Chrononglyph

創作計画

#7795

隙間を埋める創作

今日の出来事創作計画

んー、やっと生活が底打ちしたような感じがします。まだちょっと油断できないけど。
ダンバト大会終了辺りから歯車が狂ってしまっていたような感じがしますが、
過渡期に心が馴染んできてやっと次のステージを冷静に模索できるようになってきたような感じ。


今回、過渡期という「穴」を埋めたのは創作でした。
年間計画のうち年内マストと考えられる唯一のタスクなので妥当だと思います。
しかも、イラスト生成(DELL-E)によって明確にモチベを底支えされているのがとても良い感じ。
こういう風に、いままでできなかったことが技術革新によってできるようになるとやはりやる気は上がりますね。
創作に関してはここに来て過去15年分の資料も整理が進んでおり、
荒唐無稽だった目標もずいぶん絞られて具体的に動くところまで来ています。
これが今年最大のプロジェクトだったと後年言えるように行けるところまで行きたいですね。
究極的には、これさえ完遂できれば2025年の目標はクリアなので。


ただ、それは結果だけ見てもあまり意味がないのでそこは十分に気をつけたいところ。
これまでの大キリ番記事も思い悩んだ結果結局何もできず、当日に焦って短編を書き上げることが多くありました。
もし今年もそうなれば、8ヶ月という猶予期間を与えられていながら
結局行動したのは締め切り数日前という本家ブログ移転プロジェクトの二の舞になってしまいます。
そういう夏休みの宿題みたいなことはさすがに避けたい。
ただ、残念ながら自分の性根は腐っているので夏休みの宿題現象が再発する可能性は十分あり、油断はできません。
結局この辺はタスクを締め切りまでにやるだけの説得力、論理的妥当性があるか否かというよりは、
自分自身の自尊心との戦いなのではないかと思っています。
どこまでなら妥協せずに突き詰められるか。


Switch 2発売までに配信業もやってみたいなんていう話も書きましたが(#07789 / 2025年04月14日)、
それをやるか否かはさておき、当面のメインタスクは創作でいいんじゃないかなと思っています。
こういうものは勢いのあるうちにやっておかないと。
ただ、他のタスクと違ってブログには内容について一切書けないのでそこがもどかしくはありますが……。


#7747

創作の短期的目標

今日の出来事創作計画

年初時点では、今年は満を持して創作活動を復帰しようという意気込みがありました。
これまでのように意気込みだけで実際には何も行動できないというような虚勢ではなく、
今年はいちおう年始時点ですでにそれぞれの創作活動に着手。
具体的にはゲーム制作とイラスト制作についての練習をスタートしたりもしていました。
が、その先ずっと二の足を踏んでいるところからまだまだ動機が足りていないと感じています。
そこで、そもそも自分はなぜ創作をしたいのかについてもう少し掘り下げてみたいと思います。


「プライベートワールドの具現化」という野望にずっと未練を抱いているということは、
特に今年にかぎらず、ずっと前から心に抱いていることです。
これについては紆余曲折ありながらもその時々でできることを積み重ねてきたつもりですが、
結局創作設定などをほんの少しずつ掘り下げていくにとどまっており、
実生活の都合もあってなかなか進んでこなかったのは事実です。
いちおうこれ自体は今年21周年を迎えるこのブログよりもさらに長い歴史があるはずなのですが、
残念ながらとても年数相応の「深み」は感じられません。
それはひとえに具体的な成果物を残してこなかったためと言うこともでき、
そういう意味で創作活動の実績を出したいという気持ちがあるのは確かです。


ただ、それはそれとして2025年の野望として創作に注力したいと思い立った経緯は別にあるような気がします。
つまり、従来の活動ではもう満足できるような承認を満たせないのでその代替にしたい、というような。
創作活動に対する見直しが進んだのはやはり2023年に推し絵師さんと出会ったことが要因として大きく、
SNSのサブアカを作って同人活動に携わる人をどんどんフォローしていくうちに、
それら活動の華やかさに憧れるようになりました。
イラストで活動している人に憧れることで、必然的に自分もそういう活動がしてみたいと思ったわけですね。


ただ、これには重大な問題点があります。
それは、そもそも自分のスキルを客観視できていないという問題。
同人界隈が華やかに見えるのは活動者がイラスト制作に対して真摯に向き合ってきた結果であり、
ちょちょいのちょいで辿り着けるような領域ではないでしょう。
それを、単に憧れれば自分もできると思ってしまうのは短絡的で不遜な考えと言わざるを得ません。
こんな取ってつけたような憧れは自分のスキルの低さと向き合ったら最後、簡単に消し飛ぶことが容易に想像できます。
なので本当に着手したいなら単なる憧れではなく、もっと具体的に自分が頑張る理由が無ければならない。
この辺は思春期なら考える前に行動できていたと思うので本当に擦れてしまったと感じる部分です。


実は描きたい1枚はもうかなり明確に決まっていて、頭の中でなら具体的に描くことができています。
ただ、細部のデザインなどの設定がちゃんと決まっていない。
いま、自分に必要なのは実は絵の練習ではなく、
創作世界の設定をキャラのアクセサリといった細部までちゃんと決めることなのかもしれません。
その作業を通じて描きたいと思える風景の価値を高め、実際に絵を描くのはそれからでも遅くないのかも。


今年、創作に集中しようと思ったのはそもそもこのブログが大キリ番記事を迎えるからです。
大キリ番記事(1000の倍数の記事番号)は伝統的に短編小説を書いているわけですが、
直近4回(2023年、2020年、2017年、2015年)は結局やっつけ仕事で通過してしまっている反省があり、
今年はさすがにこれら4回を越える量は書きたいと思っています。
それが主目的なのであれば、いまやるべきはどちらかというと文章執筆スキルを伸ばすことなのかも。
まあ、挿絵を描きたいなどと言い出せばイラストを描くニーズも生まれてきますが、
いまの自分のキャパシティからしてそれが不可能であることは明白です。
2020年当時も似たようなことを構想して意気込んでいましたが、
フタを開けてみれば直前の直前まで着手できなかった思い出。


イラスト制作は環境整備はできているし練習にも着手はしているので、
気が向いたときにペンを持ってみるのは良いと思っています。
ただ、こうして考えると自分はあくまでも「書く」ことが生業で今年はむしろそちらに注力すべきなのでしょう。
このことは折に触れて思い出し、とにもかくにも20年来の未練を少しでも形にしていきたいところです。


#7547

14年ぶりの創作意欲復活か

今日の出来事創作計画

先日、オリキャラの「生誕日」から20年を迎えたわけですが(#07534 / 2024年08月02日)、
オリキャラを生み出したものの絵を描く技術が理想に遠く及ばない自分は
2010年を最後にお絵描きの練習をやめてしまい創作方面の自己研鑽はほとんど諦めていました。
それから一度も絵を描こうとしたことが無いのでいまの自分の絵がどんなものか分からないし知るのも怖いのですが、
まあ基本的には絵を描く技術はゼロであるという認識です。


そんな矢先に登場したStable Diffusionなどの画像生成AIによって、
「絵を描く技術が無くてもオリキャラの二次元化は可能なのでは……?」
という淡い希望を抱くようになり、当然AIの使い方については一通り履修しました。
しかしいま、AIを使いこなせばオリキャラを創出できるという希望にはやや疑いの目が向けられており、
3つの動機や機運によって「やっぱり自分のチカラで描こうかな」という方向への転換を考えています。


1つ目は、AIイラストは基本的に無から生み出すものではないということです。
AIは素材となるキャラクターモデルをさまざまなシチュエーションで出力するということは得意ですが、
「キャラクターデザインそのもの」は少なくともプロンプトをいじっているだけでは限界があるようです。
「白いワンピース」みたいなざっくりとした指定はできても、
「そのワンピースの裾は半円状のフリルになっていて、そこにアクセントカラーの模様が入っていて……」
みたいな細かい指定はいくらやってもスルーされます。
こういった細かいデザインはどんなに元絵が下手でもimg2imgで画像に基づいて学習してもらった方が早い。
なので、結局AIを使うにしろ使わないにしろ独力である程度描くスキルは必須ということです。
そして創作界隈におけるAIのイメージの悪さを考慮すると、AIアシスト無しで描けるに越したことはありません。
まぁ、自分としてはある程度完成させて著作権セーフティなモデルのAIで仕上げる分には何ら問題ないと思っていますが。
現行法では著作権侵害モデルを利用したとしてもセーフになるケースは多そうですが、
それはおそらく世間の目というか倫理が許さないので避けたほうがよさそうではある。
「うちの子」をそんなグレーな方法で生み出すのは不本意です。非公開の自己満足にとどめるならともかく。


2つ目は、2010年当時創作活動を阻むもっとも高い壁だった制作環境がすでに揃っているという点。
当時は完全アナログか板タブレット(液晶に直接描くのではなく、モニタを見ながらマウスのように操作するペンタブ)
という選択肢しかありませんでしたが、いまはそれらを凌駕するiPadというツールがあります。
フォローしている優れた絵師さんでも結構iPadを使って描いている人は多く、
専用アプリの使い方さえ学べば練習する環境はすでに手元にあると言えます。


そして極めつきとなる3つ目が、今回の夏コミで大いに創作モチベを刺激されたということです。
健全でかわいいオリキャラのイラスト本を出展しているサークルさんの作品をいくつも拝見しましたが、
そのかわいさに癒されながらも「自分もこういう創作活動ができたら……」という気持ちが湧いてきました。
これは2023年春にいままで見てきたイラストが「すべて過去になった」と言うほど衝撃的な絵師さんとの出会いがあり、
それによって萌え絵界隈への関心が一気に高まったことが大きなきっかけになっています。
コミケ出展は現状夢のまた夢でおそらくかなり厳しいと思っていますが、
そこまでのレベルに至らずとも、
20年間自分の頭の中にしかいない「うちの子」を誰かに認識してもらうというのは
創作活動におけるひとつのゴールかなと思います。
かつては自尊心が邪魔をしてそういう境地にも至れませんでしたが、
精神的にも安定期に入ったであろういま、改めて創作にチカラを注ぐのはアリだと思っています。
ゲーム制作とどちらが優先度が高いか、あるいは意欲的になれそうか、よくよく吟味する必要がありますが……。


まぁいずれにしろ、現状のままでは創作に手を回すキャパは皆無なのでやり方はよく考える必要があります。
ここ最近はweb制作だけでも結構手一杯だからなぁ……。


#7177

現実逃避としての創作設定

今日の出来事創作計画

19年前のブログ開設直前からあるにもかかわらず、ほぼ進んでいないプロジェクトがあります。
それは「創作」。具体的には、2004年時点で頭の中に描いていた創作世界設定の具現化。
どうやって具体化するかについては時代ごとに移り変わっていて、
2006年前後は小説にすることを想定していたようです。
これはいちおう大キリ番記事によって脈々と受け継いでいると言えばそうなのですが、
いまとなっては小説という形をゴールにするのが妥当とはもはや思っていません。
しかし、いまはそんなことよりも19年という年月をかけて全然進んでいないことの方が深刻です。


厨二病の延長線上として生み出したものであることは否定できず、
大人になってしまったいま、そもそも具現化できるかどうか怪しいということもありますが、
いまのところ完全に諦めるという気持ちもありません。
なにしろこの創作世界設定は「自分の好きなものの集大成」ということになっていて重要度が高く、
安易な気持ちで諦めるというのは過去の自分への裏切りになるからです。
今後も優先度は非常に低いもののライフワークとして細々と続けていくことになるんじゃないかと思います。
創作活動の問題は、まさにその優先度の低さ。
なんと言ったって他人に見てもらう余地が皆無なので、モチベーションを得られない。
となるとどう考えても他者との関わりがある他の活動に優先度の点で勝ることができず、
めちゃくちゃ手持ち無沙汰で暇なときくらいしか進まないという実情があります。


あとこれは改善の余地がある考え方なのですが、創作はいわば自分にとっての「聖域」であり、
襟を正さなければその世界に入ってはいけない(=着手できない)という風習?があります。
これはつまり、現実でやるべきことをやっていない後ろめたいようなことがある場合は、
そのような状況の自分は創作について考えるのに相応しくない、と考えていたわけですね。
この変なプライドが創作関係の進行を相当妨げてきたという歴史があります。


また、創作(の世界設定などと向き合うこと)が捗るのは往々にして気持ちが沈んでいるとき、
つまり現実逃避手段として考えてきた傾向があります。
これは上記のプライドの問題とはまた別の心理的な問題で、両者は一見して矛盾するようにも見え、
結果的に創作をさらに停滞させる要因にもなっていると思います。
両者の条件をかいくぐれるのは例えば昼夜逆転しているようなとき。
その場においては唯一最大の「やるべきこと」が起き続けることであり、
なおかつ眠れない夜というのは現実逃避をするのにうってつけのシチュエーションです。
これは大学生活でよくありました。
だから創作の世界観もいまのところ大学時代の思考が反映されていることが多い。


結局、創作は着手するためのトリガーが複雑なため特に社会人になってからなおさら進みづらくなり、
具体的なタスクは何一つ進まないまま19年という歳月を過ごしてしまっている現状があります。
創作世界設定用のパーソナルWikiを作るとか、Stable Diffusionで世界観を反映した絵を生成するとか、
いまからでもできそうなタスクはいろいろあるとは思うんですけどね。


この辺も今後は意識を少しでも変えて、一歩ずつ進めていけるようにしていきたいところです。
着手条件になっている「現実逃避」も「聖域」としての立ち位置も両方否定していきたい。
年間計画のように普通に一般タスクとして取り扱っていけるようにしたいところです。
さすがに作業的な積み重ねが皆無のまま、かといって諦めるわけでもないというのは不毛すぎる。