Chrononglyph

就業環境の問題

#8119

20代の仕事について

2年前の春、Twitterの本アカで以下のようなことをつぶやきました。



社会人になって最初の5年くらいが人生の分水嶺だと思う。
ここで軽率にリタイアしたり、無計画にやり過ごして30代になってから路頭に迷う人をたくさん見てきた
20代社会人は若干理想高め意識高めで仕事にぶつかっていくのがちょうどいい。
低すぎても高すぎてもいけない
@koppachappy, 2024/04/02



これは自分の2年前当時までの社会人経験を経て、20代はこうすればよかったという後悔の念を詰め込んだものです。
2年経過したいま、本筋としてはそれほど間違ってはいないと思っているので、
改めてブログで解きほぐしてみることにします。


前提として、自分は「最初の5年」をそれなりのブラック企業に身を置き、結果的に耐え抜いた立場の人間です。
ピークを乗り越えて業務量が少なくなってきたのを見計らって4ヶ月前に申告してから退職したので、
ブラックすぎてギブアップしたわけではなく、いちおう自分なりに責任を果たしたつもりです。
その後、その実績を武器に転職活動した結果趣味を仕事にすることが叶いましたが、
転職前にいたブラック企業の先行きや転職による待遇の向上を考えると転職自体は間違ってはいなかったと思います。
こうしたストーリーがあるので、自分は20代は実績作りのために多少無理してでも会社に留まり、
30代以降はその実績を武器に社会を渡り歩くのが理にかなっていると思っています。
しかし自分はたまたま途中でリタイアしなかったのでこのような経歴になりましたが、
世の中には目先のツラさで会社をあっさり辞めてしまうことが多いと聞きます。
プライバシーの関係で詳しく言及することは避けますが、実際周囲に路頭に迷っている人もいます。
そうした経験則や知見を踏まえて、軽率に会社を辞めるとその後のキャリア形成に大きな傷をつけることになるかもよ、
と警鐘を鳴らしているのがこの投稿です。


まず「軽率にリタイアしたり、無計画にやり過ごすと30代になってから路頭に迷う」という前文について。
これは実際に周囲の人間を観測していて得られた教訓ですが、これを援護するさまざまな持論があります。


第1に、単純に仕事がキツくて耐えられなくて辞めると燃え尽き症候群で休職期間が長期化しやすいという事実。
新卒でそこに入ったのなら、その人にとって仕事=ブラック企業で働く=ツラいものというイメージは拭えません。
ということは転職は再びツラい目に遭うことを承知でする覚悟が必要であり、精神的にかなり高いハードルがあります。
もちろんそうでない可能性もあるわけですが、人は経験に基づく恐怖はなかなか拭えないものです。
海に入ったことのない子どもは海に対する恐怖心が無いので何も考えずに海を泳ごうとするかもしれませんが、
その結果死にかけたのなら、その子どもは今後二度と海に入ろうとはしないでしょう。
新卒は社会を知らないがゆえに社会に対する恐怖心が無いのである程度突っ込むことができますが、
仕事で何らかのキツい思いをした中途の求職者はすでに恐怖心が芽生えてしまっているのでそういうわけにいきません。
特に、「自分はこの業種くらいしか適性が無いだろう」と思って新卒でその業界に入った結果、
ブラック企業にこき使われて燃え尽きると適性検査や自己分析、資格取得などからやり直す羽目になります。
そのハードルはかなり高く、それゆえか最初の会社で心が折れたらずっとニートというケースをたまに聞きます。


第2に、基本的に出世はスキルで卓越した人以外は長期で働き続けるしか道は無いという点。
嫌になったら自己都合退職すればとりあえずリセットできるというのは労基法でも許されている被雇用者の権利ですが、
それを行使すると基本的に社会的地位は振り出しに戻ります。


会社に用意されている椅子はポジションごとに限られているので、
上に行くにはその椅子に座っている人にどいてもらうか、その人よりも明確に優秀でなければなりません。
後者はよっぽど熱意がないと難しいので基本的には椅子が空くまで待つことになるわけですが、
会社を辞めるということはその待機列を途中離脱して別の列に並び直すようなものです。
列の長さや椅子が空きそうかどうかは部署や会社ごとに事情も椅子の数も人数も異なるので見極める価値はありますが、
基本的にこの椅子取りゲームは業務スキル云々よりも最後まで残っていた人が必ず勝つ仕組みです。
一度上の椅子にさえ座ればそれが実績として通用するので、平社員として列に並ぶ段階は耐えどころかなと。


第3に、その人の中で厳しい仕事を耐え抜いたという事実自体が成功体験として通用するという点。
そもそも就職先は労働者がその責任において選んだものであり、その結果キツかったからと早々に辞めるのと、
ある程度落ち着くまで耐えてから責任を取って辞めたのでは自尊心への影響度合いが根本的に異なります。
前者はどうしても損切りみたいなニュアンスが強く、言い訳は避けられずそれを成功体験と自負するのは厳しいですが、
やりきってから辞めたのであれば、それは自分の歴史として堂々と語ることができます。
人生において成功体験が重要であることは言うまでもなく、それは30代以降の仕事の姿勢の基礎になります。
キツい現場を生き残ったということは、どうあれ目先のツラさよりも責任感を重視したということであり、
世の中はそれができる人を基本的には誠実な人として高く評価します。


ちなみに逆も然りで、損切りに成功するとそれもそれで個人にとっての成功体験として通用してしまいます。
今後の仕事においても「嫌になったら辞めればいい」という姿勢が根付いてしまうわけですね。
部署や地位が変わらないかぎり、その業務のキツさはたいてい「逆難易度曲線」を描き、
最初がもっともキツく徐々に楽になる傾向にあります。中途採用であればさらにその傾向は顕著でしょう。
これは仕事がキツい会社特有の社内政治や本人のスキル、人間関係の成熟などさまざまな要因があると思われますが、
いずれにしろ最初の3年くらいがもっとも離職率の高いサバイバルだと言えるでしょう。
そして「嫌になったら辞めればいい」というマインドが定着してしまった人ほど、それを突破するのは難しくなります。
会社に入って一番嫌になる時期が最初の3年なので当然といえば当然。
そうなると3年以内に正社員転職を繰り返すようになり、結果的に何も積み上がらないということになりかねません。


基本的な傾向として、20代に対する人事評価は「これからしたいこと」を問われますが、
30代以上では「何をやってきたか」を問われることが多いと思います。
20代ではコミュ力や熱意さえあれば重宝はされます。なので20代のうちは実績皆無でも職場を転々とできる。
しかし30代、特に後半になってくるとそのやり方は通用しなくなってきます。
30代は社会人経験が10年近くある人間としてみなされる以上、
その10年近くで「何をやってきたのか」ということが最重要視されます。
30代が「無資格無実績ですが、これから頑張ります」などと言っても印象が悪いだけです。
単純に10年椅子が空くのを待っていれば実績皆無ということはあり得ないわけで、
転職を繰り返している人とそうでない人の間にはおそらく想像以上に社会(人事)から見た印象に差があります。
それは30代以降じわじわと転職活動の成績に響いてきて、
40歳になるころには多少のリーダー経験があってもなお書類選考で落ちることも珍しくなくなります。
そうした狭き門を潜ってやっと就職できても、与えられるポジションはたいてい新卒と同じです。
それがどれだけその人の自尊心を傷つけるか計り知れません。


逆に言えば、20代に堂々と言える実績を作れれば、30代以降はそれを武器に転職することも可能です。
「最初の5年くらいが分水嶺」というのは20代で実績を作れるか否かで後人生に大きな影響を及ぼすという意味もあり、
また人の身体的ポテンシャルがもっとも高いのが10〜20代である以上、
多少無理できるというアドバンテージがあるので実績を作るのに適しているという意味もあります。
30代以降は体力低下や自尊心などの事情によってそうはいきません。
20代でできなかったことは30代でもできないと考えるのが無難でしょう。
その辺は瀬戸内寂聴さんの「若き日にバラを掴め」という言葉のとおりだと思います(#07023 / 2023年03月10日)。


次に「若干理想高め・意識高めで仕事にぶつかっていくのがちょうどいい」という後文について。
これは本文で指摘している通り、この文そのままの意味というよりは
理想・意識が高すぎるのはダメで、なおかつ理想・意識が低すぎるのもダメという2×2=4つの主張が念頭にあります。
そして特に「意識が高すぎるのはダメ」という主張は、自分自身の失敗経験に依るものです。
まず、社会人デビューすると学生時代とのギャップで意識は高くなりやすいと思います。
これはアルバイト経験の有無や実家の太さでだいぶ感覚が異なりそうですが、
多くの人にとって学生時代は1万円というのは大金であるというイメージがあるのではないでしょうか。
しかし社会人になるとその数十倍の金額を毎月、賞与にいたってはさらにその数倍が臨時収入としてもらえるわけです。
この報酬はなかなか強烈で、一部の新社会人を調子に乗らせるのに十分な威力があると思います。
まぁ、自立している人はそのうちかなりの割合が生活費に消えるわけですが……。


つまり、学生時代と違って社会は金銭的報酬という形でしっかり報いるシステムが確立している。
しかも頑張れば頑張るほど、昇給や臨時賞与などの形で報酬が増える。
ネットと違って「自分」と社会は地続きなので他者承認もガッツリ得られる。
これは学生時代にそうした報酬を与えられず、頑張りたいのに頑張る機会を得られなかった人ほど魅力的なシステムです。
なので社会人デビューすると、見違えるようにバリバリ働く新卒の人は結構いる。
そうすると意識も青天井に高くなっていくわけです。


本来のポテンシャルを無視して金銭的・社会的報酬や与えられた責任の大きさに応じて働こうとすると、
先述の燃え尽き症候群に陥ったときに一気に反動が来るので危険であるということは言うまでもありません。
しかし個人的にそれと同じくらい危ういと思うのは、
こうした金銭的・社会的報酬、責任の重さによって調子に乗ると謎の全能感を得て他人を侮りやすくなる傾向があり、
それが職場の対人関係で問題を起こすリスクを飛躍的に上げるという点です。
要は「しっかり仕事をしていて会社はそれを認めている以上、自分は基本的に正しい」という態度をとりがちなんですね。
そして事実はどうであれ自分がいないと現場は回らないだろうという驕りがあり、
あるいは自分ができることをできない人は愚かだという思い込みがある。
それゆえ部下はもちろん、現場のやり方に文句を言ってくる上の立場の人や総務などに対して高圧的な態度を取る。
こういう人はたいてい仕事で得たノウハウを独り占めする傾向にあり、教育が下手くそです。


世のブラック企業をブラックたらしめているのは実はこういう責任感のある実直な人たちだと思うわけですが、
こういう人がいると基本的に人は会社から離れていき定着率も悪くなるので、人員不足に陥ります。
そうするとめちゃくちゃ頑張っている意識の高い人がさらに限界を超えて頑張らなければならなくなる。
同僚をはじめとする周囲の人間への配慮を忘れた人に待ち受けているのは、オーバーワークからの破滅的な退職です。
実際、周囲を頼れなくなって破綻した人は何度も見てきました。
こういう人はだいたいロクに引き継ぎをせずに辞めていくので残された現場は大炎上します。
彼らは一見すると有能で責任感があるから仕事を抱え込んでいるように見えますが、
その実、社会人としての対人関係構築力に乏しいと言う意味では無能だと言えるでしょう
(業種や現場、ポジションによっては頼れる人が文字通り「いない」ケースもあるので一概には言えませんが)。


元学生にとって社会から与えられる報酬は強烈なものですが、
それに惑わされずに一定の謙虚な気持ちを忘れずに他者と関われると、
20代社会人としての評価はものすごく上がると思います。なにしろそれができる人なんて滅多にいないので。


ちなみに意識が低すぎるのがダメなのは言わずもがな、楽な仕事というパイは世の中にそれほど多くないからです。
通常、倫理的・法的に逸脱していなければブラック企業とは言いませんが、
なるべく楽をしたい人やキャパシティの小さい人にとっては、
しばしば「会社が最低限求めるレベル」がキャパを超えると会社がブラックに見えたりします。
そのときにひたすら他責的に考えてしまうとキャパを超える仕事を要求されたら即転職が合理的になってしまい、
そういう人でもできる簡単な仕事は世の中にそれほど余っていないので転職もいずれ行き詰まります。
この問題を乗り越えるには、1箇所にとどまって現場の経験値を溜めてキャパを広げるしかないわけです。


また、「(意識ではなく)理想が高すぎてもいけない、低すぎてもいけない」というのは
このブログで近年散々擦っている無能問題および達成感の問題に関する持論です(#07755 / 2025年03月11日)。
要はヒトは理想を越えられるかどうか微妙なラインのタスクを引き受けて初めて努力することができ、
理想が不当に高すぎるとそもそも行動さえできず、逆に低すぎると物事がつまらなくなってしまうという話ですが、
仕事においては「ほどよく忙しい」職場を追い求めることでこれを達成することができると思います。
なので他者から見たら「それブラックなのでは?」と思うほど忙しくても、
本人の適性の範囲内で達成感を味わえる仕事ならやりがいのある仕事に化ける可能性はあります。


以上をざっとまとめると、まず多少仕事がキツいからといって軽率に辞めるのはオススメしませんと。
その理由として仕事がキツいほど反動で休職期間が長くなりがちなこと、
(社会というより)会社からの信用がリセットされるので待てば得られるはずの出世の機会を逃しやすくなること、
またそうした休職や社会的地位の停滞は「社会人としての実績」を生むことがないため、
それは30代以降のステップアップを阻む壁になりうるという話を書いたつもりです。
また後半では新卒はえてして意識が高くなりがちだが、それは高慢な姿勢を生み他人に頼ることを難しくし、
結果的に仕事がさらにキツくなりやすいので自制するのが望ましいというようなことを書きました。


では、転職することが絶対ダメなのかというともちろんそんなことはありません。
まず、この言説はそもそも「新卒にとってブラックに見える職場も、長い目で見ればマシになる」という前提があります。
モチベーションアップ株式会社のポスターが貼られていたり、パワハラなど不道徳なことが横行していたり、
人事部が機能しておらず年配も巻き込んで万年デスマーチだったり、朝礼で『職場の教養』を読まされたり、
会社の財政や社内政治的に昇給・昇進がありえなかったりするようなところは損を承知でさっさと辞めるべきでしょう。
また、有資格者や専門職ならそもそもこうした問題の多くはあてはまらないかもしれません。
資格や専門職としてのポートフォリオがその人の人材価値をある程度担保してくれるからです。
それから「自分は趣味を人生の軸に据えているから仕事は最低限でいい」という人も一見当てはまりませんが、
その場合は趣味側の実績が求められ、それはそれで茨の道です。
本来リアル社会で得られるものをゼロからネット社会(趣味)に求めるのは、
本記事とはまた別の文脈で非合理と思われ、自分はオススメしません(#08106 / 2026年02月24日)。
生活基盤や社会的欲求のことを考えると、よほど成功していないかぎりは仕事もほどほどにやる必要はあるでしょう。


それから、こういうことを書くと「20代で停滞した人間に救いは無いのか」と突っ込まれるかもしれません。
非正規労働や短期間での転職、あるいは空白期間を作って一度路頭に迷ったらもうダメなのかと。
「若い」という武器を捨ててしまうと不利なのは社会のシステムの都合上間違いないので
そこはなんとも擁護のしようがありませんが、
ここまでの言説がある程度妥当ならそれなりに難しい資格の勉強は具体的な挽回の手段になると思います。
また、20代あるいはそれ以前からの人生の停滞は本人というより社会(他人)に原因があるケースも多々あると思われ、
そもそも停滞すること自体を「悪」「負け組」のように認識することは、
格差があって当たり前のこの世の中において不当に差別的な考え方だと自分は思います。
逆にホワイト企業でまったり稼いでいる人やそもそも働いていない人が「善」「勝ち組」とも思いません。
会社がジグソーパズルのようなものなら個人はいわば1つのピースであり、
そこではちょうどハマるかどうかだけが重要で、個々のピースの大きさは関係ないということです。


それを見極めるためにはやはり就職・離職・転職など職業選択に関することは短期展望ではダメで、
自分の人生がどうありたいかということを俯瞰した上でその責任において決定すべきなんだろうなと。
福利厚生が豊富で仕事が楽で年収がより多い方が偉くて勝ち組なんだと思っている人は少なくないですが、
勤労というのはそんなに単純なものでもないのではないかと今更ながらに思っています。


#7453

テレワーク生活終了へ

05月末退場確定によってちょうど1年ぶりに違う現場に行くことになるわけですが、
テレワーク生活の終わりによって仕事に関するモチベーションが復活する可能性がある一方で、
やはり不安も拭い切れず、いったい来月からの自分はどうなってしまうんだろうと思っています。


2023年後半期に、自分はテレワークによって十分以上の睡眠時間を確保できる環境にいることにより、
長年の睡眠に関する問題が解決したと実感しました。
その根拠として、まず午前中に起きる必要のない休日にも自然と午前中に起きられるようになったこと、
それから年末・年度末繁忙期において出社の必要が生じた際にも早朝に起きられたことが挙げられます。
「休日午前に自然に起きる」というのは、記憶に残っているかぎりは思春期からすでにできていませんでした。
自分という人間は休日は午後に起きるのが当たり前。
そして少なからずそれが生活リズム崩壊の起点になるため、長期休暇は昼夜逆転のリスクがありました。
長期休暇でなくても、休日に午後まで寝てしまう分の皺寄せとして月曜日がツラかったのは言うまでもありません。
それは自分にとってあまりにも当たり前だったので、
休日午前に起きられるようになったときは自分でも結構驚きがありました。
「休日ってこんなに長かったんだ」と思ったものです。


もうひとつは繁忙期の早朝出勤で一度も欠勤に至らなかったこと。
まあ社会人として休まないのは当たり前なんですが、2022年はその「当たり前」ができなかったのも事実。
うつなのか起立性調整障害なのか、医師の診断が出ていないのでなんとも言えませんが、
とにかく当時は頭では分かっていても身体がどうしても言うことを聞いてくれませんでした。
どんなに頑張っても乗り越えられないくらい、当時の自分にとって早起きが難しかったわけです。
これは職場環境や当時の意識、上京して初めての1時間半以上の長距離通勤だったことも関係していますが、
とにかくこれのせいで社会人としての自信もすっかり失ってしまったという経緯があります。
現時点で失職していないのは、その後たまたまテレワークだったからに過ぎません。
本当に上京2年目までの勢いを殺す出来事だったと思います。
しかし、十分な睡眠時間の確保を経て久々の出社となったとき、それを克服できたのは良い成功体験になりました。
ただしこれは短期間での話であり、長期だとどうなるかはまだわかりません。


このようにテレワークのおかげで睡眠の問題を克服でき、睡眠に関するリスクも遠ざけられていたのは事実です。
その代わり、他者とのコミュニケーションが激減したことで、
極論を言えば仕事をしている実感そのものが失われてしまいました。
そこで次の現場は「長距離すぎない範囲で、非テレワークの現場」を営業に強く希望しています。
とはいえ、物理的な距離も加味するとなかなか候補が無いのも事実。
仕事内容もここずっと不本意な現場を選び続けているという経緯があり、とても重要視するところです。
そうなると距離的な都合はどうしても妥協せざるを得ないところも……。
現時点で来ている候補を見るかぎり、結局2022年当時の通勤時間と同等程度は避けられなさそう。
となると、果たして起きられるのかという問題が出てきます。
少なくとも、丸一年テレワークでぬくぬくしていたため最初の1ヶ月くらいは地獄でしょう。
そこで自分の精神や身体が保てるのかどうか……。
ただ、このままずっとテレワークでは別の意味で持たないので正念場だとは思います。


現場移動でそもそも1年ぶりの出社に耐えられるかどうかというのが直近の大きな不安材料ですが、
これとは別にもうひとつあります。それは、そもそも現場が今月以内に決まるのかどうか。


SESにおける現場決めはまず営業部から技術社員へ案件の紹介があり、
本人が「これはいいかも」と判断したら先方へスキルシートなどを送って書類審査してもらい、
書類が通って初めて面談→採用可否といった流れになります。
営業部が自分にマッチしそうな案件を探すにもそれなりに時間はかかるし、
そこから先の工程にもそれぞれ数営業日の間はあるわけです。
一発で通ればいいですが、一度でも不採用だったり面談まで行って「やっぱダメかも」と思ってしまうと振り出し。
05月13日時点でまだ「これはいいかも」と思える現場の紹介が皆無なため、
これまでの感じだと月末までに間に合うかどうかはかなり際どいところです。
当たり前ですが次が決まらないからといっていまのところの契約を延長することはできません。


もし間に合わなかった場合は待機となります。これは名実ともに給料が出る無職になるということ。
給料自体は待機しても控除にならないのですが、1ヶ月の待機でボーナスが10万円以上減るらしく、
まあ事実上の減給であることには変わりません。
冬ボナ支給時にはさすがにいまより家計に余裕はあると思いますが、10万円減るのはさすがに避けたい。
とは言えこればっかりは自分のチカラではどうにもならない要素も多いし、
10万円控除を回避したいがために不本意な現場へ行くのも長い目で見れば自分の為になりません。
場合によっては待機を受け入れることになる可能性も少なからずあります。


そうなった場合、減収をカバーするのとリフレッシュの意味合いを兼ねて
待機期間中はまるごと実家で過ごすのもアリなのかなーと思っています。
実家帰省は食費がかからないので1ヶ月いれば丸1ヶ月分の食費が浮くことに。
もちろん交通費はかかるし実際には面談等のためにすぐ東京へ戻らないといけない可能性もあり、
そうそう上手くはいかないでしょうが、まあ1週間以上いれば減収をカバーできるのも事実です。
実家はあんまり長くいると調子が狂ってくるので身体的なリスクはありますが、
環境が変わるため趣味系の作業が捗りやすいという利点もあります。


まぁ、もし本当に待機になって減収をカバーしたいなら東京に留まって短期バイトをするのが現実的な気はする。
2020年当時も一度待機になったときがあり、
そのときに初めてやったバイトは軽作業だと思ったらバリバリ身体を使う仕事で地獄を見ましたが、
さすがにあれはバイトの探し方が悪かったと思いたいところです。
都内だと最低時給でも1日働けば1万円はもらえるので、11日以上頑張れば待機の方が稼げる可能性も。
まあ、IT以外ほぼ未経験&コミュ障の自分ができる仕事というのはそうそう無いというのも事実ですが。
こう考えると、万が一テレワークも出社もダメでいまの会社も辞めざるを得なくなったら人生詰むなぁ……。


いずれにしろ、ここ1年かそれ以上テレワークでぬくぬくしていた生活がついに終わろうとしているのは事実。
ぬるま湯から抜け出せるか否か、ここ1ヶ月くらいが頑張りどころなのかなと。


#7190

テレワークの問題点あれこれ

新型コロナ禍によってIT企業に定着したテレワークという働き方。
もうテレワークをするようになってそれなりに経っていますが、
いまだ適応できていない感があります。特に2022年以降からの現場が立て続けでひどい。
2022年以降で3つテレワークありの現場を経験していますが、それぞれで違う問題が起きています。
1つ目は文字コミュニケーションで意見が対立したことで大きなトラブルになったという問題。
IT企業のテレワークは「Slack」「Chatwork」「Microsoft Teams」などのツールを使って
チャット式での連絡を取ることが多いですが、
チャットだと相手の顔が見えないこともあって語気が強くなりがちというか。
(そういえばメールではこういう問題は起きない気がする。なんでだろう?)
まあこれは当時、匿名掲示板への書き込みをしていたことも悪影響を及ぼしている気がしますが、
とにかく絶対逆らってはいけないお局様とレスバしてしまったのが運の尽きでした。
口頭コミュニケーションしかしないスタイルだったらまず起きなかったトラブルだと思います。


2つ目の現場では、2日連続での出社を指示されても朝起きられないという問題に直面。
当時は月木金がテレワーク、火水が出社と定められていました。
この出社日というのがツラいのなんの。特に水曜日。
これは、木〜月曜日は始業直前まで寝ることができるのに、
出社日だけはそれよりも2時間以上早く起きなければならないのが主な原因だと思っています。
つまり、同じ週内で起きなければならない時間にギャップがあることに適応できない状態。
全部出社や全部テレワークなら起床すべき時間がどうであれ問題にならないと思います。
事実2021年は全部出社でしたが起床時にここまで起きられないということはありませんでした。
これはもう長年睡眠の問題と闘ってきたことによる弊害としか思えないのですが、
それを他人に理解してもらうことの難しさも感じています。


3つ目の現場は当初フルテレワークという話だったので、
起床時間のギャップ問題は発生しなくなるという点ではかなり期待していました。
入場の直前になって水曜日だけ出社になったことは不運というか理不尽に感じましたが、
まあそれでも週に1日しか出社しなくていいならなんとか適応できるかもしれない。
そう思って取り組んでいたのですが、今度は仕事のモチベに悩まされています。
テレワークの比率が非常に大きいので他の社員とのコミュニケーション機会が極めて限定的で、
それゆえに仕事をしているという実感が無くなってしまうんですよね。
ずーっと自室にいるので仕事モードのON/OFFの切り替えもかなり難しいと思っています。
これについては、月極契約しているコワーキングスペースは趣味系作業を、
自宅では仕事を、という割り切りでスイッチの切り替えをするように努力しているつもりですが、
それでも本来自宅は仕事をする場所ではない、という固定観念が未だ根強くあります。


ということで、テレワークでは自分の性格と身体の都合により3つも問題を抱えています。
「チャットだけだと喧嘩になりやすい問題」については、
可能な限り音声通話でコミュニケーションする、アンガーマネジメントを心がける、
といった心構えである程度なんとかなると認識しています。
事実あれから同様の問題は起きていませんし。まあこれは現場ガチャにも左右されるところですが。
例のお局様みたいな人と当たったらこの問題は再発しかねません。


「テレワークと出社が混在している場合の出社日の朝がツラい問題」については、
以前、目覚ましをスマホと置き時計で別々の時間にセットしておいて、
さらに置き時計は寝床から離れた場所に置くといった対策でなんとかなっていた気がするので、
それを再び実践することでもしかしたら改善する……かも?
あと夜更かしせずに決まった時間に就寝するのはもはや必須条件であり、
夜眠れない問題が発生したらこの問題もより深刻になると思います。


「テレワーク中に仕事の意欲が湧かない問題」については、
これまで明確に解決した試しが無いのである意味一番厄介な問題です。
改めて自分は誰も見ていなかったらできるだけサボってしまう人間なのだと痛感します。
これもまともな人が同僚にいるならば積極的なコミュニケーションである程度改善はしそうだけど、
いまの現場はそもそもやりたいことからかなり遠いジャンルなので(web制作ではありません)、
そもそも仕事の内容的に興味を持てないという問題も抱えています。
これは、やりたいかどうかよりもフルテレワークを優先した自分のせいなのですが……。
さらにマズいことに、趣味でやっているweb制作の方がやり甲斐を感じるので
それとのギャップもあるという。


これらはすべて、テレワークならではの問題です。
なので2021年のように週5出社の現場に出勤するようになれば自ずと改善すると思います。
ただ、これまでいくつか都心の現場に出勤することがありましたが、
都心だと通勤ラッシュ地獄はもとより、なんだかんだで通勤に時間がかかるのが痛いんですよね。
あまりに遠いと相応に早起きしなければならず、それはそれで睡眠の問題を起こしかねません。
なので、多摩地域に住んでいる以上は多摩地域で仕事をしたいというのが本音です。
それがかなわないなら、脱テレワークの風潮になってきた辺りで都心へ引っ越さざるを得ない。
やっぱり仕事があるのは圧倒的に都心ですからね……。


今日はこの辺の悩みを解決するために所属支社へ赴いて面談を受けてきました。
が、思いの外話がいろいろな分野に広がって結論を得ることができず、
続きをまた再来週に開催することになりました。その辺の結論が出たらまたまとめたいと思います。