飛ばし読みのバランス感覚
01月が最悪の出足となったことで半ば忘れ去られていた読書録復活計画(#08022 / 2025年12月02日)についてですが、
最近ようやく読書機運が高まってきているので改めてその具体的な方向性について整理しておくとします。
まず、なぜ読書を年間計画として復活させたのかというと、
自分の中で教養と言えるもののレベル、特に価値判断の根拠になるツールがなかなかアップデートされておらず、
自己啓発本をよく読んでいた2020年から停滞していると実感したことに依ります。
2021年以降は承認欲求についてずいぶんと長く考察してきましたが、
独力でどうにかしようとしているのでなかなか遠回りをしているような実感があります。
これにかぎらず、先人がすでに答えを出していることは少なくないと思われるので、
それにアクセスする手段としての読書は途絶えさせない方が諸々効率が良いのではないかとは改めて思います。
とはいえ、ただ読むだけでは身につかないという考えから、
年間計画として標榜しているのは読書ではなく読書録、つまり1冊読んだらそれを要約してブログに載せる、
という活動を最低年4回行うことを目標としています。
そして、「読書録を書くに値する本」かどうかは読んでみないとなかなか分からないだろうという予感から、
読む本そのものは2021年の大人買いを復活させる勢いでとにかくウィッシュリストを厳選して買いまくり、
それらは読書録を書かなくてもいいからとにかくパラっと読んでしまおうという方針です。
ちなみに読書時間は週6〜10時間確保できる見通しですが、この辺はモチベに大きく左右されそうです。
「読書録を書くに値する本を精読して読書録を書く」というプロセスは、まあなんとかなると思っています。
曲がりなりにも2020年に12本も書いた実績があるわけで、そのプロセスと大差無いわけですからね。
問題は「パラっと読む」というプロセス。
何も考えずに買ってきた本を読み出したら結局端から端まで読んでしまいそうで、
そんなスピード感ではおそらく目標を達成することができません。
持続可能なモチベを捻出できそうな範囲で想定しているペースは、1日で1冊読み切ってしまうことです。
たとえば本を読むために退勤後カフェに入店したとしたら、そこにいる間に全部読み切ってしまいたい。
自分は本を読む前に過大評価や理想化がどうしても付随するものと思っていて、
本は買った以上は(ともすれば値段以上に)何か有意義なことが書かれているものだと期待してしまうものです。
だからこそいきなり精読しようとして、そして挫折してしまうパターンがとても多い。
なのでもう少し気負わずに、「面白いことが書かれていたらラッキー」くらいのスタンスで臨むことは重要だと思います。
かといって、本当に文字通りパラパラとめくっただけでは何も意味がありません。
精読しないということは読まない箇所があるということを意味しているわけですが、
どれくらいまでのカットなら「いちおう読んだ」と言える読後感を得られるのか……。
この辺のバランス感覚は読んでみないとなんとも言えず、試行錯誤することになりそうです。