、
体調としては万全ではありませんでした。
が、結果的にはいままでよりは体力が余っていたような実感も。
2023年冬や2024年夏はヘトヘトになりすぎて閉幕後もしばらくビッグサイト内で休んでいましたが、
今回はそこまでの疲労感は無かったと思います。
東7ホールで30分くらいがっつり休んだのと、16時終了だったのが効いたのかも。
あと最近飲むようになった例の漢方が意外と効いているのか……?


次の冬コミは行くとしたら大晦日になりますが、行くかどうかは正直微妙なところです。
今回、手に入れたのは新刊数冊ですがぶっちゃけこれらは通販でも手に入れることができます。
今回忘れかけていたことですが、コミケの醍醐味は現地で出会うサークルにこそあり、
りんかい線で話していたおっさん達の会話ではないですが、
既知のサークルの新刊を買ったところで通販よりちょっと安く手に入るくらいのメリットしか無いんですよね。
そこをコミケの主目的にするのはちょっと割に合わない感じはある。
今回、新規開拓ができなかったことでそれを強く実感しました。
推し絵師さんも結局会えず、サークルにいたのは男性の売り子さんでしたし……。


なので、コミケは新規開拓できるくらいの余力が無いと行く意味はあんまりない、と割り切った方がいいのかも。
特に夏コミ2日目は体力勝負で時間も少ないため、その辺をよりシビアに捉える必要があるのかなと思いました。
今回行ったのは同僚が2人来るのと、せっかくのお祭りだからという名目が強かったですね。


#7916

ブログを見捨てる覚悟

今日の出来事ブログ運営

これは定期的に戒めていかなければならないので何度も何度も書いている話題だと思いますが、
自分が「何も成果を上げられていない」と感じているときは実はブログは順調だったりするんですよね。
どういうことかというと、作業リソースがブログに食われ過ぎていて余力が無いだけなのではないかと。
ブログを放棄すれば、ブログ以外のタスクは自然と進むのではないかという話です。
これは単なる推測ではなく、たとえば特設サイト移転というプロジェクトを成し遂げた2023年は、
ブログ面では逆に開設以来最大の存続危機にさらされていました。
逆に2024年以降、特設サイト等の更新が停滞しているのはブログに注力しているからという見方もできます。
要するに、自分は「ブログと何か」の両立ができないんですよね。これはもう本当に昔からある課題です。
ブログは何もノーコストで運営しているわけではなく、
「ブログを運営していなかったらできていたであろうこと」をかなり切り捨ててここまで来ているという現実がある。


逆に言えば、サブ活動が停滞しているからといって「何もしていない」わけではないということになりますが、
ブログはあくまでも社会的活動ではないという事情があるということもあり、
サブ活動が長期で停滞していると「ネット社会で何もしていない」という焦りからそっちに注力したくなります。
しかし、ブログは原則1日1本の制約があるので活動の都合があるからといってブログを放棄するわけにいかない。
結局このせいで他活動のタイミングを逃してしまうということは、これまでも少なからずありました。
ブログがネックになってはいけない。
それは重々承知しているものの、かといって今更やめるわけにはいかない……。
自分がネット活動で十分な成果を上げられていない背景には、ブログの存在が「重すぎる」のもあるのかもしれません。
もしブログを運営していなかったら昔の自分は何をやっていたんだろうか、
というのはたまに考えることです。


この問題は、実はこれでも近年はずっと改善の一途を辿っています。
2022年まではブログ単独でさえ運営がままならないようなこともありました。
20年以上やっておいてこう言うのもなんですが、1日1本相当というのは自分には少々荷が重いわけです。
時期によっては仕事とブログ以外全部を投げ捨ててもなおブログの維持に精一杯というようなことも少なくなく、
安定して1日1本、一定のコンプラを守った上で書き上げられるようになったのは本当に近年からです。
ただ、状況的にはこれで満足しているような場合ではないわけです。
他に注力するために「ブログのことをいったん忘れる」というメリハリをつけられるようにするためには、
やはり10年言い続けて実現できていないストック記事の作成を本格的に検討するべきなのかなと。
後日投稿問題も解決していなかった2015年当時にこれを言っても何の現実味もありませんでしたが、
とりあえず借金が増えなくなった近年なら改めて検討の余地があるかもしれない。
4代目から「1日1本」ではなく「7日7本」のスタイルに変わっているので、
これを「7日8本」、つまり日曜日に2本書くというのはアリかもしれない。
これなら現実的に書けそうだし、毎週1本ずつ余力が生まれることになる。
まぁ、実際には余力がある=慢心を正当化できることになり、8本書いた翌週は6本で済ませてしまいやすいです。
コンスタントに毎週1本の余剰を書くのは結構難しいという印象。


とにかく昨今の生活にはメリハリが必要だというのは実感としてありますね。
日々最低限やるべきことをやるだけの生活を続けていても、
最低限のタスクさえ消化したらあとは可能なかぎり怠けてしまうだけで何も進展しない。
昔の自分はブログの維持に精一杯だったということをさきほど書きましたが、
実はブログを完全に放棄して他作業やゲームに没頭していた日も決して少なくありません。
そして、他作業やゲームのピークが過ぎてからブログを一気にまとめて書いていました。
ブログというものの価値がいまよりもさらに低かったので、さほど真剣に向き合ってこなかったのでしょう。
いまは状況的・心理的にブログを見捨てられないので昔と同じような立ち回りはできなくなりましたが、
しかしだからこそダラダラと日々を過ごしてしまっているのかなという感じもします。


#7917

エアライダーDirect 2025.8.19

桜井さん自らプレゼンする『カービィのエアライダー Direct 2025.8.19』を観ていました。
今作は、基本的には22前の前作『カービィのエアライド』を正当進化させたもの。
エアライドマシンと「ライダー」を別々に選ぶようになり、全キャラがコピー能力を使えるように。
「エアライド」は6人までのハイスピードバトルレースとなっており、
敵を攻撃することによって加速し、1位を目指すという趣旨のレースゲームになっています。
この辺は実に桜井ゲームらしく、単にライン取りが重要なレースゲームというよりは
いかに雑魚敵やプレイヤーを攻撃して加速リソースを奪うかといった駆け引きのバトルゲームです。


待望の「シティトライアル」はなんと16人参加となりマップも大型化。
5分間マップを駆け回って強化アイテムを取りスタジアムに挑むという基本ルールはそのままですが、
スタジアムは4つの中から自分のステータスに応じて好きなものを選び、
選んだ人同士で最終決戦を行うという方式。つまり、勝者は4人(選んだのが1人だけの場合不戦勝)。
また最高速アップは3つにつき防御が1つ下がるなど、なんでもかんでも取ればいいわけではなくなりました。
ちなみに、当然のようにネット対戦対応です。
ただし今回の発表ではレーティング制かどうかまでは明かされませんでした。


発売日は11月20日。
まあどう考えても今年のキラータイトルと言ってもいいくらいの期待作なので買うことでしょう。
ただ、自分は『Pokemon Legends Z-A』は見送るつもりなので11月はちょっと遠いかなという印象。
間に何も無く次がエアライダーなので、丸3ヶ月待つことになってしまいます。


現行タイトルのバナンザは各階層2周目の探索を半分まで終わらせていて、あと少しで最初のバナンザ修練に挑めそう。
バナンザ修練は少なくとも5つあり、正直このペースでの制覇は現実的ではありません。
「ソナーと地図があればコンプも夢じゃない!?」などと思っていましたが、
まぁ現実的に考えればマリオデ並のプレイモチベがないと厳しそうではある。
とはいえせめて350個くらいは集めてから次のゲームを買いたいと思っています。


目安としては今月内はバナンザでバナナ集めに注力するとして、09月以降にフルプライスタイトル1〜2本、
インディーゲームを1本以上買うつもり。
フルプライスタイトルについては『はじめてゲームプログラミング』がやや有力でしたが、
ゲーム会の配信に向いていることもあり『ペーパーマリオRPG』を優先するかも。
とにかくSwitch 2以降、意欲が続く限りは切れ目なくゲームを買っていこうというのが今年の方針です。


エアライダーについては単独放送で45分という大ボリュームでしたが、なにやらまだ隠し球がありそうな雰囲気。
現状だとリメイクに近い前作のなぞり直しといった趣が強いですが(これでも十分過ぎますが)、
これからもあっと驚くような新要素が発表されたらいいなぁと密かに期待しています。


#7918

スーパー銭湯復活

今日の出来事健康管理

なにかと身体的なパフォーマンスの低下を感じるようになった2025年。
肩こり、首こり、その他倦怠感などに悩まされてどうしたものかと思っていましたが、
低コストかつそれなりに効果がありそうな解決方法がひとつありました。
それはスーパー銭湯へ行く習慣を復活させることです。


思えば2021年のパフォーマンスが良かったのは、週1のスーパー銭湯を楽しみにしていたから、
というのも多分にあったと思います。
そしてサウナというのは適度なら血流改善に大きな効果があり、肩こり首こりに効果絶大なわけで。
思えば身体的パフォーマンスが落ちてきたのもスーパー銭湯に行かなくなってからかもしれない。
ということでおととい久々に行ってきたんです。1路線10分未満で行ける駅のスーパー銭湯へ。
あつ湯→水風呂→外気浴、炭酸泉→サウナ→水風呂→外気浴、と交代浴2セット。
水風呂2回はいままであまり入ったことはありませんでしたが、
その方が効果があると噂で聞いたので入ってみることにしました。


そして入浴後帰宅して入眠。明けて昨日、寝覚めは良いし肩も明らかに軽くなっているし、
どう考えても身体パフォーマンスは上がっていました。
これを維持できるなら、普通に週1でスーパー銭湯の習慣を復活させるのはアリだなと。
ただ休日は混んでいるし出社日は行けないし例のゲーム会の日も行けないしで、
実質的に行けるのは火曜日か木曜日のみ。
木曜日はサブ活動のパフォーマンスを比較的高めやすい曜日なので、火曜日が妥当でしょうか。
出社日の前日に行った方が寝覚めの良さを活かしやすいという点では木曜日も捨て難くはある。


とにかくこんな感じで何曜日は何をするという予定を先に入れてしまって、
一週間のリズムを体に叩き込むというのがいまの自分には大事であるような気がします。
現時点では、月曜=出社、火曜=スーパー銭湯、水曜=ゲーム会、木曜=趣味系作業、金曜=出社、
土曜=ピクミン関係、日曜=ブログ整理、といった感じになっていますが、
こないだのように三連休が挟まると簡単に崩れ落ちるのでまだまだ安定性が足りていません。
あと、名目上は本番環境反映日の日曜日にブログを整理するということになっているけれども、
気がつけばどの曜日もブログばかり書いている気がする……。


人の習慣化には77日かかると言われていますが、この辺早いところ確立して安定した生活を送りたいですね。
とにかく昨今の自分は何もかもが不安定で放蕩している感じが拭えず、そこから脱却したい気持ちです。


#7919

ゲーム入門のための携帯機

今日の出来事健康管理

Nintendo Switchの登場によって事実上携帯機と据え置き機が統合され、
携帯専用機としての任天堂ゲーム機は2017年の「Newニンテンドー2DS LL」を最後に途絶えました。
まぁ、Nintendo Switch Liteがその後継と言えなくもないですが、
果たしてNintendo Switch 2シリーズでは「Lite」系のモデルは登場するのでしょうか。
要求スペックを考えるとかなりキツいような気がしなくもないですが。


前にサブアカで見かけた方が「任天堂携帯機は廉価なおもちゃとしてのニーズもある。
Switch 2が5万円もするこの時代、あえて廉価でチープなゲーム機があってもいいんじゃないか」
という趣旨の発言をされていて、なるほどと思いました。
自分はすぐにその穴を埋める存在としてPlaydateを思い浮かびましたが、これは円安のせいでもはや高級機種です。
こうした廉価な小型ゲーム機を日本の大企業である任天堂が発売するというのは、
一周回っていまこそニーズがありそうな気がします。
ゲームボーイ〜3DSやいわゆるファンタジーコンソールのようにあえてグラフィックに制限をかけ、
カートリッジ式とダウンロード式の併売で完全オフラインでも遊べるようにする。
これで2万円以下で売ってくれれば昔の自分のようにどうにか子どものお小遣いでも手が出るし、
Switchのような本格的なゲーム機に手を出す前のゲーム入門的な立ち位置としては適してるんじゃないかと。
昔で言うところの「ポケモンミニ」みたいなポジションですね。


また、こういうのは大人でも好きな人はとことん好きになるでしょうし、
もし任天堂が土壌を用意してくれれば小型ゲーム機文化が一気に花開くでしょう。
先日のPixel Art Park(#07901 / 2025年08月03日)でも実感しましたがドット絵などレトロ文化が好きな人は大勢いて、
むしろこういう時代だからこそそういうものの方がニーズがある側面もありそうです。


欲を言えば、Playdateのようにゲーム制作プラットフォームを開放して自分でゲームを作れるようにしてくれたら最高です。
もしそういう下地ができたらレトロ風ゲーム制作文化もかなり盛り上がりそう。
PlaydateのPanicではなく、信頼と実績のある任天堂がそういうものを作るというところに意味があります。
あとはさらに欲を言えばHDMI出力ができるとSNS文化にも適合して人が増えやすい構造を作れますね。
まぁ、そこまで欲張ると2万円では済まなくなってしまいますが……。


いずれにしろ、ゲームボーイの延長線上のような「Switchとは異なるゲーム入門のためのゲーム機」
というのはなかなか夢がある話で、いつか任天堂が出してくれないかなーと思っています。
まぁ、こういうことを書くということは結局自分はPlaydateも好きなんでしょうね。
ただ、Playdateはあまりにもマイナーすぎるんだよなぁ……。どうにかしてもっと普及してくれないだろうか。


#7920

ノベルゲームのゲーム性

今日の出来事ゲーム一般

1ヶ月ほど前でしょうか、Discordのボイチャでノベルゲームの話になって、
「ノベルゲームはゲームと言っていいのか?」と冗談混じりに突っ込んだら戦争になりかけたので、
大事になる前に引き下がったということがありました。


この問題提起に対する自分の立場は、「ゲームと言えなくないが、『ゲーム性』はきわめて薄い」という考えです。
ゲーム性とは何かということに関してはまだ整理しきれていない部分もあり発展途上なのですが、
少なくとも「なんらかの入力装置があり、その入力によって結果が変わること」は必須条件だと思っています。
たとえばムービーゲームと揶揄されるような、カットインがあまりにも多いRPGがあったとします。
これをゲームたらしめているのはカットイン(動画)以外の戦闘だったり移動だったりするわけで、
動画部分そのものはQTE(動画中にボタンを押す指示がありその成否によって結果が変わるシステム)
が無いかぎりはゲームとは言えないでしょう。
ノベルゲームについても、セリフをAボタンでスクロールして読む部分については、
入力装置は使っているものの「入力によって結果が変わる」という条件を満たしていないのでゲームではありません。


ノベルゲームをかろうじてゲームたらしめているのはゲーム中の選択肢の存在です。
これによってマルチエンディングが用意されており、それをユーザーが選べるのでなんとかゲームが成立している。
もし、ノベルゲームの構成が「シナリオ、選択肢、イラスト」のみだったら、
それはいわゆるゲームブックと同じでありデジタルゲームにする必要さえありません。
そういう意味では「ゲームだが、デジタルゲームである必要性が無い」と批判することはできそう。
「ムービーがあるから本では成立しない」と反論されたところで、そもそもムービー部分はゲームではありません。
要するにノベルゲームは「デジタルゲームプラットフォームに便乗した芸術品」であるわけです。
『スーパーマリオメーカー』における「全自動マリオ」系の作品なんかも同じ括りでしょう。
あれはゲームプラットフォームに作られた『スーパーマリオメーカー』というプラットフォームの中に作られた芸術品です。


結局のところ、ノベルゲームはゲーム性という枠組みでは
本当にギリギリの定義に足をかけているに過ぎない存在、と言わざるを得ません。
ただこれをノベルゲームファンに言ったところで反感を買うだけでしょうから言いませんが。
いや、そもそも本当のノベルゲームファンはこれがいわゆるゲームでないことを十分承知でしょう。
本当のファンなら「ノベルゲームはゲームじゃない」と言われたところで眉ひとつ動かさない気がします。


もちろんこれは、ノベルゲームが面白いかそうでないかとはまったく関係ない話です。
まぁノベルゲームが面白い≒ストーリーが面白いという話ではありそうですが、
個人的にはそういった文脈とはまた違ってノベルゲームらしさに対して「面白そうだな」と思うことはあります。
先日、VTuber宝鐘マリンさんの切り抜き動画を見たのですが、
そこで「『ときめきメモリアル』の爆弾システムは現実の女子社会のリアルを反映している」という話があり、
こういうのはノベルゲーム特有の面白さかもと思いました。
ときメモといえば恋愛ゲームの代表作ですが、すでに好感度が高い女の子のデートを断るなどして期待に沿わないと、
「俺君が〇〇ちゃんに対して冷たくしている」と女子ネットワーク間で情報共有され、
好感度の高い女子が所属しているグループ全体から白い目で見られるということがあるというんですね。
このとき、好感度の高い女子は心傷を負って爆弾マークが点灯し、
それでもなおこちらから改善のために行動しないといずれ爆発して好感度が激減するというイベントが起きると。
この辺は女子のリアルな心理をしっかり反映していて面白いです。


自分もかつて『パワプロクンポケット』シリーズを何作かプレイして、何人かの女の子を攻略しました。
このゲームは野球パートとストーリーパート(筋トレ、バイト、デートなどをする部分)で明確に分かれていて、
サクセスパートはいわゆるノベルゲーム的な構成になっています。
確かに思い返してみれば、女の子の攻略はそれなりに熱中したし達成感もあったし面白かったような気がします。
「告白成功まで行けるかどうか際どい」という状況にこそノベルゲームの面白さがあるのかもしれませんね。
そこに駆け引きがあるのだとしたら、それもまたゲーム性と言えるでしょう。
ノベルゲームは「ボタンの入力による成否」とはまた違う文脈でゲーム性を担保しているゲーム……
と言えなくもないですが、まぁそれはそれなりに出来が良いノベルゲームに限られるんだろうなとも思います。


自分にとってノベルゲームは未開拓の世界ですが、正直ハードルは高いです。
先述の面白さが内包されているよっぽどの名作ならやってみたいけれど、凡作にはまず手が出ないでしょう。
ただ、いわゆるゲーム性の豊かなゲームにちょっと疲れつつあることを自覚している昨今を踏まえると、
もしかしたら中年期以降の救世主にもなりうるのではとも思っています。
まぁ、とはいえ今後はAIに取って代わられる分野でもあると思いますけどね。


#7921

熱意への不信

自分の中で近年どんどん深刻な悩みになりつつある、ネット活動の迷走。
これは既存コミュニティの衰退が主な原因と見ていますが、その復興もいまだ結果を出せていません。
一方でどうしても「新しい何か」に賭けたいという欲求が強くあり、
それを探すということをここ数年ずっと続けていますがこちらもなかなか成果が出ていません。


これはいくつかの要因が絡み合っていると思いますが、
現状打破に必要な絶対条件として年間以上のマイブームとなるようなハマれる何かに出会うこと、
多少なり何かに対して「専門的な深掘り」ができることは欠かせないと思っています。
つまり、なにはともあれ単なる一過性のマイブームで終わらないような何かに出会う必要がある。
最近は『ドンキーコング バナンザ』『Balatro』などのゲームタイトルや、
ChatGPT画像生成なんかにそれなりにハマっているわけですが、
(画像生成はともかくゲームタイトルは)どうしても一過性のブームに過ぎないという現実があります。
既存活動=ピクミンを除くと2番目にハマったと思っている『メテオス』ですら半年限りの活動でした。
名目上は19年活動しているピクミンが本当に例外中の例外だということですね。


それを踏まえて改めて振り返ってみると、自分は結局「年間以上のマイブーム」なんて掘り起こせたことがなく、
専門的な深掘りというよりも一過性のブームに便乗する形でネット活動をしていたに過ぎないと思うわけです。
そしてそれがたまたま「ブログ記事」以上の規模の熱量になるとミニサイトや特設サイトを作っていたと。
こういう活動の経緯を考慮すると、いまさら専門的な深掘りができるかと言われると怪しいんですよね。
それはもう自分の性格的にアンマッチであるという可能性がある。
しかしある程度その文化に対する熱量が無いと、新しいコミュニティに入っていく名目を得られない。
熱量は絶対必須ではないのでしょうが、自分は熱量が無いのにコミュニティに入るほど恥知らずにはなれません。
ただ、現実問題としてそういうことを言っているかぎり永遠にネットコミュニティに入れそうにないという……。


まぁ、そもそもなんらかのコミュニティに入っていないといけない、
という義務感自体が個人サイト時代に生まれた固定観念に過ぎないのかもしれません。
いまは巨大プラットフォームで日々生まれるコンテンツをみんなで楽しむ時代だと言われればそうだと思います。
SNSにおいては、コンテンツを楽しみつつこちらから発信するのも自由にできるわけで。
時代に即した解決方法をひとつ提案するならば、SNSの発信量をもっと増やそうという話に帰結します。
タイミングが悪いことにこちらもサブアカへ移行してしまったためインプレッションを得にくい状態ですが、
それでも何もやらないよりは地道にやっていった方がいいのかなと。


正直ベースで言うと今後も一定の熱量込みで続けていく見通しがある程度立っているのはブログと、
あと仮想通貨のみなので今後自分個人としての活動はこの2つに集約していくことになるかと思います。
いまでこそ仮想通貨は小説執筆を優先するために控えていますが、
インセンティブが具体的であることを考えると活動テーマとしては盤石だと思っています。
あとは下手にリスクを負うと大損しかねない塩漬け戦略さえ卒業できれば……といったところ。
やはり、少し前にも書きましたが2026年以降はこれが中心になっていくんじゃないかなと予感しています。
もちろんだからと言ってゲームは辞めないし、むしろSwitch 2でこちらも面白くなってきているところですが、
ゲームという媒体で社会的欲求を満たそうとするのは本当にもう限界なのだということは、
今後も口を酸っぱくして言い続けて納得するしかないのかなと思っています。


#7922

五段階評価の国民性

PCゲームプラットフォームのSteamでは、
最近海外ディベロッパーの間で「日本語でリリースすると評価が下がる傾向にある」と言われているそうで、
この風潮が広まれば日本語訳を出してくれなくなるんじゃないかという懸念の声が出ています。
なんでこんなことになっているのかというと、
これは別に「意図的に悪評価を残す日本人が多い」とかではなく単に文化の違いのようです。
日本人の多くは、そうそう簡単に5段階の「5」をつけませんよね。
一般的には、ニュアンスとしてはめちゃくちゃ面白い、他人にも勧めたいと思える神ゲーで「4」。
及第点以上、要するに普通の評価が「3」。イマイチだなと思う場合は「2」以下という感じでしょうか。
安直に「5」をつけるとサクラを疑われると考える人も多いと思います。
学生時代の通知表の影響なのか、文化的背景はわかりません。


しかし海外では違うようです。
良いという評価は「5」、それ以下なら「4」以下というざっくりした評価だそうで。
5段階評価の意味無いじゃん、と言ってしまえばそれまでなのですが、ここで大きな問題が発生します。
海外ユーザーのみなら、ニュアンスとしては及第点以上なら「5」をつけるのに対して、
日本人の場合は同じレベルの評価で「3」以上ということになるため、
日本人を含めるかどうかで平均値が大きく変わってきてしまいます。
ディベロッパーからしてみれば評価はストアにおける露出度、すなわち売り上げに直結するため死活問題。
であれば日本語対応をあえてしないことで評価を高く保つという戦略を採るのも、ありえなくはないと思います。
日本語対応はマルチバイトだし(欧米人にとって)世界一難しい言語ということもあり、
機械翻訳の精度がかなりのレベルの現代でもそれなりに面倒でしょうからね。


5段階評価というもののシステムを考慮すれば、自分は日本人の習慣の方が正しいと思います。
もし良い=「5」、良くない=「4」以下で筋を通したいなら「いいね」と「よくないね」ボタンだけでいいはず。
「良くない」の中に4段階も刻む必要性も分かりません。
我々が正しいのに割を食うというのは理不尽のようにも思います。
今後、これについてSteam運営のValveが動くのか、それともひっそりと日本人が割を食い続けるのか、
どうなるかは分かりませんが後者になるような気がしなくもないです。


正直、個人的にはあと10年くらいでユーザーレビューのあり方はガラッと変わるんじゃないかと思います。
これはかなり性善説に基づいて作られたシステムで、実態に即していないんですよね。
実際にはGoogle mapsの店舗口コミには営業妨害とも言える荒らしが跋扈しているし、
それはAmazonの商品ページやApp Storeのアプリ、Steamのゲームについても同じようなことが言えます。
レビューを書く方は身元を明かさないし責任も取らないのでなんでも書けてしまうわけです。
それこそ憶測に基づく非難や中傷、ごく個人的な感想に過ぎない駄文やクレームなどは世に溢れていて、
それらは少なからずサービス提供側に損失をもたらしています。


しかも都合が悪いことに、このレビューを参考に消費活動をしている人というのが結構な割合で存在する。
モンハンワイルズ騒動の件でも書きましたが、この評価をその商品の絶対的評価とみなす人も少なくないわけです。
それくらい影響力があるなら なおさら責任あるレビューを求められてしかるべきだと思うんですが、
大手プラットフォーマーたちは一向に重い腰を上げません。
まぁ、プライバシーの問題などいろいろと厄介な問題があるんでしょうね。
ただ、完全非匿名でしか投稿できないというのはかなり難しいと思っていますが、
「参考にならない」を一定数押されたらレビュー一覧から消滅して評価にも反映されないようにする、
という程度の施策はもはや必須だと思うんですよね。
それを実装した上で5段階評価は廃止して「良い」「良くない」だけにするというのが無難でしょうか。
特にSteamは「圧倒的に好評」「非常に好評」といった高評価率を主に参照されているわけで、
なおさら文化の違いでブレる5段階評価は不要だと思います。


果たして10年後、5段階評価はまだ生きているのか否か……。
まぁでも、個人的には音楽のマイレートはずっと生きていてくれないと困りますが……。
蛇足ですが、音楽はマイレートの他に「好き」という基準ができてさりげなく両立が実現しているんですよね。
ローカルは5段階、集合知としての評価は2段階という音楽における評価基準がある意味理想的なのかも?


#7923

省エネルギー主義

敬老の日連休(09月13〜15日)にGW以来の実家帰省を画策しているのですが、
ここで予定していた目的2つのうち1つが先行して潰されてしまいました。
というのも、例の「マンション契約更新の回避のために数ヶ月だけ実家に戻る」という作戦(#07856 / 2025年06月19日)。
毎月かなりの金額の生活費が浮くので引越し2回することになっても金銭的に余裕ができるのは確かだし、
そういう意味ではやらない手はないと思っていました。
が、今日たまたま仕事で参画しているプロジェクトのテレワーク規程を読んでいたら、
「遠方からのフルテレワークは禁止」と明記されていたんですよね。
完全にこの辺は許されるだろうという前提で考えていたので不意打ちでした。


秋帰省で予定していたことは、テレワークできるかどうかを見定めることでした。
有給をつなげて4連休にして実家に引きこもり、快適生活を維持できるならまあアリだろうと。
逆にたった4日間でダレてくるようだったら月単位の滞在は難しいので諦めるつもりでした。
が、そもそもそれ以前の問題だったというわけです。


マンション契約更新問題については、今回も甘んじて更新料を支払う方向で落ち着きそうです。
「2025年は引っ越しだけはマスト!」って去年あれだけ思っていたのに、情けない……。
いちおうもう少ししたら業者にも相談しようと思っているのですが、
SUUMOで探しても基本的にいまより良い物件が無いんですよね。
いまより良くなるから引越しをするわけで、妥協してまでマンション更新料を避けるものでもありません。
更新料は悪習だと思うし払いたくない気持ちは山々ですが、とにかく重い腰が動きません。


自分はここ2〜3年で、とにかくこういうことは現状維持を優先するようになったと思います。
それは現状維持の方が良いからという合理的判断を下した結果というよりも、
新しい何かを納得いくまで探すエネルギーを支払うだけの気力がもう無くなってしまった。
引っ越したいと思うようになって今回で2回目、つまり6年も先延そうとしているマンション更新の件しかり、
本来は最長4年で機種変するはずのメインスマホしかり、
11年経ってなお使い続けているデスクトップPCしかり。
まぁ、これは気力というより金銭感覚が変わったことで大きな買い物をすることに対する抵抗感が強くなった、
ということなのかもしれませんが。
なんとなく、この保守的な傾向は年齢が上がればさらに強まっていくんじゃないかと予想しています。
次のスマホは5〜6年では済まないかも。


余談ですが秋帰省もうひとつの目的は04月から設定を練っている小説の本文を執筆開始することです。
実家帰省1日目は自分の中でもっとも着手ハードルが低くなりクリエイティビティを発揮しやすいタイミングで、
普段は心理的ハードルの高さから着手しにくいこともこの日だけは特別なんですよね。
なのでその環境変化によるボーナスタイムを存分に利用させてもらおうという計画です。
これ単独でもそれなりに意義はあると思うので実家には行くつもり。


#7924

2026年計画草案 #1

今日の出来事年間計画

今年の年間計画がどんどん下方修正していく中で、自分のポテンシャルやモチベーションの低さがどんどん露呈し、
調整すればするほど「必要最小限」に寄っていく傾向にあります。
つまり、「やらない理由」を探してしまうんですね。
ピクチャレ大会のイベントの必要性に関しても以前考察しましたが、結局その一言に尽きます(#07911 / 2025年08月13日)。
これは昨日も書いたように年齢や環境の変化による保守傾向の強まりも関連していると思いますが、
とにかく明確な理由やインセンティブが無いと何かに挑戦できないようになってしまった。
昔は明確な理由が無くとも実行に移せていたので、ここは大きな変化かなと思います。
どちらが正しいのかは分かりません。保守的とはいえ合理的でもあるいまの姿勢も決して間違いではないと思います。
が、現実問題として挑戦の機会がめちゃくちゃ減っていることは大きな課題です。
多くの場合、やらない理由を絞り出すのは簡単な一方、やる理由を見つけるのは困難だからです。


今年は結局、大キリ番記事の執筆が去年の本家ブログ移転プロジェクトに次ぐメインプロジェクトとして進行しており、
それ以外はサブ的な立ち位置として進行しています。
2025年はいまのところ「自己満足的活動」の最後の年という位置付けです。
ここから先は少なくともなんらかの具体的なインセンティブが無ければもはや頑張れない世界で戦っていくしかない。
しかし、その前に従来やってきたことにある程度ケジメをつけたい。そんな位置付け。


そうこうしているうちにブログのアニバーサリーも近づき、時季的には来年の計画を考えるタイミングになりました。
今年のこれまでの活動状況や本音ベースの心の動き、生活状況等々を考えると、
2026年はよりブログに注力しつつサブ活動はwebではなく仮想通貨というフィールドで頑張ることになると思います。
具体的には、3本柱を挙げるなら「ブログの出張記事」「仮想通貨利益X万円」までは確定で、
前年までほぼ常連だった特設サイト系の活動は年間計画として挙げないのが妥当だろうと。


3つ目はやはり「少年時代の最後の未練」としてのゲーム制作を挙げたいところではあります。
今年の流れを鑑みると、そもそも3つ目という位置付けの計画は遂行率があまり良くありません。
あくまでもメインは1つ目、サブが2つ目ということを考えると、3つ目は願望ベースで決めてもいいのかなと。
そして願望ベースで何かあるかと言われるとやはりこの目標になってしまう。


実は去年、あるフォロワーさんがSteamにゲームを発表し、それなりに高評価を得ていました。
公式Discordサーバーにお邪魔して中を見てみるとそれなりに盛況でユーザーに支持されていることがわかります。
これは自分にとってある意味目標を達成した景色そのものであり、羨ましいかぎりです。
そしてその方がDiscordの中で「開発に4年かかった」と書いていて、
やはり個人がゲームを作るならそれくらいのスパンで取り組む必要があるのだろうと改めて思いました。
仮に自分がいまから取り組んでリリースに4年かかるなら、世に出るのは2029年……?
こう考えると着手するのはなるべく早い方が良いのは間違いないでしょう。
そもそも4年ですら出せる保証はありません。
自分のようなロースキル開発者が形にするためには5年かそれ以上かかる可能性だって全然あります。
間違いなく言えるのは、そうした技術ハードルの前にすら立っていない段階で躊躇している場合ではないということ。
自分が現時点で未成年ならまだ時間的猶予はあるのかもしれませんが、現実はそうではないわけで。
こう考えると、一生のうちに自作ゲームを世に出せるかどうかはすでに際どい段階なのかもしれない。


この状況を打開するために有効なのは、まずひとつ小規模でいいから1本作りきってしまうことだと思っています。
本来ならそれを今年やるはずだったんですけどね。
まぁ、このモチベーションとポテンシャルの低さを鑑みると優先度3位ではそれすらも難しいということなのかも。
いっそのことこれを来年のメインに据えて退路を断つというのは、わりとアリのような気がします。
むしろ「出張記事を書く」程度のタスクがメインでいいのかと。


ゲーム関係に注力するか、「脱自己満足活動1年目」としてのブログ運営に注力するか、あるいは両立するか。
2026年計画起案初期の課題はこの辺に焦点を当てることになりそうです。
果たして、年末までに明快な結論を出せるかどうか。


#7925

マイナスファクターの後押し

先週は「ブログ強化週間」を銘打って、ブログ以外のほとんどのタスクを放棄して、
暇さえあればブログを書くということに注力しました。
狙いとしては最小限の日課(=ブログ1本)以外の成果が出ていないと虚無感がひどいので、
ブログを書けるときはたくさん書き、ブログ以外に注力したいときは半ばブログを忘れても日課が破綻しないよう、
「7日で8本」書くことを目指すというものです(#07916 / 2025年08月18日)。
実際には、コミケ前後で先々週書けなかった分の挽回も含めると6日で13本書いています。
体感で出社日以外は1日2本書けそうなので、ブログ集中週間は7日で12本というのがひとつの目安になりそうです。


正直言うと有意義な記事を書けているという感じはまったくしませんが、
「ブログ以外生産的なことを何もしない」と割り切って一週間を消費するとこれだけ記事を量産できるんだなと。
近年こういうざっくばらんな書き方はしてこなかった(つもりな)のでちょっと新鮮です。
このペースでストック記事を量産できれば
他作業に集中したい場合にブログのことをまったく考慮しなくても良くなるため、少なからず作業能率は上がりそう。
そして何より、ストックがあることで「ブログのことを何も考えなくて良い」という期間を設けられれば、
それ自体が次にブログを書く際のモチベーションを上げるバネになると思います。
明確に好循環を期待できるという点では、ブログ量産は昨今の自分ができる範囲ではかなり有意義な部類に入りそう。


変化に乏しい生活は確実にメンタルを蝕んでいきます。
その打開のためにはその状況に応じた発想と勇気(決断力)が両方必要になってくるわけですが、
変化に乏しい生活が続けば続くほど「生活を変化させない理由」が強固になっていって破るのが困難になり、
より飛躍的な発想とより大きな勇気が必要になっていきます。
その場合、生活を脅かすような有害なもの、本人にとってマイナスファクターとなりうるものが、
実は状況を打開するのに役に立ったりするわけです。
たとえば自分が上京を決意できたのは実家内でプライバシーを確保できない、地元の就職では車が必須、
自分が出ていかないと兄弟が自立しない等の実家特有の深刻な問題があったというのが要因としては大きいです。
実際には「東京に憧れていたから」という名目で上京しているわけですが、
もし本当にポジティブな理由だけだったら決断できなかったと思います。
プラスの理由に向かうよりも、マイナスの理由から逃げる方がエネルギーが大きいということですね。
こういうヒトの修正を生活に応用できたらしめたものですが、まぁなかなか難しいのでしょう。


ブログの1日1本という制約も、行き詰まりを生みやすい習慣です。
1日のうち1時間弱を必ず拘束し、運営日数が長くなるほど「生活を変化させない理由」は強固になっていく。
……というより自分の場合はもうとっくの昔に引き返せないところまで積み上がってしまいました。
さまざまな紆余曲折があったわけですが、4代目移転時の「7日で7本書く」というルール変更がひとつの答えです。
今回はその本数をさらに調整して生活に柔軟性を持たせるための打開を試したという感じです。
これが良い方向に転がってくれればいいのですが。


ブログを書き続ける生活に終わりが見えないのは、
実はそこにマイナスファクターが無いからというだけなのかもしれません。
こう考えると、マイナスファクターって決断を後押しするために意外と便利だし、
そういうものが無い物事を変革するのは大変なんだなと改めて思います。
さて、楽すぎて職場を変える勇気を持てないいまの仕事を変えられるのはいつになることやら……。


#7926

ゲーム進捗雑記 2025年08月

最近のゲームの進捗をあまり書いていなかったのでざっとまとめていきます。


◆Balatro

実は「紫の壁」を突破して、ブルーデッキのみですがだいぶ前にゴールドステークに到達しました。
ただパープルステーク以降があまりにもキツすぎて爽快感に欠けるため、
いったんゴールドステークは後回しにして「全デッキでホワイトステークでクリア」を目指しています。
デッキ自体は全部開放済みでホワイトステーク未クリアはあと3つとなっています。
基本的に『Balatro』は出社日の電車内で気が向いたときしかやっていないので進捗は悪いですね。
実家帰省などのタイミングでまとめて片付けたいところではある。
おそらくですが、このフェーズでの最後の壁は「エラティックデッキ」での突破になるかと思います。
このデッキはランダムなスーツとランクによって構成されているという非常に特殊なデッキで、
要するに各スーツが13枚、各ランクが4枚あることを保証されていないデッキです。
噛み合えば楽に突破できそうだけど、噛み合わないと地獄のような難易度になりそう。
これをゴールドステークでクリアすることも実績解除の条件になっているのがヤバすぎる。


◆マリオカート ワールド

このタイトルはちょっとした気分転換ポジションとして確立しつつあります。
サッと遊んでサッと止めるのにちょうどいいボリューム感と内容なんですよね。
最近ちょいちょい「サバイバル」のネット対戦レーティングを伸ばしていて、いまは最高7200台です。
まだまだ伸びしろはありそうで、8000まで行ければいいなと思っています。
「レース」のレート戦は上の方で上級者がNISCを駆使して爆走するガチ勢御用達のコンテンツになりつつありますが、
サバイバルは相変わらずの運ゲーなのでエンジョイ勢も多く気が楽ですね。


◆ドンキーコング バナンザ

各階層約2周の探索が終わり、最低目標としていた「バナナ350個」はとりあえず到達できました。
まだまだコンテンツはありますが、ポテンシャル的にはこの辺がひとつのゴールということになりそうです。
クリア後、RTAの視聴も解禁しましたがこのタイトルのRTAはとんでもないことになっていますね。
シーケンスブレイクを駆使しまくって、各階層やるべきことを全無視して失踪するゴリラ。
いま、世界中のトップランカーたちによって鎬を削っていて1時間を切れるかどうか際どいところにきています。
RTA界隈の中でもアツいタイトルなんじゃないだろうか。
にしても、これだけ自由度の高いゲームに仕上げつつも
ちゃんとRTAという楽しみ方にも耐えられる設計になっていることに心底感心します。
自分としては、次に買うタイトルの隙間時間にバナナを探すゲームになりそう。


◆原神

今年の上半期にそれなりにやっていた『原神』ですが、ついに明確に失速(停止)しました。
ナタ編のヒロインで水属性の「ムアラニ」の復刻ガチャが登場したため、
これまで微課金込みでコツコツ貯めていた70連分の課金石を全部費やしたのですが、結果入手したのはモナの凸アイテム。
つまり、★5は当たったもののすり抜けてしまった形になります。
すり抜けてなお次の天井まで課金する余力はとても無いのでムアラニは諦めることになりそう。
今後こそ本命のナヒーダ(2凸)やニィロウなどといったスメール編のキャラが来るまでお預けですかね。
これは説明が面倒くさいのですが、『原神』は課金石がもらえるデイリーイベントをすっ飛ばせるシステムがあり、
その場合はデイリーイベントの代わりにスタミナの消費によって課金石がもらえるようになっています。
このおかげでいままで「聖遺物厳選するついでに石をもらう」というのが日課になっていたのですが、
ある日を境にスキップするために必要な累積ポイントが枯渇してしまい、石がもらえなくなってしまいました。
これが『原神』をやめる直接的な要因になりましたね。なんでこんなシステムがあるんだろう。
まぁ、デイリーイベントやれよということなんでしょうが……。


◆ピクミン

ブログに注力したことで短期的に忘れ去られていたピクミンですが、
メリハリをつけたおかげでボイチャをきっかけにモチベがちょっと回復傾向にあります。
現在の課題は『ピクミン4』のダンバト「戦場のおもちゃ箱」、
『ピクミン2』のチャレンジモード「秘密兵器実験場」もしくは「花園を荒らすもの」で自己べを出すこと。
いずれも惜しいところまでは行っているのであとは根気とタスク優先度の問題かなと思っています。
現状優先度はあまり高くありませんが、感覚を忘れないようにたまにはプレイしたいところ。


*  *  *


こんなところです。
『原神』がポケポケに引き続き脱落、バナンザはメインからサブに降格といったところでしょうか。
次に買うタイトルはゲーム会用に去年からさんざん検討してきた『ペーパーマリオRPG』を買うつもりですが、
これはあくまでもゲーム会中にしかやらないので、
ソロプレイで遊ぶものとして『はじめてゲームプログラミング』も捨てがたいと考えています。
ただ、自分のポテンシャルやモチベーションを鑑みるとちゃんと1本作るところまで行けるかは五分五分……。


#7927

ニーズの範囲

直近のキリ番記事では「ニーズに対して貢献しようとする意志の無い活動は無責任であり、不毛である」
というような利己的活動に対する批判を展開しました(#07900 / 2025年08月02日)。
承認欲求を求めるような「結果的に認められるかどうかわからない活動」は単なるギャンブルであり、
ニーズについて考慮しないような活動は「誰にも求められていない」という側面を否定できないのだと。
だからこそ、しっかり社会的需要を把握してそのために責任ある活動をすべしという方針です。
これは「自分さえ良ければ」という方針で
自分のシマで自分にしか分からないコンテンツを展開してきた従来(2003〜2012年ごろ)のネット活動を
ほとんど全否定する言説であり、
そういう意味では半ば自虐的なエッセイと言うこともできます。
ただ、だからこそ今後20年の活動方針を見定めようとする意志を強く反映したつもりでもあります。


キリ番記事はその時点の思想のスナップショットとしての意味合いが強くありますが、
たいてい1本書き上げるとそこから新たなツッコミどころがたくさん出てきます。
そのため、テーマとしては1本で完全に完結することはなく、後続の記事で補足することになる場合がほとんどです。
特にここ1〜2年はそういう傾向が強いと思っています。
未完成で出しているというよりは、あるテーマについて一通り考えると新たな扉に行き着く感じですね。
さて、今回はどういう新しい扉が見つかるのか。


ひとつの可能性として提示できるのは、「ニーズの範囲」です。
つまり、昔の自分はニーズ(誰に見せるか)を考慮していなかったので
「誰にも求められていない」という側面を否定できず、
だからこそ責任も生まれないし、責任が生まれないからモチベーションも続かなかった。
ネット社会も現実社会と同じように責任の上で活動すべきという考えに基づくと、それは確かに不毛だと言えます。
他人との関係性をいっさい持たなかったら、どんなに有能な仕事をしても意味はありません。
フリーランスもアルバイトも正社員も、想定する「お客さん」あっての仕事です。
これはネット活動も同じで、web制作活動をするなら訪問者を想定する必要があるはずです。


では、ここでいうニーズとはどの程度のことを言うのか?
「ネット社会全体」に対してニーズが無いからダメというのはいささか乱暴な気がします。
たとえばSNSをやっているからといってバズらなかったら価値が無いというのは暴論だということです。
つまり「いいねの数」などのように数で数えるようなものではない。
そこには必ず人間関係があり、要するに大小様々なコミュニティが形成されていると考えることができます。
必ずしも言語コミュニケーションが発生するとは限りませんが、確かにそこには人間関係がある。


こう考えると、「従来型活動」をしていた自分の不毛さの正体というのは、
ピクミン活動以外はすべて「コミュニティに属していない」というのがその原因だったと指摘できます。
「好きなゲームの特集サイトを作る」系の企画が当てはまりますね。
要するに、部員1人で活動していた。だから不毛だし報われないし、社会的意義も見出せなかった。
ネットですらコミュ障ムーブをしていたのがそもそもダメだったということです。
ブログも3代目中期までは訪問者がいるという自覚は持てていました。
しかし3代目末期の非公開運営でこれも断ち切れたので実質これも部員1人と言えるでしょう
(現に4代目以降、アクセス数は激減しています)。
また、やはりブログを見ていると公言していた人と絶縁してしまったのがこの点では致命的になったのだと思います。
だからこそ活動21年目になってこういう問題が頭をもたげてきたのかもしれない。


わずか1人増えて2人になるだけでもそこに小さな社会が形成され、ニーズが発生する余地が生まれるわけです。
もし1人だけだったら自己満足以外にニーズの発生しようがない。
それが従来型活動を続けてきた自分の虚無感を拭えない根底的な原因なのではないかと。
なかなか残酷な結論で、我ながらここまでストレートに書くと心に来るものがありますが……。


もし、これが答えなら直近の言説はひっくり返ります。
ピクミン活動は規模縮小傾向にありインセンティブを十分にもらえないのでもう不毛だと嘆いていましたが、
自分にとってみれば(ブログと違って)それこそが社会的充足感を得られる唯一の可能性でもある。
インセンティブをもらえる・もらえない以前の問題だということです。
少なくとも、ブログ内特集みたいな形で自己満足コンテンツを展開するよりは絶対にそっちに注力した方がいい。
ブログについても、4代目黎明期のいま、ネットの片隅で書き続けると割り切るのではなく、
たった1人でもいいからファンを得られるような立ち回りが求められているのは確かでしょう。
その辺は2026年の課題になると思います。


こういう結論に辿り着くと、自分はやはりどこまで行ってもコミュ障なんだなということを改めて実感します。
社会人になって長い月日が経ち、もうそんな自覚は吹き飛んでいましたが根底はずっと変わっていないんだなと。
そして昨今の悩みは結局意欲の問題に行き着き、
ここで書いたことを鑑みるに2020年の結論(#05971 / 2020年04月25日)がこの悩みの答えなのかもと思います。
こう考えると、この6年間自分は堂々巡りを繰り返していただけだったのか……?


#7929

娯楽としての切り札

今日の出来事暗号資産

ゲーム会で仮想通貨の話になり、かなり盛り上がったのでそろそろ市場に参加したくなってきました。
実質ギャンブルである仮想通貨の世界に元同僚を巻き込むのは絶対NGだと理解していますが、
それはそれとして自分がやる分には問題ないわけですからね。
いろいろ同僚に仮想通貨について説明をしているうちに、
やっぱり仮想通貨って面白いしいまの自分が一番興味のある分野なんだろうなと実感します。
ゲームではこんなに饒舌になれないだろうしなぁ……。


自分が最後に仮想通貨をやっていたのは06月中旬で、
イラン-イスラエル問題をきっかけに退場してしまったのが最後ということになります。
正直次は冬のボーナスをもらって手元がより潤うまでは控えておこうかと思っていたのですが、
あんまり間を空けすぎると取引のセオリーを忘れてしまうし、
なにやら持っている株の関係で秋に20万円ほどの臨時収入がありそうな雰囲気なので、
2%ルールを遵守してなおかつ原資を少なめにすれば金銭的にはほぼほぼ問題ないだろうという目論見です。
ただ、それはそれとして娯楽として強烈な吸引力があるのは確かなので、
他のことをある程度片付けてから着手するべきでしょう。
また、最近知ったのですがByBitでもテザーゴールド(XAUT)の取り扱いが始まっていたので、
取引目的でなくても、無難にゴールドの積立手段として中央集権取引所にお金を置いておくのはアリだと思います。
本当はアルトコインの積立を再開したいのですが、
今年はもうずーっとアルトの冬が続いていてどの銘柄も落ちに落ちまくっているので悩ましいです。
こういうときこそ買いどき……と言いたいところですが、冬が数年単位で続く可能性も否定できないんですよね。
強いて言えばWorldcoinがギリギリ踏ん張っていてアルトターンが来たときに噴き上がりそうな予感がしています。
セーフティな金額をWLDに変換するのはアリかもしれない。


ここで「他のこと」として念頭に置かれるタスクは2つあり、
1つはピクチャレ大会改修(イベント準備)、もうひとつは創作です。
このうちイベント準備については09月05日開催を目標にしていたからこそ ここに含めていたのですが、
結局そのスケジュールは破綻しているのでいまさら考慮する必要はなさそう。
そもそもイベント開催の必要性さえ怪しいと思っているいま、仮想通貨を我慢する理由としては弱いです。
ただ、創作に関してはちょっと事情が違い、現在は秋帰省の執筆開始を前に設定調整をしている段階で、
ここですっぽかしてしまうと帰省という絶好の執筆開始タイミングを逃す恐れがあり、
ひいては11月の最終締切までに間に合うかが怪しくなってくるというのは確か。
なにより創作は仮想通貨のポジションを開けたり、通算で負けたりしているとメンタル的な問題で着手できないため、
仮想通貨が創作の進捗を脅かすリスクは間違いなくあります。
そのため、どんなに譲歩しても秋帰省終了までは手はつけない方が良さそうではある。
もちろん秋帰省での創作の進捗が芳しくなければ延長する必要も出てくるでしょう。


もし再開したら10万円スタートの2%ルール厳守でちまちまやるつもりです。
この場合、損切りの倍額を目標値とする設定なら勝率40%でも100回ちょいの取引で純益は100%を超えるわけですが、
果たして2%ルールを厳守できるのか、そして厳守した上で勝率40%を維持できるかどうかは気になるところ。
勝率40%前後を維持さえできればあとは積み重ねで原資は増えてきますが、
極端に連敗したり勝率35%を切ったりすると原資はじわじわと減っていきます。
この境界線のどっちを進むかで天と地の差があるわけです。
もし着実に増えるならあとは積み重ね回数次第なので、いまみたいにオフシーズンを設ける理由はありません。
一方、やってもやっても増えないならそもそも着手してはいけないわけです。
果たしてどちらなのか。いままで積み重ねてきたノウハウが通用するのかどうかは知りたいし、
それなら来年まで温めずに06月の失敗を覚えているうちに着手した方が良いような気はする。
なにより、他の趣味が明確に衰退している以上、頼れるのはもうこれくらいという現実もあります。


仮想通貨復帰は来年から……と思っていましたが、もしかしたら4ヶ月ほど前倒しするかも。
ただ、いまのビットコイン相場が本当に読めないんですよね……。
日足の方向性が定まってからでも遅くはなさそう?


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