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一人暮らし

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#7966

出社日増加の必要性

今日の出来事一人暮らし

いま、なにげにうつ病になる一歩手前まで来ていると感じます。
別にネガティブな出来事があるわけでもないし、人間関係に問題が起きているわけでもない。
むしろ職場環境もプライベートの人間関係もかなり良好な状態をキープできていると感じます。
しかし一方で、実生活上の「退屈度」が加速度的に上がっていて、虚しささえ感じるようになってきている。
これはさまざまな要素が合わさってできています。
テレワークによって時間的リソースが増えたことで、退屈凌ぎに必要なコンテンツ量が大幅に増えた。
かといって完璧主義的、あるいは保守的傾向により脈絡のない新規文化には着手できない。
既存の文化は擦りすぎて面白みがもはや残っていない。ではどうすれば? という状況。
これは、実家帰省により一人暮らしの退屈さが改めて浮き彫りになってしまい、
それに対して反証できる要素が見つかっていないということも要因として大きいと思います。
ゆえに、先の実家帰省終了直後からこういう行き詰まり感を感じることが特に増えた。


もっとも単純な解決方法はテレワークを増やし、意図的に束縛時間を増やすことです。
現在テレワークしている曜日は火・水・木の週3日で、
このうち水曜日は例のゲーム会がある都合上出社しない方がいいので、出社するとしたら火・木のいずれか。
ただこの2日間(というより月・金以外の曜日)は全社員のうちオフィスビルへの出社割合が高く、
フリーアドレスである都合上座る場所を確保するのに苦労するためあんまり出社したくないんですよね。
ただ、そろそろそうも言っていられなくなってきたような気がする。


とはいえテレワークを減らしただけでは根本解決になりません。
プライベート面でもそろそろ文化的活動の行き詰まり感を認め、次のステップを模索していく必要があると思います。
具体的には、2024年にVTuberを見るようになった辺りから定着した
キュレーションに全部任せた受動的なコンテンツの消費の仕方と決別しなければならないだろうなと。
このやり方は「自分からコンテンツを探しにいく」ということさえしないので、
プライベートにおいて努力するきっかけをすべて潰してしまいます。
ネット活動において「なぜ頑張らなければならないのか」という根底的な信念が昨今揺らいでいるので、
何かに打ち込み努力する、ということが現状できないのは百歩譲って仕方ないにしても、
もう少し能動的に新しい何かを探すということは意識的にした方がいいのかもしれない。
おそろしいのは、自分の中でVTuber文化はとっくに廃れたのに
受動的にしかコンテンツを探せない習慣については根強く残っているということです。
一度怠惰な方向に大きく舵を切ってしまうと、元の方向に戻すのは困難だということなのでしょう。


#7948

日々の楽しみを発掘する

今日の出来事一人暮らし

今回、実家帰省が成功だったことで逆に東京生活の行き詰まりに対する恐怖が浮き彫りになってしまいました。
いまの自分は、内部ではさまざまな改善を繰り返し実際に生活は改善する方向に向かっているものの、
客観的に見れば将来性も微妙な仕事に週40時間を費やし、
それ以外にこれと言って生活を華やかにする何かがあるわけではないというのが現状です。
たいてい毎月興味関心を抱く何かを見つけてそれに心奪われることもありますが、
それがまず長続きしない一過性のマイブームであることは自分自身が良く知っています。
そして一過性のちょっとした興味関心は、結局あとに何も残らない。
一方、長期的な活動はそれ自体を継続しようという責任感こそあるものの、
それ自体が楽しくて生活に花を添えているとは言いがたいという現実があります。


実家帰省を経て思ったのは、活動は自分自身が「楽しい」と思えるかどうかという尺度が大事なのではないかと。
近年のキリ番記事で再三検討してきたとおり、
「認めてくれるかもしれない」という承認欲求だけを原動力に頑張るのは一か八かのギャンブルであり、
そういった不確実な承認欲求ありきの活動は自分の中では明確にオワコンになりました。
「自分が楽しいかどうか」というのはその代替になりえる物差しだと思いますが、
いまのところ理想論でしかないだろうというのがそれに対する素直な気持ちです。
ただ、それが理想ならそうなるように改善を積み重ねる価値はありそうではある。
たとえばこのブログなら、ブログをもっと楽しく書けるような工夫を考えるとかですね。


往々にして長期で続いている活動ほど義務感や責任感が重くなりすぎて楽しめていない傾向にあると思うので、
こういう切り口から活動を改善するというのはいまの自分にとって重要な考え方なのではないかとも思います。
逆に、短期で終わってしまうような一過性のマイブームは責任感がなさすぎるということなのか。
短期で終わってしまう要因はやはりコミュニティに入れないからだと思っています。
他人を巻き込まない自己完結ブームはなかなか持続しにくい。
いま、音ゲー熱が再発しつつありますがこれもおそらく一過性のマイブームで終わるんじゃないかと思います。
2011〜2012年に年10万円(1000クレ)も遊んでいたのはやはりライバルがいたからというのが大きい。
もし転居が無くライバルと長い付き合いになっていたら音ゲーブームはもっと続いていたと思います。


逆に言えば、既存の長期活動はそういう新規のコミュニティを探す必要が無い点とっつきやすいんですよね。
ブログに至ってはコミュニティそのものが存在しないのに長続きしている。
ともあれ、既存の活動をどうやったらもっと楽しめるのかというのは考えてみる価値がありそうです。


#7856

実家回帰の可能性

今日の出来事一人暮らし

なんというか、2024年夏くらいから合理化が進んだことによって人生つまらなくなったな、という実感があります。
それ以前は、いわばショーケースの向こう側への羨望があり、それを手に入れたり達成したりすることを夢見ていて、
それが少なからず日々の生活に色をつけていたというか、活力を与えていた気がするんですよね。
2024年春まではVTuberにのめり込んだり「レトロゲーム大人買い計画」を立ててカタログを入手したり、
そういう新しく小さな活動を見つけてはブログのネタになるような行動をしていたと思います。
たとえそれがなんらかの成果に繋がらなくても、いま思えば途中経過を楽しんでいた感がある。


いまはなんというか中途半端に成果主義になってしまったというか、
成果主義を言い訳にして行動が抑制されがちな軽度うつ状態に突入しているのか、
とにかくかつての「いまだ手に入れていないモノへの羨望」はレトロゲームに限らず立ち消えてしまいました。
その結果、日々の中に楽しみを見いだせなくなりつつある。
どうも自分の好奇心は上京時代は2021年を頂点として年々減少してきているような気がするんですよね。
これはなぜだろうと思ったとき、3つ考えられる要因があります。
そのうち1つは加齢や身体的な健康度合いで、これはもう解決のしようがないのでこの際考慮しません。
もうひとつは、上京というライフスタイルに対してマンネリ感が一定以上募った結果なのではないかという可能性です。


思えば高卒以降、自分は生活様式を数年ごとに転々としてきました。
大学時代と大学院時代はそれぞれ異なる住居で一人暮らしをしていて、生活スタイルも趣味もまるで異なっていました。
実家暮らし社会人時代が高卒以降で一番長い生活でしたが、
末期にはプライバシーの確保に限界を感じ、非常に窮屈な思いをしていました。
期間としては2013年春〜2019年秋なので6年半ということになります。
その後現在の東京時代に移行するわけですが、これも今秋で丸6年ということになるんですよね。
現状、一人暮らしをしている以上実家時代のような窮屈さは感じようがないのですが、確かにマンネリ感は相当あります。
同じ駅や店を利用し、同じマンションで生活する日々。
マンネリ感は少なからず精神を蝕むという経験則から考えると、
やはり精神面でも今年の引っ越しはマストなのかなと思うわけです。


3つ目の理由は自戒を込めてブログでたまに書いていますが、節約志向が過剰になりつつあるということです。
ある意味これが一番の原因なのかもしれない。
2021年はそれまでに経験したことのないレベルの昇給フィーバーの年でしたが、
それによって無駄遣いが加速したことと知的好奇心がピークを迎えたことは決して無関係ではないと思います。
好奇心を抱いたものにいちいち実費がかかったわけではないものの、
「自由に使えるお金が毎月ある」という精神的余裕がアンテナの精度を上げていたんじゃないかなと。
お察しの通り、2022年に例の件で金銭感覚は是正せざるを得なくなり、基本的にそのままこんにちに至ります。
お金のある・ないに関わらず、節約志向になってからモノを欲しくならなくなってしまいました。
ボーナスなどの節目節目ではある程度自由に使える大金を手にしているはずなのに、なんら心が踊ることがない。
過剰な節約志向によって一度失われてしまった心はもう修復不可能なのかもしれません。


上京生活も6年目になり、これら生活の基本要素で行き詰まりが見え隠れしてきた感は否めません。
これを確実に打開する方法は実家で東京の仕事をするということです。
短期でもいいので実家生活を再開すれば一人暮らしの新鮮味、ありがたみが復活するだろうし、
一人暮らしに必要なコストがまるごと削減できるので金銭的にも明確に贅沢できるようになり一石二鳥。
実家ではかつて家族とのプライバシー空間の取り合いが問題になっていましたがいまは2人減っているため、
短期ならその問題もなんとかなりそうな気はしています。
実家生活を実現するためだけにプロジェクトを乗り換えるのは現実的ではないですが、
そういえばいまの現場も出社はあくまでも個人の自由ということになっているのでその気になればできるのかも……?
もしそうなら、秋にマンションを更新せずにいったん引き払い、
次の物件を探す間は実家にいるという選択もわりと現実的にアリなのかもしれません。
引越し業者を2回呼ぶことになりますが、家賃等々のコストを考えると全然割りに合いますしね。


この件は夏に一度実家に帰省してみて感じたことを踏まえて決行するかどうか決めたいと思います。
2〜3泊でも「やっぱり無理かも」と思うようであればメリットが大きくてもやらない方がいいでしょう。
いずれにしても今秋は荷造りという超面倒くさいイベントからは逃れられないかも。


#7205

持ち家か賃貸か

今日の出来事一人暮らし

30代もそこそこになってくると何かと周囲で話題になるのが、いわゆる「持ち家か賃貸か」論争。
どちらが適切かについては個々人、あるいは住んでいるところによって異なるため、
一概にどちらが良い悪いという話では片付けられません。
言うまでもなく地方と都会では地価が天地ほど違うわけで、
地方なら一軒家を持つのもそこまで難しくないし、
田舎ほど自立=家を持つことというような風潮はまだ根強く残っているのではないかと思います。
一方、都心に一軒家を建てられるのは選ばれし富裕層のみでしょう。
自分が知る限り、多摩地域ですら分譲マンションに8000万〜1億円の値が付くのがいまの東京です。
最近だと豊洲辺りがアツいそうですが、その辺になるともはや10億でも足りないかもしれません。
しかも、10億出してやっと買えるのが分譲マンションの1室に過ぎなかったりするわけです。
白金高輪や赤坂などの高級住宅エリアに建っている家っていったいいくらなんでしょうか……。


地方では土地は二束三文で売られており、
2000万円も出せば生涯安定して住める家を持つこともそこまで難しくはありません。
もっと田舎の中古戸建なら場合によっては数百万円程度で手に入るかもしれない。
以前祖父母が住む街で不動産を検索してみたら土地付きで80万円の中古戸建を見たことがあります。
とにかく不動産事情は土地柄によって絶望的な格差が存在しているわけです。
自分も田舎出身なのでいままでなんとなく「持ち家の方が勝ち組」感がありましたが、
上京したいまとなっては決してその価値観も正しいわけではないと思っています。
戸建を買うのが絶対正義なら地方に移住するのが間違いなく合理的なわけです。
テレワークが普及しているいま、在籍する会社を変えずに移住するのも不可能ではないと思う。
ただ、じゃあ田舎の生活に満足できるのかという話です。
長いスパンで見れば田舎は田舎ほど衰退していくのが目に見えているわけで、
衰退すれば治安悪化、店舗や民間サービスの減少、税負担の増大など悪いことがどんどん増え、
せっかく購入した戸建もそれに伴って資産価値が暴落することは火を見るより明らかです。
それが分かっているのに地方に戸建を持つのはリスクでしかない、というのが現時点での考え。


じゃあ都会で賃貸なら安泰なのかというと、決してそういうわけでもないと思います。
賃貸は貸主との契約によって住まわせてもらっているに過ぎず、資産価値もへったくれもありません。
毎月払っている家賃は大家の私服を肥やすだけために消えていく言うなればサブスクです。
しかもそこには必ず契約が必要になり、多くの場合は契約に連帯保証人が必要になってきます。
いまは実家の両親が保証人になってくれるのでこれは問題になることはありませんが、
50代、60代になったらそういうわけにもいかないでしょう。
とはいえ嫁も子どももいないので他に連帯保証人になってくれる人が存在しない。
貸主としては、孤独な高齢者を入居させることで孤独死のリスクを抱えることになるわけで、
万が一孤独死したら腐敗した死体によって部屋はリフォームを余儀なくされ、
事故物件として登録せざるをえなくなり、商売の大きな足枷になることが明らかです。
独身高齢者になったとき、都会で賃貸は契約できない可能性が大いにあり、
また契約できたとしても望むような物件に住めないケースは多いのではないでしょうか。


結婚しないことによるデメリットというのはいろいろと多岐にわたると思いますが、
孤独である方が社会的信用が低いのは事実で、
それは住宅問題をはじめとして高齢になってから重くのしかかってきそうな予感がします。
なので、個人的には独身でも分譲マンションを買うというのはそういう悩みから解放され、
ついでに少なくない負担である賃料を払わなくて済むという点でアリだと思っています。
ただ、この場合今度は社会的信用の代わりに金銭的な信用を問われるわけですが。
いくら現行の年収がそれなりにあったとして、30代半ばから住宅ローンなんて組めるんだろうか。


そう考えるとライフプランに関してはもうかなり後手に回っているという印象。
これは20代という最高の時期にぬくぬく実家生活をしていたツケだと思っていますが……
自分のような人は少なくないと思っているので、
いずれそういう属性向けになんらかのビジネスが登場するんじゃないかなと思っています。
お金を払えば連帯保証人になってくれるサービスとか、
国や金融機関が独身向けのゆるい住宅ローンで支援するとか。
……と考えてしまうのはちょっと他力本願すぎますかね。


いずれにしろ、いまのアパートは遅くとも2025年秋には引き払い、
次はワンランクアップした部屋を借りるか買うかしたいと思っています。
現状の金銭事情では転居なんてとても無理だけど、今年から年収は大幅アップしているし、
そこに副業収入も含めれば金銭事情のプラ転はそこまで遠くない……はず。


#6962

怠惰の部屋

今日の出来事一人暮らし

実家で思いの外作業がはかどったので、この勢いで東京でも作業できるか……
と思いきや、まったくそんなことはありませんでした。やはり一人暮らしの方がだらけてしまう。
なんでそうなるのかと考えたとき、実家の居間とマンションの一室の違いで思いつくのは2つ。
単純に、人目が無いことと部屋がひとつしかないことです。
実家の居間は人目もあるし寝室が別にあるので寝そべるわけにもいきません。
それゆえに居間にいるかぎり、良くも悪くも「何かしてないといけない」という縛りがあります。
別にスマホをいじっていてもいいんですが、それなら作業でもするかという気になりやすい。
一人暮らしだと、すぐそこにお布団があるのでいつでも寝っ転がることができるのが厄介です。
寝っ転がった状態では作業ができないので、自ずとできることは限られてくる。
せめて寝室が別にあれば、居間=作業をする場所という縛りを作ることもできるのですが、
現状それだけのために2Kの部屋を借りるのは現実的ではありません。


結局、東京で実家の居間に相当する環境を作るならカフェに行くのが一番早いというわけです。
見知らぬ他人の目があり、当然ながらカフェで寝っ転がることはできない。
ただ、最近はカフェに行く意義を忘れかけていたのも事実です。
なんとなくカフェに行って、また今日も作業が捗らなかったの繰り返しになっていた。
実家の居間のような作業環境を作るため、という大義名分を思い出したのは年始帰省の収穫かなと。
そして改めて一人暮らしは実家よりもだらけやすいということがわかりました。
まあ、考えてみれば学生時代の一人暮らしで猛烈に集中できたのも最初の3年くらいですしね。
むしろ過度にだらけてしまう下地があったからこそ睡眠障害に陥ってしまったわけで。
一人暮らしの方がいかにも自立している感はありますが、
実態としては実家暮らしの方がなんだかんだで規律的な暮らしはしやすいのでしょう。
ただ生きていくだけならできて当たり前ですが、プラスアルファを求めていくと非常に難しい。
とはいえ今年のプロジェクトはできませんでしたでは済まされないので、
できないならできないでなんらかの対策を打っていきたいところです。


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