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#7198

熱中できるものがある人には良い時代

今日の出来事ネット文化

自分個人としては、いまの世の中は個人がやりたいことをできるという点では、
非常に恵まれている時代だと思っています。
起業や独立も前時代と比べるとかなりハードルが下がったし、
クラウドファンディングのように個人の活動を支援する仕組みも結構確立してきました。
ことIT技術に関しては、オープンソースの恩恵によって車輪の再発明をする手間がごっそり減り、
自分のやりたいことだけに集中できるようになりました。
ノーコード開発アプリやChatGPT、IDEなど開発支援技術の進歩も目覚ましく、
以前ほど技術力を問われなくなったと感じます。
自分ができない部分はクラウドソーシングなどを活用することにより難なく実現できます。
これにより無名の個人が大企業の商品を追い越して話題になるケースもみられるようになりました。
例としては2017年に一世を風靡した『どうぶつタワーバトル』や、
Yahoo!乗換案内より4年先行してリアルタイム路線図を作った『Mini Tokyo 3D』などがあります。
活動の細分化と深化はいっそう進み、あらゆる活動が広く認められるようになりました。
どんな活動にも賛同してくれる人がいて、たいてい明確にコミュニティが存在しています。
そのこと自体はとても良いことだと個人的には思っています。
要は、個人の「好きなこと」は倫理に反しなければ結構なんでもできてなんでも認められる時代。


個人的には、昨今はネット黎明期以前と比べると価値観の転換が起こっていると思っています。
現代で重視されるのは、自分が本当に好きなものを見つけられたかどうか。
それは場合によっては従来の社会で重要とされていた諸々のステータスよりも重要になります。
それはたとえば学歴や知識量、経済力や所属する企業の有名度、あるいは恵まれた容姿など。
それらは、個人の活動においてなんの役にも立たないことさえあります。
もちろん社会人としては役に立ちますが、学歴が重視されなくなってきているのも事実です。


むろん社会人として全力を尽くすという人生もアリだと思います。それはそれですごいことです。
でも、いまや「個人の趣味」がネットを通じて大衆に認められる可能性があり、
それによって生活している人も結構増えてきました。表舞台ではYouTuberが目立ちますが、
実は多種多様な同人活動が成り立つ時代でもあります。
だからこそ、思春期までに好きなものを見つけることはいままで以上に大事になっていると思うし、
なんならそれは就活なんかよりもよっぽど大事だと思うわけです。


しかし、この手の個人活動は社会人と違って企業の制約に縛られない自由度の広さがある一方で、
同じことをする同士のコミュニティに所属するようになると、
どこかで「本当の本当にそれが好きなのか」を問われる段階にぶち当たります。
ただの願望や自己満足や構ってちゃんの一環としてそれを好きなことと自称しているだけでは、
本当にそれが好きな人の熱意にどこかでついていけなくなり脱落していくことになります。
それでもコミュニティから脱落するのが嫌で抵抗を試みたとき、
結構着手するのにエネルギーを要したり面倒くさいと思ってしまったりして、
いつしか自分は実はそれがそれほど好きではないということに気付かされるわけです。
本当にそれが好きな人は、気合を入れないとそれができないなどということは決してありません。
息を吸うようにその活動を継続していて、活動が止まることはありません。
一方、単なる「にわか」レベルではある程度のところで飽きてしまい、
そこから先は活動を継続するのにさらに多くのエネルギーを要するようになります。
これでは本当に好きでやっている人たちと何もかも乖離して当然です。


特定の活動をしたいと思ったら、それが好きでさえあればいい。
でも、実はその唯一の条件である
「それが嘘偽りなく好きであること」を満たすのはなかなか難しいという印象があります。
これは趣味のみならず仕事にも言えるし、なんなら恋愛にだって言えるかもしれません。
なんらかの「ガチ勢」であることは、
現代を豊かに過ごすためのカギになるのではないかと思っています。
逆に言えば、あらゆる分野にガチ勢が跋扈するこの世の中では、
「にわか」は淘汰される存在であることは否定できない事実だと思います。
承認欲求不満なのでなんでもいいから閉じたコミュニティに所属したい、チヤホヤされたいなど、
にわかであることを隠して特定のクラスタを自称する動機はいろいろあると思いますが、
自分の心に嘘をついて何々が好きだと言い張っていると悲惨なことになるということですね。


にわかそのものが悲惨だと言いたいわけではなく、
にわかであることを偽って特定クラスタに首を突っ込むと悲惨になるという意味です。
浅く広い趣味の持ち方は、それはそれで生活を充実させる方法が別にあると思いますが、
個人的な人生経験から言ってなんらかのガチ勢である方が人生が満たされるような気はします。
学生時代にこれといった趣味も「推し」もついに発掘できなかった人が、
社会人になってからの人生を持て余して生きる意味に悩んでいる人を何人か見たことがあります。
ネットコミュニティは良くも悪くも先鋭化が進んで、
そういう人を受け入れるコミュニティが減ったと思います。
5ちゃんねるの雑談系がいちおうその受け皿の代表例になるのでしょうか……。


そういう人を見ていると、思春期の家庭環境ほど人生において重要なものはなく、
もう半分くらいはそこで死ぬまでの生き方が運命づけられるのではないかと思うほどです。
自分も思春期に親の意向を全力無視してコンシューマーゲームとweb制作に打ち込んだことが、
社会人以降の生活基盤になっているという実感があります。
もしも親の望む通りにそれらの趣味を捨ててガリ勉くんになっていたら、
それなりの学歴を手にする代わりにいまごろ空虚な人生に相当悩んでいたかもしれません。
それは都合の良い仮定でしかありませんが、
いずれにしろ、自分が学生時代にゲームにのめり込んだことは間違っていなかったと思っています。
それを否定するということは自分そのものの否定にしかなりませんからね。


#7199

財布を落とした

えー、人生で初めて財布を落としました。
いまどきはスマホの電子マネー決済を使えばコンビニをはじめさまざまな店舗が現金要らずのため、
内心そこまで大変なことではないのですが、
しかしこうも嫌な出来事が立て続けに起きると結構精神的に来るものがありますね……。


財布を落としたと気づいたのは昨夜のスパ銭帰り、
23時半ごろに自宅最寄駅に着いてコンビニに向かう途中でした。
いつもパンツの右後ろのポケットに入れている折りたたみ財布が無い。
バッグに入れたという可能性を考えていちおうバッグも探しましたが、
そもそもバッグに入れた記憶がまったくないでまあ落としたのでしょう。
となると可能性として一番大きいのは新宿駅行きの電車内で落としたという可能性。
深夜とはいえ新宿行きの電車の座席に落としてしまえば他の乗客の目に留まるのは必至。
身分証はともかく、現金は抜かれても仕方ないし最悪カードの悪用も……。


と思っていたのですが、結果的にはすべて無事のまま手元に戻ってきました。
京王線にはLINEで落とし物の申告ができるサービスがあることを駅構内の広告で知っていたので、
落としたのに気づいた直後にサービス登録しておきました。
その時間帯はオペレーターの対応時間外だったのですが、
翌朝「お探しのものが見つかったので京王片倉駅へ取りにきてください」とメッセージが。


京王片倉駅はスパ銭の最寄駅、つまり乗車した駅です。
記憶を遡ってみると、改札を通る前は財布をポケットから出して手に持っていました。
あまりにも暑いので改札前の自販機で何か飲むのも良いかもしれないと思っていたからです。
そしてそのまま改札を通って、プラットフォームの待合室に入りました。
おそらくここで一度財布を椅子に置いてしまったのでしょう。
直後、待合室内にゴキブリがいるのを見て「こいつと一緒に待っているのは嫌だな」と直感し、
待合室から出て外のベンチで待つことにしました。
このときに財布の存在に気づかずに出てしまったのでしょう。なのでこの件はゴキブリのせいです。


深夜の、しかも都内とはいえ利用者数の少ない駅ということもあり、
幸いにしてそこから終電までの間には誰にも見つけられることもなく駅員に回収されたようです。
なので結局現金を抜かれることも謝礼金を払うこともなく、すべて無事なまま手元に戻りました。
ちなみに財布には一切の身分証が入っていたので取り戻す際の身分証明は社員証を使いました。
今回はたまたま社員証は別管理だったのでセーフでしたが、
万が一のためにマイナンバーカードなんかは別管理にしておいた方がいいかもしれません。
あとはそろそろ財布にもAirTagを入れる必要が出てきたかも……。
AirTagを入れておけば京王片倉駅を離れた時点で気づけたはずですからね。


それから、こういうときのためにスマホ単独でATMから現金を引き出せる仕組みもあると
緊急時に役に立つかもしれないと思いました。
いまどきはそれもネット銀行でできるので、
PayPay銀行あたりに緊急用の資金を入れておくのもいいかもしれない。
ただ、いずれにしろスマホを落としてしまうと完全に詰むんですけどね。
いつぞやの富士登山の帰りにスマホを電車に置いたまま下車してしまうというドジを踏みましたが、
あのときの方が今回よりよっぽど焦りました。スマホが無いと本当に何もできないので……。
今回のケースでもし財布でなくスマホを落としたならLINEに落とし物登録もできなかったはずだし、
駅員に問い合わせようにも電話もできないのでかなり困ったことになったはずです。
最寄駅の駅員にお願いして沿線全体に連携してもらうくらいしか思いつかない。
これはこないだの強制シャットダウンできないトラブルにも通じるところですが、
予備端末を持っておく重要性はどんどん増してきていると思います。


#7200

宿命

「1日1本ブログを書く」という制約を自分に課して19年が経った。
それによって積み重なってきたものの価値は大きく、だからこそ制約に意味は無かったとは言えない。
しかしそれを前向きに捉えられるのは1日1本何かを書けるだけの精神的・時間的余裕があればこそであり、
もともと三日坊主気質だったことに加え、しばしば精神的に日記を書くどころではなくなる自分を
騙し騙し19年続けていくということは並大抵のことではなかった。


長く続けてきた習慣を続けていくことが苦痛になってくると、
それはまるで人生単位で与えられた罰ゲームのように感じられてくるものだ。
「なぜ、自分ばかりがこんなことをやっているんだろう……」という虚しさを奥に押し込みながら、
それでもなお、ここまでに至った道のりの遠さを考えれば何の脈絡も無く辞めるという決断は下せない。
何か辞めるに値する決定打となる出来事があればいいのに、とずっと考えていた。
何でもない日に辞める勇気はとても持ち合わせていなかった。
……始まりの日である2004年09月01日はなんでもない日だったはずなのに。


2023年は、これまで何かを押し殺しながら書き続けてきた習慣がついに限界を迎えた年だったと思う。
web制作プロジェクトが煮詰まってきたことによりいままでになくブログどころではなくなり、
数ヶ月の放置期間を経て2023年05月29日、ついに本家ブログを閉鎖するに至った。
放置されたまま過去記事が公開されていることを恥ずかしく感じたからだ。
その恥ずかしさが、いままで何も勝てなかった「辞める決断を下せない自尊心」をついに上回った。
そうして、僕が高校時代から書き続けてきた本家ブログは終わりを告げた……かに思えた。


その直後、偶然出会ったObsidianという高機能メモアプリとの出会いをきっかけにして、
ブログはオフラインで継続的に書き続けるという風習が復活した。
この出会いが無かったらこのブログは本当に終わっていただろう。
辞めたくて仕方なかったはずなのに、ようやく辞める決定打となるきっかけと巡り合ったはずなのに、
それでも結局ブログを辞めるということは叶わなかったのである。


僕の活動のほとんどは他者承認を原動力としていて、それはゲームで遊ぶことさえ当てはまる。
だからブログも、オフライン運営に移行したとして誰も見ていないところでは続かないと思っていた。
ところが蓋を開けてみれば、むしろオフライン時代に突入してからの方が筆の乗りは良い。
ブログに限っては他者承認などとっくに必要無かったのだと初めて思い知らされた。
これはもう、僕の宿命なのだと観念した。


このブログが2周年を迎えたとき、受験生の僕を心配してブログは休止したらどうか、
と担任に勧められたことがある(#00845 / 2006年09月01日)。
当時の僕は、2年間でブログによって自作詩や文章力を評価されそれが新たな「生き甲斐」になった以上、
それを道半ばで捨てる道理は無いと考えて受験期もブログを継続することにした。
当時の僕が言う「生き甲斐」とはつまるところ他者承認ありきの活動であった。
いまの価値観では、他者承認が無かったら続かない活動を生き甲斐と断言するにはやや苦しいところがある。
しかし本家ブログはそれから17年の時を経て他者承認を必要としない「本当の生き甲斐」に昇格していた。
受験期の僕にここまでの先見の明があったとはとても思えないが、
当初からここまでの道のりを考えると、一人が一つのことを長く続けることの大きさを改めて思う。


#7201

スマホのホーム画面を戻した

2ヶ月ほど前、7年ぶりにiPhoneのホーム画面数を増やしたのですが、
結局定着することはなく「やっぱり戻そう」という気持ちになり元に戻してしまいました。
具体的には、ゲーム以外のアプリを並べるための画面を一時的に3枚に増やしたところ、
元の2枚に戻したことになります。
自分の管理ルールでは1画面あたりのフォルダ(=カテゴリ)数は12個まで、
ホーム画面から直接起動したい一軍アプリは11個までと定められています。
もともと3枚にしようと思ったのはカテゴリ数が24個では限界だと前々から思っていたから。
とはいえ36個では多すぎるという実情もあり対策を先延ばしにし続けてきました。
でも、いざ36個にしてみると従来のページがスッキリしたわけでもないし、
かといって新設の3ページ目は水増し感が否めない……。
何より、目当てのアプリがどこにあるのかが直感的に分かりにくくなったことが致命的でした。
これによりiPhoneの使い勝手も体感かなり悪くなったと思います。
画面が増えれば使い勝手が良くなることを当然期待するわけですが、実は逆だったということです。
であれば、画面を増やす意味も無いだろうと。


きっと、自分にとってのホーム画面は2ページがベストサイズなのでしょう。
それは長くこれでやってきたからという経験によるものも大きいと思いますが、
そもそも2ページくらいが一番ページ間の棲み分けもしやすい気がする。
自分の場合は1ページ目が実生活用、2ページ目がエンタメ用といった棲み分けをしていて、
そういう大カテゴリの存在があったからこそアプリの場所をすんなり覚えられたのだと思います。
言われてみれば3ページ目を新設するにあたってそれに匹敵する大カテゴリは思いつかないし、
だからこそ水増し感が否めなかったのかもなと。


しかし一方で2ページではぎゅうぎゅうだったのも確かなので、アプリの大規模な整理をしました。
自分は整理ができないタチで古いアプリもかなり残してしまう傾向にありますが、
今回は相当容赦なく整理を行い、結果として54個のアプリを削除しました。
これのおかげでどうにか2ページに戻しても問題ないレベルに落ち着いたと思います。
今日整理した感じだと、
今後さらにアプリ総数が増えてもまだ2つほどは統合の余地があるカテゴリがあるため、
まったく新しいカテゴリに手を出して関連アプリが増えたとしても
当面はページ数を増やす必要はなさそう。


ちなみに整理後のアプリ総数は759個。ということは整理前は800個を超えていたのでしょう。
ゲームアプリは最後にまともに整理した時期が思い出せないくらい昔なので、
ここを徹底的に洗ったら100個くらいは減りそうな気がします。
とにかくストレージ512GBのiPhone12はあと1年は持たせたいと思っているので、
アプリ整理をはじめとする容量節約施策は今後もやっていくつもりです。
機種変サイクルの終盤ではわりと毎回恒例のイベントではあるんですけどね。
そして新機種に移行すると一気に無駄アプリが増えるという……。
iPhone7もiPhone12もそんな感じだったので次もそうなるのでしょう。


#7202

インターネットはスパムだらけ

今日の出来事ネット文化

いまに始まったことはではないのですが……。
なんというかもう、インターネットはスパムと広告にまみれて腐りすぎてるんじゃないか、
と思う今日この頃です。


特に旧Twitterをはじめとする実質匿名のコミュニティの腐敗っぷりにうんざりし、
09月01日に予定通りFacebookのアカウントを開設しました。
正確には、Facebookがサービス開始した当初に作ってあった匿名アカウントを
実名にして復帰させたという形なのですが……。
結局メインタイムラインはInstagramとほぼ大差無く、
次々に飛んでくる外国人女性からの「知り合いですか?」という通知。もううんざりです。
ということでFacebookは早々に見限ることになりそうです。
そもそも学歴職歴も正確に登録できないなどアプリとしての出来も全然良くない。
海外ではいまだに覇権SNSと聞いているのでそれなりにクオリティも高いのかと思いきや、
まったくそんなことはありませんでした。なんならInstagramの方がいいんじゃないだろうか。
同じ会社のはずなんですけどね……。


Facebookはダメ、当然Instagramも似たようなものでこれらをメインに据えるのは難しい。
旧Twitterは言うまでもないですがもっとひどいです。
最近横行しているのが「トレンド便乗スパム」と呼ばれているもの。
詐欺サイトや広告サイトのURLを含むつぶやきにトレンド入りしたワードを無理やり含むことで、
トレンドワードで検索すると大量にスパムが表示されます。
最新の手口では、バズったツイートに返信するスパムというのもいてもうめちゃくちゃです。
これはトレンドに限らず有名人の名前や売れ筋商品名、
「ビットコイン」など特定クラスタが好きなワードなどでも同様のことが行われており、
もはや旧Twitterのトレンドと検索は機能していません。
まあ、旧Twitterの検索アルゴリズムはずーっと昔からアホでしたけどね……。
たとえばApex Legendsのサーバー状態を確認したくて「apex」とリアルタイム検索をかけると、
ユーザー名にapexを含む人の全然関係ないつぶやきが引っかかってくるんです。
不便だからなんとかしてくれと十年近く前から言われていますが、いまだ改善されていません。


日々深刻化するキャンセルカルチャーに加えてスパムもやりたい放題……。
これらから逃れるにはクローズドコミュニティに潜ってそこだけで活動するしかないように思います。
しかしネット成長期を経験した自分としては、
できれば初期Twitterやニュー速VIP・なんでも実況J板全盛期の2ちゃんねるのように、
匿名でワイワイ話す場もどこかにあって欲しいと言うのが本音です。
でも、格差社会と不景気が蔓延する社会事情も考慮すると
それはもうシステムの改善だけではどうにもならないような気がしないでもないです。


ともあれ、Facebookもダメとなると、
もう一周回ってネットよりリアル世界を優先するのが無難かなという気がしてきます。
交流はネットよりリアル友人、情報収集はテレビやラジオ、新聞を優先するという感じ。
もしかすると、世間の多くの人はそのことにとっくに気づいていたりするのでしょうか。
自分のネット依存はもう取り返しのつかないところまで来ていますが、
そう考えると思春期にネットが存在しなかったもう一回り上の世代が心底羨ましいです。


#7203

ブロックチェーンゲームの現状

今年の春、にわかにブロックチェーンゲームに対する興味が高まり、
いつか手に入れた有望タイトルのうちiOSに対応している7つのアプリをダウンロードしました。
が、スマホゲームはただでさえ積みやすいのに、
ブロックチェーンゲームはそれに加えて初期費用が必要ということでさらにハードルが高く、
結局やらずじまいのままいまに至ります。
まあ結局先物で勝てなければ初期費用も捻出できないわけで……。


で、最近改めてブロックチェーンゲームで稼ぐ可能性について興味が再燃してきたので、
7タイトルの現状を改めて調査してみました。
するとびっくり。過半数がサービス終了、ないし更新が止まっているという。
ブロックチェーンゲームはソーシャルゲームよりもさらに生き残りの厳しい世界なのかも。
まあ当然といえば当然か。一度転落してから挽回する難しさはソシャゲの比ではないでしょうし。
参入するにしても、ブームの移り変わりを敏感にキャッチし続けていかないと、
せっかくゲーム内で稼いでもある日突然サ終してすべてパアになりかねない怖さがあります。
サ終しても資産は移転できるというのがブロックチェーンゲームの利点だったはずなのですが、
独自通貨を採用している場合はそもそもそれ自体の価値が暴落するので意味ないんですよね。
これはNFTの転売で儲けるタイプのブロックチェーンゲームも同様です。


なにげに国内では動きが活発化していて、ぜひ国産ブロックチェーンゲームには期待したいところ。
ですが、『コインムスメ』も『クリプトスペルズ』もゲームとしての魅力に欠けるところがあり、
覇権級のタイトルが出てくるにはまだまだ時間がかかりそうな気がします。
一度覇権タイトルが出て大儲けの前例ができれば、あらゆる企業が参入すると思うんですけどね。
ある意味それと同時にソーシャルゲームの命は潰えると思いますが。


個人的にはブロックチェーンゲームは農場系や放置系と相性が良いと思っています。
そういう意味で『MEEET』や『MyMetaFarm』辺りは期待していたのですが、
どちらも現状盛り上がりに欠け、
特に後者は公式サイトが長期メンテに入っていてすでに撤退してそうなにおいが……。
まあ、引き続き農場系ブロックチェーンゲームの動向は追っていきたいと思っています。
あわよくば十数年前にハマった『We Rule』以来の農場系マイブームになってほしい。
逆に言えば、農場系や放置系でもないかぎり長続きしそうにないんですよね。
ブロックチェーンゲームより優先度の高い活動だけでほぼほぼ時間は使い切っている状況なので。
お金が稼げるからといってピクミンを越えるとも思えないしなあ……。


#7204

キャリア面談まとめ

先々週に引き続き、所属支社のキャリア面談を受けてきました。
今回でいちおう一区切りということになったので、頭の整理がてら総括しておきます。


そもそも今回キャリア面談に臨むことになったのは、
いまの現場でなかなかやる気が出ないという悩みに直面していたからでした。
仕事のモチベーションが非常に低いという悩みは実は2022年からずっとあります。
その間通算で4つのプロジェクトに参画しているわけですが、
そのうち1〜3つ目まではどれも直属のリーダーと反りが合わないというのが主な原因でした。
3連続となると自分自身のコミュニケーション能力にもやや原因がありそうですが、
人を動かすのが得意な人が非常に少ないこの業界ではまあ妥当なのかもしれないとも思います。
それまでは、言ってしまえばモチベの問題も「現場のせい」で片付けられていました。
だから、解決しようとしたら現場を変えるというのが具体的な解決策になるし、
事実それで転職活動をしていまに至るわけです。


しかし4つ目の現場、
つまり現在参画しているところはどうも人間性に問題のある人は見当たらない。
しかし相変わらずモチベは低いので、やっぱりこれは自分が原因なのではないか。
ということで、その原因を客観的に確かめたいと思ったのがきっかけです。


全部で180分くらい話しましたが、前半は主に心理分析的なことに費やしました。
そこで得られた結論としては、
モチベが上がらないと悩んでいるその正体はある種の劣等感なのではないかと。
これは、上京以降でもっとも充実していた2021年のプロジェクトと比較して至った結論です。


2021年の現場は、言うなれば非IT企業だったので
自分が周囲にDX的なことを提案したり教えたりすることで社内の地位を確立していました。
どうやらそういうすぐに代替の人間を用意できないような立場になるとモチベがぐんと上がるのは、
仕事に限らず自分の人生経験全体の傾向からも言えることです。
新潟時代の社会経験はリーダーだったからこそ5年も続いたと言えるし、
趣味においても、幼少期から周囲に年下が多かったこともあって
誰かの作ったルールに従うよりもみんなを代表して何かを主催したり、
そのために労力を使うことが多かったように思います。
その点で言えば、新潟時代と2021年の現場以外のポジションは基本的に指示待ち人間でしかなく、
しかもいまの現場は自分に指示を出す人間がみんな年下なので、
それがちょっと屈辱的なのかもしれません。


さらに、いまの現場はいわゆる開発業務ではないのでこれまでのノウハウはほぼ通用しない。
まったく別の世界でイチから知見を積み重ねていかなければならず、
そういう意味でもすでに実践レベルの既存メンバーとの差を感じます。
アドバイザーは、まず周囲と比べて自分が下っ端に過ぎないというポジションへの不満と、
スキル差があることへの劣等感がモチベ低下につながっているのではないかと指摘しました。
そしてそれに対する具体案としては大きく分けて頑張る方向と頑張らない方向があると。
前者は簡単で、「スキル不足が劣等感になるならその差を努力で埋めるべき」という考え。
これはありきたりな正論ですが、そもそもモチベが無いと努力もできそうにありません。
後者は「現場はそういうものと割り切って、プライベート面での活動の方に注力する」という考え。
自分の場合はプライベート活動にもweb制作が含まれていて、
この業界ではそれもそれで立派な実績として通用します。だからこそ自分も上京できたわけで。
モチベが上がらないことを悩んでいた自分に、「そもそもモチベ上げる必要ないかもよ?」
という視点を与えてくれただけで、やっぱり他人に相談することには価値があると感じました。


また、第3の提案としては「資格を取得することでスキル差由来の劣等感は意外と無くなる」
というもの。スキル差はあくまでも抽象的な概念にすぎませんが、資格はいわばスキルの見える化。
資格を取得するとそれ自体が自信になるし、アサイン時の面談も明確に有利になる(ことがある)。
これは、一部のお客さんには資格を重視する人がいるという意味です。
思えば2020年から再三基本情報の取得を考えて何冊か本も買い、
一時期は実際に受験するつもりで参考書を1周したこともある自分ですが、
結局なんやかんやで受験には至りませんでした。やはり動機が弱かったのだと思います。
会社の資格推奨一時金とかも高が知れているし……。
ただ、これについてはこの後のキャリアプランの話を受けて今度こそ受けるべきとも思っています。


次に、そもそも開発業務ではないいまの現場に長期でいたらITエンジニアとしてヤバいのでは?
という話題にシフトしました。
これはちょうど、2020年に研修終了と同時にコロナ禍がはじまったとき、
当時の所属会社の営業チームでは未経験可の現場を見つけることができなかったので、
仕方なく全然関係ないデータ処理の現場に行ったときと同じような状況です。
しかもあちらは短期契約だったのでなんやかんやで3ヶ月ほどで脱出できましたが、
こちらは数ヶ月かけてチュートリアルをやっているような大プロジェクトなので離脱も難しい。
しかし、だからといってここに留まっていたらその間にも年齢はどんどん上がってしまう。
ただでさえ30代転職からの中途採用で新卒と比べてめちゃくちゃ頑張らないといけない立場なのに、
こんなことをしている余裕はあるのだろうかと。
これについては、
さきほどと同じ「プライベートで開発実績を積めればOK」と言うのがアドバイザーの答えでしたが、
前半を終えてからいろいろ考えていくうちに、
「それなら非営利の趣味でやるより副業としてやった方が収入増にもなって一石二鳥なのでは?」
と言う発想に行き着き、それを相談してみました。
しかし、副業については本業の所属会社が労働時間を把握することが難しいので、
公には許可していないかもしれないというなんとも不明瞭な回答でした。


キャリアプランについては、この業界ではそもそも生涯開発を続けるのか、
それともより上の立場である上流工程に携わることを目指すのかという選択肢があります。
これはなるべく早期にどちらを目指すか決めなければなりません。
これまでの相談内容を整理した上で考えると、これは後者を目指すのが妥当のような気がします。
特に自分は生来、誰かに必要とされるポジションであればこそ頑張れる性分であるという事実。
実際に2021年の現場などそれのおかげで仕事に対する意識を前向きに保てていた実績があり、
それが将来も揺るがないのであれば……
いままでは「非IT企業へのDX提案をしたい」という程度にしか将来を考えてこなかったけど、
そういうニッチ(?)なところよりは上流工程への参画を目指す方が合理的かも?
「上流工程は、お客様の要望を聞いて実際に実現できるかどうか等について提案などを行い、
それをプロジェクトに反映させていく業務」と聞いてそう直感しました。


ただ、じゃあ具体的にどうやって上流に入っていけばいいのかわからないし、
そのためのスキルの高め方もわからない。そこで資格の話に戻ります。
世の中にはプロジェクトマネージャー試験という資格があるそうで、
これに合格できれば現在思い描いているキャリアプランの強力な武器になる。
ただこれはIPAが策定する情報系国家資格の中でも最上位(Lv.4)に位置する難関資格のようです。
なので、そこを目指すならまずは基本情報(Lv.2)、次に応用情報(Lv.3)とステップアップし、
40歳前後までに最上位を取るのが目標ということになるでしょうか。


いわゆる上流工程が本当に自分のやりたいことなのかは分かりません。
高度なコミュニケーション能力が必要なイメージも強く、その意味で適任でない可能性はあります。
ただ、いままでの人生経験をざっと振り返ってみると挑戦してみる価値はあるように思います。
なんなら開発よりもそっちの方が適性がある可能性だってゼロではありません。
去年までは「40歳までにセミFIREするためにフリーランスとしての実績を積む」
というのが30代後半のざっくりした目標でしたが、
プロジェクトマネージメントができるようになるという具体的な目標も加えた上で、
どういうポジションが自分にとって適任なのかはこれから見極めていくことになるんじゃないかと。
できればこれを30歳の段階でやっておきたかったので、
ライフプランと同じく後手に回っている感は否めませんが、まあ悩み続けているよりはマシでしょう。


そういったキャリアプランのとっかかりとして、あるいは近々のモチベを上げる目的として、
改めて3年越しに基本情報を勉強するのはアリといえばアリだと思っています。
有効的な金策として期待していた副業が出来ないとなればなおさら。


#7205

持ち家か賃貸か

今日の出来事一人暮らし

30代もそこそこになってくると何かと周囲で話題になるのが、いわゆる「持ち家か賃貸か」論争。
どちらが適切かについては個々人、あるいは住んでいるところによって異なるため、
一概にどちらが良い悪いという話では片付けられません。
言うまでもなく地方と都会では地価が天地ほど違うわけで、
地方なら一軒家を持つのもそこまで難しくないし、
田舎ほど自立=家を持つことというような風潮はまだ根強く残っているのではないかと思います。
一方、都心に一軒家を建てられるのは選ばれし富裕層のみでしょう。
自分が知る限り、多摩地域ですら分譲マンションに8000万〜1億円の値が付くのがいまの東京です。
最近だと豊洲辺りがアツいそうですが、その辺になるともはや10億でも足りないかもしれません。
しかも、10億出してやっと買えるのが分譲マンションの1室に過ぎなかったりするわけです。
白金高輪や赤坂などの高級住宅エリアに建っている家っていったいいくらなんでしょうか……。


地方では土地は二束三文で売られており、
2000万円も出せば生涯安定して住める家を持つこともそこまで難しくはありません。
もっと田舎の中古戸建なら場合によっては数百万円程度で手に入るかもしれない。
以前祖父母が住む街で不動産を検索してみたら土地付きで80万円の中古戸建を見たことがあります。
とにかく不動産事情は土地柄によって絶望的な格差が存在しているわけです。
自分も田舎出身なのでいままでなんとなく「持ち家の方が勝ち組」感がありましたが、
上京したいまとなっては決してその価値観も正しいわけではないと思っています。
戸建を買うのが絶対正義なら地方に移住するのが間違いなく合理的なわけです。
テレワークが普及しているいま、在籍する会社を変えずに移住するのも不可能ではないと思う。
ただ、じゃあ田舎の生活に満足できるのかという話です。
長いスパンで見れば田舎は田舎ほど衰退していくのが目に見えているわけで、
衰退すれば治安悪化、店舗や民間サービスの減少、税負担の増大など悪いことがどんどん増え、
せっかく購入した戸建もそれに伴って資産価値が暴落することは火を見るより明らかです。
それが分かっているのに地方に戸建を持つのはリスクでしかない、というのが現時点での考え。


じゃあ都会で賃貸なら安泰なのかというと、決してそういうわけでもないと思います。
賃貸は貸主との契約によって住まわせてもらっているに過ぎず、資産価値もへったくれもありません。
毎月払っている家賃は大家の私服を肥やすだけために消えていく言うなればサブスクです。
しかもそこには必ず契約が必要になり、多くの場合は契約に連帯保証人が必要になってきます。
いまは実家の両親が保証人になってくれるのでこれは問題になることはありませんが、
50代、60代になったらそういうわけにもいかないでしょう。
とはいえ嫁も子どももいないので他に連帯保証人になってくれる人が存在しない。
貸主としては、孤独な高齢者を入居させることで孤独死のリスクを抱えることになるわけで、
万が一孤独死したら腐敗した死体によって部屋はリフォームを余儀なくされ、
事故物件として登録せざるをえなくなり、商売の大きな足枷になることが明らかです。
独身高齢者になったとき、都会で賃貸は契約できない可能性が大いにあり、
また契約できたとしても望むような物件に住めないケースは多いのではないでしょうか。


結婚しないことによるデメリットというのはいろいろと多岐にわたると思いますが、
孤独である方が社会的信用が低いのは事実で、
それは住宅問題をはじめとして高齢になってから重くのしかかってきそうな予感がします。
なので、個人的には独身でも分譲マンションを買うというのはそういう悩みから解放され、
ついでに少なくない負担である賃料を払わなくて済むという点でアリだと思っています。
ただ、この場合今度は社会的信用の代わりに金銭的な信用を問われるわけですが。
いくら現行の年収がそれなりにあったとして、30代半ばから住宅ローンなんて組めるんだろうか。


そう考えるとライフプランに関してはもうかなり後手に回っているという印象。
これは20代という最高の時期にぬくぬく実家生活をしていたツケだと思っていますが……
自分のような人は少なくないと思っているので、
いずれそういう属性向けになんらかのビジネスが登場するんじゃないかなと思っています。
お金を払えば連帯保証人になってくれるサービスとか、
国や金融機関が独身向けのゆるい住宅ローンで支援するとか。
……と考えてしまうのはちょっと他力本願すぎますかね。


いずれにしろ、いまのアパートは遅くとも2025年秋には引き払い、
次はワンランクアップした部屋を借りるか買うかしたいと思っています。
現状の金銭事情では転居なんてとても無理だけど、今年から年収は大幅アップしているし、
そこに副業収入も含めれば金銭事情のプラ転はそこまで遠くない……はず。


#7206

ブログの新執筆ルール

もし復帰&移転するなら20周年の日をタイムリミットとしているこのブログ。
先日19周年を迎えたのでリミットは残り1年を切りました。
ブログ復帰のための課題は大きく分けて2つあります。
ひとつは、運営の手間を極限までカットしたヘッドレスCMSとしてサイトを作ること。
もうひとつは、19年でついに破綻した
「毎日1本書く」という開設当初の執筆ルールに変わる新ルールを考えること。


前者はweb制作としてのタスクであり、ピクチャレ大会と競合するいまは着手不可能です。
これは早くとも来春以降と考えています。
ピクチャレ大会開発をきっかけに習得したNext.jsをそのまま流用することができるので、
技術的なハードルはそれほど高くないと思っています。
問題はピクチャレ大会もまだまだやることてんこ盛りのこの状況で時間が捻出できないこと。
なので、まずはピクチャレ大会をある程度のところまで開発しきってしまうのが先決かと。


問題はもうひとつの課題である新ルールの樹立です。
新ルールは、当然のことながら旧ルールの欠点を確実に克服する必要があります。
しかもそれは、2004年当時にとっての2023年現在のような遠い将来にわたって破綻しないほど
強固で汎用性に優れたルールである必要があります。
そのためには、自分はなぜ書くのか、どうするとモチベが上がるのか、
なぜブログに時間を捻出するのか、あるいはどうやったら捻出できるのか……
などというような、自分にとってのブログ論を今一度洗い出さなければなりません。
その上で、新しいアイデアがブログ執筆にかかる負荷などをうまく受け流せる必要がある。


これまでその新ルールに関するアイデアとして再三言及してきたのが
ストック記事を作るというものです。ただこれはやろうとしても結局実践できていない上に、
本質的に1日1本書かなければならないという制約に変わりはありません。
ただこれは、ブログを書く上で筆が乗る日もあればそうでない日もある、
あるいは忙しくて書く余裕が無い日もあれば時間が余って2本以上書ける日もあるという、
毎日が必ずしも安定して1本かけるわけではないという生活上の事情をうまく取り込んでいます。
そもそもそれこそがブログが不安定になる根源的な問題でもあったので、
ストック制はそれなりに合理的だと思っています。


最近ふと思いついたのは、これに加えて「そもそも当日分の記事は7日後に公開する」というもの。
たとえば09月09日であれば、執筆期限は09月09日だけど公開するのは09月16日。
その間の7日間は校正したり書き足したり、最悪書けていない場合の猶予期間として機能します。
まあちょっと自分に甘いルールのような気がしますが、
これならリアルタイムで書いた当日分もあとで改めて読み返してから公開する余地があるため、
下手に批判記事を書いて反感を買うようなことも未然に防げる効果もあると思います。
まあ、一度閉鎖したいまとなっては読者を想定するのも無駄なのかもしれませんが。
むしろ想定読者が存在しない方が重要な問題のような気がしないでもない。
ただ単に「復帰できる目処が立ったので復帰しまーす」では何の意味もないわけです。
閉鎖によって失った読者はさすがにもう戻ってくるとは思えないし、
かといって無策では広いネットの中から見つけてもらうのは困難。
かといって既存のコミュニティメンバーに読んでほしいかと言われるとそれも違う……。
「誰のために書くのか」がずっと不在だからこそここまで堕ちてしまったのかなーとも思いつつ。
昔からそれについては「自分自身のためだ」と言い張っていましたが、
冷静に考えればそれもなかなか無理がありますからね。まあでも日記とは本来そういうものですが。


#7207

iPadが映像入力に対応

今日の出来事ipad

なかなか定着の兆しが見えないiPadの立ち位置や運用方針について。
自分は2013年に初代iPad Airを買い、それがタブレットデビューになりました。
当時の主な使い道としては電子書籍(漫画)を読むのがメインで、
あとは『Clash of Clans』のようなタブレット向けゲームを少し遊ぶ程度と、
基本的にエンターテイメント用途全振りといった趣でした。


そのころと比べると、iPad Pro(第3世代11インチ)を持っているいまはできることが増えました。
電子書籍リーダーとしての役割はiPhoneが相当大型化したことで奪われつつありますが、
大画面とキーボードつきカバー、Apple Pencilを備えていることにより、
iPhoneにはできない長文執筆作業や手書きメモの用途としては取り回しも良く優秀なデバイスです。
ブログ執筆だけが目的ならMacbookを持ち歩く必要も無くiPadで完結するのは強いですね。
ちょっと立ち寄ったカフェとか新幹線の中とかで作業するにはうってつけです。


ただ、言ってしまえば現時点で明確に役割が確立しているのはそれくらいということでもあります。
去年、iPad単独でどうにかして開発作業ができないかいろいろ試しましたが、
Windowsをリモート操作する、クラウドIDEを使う、ネイティブアプリに頼る等々、
いろいろな方向性がありながらもいずれもイマイチな結果に終わりました。
AWSでのクラウド開発はできないわけではないけれどあまりにも手間がかかりすぎる。
ただ、最近「Splashtop」というリモートデスクトップアプリが致命的な不具合を解消し、
かなり使えるようになったのでWindows機をリモートする前提なら開発もできなくもないです。
もちろんそれでもMacbookに勝てないのは言うまでもないですが。


そんな中、今月リリースされると思われるiPadOS17では、ついにHDMI入力に対応するそうです。
そう、ついにディスプレイとして使えるようになるんです。
どこまで可能なのかはリリースされてみないとわかりませんが、
画面収録機能と組み合わせてゲームプレイの録画がPCレスでできるようになるなら大歓迎。
ま、まあそれもMacbookでできてしまうと言ってしまえばそうなんですが。
他にもステージマネージャ機能が大幅にアップグレードするようで、利便性向上に期待します。
ゆくゆくはmacOSにかなり寄せる形になると噂されていますが、
AppleはiPadを「ミニMac」のような立ち位置にすることを明確に否定したこともあり、
どうなるかはわかりません。


ただ個人的にはタブレット関連はいまだにキラーアプリが出てきていない感があるので、
今後の発展次第ではまだまだ使える可能性は残っていると思っています。
なんなら開発用途以外でも単に自分がキラーアプリを探し当てられていないだけかもしれないし。
いずれにしろ、まずはiPadOS17に期待ですかね。


#7208

ルート構築に見る価値観の変化

『ピクミン4』、本編1周目クリア後はしばらくダンドリバトルばかりやっていましたが、
そろそろハイスコアもいい感じになってきたので次のカテゴリに移ることにしました。
本編2周目もやりたかったのですが、今回はひとまずダンドリチャレンジをすることに。
本編はやはり攻略本を見ながらルート構築したい。なかなか攻略本が出てきませんが……。


ダンドリチャレンジは、言うなれば『ピクミン3』のミッションモードとほぼ同じ。
ただし、今作は基本12ステージに加えて
残り時間で競う「葉っぱ仙人の挑戦状」というエンドコンテンツが10ステージあります。
まあそれでも実は前作の方がボリュームでは勝るのですが、それはさておき。
今日はそのうち第1ステージである「ダンドリ養成場」のスコア更新に挑みました。
自己ベストは本編1周目クリア直後にとりあえずプラチナメダルだけ取っておいたものなので、
これを超えるのは非常に容易いです。
が、せっかくならピクチャレ大会でそれなりの順位は目指したいところ。
これがもうとにかくレベルが高いので、1ステージ目から試行錯誤の泥沼にハマっています。
でも、楽しいんだこれが。このダンドリの試行錯誤こそがピクミンの醍醐味だと思います本当に。
ダンドリバトルもとっさの判断能力やアドリブでのルート構築力が問われますが、
こちらは妨害してくるCOMもいないのでひたすら良いルートを突き詰めることになります。
一通りやってみてできたルートで目標に達しなかったらどこに改善の余地があるのかを考える。
それをやってみたら別の場所でうまくいかなかったのでさらに改善を重ねる……。その繰り返し。
いまのところ目標は330点としていますが、これでもかなりハードルが高いです。


いわゆるルート構築を伴うピクミンは実はかなり久々で、実質2013年以来10年ぶりとなります。
2013年当時はミッションモード全36ステージのプレイ動画を公開するべく、
それぞれのステージでひたすらルート構築のために試行錯誤していました。
基本的にスコアよりも週当たり2ステージ掲載するというルールを優先して連載していたため
めちゃくちゃ突き詰めたステージは多くありませんが、それでも夢中になってプレイしていました。


ただ、それ以降はTwitterにおける現在のピクミン界隈コミュニティが成立し、
ほどなく『ピクミン2』チャレンジモードの人気が高まり自分もそちらにシフトしたことで、
ルート構築を伴う遊び方はしばらく離れていました。
さらに2018〜2019年はピクミン界隈からも離れがちでモチベーションの低空飛行が続きます。
『ピクミン3デラックス』発売とその前の不正疑惑騒動をきっかけにピクミン界隈へ復帰したものの、
デラックスで追加された14ステージをやり込むモチベはどうしても絞り出せませんでした。


そして紆余曲折を経て10年経ってやっとルート構築を伴うピクミンに復帰したわけですが、
自分のルート構築に対する考え方が大きく変わっている印象を受けました。
10年前の自分は、一度ルートが固定化したらそれを変えるのは心理的に困難だったように思います。
時間をかけて作ったルートを捨てるのが惜しくて、それを捨てるのは勿体無いと感じたのでしょう。
だから2013年当時の自分はルートは最初のインスピレーションによって見出すもので、
あとはひたすら操作精度の向上や原生生物への対応の素早さで詰めていったようなイメージ。
1ステージで100時間以上リトライを繰り返して世界記録を取った
「原生の杜(原生生物をたおせ!)」なんてまさにそれです。
あれは100時間のうちルート構築に費やした時間は最初の数時間に過ぎなかったと思います。


一方、2023年現在の自分の考え方は、
既存ルートに限界を感じたらどこかに改善の余地があると考えるのが自然で、
既存ルートに固執する理由はどこにも無いという感じです。
必ずしも2013年のやり方が間違っているとはかぎりませんが(仮にもWRを取った実績もあるし)、
これについては2023年の方が明らかに合理的だと思います。
これはピクミンが上手くなったからではなく、
この10年で自分自身の「こだわり」に対する考え方が大きく変わったからではないかと。


ちょっと話が脱線しますが、
高校大学時代なんかは「こだわり」は言うなればモチベの根源だったんですよね。
好きな人と出会った日を記念してその日になにか特別なことをしたい、みたいな。
だからちょうどよい日付に締切を据えて、そこに向かって頑張るというようなことをよくしていました。
ブログのキリ番や誕生日と元日に特別記事を書くのは
ある意味その考え方で生み出された習慣の最後の生き残りです。


このブログではタコウインナーの法則と呼んでいますが、
本当に大切なものこそ遠ざけるというような姿勢や
自分が作ったあらゆるものが捨てられないというのもある意味「こだわり」の範疇です。
しかし社会人生活が始まってほどなくしてその魔法は切れてしまいます。
いつしか、むしろ「こだわり」による締切設定が枷にしか感じられなくなりました。
なにしろ、明らかに合理的な判断に反することが多いわけです。構築したルートへの未練もしかり。


最近はようやくそういう自分の性格を俯瞰して、
何がこだわりで何が合理的判断なのかを区別してその場に則した選択をできるようになってきました。
「あ、ここで変にこだわっても時間の無駄だな」とか。
「ここはむしろこだわってもいいのかもしれない」とか。
で、ピクミンチャレンジモードにおいて「ルートへのこだわり」は100%不要なものと判断できます。
2013年時点ではそうではなかったので、プレイ時に考え方が変わったと実感したのでしょう。


どちらがより良いのかは実際のところなんとも言えませんが、
やっていて楽しいのは確実に2023年のように「こだわらない」プレイスタイルです。
他人の動画を見たらパクりになるからダメだとか、そういうのもいい加減どうでもいいと思いますね。
まあこれに関しては自分のルート構築力を試したいので1周するまで動画は見ない方針ですが、
1周終わってさらにスコアを詰めるとなったら
それはもう他人のルートを参考にしないのは非合理だと思います。
にしても、こだわりに対する考え方の変化をこうも分かりやすく教えてくれるとは。
さすがピクミン。やっててよかったピクミン。


#7209

やりたい仕事をするのは理想なのか?

2019年に一定の結論を出したかのように見えた「なぜ仕事をするのか」という議題について、
最近また掘り起こす機会が増えてきたように思います。
先日(#07183 / 2023年08月17日)はお金のためにするということは否定することはできないけれども、
お金に困っていない人に仕事を勧めるのは適切なのかということを考えました。


実家にさえ住んでいて親が経済的に裕福ならば、働く必要のない若者は少なくありません。
世の中はそういう人を「自立していない」と叩きたがりますが、
究極的には自立するかどうかは本人の自由であって周囲がどうこう言う話ではないわけです。
しかし、じゃあ働かないことが絶対に正しいのかというとそういうわけでもない。
働かず実家暮らしだと必然的にできることが大きく制限されます。貯金も減る一方です。
毎月の安定収入があれば実家に住む必要もなくなりその制限を大きく越えられるようになるわけで、
誰しもその制限の向こうにこそ本当にやりたいことがある可能性は否定できないわけです。
そういう意味で、実家暮らしで無収入というのは相当に機会損失を生んでいるのではないかと。


仕事を辞めて経歴に空白ができるたびにキャリアアップの機会が失われ、
それによって加齢に収入が追いつかなくなるなど、無視できないデメリットもあります。
個人的に「貯金がある程度貯まったら無職を謳歌する」という立ち回りの最大の欠点がこれかと。
また、お金を使わないことを美徳とする価値観が身につくことで消費活動が停滞、
必然的に生活の変化が少なくなりライフステージを上げる機会にも恵まれなくなるでしょう。
要は永遠に大学生の夏休みのような生活が続き、良くも悪くもそこから脱出できないわけです。
もちろん、代わりに得られる膨大な自由時間で成し遂げられるもののメリットが、
収入増や経歴にキズをつけないことよりも明らかに大きいのであれば話は別になりますが。


自分は昔から仕事が「やりたいこと」になるのが理想だと思ってきました。
そしてそれは2019年にいちおう実現したのですが、
先日もモチベ低下が深刻化したので面談を受けにいくなど、必ずしも順風満帆ではありません。
なぜこんなことが起きてしまうのかと考えていたら解剖学者の養老孟司が面白いことを言っていました。
曰く、往々にして若者は好きなことを仕事にしたがるけれども、
好きなことを仕事にしたところでそれには必ずやりたくないことも付随してくる。
やりたくないことだけをやらないと言うことはできない。
であればいっそのこと、やらなければならないことを好きになる方が早いのではないかと。
仕事を変えるよりも自分の意識を変えてしまった方が早いと言うんですね。


そんな無茶なと思ったのですが、
確かに言われてみれば「やりたいこと」ってかなり曖昧さを含んだ概念のような気がします。
言ってしまえば単なる個人にとっての理想、妄想でしかないケースも多い気がする。
理想と現実が食い違っていたからといって文句を言うのは筋違いということなのでしょう。
それに、とりあえずやってみたら好きになったというケースも世の中には多くあります。
それがいわゆる「やり甲斐」というやつなのではないでしょうか。
一般に、雇用主がこれをクチにする職場はブラック率が高いと言われますが、
個人が仕事をやってみて能動的にやり甲斐を見出す分には問題は無いし、
みんなそうやってなんだかんだで仕事に適応しているんじゃないかなと。
ただ、現代は職業選択は個人の責任なのでそこが難しいところですね。
選択を委ねられればやっぱり誰だって理想に基づいて職種を選ぶでしょう。
実際にはそこには理想と現実のギャップがあり、それで幻滅してしまう人は多いような気がする。
そこを乗り越えられるかどうかという局面では、「やらなければならないことを好きになる」
という意識を持っているか否かでかなり変わってくるような気がします。


とにかく大事なのは、一度きりの人生で取り返しのつかないことにならないように、
いろいろな可能性を考慮することなんじゃないかと思います。
そのためにもこうやって先人の意見を聞くことが改めて大事なのではないかと思いました。
そろそろ読書習慣も復活させていきたいところですが……。


#7210

iPhone 15シリーズ発表

今日の出来事iphone

毎年秋恒例、iPhoneの新モデルが発表されました。今回で「15」となります。
今回の目玉機能はなんといってもUSB-C搭載。ほかにもいろいろ。
サイレントスイッチ廃止の代わりに
なんでも割り当てられるアクションボタンが新しい物理ボタンとして追加。
Pro Maxは5倍光学ズームに対応した新しい望遠レンズで遠くの被写体も綺麗に撮れるように。
また、ボディー素材にはチタニウムを採用したことで同サイズとしては歴代最軽量となりました。
物理的な変化はこれくらいで、無印、Plus、Pro、Pro Maxという4種展開もそのままです。
ちなみにPro Maxの1TBモデルは249,800円。
自分が買った当時の最上位モデルが150,800円なので10万円近く値上がりしていることになりますが、
512GBが1TBになっただけで10万円というのはいかにも値上がりすぎです。
実はこれはほとんど円安のせいで、欧米での定価は200ドルくらいしか変わっていないそうです。
そう考えると今年入ってからの円安フィーバーがいかに異常か分かりますね。


再三書いている通り、自分は機種変するなら基本的にその時点の最上位モデル一択と考えています。
なぜならスマホに必要なストレージ容量は年々増えているので、
それを全部カバーしようと思ったら既存モデルよりも上位のストレージを買わざるを得ないから。
この方針は現在も変わっていません。現行の512GBもそろそろ限界が近づいてきていて、
容量を空けるために1TBモデルが欲しいというのは強い機種変の動機になります。
逆に言えば、新モデルに上位のストレージが登場しなければ延々機種変しないこともあり得ます。
ProではなくPro Maxを選ぶのは単純に画面が大きいからですね。
やっぱりメインスマホはできるかぎり画面が大きい方がさまざまな面で利点があると思っています。
なんならPro Maxよりもさらに一回り大きいスマホが欲しいと思うくらいで。
まあ、これ以上大きくするとポケットに入らなくなってしまうのでそれは実現しないと思いますが。


iPhone 7Plusを購入した2016年以降は4年周期で機種変しています。
端末代を2年の分割払いで買うので2年以上であれば機種変タイミングは特にこだわらないのですが、
最近のiPhoneは1世代ごとの変化点が少なすぎるのと
数年経っても既存の機種で十分なくらいスペックが高いので2年はいかにも短すぎるんですよね。
なんなら4年でも短いと言えるかもしれない。
実際、現行のiPhone 12 Pro Maxはスペック面で困ったことはまだ一度も無いので、
現行機種から6年周期でもいいかもなあと思っています。
6年周期となると2026年モデルでようやく機種変することになるわけですが、
さすがにそのころはDynamic Islandも廃止されて完全ノッチレスになってるんじゃないかな。
完全ノッチレスになったら間違いなく買いですね。
Dynamic Islandはどうも食指が動かないです。ノッチが登場したときと同じ拒否反応が……。
それでも容量が限界になったら買わざるをえないのですが。
買ったらすぐに適応してしまいそうな気もしますけどね。ノッチがまさにそんな感じだったし。


ともあれ、iPhoneに関してはまだまだ様子見が続くかなといった雰囲気です。
それだけiPhone 12の満足度が高いということですが。


#7211

Nintendo Direct 2023.9.14

今日の出来事Nintendo-Direct

毎年恒例の東京ゲームショウに合わせたNintendo Directが放送されました。
残念ながらピクミン4の追加DLCは発表されませんでしたが、
それでも注目タイトルはいくつかありました。
個人的に欲しいと思っているのは
『スーパーマリオRPG』『ペーパーマリオRPG』『風来のシレン6』の3作品。
シレンはまあ買いとして、
他の2作品はかなり似通った作品なのでどちらも買うと共倒れになる可能性があり悩ましいです。
個人的なところで言えば、ペーパーマリオRPGはブログ黎明期の2004年ごろ、
友人から借りる形でプレイしました。しかも2周。
ただ、個人的にいわゆるターン制RPGの中では最高峰と言えるくらい面白かったし、
過去何度もNGC版を買いたいと思っていたのでリマスターでもまず間違いなく楽しめると思います。
NGC版の中古価格はめちゃくちゃ高騰してしまって手が出なかったんですよね。


スーパーマリオRPGはその名の通りスーファミ時代の作品で、マリオのRPGとしては元祖。
こちらは作品の知名度は抜群ですが実はプレイしたことがありません。
名作と言われているのでまず間違いないとは思いますが、
ペーパーマリオRPGの思い出補正に勝てるかどうかは微妙なところ。
まあ、半年くらい間をあけて両方やるのがいいような気もしますが。


ゲーム以外では京都府宇治市に「ニンテンドーミュージアム」なる施設が年度末にできるそうで、
これは任天堂ファンとしていつか行きたいなあと思っています。
ただNintento Tokyoが開業直後からしばらく入店するだけで数時間待ちという大盛況だったこと、
そしていまもなお入場制限があることを考えると、しばらくはめちゃくちゃに混みそう。
開業直後はあえて見送って、2025年の大阪万博と同時に行く計画でもいいのかなと思っています。
まあ、そのシーズンはそれはそれで混みそうではあるけど……。
いずれにしろ、自分にとって関西へ旅行する大きな理由ができました。
上京以来まだ一度も旅行は実現していませんが、最初はたぶん関西旅行になると思います。
実家時代のような行き当たりばったりではなく本当に満足できる計画を立てたいところ。


ちなみに、今回のニンダイの発表内容を見て「次世代機の登場は間近に迫っている」
と見る有識者は多いそうです。ドイツで試作品が公開されたという噂が出てきたり、
スペックはPS4 Proを若干上回る程度などのやや詳細なリークも出てきている昨今。
任天堂はハードの末期にリメイク作品を多く出す傾向にあるそうで、
今回のニンダイがまさにリメイク作だらけだったんですよね。上述のマリオRPGもしかり。
ハードとしても7年目を迎えニンテンドーDSシリーズと並ぶ長寿ハードになったNintendo Switch。
さすがにスペック的に厳しくなっているのも事実で、次世代機の機運は高まっているのは確かです。


#7212

副業の許可が下りる

キャリア面談では会社の許可は降りそうになかった副業について、
アドバイザーも「おそらく労務時間管理ができないのでNGだろう」
という意見でしたが、その場では明確な回答はできないということで
後日総務に問い合わせてくれる手筈になっており、その回答が来ました。
回答としては、意外なことに「オンライン研修を受けて管理業者に報告すれば副業は認める」
とのこと。なんでも近年は副業は政府が推進していて、
企業もそれによって副業に関する方針を180度転換したようです。従来ならアウトでした。


肩書きややりたいことはwebエンジニア(開発業務)なのに、
いまの現場は開発ではないのでモチベーションに悩んでいた自分にとって副業は、
①開発実務経験の蓄積、②開発スキルアップ、③収入増による金銭関係の諸問題の解決、
の3つを一挙解決する手段としてとても有望視していました。
副業におけるwebエンジニアの下限単価は2,000円だそうなので、
週20時間稼働でも16万円の収入になります。それが本業の給料に上乗せと考えると結構うまい。
週20時間は、土日各5時間、平日各2時間で捻出できると考えるとそんなに難しくないし、
そもそもそれくらいの時間をいつもプライベートの開発作業に使っているので
それをそのまま副業に置き換えればいいと考えればかなり現実的に負担無く捻出できそうです。


というわけでさっそく大手のフリーランスエージェントに登録してみたのですが……。
回答は「いますぐにご紹介できるお仕事は見つかりませんでした。ごめんなさい」でした。
フリーランス向け案件の実態を軽く調べてみると、
どうも最低週3フルタイム稼働を前提している案件が多数を占めているようで、
「隙間時間にちょっとだけ」というニーズを満たすような案件は少数派のようです。
週3フルタイムというのは24時間となりますが、それはあくまでも休日込みの計算。
いわゆる普通の仕事と同じように平日昼間の対応を求められるとなるとこれはかなり厳しいです。


新潟時代から再三検討しているクラウドソーシングについても改めて調べてみましたが、
正直言ってロクな案件が無い。けっこう詐欺案件とかも増えているそうで、
クラウドソーシングだけで安定的に稼ぐのは難しくなってきている印象です。
この辺は法改正で規制を強化しないと改善しない……のでしょうか。


さらに調べてみると副業としてのアサインを前提とした案件を
多く抱えているプラットフォームも存在するみたいなので、そちらに登録して様子見、
というのが現状できる精一杯でしょうか。
まあ、ポートフォリオサイトを更新するなど他にもやらなければならないことはありますが。
いずれにしろ、思い描いていたほど簡単に稼げそうにはなさそうです。
まあ、そりゃあそうか。そんな簡単に月収16万円も増えるならみんなやってますよね。


#7213

表現規制と生成AI

今日の出来事stable-diffusion

以前萌え絵についての話を解禁しましたが、その方面で今後何を頑張るべきかについて考えると、
やはりStable Diffusionがカギになるんじゃないかと思っています。
最高の萌え絵を追求するために、
今年初めて特定の推し絵師のサブスク(PixivFanbox)に登録するという手段を開拓しました。
そのおかげでこの方面の活動がこの歳にして再加熱したという事実はあるのですが、
一方で「特定絵師の新作のみ」という範囲だと供給が少なすぎるという問題が出てきます。
かといってさすがに片っ端からサブスク登録するわけにもいかない。
一度すごいクオリティの萌え絵に出会うと、ロークオリティではなかなか満足できなくなります。
それくらい06月に出会ったとある絵師さんのクオリティは群を抜いていました。
その衝撃があったからこそブログでもこの話題を解禁したという経緯があります。


そんなわけでハードルが上がったことによる著しい供給不足に陥ったいま、どうするべきか。
当然他にも推せる絵師を探すことは怠っていませんが、そうそう見つかるものでもありません。
かといってPixiv等のキュレーションではなかなか限界がある。
旧Twitterに至っては表現規制が強すぎるのでせっかく萌え絵専用アカウントを作ったのに
そういう用途ではほとんど機能していません。
まあさっと読めるweb漫画がよくオススメタイムラインに流れてくるのでその点では有用ですが。


とにかく、既存プラットフォームでの探し方は行き詰まっている状態です。
昔からある無断転載系まとめブログなんかはもう低クオリティすぎて論外ですし、
そもそもそういうブログの存在そのものが法的にアウトなのでそういうところは頼りたくありません。


と、なるともうこれは「自分で作る」という選択肢しか残らないわけです。
2021年以前の世界ではそれはイラストを描ける人だけの特権でしたが、
現在はもはや誰でも自給自足ができる世界になりました。
AI絵は法規制が追いついておらず絵師からの反発も大きいのでネット公開はハイリスクですが、
ローカル環境で個人で楽しむ分にはなんら問題ありません。
そこには著作権も表現規制もへったくれも存在しないわけで、まあやりたい放題というわけです。


ただAI絵界隈もブロックチェーンゲームほどではないにしろ流行り廃りが非常に早く、
少し離れているとまた情報収集からやり直しという面倒くささがあります。
最近だと、Stable DiffusionがGoogle Colaboratoryの無料枠で使えなくなったようです。
そのためiPad単独での生成は難しくなりました。
代替として「Draw Things」というアプリがありますが現状ではまだ安定性に欠けます。
基本的にはGPUを積んだWindows機かハイスペックなMacが必須と考えたほうがよさそう。
ベースモデルは「Stable Diffusion XL」という新しいバージョンが登場しています。
まだ試していませんが、従来の「1.5」「2.0」等と比べると高解像度の生成ができるそう。
LoRA(ベースモデルをもとに追加学習処理を行い特定用途に特化したモデル)については、
Civitalというサイトに集まっていて汎用的なものは自作しなくてもそこで手に入るようになりました。


Stable Diffusionをいじりはじめた当初は、長年構想してきた創作キャラクターの具現化、
という大目標を掲げていて、それも当然進めていかなければならないと思っています。
それも加味するとこの界隈の知識を深めるメリットは大きいので継続的に情報収集したいところ。
なんなら仮想通貨よりも優先度高いかもしれない。


#7214

一人暮らしのコスト

今日の出来事金銭関係

自分は地方時代にほぼ5年間、あのブラック会社に勤めていました。
それに限界を感じて転職を決意し退職したのが2018年度末なので、
そこから起算すると今年度末で同じ5年が経過することになります。
この5年のうち最初の8ヶ月を除くとずっと一人暮らしをしているわけですが、
そのおかげでお金にカツカツになってしまったのは否めない事実です。
単純に総収入で言えば実家時代の2倍、いや3倍近くになっているはずなんですけどね……。


一人暮らしにかかる費用を15万円と仮定すると、5年間でかかる総額は900万円になります。
900万円というとなかなか衝撃的な金額……。
実家暮らしをするという選択を続けていればそのほとんどは支出しなくて済んだわけで、
この900万円という出費はいわば自分が30代を自由に過ごすための対価と見ることができます。
ただ、それにしてはちょっとコスパが悪すぎると思ったのも事実。
実家環境がもう少しマシだったら一人暮らしはしていなかっただろうことを考えると、
やはり家庭環境に恵まれるということはものすごいアドバンテージなのだと思います。
東京で知り合った友人の中にも実家暮らしがちらほらいますが、
きっととてつもない額の貯金を蓄えているんだろうと思うと羨ましいを通り越して嫉妬します。


「若いうちは貯金などせずにどんどん使うべき」という意見もあり、
自分もどちらかというとそっち寄りの立場としてこれまでさまざまな浪費をしてきました。
が、一方で貯金が心の豊かさに直結するというのも事実です。
900万円を使って得たのは実家に無かった空間的自由ですが、
それと対価に金銭的自由を失ったという側面は否定できません。
今後は転職によってそれをもカバーする収入を見込めるので少しずつ金銭的自由も手にすると思いますが、
気がつけばもう30代半ば。ちょっと遅すぎるのではないかという気がしないでもない。
しかも仮想通貨によってその遅い歩みでさらに遠回りをしているような状況という。


とはいえ、今後はコツコツ貯金するのが絶対正しいとも思っていません。
老後に1000万円あったとして、それは身体が健康な年齢にとっての100万円より価値は劣ると思うからです。
とにかく動けるうちにできることはやる、
そのための出費は惜しまないというスタンスに変わりはありません。


ただ、もし今後完全テレワーク案件を手にしたら1年くらい実家に戻って、
そこで一時的にでも強力に貯金を増やす期間を設けるのはアリだと思っています。
1年実家暮らしするだけでも単純計算で180万円浮きますからね。
都内と違って出かけようにも出かけられないので実際にはそれ以上浮くと思いますが。
いままではそういう選択肢が与えられてもたぶん選んでいなかったと思いますが、
改めて一人暮らしにかかるコストを考えるとそうも言っていられないような気がする。
ただ、実家は精神的自由がとにかく皆無なのでそこをどう割り切るかが問題ですが……。
こう考えると、自分は家庭に恵まれていないと言わざるを得ないのか……?


#7215

肋間神経痛

今日の出来事体調不良

せっかくの久々の3連休ですが、微妙に体調が悪かったため成果も微妙でした。
初日は金曜日に久々にたくさん食べたからからか下腹部がずっと痛く、
それが治った2日目と3日目である今日までは左胸が妙に痛くてモチベが上がりませんでした。
やはり健康であることはあらゆる活動の前提になるのだと改めて感じます。
左胸というと心臓が心配になりますが、自覚症状に基づいていろいろ調べてみたところ、
肋骨周りの神経が圧迫されている肋間神経痛という症状が一番しっくりきます。
これは心当たりがあって、
いまの睡眠環境は左に寝転んだときに肋骨を押すような感覚があるんですよね。
そして最近、左を向いたまま入眠することが増えてきました。
そのため、いわゆる「寝違えた」結果として肋骨周りに負担がかかったのではないかと。


とはいえ、左を向いて寝ることを急にやめられるわけではありません。
こういう問題が起きてくると、睡眠環境もそろそろアップグレードする時期が来たのかも。
現状としては部屋が狭いのでベッドを設置しておらず、敷布団の上で寝ています。
敷布団は特に自分に合ったものを能動的に選んだわけではなく、
上京時に適当に実家の余り物を譲ってもらったものです。
その敷布団がもっと低反発で厚くなればこの問題は解消しそうな気がしなくもないです。
もちろん、解決しない可能性も否定できませんが……。


肋間神経痛は脇腹を伸ばすストレッチで改善するそうで、
確かに何度かストレッチしているうちに緩和してきた気がします。
こう考えると単純に運動不足によって体が相当に固くなっていて、
睡眠環境とは関係なく不具合を起こしやすくなっているという可能性も否めません。
筋トレをしろとは言わないにしろ、意識的に体を伸ばす姿勢をすることは大事なのかも。
適度に背伸びをするとか、そのまま左右に倒してみるとかですね。
そういう点ではラジオ体操って相当良いらしいですね。やりませんけど……。


#7216

Twitter完全有料化の噂

今日の出来事twitter

旧Twitterが「すべてのサービスを有料化する」という噂が立っているようです。
発端は例によってイーロン・マスクの発言で、
この人の発言はめちゃくちゃなこともわりと実現してきたので結構間に受けている人も多そうです。
ただ、報道に対してそれは誤報だと指摘する向きもあり現状ではなんとも言えない状況。


旧Twitterは先日、
認証済みアカウントのインプレッション(つぶやきの閲覧数、いいね数、RT数の合計)に対して、
アフィリエイト料を支払う新システムを発表しました。
こないだスパムがひどすぎると書きましたが、原因はどうやらこれのようです。
とにかく報酬を稼ぐためにトレンドキーワードを含む投稿や、
バズツイートや著名人へのなり振り構わぬクソリプ、
あるいはパパ活を匂わせるなどとにかく無法地帯になっていて世界的な批判も高まっています。
そこで打ち出したイーロン・マスクの対策が、全アカウントの有料化。
たしかにそれをすれば大量アカウントの同時運用は難しくなるし、
インプレッションを稼げなければ赤字なのでそももそもやろうとする人はかなり減りそうです。
運営側の懸念であるマネタイズ問題も解決できる見込みがある。
ただ、そもそも一般ユーザーが現状の旧Twitterに課金するかと言われると……。


まあ、これで旧Twitterの息の根を止めることになるならそれはそれでいいのではないでしょうか。
これからは本格的にDiscordなどのクローズドコミュニティに移行すると思えば悪いことでもない。
自分のメインアカウントに至っては、
復帰後は特定ユーザーのつぶやきのみを非公開リストに入れて読んでいるだけになっていて、
もはやメインタイムラインは読んでいません。
そして非公開リストに入れているユーザーはほぼほぼ共通のDiscordサーバーがあるので、
なんならすぐに旧Twitterが消滅してもなんら支障無いんですよね。
むしろ消滅すれば分散していた発信先が統合されてDiscordがより賑わうことが予想されるので、
自分としてはそちらの方が圧倒的に良いです。なのでぶっちゃけ有料化は歓迎です。
サブアカの運用が若干難しくなりますが、まあ代替手段はいくらでもあるので。


にしても、イーロン・マスクたった一人にここまで引っ掻き回されるとは……。
いまのところ悪手が続いているように見えますが、最後に笑うのは誰なのでしょうか。
threadsが新しい覇権を握るのか、はたまた旧Twitterが息を吹き返すのか、
あるいは第三者のサービスが台頭してきて王座を奪うのか……。
ネット文化はゼロ年代後期以来の新しい過渡期にさしかかってきているような気がします。


#7217

新しい媒体を買う優先度

今日の出来事携帯機種変

明後日発売するiPhone 15はまたも見送りすることにした自分ですが、
すでに上がってきているiPhone 16のリーク情報をみるかぎり
来年はさすがに機種変することになりそうな予感がしています。
というのも、iPhone 16はpro maxのディスプレイサイズが刷新されると言われているからです。
といっても現行の6.7インチから6.9インチとわずか0.2インチの違いでしかありませんが。
まあそれに加えてDynamic Islandになったことで表示面積自体はそれなりに増えるはずなので、
自分が持っているiPhone 12からの機種変は
それなりにグレードアップした実感を得られるのではないかと思っています。


こないだ6年持たせるのもアリかもと書いておいてさっそく手のひらを返していますが、
実際のところ6年と4年のどちらが良いかについては現状まだ結論が出ていません。
結局のところ新機種に魅力を感じるかどうかが決め手になりそうな気がしています。
むしろ、メイン機とは別に確実に片手で操作できるサブ端末の方が必要性を感じていて、
それを買う方が早いかもしれない。
現状、サブ機としては2代目の格安スマホを運用していますが、
サブ機もiPhoneでいいんじゃないかと思うんですよね。
その点ではSEシリーズがちょうどその用途にハマるので「SE4」の登場を楽しみにしています。
メインラインアップからmini系統が消えたのはそれをSEシリーズに転用するからだ、
という噂もありますが、そういう形でminiが復活してくれれば最高です。


ただ、AndroidはブロックチェーンゲームなどAppleが認可しない一部のアプリを利用できるため、
そういうアプリの受け皿としてAndroidを持っておく意義は依然としてあり、悩ましいところです。
webアプリの動作確認用途でもまれに使いますしね。
まあ、現状ブロックチェーンゲームだけではまだ専用端末を持つ意義は薄いですが……。
あとは今後本格的に副業をすることになった場合に仕事用として持つとかですね。


あと最近機運が高まってきているのがデスクトップPCの新調ですね。
元同僚がデスクトップPCを買うことにしたそうで、
いろいろ話を聞いているうちに自分も買い替えたくなってきました。
というより、今後同僚がデスクトップPCを買って『Apex Legends』がPC版にシフトした場合、
自分の現行PCではさすがにスペックが足りない気がするんですよね。
動くとは思うけれど、プレイしながらDiscordもOBSも動かして……という運用は難しい気がする。


なんだかんだでWindows機は使わざるを得ない場面というのがそれなりにあるので、
余裕があればデスクトップPCも新調しておくに越したことはありません。
実質ファイルサーバーとしても使っていることもあってずーっと起動しているので、
電気代をかなり圧迫していると思うのですが、
早い段階で省エネモデルにしておけば長い目で見て得をするでしょうしね。


とりあえず現状の優先度としてはデスクトップPC>サブスマホ>メインスマホ>Macbook、
といった感じでしょうか。来年の夏ボナ辺りで1つは買うことになりそう。


#7218

ゆとり教育は成功していた?

今日の出来事教育論

自分は世代的には「ゆとり教育の2世代目」であり、
思春期はマスコミや世間やネットユーザーから「ゆとり世代はバカ」と言われ続けてきました。
いわく円周率は約3で教えられているだの、台形の面積の求め方は教えられていないだの。
ゆとり教育はこれまでの詰め込み教育と学歴偏重を否定するものとして、
新学習指導要領では小中学校は完全週休2日制になり、本人の主体性を尊重することを重要視し、
「総合的な学習の時間」を取り入れるなどの試みがなされました。


しかしその施行後PISA(世界で一斉に行われる、高校1年を対象にした学力テスト)
で日本の国語ランキングが如実に落ちたということで、
「ゆとり教育のせいで子どもたちの読解力が落ちた」とメディアに批判されるようになり、
そこから「ゆとり教育」というのは失敗したものというイメージが付きまとうようになりました。


ところが、いわゆる脱ゆとり教育が始まって久しい昨今、
むしろゆとり教育は成功していたんじゃないかという意見を少なからず目にするようになりました。
批判の根拠とされているPISAのランキング推移の見方に無理があるというものです。
まず国語力低下が指摘された2003年のPISAを受けたのはゆとり先頭世代であり、
それは要するに小中学校のほとんどの期間ゆとり以前の教育を受けてきた世代であって、
1年しかゆとり教育を受けていないのにそれを国語力低下の根拠にするには無理があるだろうと。


そして2008年以降、ゆとり教育をフルに受けてきた世代はむしろ国語力が如実に良くなっている。
さらに「脱ゆとり教育」が浸透してきた近年は国語力はまた落ちている。
このことから、むしろゆとり教育によって読解力は上がっていると言えるのではないかと。
むしろ失敗しているのは「脱ゆとり教育」なのではないかなどとも言われています。
ちなみに理系科目はどの世代も強いそうです。


また、最近はゆとり世代のスポーツ面での活躍が非常に著しいです。
野球界ですでに生きるレジェンド扱いの大谷翔平をはじめ、
フィギュアスケートの羽生くんなんかもゆとり世代です。
昨今はどのスポーツも世界大会における日本代表チームが好調なイメージがあります。
野球は世界の頂点に立ったし、いままであまり注目されなかったラグビーやバスケも好調です。
これは彼らが子どものころ、
詰め込み教育をされずにのびのびとスポーツに打ち込めた結果なのではなかろうかと。
これが本当かどうかはZ世代が中心世代になったら答え合わせができると思います。


もちろん一概には言えませんが、ゆとり教育の不名誉な部分が払拭されつつあるのは良いことです。
というか、こうして考えると当時のメディアによる批判って随分短絡的でひどいですね。
もちろんそれは大衆が若者叩きをしたいからこそ煽動していたのであって、
いまはいまでZ世代叩きに夢中になっているので当時のメディアだけを責めることはできませんが。
「最近の若いもんは……」という論調は太古の昔からあるそうなので、
これはもう人間の抗えない本能なのでしょう。
まあそれはそれとして、ゆとり教育がただただ失敗したわけではないというのは良かった。


#7219

インターネット依存の危険性

最近なんとなく、インターネットにおける言論活動の不毛さを感じています。
言論活動というか……ネットを主体としたインプットとアウトプットに意味はあるのか、と。
まずインプットについては、マジョリティほど殊更に主張することは無い、
むしろ現代のネットの構造上、過激思想を持っている人ほど目立ちやすく、
現実の討論の場等と違って往々にしてそれを咎める術も無い。
さらに最近はネットニュースの偏向報道とキュレーションサービスの相乗効果によって、
より一層「自分に都合の良い情報」が多く入ってくる傾向にある。
これらのことから、
ネットだけを頼りに客観的に妥当な情報収集をするのは難しくなってきていると言えます。


アウトプットについても概ね同じで、
個人的に長年のブログ執筆の経験から言えるのは、無責任なあらゆる発信は自己正当化でしかない、
ということです。なんで情報発信をするのかというと、自分を認めてほしいからです。
となれば、その目的に反する不都合な事実は当然アウトプットしません。
結局アウトプットする側もその人の都合に合わせてなされるということですね。当然ですが。
自分みたいに自分でアウトプットした情報を再インプットしているような場合は最悪で、
そのサイクルによって自分にとって都合の良い言論がどんどん先鋭化していくことになります。
自分はまだ過激思想に染まっているとは言えない方だと思いたいですが、
長年のネット依存を鑑みると、過激思想に染まっていないと言い切るのはかなり厳しいと思います。


この2点についてはわりと最近気づいたことで、最近のエントリーにもそれぞれ書きました。
奇しくも同時期にネットのインプットとアウトプット両方に不毛さを見出した昨今は、
ネットにおける情報収集のやり方を考え直す良い機会なのかもとも思います。
まずアウトプットについては、現行でやっているようにブログ自体を非公開にすることにしました。
これで「思想の先鋭化」が止められるわけではないですが、
公開情報としてのブログをシャットダウンすることで今後の方針を考え直す機会を得ました。
基本的に思想の先鋭化については過去記事を参照することそのものが悪いわけではなく、
それを適切に自己批判できれば良いと思っているので、そういうやり方を確立したいところです。


むしろ急務だと思っているのがインプットの方。
情報が偏っているかどうか気づくためには、
前提としてそれに関して信頼できる知識をそれ相応に持っている必要があります。
その「信頼できる知識」は、おそらくネットではさほど得ることはできないと想像できます。
となると有識者の話を聴くとか、本を読むといった活動が必要になる。
ただ、ネットに染まり切った自分がいまさらそういう媒体から情報収集する習慣が身につくのか、
と言われるとかなり怪しいところがあります。
電子書籍みたいに中間的な媒体を頼りにしていくのが無難なところでしょうか。


逆に、こういう情報は信頼できない、と区別する技術を身につけた方が早いかもしれません。
いわゆるファクトチェックですね。
これは2020年に学んだクリティカルシンキング周辺の技術にも通じるところがありそうなので、
そういう方面の書籍をもう一度読み直すのはそれなりに効果がありそうです。


キュレーションがダメだからといって、
「スマートニュース」やGoogleアプリの利用を止めれば良いというわけではありません。
バイアスがかかっているかもしれないという心構えを持てば問題ないような気がします。
あとは、脱キュレーション的なプラットフォームが出てきてくれれば言うこと無しなんですけどね。


#7220

浦沢直樹「20世紀少年」感想

今日の出来事漫画

最近、4年ぶりに浦沢直樹の『20世紀少年(完全版)』を読み直したのですが、
やっぱりこれは最後の最後で大きな矛盾を残しているよなあ、と思わずにはいられませんでした。
以下超絶ネタバレ注意。


この作品は少年時代の空想を実現すべく世界征服を企む謎の人物「ともだち」と、
その空想のもととなる「よげんの書」を書いたケンヂたちの世界を巻き込んだ戦いの話です。
「ともだち」は正体不明でしたが、物語の中盤でそれがフクベエという人物であることが判明。
ところが判明する直前にフクベエは同じクラスメイトの山根に銃撃されて死んでしまいます。
これで終わりかと思いきや、
2015年の東京万博開会式で「ともだち」はローマ法王をテロから守る形で復活を遂げ、
世界中の人々を欺いて着実に世界征服やその先の目的を実現していきます。
フクベエは死んだはずなので、それ以降の「ともだち」はそれにすり変わった誰かです。
単行本版では最後まで素性が明かされず、
最後の最後、最終話でケンヂがたった一言「おまえ、カツマタだろ」と言って終わります。
カツマタくんはクラスメイトの間では「理科の実験が大好きでフナの解剖を楽しみにしていたのに、
その前日に事故で死んでしまった人」として認識されていた正体不明の人物で、
名前こそ度々言及されるもののその姿は一度も出てきません。


完全版では最後にカツマタくんと看破するケンヂが若干の補足をします。
フクベエは少年時代のある日、首吊り自殺をする振りをしようとして本当に死んでしまった。
それ以降フクベエにすり替わったのがカツマタであるというのです。
カツマタは少年時代に「宇宙特捜隊バッジ」を盗んだケンヂの濡れ衣を着せられたことや、
ケンヂが放送室でかけた『20世紀少年』という音楽に心を打たれて自殺を思いとどまったことなど、
ケンヂに近づく勇気こそないものの昔から因縁がありました。
完全版では作中に登場するケンヂの歌のフレーズはカツマタが考案したとされています。


しかし一方で、作中には大人になったフクベエが味方を装って同窓会に登場していたり、
第二の主人公であるカンナはフクベエとケンヂの姉の間の子とされていることなど、
「フクベエが少年時代に死んだ」ということになると物語の要所要所が矛盾してきます。
ただ、少年時代の追体験をする描写を読み返す限り確かにフクベエが死んだという描写はある。
いったいどういうことだ……?


作者は「『20世紀少年』は設定上の矛盾は無い」と断言しているそうで、
それを踏まえて本気で考察している人もいるようです。
たとえば小学校時代の回想にあった「理科の実験が好きだけど死んでしまったクラスメイト」は、
カツマタくんではなくフクベエだったという説。これはかなり面白いと思いました。
フクベエは実際に自殺の振りに失敗して本当に死んでしまったわけで、
読み返してみると理科の実験が好きなことをほのめかす描写が複数あります。


ただ、そうなるとフクベエとカツマタの顔がそっくりなことに説明がつかない。
これは双子なんじゃないかという説がありますが、苗字が違うのでその可能性は低そう。
また、そもそも「ひみつ集会」で殺された大人フクベエはなんだったんだという話になります。
同じ顔をしたクローンが何人もいるみたいな話なんでしょうか。
同じ顔がいくつもある可能性を示唆する描写は実はあって、
「ともだち」が復活する直前のころ、
複数の人数にそれぞれ別所で同時刻に目撃されたというシーンがあるのがそれです。
しかし、だとしたら彼らはいったい何者なのか……?
敵サイドの幹部である高須はともだちの正体を問い詰められて
「いまそこにいるのが『ともだち』。」と意味深なことを言っていますが、
これはどういうことなのか……?
それを説明している描写は見つかっていません。


この作品はもう何度も読み返していますが、いまだに新しい発見があるのはすごいと思います。
またいずれ時間が経ったら今回のことを念頭に読み返したいところ。


#7221

朝食をおにぎりに

今日の出来事食事

2007年の一人暮らしデビュー以来、朝食はずーっとコンビニの菓子パンを食べ続けてきました。
コーヒーとセットで食べるにはパンがちょうどいいからです。
ところが最近、朝食のみ食欲が湧かない、というかいい加減パンに飽きた感が出てきたので、
試しにコンビニおにぎりに変えてみたのですが、目に見えて食欲が改善しました。
あんまり自覚していなかったけど、さすがに15年もパン食だと飽きるのか……。


コンビニおにぎりは普通においしいし、値段もパンと大差無いのでその点は問題なし。
しかも意外とパンよりも腹持ちが良いので午前中のやる気向上にも繋がっている気がします。
まあ、言うまでもなくコーヒーとの相性は悪いです。これはどうしようもない。
なのでコーヒーは単独で飲み、おにぎりには別途飲み物を用意せざるをえません。お茶とか。
ですが、そのデメリットをカバーして余りあるメリットがあるため
しばらく朝はおにぎりで様子見したいと思います。


去年2022年はかつてない不眠症の悪化であわや社会不適合者になるところだった自分ですが、
実は昨今は打って変わって調子が良いです。
わりと土曜日は午前中に起きられることも多くなってきました。
去年までの自分には考えられないことです。
昼夜逆転中を除いて思春期以降で休日午前に活動した記憶がほぼ無いので……。


とはいえこれは調子が良いというより、勤務形態が甘すぎるので生活が安定しているだけかも。
朝は出社日を除き09時30分の始業ギリギリまで寝ていられるし、
テレワークなので昼休憩の1時間は丸ごと昼寝時間に充てられています。
そうすると昼食の時間確保に困ることになりますが、
仕事の性格上午後イチでいきなりコールされることはまず無いので休憩明けにUbereatsや
前日にコンビニで買っておいたレンジ食品などをササっと食べて済ませられます。
終業ごろにはお腹が空いてくるので、退勤したら即近隣の飲食店に行って夕食。
そうすると寝る前には良い感じに胃の活動が終わっていてすんなり眠れるという好循環です。
24時には就寝しているのでメインの就寝時間は9時間半も確保できているうえ、
それに加えて昼寝時間まで確保できているので眠気に困ることはまずありません。
逆に言えば、自分はこれくらいの睡眠時間の確保は必要なんだと改めて感じました。


唯一の難点として、テレワーク日が楽であればあるほどたまにある出社日がキツい、
というものがあり、今春まではまさにそのギャップに苦しめられていましたが、
最近はそれにも適応しつつあるのか以前ほどの負荷は感じなくなってきました。良い傾向です。
とにかく大事なのは朝昼夜の食事を決まった時間に済ませることと、夕食は食べ過ぎないこと。
特に全体の食事量を意識的に減らしてから如実に安定してきたように思います。
08月〜09月上旬までは夏バテなのか謎の貧血に悩まされポテンシャルは低かったですが、
それも乗り越えたいま、健康面では過去最高くらいの勢いなので
かなりのポテンシャルの高さを感じています。
ぜひともこれを活動量に反映させていきたいところですが、
それ以上にこの健康状態を維持することが当面の課題なのかなと思います。
激甘テレワークで10時間半の睡眠時間を確保できているからこそ安定しやすい側面もあるので、
そうでない状態でも安定させられるのが理想ですね。
そのためにも、しばらく朝はコンビニおにぎりで様子を見るつもり。


#7222

理想のSNSを考えてみる

今日の出来事sns

「誹謗中傷が自動的に柔らかい表現に置き換えられるSNS」なるものが話題になっています。
その名も「ディストピア」。なんとも皮肉が効いている感じのアプリ名ですが……。
試しにサインアップしてみると、もうすでに文字通りのディストピアになっていました。
置き換え回避に挑戦する遊びが流行っていて逆に誹謗中傷だらけになっているという。


旧Twitterや5ちゃんねるは今年に入って非常に不安定な状態が続いていて、
それを見限りたい人の受け皿となるべくさまざまなプラットフォームが乱立してきました。
最大手では「Threads」、国内ではMastodonに次ぐ分散型SNS「MissKey」、
5ちゃんねるの代替として提案されるもなんJ民には受け入れられなかった「Talk」など。
「ディストピア」もそういう機運の中で生み出されたように見えます。
この中でTalk以外はそれなりに人が残って独自文化を形成しつつあるようですが、
かつてのTwitterのような覇権SNSの勢いにはまだほど遠い状況です。
例の有料化が実現したときにネット世界がどうなるかはもはや予想できません。


個人的にそれなりにSNSを渡り歩いた経験から、
「ぼくのかんがえたさいきょうのSNS」案は長年温め続けていたりします。
いつか実現できればいいなーと思うのですが、
ピクチャレ大会とは比にならない運営コストがかかるうえにマネタイズも難しい部類なので、
やるかどうかはわかりません。特にこの手のアプリは広告費をかけないと意味無いので、
どちらに転ぶにしろ初期費用は相当かかります。ただ、相応に夢のある話でもある。


これまでの経験則からして無難だと思うのは、2ちゃんねるとTwitterのハイブリッドですね。
つまり、ある程度の匿名性は担保しつつ気軽に無責任に投稿できて、
なおかつスレッドフロート型掲示板のようにトピックごとにゆるい秩序が形成されている。
この手のSNSはいずれ登場するのではと思っていたのですが、
意外なことにまだ見たことがありません。


治安維持については重要な問題ですが、おそらくTwitter・5ちゃんねる民を呼び込もうとしたら、
ガチガチにルールを固めたところで誰も定着しないと思います。
かといって荒らし対策が皆無では失敗していった数々のSNSと同じ運命を辿るのは明らか。
この辺はサブアカを作りにくくする措置は必須かと。
悪質な荒らしを何度BANしたところでサブアカを作られたら意味が意味がないわけですからね。
具体的な方策としては電話番号認証を必須にする、端末IDを紐付ける等の措置が考えられます。
それでもなお荒らしは湧くと思いますが、この辺は投票システムでユーザーにお任せが無難そう。
要はBADボタンが一定数たまったら完全に非表示になるというものですね。
この場合、BANされたユーザーからは自分の投稿が見え続ける「サイレントBAN」が効果的かと。
つまり、BANされたことに本人だけが気付けないことで逆上を防ぐというわけです。
サイレントBANはいくつかのSNSで導入されていますが、結構治安維持に貢献しているようです。


あとはアフィリエイト対策をどうするか。
旧Twitterはインプレッション連動型報酬システムを導入して大失敗しましたが、
運営が報酬を与えなくても世の中にはリンクを踏ませれば報酬が発生するサービスが多くあり、
そういうサービスの利用者はSNSにひたすら投稿すれば報酬が期待できるため、
中にはbotを作ってまで連投している人もいます。
そういう投稿を完全シャットアウトすることはできないわけではないと思いますが、
一方で企業アカウントができたときに宣伝を禁止するのもなかなか無理がある。
アフィリエイターとインフルエンサーや公式アカウントの間にどういう線を引くかが問題です。
そういう線を引くこと自体が差別だと主張する人もいるかもしれません。


これについては、ぶっちゃけイーロン・マスクの「完全有料化」に近い意見を持っています。
要するに、投稿に対して一律コストをかけるようにしてしまえばいい。
ログインボーナスで全ユーザーに30ポイントくらい付与して、
投稿やリポストするたびに1ポイントかかるといった感じでポイント経済を作ってしまう。
全ユーザー一律で一日の投稿数を制限してしまうというわけですね。
その範囲内ならアフィリエイト行為も許容できるでしょう。
なんなら「いいね」にも同じコストをかけていいかもしれない。
いいねされた方には表面上一切の特典はありません。そうしないといいね乞食が発生してしまう。
通報は当然無料でできるようにして、被通報数が閾値に達するとログボが減っていくという感じ。
逆にアカウント歴が長いとログボも増えるのはアリかと。
愉快犯系の荒らしのほとんどは新規アカウントでしょうし。
ポイントは課金で買えたり、広告閲覧で貰えるようにすれば運営のマネタイズは一応できる。


ただ、これをすると当然の成り行きとして、
作られたSNSで交流相手ができたらまるごとDiscord等に移動するということが考えられます。
つぶやくのにコストのかかるプラットフォームでわざわざ交流する必要は無いからです。
また、投稿者に還元する仕組みが無いSNSにはインフルエンサーは居付きにくいでしょう。
そういう諸々の事情を考えると非常に難しいです。
「健全に交流しているだけでお金がもらえる」くらいのメリットを打ち出さないと、
現実的に囲い込みをするのは難しそう。でもそんなこと可能なんだろうか。


自分は仮想通貨が好きでその界隈をここ数年観察しているから言うのですが、
Web3.0にこそ諸々の問題を乗り越えたSNSを生み出すポテンシャルを秘めていると思っています。
言うまでもなく、法定通貨に換金可能な価値のあるトークンを生み出せるから。
ただ、これはこれで「何を基準に還元するか」という非常に難しい問題をはらんでいます。
単に投稿に対してトークンを付与するだけなら先述のポイントをトークンに交換するにすぎない。
それではマネタイズができません。
かといってインプレッションや「いいね」数を基準にしたらいいね乞食の出現は避けられない。
それではTwitter Blueの失敗と同じ運命を辿りかねません。
また、どちらにしろトークンが上場したらトレーダーのオモチャになることは目に見えています。
そこでもしトークンの価値が暴落してしまったらSNS自体の価値が無くなってしまう。
なので、Web3ベースで開発するなら投資家にとって魅力的なシステムであることは必須です。
それが必ずしも世間のニーズと一致するかどうかはわかりません。
こう考えると非常に難しいと思います。


新世代SNSは興味がありますが、自分で開発するにはあまりにもハードルが高そうです。
でも超絶ハイレベルなプログラマーがある日突然リリースする日もそんなに遠くないじゃないかと。


#7223

未決済建玉に頼った取引

今日の出来事暗号資産

先月、わりと痛い目に遭って「仮想通貨取引はもうアカン!」という結論に至りつつも、
クレカの請求が思ったより高かったりして補填のために仮想通貨取引に手を出しています。
相当の余裕金を積み立てられないかぎりは絶対やっちゃダメ、と決心したにも関わらず。
冬ボナまではなんだかんだで定期外の出費があるのでやらざるを得なくなりそうですが、
それで負けたときは考えたくもないですね。
絶対負けられないならやっちゃダメです、本当に。


とりあえず今期は通算で勝てています。
が、やはり仮想通貨取引をしている間は他のことを考えられる精神的余裕が奪われます。
最近はピクチャレ大会の開発モチベも、ピクミン自体のモチベも高かったのですが、
仮想通貨で先物市場のポジションを取った瞬間にそれらのモチベが分かりやすく吹き飛びました。
やはり相当に時間を取られるので、閑散期のテレワーク中なんかにやるのはいいものの、
やるべきことが溜まっているときに仮想通貨取引に手を出すのは
金銭的な意味とはまた違う意味で避けた方が良さそうです。
ある意味、仮想通貨も立派な仕事として割り切るべきなのかも。決して片手間でやるものでもない。


今期は、いままでとは違うツールを使って未決済建玉(Open Interest)に着目することで、
かなり無難に勝てています。
未決済建玉とはその名の通り、まだ利確されていないポジションのこと。
一概には言えませんが、概ね高ければ高いほど市場の注目が高いことを意味します。
時間をかけていろいろな銘柄を見たかぎりでは、
未決済建玉と気配値が順張りだとそのトレンドはしばらく継続する傾向が強いようです。
今回は「Coinglass」というアプリでこの未決済建玉の変化値をチェックして銘柄を決め、
未決済建玉の変化に対して順張りでポジションを取り、それなりに成功しました。


未決済建玉が溜まっているというのは言うなればバブル状態であり、
一度決壊したらどこどこまでも暴落する可能性があります。
それを狙ってショートポジションで勝負するというのもひとつのやり方だと思いますが、
未決済建玉が多いほど買い支え勢力も強いことがあってなかなか難しいです。
ひとつだけ言えるのは、過剰なバブルとなっている銘柄には手を出さない方が良いということ。
これまでの経験から言って24時間変化値が15%を超えていたら結構危険だと思います。
こういう銘柄は短期的に巨額のリターンを得られる可能性があるので、ついつい手が伸びがちです。
しかし、思い返してみればそういうトレンドに乗って成功したのは1回しかないですね……。
一度だけ、2022年初頭にドージコイン(DOGE)の瞬間的な高騰に便乗して50万円儲けましたが、
通算の便乗戦績ではおそらくその50万円を消しとばすくらい負けていると思います。
ある程度注目されている必要はあるものの、トップトレンドはむしろ危険ということなのでしょう。
クジラも注目して市場を引っ掻きまわす可能性とかいろいろありますしね。


2022年夏から続く金銭問題は冬のボーナスで解消され、
それと同時に仮想通貨取引で胸を締め付けられるような思いをするのも終わりになる見込みですが、
いままでも「これが最後!」と言いつつ卒業できていないのであまり期待していません。
しかし2021年当時の自分は2年後にここまで堕落するとは予想していなかったでしょう。


#7224

コミュニティ発展の課題

運営中のピクチャレ大会に登録した新規ユーザーが、
記録とともにトップランカーを侮辱するようなコメントを投稿していたことでプチ問題となり、
この手の投稿によって既存のユーザーが不快にならないような工夫を求められることになりました。
ピクチャレ大会は掲示板やSNSのような性質を備えていないので、
ハイスコアの投稿にコメントを残せるものの、必然的にいわゆる「荒らし」は少なくなります。
コメントの内容が物議を醸したのはなんだかんだで今回が開設以来初めてのはず。


これは2020年の不正疑惑騒動でも似たようなことを書きましたが、
ピクミン界隈は基本的に他人を貶めてまでマウントを取ろうとする人は皆無です。
10年以上コミュニティに所属している自分が思うに、
このコミュニティはわりと成果主義的な考えの人が多く生き残っているような気がします。
あれこれ願望をクチにする前にまずは成果を出せと。
まあ一時期「人権が無い」などという言葉を使ったマウント行為が流行った時期もありましたが、
あれは良くも悪くもあんまりピクミンに興味がない人も多く参加していたからだと思います。
いまはコミュニティの成熟が進んで、いわゆる「にわか」はほとんど脱落している状態。
だから、変にマウントを取ったり煽り合う必要も無いわけです。
そういう状況でマウントを取って他者の心証を損なうようなことをするのは何の利点もありません。


ピクチャレ大会はそうした成熟コミュニティの成果を可視化するために存在している側面もあり、
その目的だけで言えば荒らしなどを想定する必要はありません。
なぜなら現在活動している人は誰もが相当の成果とネームバリューがあり、
荒らしや不正行為をすることはそれを自ら毀損することに等しいからです。
一定以上の実力者に関して言えば、こういう風潮は結構昔からあったと思います。
逆に言えばこれまでに迷惑行為をした人はどこか実力不足なところがあったと思います。
自分は本来実力のある人にこそ使って欲しいという思いもあり、
ゆえに荒らし対策は後回しにしてきました。
そんなことに時間を使うくらいなら利便性を高めるアップデートをした方がいいだろうと。


しかし、一方でピクチャレ大会は誰もがアクセスできる開かれたwebアプリでもあります。
それは要するに世界中に点在する悪意ある人のオモチャにもなり得るということでもあるし、
また「にわか」レベルの人を呼び込む可能性がいつでもあるということでもあります。
後者は本来歓迎すべきですが、成果の蓄積が無い以上は高度なモラルを望めない側面があります。
こういう場合、当然ながら上述の「成熟したコミュニティ間では荒らし行為をすることはまず無い」
というような前提は成り立たないわけです。
となると、考え得る最低のネットモラルを想定したセキュリティやバリデーションの仕組みは、
否が応でも構築しなければならないという結論に至ります。


そういうわけで今回、ピクミン活動を開始した2006年以来初めて罵倒語を収集し、
それをコメントフォームのNGワードとして登録する作業をしました。
こういうことをするのは極めて不本意ですが、
新規さんを迎えるために門戸を開けるには必要なことなのかもしれないと改めて思いました。


#7225

音楽再生数統計は時代遅れか

2007年09月10日、2代目携帯「W54T」がau Music Portという
楽曲別再生カウント機能付きの音楽管理アプリに対応していたことがきっかけで始めた、
毎月10日に音楽ライブラリの全楽曲の再生カウントを記録する習慣「音楽再生数統計」。
自分の音楽に対する興味はその2年前に新潟の地方FM局「FMPORT」をきっかけに花開き、
当時はラジオ放送される流行のJ-POPを中心に良く聴いていました。
当時流行っていたMDプレイヤーやiPodは手に入れることはできませんでしたが、
代わりにゲームボーイミクロ対応のカートリッジ式DAP「プレイやん」を買うことで、
音楽ライブラリという概念も2006年からありました。


そしてW54Tを購入したことでそれが携帯と融合して身近になり管理しやすくなった上に、
再生カウントランキングを作ることで自己満足欲求も満たせることもあって、
自分にとって音楽という趣味に対する熱意が一気に加速しました。
この頃に開拓したジャンルは2023年現在も主流であり続けています。
たとえば2007年に開拓したテクノポップ(特にcapsuleなどの「ネオ渋谷系」)、
ニコニコ動画をきっかけに収集を始めた音ゲーサントラ、翌々年に出会ったエレクトロニカなど。


音楽再生数統計開始以後は、新曲のライブラリへの追加は慣習的に毎月10日にするようになり、
10日以前に買ったアルバムは10日まで聴かずに我慢するルールになっていました。
なので、毎月10日がすごく楽しみだった時期もあります。
これらのルールは15年以上経ったいまもまだ生きています。


しかし一方で、音楽を取り巻く環境はこの15年で変わり果てました。
CD市場は衰退の一途を辿り、なんと市場規模でアナログレコードに追い抜かれるという始末。
CDをプレスせずデジタルのみのリリースとするアーティストもかなり増えてきました。
そして決定打となったのが「Spotify」等の音楽聴き放題サブスクサービスの登場。
これにより、iTunes Storeで音源をダウンロード購入することさえ時代遅れになり、
世は楽曲単位でストリーミングで聴くのが当たり前という時代になりました。
さらに、AI技術の向上によりプレイリストはAIが作ってくれるのが当たり前に。


自分はこれまで頑なにアルバム単位で音楽を買い、PCで取り込んで有線で転送し、
主に手作業で作ったプレイリストで聴くという習慣を維持してきました。
それが時代遅れだと気づいたのはSpotifyを本格活用するようになったほんの最近のことですが、
もともとその習慣に無理があるということは近年うすうすと感じてはいました。
それは「プレイリストを作るのが面倒くさい」ということを
ブログで度々クチにしていたことからも明らかです。明らかに手間がかかりすぎるんですよね。
大学時代〜社会人5年目まではPCとスマホのデータ同期に毎回1時間以上、
プレイリストの作成に至ってはそれ以上の時間をかけていたし、
その手間はいまも根本的には解決できていません。
手間を惜しむほど、音楽に対する楽しみも薄れてしまうのは深刻な悩みです。
そもそもクラウドが当たり前の時代にプレイリストも毎回有線で同期とか……。


Spotifyはこれらの手間がすべて解消されており、そもそも新譜を買う必要すらありません。
さらに音楽再生数統計にとって逆風なのは、アーティストもサブスク時代に適応していくために
アルバムではなくシングルでのリリースが圧倒的に多くなったということです。
従来の習慣ではアルバム単位で毎月10日にまとめて楽しむことを良しとしてきた経緯もあり、
随時リリースされるシングルはスルーするのが慣例でした。
なぜなら、後日それらを含めたアルバムがリリースされるかもしれないからです。
もしそのアルバムも買うとなったらシングルとアルバムの重複購入となってしまう。
しかし昨今は、そもそもアルバムという販売形態がサブスク時代に合っていないこともあり、
シングルで発表した楽曲がアルバムに収録されないケースもかなり増えてきました。
しかもめちゃくちゃクオリティの高いキラーチューンにかぎってそうなる傾向が強い。
こうなると「あくまでもアルバム単位で買う」というルールは足枷でしかありません。


Spotifyに乗り換えてしまえばそういうことに気を回す必要もなくなり、
毎日のようにリリースされる新譜を即日楽しむことができるようになります。
どう考えてもそっちの方が合理的だし、音楽体験がより良くなることは目に見えています。
それでもSpotifyに乗り換えられないのは、やはり15年間の蓄積があるからでしょう。
150ヶ月におよぶ統計作業と30万回以上の再生回数の蓄積を全部リセットするのは勇気が要ります。
そもそもCDとしては持っていてもSpotifyに存在しない音源も結構あるわけで。
これらの資産をどうにかして移せないものか……。
Spotifyにも再生カウントという概念はあり、それを集計するアプリも存在するようです。
ただ、さすがにそれを既存ライブラリと統合するとなると自力でのアプリ構築が必要になりそう。
あるいは「Apple Music」が救世主となり得るのでしょうか。
この壁をどうにかして越えれば、自分にとっての音楽文化はさらなる成長を遂げそうです。


#7226

銀座の歴史

今日の出来事銀座

先日、今月2回目の出勤日だったのですが、
帰りは久々に東京駅で夕食を済ませようと思い、有楽町線から銀座を経由して乗り換えました。
有楽町線の「銀座一丁目駅」から東京駅が通る丸ノ内線の「銀座駅」まではかなり距離があり、
地下道が無いので地上に一度出て乗り換えることになります。
都心の駅ではこのような場合、オレンジ色の改札を通って30分以内に再入場することによって
地上に出ても清算されずに改札内乗り換えと同じ扱いにすることができます。
そういうわけで図らずも夜の銀座を歩くことになったのですが……なんというか、圧巻でしたね。
いかにも高級感がありそうな現代的で白い、ライトアップされた建物の数々。
それらの入り口に強面の警備員が待ち構えているのを見るだけで、
ここがハイブランド旗艦店が集結した高級ブランド街であるという印象を受けるには十分でした。
まあ、言うまでもなく銀座というのはそういう街ですが、いざ実際に見てみるとやっぱりすごい。


なんとなく銀座について気になったので調べてみると、
この街は江戸時代には銀貨幣を鋳造する場所だったので「銀座」と呼ばれていたものの、
本来は下町としての性格が強かったようです。
明治時代に大規模な火災で街一体を再建することになったとき、
文明開花の象徴的な街にしたいという思惑があって西洋文化を多く取り入れるようになり、
それが契機となって日本における西洋文化発信の一等地として発展してきたそうです。
昔は若者の街だったそうですが、その立ち位置は副都心の開発によって新宿に奪われてしまいます。
しかし、ご存知の通り西洋文化の入り口としての性格はいまもなお色濃く残っていると。
地域ブランドの最たる成功例として、世の中にはそれにあやかり「銀座」を冠した地域が結構あります。
猫の街で有名な西日暮里の「谷中銀座」なんかもそのひとつですね。


ただ、最近はハイブランド街としては表参道も結構有名になっていると思うので、
その辺の棲み分けはどうなっているんでしょうね。
表参道の方がより若者向けというイメージはありますが……。
こういった東京文化の歴史を見るのは結構面白いです。
そういう情報を網羅的に扱った本をぜひ読んでみたいと思って軽く調べてみたのですが、
クリティカルに該当する本は見当たりませんでした。
この辺は東京の旅行ガイドブックなどを買ってみても結構面白いかもしれません。
どこにどういう文化が根付いているかというのはより広く知ることができるでしょうしね。
今回調べた「銀座は大火をきっかけに現在の原型ができた」というような歴史的な側面については、
Wikipediaなりで調べて満足するのが無難なのかも。


上京して早くも4年目ですが、東京に対するポジティブなイメージは当初から変わっていません。
東京という土地が好きだからこそ、各地域の文化もより深く知りたいと思うのでしょう。


#7227

深刻な悩みは余裕を奪う

今日の出来事暗号資産

仮想通貨の先物取引では短期的には未確定損益がマイナスになることはよくあります。
当然、そのまま利確したら大損なのでマイナスであるというのは嫌な気分になります。
嫌な気分というか、むしろ悪いことをしているような気分といった方が正確かも。
ギャンブルと言ってしまえばそれまでの行為なので背徳感があるのも納得できます。
しかし、だからといって利益を急ぐとそれがかえって損失を拡大することもあるため、
嫌な気分を抑えながらチャートと向き合わなくてはなりません。
先物取引はメンタルが問われるというのは本当にその通りだと思います。
再三書いている通り、仮想通貨をやっているとき、
特に損益がマイナスのときは気持ちがすべてそっちに持っていかれてしまいます。
他のことを並行してできるような精神的余裕はまるでありません。
それは、トレーダーとしては正しいと思っています。
生半可な気持ちで利益は出せないというのはここ1年半で痛感させられてきました。
他のことと並行して利確のときだけポチッと押せば利益になるのならみんなやっています。


この「マイナスのときは背徳感のために他のことを考える余裕さえ無くなる」という体験は、
思い返すと大学時代に似たようなことを散々味わってきたように思います。
以前も大学時代に整理作業ばかりしていたのは現実逃避の表れだったんじゃないか、
という分析をしましたが(#07175 / 2023年08月09日)、そもそも後ろめたさゆえに
「整理作業以外に着手する精神的余裕が無かった」と言う方が適切かもしれません。
整理系作業はあのときの精神状態でできるせいいっぱいだったというわけですね。


そしてこれは実家時代までに長く悩んでいたテーマにもひとつの答えを提示してくれます。
昔から自分はそれが好きでぜひとも着手したいのに、
好きだからこそ着手できない、近付けないというおかしな行動をすることがありました。
最たる例は大学時代の恋愛ですが、恋愛にとどまらず非常に多くの実例があります。
それらのショーウィンドウの向こう側にあるものに対する羨望は確かなもので、
実際にはガラスの向こう側にあるわけでもなく、すぐ触れられる距離にあったものも多くあります。
にも関わらずそれに触れないという非合理な選択をし続けてきたのは、
「理想のそれを、欠点などを知らないまま理想として記憶に留めておきたいから」
というのが12年前に理想恋愛を諦めた自分が出した結論でした。
また、後年の自分は「理想のそれと比較した際に、現実の自分自身があまりにも不甲斐ないから」
という理由を見出したこともあります。今回の結論もその後者に近いです。


要は、単純にそれどころではなかったからなのではないか、というのが現時点の結論です。
本当に好きな何かに触れたい感情は確かにあるけれども、それはあくまで自分個人の話。
一方で、当時の自分は卒論もまともに書けない、バイトもできない等、
大学生としてやるべきことをクリアできていないという後ろめたさがあったわけです。
現在の自分も、先物取引に頼らざるを得ない金銭問題はその範疇に入ると思います。
「やるべきこともやっていないのに私利私欲を満たそうとするのはいけないことだ」
という信念が自分の正義の根底にあるのでしょう。
だから後ろめたい状況であればあるほど、自分の「好き」という感情と向き合えなくなる。


その信念そのものは正しいと思うし、そう考えていればなおのことまず課題と向き合うべきで、
課題と向き合えなかった自分が間違っているというのは確かです。
しかし、そうやって自分自身が達成できない信念によって自由に行動することを阻まれ、
ある種の自己欺瞞に陥って人生を浪費することが必ずしも適切でないこともまた事実です。
単純な話、できないことを信念として掲げることは愚かであるとさえ思います。
信念を否定することが「悪」になるのなら、
大学時代の自分はもっと悪人として生きていた方が人として豊かに生活できていた気がします。
たとえば、思い切って1年留年してみるとか。


例の嫉妬対象として嫌い続けてきた高校時代のいじめられっ子は
社会人として何一つうまくいっていないのに恋愛だけはがっついて結果を出したという点で
自分の信念で計れば「悪」ですが、
一般的な価値観で言えば彼の方が勝ち組であることを否定することはできません。
少なくとも大学時代の充実度は自分よりも彼の方が上回っている気がします。
この信念というものさしは自分の心の中にしか存在しないので、世間はそれを考慮してくれないし、
他人から見れば自分は非合理なことばかりしている愚かな人なのでしょう。


この信念がいつ芽生えたものなのかは分かりません。
親に植え付けられたのか、思春期やそれ以前の人生経験から必然的に発生したものなのか。
確かなのは、今更になって急にそれを無いものとして振る舞うのはもはや不可能だということです。
心の奥底にある信念は古い古い憲法みたいなもので、時代錯誤だとしても根本的な改正は困難です。
であれば、せめてできることは関連法案を作ってサポートしてやることでしょう。
たとえば、「やるべきこと」とはどういうタスクが該当するのかをしっかり定義するとか、
達成困難なタスクがそこに含まれてしまうと自己欺瞞(違憲状態)に陥ってしまうので、
それを避けるための問題解決フローをどう設定するかとか。
もし、いまの自分が大学時代の自分にひとつアドバイスできるとしたらタスクの細分化を勧めます。
「できないこと」も細かく切り分けてみるだけで随分と違った印象を受けるもので、
日頃からそのうちひとつでも実践できていれば
大学時代は自己欺瞞が解消されてまるで変わったものになっていたかもしれません。
当時、このことに気付けなかったことが本当に悔やまれます。
とはいえ、人生100年とすると30代でこのことを見出しただけまだマシなのかも。


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