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#7770

年間計画の評価

今日の出来事年間計画

このブログの黎明期からいまもなお続いている「年間計画」。
これは単にその年の抱負を書くだけでなく、その年ならではの「色」を見出す作業であると認識しています。
長らくの間、「今年の抱負」は単に誇大妄想をそのままペッと貼り付けただけのハリボテでしたが、
明確に大人になってからやっと少しずつ現実を見れるようになってきました。
しかし、それでもまだまだ実現率は低いです。


年間計画を立てる習慣はもともとブログのいちトピックスとして始まった企画のようなものですが、
21年目のいまとなってはもはや自分ならではの生き方のようなものになっていて、簡単には否定できません。
ただ一方で、その在り方には多くの課題がある側面も否めないと思っています。
そのうちのひとつに、最近の気づきとしてそもそも1年の評価は結果論だというものがあります。


年間計画は年初時点、つまりその年がまだほぼ始まっていない段階の願望を書いているに過ぎません。
誇大妄想からどんなに削ぎ落としても願望は願望です。
そして年末になると、その願望を遂行できたかどうかによって1年の評価が決まる。
遂行率が低いと、翌年はもっと下方修正して「できる」目標を立てようという話になっていくわけです。
去年2024年は、ある意味その極致とも言えるような状況だったと思います。
2024年最大の目標はブログ20周年に伴う移転プロジェクトでした。
しかし実際には、再三書いている通りそれに費やした日数はわずか数日です。
やろうと思えば数日でできるようなことを年間計画の主軸に据えるのが妥当だとは思えません。
やはり2022〜2024年の自分が言う「誠実さ」は合理主義の皮を被った怠惰の正当化であり、
真に自分らしい生き方を実践するためにはできるかどうか分からない物事への挑戦が必須なのだと感じます。
年間計画というのは、それを踏まえて立てられるべきなんだろうなと。
有言不実行を恐れて数日でできるようなことを目標に据えるなら、
まだ誇大妄想をそのまま目標にした方がマシなのかもしれない。
ゲーム制作、創作、web制作という3本柱を掲げた今年2025年の目標はある意味その思想を反映しています。


実際のところ、ある年を振り返る際は「年間計画を遂行できたかどうか」ではあまり評価しません。
当然ですがあくまでもその年に何をしたか、何を成し遂げたかが重要になってくるわけです。
もちろん年間計画がその足がかりになっていることはありますが、遂行率自体はさほど評価に響きません。
これを踏まえると、2024年は「できて当然のことをやっただけ」なので評価は低いということになります。
2023年はまあピクチャレ大会移転を成し遂げたので及第点と言えるでしょうか。
2021〜2022年は実は年間計画というよりカテゴリ別に所感を述べただけで具体的な計画が無いのですが、
現実には何か実績があるわけでもないので、ある意味2024年よりも評価は低いです。
2020年は誇大妄想をそのまま書いていた最後の年で、「自然言語処理について勉強する!」などと書いています。
メインタスク3つは全部頓挫しましたが、実はこの年は読書録12冊分書くと表明していちおう達成できているので、
それだけ見ても後年からすると2023年並みに評価の高い1年だったりします。
自己啓発系が多いとはいえ12冊しっかり読み切った上でその要約を書き切るのはそう簡単な作業ではなく、
しかも後年の自分が読み返すことで大いに学べる契機になるという点ではとても有意義な営みだと思います。
12冊は無理でも読書録の習慣は今後徐々に復活させていきたいところではある。


以上を踏まえて自分の年間計画のあり方を改めて考えてみると、まず遂行率を過度に気にするのはNGかなと。
しかしだからと言って具体的な計画を立てないと、それはそれで実績を作れないことが多い。
下手な鉄砲を良しとは言いませんが、2020年のようにメインとサブでそれぞれいくつか挙げてみて、
ビビッときたものを遂行するというのが無難な気がします。
少なくとも、2021、2022、2024年のようなやり方はあんまり良くはないんだろうなと。


少し前に、2025年がやや特殊な立ち位置の1年であると書きました(#07758 / 2025年03月14日)。
要するに2023〜2024年のように受動的な目標が無いので3年ぶりに能動的に全部決めないといけないという。
それで先述の3本柱を目標にしたのですが、ゲーム制作はまだ時期尚早ということでいったんリジェクトされました。
いまはこの当時からさらに状況が変わって特設サイトのアップデートというタスクもいったんリジェクトされたため、
残っている目下のタスクは創作のみとなります。
まぁ、消去法で残ったからそれに意欲的になれるのかというとそういうわけでもありません。
目標に対して適切にモチベーションを高めていけるかどうかはまた別の問題です。
とはいえ、2025年の最初の3ヶ月の紆余曲折を経て、
ふわっとした理想論からそれなりに輪郭をかたどることはできてきたのかなと思っています。


挑戦するには挑戦に値する納得感が必要だと思うし、納得感を得るためにはこうした思索も必要でしょう。
今年はいまのところ、(去年よりは)その道を順当に歩んでいるような気はしています。



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