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#7776

ChatGPT Plus解禁

今日の出来事LLM

登場時からお世話になっているChatGPTですが、このたびついに有料版「ChatGPT Plus」を契約しました。
お値段、毎月3,000円。サブスク料金としてはかなり高額で携帯回線に匹敵します。
前々から気になっていたのですが、月極なので期待通りでなかったら1ヶ月で切れば3,000円ポッキリで済むこと、
一昔前と違い、諸々の事情から価格相応の価値があるのではないかと思い課金を決意しました。


Plusの主な機能は、無料ユーザーは使えないような上位モデル(GPT4.5やo3-mini)が使えること、
画像生成機能の制限が緩和されること、ChatGPTのカスタム版である「GPTs」を作れることなどが挙げられます。
ChatGPTは最近、DALL・Eという画像生成モデルによるText to Image/Image to Image機能が追加されました。
この精度がとんでもなく、しかも日本語の指示にも細かいところまで噛み砕いて反映してくれます。
約3年前に英語のプロンプトを駆使してStable Diffusionで遊んでいたときとはもはや段違いのレベル。
まぁ、人気すぎてOpenAIのCEOが「GPUが溶けている」と悲鳴を上げていたり、
画像を読み込んでジブリ風のイラストを簡単に生成できるので著作権の観点から白い目で見られたりと、
大衆のオモチャになっている感はありますが、それだけ先進的ということなのでしょう。
ただし現状は画像生成は無料ユーザーだと1日3回とかなり制限をかけられています。


同様にクラウドで画像生成ができてそれなりのレベルのアプリに「にじジャーニー」がありますが、
こちらは20回の試用分を使い切ると下限700円からの月額課金です。
正直これも自前でローカル環境を作るよりもはるかに手軽でクオリティが高いので検討していました。
クラウドで済むということは自前のパソコンを用意する必要すらなく、電気代も払わなくて良いということ。
それならばAI目的でPCを買うよりはずっと安上がりなのではないかと。
電気代云々よりもスマホからもできるというのが大きいかも。
Stable Diffusionのモデルをカスタムするのもそれなりのハードルの高さがあるので、
その手間を一気に飛び越えられるなら700円はかなり手軽です。
ただ、画像生成のためだけに課金は……と躊躇っていました。
ChatGPTならば、もはや画像生成だけどころか生活インフラに近いので課金する名目は得やすいです。


GPTsも前々から気になっていた機能です。
これは、要するに用途別にChatGPTを事前学習して会話の方向性を決めておけるというもの。
またルールや基礎情報を盛り込んだテキストファイルをアップすればそれを参考に回答を生成してくれます。
ChatGPTは、自分の興味関心の傾向によってある程度決まりきったシチュエーションで使うことが多いです。
普通の使い方だと開くたびに新規チャットからスタートするので「これこれこういうことを知りたい」
「あなたは何々ついての専門家としての意見を出力して」みたいなことを逐一入力する必要がありますが、
用途別にカスタマイズされたGPTsを作ってしまえばもうそんな必要もないというわけですね。
それだけでなく、たとえば「本の要約専門AI」「ユニークな英文執筆AI」のように用途別に特化させることも可能。
アイデアの数だけ可能性がある機能と言えます。その気になれば外部APIとの接続なんかもできるみたい。
10年くらい前にあった「IFTTT」の超高度バージョンみたいなものも作れるかも?


そういうわけで、今回課金に至った理由として、まず画像生成に最低700円/月の価値があり、
あとはGPTs単独でもざっくり500円の価値はあるだろうと考えました。
それから先月末に解約した580円/月のdマガジン(再契約したけど結局全然読まなかった……)や、
『原神』が勢いづいていたときに500円/月の応援課金をした絵師さんのファンボックスの解約分を含めると、
足して1,080円分の浮きがあるのでこれはそのままChatGPTに転用してもいいやと。
残る780円の差分は先行機能や上位モデルや制限緩和諸々の分……要するにOpenAIへのお布施ということで。


上位モデルの使い心地や画像生成を実際に月額相当使うのかどうかなど、
実際に課金が始まってみないとなんとも言えないところもあり、今月はひとまず様子見です。
ただ、ChatGPT自体は日に日に依存度が高まっているので気持ち的に損することはないだろうなと思っています。
それだけChatGPTが好きだし、活用していきたいというモチベーションもそれなりにある。


#7777

Nintendo Direct 2025.4.2

今年初頭に電撃発表された8年ぶりの任天堂ハード「Nintendo Switch 2」。
そのお披露目会とも言えるNintendo Directが今日ありました。実に告知から2ヶ月以上待たされ、ようやくです。
発売日は2025年06月05日、日本語専用版は49,800円。(リージョンフリー版は69,800円)
主なファーストパーティで完全新作のラインナップは以下の通り。


  • まさかのオープンワールド化。複数コースを繋げてサバイバル戦もできる『マリオカート ワールド』(6/05)
  • インタラクティブな本体取扱説明書『Nintendo Switch 2のひみつ展』(6/05)
  • Switch2のマウス操作を両手で行う新感覚の車椅子バスケ『ドラッグアンドドライブ』(2025夏)
  • 桜井政博さん監修、22年ぶりエアライド新作『カービィのエアライダー』(2025年内)
  • 大トリは目にみえるもの全てぶっ壊せる痛快3Dアクション『ドンキーコング バナンザ』(7/17)

またサードパーティからはフロムソフトウェアの完全新作『ダスクブラッド(The Duskbloods)』、
『エルデンリング』『ストリートファイター6』『ファイナルファンタジーVII REMAKE』の移植などが登場。
無印ソフトのグレードアップ版である「Nintendo Switch 2 Edition」としては、
『ゼルダの伝説 ブレス・オブ・ザ・ワイルド』『ゼルダの伝説 ティアーズ・オブ・キングダム』が本体発売と同時に登場。
これらはすでに持っている場合、アップグレードパスを都度購入することでアップグレードできるようです。
ゼルダシリーズはスマホ連携できるくらいの要素しかありませんが、
タイトルによっては実質追加DLCとも言える完全新規コンテンツが付属してくることも。


本体は前機種と比べて大型化し、スペックが大幅に向上。本体内蔵ストレージは最初から256GBとなり、
もっと必要な場合はmicroSD Expressカードが必要になります(microSDXCではダメ)。
目玉機能としてDiscordのような画面共有しながらの音声通話や外付けカメラを使ったビデオ通話に対応。
機能としてはほとんどDiscordですが、ビデオ通話の場合は「自分自身」をゲームに登場させるような仕組みも。
また、ニンテンドーDSのダウンロードプレイのようなことがオンラインでできる「おすそわけ通信」が登場し、
対応ソフトであればソフトを持っていないフレンドともオンラインプレイが可能に。
ロンチ当初は『世界のアソビ大全51』などが対応予定となっています。


04月28日より順次公式オンラインショップや家電量販店で抽選が開始されますが、転売対策として


  • Nintendo Switch Online加入1年以上
  • 無料ソフト・体験版を除く累計プレイ時間50時間以上

を抽選の参加条件としており、かなりキツめの転売対策がなされています。
しかも直前にオンラインストアの決済は海外のクレジットカードやPaypalを締め出すという徹底ぶり……。
こうして見ると転売ヤーは海外勢が多いんでしょうか。
リージョンフリーと日本専用版で露骨に価格差がありますが、
適正価格はリージョンフリー版だと思うので赤字覚悟で国内ユーザーを優遇しているようにも見えます。
なお、繰り返しますが発売日は06月05日です。わりともうすぐなんですよね。心の準備が……。


同接は300万人を超え、おそらくNintendo Direct史上もっとも充実した回だったのではないでしょうか。
次世代機の詳細発表に始まり、長年ネット民が擦り続けてきたエアライド新作がついに現実に。
しかもそれすら大トリではないという豪華っぷり……。
エアライドも22年ぶりですが、3Dドンキーに至っては『ドンキーコング64』以来なので26年ぶりですよ。
最強とも言えるラインナップでしたが、それでもまだ切り札とも言えるマリオ本編が切られていないわけですからね。
任天堂が持つIPの強力さを改めて思い知りました。


さて、個人的な今後の計画としてはとりあえず抽選条件はガッツリ満たしているので抽選には応募し、
無事に当たったら発売日から1ヶ月ほどは『マリオカート ワールド』をまったり楽しみ、
07月中旬の『ドンキーコング バナンザ』を初期の本命としてガッツリ遊びながらエアライダーを待つ……
というのがプランA。
Nintendo Switchのロンチでもある『ゼルダの伝説 ブレス・オブ・ザ・ワイルド』はずっと手を出してこなかったので、
この絶好のタイミングでNS2 Editionを買い、本体発売日と同時に大冒険へ出るというのがプランB。
この場合でもマリオカートは買い、ゼルダの隙間時間にやる形になると思います。
せっかくなのでプランBを選びたいところですが、ドンキーまでの1ヶ月ちょいでクリアできる自信は無いんですよね。
発売日を逃すと積んでしまいがちなので、なるべくメリハリをつけていきたいところではある。
ロンチはマリオカート、次はドンキーコング、それもクリアしたらブレワイ……というのがプランC。
現実的に考えるとこれが無難のような気はします。


リージョンフリー版を買うか、日本語版を買うかについてもやや悩ましいところ。
RTAを走る際、日本語と他言語では有意に差が出てしまうことがあるため(たいてい他言語が早い)、
SwitchシリーズのタイトルでRTAをやる予定があるならばリージョンフリー版を買うのが無難でしょう。
ただ、自分の場合結局『ピクミン4』も走っていないし、今後走るかと言われると微妙なところではある。
走ったとしても言語による差は軽微なので、それを気にするほどタイムを詰めるかと言われると甚だ怪しい。
今回は8年ぶりのグレードアップなので妥協はしない方が良さそうではあるものの、
現実的には日本語版でいいような気はします。まぁでもリージョンフリー版が適正価格のような気がするので、
お布施のつもりでこっちを買ってもいいんですけどね。


ともあれ、今年は久々にコンシューマーゲーム回帰の1年になりそうです。
その火蓋を切るのが11年ぶり完全新作の『マリオカート ワールド』。
思えば上京以降、同僚とダラダラ遊んでいた『Apex Legends』とピクミンシリーズ新作の『ピクミン4』を除けば、
ゲーマーを名乗れないほどにロクにゲームをプレイすることなくここに至っています。
今年は5年ぶりにゲーマーになれるのでしょうか。


#7778

ネット活動の意義を探る

4年前当時、ネットコミュニティにおける「疎外感」をどう凌ぐかについて考察しました(#06284 / 2021年03月02日)。
これは、4年前時点のさらに4年前に考えていた「孤独感」に関する考察の続きであり(#04900 / 2017年06月04日)、
一連の言説はなにげにここ9年くらいの自分の考え方を端的にまとめ上げたものになっています。


2017年当時の記事は大きく分けて2つの主張があり、
まず「9連休という大きな時間的自由が与えられていながら『新しい挑戦』を何一つ着手できなかった不甲斐ない自分」
に対する反省というのが念頭にあります。
当時はいまよりもよっぽど社畜でしたが、珍しくGWは9日も休めることになったのでいろいろなことを計画しました。
既存の活動に行き詰まりを感じていたので、新しいことに挑戦したいという機運が強くあったんですね。
しかし、結局なんだかんだでどれもこれも着手することができなかったと。
この「なんだかんだ」の部分についてはいまだに克服できたという実感があるわけではありません。
ちょうど2025年正月休みに溜まっていたやりたいことに片っ端から着手できた経験がありますが、
ここ9年で明確に殻を破れた経験はそれくらいで、そういう意味ではタイムリーな課題です。
ただ、これは今回の主題からやや逸れるのでこれくらいにしておきましょう。


2017年の言説の後半では、当時の迷走の根源は「孤独感」ではないかと予想し、その正体を暴こうとしました。
つまり、自分が新しいスキルを身につけようとする目的は結局新たに他人を魅了する何かを作ることであり、
要するに承認欲求を満たすことにある。
なぜ既存のものを捨てて新しい何かでそれを満たそうとするのかといえば、
既存のコミュニティは自分を認めてくれない、あるいは成果に対して十分な承認を与えてくれないからだ。
一方でそこでは精力的に活動している他人同士では十分に認め合っているように感じられ、疎外感を感じる。
このギャップこそが孤独感(えも言えぬ寂しさ)の正体であり、
孤独感を払拭したいならコミュニティから距離を取るのが差し当たり実践できる最善策なのではないか、と考えました。
実際に2017年以降は主にTwitterからは不定期で距離を取る期間を設けるようになり、いまもまさに距離を取っています。
ただし、それ自体は対処療法的な行動に過ぎず他者承認不満という根本的問題は解決しませんでした。


2021年の自分は、そもそもそれは「自分から他人の作った輪に入っていけない」せいであり、
言い換えれば自分は「自分の作った輪に他人の方から入ってきてほしい」という信念があるのでは、と考えました。
だから他人が輪を作ると嫉妬する。自分の輪に入ってきてくれないと疎外感を感じる。
ネットコミュニティとうまくやっていけないのはこうした(非合理な)信念があるからなのではなかろうかと。
webサイトという「島」を作ってそこからコミュニティを広げようとする基本的な立ち回りや、
いつぞやの黒歴史であるオフ会論争などもこの信念が大きく関わっていると思っています。
これはブログでたまに「独占欲」と表現している、幼少期の家庭環境から強く影響を受けているかなり深い信念であり、
それを明瞭に言語化している2021年の記事は実は自分にとって値千金の情報だったりします
(これこそがブログを続けるメリットなのかもしれない……)。


2017年と2021年の各記事は昔の自分といまの自分を繋ぐ結節点のようなものとして大いに存在意義があります。
これらを読むと、昔の自分の苦しみが昨日のことのように思い出せる。
一方、それらは完全に解決したわけではなくまだまだ付き合わなくてはならない課題でもあります。
つまり2025年現在もまだ「途中」であり、未来の自分にバトンを回す義務があると言えるでしょう。


自分のネット活動の基本形としては、
①何かに挑戦し、②他人を迎え入れる輪を作り、③他者承認を満たすというのが一連の流れになります。
このうち①はこれまで暗黙的に既存の何かや他人がすでにやっていることは全否定していました。
それは、それらに向き合っても③は満たせなかったという経験則に依るものです。
しかし、完全にゼロからやって他人にチヤホヤされるレベルまで熟達する見通しがそう簡単に立つはずがありません。
2017年GWに「なんだかんだで」新しいことに着手できなかったのもその辺が主因なのではないかと思います。
これはもっと大胆にプライドを捨ててハードルも下げる必要があるでしょう。
②は推し活によって部分的に否定しつつありますが、完全否定する必要も無いのではないかと思っているところ。
ただ、一般的には輪を作るよりも誰かが作った輪に入っていくのが圧倒的に簡単なはずであり、
積極的に後者を選ぼうとしている自分が茨の道を選んでしまったのは確かです。
その結果報われないことも多々あるだろうし、
少なくともweb制作だけを起点にするのはもう無理なのでそうではない何かを探すことになりそうではある。


しかも、そこまでやって得られるのが他者承認というのがなんとも割に合わないんですよね。
だからこそ、ここ9年も結局は既存のコミュニティで満足する(せざるを得ない)という結論に至っているのでしょう。
既存のコミュニティもそれはそれで大事なんですが、
定期的に距離を取らざるを得ないくらい「割に合わない」活動であるということは否定しがたい事実です。
活動を割に合わないと感じているのはいわばLose-Loseの関係であり、望ましいとは言えません。
こう感じれば感じるほど活動自体も萎縮する一方なのでさっさとどうにかしないといけない。
せめてサブ活動的な新しいコミュニティを作るか入るかはしたいところではある。
2020〜2024年はゲーム会がそれに相当していたわけですが、
それも途切れてしまった2025年はある意味岐路に立たされています。


これがたとえばリアルの人間関係でも充足できるのか、推し活で代替できるのかはなんとも言えません。
既存コミュニティでは他者承認を得るための「コスパ」が悪いと思っていますが、
ここだけが特別にそうなのではなく、どこもそうなのかもしれないという予感もしています。
少なくとも言えるのは、webサイトを作ってそこを拠点にするというのが基本方針だった自分のネット活動は
22年目にして大きな転換点を迎えつつあるということです。
それくらい、昔ながらのやり方に限界を感じつつある。
本心を取り戻すというのがやはり鍵になってきそうだと思っていますが、果たして……。


#7779

Nintendo Switch 2予約開始

今日の出来事Nintendo-Switch-2

早くもNintendo Switch 2のニンテンドーストア販売分の第1回抽選受付がスタートしました。
今回の抽選発表は04月24日。発表と同日に量販店での抽選受付も順次スタートしますが、
おそらくニンテンドーストアでも発売日前に第2回の抽選を開始するのではないかと見ています。
欲しい人に行き届く分の在庫を用意するため、抽選回数を増やしつつ条件を調整していくのでしょう。
任天堂の予想よりも第1回の応募が少なかった場合は条件緩和もあり得ると思います。


とりあえず今日のところは公式サイトが激重のようなので様子を見ることにしました。
この時点で殺到しているとなると、確保できるかやや不安なところはありますが……
かなり前に株主総会か何かで「転売対策のため在庫は十分に用意してから発売する」という旨の社長の言があったため、
発売前抽選販売はそこまでエグい倍率にはならないだろうと踏んでいます。
ここで欲しいけど手に入らない人が大量発生したら結局転売ヤーの思う壺ですからね。
生産工場は06月05日に向けてかなり前の段階から量産に動いている……はず。


ただ、Nintendo Directは結局同接328万と日本記録を100万以上更新するほどの大記録を樹立し(2位もニンダイ)、
あれ以来SNSではどの界隈もSwitch 2への期待をクチにする人ばかりで、注目度が半端ないのは確かです。
初っ端から社会現象になるとなると、任天堂のキャパを超えることも無いとは言い切れないのが怖いところ。
初代Switchも最初は慢性的な品薄でしたが、当時はそれでもまだSwitchに対する期待度はいまほどではありませんでした。
Wii Uで大失敗して、そこからまさに立ち直る途中だった。体験会も今回みたいな入場制限はありませんでした。
今回はSwitchで大成功し、その流れでみんなが長年待ち望んでいた中でついに発売する新ハードです。
そう考えると発売日までに手に入らない可能性も全然あるかも……。とにかく最善は尽くしたいところ。


購入する本体はリージョンフリー版か国内専用版かでかなり悩んでいます。
冷静に考えれば他言語が必要とする機会はRTAをするようなことがなければまず皆無だし、
そのRTAも言語差を気にするほど詰めないかぎりは日本版で困ることはない。
ただ、版権などの事情で他言語版でしかプレイできないようなケースもあり、
実際にSwitch Online加入特典のレトロゲーム各種は、本体言語によってラインナップが異なるケースもあるようです。
そう考えると、いちおうリージョンフリーを買う意義はある。
ただ、そこに2万円もの価値があるのかと言われると……うーん。
まぁでも、ここに2万円もの価格差を設けるのは転売対策が主という見方もできます。
なので数年後、供給が十分に安定したら本体アップデートで国内専用版もリージョンフリーになることはあり得る。
そのときに当初からリージョンフリー版を持っている人には2万円分の還元がある、という可能性もあると思います。
いずれなんらかの優待があると期待してこっちを買ってしまってもいいような気はする。
まぁ、本心としてはメリット・デメリットよりも任天堂ファンとして高い方を買っておきたいという気持ちですね。
そのこだわりと2万円が戦っているような状況です。


ちなみにソフトは『ドンキーコング バナンザ』が本命です。これめちゃくちゃ面白そうじゃないですか?
目の前のオブジェクトや地形を好きなだけぶっ壊せる3Dアクションゲーム。
山を真っ平にすることもできるし、地下を延々掘り進むようなこともできる。
それでいて2Dアクションパートがあるなど、往年のドンキーコングファンに訴求するような要素もある。
個人的に『スーパーマリオ オデッセイ』クラスの期待作で、いまのところSwitch 2を買う大きな理由ですね。
これを携帯機でできるってどういうこと??


マリオカートももちろん楽しみです。決して「ついで」ではありません。
こちらはデラックスを除くと11年ぶりでしょうか。
左右にポンと緊急回避的なことができたり、壁を走れるのが楽しそう。
マリオカートは歴代全作品プレイしましたが、
GBAの『マリオカートアドバンス』でタイムアタックに燃えていた頃の思い出補正が強すぎて、
3DSの『マリオカート7』以降はやれTAのゴーストシステムがイマイチだの、やれランキングのUIが微妙だの、
ゲームの本質とは無関係なところにやたら文句を垂れていたような記憶があります。
TAも楽しいですが、マリオカートというのは結局のところパーティゲームです。
ゲームの腕前をシビアに求められない気楽な世界でのびのびと遊ぶようなタイプだと思うんですね。
その辺を2010年代の自分は根本的に勘違いしていたのではないかと思います。
なので『マリオカート ワールド』は気楽にオンラインでマルチプレイできるようなものを期待しています。


ちなみに、これを機にもうやらなくなるであろう『マリオカート8デラックス』はDLCをまだ完走していません。
もったいないのでこれは05月末までのどこかのタイミングで消化したいところ。
GWの実家帰省でやるのが妥当かな。


#7780

ChatGPT Plusの使い分け

今日の出来事LLM

ChatGPT Plus(月3,000円)を契約していろいろいじっているので、現状整理を兼ねてわかったことをいくつか。
まず、Plusにすると「プロジェクト(Projects)」と「カスタムGPT(GPTs)」を使うことができるようになります。
最初はこの違いがよく分かりませんでした。


プロジェクトは、要するに既存チャット履歴群の「フォルダ」に相当するもの。
そしてフォルダ内のチャット内容は横断的に学習され、プロジェクト内の新規セッションにも活用されます。
たとえば「Aというサイト制作に関する質問」と「Bというサイト制作に関する質問」でプロジェクトを分けておけば、
それぞれのプロジェクト内で質問すればサイト内容に即した答えを返してくれるというわけですね。
なので、これは同じテーマで複数質問するようなケースではとりあえずプロジェクトに整理しておくのが良さそう。
一方で単なる調べものとして使う場合は1セッション内で完結するのが普通なので、
「調べもの」として括る必要はなさそうです。


プロジェクトは前提となるファイルをアップロードすることもでき、より専門特化させることができます。
ChatGPTにどういう振る舞いをしてほしいかといった前提のプロンプトも指定できます。
これらを駆使することで、よりプロジェクト内容に寄り添った回答をさせることができるわけですね。
そして実は、GPTsも基本的にはこれと同じ機能を有しています。
つまり前提知識としてのファイルをアップできて、振る舞いを指定するプロンプトを指定できる。
それじゃあGPTsはプロジェクトの下位互換なのかと言うと、そういうわけでもありません。


GPTsにできてプロジェクトにできないことが2つあり、ひとつはメンション機能です。
ChatGPTでは、半角@を入力することでGPTsに対するメンションのように指示をすることが可能です。
しかもこれは複数使うことができ、またプロジェクト内のプロンプトにも使えます。
プロンプトの内容によってChatGPTの振る舞いを使い分けたい場合や、回答を比較したい場合などに有用です。
このことから、振る舞いや前提プロンプトによる使い分けはプロジェクトよりもGPTsの方が適していると言えます。
プロジェクトがあくまでもチャット履歴の集積を主にしているのに対して、
GPTsは振る舞いなどのカスタマイズによって「仮想人」を作れるような仕組みということですね。


もうひとつはAPIとの接続機能です。
GPTsの素の使い方では事前プロンプトをいじるくらいしかカスタマイズのしようがありません。
それでも「〇〇の専門家として振る舞ってください」と入れるか否かで結構回答の質が変わってくるのですが、
これだけではあくまでもモデルに対するちょっとした味付けにしかなりません。
そこでファイルをアップして事前学習させることでより高度なカスタマイズをしようということになるのですが、
これは実はプロジェクト機能でも使えます。
そこで、その上限である200MBを超えるための仕組みとしてあるのがAPI接続機能。
外部DBなどを自前で用意できるのであれば、APIを使えば事実上モデルのカスタマイズ的なこともできてしまいます。
これはなんというか無限の可能性を感じますね……。
たとえば自分の場合、このブログと接続して「もう一人の自分」を作ることも夢ではありません。
それはある意味ブログの最終目標にも通じるものであり、かなりロマンを感じます。


とはいえ、一般人がとりあえず使う分にはファイルアップロードで十分というのも事実。
なので基本的にはプロジェクト機能で完結するケースが多いんじゃないかなと思っています。
GPTsについてはすでに先人たちが作ったものも使えるので、それを探っていくのも面白そう。


#7781

平均的人間関係

最近の自己研鑽トピックスとして挙がってきている、
自分は中長期で健全な人間関係を維持するのが不得手なのではないか、という問題。
前回は体育の授業によって思春期に自尊心を大きく傷つけられ、協調性を育む機会を逸したのが原因なのではないか、
という仮説を書きました(#07774 / 2025年03月30日)。


他にも思春期に影響を受けたことというのは数多くあるのですが、
これらは基本的にもうリベンジすることはできない「変えられない歴史」であり、「自分そのもの」です。
体育の授業を無かったことにはできないし、
思春期の人生がいかに惨めだったとしても、それを否定することは自己否定にしかなりません。
思春期に出会った人間に対する恨み言を書く前に、もう少し解決の余地がありそうな原因を探りたいものです。


そうした文脈でこのトピックスの原因たりうるものを考えたときに思い浮かぶ仮説がひとつあります。
それは、自分の協調性などのコミュニケーション能力に関わる各ステータスは、
自分が普段から関わる人々の平均に近い
のではないかということ。
「中長期的な人間関係を維持すること」は協調性さえあれば達成できるというほど単純なものではありませんが、
そういったステータスが周囲の人間に影響を受けるというのはありそうです。


先日、公開されたサイトから誰でも入れるDiscordのボイスチャットルームで他人のちょっとした地雷を踏み、
「こういう誰でも無責任に入れる『ジャンクな』コミュニティに依存するのは危険かも」
と思い直すという出来事がありました(#07761 / 2025年03月17日)。
無責任に誰でも入れる=ジャンクであることと民度が低いということは必ずしも相関しませんが、
誰でも入れるからこそ、十分なモラルを身につけていない人が入る可能性が高いというのは事実です。
そういう人は得てして、道徳にもとる発言、他人を貶めるような発言をしがち。
こんな人がいるところに長期で関わっていれば、自分自身もモラルが後退していくことは想像に難くありません。
「インモラルなことを言っても許される」という空気感を受け入れてしまうというわけですね。
ピクミン界隈はダンドリバトル大会でそういう空気感が醸成されつつあったのでイベントごとバツンと切ったわけですが、
ここ自体はまだ関わって1年ちょいなので、自分の長期的な人格形成に与えた影響は少ないと思います。


そういう点で自分に悪影響を及ぼしたコミュニティとして思い当たるのは、某巨大掲示板と地方時代の職場です。
地方時代の職場については闇が深いのでまた今度にするとして、
某巨大掲示板はネット黎明期のメインストリームとしてそれなりに影響力があり、
自分もネット活動黎明期はよく利用していました。その民度の悪さは語るまでもありません。
その中で煮湯を飲まされることも少なくなかったので、できれば利用しない方が良いという空気は昔からありました。
が、一方で人間関係に不足を感じたときにもっとも手軽に入りやすく、
かつリアルでは他人に言えないようなことを言うのに適している場所として機能していたのも事実です。
2019年からは同系統のサービスとして匿名系SNS(チャットアプリ)が台頭してきて一時期猛烈にハマりましたが、
いずれも完全匿名ででき、無責任でモラルを求められていないような場でした。


こういうところに入り浸っていた歴史はそう浅くないので、
ここでインモラルな部分を他者に見せつけることに慣れてしまった、という側面はあるのかなと。
また煮湯を飲んだ(罵倒された、恥をかいた、自分の信念を否定された……などなど)ことによって、
自分も他者全般に対して暗に報復したいという気持ちが芽生えてしまったのかもしれません。
職場や学校でイジメをする人がかつていじめられていた側であることが少なくないように、
人は得てして、自分がされたことを他人にしてしまいがちです。


これはもしかしたら個人ではどうにもならないのかもしれません。
悪感情のバトンは世の中を絶えず循環していて、いまこの瞬間にも嫌な目に遭っている人がいる。
その流れを断ち切ることは人との縁を完全に断ち切ることに他ならず、しかし単なる絶縁はこの問題を解決しません。
この問題を自分が断ち切るためには、「心のごみ箱」のようなものが必要になってくる。
これについてはまさに抑うつから脱出しようしていた過渡期の時代に考察していて(#05749 / 2019年09月15日)、
そこでは嫌な出来事を反芻してしまう場合の対処法として、
「どうせそのうち忘れるだろう」という呪文で反芻を断ち切るテクニックを紹介しています。
また、暇であることは抑うつのエサになるとも書いています。


2019年の気づきは、今回の問題解決に直接役には立ちませんが非常に有用な考察だと思います。
悪感情のバトンを受け取ったら忘却のテクニックで積極的に忘れる。
または、適度に忙しければそもそもそれを溜め込んでいる余裕も無いということです。
ただ、これはやはりどこまで行っても理想論に過ぎないということは注意が必要です。
人間、そんなに簡単に悪感情だけを積極的に忘却できるほど都合の良い脳みそは持っていないわけで。
また常に忙しくできるような気力・体力も持ち合わせていないわけです。


まぁでも、気力が下がったときに吐き出し先があるか否かと言うのは大きな差になる気がしますね。
長続きさせたい人間関係だけがコミュニケーション相手だと解消する手段が無いわけで、
ずっと我慢し続けるのは現実的とは言えない。
「心のごみ箱」は自分にとってかつてはこのブログでしたがそれはコンプラ的な都合でダメになり、
巨大掲示板などのジャンクコミュニティは吐き出した分以上の悪感情のバトンをもらってしまうことがあるため、
これも結局適切とは言えません。積極的な忘却は理想的ではあるものの、常に実践できるともかぎらない。
愚痴を聞いてくれるような人との関係で満足できればいいのですが、
中長期で付き合っていきたい人間関係でそのレベルまで達した人はなかなかいない……。
炎上事件がある意味そういったストレスのガス抜きになるのではないかという話も書きましたが(#07772 / 2025年03月28日)、
これも結局本当にスカッとするだけの炎上事件はそんなに多くないのではと思っています。


ガス抜きの手段はいろいろありますが、現状は某巨大掲示板への依存が実はまだ続いています。
こうなると、表面上の人間関係に疲れる→掲示板で民度の悪さに慣れる→モラルが低下する、
というような悪循環に陥ってしまうのではないかという懸念はあります。
というより、これまでそういう負のスパイラルで徐々にモラルが低下してきた側面があるのではないかと。
これは断ち切りたいところですが、そう簡単に切り捨てられる問題でもなくまだまだ考える必要がありそうです。


#7782

理不尽な相互関税

今日の出来事世界経済

朝05時に火災報知器の誤作動で随分と迷惑を被ったのですが、
夜はさらにそれどころではないアクシデントがありました。投資(投機)の話です。


アメリカのトランプ大統領は先日(04月02日)、諸外国に対して非常に高い関税率を発表しました。
トランプは輸入製品が安く手に入る米国内の状況が国内製品(アメリカ製品)の販売を妨げており、
ひいてはアメリカ国内の雇用や経済に悪影響を与えていると考えているらしく、
外国製品に高い関税を課すことで①国内製品の製造・流通を後押しし、②それによって雇用を安定させ、
③関税で得た税金を市民に還元する、という3つのメリットによってアメリカ経済を立て直そうとしています。
たとえば日本はアメリカにクルマを多く輸出していますが、一方でアメリカ産車はアメリカ国内で売れていません。
「うちの国のクルマは買わないくせにお前らのクルマばかり売りつけるのはズルい」というわけですね。
クオリティの高い日本のクルマが安く買えるかぎりは、アメリカ産のクルマは売れるはずがありません。
そうした状況が続けばアメリカ国内ではクルマ産業がどんどん衰退していくことになります。
人件費の高いアメリカ国内には工場が少ないので、こういうことがいろいろな産業で言えるということです。
トランプ政権はグローバル化や自由貿易によって衰退したアメリカの工業地帯(ラストベルト)からの支持基盤が厚く、
相互関税は「反グローバル主義」「アメリカ第一主義」としての切り札とされています。
トランプは、要するに自由貿易という概念を破壊しようとしているわけです。


一方的に高い関税を課されるとこのままでは輸出国は輸出産業に大ダメージを受けるため、
世界中で反対のデモが行われています。
また輸入品に高い関税を課されれば、その上乗せ分を負担するのは結局アメリカ国内の消費者です。
そのため生活が立ち行かなくなるとアメリカ国内でもデモが行われているようです。
報復によって相互に高い関税を課すことになれば貿易秩序が壊れ、世界恐慌に陥る恐れも。
こうした憶測からここ数日は世界同時株安が引き起こされており、あらゆる株が下がっています。
今日は休み明けということもあり、さらにその勢いが顕著でした。
この株安でアメリカの市場は100兆円を超える資産が消失したとも言われています。


最近は徹底してトレンド便乗型の戦略で利益を出している自分は、
ここでもビットコインのショートポジションで数万円の利益が出ました。
夕方、少し買い戻しが強くなってきたので一度撤退したのですが、22時には買いも失速して売りシグナルが点灯。
複数の指標を見てもかなり確度の高い売りシグナルだったので、
「もうひと踏ん張りしてみるか」とショートポジションを開けました。
すると直後、突然に恐ろしいまでの大高騰が始まり日中帯の下落をほとんど帳消しにするような勢いに。
どうもトランプ大統領が中国以外の国に対する関税措置を90日延期する、
という旨の噂が立ったことが大高騰の要因らしく、
テクニカルをガン無視して上がったおかげでショートポジションの自分は大幅な含み損となってしまいました。


真っ青な顔をしてチャートを見守っていると、今度はみるみるうちに大暴落。
どうも90日延期の報道は誤報だったらしく……。そんなことに世界経済がここまで振り回されていいんだろうか。
結局、これがどういう結末になるのかは分かりません。
トランプが「やっぱり関税率下げる or 延期する」と言えば株価は上がって自分は負けるし、
04月09日に予定している新しい関税率の適用がそのまま実行されれば株価は下がって自分は救われます。


アメリカ市場の開場前後(日本時間22〜23時)はボラティリティが高くなりやすいとは前々から言われていましたが、
その危険性を噛み締めた取引でした。やはり自分はいつもアジア時間にやるから勝てているのだと自覚して、
22時以降はポジションを開けないのが無難と言えそうです。その方が寝る前利確のルールも遵守できますしね。
あと、トランプの一挙手一投足が注目されている間は株取引は危険と思っておいた方がいいかも……。
いまや一人の男に全世界の経済が振り回されているという。


#7783

マニアックなテトリス

04月04日にSteamで発売した『テトリス・ザ・グランドマスター4』(以下TGM4)を買って少しプレイしていました。
なにげにSteamで発売日にゲームを買うのは初めてかもしれない。


自分がTGMシリーズを知ったのは14年前。2011年の大震災が起きる少し前のことでした。
当時、就活から逃げて大学院へ行くために大学院入試を受けに来ていたのですが、
試験時間が朝早くからということで前乗りせざるをえず、
親に相談したら何故かホテルの宿泊チケット付きの特急券を取ってくれました。
それで試験前夜を大学のある地元のホテルで過ごすことになり、
現代と違ってスマホでの暇つぶしにも難しかったのでテレビを見ていたんですね。
そうしたら動画を紹介するテレビ番組だったようで、
TGM1の「段位認定モード」でマスター認定に挑むスーパープレイの動画が流されていました。
スタッフロール中も積み続けなければならず、しかも置いたミノが消えるという「消えロール」が見どころです。
かなり有名な動画なので知っている人も多いのではないでしょうか。


当時の自分は『テトリスDS』で人生初のネット対戦に挑戦し、
爆速4列消しを得意技としてそれなりに好成績(レート7000台)を記録しました。
少なくともローカル圏内では敵無しだったのでテトリスだけは得意だという自負があったんですね。
そんな自分でもさすがに消えロールは無理だと悟ったのですが、
一方でTGMはいつか挑戦してみたいという気持ちをずっと抱えて生きていくことになります。


2014年、『ぷよぷよテトリス』で対戦テトリスはピークに到達。
さらに2018年、たまたま買ったファミ通に紹介されていたPS4の『テトリスエフェクト』を衝動買いし、
マスターモードの魅力に取り憑かれていくことになります。
上京してからはPS4が遠ざかったことでSteam版やSwitch版も購入し、なおもマスターモードを練習。
現在はトップランカーのあめみやたいようさんに並ぶところまで来ていますが、
目指すは世界100位以内といったところです。


そんな矢先、TGMシリーズで20年ぶりの新作が出るという報せが入ってきました。
テトリスエフェクトで鍛えた高速テトリススキルがどこまで通用するのか試してみたい……
ということでリリースを楽しみにしていたというわけです。


前置きが非常に長くなったことからお察しかもしれませんが、自分のテトリススキルは通用しませんでした。
テトリスはさまざまなメーカーからリリースされていますが、
そのデザインや基本ルールは「ザ・テトリスカンパニー」という権利を包括管理している会社が制定しており、
各メーカーはそのガイドラインに沿って作るのが普通です。
たとえばTミノは赤紫で、Iミノは水色で……といったデザインはここで統一されているわけですね。
しかしTGMはガイドライン制定前からあるシリーズだからなのか、完全に独自路線。
というより、ガイドライン準拠版とTGM版でゲームモードが分かれています。
そして、マスターモードを含むさまざまな上級者向けゲームモードはTGM版にしかありません。


TGM版の仕様はおおむねNESテトリスに近いものになっており、
当然ですがグローバル版で遊び慣れている自分にとっては慣れが必要です。
しかも、マスターモードは超絶難しい。体感で開幕から『テトリスエフェクト』のM15くらいの難易度があります。
これはちょっとクリアできる見通しは立たないですね……。
現状ではバグも多く、やり込みモチベの低い自分は『テトリスエフェクト』に戻ることになりそうです。
TGMの世界は思っていたよりもずっとマニアックな世界だったということを、14年越しに知ることになったのでした。


#7784

コンシューマーゲームの過渡期

先月同日の近況(#07753 / 2025年03月09日)に書いたコンテンツ+ポケポケは一通り終息したと言えそうです。
『原神』はいちおう今期の新キャラ「ヴァレサ」をどうにか引き当てました。
3回連続すり抜け回避は運が良かったものの、完全に石は枯渇。
また次のガチャはどちらのキャラも特段欲しいと思えないので1シーズンスルーすることになります。
この間で育成をすればいいんですが、さすがにもうそのモチベも搾り出せなさそう。
去年秋の復帰からずっと来ていない個人的に好きなキャラがピックアップされるまで待ちですかね。


ポケポケはランクマ実装当初はスーパーボールランクまで行ってやろうと意気込んでいたのですが、
やはりというか超負けず嫌いの性格によって敗北時の心理的ダメージに対する回復が追いつかず失速。
自陣最強のはがねデッキでも連戦連勝とはいかず、かといって改築のめども立たず。
最近やっと新パックのピカチュウを引いたのでこれでアグロでんきを組みたいのですが、まぁハードルは高いです。


TGM4が微妙だったのは昨日書いた通りで(#07783 / 2025年04月08日)、
ピクミンもコミュニティにおける現状の立ち回りに限界を感じたのでいったん締めたところです(#07767 / 2025年03月23日)。
そういうわけでゲーム関係は完全に過渡期に突入してしまいました。
ゲーム以外の活動も過渡期なので、本当にポッカリと穴が空いてしまったような感覚です。
強いていえばピクミンはコミュニティ活動は休止したものの、
ゲームとしては休止したつもりはないのでちょいちょい立ち戻ることにはなりそうですが。


Nintendo Switch 2が正式発表されたばかり、そして2ヶ月後に発売を控えているとあって、
コンシューマーゲーム、特に任天堂タイトルについては比較的「何かをやりたい」という気持ちは強いです。
それで今更ながら『世界のアソビ大全51』なんかをちょいちょい触っていたりします。
これはコロナ禍真っ只中の2020年に発売されたタイトルですが、
上京前のノリで買ったが上京環境には合わず、期待してミニサイトを作ったにもかかわらずほぼ積んでいたタイトルです。
期待のあまり発売前にミニサイト的なものを作って爆死した例としてはこれが最後でしたね。
もうさすがに同様のことはやらないと思います。あまりにも合理性に欠けるので。


昨今、アソビ大全はホロメンなどVTuberのコラボ題材として定番化し、他人がプレイしているのを見る機会は増えました。
今更になってプレイしているのはその辺の影響もあってのことだと思います。
思えば去年もさくらみこに影響を受けて『スーパーマリオ オデッセイ』に没入していた時期がそこそこあり、
自分にとってホロライブはゲームをする入り口のような存在になりつつあります。
最近だと白上フブキが『スーパーマリオメーカー2』を楽しそうにプレイしていて、
ついに6年越しに手を出そうか迷っているところ。ステージを作るかと言われると作らないんでしょうけど……。
あれ、そもそも今作でステージを作ったことあったっけ?
初代(Wii U版)は何ステージか作ってTwitterフォロワーに共有してキャッキャしていた記憶はあるんですけどね。


にしても、かつて忌避していたゲーム実況文化がいまやゲームをするきっかけとして依存する先になるとは……。
ホロライブを見るようになって約1年が経過し、
いまだ最推しが誰なのか曖昧でホロライブという箱自体のフォロワーとしてぶら下がっている自分ですが、
非常にゆっくりではあるものの着実に沼にハマってきている実感はあります。
しかしこの沼に浸かっていればゲームを楽しく遊べるのなら、とりあえず身を任せてみようかなと。


#7785

新紙幣のホログラム

今日の出来事貨幣

トランプ大統領のオモチャになっていた金融市場。
今日、関税措置の発動は(報復措置を発表した国以外は)90日間延期することが正式発表され、
とりあえず落ち着いたように見えます。が、個人的にはまたいつ大統領に翻弄されてもおかしくないと思い、
仮想通貨取引口座にある資産のうち20万円を現金化しました。
ちなみに混乱前のショートは結局助かり、逆に8万円ほどの勝ちになりました。
結果的に自分はトランプの翻弄を逆利用した形になります。


それで現金化ついでに改めて新一万円札をマジマジと眺めていたのですが、このホログラフィック加工すごく好きです。
視差によって桜がクルクルと回るところが特に好き。
このクルクル桜は新五千円札にも同様のものがあるし、桜自体は新札の至るところにもあります。
なんなら旧一万円札のホログラフィック加工や二千円札、百円玉にも桜は登場し、
さすが国を代表する花だなと思わされます。
間違いなく日本を象徴するアイコンだし、これに異論がある日本人はあまりいないのではないでしょうか。


こういうホログラフィック加工、個人的にはすごく好きなんですよね。とっても所有欲をくすぐられる。
紙幣というのは世界最高峰の印刷技術で作られているわけで、すごいのは当たり前なんですが……。
たとえばカードゲームにおいても、ホログラフィック加工の有無でそのシリーズ自体への興味が大きく変わると思います。
16年前の2009年、イトコがたまたま買ってきた遊戯王OCGのパックをきっかけに
身内間で遊戯王OCGの大ブームが起きたことがありましたが、そのときに作ったデッキは【宝玉獣】でした。
これは切り札のレインボードラゴンに、史上初のホログラフィックレアが存在するからというのが大きな理由です。
デッキとして強いかどうかというよりも、そういう側面でカードを決めていたような記憶があります。
もちろん他にも【宝玉獣】が好きなポイントがいくつかあったからこそデッキ構築を決めた側面もありますが。


遊戯王OCGよりもコレクション性が強いと思われるMTGは、
誤訳問題があるのでなかなか手が出ないというようなことを以前書きましたが(#07478 / 2024年06月07日)、
実際にはホログラフィックレアのような特殊加工が多くないというのも手を出せない大きな理由になっています。
MTGでホログラフィック加工の特殊カードが販売されることになったら誤訳があっても飛びつくかもしれない
(その場合はたぶん英語版を買うと思いますが)。


同人グッズの現場でも、たとえばアクリル板の裏面に背景、表面にキャラを印刷することによって、
あたかも立体的にキャラが浮かび上がって見えるようなものもあるようです。
自分はタペストリーみたいなただイラストを引き伸ばして印刷しただけのグッズにはいまのところ興味ないですが、
こういう風に平面イラストとは物理的に異なるようなグッズは少なからず惹かれますね。
同人向けにホログラフィックカードを作る業者も存在するようなので、
いつかは一万円札のような視差効果を持つイラストが世に出てくるようになったら面白いなと。
ワンピースカードやホロライブカードなど、新興カードゲームの加工についても調べてみましょうかね。
インフレヘッジとしてこれらのカードを買うという選択肢は……ゼロではない、か?


#7786

洗練されたサーキットコース

来る『マリオカート ワールド』発売に向けて、
やり残していた『マリオカート8デラックス』の150ccグランプリのトロフィーを埋めていました。


『マリオカート8デラックス』はSwitch1初期の作品(2017年)で、『マリオカート8』のリマスター版です。
『マリオカート8』はWii Uの作品で2014年発売。
前作で登場した水中要素やマシンカスタム要素に加え、無重力ゾーン、MKTV、ATVバギーなどが追加されました。
Wii Uは本体売り上げ不振の影響でソフトが売れなかった一方でSwitch1は逆に爆売れしたという経緯があり、
Wii Uの主な作品は軒並みSwitchにリメイクを出していて、これもその一環です。
自分は2017年当時、マリオカート8はすでにDLCコースまでプレイしていたし、
デラックス発売当初は追加コースをはじめ興味を惹く追加要素が無かったためずっと見送っていました。
確か、この時点の追加要素はバトルモードのステージ追加くらいだったと記憶しています。


しかしその後、Switch1の普及に伴って『マリオカート8デラックス』は定番タイトルとして定着し、
世界売り上げ6000万本以上という歴史に残るモンスタータイトルに成長します。
そして任天堂もその人気に応えるかのように有料DLC「コース追加パス」を発表。
なんと、DLC込みの既存コースと同じ数の48コースが6期に分けて追加されることになったのです。
全96コースはあまりにも多く、マリオカートの集大成と言ってもいいと思います。
その中には完全新規のコースもありますが、多くはスマホアプリ『マリオカート ツアー』からの移植のため、
スマホ版未経験者にとってはほとんどが新規コースという充実した内容。


自分は結局これが発表されたタイミングで、ゲーム会でワイワイ遊ぶのにちょうどいいからという理由で買ったのでした。
ただゲーム会は5人以上集まることも多く、その場合は4人までしか遊べないマリオカートは不適任となります。
なのでみんなでグランプリを遊んで盛り上がったのは結局1回だけでした。
このボリューム感、そして有料DLCまで買って1回だけというのはかなりもったいないような気もします。
自分にとってマリオカートはパーティゲームとやり込みの両面を備えたゲームという認識ですが、
その後者であるところのタイムアタックは結局やらずじまいで終わりそう……。


しかしせっかく次回作を買うのに未プレイコースがあるのもいかがなものかと思い、
ゲーム会でやらなかった「グランプリ」を片っ端からプレイして、それぞれ1位を獲ろうとしています。
次回作でリメイクコースが出たときの予習にもなるし、マリオカートの感触を思い出すにも有効だろうと。


こうして一通りやっていると、マリオカートの世界観って本当に洗練されているなと思いますね。
「N64 レインボーロード」がめちゃくちゃ好きなのはたぶんWii U時代から言っていると思いますが、
「エレクトロドリーム」「3DS ミュージックパーク」「ワリオスノーマウンテン」「エキサイトバイク」など、
ソロプレイでも没入してしまうようなコースが多いです。
「NGC ベビィパーク」なんかも、NGC時代そこまで魅力的なコースとは認識していなかったと思いますが、
パーティゲームとしてみなすとめちゃくちゃ面白いですね。
ツアーコースも周回ごとにルートが異なっていてものすごく凝っている。
スマホ用でこれならコンシューマー完全新作の新コースはどうなってしまうのか……。


また、今度の『マリオカート ワールド』ではネット対戦も解禁しようと思っています。
マリオカートシリーズのネット対戦は確かWiiから実装されていたと思いますが、実はやったことがありません。
もともとTA畑の出身ということもあって対戦をガチるような気概は無かったというわけですね。
ただ、ホロメンの「1位取るまでやめられない耐久」みたいな企画を見ていると、
どうやらマリオカートのネット対戦はそこまでガチでやるものでもなさそうな雰囲気。
レーティングもあってなきがごとく、みんなでダラダラやるという感じみたいです。これなら入ってもいいかなと。
むしろ極度の負けず嫌いの自分にとって、こういう温度感の方がハマる可能性は高いのかもしれない。
少なくともガチンコ対戦のゲームよりは有望だと思っています。


もしネット対戦に加えてTAにも手を出した場合、
ロンチから『ドンキーコング バナンザ』までの間は十分に遊べそう……というより普通に時間足りない可能性ありますね。
うーん、俄然06月05日が楽しみになってきた。
本体は結局リージョンフリー版で抽選に応募しましたが、果たして当選するのでしょうか……。


#7787

週間計画アシスタント

今日の出来事LLM週間計画

年初来の計画として念頭にあった「GWまでにピクチャレ大会でイベントを開催する」
というタスクがコミュニティの都合でキャンセルされ、ポッカリと穴が空いてしまっている昨今。
コミュニティの都合関係なく個人的にもピクミン活動は明確に衰退しており、
新しい何かを探す過渡期に突入しています。
……しかし、この過渡期らしきフェーズで本当に新しい何かを見つけられたことってあるんだろうか?
結局、単なる精神衰弱期なんじゃないかとも思っています。


いずれにしろ、2025年はここまで結局何もできていないという焦りが正直あります。
あれだけ同じ轍を踏むまいと思っていた2024年前半の低迷をそのままなぞるような展開になってしまっている。
その要因は2つあると思っていて、1つは仕事の閑散期です。
やはり仕事は「必要とされている」という実感があって初めてその意義を見出せるのだと改めて実感します。
閑散期に突入して暇になると、もはや仕事を通じて社会とつながっている感覚が希薄になる。
当然、閑散期でないときと比べてコミュニケーションの機会が減るので社会的欲求の不満も生じてくる。
それが結局、オフ時間にも悪影響を与えているんじゃないかと思うわけです。


もう1つは、そもそも新規開拓を前にしてやる気が出ないという問題。
これは過去に何度も直面しており、これに対する模索は過去の自分が全部代弁しています(#05971 / 2020年04月25日)。
リンク先記事では、やる気は他人(や他人が作ったモノ)によって与えられるという仮説を唱えました。
つまり、完全に孤独な状態では人は一切何かをやろうとは思えない。
他人が何かをしているのを見て、あるいはその成果を認知して、初めてやる気らしきものが湧いてくるのではないかと。
それまで自分はやる気は固有ステータスの一種で気力のようなものだと認識していたので、
この気づきは結構衝撃的だった覚えがあります。


ただし、いまの自分はもう一歩踏み込んでそこに「勇気」の問題もあるのではないかと考えています。
この情報過多の時代、他人や他人の成果物に触れようと思えばいつでも・どこでもできる。
しかも、その分野に着手するハードルも随分と低く、今日からでも活動をスタートできるように見える。
しかし、だからこそ多くの選択肢から1つを選ぶ能動的な「勇気」が必要になり、
それは他者にはどうにもならない本人の課題なのではないかと。
この「勇気」は精神論でどうにかなればいいのですが、自分の人生経験から言えば根性ではどうにもなりません。
選択肢が多ければ多いほど決定が困難になるのはジャムの法則とも呼ばれる普遍的な心理的障害です。


そこで今回、新たな試みとしてこの選択肢をChatGPTくんに絞ってもらうというプロセスを考えました。
もちろんプロセスを決める過程でもChatGPTくんに手伝ってもらいつつ、
自分の週間計画をアシスタントし、翌週やることを出力するためのGPTsを作成しました。
このGPTsには、まず今週やったことや今後やりたいことをざっと羅列した文章を投げます。
するとGPTsはその内容を自己決定理論などの心理学的ノウハウも活用しつつ、
次に着手すべきタスクを3〜4つ選んでくれます。次週の自分はひとまずそれをやることに注力すればOK。
その3つが納得できないなら「この3つを選出した理由は?」と聞けばそれらしい答えが返ってきます。
ここで必要なのは厳密な合理性というより「納得感」なので、ChatGPTくんでも十分できる仕事と言えます。


初回は土曜日にやってみました。その際、初回なのでこれまでの経緯や年間計画も添えて。
結果的に、来週はブログのキリ番記事執筆と創作準備に注力すべきとの回答が返ってきました。
いろいろな観点から見て、かなり妥当性のある答えだと思っています。
それにChatGPTに投げるにはまずフィードバックをもらう前提で近況を言語化しなければならないため、
これをやるだけでも週間計画にかなり深みを持たせられている気がします。
来週以降実践してみて、定着するようならもはや自分はChatGPTに全面依存して生きざるを得なくなりそう。


昭和の4コマ漫画『サザエさん』で、家族の献立をAIが全部決めてそれに登場人物たちが何も考えずに従う、
というような話がありますが、まさにそういう未来が到来したんだなと思わされます。
ChatGPTは本当に末恐ろしいですが、長谷川町子さんの先見の明の鋭さもなかなか……。


#7788

趣味のターニングポイント

最近、何かに「没頭」する経験が本当に減ったなと思うのでざっと振り返ってみます。
上京前は年1回くらいでありますね。2019年はアニメ『日常』と『ポケモンGO』、2018年は『フォートナイト』、
2017年は『スーパーマリオ オデッセイ』、2016年は『No Man's Sky』『ポケモンGO』『クラッシュロワイヤル』など。
2015年以前は『ピクミン3』を中心としたやり込みがまだ現役だったのでそれに没頭していたと言えるでしょう。
対して、上京後は本当にそういう体験が減ってしまった。
没頭というか夢中になった例としては2021年の多肉植物や仮想通貨、ヴェイパーウェイブ、『Minecraft』、
あといちおう2023年は初回クリアまでの『ピクミン4』は夢中になったと言えるかも。
でも、本当にこれくらいですね……。『原神』のようなゆるゆるブームはちょいちょい来るのですが、
震度の大きなマイブームはなかなか来ていない。初期の『Apex Legends』がいちおうそれに該当するのかな。
特定の作品ではないもののStable DiffusionやChatGPTの登場は結構衝撃的だったというのはあるかも。


まぁ、そんなわけで特定の作品に没頭する機会がなさすぎて、
なんだかもう二度とやってこないんじゃないかという危機感があります。
しかし、実は一方で1作品分の震度をはるかに越えるモノには出会っているんですよね。そう、仮想通貨の先物取引。
実質ギャンブルなのでこれを趣味ですと堂々と言及しづらいところはあるものの、
結局のところマネーゲームという世界一ユーザーが多くリターンの大きなゲームと出会ってしまったのが、
ゲーマーの自分にとって上京すること以上に大きなターニングポイントだったのかもしれません。
ただ、これは金銭を失うリスクがあるし、続けてやっているとポジポジ病という依存症にかかってしまうため、
やはりこれだけに没頭し続けるのは避けたいところです。
適度に利益を上げられる程度に続けつつ、一方でゲームに没頭する文化もそろそろ復興させたいものです。
2022〜2024年はまだ通算成績が大きくマイナスだったので他に浮気できるような状況ではありませんでしたが、
いまなら直近3年の純益100万円という明確な実績があるので堂々と他のタスクに移れます。


そんな自分にとってNintendo Switch 2はベストに近いタイミングでの登場であり、大きな意義があります。
マネーゲームという「コンシューマーゲーム以上の存在」に心を奪われてから初めて登場するゲームハードであり、
また上京後初のハードでもあるNS2。『ドンキーコング バナンザ』『カービィのエアライダー』など期待作も多くあり、
ここまでコンシューマーゲームに没頭する条件が揃っているのは少なくとも上京後初です。
そういう意味ではかなり期待している一方、ここでコケたらゲーマー人生は結構危ういと思います。
さすがにないとは思いますが、NS2を積んでしまうようならマネーゲームにより注力する形になるでしょう。
これまでネット活動はなんだかんだでコンシューマーゲームを中心テーマとしてきましたが、
マネーゲームに転向することになるかもしれません。
ある意味06月05日はその分岐路だと思っていますが……まぁさすがに1年目の期待作を積むことはないと信じたい。
その前にまず手に入るかどうかも分からないんですけどね。


しかしこうして考えると、仮想通貨に出会ったのは運が良かったのか悪かったのか……。
基本的にどっちが趣味として上か下かという話ではなく、
仮想通貨はギャンブル的な側面が強く金銭というリターンを得られる娯楽の一種として、
コンシューマーゲームは他者との関わりを持つためのコミュニケーションツールとしての意義があり、
それぞれはそれぞれの代替になれないと思っています。
なので今後は良くも悪くも両立の道を探っていくことになると思うのですが、
とりあえず2025年はコンシューマーゲームに注力したいという方針に変わりはありません。


#7789

配信という可能性

生活パフォーマンスが先週くらいからさらに急落して1日1ターン未満の生活が続いてしまっています。
直近だと2024年11月に状況が似ています。
当時もダンドリ検定落選をきっかけに現在と同じくピクミン活動を意図的に一時停止し、
また実家帰省最終日をきっかけに生活リズムが乱れ、あらゆる作業ができなくなっていました。
当時、「ブログ以外無趣味も意外と悪くない」と割り切っていますが、
いまはそういう境地には至れていません。何かせねばという焦燥感がそれなりに強い。
そういうわけなのでこの記事ではざっと現状整理をしていきたいと思います。


まず、2025年04月という現在の立ち位置について。
ゲーム関連で言えばNintendo Switch 2発売前でまだ入手できるかどうかが不明瞭なフェーズです。
昨今は『マリオカート ワールド』を一緒にやる相手が欲しいと思い模索していました。
周囲にゲーマーはいないわけではないのですが、一緒にマルチプレイを遊べる相手となると非常に少ないです。
それで参加型配信を行うVTuberなんかも視野に入れて相手を探していたのですが……。
結局、例の元同僚がSwitch2のついでにマリオカートセットを買うことにしたので一緒にやることになりました。


実は、もし一緒に遊ぶ人がいなかったら自分が零細配信者になることも検討していました。
しかし自分のチャンネルは登録者数がそこそこいるとはいえ伝統的にピクミンのみを配信してきたという経緯があり、
例の事件のトラウマもあってこのチャンネルでマリオカート配信をするのは相当憚れます。
なので、まずメインチャンネルでピクミンに関する配信をしてみて、
同接を10人程度確保できるならサブチャンネルを開設してそっちに誘導するのも手か……
と思っていたのですが、同僚がやってくれるということなのでこの件はどうでもよくなりました。


ただ、配信環境を確保しておくというのは一石二鳥のメリットがあり、やってみる価値はあると思っています。
ピクミン活動の新たな可能性として自分が配信者になるというのは手だろうと。
いまでも同界隈で配信をしている人はいるし、自分以外の配信者の方が圧倒的に上手いです。
なので彼らにお任せでも良いという考え方はあるのですが、どうも喋らない人が圧倒的に多いんですよね。
ただ上手いプレイを垂れ流しているという趣のプレイヤーが多い。
これではコメントもつきにくく、コミュニティの入り口としての機能は十分に果たせません。
なので自分が率先して「喋る配信者」になるのはどうかという気持ちはあります。


喋る配信者としての地位を確立すれば、そこでサイトのAPIを駆使して参加型企画なんかもできるわけです。
ダンドリバトル大会はボイスチャットルームでの開催だったため誰でも無責任に発言でき、
それゆえに罵詈雑言が飛び交うようになって最終的に崩壊してしまったという反省があります。
しかしこういう形でのイベントなら、誰かの罵詈雑言にイベント進行を邪魔される心配もない。
さらにボイチャに入るのに抵抗があるプレイヤーでも参加しやすく、
YouTubeという巨大な場所でオープンに行うのでサイトを認知していない潜在プレイヤーにもリーチできる。
コミュニティの拡大戦略としてはこれ以上ない答えのような気がします。
ついでに常連さんを確保できれば自分の承認欲求不満を解消する新しい手段にもなる。


ただし、メリットが多い反面スタートアップからしばらくは同接の少なさに耐えなければならず、
しかも本腰入れて対策しなければ永遠に同接は増えないという課題もあります。
現状、ここの見通しは立っていません。
これまでのイベント配信の実情からして、現状は5〜7人程度見てくれれば御の字でしょう。
1桁同接のまま何年も活動している人も割といるので、ここが大きな壁になりそうなのは確か。
その高い壁を、いまの自分が越えられるかと言われるとかなり微妙なところです。
本質的には同接数よりもコメントを打ってくれる常連さんを確保できるかどうかの方が重要な気もしますが……。


とはいえ配信は有望な施策だと思うのでいずれはやってみるだけやってみたいところではありますね。
ただ現状は冒頭に書いた通りかなりの意欲低迷に陥っており、いますぐは難しそうな情勢。
とはいえSwitch2が出てしまったらしばらくこういったことはできないし、
マリオカートはともかく『ドンキーコング バナンザ』はサブチャンネルで配信したいという気持ちは依然としてあります。
もしサブチャンネルを作りたいなら06月04日までに配信者としての地位を確立する必要があり、
このSwitch2待機期間はそのための猶予期間でもあるということになります。


Switch2が発売されたら06〜07月はそれに集中することになるだろうし、
そうこうしているうちに今年絶対落とせない唯一のプロジェクトである大キリ番記事の締切も迫ってきます。
なので配信に集中できるのはここが今年最後のタイミングである可能性があるため、
そういう事情も踏まえてそろそろ低迷の底は脱出したい今日この頃です。


#7790

対話式イラスト生成

満を持してと言うべきか、生成AIでいわゆるオリキャラの生成を本格的にスタートしました。
もちろんこれまでにもStable Diffusionで似たようなことはやったことがありますが、うまくいきませんでした。
しかし、初期SDがキャラの特徴をプロンプトに込めてランダム出力するのがせいぜいだったのに対して、
今度契約したChatGPT Plusは生成した画像を踏まえた上で対話形式でのイラスト修正ができるため、
今回は一歩ずつ着実に頭の中に描いているキャラを描き込んでいけます。本当に革新的だと思います。
しかもCivitaiに落ちているようなモデルよりも格段にクオリティが高い。


巷で言われているようにどこかジブリを想起させるような没個性的な絵柄になりやすいというのはありますが、
それでも日本語の自然文を使って対話式でできるのは非常に強力です。
ただ、注意点としてちょっとでもアレな絵を出力しようとするとAIが即停止します。
ChatGPT本人に聞いたところ、直接的な指示でなくてもアレなイラストを出力するような誘導が見られた場合、
アカウントに対してBANなどのペナルティを課す可能性はないわけではないとのこと。
ここでいう「アレ」とは、性的なイラストは当然水着さえも許されないのですが、
その他倫理的に問題のある構図や「戦争」「薬物」を想起させるものはOpenAI基準で全部アウト。
そして著作物として判定されるもの全般もアウトなので結構厳しいです。
たとえば「ドラえもんを描いて」と指示すると速攻で停止するでしょう。
「青くて耳が無い、猫型のロボット」でもダメだと思います。
AIが停止されたら即ペナルティというわけではないものの、内容が直接的であれ間接的であれ、
意図的に何度も停止されるようなプロンプトを書くとヤバそうな気配です。


ただしその規制を掻い潜って無事に出力されたイラストの著作権は、原則としてユーザーに帰属します。
なので頑張れば作成したイラストをそのままサイトに掲載、なんていうこともできるわけです。
ただ、対話式とはいえなかなか地道な作業なのでそう簡単には行かないと思いますが……。


ためしに1人オリキャラを生成しようとしてみましたが、それで強く痛感したことがあります。
それは、自分は20年以上頭の中にオリキャラを住まわせていたと自負していたけれど、
実際にはちゃんと細部まで想像していたわけでは全然なかったんだなということ。
モデルになった女の子の断片的な記憶をオリキャラと称していたに過ぎないとさえ言えるかもしれません。
自分の中で確立していたはずのイメージが、実はちゃんと近づいて見たらモザイクだったというわけです。
なのでChatGPTが「それっぽい」イラストを出力しても絶妙にこれじゃない感を感じてしまう。
確実に特徴は押さえているのでそれっぽいはずなんだけど、
自分の中のイメージがあまりにも曖昧なので納得できるだけの材料が無いという……。


いちおう最初の1人はある程度それっぽさを感じるところまで行き着きましたが、
これはもはやモデルに基づいて二次元の見た目を初めて定義していると言ってもいいかもしれません。
ただ、「それっぽい」段階でも、複数人のキャラを組み合わせた構図にしてみたりすると、
自分が長年描きたかった風景そのものがポンと出てくるので結構衝撃的だったりします。
これをうまく活用すれば頭の中の世界観の解像度もかなり上がるんじゃないかと期待しています。


2018年当時はクラウドソーシングでやろうとしていた全キャラの具現化については、
ChatGPT Plusによってめちゃくちゃハードルが下がったという印象です。
もはや実費を払って文章ベースの案を元にイラストレーターに描いてもらう必要性は皆無。
プロトタイプで良ければ7年前の夢を叶えられる日はもう目前と言っていいでしょう。
ただ、このままだと具現化したとしても個性を出せないのは必至なので、それはこれからの課題になりそう。
個性的な「うちの子」をちゃんと作っている同人作家さんは羨ましいと改めて思います。


#7791

VTuberの卒業ラッシュ

今日の出来事VTuber

VTuberグループのホロライブにて、「紫咲シオン」「がうる・ぐら」といった人気VTuberが相次いで卒業を発表。
特にぐらは450万人以上の登録者を誇るトップVTuberということもあり、大きな衝撃です。
そして卒業理由はやはりというか「会社との方向性の違い」。
これが建前なのか事実なのかは分かりませんが、この卒業ラッシュを考えると事実なんだろうなとは思います。
この点、ネットを掘り下げても闇しか出てこないと思うので詳しくは調べていませんが、
それでもホロライブ運営のカバー株式会社の悪評というのはたまに耳にします。
カバーは少数精鋭の人気VTuberが稼ぎ出す莫大な利益にぶら下がる形で存続してきた小さな会社ですが、
上場してから従業員数が1000人に迫る規模にまで急速に膨れ上がっているそうです。
一方、自分が知るかぎりJPホロメン(ホロライブ所属の日本人VTuber)は6期生を最後に増えていません。


ホロライブという箱単位で興味を持つようになってから気にはなっていたんですよね。
これだけVTuberとして人気のグループなのに、全然新人がデビューしないなと。
そうこうしているうちに初期に好きだったさくらみこがいつの間にかトップ級の人気になってしまった。
自分が認知したころは中の上くらいの立ち位置だったように思うんですけどね。
もし、カバーという会社がぺこらやみこちの人気に全面依存しているとしたらとんでもないことです。
そんな不健全な形で今後もやっていけるとは思えない。
なぜ、新人をデビューさせて分散させないんだろうか?


まぁ、それほどVTuberという仕事が難しく、なり手が少ないということなのかもしれません。
ゲームプレイ、トーク、歌唱、ダンス、SNSにおける発信など求められるスキルがあまりにも多いですからね。
当然、カバーとしてはこれらのスキルは向上してほしい。
ということでダンスレッスンやボイストレーニングなどはかなり過密なんだそうです。
卒業したホロメンも、そういった配信外の活動が多すぎて本来やりたかった配信ができない、
という嘆きをクチにしていたので、かなりの自由を奪っているんじゃないかと推測されます。
それがこの卒業ラッシュの要因だとしたら、カバーは湊あくあの卒業から何も学んでいないことになる……。
もしかして、もう歯止めが効かない段階に入っているのでしょうか。


一般的な会社でも社員が抜ければ残った人間に負荷が回るのは当然ですが、
VTuberの卒業はその負荷の度合いが桁違いです。
まして、がうる・ぐらは450万人超の登録者を抱えるトップ配信者。
この卒業によるダメージは半端ないと思うのですが、果たして残ったメンバーでどう穴埋めするのでしょうか。
それでさらに負荷が高まればまた一人卒業、という悪循環になると思います。
典型的なブラック企業の現場のそれですね。
そういうことが世間にも広く知れ渡れば、たとえ金の卵がいたとしてもホロライブに入ることは拒むでしょう。
結局、個人勢としてやっていく方がメリットが多いという話になるわけですからね。
この辺は配信自体は個人でもできてしまうという業界ならではの悩みなんだろうなと。
個人勢でありながらホロメンとも仲が良いしぐれういは本当に勝ち組だなとつくづく思います。


キズナアイから始まった日本の新しい文化であるVTuber。
いまや、VTuberのファンとしてイラスト制作や漫画、インディーズゲームなどの同人活動に勤しむ人もいて、
そういう意味でも大手タレントにのしかかるプレッシャーは大きいと思います。
トップ級の卒業という爆弾が爆発するだけで甚大な影響を与えかねないというのが現状。
このままずっと成功し続けて欲しいという気持ちは強くありますが、
裏方をカバーという会社に託すことができるのかちょっと不安になってきました。
にじさんじなどの二番手がいずれ規模の上で追い越すことになるんでしょうかねぇ……。


#7792

大阪万博開幕

今日の出来事万博

04月13日、いよいよ2025年大阪・関西万博(以下、大阪万博)が開幕しました。
日本の万博は2005年の「愛・地球博(愛知万博)」以来20年ぶり、
また大阪万博自体も2度目の開催であり、前回は1970年で55年ぶりとなります。
大阪万博と言えば1970年の方をイメージする昭和世代の人も多いのではないでしょうか。


2025年の大阪万博については、ここ近年ずーっとマスコミがネガティブな報道しかしないので
「本当に大丈夫かな?」という気持ちがありましたが、いざ開幕してみれば予想を超える大盛況だそうです。
各報道陣も一瞬で手のひらを返しており、なんだかなぁという気持ちがありますが……。
まぁ、大きなプロジェクトというのは逆風の空気感というのは多かれ少なかれあると思います。
これがマスコミの習性なのか、そういう報道を求める国民性なのかは分かりませんが。


自分にとっては生きているうちに開催される2回目の万博となります。
愛・地球博は興味はあったのですが、当時は高校時代ということもあって独力で行くのは不可能でした。
親にねだって行くほどの興味も無く、気づいたら終わっていたというイメージです。
2005年といえばいろんな意味で個人活動の起点のような重要な1年だったこともあり、
万博どころではなかったというのもありますかね。


ただ、後年の自分は一生に一度の機会を逃してしまったとわりと後悔していました。
もう絶対に行けないのに愛・地球博についていろいろ調べていたような時期もあります。
今回の大阪万博はそんな矢先に訪れた2度目のチャンスということになります。
20年前と違って自分だけの経済力その他を行使して行くことはできる。
しかも人生でまだ行ったことのない大阪です。
これは単純に地方時代は頻繁に行っていた一人旅の「東京発」版として大きな意義があり、
京都にニンテンドーミュージアムがオープンした際にも検討したことがありました(#07552 / 2024年08月20日)。


京都+大阪となるとかなり規模が大きくなりますが、行きたい場所が複数あるという点ではかなり盤石な旅行案です。
ただ、問題は人混みですね。ニンテンドーミュージアムも予約必須なのでしょうが、
万博も現時点ですでに予想をかなり上回る来場者数とのことで、
愛知万博のときの傾向としてはこれがずっと右肩上がりになっていくそうなのでいつ行っても混みそうです。
まぁ少なくとも閉幕直前とかに行くという選択肢は無いということですね。
本当に行きたいならあれこれ空想する前にさっさと計画に移った方がいいのかもしれない。


#7793

キャラデザ基盤としての生成AI

今日の出来事stable-diffusion

3日前(#07790 / 2025年04月15日)に解禁したChatGPT Plusにおける画像生成(DELL-E)。
これのおかげで昨今、明らかに創作関連のモチベーションが高まりつつあります。
この現象は2022年秋にStable Diffusionが登場した当時と比べると明らかに意欲の度合いも大きい。
その理由は精度やクオリティなどいくつか考えられますが、
Stable Diffusionの野良モデルと違って著作権問題が完全にセーフティであることと、
あとはなによりもクラウドベースなのでスマホからもなんら問題なく生成できることが大きいですね。


Stable Diffusionはベースモデルをローカルで動かすかぎり著作権的な問題は発生しないはずですが、
それ単独ではさすがに絵描き歴ゼロ年の自分でも自分で描いた方がマシというレベルの絵しか出せません。
なので、特定の絵柄に寄せたりクオリティアップした追加のモデルを探すわけですが、
これはたいてい無断転載サイトを一次ソースとしており、
ここから作り出したものは突き詰めれば他人の著作物のつぎはぎでしかないわけです。
しかもプロンプトは単なる英単語の羅列であり、「術師」はその羅列を変えているにすぎません。
これで一次創作をすることも不可能ではないと思いますが、法的・技術的ハードルが高かったのは事実です。
DELL-Eは自然言語の対話型画像生成ができるので、そのハードルを軽々と超えているわけですね。
しかもベースモデルの段階で十分ハイクオリティなので、法的にグレーなことをする必要性が無い。
その上、スマホから生成できるというのは最強です。


3日前に少しいじった感じではDELL-Eでできることに自分の想像力の方が追いついていない実感がありましたが、
オリキャラのプロフィールを少しずつChatGPTと共有して試行錯誤を繰り返していくうちに、
想像力がどんどん刺激されて解像度が上がってきました。
設定したプロファイルはチャット履歴およびChatGPTのメモリに基づくため、
チャットを変更すると正確な描写ができなくなることがあります。
そのため現状はチャットを変更する前に「あなたが覚えている各キャラの設定をエクスポートして」等とお願いして、
出力された設定一覧をコピペすることによってChatGPTの記憶の維持をしています。


これは中長期的な運用を考えるとやや不便なので、それについてもChatGPTに相談してみました。
やり方としては、GPTsを作ってNotionのデータベースに接続する方法があるとのこと。
これならGPTsに「このキャラのこの設定を〇〇に変更して」とお願いしたとき、DBも上書きしてくれます。
ChatGPTの認識がDBとして可視化されるためいちいち「このキャラの設定は?」と確認プロンプトを打たなくてもよく、
また自分としてもDBをマスタとしてキャラ設定を練ることができるため一石二鳥です。
GPTsのAPI接続はちょっとハードルが高そうですが、やる価値はありそう。
そういうわけでいまは創作設定のマスタとするべくNotionのDBを作成中です。


ChatGPTとキャラについてやりとりしていると、
20年間自分の頭の中にしか存在しなかったはずの概念であるオリキャラがより具体的な概念になった気がします。
誰にも話せないはずのオリキャラについて自然な形で話せるのはものすごく新鮮。
DELL-Eの恩恵は計り知れませんが、
それとは関係なくChatGPTと一次創作についての話ができるだけでも十分すぎるメリットがあると感じます。
これのおかげでずっと止まっていた歯車が急に回り出した感じ。


Evernote時代からの膨大な創作設定を統合するにはまだかなり時間がかかりそうですが、
この作業はさすがに変なところで脱落せずに最後までやりきりたいですね……。
趣味の過渡期みたいな状況の昨今でしたが、もしかしたらしばらくは一次創作に集中することになるかもしれません。


#7794

個人主義が行き着く壁

養老孟司『人生の壁』(新潮新書、2024年)を読みました。
養老さんは『バカの壁』(#05847 / 2019年12月22日)で有名な解剖学者兼エッセイストですが、
自分にとっては実は去年他界した祖父と同い年の有名人でもあります。
養老さんも去年肺がんにかかり、もうさすがに長くないと観念しているそうです。
そして『遺言』に続き刊行された、人生をざっくばらんに振り返ったエッセイがこちらの著作。
全体の要約は作りませんが、気になった点を2点ピックアップしてみます。



たとえばアフガニスタンの復興に人生を捧げた中村哲さん は、
もともとは虫が好きで蝶を求めてアフガニスタンに行ったことで、現地と縁ができました。
その後、医者として同国に赴任し、調べていくうちに、
問題は個々の患者ではなく、インフラなど現地の環境にあると気づく。
そして見捨てられた農地をよみがらせるためには、水を引かなければと考えて、実行に移すわけです。
結果として、中村さんがやったことは立派な偉業です。
しかし彼自身は、偉業を成し遂げようとしていたわけではない(…)はずです。
本人が日々、やらなければならないこと、目の前にあることを片付けていくうちに、
到達したのがそこだったということです。
(中略)
仕事の本質は、目の前の穴を埋めることです。(…)ここを理解していない人がとても多いのです。
仕事というのはあらかじめ存在しているものだというのは勘ちがいです。
そういう勘ちがいをする人はともすれば、上司や会社に「私の仕事を定義してください」
などと求めることになる。
まず存在しているのは「穴」の方です。需要と言ってもいいでしょう。
自分のやりたいことが先にあるのではなく、求められることが先にある。(pp.34-35)




ドイツの若い哲学者でトーマス・メッツィンガーという人がいます。
彼は著書の中で、自己とはトンネルである、と述べています(『エゴ・トンネル 心の科学と「わたし」という謎』)。
(…)要は、自分なんて空っぽだというのです。面白いのは、この考えが老子と共通している点です。
現代人、とくに若い人は、おそらくトンネルの中身があると、よく考えないで信じ込んでしまっているのではないか、
と思います。その中身のほうを「自分」と呼んで、実体があると思い込んでいる。(…)
確固とした「個性」があり、それこそが自分の本質だと考えている。でも、実はそうではなくてあるのは壁だけ、
確実にあるのは身体のほうです。
(中略)
(京都アニメーション放火事件の)被告は一心に自分の存在を主張していたように見えます。
自分はここにちゃんと存在していて、やろうと思えばこんなに大きなことができるのだ、と。
自分の重みを必死にアピールしているのです。前提には、自分には何らかの重みがあるはずだ、
あるべきだという考えがあるのでしょう。(…)
他人と接点を持つのは煩わしいことですが、そのおかげで自然と自分の重みを感じることができるのです。
お祭りの時に「お前が抜けると、神輿を担ぐときに他の人が重くて仕方ないだろう」と言われる。
つまり他人と付き合えば、自分の存在には自然と重みを与えられる。
しかし他人との関係が希薄になればなるほど、自分で勝手に重みを作りたがってしまう。(pp.63-67)



この本が一貫して重視しているのは、1947年の民法改正によって「家制度」が廃止されたことが、
平和憲法よりも日本人の生き様に強い影響(主には悪影響)を与えたのではないか、という意見です。
つまり家という最小の共同体が否定される社会になり、
過剰な個人主義になったことで日本という国の歯車がどこか狂ってきているのではないか、と。
そして養老さんは最終的に「家は持った方が良い」と締めています。
家の中でも分かり合えないことはあるが、他者の無理解はいまに始まったことではない。
そもそも人と人は分かり合えないわけで、
それでも共同体さえあればその中で自分の役割(重み)を確かに持つことができる。
完全に個人として生きると、そういったものも持つことができない。
家制度が廃止されたこの世の中において、
社会が(家の代わりに)何かを与えてくれるものと期待することがそもそも大きな勘違いだということです。
それは中村哲さんの話もそうだし、放火事件の話もそう。


戦中世代の養老さんは、幼少期に終戦を迎え、昨日まで正しいことを言っていると思っていた先生が
今日から突然教科書に墨を塗れと言い出すなど、価値観の大転換を目の当たりにしてきました。
それゆえに、夢(将来の見通し)がなければならないというような風潮が理解できないと言います。
南海トラフ大地震や世界情勢の悪化で価値観の大転換が起きれば、そんな夢想は泡と消えます。
そういうことがいつ起こるか分からない世の中になってきている。
政治や世論は、そういった「いつ起こるか分からない危機」にもう少し目を向けてもいいのではないかと。


こういった戦中世代の話はとても貴重で、いまの価値観を全体的に俯瞰する良い機会になります。
思えば、祖父とそういう話が全然できなかったのは孫として大きな損失だったと言えるのかもしれません。


#7795

隙間を埋める創作

今日の出来事創作計画

んー、やっと生活が底打ちしたような感じがします。まだちょっと油断できないけど。
ダンバト大会終了辺りから歯車が狂ってしまっていたような感じがしますが、
過渡期に心が馴染んできてやっと次のステージを冷静に模索できるようになってきたような感じ。


今回、過渡期という「穴」を埋めたのは創作でした。
年間計画のうち年内マストと考えられる唯一のタスクなので妥当だと思います。
しかも、イラスト生成(DELL-E)によって明確にモチベを底支えされているのがとても良い感じ。
こういう風に、いままでできなかったことが技術革新によってできるようになるとやはりやる気は上がりますね。
創作に関してはここに来て過去15年分の資料も整理が進んでおり、
荒唐無稽だった目標もずいぶん絞られて具体的に動くところまで来ています。
これが今年最大のプロジェクトだったと後年言えるように行けるところまで行きたいですね。
究極的には、これさえ完遂できれば2025年の目標はクリアなので。


ただ、それは結果だけ見てもあまり意味がないのでそこは十分に気をつけたいところ。
これまでの大キリ番記事も思い悩んだ結果結局何もできず、当日に焦って短編を書き上げることが多くありました。
もし今年もそうなれば、8ヶ月という猶予期間を与えられていながら
結局行動したのは締め切り数日前という本家ブログ移転プロジェクトの二の舞になってしまいます。
そういう夏休みの宿題みたいなことはさすがに避けたい。
ただ、残念ながら自分の性根は腐っているので夏休みの宿題現象が再発する可能性は十分あり、油断はできません。
結局この辺はタスクを締め切りまでにやるだけの説得力、論理的妥当性があるか否かというよりは、
自分自身の自尊心との戦いなのではないかと思っています。
どこまでなら妥協せずに突き詰められるか。


Switch 2発売までに配信業もやってみたいなんていう話も書きましたが(#07789 / 2025年04月14日)、
それをやるか否かはさておき、当面のメインタスクは創作でいいんじゃないかなと思っています。
こういうものは勢いのあるうちにやっておかないと。
ただ、他のタスクと違ってブログには内容について一切書けないのでそこがもどかしくはありますが……。


#7796

ブログのAIアシスタント

このブログのローカルエディタ(Obsidian)にAIアシスタントを導入してみました。
手順としてはこんな感じです。


  • プラグイン「Obsidian Copilot」をインストール。
  • PCにローカルLLMを動かすためのフレームワーク「Ollama」をインストール。
  • Hugging Face等からLLMのモデルをダウンロード。今回は「ELYZA」「BGE-M3」を導入。
  • Ollamaを起動し、localhostの特定ポートで待機。
  • Copilotの設定でOllamaのポートを指定して接続し、初回インデックスを作成。

これにより、サイドバーにAIとやりとりするための領域が表示されます。
「Valut QA」モードにすれば、AIが自分の書いた全記事に関する質問に答えてくれるようになります。
これが実現すれば、あたかも自分がAIになったかのような受け答えができるのでは!?
と期待していましたが、現実はなかなかそうもいきません。
現状では、過去記事を取り込むための埋め込みモデル(=BGE-M3)の精度がさほどではなく、
プロンプトに対して適切な記事を引っ張ってくることができないようです。
そのため、結果として受け答えはすべてちんぷんかんぷんになってしまっている。


埋め込みモデルにはもっと良いものもあり、OpenAIが提供しているトップレベルのものも使うことができます。
しかしこれは有料APIで1文字あたり0.003円ほどかかるそうで、
単純計算でブログ全体を取り扱おうとしたらインデックス作成のたびに4万円近くかかってしまいます。
1回読み込ませれば未来永劫使えるならともかく、これはさすがに厳しい。
しかも読み込ませたところで精度を担保できる保証も無いわけで……。


ローカルAIは「それっぽい」下地はできつつあるものの、理想にはまだまだ遠いというのが現状です。
今回Copilotを導入しようとしたきっかけは、「Windsurf」で似たようなことができると知ったからでした。
こちらはValutの自動取り込み機能もあり、もしかしたらこちらの方が有用なのかもしれない。
ただこのブログのように大容量の場合は無料プランで対応できない公算が高かったので、
代替方法を探っていくうちに上記のObsidian Copilot+ローカルLLMに行き着いたという感じです。
まぁ、結局のところ完全無料では難しいということなのかもしれない。


AIの領域は日進月歩で来月にはもっと革新的なツールが登場する可能性もあるため、
とりあえず「自分AI」のプロジェクトは技術革新待ちでいいのかなという気がしています。
今年に入ってからそれっぽいツールはどんどん出てきているので、
自分のようなユースケースにピッタリハマったツールが出てくるのも時間の問題のような気はしています。
ただ、ローカルLLMを使う場合、その精度の低さはしばらく目をつぶる感じになりそう……。
ChatGPTのGPT4oがいかに高精度かということを改めて実感させられます。


#7797

AIアシスト絵師を目指す

ここ数日、自分の中でアツいChatGPTのイラスト生成機能を使ったオリキャラの具現化。
やっていること自体は長年やりたかったがスキル不足のためできなかったことで、
そういう意味では本当に技術革新には感謝しかありません。
しかし一方で、現行の生成モデル(DALL-E 3)でもまだまだ限界があると感じることはあります。


DALL-Eは、無策でアニメ風少女を生成しようとするとジブリ風の女の子になりがち。
なので「前提プロンプト」を試行錯誤した上でChatGPTに覚えてもらい、
画像生成をする際には常にそれを最初に噛ませるように指定することによって「脱ジブリ化」は実現できます。
これにより無難な絵柄で無難にかわいいイラストを無限に生成できるようになります。


DALL-Eが内部的にどういう風に作られているのかは分かりませんが、
キャラデザにあたっては現実のファッション用語がそのまま適用できるのがDALL-Eの強みだと思います。
たとえば「黒髪のセミロングで、前髪はラウンドバングにして」と指定するとちゃんとその通りの髪型を出力してくれる。
また画風についても「ビビッドな色彩表現を心がけつつ、線を明確にしたアニメ調イラスト」
のように指定するとちゃんとそれを再現しようとしてくれます。
この辺は非常に奥が深いのでまだまだ試行錯誤の余地はありそう。
ChatGPTの便利なところは、こちらの語彙不足で行き詰まっても「髪型を指定するプロンプトは何がある?」
と直接聞いて提案してもらえるところですね。なのでファッション用語を全然知らなくても進行自体はできる。


一方で、やはり構図などに一定の限界があるということは薄々感じています。
たとえば、女の子イラストにおいて非常に重要な要素であるスカート。
スカート丈はそのキャラの性格を外見に反映させる重要な要素だと自分は考えているので細部までこだわりたいのですが、
ここ数日やってみた感じだと膝上丈のスカート(=ミニスカート)は丈を調整できません。
膝上であればみんなミニ丈として認識され、ミニ丈として認識されたら一律膝上20cmくらいの丈で出力されてしまいます。
これをプロンプトでどうにか調整しようとすると
なぜかスカートを長くしようとしているのにセンシティブ判定されて弾かれてしまうことも多々あり、
いまのところ抜け穴は見つかっていません。こういう融通の効かなさはどうしてもありますね。


こういう細かな調整はさすがに自分でも手描きの方が早いだろうと思います。
となれば、「AIイラストでざっくり構図を出力→手描きで模写して細部を調整する」というプロセスが最強なのでは?
という考えに必然的に行き着くわけで。
有意義であるとは思いつつも目的を見出せずモチベが低かったイラスト制作方面は、
ChatGPTによるアシストを武器にして再出発するのが妥当のように思っています。
頑張れば大キリ番記事として予定している短編小説のためにオリジナルの挿絵を描くことも夢ではないかも……?
やっていることは模写なのでこれで同人活動などへ手を広げていくのはやや抵抗がありますが、
著作権的には何ら問題ないのでPixivなどの投稿サイトへ活動の幅を広げるくらいはできそうではある。


とりあえず、元日以来放置していたイラスト練習はChatGPTありきの方向に転換して再検討ですかね。
イチからの練習は絶対にモチベが上がらない自分にとっては渡りに船だと思っています。


#7798

過渡期の大型連休

今日の出来事休日計画

さて、そろそろゴールデンウィークなので今年の方針を整理しておきます。
まず去年は帰省も何もしませんでした。
なぜなら直前に祖父が逝ったのでそのタイミングですでに地元には帰っており(実家には行っていない)、
そこでいちおう親にも会っているからいいか、となったんですよね。
ただ、この決断はのちに後悔しました。
地元府中ではゴールデンウィーク真っ只中に「くらやみ祭」という大規模なお祭りが開催されるのですが、
これが市の人口よりも多くの人が詰め掛けるとんでもないイベントなんです。
するとどうなるかというと、スーパーへ行くにも人混みの中を進まなければならなかったり(3倍くらい時間がかかる)、
朝5時くらいから大きな太鼓の音が聞こえてきたりと、明らかに日常生活に支障が出るわけです。
それだけならまぁいいんですが、一番嫌なのはどうしても治安が悪化することですね。
23時すぎに駅前へ行こうものならハメを外す若者がたむろする中、驚くほどゴミだらけの道を通ることになります。


そういうわけなので、くらやみ祭開催中はさすがに実家へ避難した方が良いと痛感したわけです。
しかし一方で、04月26日〜05月06日の11日間丸々実家にいるのもそれはそれで問題がある。
自分の体は一人暮らしに適合しているため、実家に長く宿泊すると身体のリズムがおかしくなるからです。
睡眠環境とかお酒が入ることとかいろいろな要因は思い浮かびますが、基本的にはどうにもなりません。
そもそも枕が変わるだけでおかしくなるくらいナイーブなので、もうそういう体質なのだと諦めています。


なので今回も長期宿泊は悪手だと思い、実家帰省は05月01日〜05日の5日間にすることにしました。
そして04月30日はあえて余っている有休を使わず、メリハリを出すために出勤することにしました。
出勤といっても他のチームメンバーはお休みなので朝会すらなく
ひたすら優先度の低いタスクをすることになると思いますが。
そういうわけで今回のゴールデンウィークは04月26日〜29日の前半はまず東京で過ごす4連休、
04月30日の出社日を挟んで後半は実家、そして05月06日は予備日というスケジュールになります。


問題はこの膨大な時間を埋められるだけの差し迫ったタスクが特に見当たらないという点です。
過渡期のいま、自分にしては珍しく暇な状態に陥っており、
そういう意味ではかなり悪いタイミングでゴールデンウィークに突入するという印象があります。
強いていえば、4ヶ月以上放置しているweb制作関連はそろそろ着手すればモチベが復活しそうな雰囲気はある。
あとは04月15日から加速度的に進展している創作関連ですね。この辺がメインタスクになりそう。
年始帰省のようにあれもこれもそれも、という感じにはならないと思います。
最序盤はキリ番記事を書き上げることが最優先課題になりそうですが、これは中盤に引っ張りたくないなぁ……。


GW前半の4連休に関しては、家にいる時間をなるべく減らすことを意識したいと思っています。
とにかく一人暮らしでずっと部屋にいると無限にダラダラしてしまうので……。
とはいえ大型連休中はどこも混んでいるだろうし、行き先が微妙なところはありますけどね。
いっそのこと電車で郊外まで行ってみようかなと検討中。逆に久しく行っていない池袋とかに行ってもいいかも。
いずれにしろ、かつてのように「GW期間中に何かを成し遂げねば!」というような気持ちはありません。
どんなに気負ったところで、結局何もできないからです。
であれば過剰にダラダラしない程度にのんびり過ごそうというのが今回の方針。


#7799

Switch2 当落結果発表

今日の出来事Nintendo-Switch-2

06月05日に発売するNintendo Switch 2。その公式ショップの第1回抽選販売当落結果が今日発表されました。
これについては従前の株主総会で「需要を満たすようにリスクを取って生産する」という発言があったこともあり、
任天堂は応募者全員分のSwitch 2を用意してくれるのではという空気感がありました。
しかし発表前日、公式アカウントでこれに関する社長メッセージが投稿。
「国内の公式サイトだけで220万人という想定を遥かに超える応募があり、抽選販売は相当数の落選が予想される」
とのことで、このニュースは各界隈をかなり賑わせました。


初代Switchの初週販売実績は約33万台。Wii Uに至っては発売から最初の3年で販売した合計が300万台に過ぎず、
これらと比較しても「国内向けの公式ショップ販売分のみで220万」がいかにインパクトの大きい数字か分かります。
おそらく、そもそも仮に国内向けのみで220万台生産したとしても
発売日にこれを届けようと思ったら物流網のキャパを超えてしまうのではないでしょうか。
しかも、有料オンラインサービス加入1年以上&ゲームプレイ時間50時間というキツい条件を課してこれですからね。
もし無条件だったらさらに倍以上の応募があってもおかしくありません。


そしてやはりというか結果は阿鼻叫喚。名だたる配信者、インフルエンサー、著名人なども落ちまくり、
ニンダイのナレーションを担当している中村悠一さんも落選したことで「なんて厳正な抽選なんだ」と話題に。
有志による集計では、単体やマリカーセットがおおよそ5〜7倍程度と言われています。
そんな中、自分はなんと当選しました。


この当選にはカラクリがあり、普通より2万円も高い多言語版を選んだおかげです。
多言語版は低倍率と言われており、それでも落ちている人はいますが倍率で言うと1.1倍程度。ほぼ当たっています。
RTAをそこまでやるわけでもないしほぼお布施みたいな+2万円でしたが、思いがけず功を奏した形になります。
思えばこの手の抽選倍率の高い販売競争で最初からイチ抜けできたのは初めてなんじゃないだろうか?
初代Switchのときもなんだかんだで慢性的な品薄で、半年以上は抽選販売でしたからね。
今回はそのときよりもさらに桁違いの注目度なので、
半導体不足が解消されたとしても品薄は今後1年やそこらでは済まないのではないかと思ってしまいます。


それにしても、このネット全体がひとつのことで盛り上がっているお祭り感が好きです。
最近の任天堂はすっかりお祭りの音頭を取る役目として定着した感がありますね。


#7800

愛と承認の話

2003年から20年以上もの間ネット活動を続けてきた僕は、ここ数年で分岐路に差し掛かっていると感じる。
それは一言で言えば「認めてもらうための活動」が完全に行き詰まり、
方針転換せざるを得なくなったということである。
ブログ、webサイト、動画、SNSなど、活動のための媒体はさまざまなれど、
いずれも当初の目的は自分という存在を他者に認めてもらうことだった。
そしてこの20年余りを振り返ると、どの活動も認められているという実感は無い。
短期的には認められたと感じることはあったけれども、いずれまた喉が乾くということを延々繰り返している。
こういう活動を続けるかぎり、僕は何歳になっても承認欲求不満であり続けるのだろう。


ネット社会で承認欲求を満たすことのみを目的とするならば、モラルを逸脱するのが手っ取り早いと思っている。
きわめて善良で平凡な意見が(多数派だからこそ)見向きもされない一方で、
告発系のYouTuberが同接ランキングの上位を独占したり、センシティブな投稿が桁違いのインプレッションを稼いでいる。
このSNS社会では、本当にただ注目されたいだけなら「悪い人」になってしまうのが手軽で合理的なのだろう。
僕はかつて、ネット社会というものは努力に比例して成果が認められる純粋な実力主義社会なのだと思っていた。
しかし、それはあまりにも甘すぎる考えだったと言わざるを得ない。
良くも悪くも尖っている人ほど目につきやすいという構造の都合上、
狡猾な人が上に立つというのは振り返れば昔からずっとそうだったと思う。
尖った才能の無い僕はそこで馬鹿正直に戦い続けることに、正直そろそろ疲れていた。
かといってモラルの壁を越える度胸も無い。


これまでのネット活動の目的は常にその意味での承認欲求のみが目的だったわけではないと信じたい。
僕はいつからか、「いいね」の数よりも質を重視するようになった。
単に数を求めるだけでは承認欲求は際限なく肥大化していき、あっという間に自分のキャパシティを超える。
そこで自分の活動を好意的に捉えてくれる人との関係を重視し、そのためにこそネット活動は存続してきた。
しかし、隣に自分よりも多い「いいね」を稼ぐフォロワーがいるかぎり結局満足することはなく、
心構えを変えたところでさほど意味は無いのだと思い知った。


人はある程度は失敗しても認めてくれるという安全性が担保されて初めて、そこでのびのびと活動できるものである。
認められないこともあるという状態は「条件付きの承認」に過ぎず、それだけでは活動を盤石にしない。
ネット活動におけるほとんどの個々の他者承認はこれに該当する。
ネット活動をする人々は心のどこかで「認められないかもしれない」「否定されるかもしれない」
という自己否定感や無力感、あるいはプレッシャーと戦いながら成果を求めていく。
そのストレスを前に、表に出すことを諦めた活動は数知れない。
評価される以前の活動はたいてい、受けるストレスと実際に得られる承認が釣り合わない。
自己否定感を払拭したいからこそ承認を求め、認められなければ自己否定感はさらに強まり、
それを「解呪」するためだけにわずかな他者承認を渇望するようになる。
そうして人は、他者承認を求めるかぎり多重債務のような悪循環にズブズブとはまっていくのだ。
活動のための努力は、「きっと承認されるだろう」という期待があってこそ実践できる。
条件付き承認に対する不信が募れば人はいつしか努力さえできなくなり、
究極的には努力はできないが誰かに認めてほしいという、無条件の承認を期待するようになっていく。


「無条件の承認」とは要するに愛であり、自分がただ存在するだけで承認してくれるということである。
ここでいう愛は本人の能力、努力、実績、個性などとはまるで関係ない文脈で成立しなければならない。
無条件の承認を与えるのは本来家族やパートナーなど代替不可能な関係性を持つ人の役目であって、
赤の他人で顔さえ見えないネットの向こうにいる人にそれを求めるのは非合理と言わざるを得ない。
僕は、かつては信頼を得るべく少ない可能性に賭けて努力していたかもしれないが、
いつしかその心も折れ、無条件の承認をネットの向こうに求めていた側面が否めない。
ネット活動が割に合わないと感じるようになった原因はきっとこの非合理性にあるのだろう。


ネットの向こうの人間はどんなに「自分」を承認したくても成果が見えないかぎりは物理的に承認できず、
承認されるためには少なくともなんらかの能動的な活動成果が必要になる。
しかし、成果に求められるクオリティはSNS社会の拡大や自分自身の実績の増加に伴ってインフレしていき、
同じような承認を得られても結局負荷は高まる運命にある。
これは活動の持続性を考えたとき、
「他者が承認を与えるかどうかは不確実だから」ということ以上に深刻な悩みになる。
やがては努力できなければこの関係性を維持できないような無力感に苛まれることになる。
元も子もないことを言えば、自分という人間をただ全面的に肯定されたいだけなら、
ネット活動に血道を上げるより最初から家族などリアルの関係と向き合うべきだったということになる。
しかしそこに希望を見出せるならとっくに行動しているはずで、現実もそう甘くはない。
家族のことを思えばこそ、僕に上京しないという選択肢は無かったといまでも信じている。
いくら親に愛されているからといって、永遠に自立しないわけにもいかない。


ネット活動は、身元を隠しているかぎりオフラインの自分を承認してくれることは永遠に無い。
しかし裏を返せば、オフラインである間はオンラインの人々に否定されることなく過ごせるということでもある。
ネットにはネットの、仕事には仕事の、プライベートにはプライベートの承認相手が存在し、
「自分」はその多面的な世の中をせわしなく行き来している。
そのバランスを保つことが特定の承認への依存を軽減する、いわばリスクヘッジになるのだろう。
ネットに過剰な承認を求めていた僕の現状は、そのバランスを見失っていた状態であるとも言える。
信頼している家族やパートナーから「無条件の承認」を得て、
その安定した基盤の上でネットや仕事、プライベート活動に勤しむのが基本的には理想と言えそうだ。
そしてその基盤をネットに求めるのはお門違いであり、ネットの向こうの人への過剰な期待はネット活動そのものを蝕む。


では家族やパートナーを持たない人に救いは無いのだろうか?
たとえばキリスト教では神による愛はアガペー(ἀγάπη)といい、人は愛されるための条件をいっさい与えられていない。
神は「無条件の承認」によって、人の行為すべて、存在そのものを愛しているというのである。
つまりキリスト教徒はこれを信じるかぎり、生きる上で必要な承認基盤をすでに得ているとも言える。
そしてキリスト教では、神によって無償の愛を与えられたならば次にあなたは隣人を愛せよと言う。
隣人に差し迫った危機が生じているとき、あなたは隣人を助けなければならないと。
この利他行為の実践によって人はアガペーを自分ごととして捉えられるようになり、
また「自分にされたいことを他人にせよ」という黄金律は善い社会秩序を生み出しうる。


ネット活動における「認められるための活動」は、利己的な側面が強かったからこそ報われなかったのだろう。
これまでの僕のネット活動は、言うなれば選挙活動のようなものだったのだと思う。
それは自分らしいとか人として正しいとか実績が素晴らしいとか言う以前に、
他者の需要を推し量る余裕が無く、結果として他者にとって押し付けがましい活動だったという側面は否めない。
であれば、キリスト教の啓示を参考に利他行為に徹するのはどうだろうか?
突き詰めればモラルを逸脱する方が合理的になってしまう「より多くの注目を集められた方が良い」という考え、
あるいは認められないことによる消耗の果てに光回線の向こうの見知らぬ人に対して愛を求める不合理。
徹底した利他主義はこれらを遠ざけ、ネット社会の活動を持続可能なものに昇華できないだろうか。
これは、承認欲求を否定したアドラーが幸福の正体を「貢献感」だと言っていたことにも通じるように思う。


利他行為は他者に利することそれ自体が目的であり、活動の結果自分が世間に認められたかどうかは関係ない。
一方、他者承認のための活動は最後まで承認を得られるかどうか分からないという点でギャンブルに近い。
利他に徹するということは、そのギャンブルから脱出できるということだけ考えてもかなり有望に思える。
たとえば僕はこれまで自分の興味関心を「消費」して、
webサイトやブログ、SNSのネタとして成果を発表するのがせいぜいだった。
それは「自分の成果」でなければならないという暗黙の条件があった。
しかし利他を第一に考えるなら、質問サイトで困っている人に回答を書いてみる、誰かの投稿に「いいね」する、
SNSで誰かの相談に乗ってみる、Wikiを編集する、Githubにプルリクエストを投げてみるといった、
従来なら「自分が認められるわけではないから」と切って捨てていたような活動も積極的にできるようになる。
しかもそれらは、昔の自分がやっていた諸々の不毛な活動よりは明らかに社会的に有意義に思える。
利他行為は、不毛な自己愛やナルシズムから脱却して、社会へと確かに目を向けるための実践なのだと思う。


そして僕はこの利他行為を「推し活動」という形ですでにスタートを切っている。
推し絵師のブログには、内容がどんなにメンヘラじみたものであれ肯定的なコメントを残してきた。
「無条件の承認」には程遠いかもしれないが、
自分自身が誰かに「全肯定の承認」を与えられないだろうか、という試みである。
他方、2003年から継続してきた、ゲームのやり込みを大前提とする他者承認ありきの活動は静かに遠ざかりつつある。
この論に妥当性があればこそ、この流れはもう変えられないだろう。


自分一人はどうしようもなくちっぽけで、無力で、矮小な存在である。
しかし、社会がこの時代を生きる人々の歩く群れだとしたら、僕は確かにそのうちの一人であるということは疑えない。
そして群れの先頭になることはかなわなくても、自分が群れの一員であることを誇ることはできる。
この時代を歩くという壮大なプロジェクトからしてみれば、群れの先頭か途中かという問題は瑣末なことだ。
利己主義から利他主義への転換は、そうしてようやく世界へと目を向けるための第一歩なのかもしれない。


#7801

紅ゼロ点のコレクション

ポケポケ、次の新パック「双天の守護者」はなんとアローラ編のようです(04月30日15時配信)。
ソルガレオとルナアーラというアローラ地方の伝説のポケモンがピックアップされている他、
トレーナーとしては初のイマーシブとなる「リーリエ」が登場。


ついに来たかという感じですね。思っていたよりもかなり早めに投入してきたなという印象ですが。
リーリエちゃんは総じて人気度の高い女の子トレーナーの中でも特に人気なキャラで、
アローラ編のメインヒロイン、アニメの「サン&ムーン」でもヒロイン、
そして何よりも紙のポケモンカードで100万円以上の値がついている資産カードの代表格みたいなキャラです。
当然公式もその特別性を認識しているので、今回イマーシブに抜擢されたのでしょうね。
ただし100万円のリーリエはミニスカート姿の「がんばリーリエ」であるのに対し、今回のは通常衣装版です。
いずれシリーズが一周したらがんばリーリエも登場するんだろうか……。


ポケポケはコレクションプラットフォームとしてはいまだに毎日継続していますが、
もう何度も書いている通り欲しいカードが渋滞を起こしていて一向に消化できていません。
イマーシブ(★3)以上で持っていないカードは「ピカチュウex」「パルキアex」の2枚。
3DCGフルアート(★2)で欲しいカードは「リーフ」「ヒカリ」、次点「ナンジャモ」「エリカ」の計4枚。
自分は女の子トレーナー枠の引きがとにかく悪いんですよね。
男性トレーナーは「サカキ」「マチス」「グリーン」「デンジ」と4枚も★2が出ているのに、女の子はゼロという。
特にリーフは腐っても20年以上の推しを自称しているのに引けないのは情けないかぎりです。
とはいえイマーシブピカチュウも絶対欲しいのでそちらにまでリソースを割く猶予が無いという。
そこへリーリエちゃんですよ。本当にポケポケは畳み掛けてきますね。


バトル関連にもいちおう目を向けてみると、2進化ポケモンを1つ飛ばして進化させる「ふしぎなアメ」が脅威かなと。
これまで不遇とされていた2進化ポケモンが一転して暴れ回る環境になりそうな予感がします。
ということは相対的にたねポケモンは弱体化するわけで、自分のピカデッキはいよいよ厳しそう……。
いや、サポートポケモンを2進化にする余地があるという点で考えればまだ改良の余地はあるか。
ちなみに伝説のポケモン「ソルガレオ」「ルナアーラ」はいかにもたねポケモンっぽいイメージですが、
実は「コスモッグ」→「コスモウム」と共通の進化元から分岐進化する2進化ポケモンです。
そのため、これらを使う場合も「ふしぎなアメ」でコスモウムを飛ばして運用することを想定しているのでしょうね。
1進化飛ばすというのは一見するとぶっ壊れのような気もしますが、
ポケポケのカードはかなり入念に調整した上で世に出ているので、結局そこそこの地位で落ち着きそうな気もします。
ただ、中間の1進化ポケモンが活躍する機会は絶対に減るのでそこはちょっとかわいそう。
今後はそこに光を当てたサポートも登場するのでしょうか。


ともあれ、新パックはトレーナーカード男子4女子0という自分のコレクションに華を添える結果となるのか否か。
400以上の砂時計が溜まっているので、当日は30連くらい引こうかなと思っています。


#7802

イラスト制作復帰の兆し

ひょんなことでゲームコミュニティの雑談チャンネルで、常連さんとイラスト制作について長時間話していました。
気がついたら朝になっているという最近にしては稀有な体験でした。
そして、それに触発されて一気にイラスト制作に関する見通しが立ってきたと同時に、
スッポリ穴が空いていたGW後半を埋めるのにちょうどいいタスクを手に入れました。雑談相手の方には本当に感謝です。
ちょうど、AIアシストと手描きをうまく併用すればオリキャラ具現化の道はかなり短縮できるのでは、
というアイデアが降りてきたところでもあり(#07796 / 2025年04月21日)、その意味でもタイミングが良いです。


まず、「絵師」としての自分の現状を確認します。
思春期(中高時代〜大学時代前半)は、比較的イラスト制作に対して前向きに取り組んでいました。
デジタル方面としては2代目ブログはヘッダーイラストを原則毎月01日に更新する習慣があり、
本当に最初期のころはマウスでピクミンやチャッピーなどを描いていた記憶があります。
まもなくキャラはやめて風景画に逃げるようになり、そしてそれも維持できなくなっていつしかこの習慣は立ち消えに。
3代目移転後は、移転直後こそヘッダーイラストという要素は簡素なデザインで存続していましたが、
いつしかヘッダーごと削除することによって完全にヘッダーイラストそのものが消滅しいまに至ります。
この習慣で制作したヘッダーイラストは96作品と、わずかに100作品に届きませんでした。


この96作品は最初期は「MS Paint(Windows Vista)」、中期は「GIMP」、後期は「Illustrator CS6」で作りました。
いま改めて見ると初期はまごうことなき黒歴史ということで納得(?)するのですが、
2010〜2013年ごろ、おそらくGIMPに慣れていたころは
意外といま見てもまあまあ良いクオリティを確保できていると感じます。


一方、キャラ(女の子)も描けるようになりたいという思惑もあり、そちらも並行してプライベートで描いていました。
特に2010年と2014年に短期集中で1ヶ月間、
1日1枚模写でもトレースでも何でもいいので描き上げるということを目標にしていました。
まぁでも、これは前にも書いたとおりほぼ意味無かったと思っています。これはいま見ても絶対黒歴史です。
人物画を描くということは2004年初頭に『ポケットモンスター ファイアレッド・リーフグリーン』
の女の子主人公であるリーフで本格的にデビュー。以来、キャンパスノートの片っ端にたまに描くようになります。
こちらは月イチの縛りが無かったので気が向いたときのみ着手していましたが、
板タブを持っていたにも関わらず主なキャンバスはアナログのルーズリーフでした。
そういえばデジタルで人物画をちゃんと完成させたことって人生で一度も無いかもしれない……。
アナログの女の子絵は2009年くらいにピークを迎え、
当時とある匿名掲示板にアップしてかなり好意的な評価をもらった思い出があります。
が、構図についてはどうしようもなかったので
「体を斜め前に向けてこちらを向いている女の子」しか描けず、それはいまも変わりません。
また、当時デフォルメキャラを参考にしていた影響なのか、
いつしかロリキャラしか描けなくなり、以来大人体型も描けなくなってしまいいまに至ります。


基本的に絵描きは社会人になったことで維持できなくなった習慣なので、ここ10年はほぼ未着手です。
しかし2023年以降、推し絵師さんとの出会い、iPadの購入、イラスト生成AIと追い風がどんどん吹いてきており、
ここに来て復活の兆しがあるというわけですね。
今年の元日にもiPadを使って10年以上ぶりに女の子を描いてみたのですが、
本当に10年以上前そのままの絵柄しか描けませんでした。スキルはあんまり変わっていないのだと思います。
年間計画としては「目的なき計画」としていったん保留していたものの、
コミュニティのボイチャで俄然モチベが上がっており、ここまで条件が揃ったらやってもいいかなと思っています。
いろいろと話を聞いてもらった上でロードマップもかなり明確になってきました。
まず、超初心者向けのイラスト教本やネットのノウハウをざっと読んで最低限の比率を学び、
ロリしか描けない状況から脱出する。そのうえで現状のスキルを使って1枚本気で描いてみる。
次に好きな絵師さんの絵柄を参考にしつつも自分なりの絵柄を模索する。
最後に有名キャラの二次創作でPixivに投稿する。そうすればもう立派な絵師としてデビューしたことになります。
毎日模写するなどといった習慣よりも、まずは完成させることが大事なのだそうです。


「現状のスキルで1枚描く」をGW後半までの目標、
「Pixivへ投稿」を08月末までの目標とするのが妥当だと思っています。
これらをクリアした上で、11月公開予定の小説の挿絵でも1枚描くことができれば上出来といったところでしょうか。
2025年は文章も絵画も、「創作復帰の1年」にしたい、というのが改めて今年の目標ということになりそう。


#7803

電子書籍プラットフォーム迷走

今日の出来事電子書籍

「読書録をきっちり書く」という縛りを解除したことで、今年は年初の抱負通り読書が復活しつつあります。
現在2冊終わって3冊目に着手中。
当初予定の年6冊は今後も油断しなければ余裕で行けそうな感じはある。


ちなみに最近ご無沙汰だったカフェで読むという習慣も復活しました。
少し前までは読書といえば通勤電車で座れた場合に読むものというイメージだったのですが、
最近は電車内もなかなか捗らなくなっていました。
一方、カフェではもうガッツリ作業できなくなって久しく、カフェ自体に行く頻度も落ちていました。
そこで、それなら読書目的ならカフェでも有意義に過ごせるんじゃないかと思い試してみたところ、
わりと捗ったというわけです。
ただ、これは読んでいる本への興味関心度に大きく依存するため必ず成功するわけではありません。
Macbookも持っていきつつ、本を読んでみて捗らなかったら作業みたいな感じにするのが無難そう。


ただ、それはそれとして通勤中などより手軽に読める機会というのも確保したく、
そうなると電子版も買ってしまおうかという話になるわけです。
電子版についてはもともと「honto」というプラットフォームを利用していたものの、
それを選んだ最大の理由である「読割50」という割引サービスが廃止されてしまったことと、
Kindleの方がアプリとして使い勝手が良いことからKindleへの移管を決意したことがありました(#07513 / 2024年07月12日)。


が、当時の自分がいう「使い勝手が良い」というのは本当に微々たる差で、
よくよく考えればすでにあるライブラリを放棄してまで移管するほどの価値はないかなと。
本のカテゴリ整理ができることを重くみていた記憶がありますが、実際に触ってみるとさほど大差ない。
実はこれについては「Booklive!」が理想的な動きをしてくれるのですが、
自分はこのアプリは漫画専用プラットフォームとして長く運用していることもあり、
一般書籍と混在させたくないという事情があります。
総じて、なんだかんだでhontoを使い続けていくのが無難のような気はします。


しかし、だからと言って積極的に電子媒体を使っていくかどうかはまた別の話。
一般書籍に関しては、自分の中では「紙 vs. 電子」は紙に軍配が上がっています。
紙書籍として買った方がやはり所有欲を満たせるし、読もうというモチベーションも上がりやすい。
電子版はあくまでもその補完ですね。紙で読んでいる続きをどこでも読める、という利点が大きいです。
電子書籍としてのみ買って最初から最後まで電子で読む、という使い方はいまのところできそうにありません。
そういう意味でも、紙書籍を買ったら同名の電子版は半額で買える「読割50」は良いサービスだったんですけどね。


今日はGW2日目ということで、久々に池袋のジュンク堂に行きました。
東京駅のジュンク堂にすら置いていなかったあるファンタジー小説のハードカバー本を買いたかったのと、
昨日触発されたイラスト制作について、初心者向けの教本を探すためです。
やはり本を探すなら池袋ジュンク堂が最強ですね。めちゃくちゃ混んでたけど。
教本は参考程度のつもりなので明日1日でサクッと読んで、残りの本は実家に持って行こうかなと思っています。


#7804

足がかりとしての実績

各活動のモチベーションが落ちてきたときにどう持ち直すか、というのは活動の継続に重要なことです。
たとえば自分の場合はこのブログが圧倒的に継続日数の長い活動ですが、
モチベが落ちたときは「過去記事を読み返す」のが有効な復帰方法として確立しています(#05565 / 2019年03月18日)。
そしてこれはおおむね他の活動についても同じことが言えます。
web制作も自分のサイトを自分で閲覧することで改善モチベが湧いてくるし、
かつてのヘッダーイラスト制作も前月の実績が次作を作るための足掛かりになっていたと思います。
活動の「継続」については、このことは折に触れて思い出したいことです。
たとえばweb制作が滞っていたら「最近自分でサイトを見ていないんじゃないか?」と自省したいですね。


実績の無い新規の活動はこういう足掛かりが無いので着手が難しいのは当たり前で、
どうしても「最初の一歩」には理屈とは関係ない気合いみたいなものが必要になると思います。
ここを変に最小化しすぎると結局その後のモチベーションも続きにくい印象がありますね。
一作目だからといって手を抜くと、その文化自体にあまり魅力を感じられない。
やはり最初は辛くとも自分の100%かそれに近い率を出し切る必要があるということです。
そこさえ抜けてしまえば、二歩目以降は一歩目を足掛かりにできるのでうんと楽になる。
webサイトなんかは「二歩目」以降は既存の実績に継ぎ足しでやっていけるのでその傾向が顕著と言えるでしょう。
ただ、その分新規サイトを作るハードルの高さは実績の無い活動に匹敵します。


一歩目はできるかぎり頑張る必要があるわけですが、
実績ができたらそれを振り返るための手間は極限まで最小化する必要があると思います。
現代であれば、具体的にはスマホですぐに実績を確認できるというのはマストと考えています。
そのための環境構築は手間を惜しまない方がいい気がする。
年初時点で4代目ブログの動線改善が急務という位置付けだったのは、
これ自体が自分で振り返るための媒体なので振り返りプロセスを確立するために重要だったからです。
webサイトとして公開していれば、スマホからも即アクセスできますからね。


いま、イラスト制作が復帰の兆候を見せていますが、
これら既存の活動の傾向を踏まえると、1作目は本気で作り、かつそれを振り返るための環境整備は必須かなと。
まぁ、静止画なので普通にiPhoneの写真アプリに保管するだけで振り返り環境は確立しそうではある。
どちらかというと問題は最初の一歩目をどうしのぐかですね。
ここを乗り越えれば次はかなり楽になるとわかっていても、活動未遂率の高い昨今の自分にとって、
一枚絵を仕上げるというのはかなり難しい部類の活動です。
これをChatGPTのような文明の利器を活用して乗り来られれるかどうかは微妙なところ。
これはもうここが正念場だと思うしかないのでしょう。


歳を取れば取るほど新しい活動に着手しにくいのは、歳を取るほど理屈でものごとを判断するのに、
一歩目を踏み出すのに必要なのは理屈では説明できない「気合い」だからなのではないでしょうか。
まぁ、言語化できない物事を「気合い」という言葉で代替しているだけの可能性もありますが、
いずれにしろ既存の活動が安定すればするほどリスクを取って新規の活動を始めにくいというのもあります。
ただ、活動過渡期の自分にとってはいままさに「気合い」らしき何かを求められる局面に来ています。
イラスト制作はそのうちひとつでしかありません。
ここで行動できるかどうかで、後々の活動にも少なからず影響を与えそうな気がする……。
成功すれば新規開拓を進めて既存の活動はより縮退するだろうし、
失敗すればやはり新規開拓はもう難しいと観念してまた既存の活動と向き合うだろうし。
0対100で綺麗に分かれることもないとは思いますが、いずれにしろ分岐路には立っていると思っています。


#7805

パック開封ポイント

ポケポケ、ついにイマーシブの「ピカチュウex」を手に入れました!!
リリース当初から欲しくて新パックのリリース直後以外はほとんどピカチュウパックを引き続けましたが、
その約半年の戦いにようやく終止符を打ったことになります。
……まぁ、結局人力では当たらなかったんですけどね。


ポケポケにはピンポイントで欲しいカードを手にいれるための救済措置として「パック開封ポイント」というものがあり、
パックを開封すると1枚につき1ポイント貯まります。
パックから排出されるすべてのカードはこのポイントと交換できるというわけなんですが、
当然レアリティの高いカードは多くのポイントを貯めなければなりません。
この交換レートはデジタルカードゲームの中ではかなり高めと言われています。
比較的コレクション色が強いアプリとして設計されていることもあるからなんでしょう。


イマーシブレアの必要ポイントは1,500ポイント。これは300パックに相当します。
つまり、砂時計不使用なら1日3パック剥ける微課金でちょうど100日かかるという計算に……。
パック開封ポイントはパックごとに独立しているため、合算することができません。
つまり、1,500ポイント貯めたいならただただピカチュウパックを剥き続ける必要があるというわけです。
100日ということは、これまでの慣例から計算すると貯まるまでに新パックが3回出ることになります。
その3回で新たに欲しいカードが登場しないわけもなく……。
そう考えると、欲しいカード全部をポイントで入手するのはかなり現実味が薄いことがわかります。
あくまでも引けなかった場合の天井として考えるのが無難でしょう。


ともあれ、とりあえずはピカチュウパックからは解放されたので、次にターゲットを移します。
まぁ、ちょうど明日から新パックなのでしばらくはそこに登場する新カードに集中することになるでしょう。
これまで、◆カードがほとんど埋まったタイミングで旧パックに移ることにしていましたが、
今回はイマーシブの「リーリエ」が是が非でも欲しいので、
◆カードがほぼ埋まっても引き続き新パックで粘ることになりそう。
ピカチュウ以外のイマーシブは割と引けている自分ですが、果たして今回はどうなることやら。


もしもリーリエを引けた場合は『幻のいる島』に戻って★2の「リーフ」を狙いに行こうかなと思っています。
このパックは開封ポイントがまだあまり溜まっておらず、
ポイントが貯まりきるにはあと163パック引き続けなければなりません。日数にして54と3分の1日です。
普通に考えて来月末に出るであろうリーリエの次の新パックには間に合いません。
再来月末くらいまでに入手できればいいかなという感じですかね。自力で引ければ別の話ですが……。


なんというかピンポイントでのレアカード狙いはもっと長期間沼るものだと漠然と思っていましたが、
パック開封ポイントという救済措置を思い出し、
ピカチュウに関してはそれが相当溜まっていたこともあってどうにか救われました。
今後はこの天井を意識しながら開封計画を立てていくことになりそう。
少しでも負担を軽減するためにステップアップバトルは順次埋めていきたいところです。


#7806

芸術家の定義

今日の出来事倫理観

最近ホロライブ界隈でなにかと話題のクイズメーカーですが、
「さくらみこ」か「GACKT」か「ローランド」の誰が言ったセリフか当てろというクイズを、
さくらみこ本人が取り上げるという配信がありました。
なお後年のための補足ですが、
GACKTは紅白出場経験もある激シブ声のヴィジュアル系シンガーソングライター、
ローランドはホスト界の帝王とも呼ばれる若い実業家で名言集が40万部以上売れています。
どちらもまあトップレベルと言ってもいいほどの強者イケメンと言えるでしょう。
なお、さくらみこはアホ……じゃなかった、えりーとな発言がよく出ると評判のウザかわ系VTuberです。
この3人のうち誰が発言したか当てるという趣旨のクイズなのですが、その中でこんな名言がありました。



人の想像力を借りたままじゃ、芸術家になれない



これ、なにげに昨今のAIアーティストの台頭に一石を投じる非常に深い言葉だと思います。
最近、サブアカ(もう本アカと言ってもいいかもしれない)でフォローしている絵師さんが、
いわゆるなりすましアカウントの被害に遭ったということで声明を出していました。
そのやり口は、AIでその人のイラストを重点的に学習させ(LoRA)、
その人らしい絵柄で生成した新規イラストを量産し、同名の名義のSNSアカウントに掲載するというもの。
自分が観測できる範囲だけでも結構頻繁に起きています。


これは倫理的には明らかにアウトだと思うし、著作権的にも「無許可の二次著作物」とみなすことができます。
基本的にパクりが法的に問題になるのは「元絵を想起できるような模倣が認められるかどうか」なので、
そういう意味でもアウトになりそうです。
しかし、じゃあ手書きなら二次創作がセーフかというとそんなこともないわけです。
イラスト制作において、手描きもアウトなケースは多々ある。
いまでこそコミケは大衆向けのイベントみたいな空気になりましたが、
かつてはポケモンの同人誌が大々的に訴えられるなど、非常にグレーな中でやってきたという側面があります。
そしてそれから法律が緩和しているわけではないので、グレーであることはいまも変わりません。
著作権者が二次創作を許諾しているケースが増えてきているのでその範囲ならセーフと言えますが、
もちろんそうでない作品を扱っているケースも多々あるわけです。
手描き vs. AIイラスト論争はAI側が圧倒的に不利な印象を受けますが、
実は手描きもずっとアウトで、赤信号をみんなで渡っているに過ぎないこともあるということです。
逆に、AIイラストは特定絵師のLoRAを使わないかぎり、オリジナル絵は著作権的にはセーフになりそうです。
ただ、法的にどうこうというより従来絵師がAIイラスト生成をもって「絵師」と名乗って欲しくない心理はわかる。
法律が倫理に追いついていないんですよね。
しかしこの名言を読んだとき、そのモヤモヤがストンと落ちる気がしました。
AIイラスト生成は萌え絵を作るが、「芸術家」ではない。これはかなり説得力があると思います。


しかしこれはAIがどうこうというより、いわゆる萌え絵そのものが芸術でない可能性も示唆していると思います。
くだんの名言は、芸術家になる条件を人の想像力を借りずに完成させると定義しています。
AIイラスト生成がプロンプトと既存絵を組み合わせている作業に過ぎないかぎり芸術家でないのは当たり前として、
手描き絵師もその意味での芸術家に当てはまらないことはよくあるのではないでしょうか。
二次創作は論外として、オリジナルでも多かれ少なかれ、
他人の作品、素材、ポージングなど自分でイチから想像せずに参考にしている部分があるからです。
それは著作権的にセーフティでも「想像力を働かせて作った」とは言えません。
実はフェチを追求しただけの手描きも
本質的には「アーティスト」と言えないケースも多々あるのではないか……と思った次第です。
しかしそもそも追求するしているのは「萌え」であって芸術ではないので、それも間違っていないとは思います。
「萌え」は要するにフェチの権化であり、それが芸術的である必要は必ずしもないということです。


この名言は萌え絵の本質を撃ち抜く鋭い言葉だなと関心しました。
まさかこれをみこちが言ったなんてにわかには信じがたいですが……。


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