助詞のカタマリ
いまの職場はフリーアドレスなのですが、たまたま前に座っていた薄幸そうな綺麗な声の女子社員が電話をとり、
「えっとですね……それについてはこれこれこうで」とお客さんに現状報告的なことをしていました。
ここでの「えっとですね」という言葉は場繋ぎ的なニュアンスがあると思われるわけですが、
それ自体はなんにも具体的な何かを説明していないのが面白いなとふと思いました。
「えっとですね」は構造的には次のように分解できます。
- えっ(感嘆詞)
- 意外なことに驚いたときに発する語。
- 問い返すときの語。
- チカラを込める際に発する語。
- と(接続助詞)
- 2つの動作・作用が同時に行われることを表す。(庭に出ると犬が来た)
- 同じ主体の動作・作用が引き続て起こることを表す。(電車を降りるとホームをかけだした)
- 次に起こる動作・作用のきっかけを表す。(話が始まると辺りは静かになった)
- ある条件が備わるといつも同じことが起こることを表す。(猫がいなくなるとネズミが増える)
- 前後の関係が、いわば順当に起こりうる場合の前件を表す。(お酒は適量に飲むといい)
- 次の発言の前置きを表す。(この場合ですとお値段が高くなります)
- 予想に反する事態が起こることを表す。(行こうと行くまいと僕の勝手だ)
- です(助動詞)
- だ・であるの丁寧語。
- ね(終助詞)
- 軽い詠嘆を表す。(みなさん仲良しでいいわね)
- 軽く念を押す気持ちを表す。(そんな気がしますね)
- 相手の同意を求める気持ちを表す。(本当に明日は来てね)
- 問いかける気持ちを表す。(それは一体何かね)
(大辞林第8版を参考に作成)
いわゆる主語や述語がまったく含まれていないのに日本語として成り立っている、いわば助詞のカタマリ。
「えっとですね」というのは基本的に場繋ぎとして発声されることが目的でそれ自体に意味はありません。
一方でこの言葉には、実に日本語らしいというべきか会話相手との距離感を規定する魔法が込められています。
「えっと」はフィラーといい、意味のある言葉を発する前の前置きのようなもの。
調べてみるとそれ自体でひとつではなく、上記のように「えっ」と「と」の2つが合体してできた語です。
この場合、接続助詞としての「と」は上記の⑥の用法と見るのが妥当でしょうか。
この部分は人によっては「あ」かもしれないし、カジュアルな場では「え〜っと」と伸ばすかもしれない。
これ自体はややビジネスの場にそぐわない感は否めませんが、次の「です」がそれを中和しています。
カジュアルな場なら「です」を取って「えっとね」でも「えっと」でも成り立ちます。
最後の「ね」は一見して②か③の意味合いがあると思われますが、
「えっとですね」は「ね」を取ると成り立たなくなってしまいます。
「えっと」でフィラーを発声したのち、ビジネスの場に合わせるために「です」をくっつけると、
あたかも断定調のように聞こえてしまいフィラーとしての意味が崩れてしまう。
そこでこれを間投助詞のように変化させ、語尾に「ね」をくっつけることで成り立たせているわけですね。
以前、ブログのモチベ向上に伴い文章力そのものも向上心が芽生えつつあると書きましたが(#07589 / 2024年09月25日)、
ひょっとしたらこれこそがそのモチベーションに一番近い分野なのかも。
先週は好奇心に従って音声学や文字学などの辞書や文献を漁っていたりしたけれど、
もっと身近な「日本語の文法」をもう一度見つめ直すというのはなかなか楽しそうです。
品詞の使い分けを整理して2020年ごろに一度挫折したブログの執筆ルールを今度こそ作ってみるとかね。
それにしても、まさかこんなありきたりな言葉がパズルのように組み合わさって成り立っているとは……。