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年間計画

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#8047

2026年計画草案 #4

今日の出来事年間計画

2026年計画があちこちに散らばってしまっているのでざっくり整理します。


#1については「もはや自分はインセンティブが無いと頑張れない」という前提のもと、
仮想通貨取引など実利を目指せる活動に注力したいというようなことを書いていますが(#07924 / 2025年08月26日)、
これについては現時点ではあまり支持しない考え方になっています。
「実利が無いならやりたくない」は要するに怠慢の正当化でしかないのではないかと。
いまはどちらかというと達成感のためにこそ活動するというような思想が強く、実利の優先度は落ちています。
仮想通貨取引はいくつかシーズンを設けてやりたいと思っているしその準備もできていますが、
これを年間でやる活動の中心に据えるつもりはありません。


#2・#3では「これまでの活動の流れとして2026年にやることに妥当性のあるタスク」はいわゆる年間計画にはせず、
そういうタスクは月間計画に落とし込んでおいて、年間でやりたいことはそうした文脈とは関係ない
「前々からやりたかったこと」を挙げるべきと書きました(#08009 / 2025年11月19日#08016 / 2025年11月26日)。
その候補は当時いくつかありましたが、
いまはゲーム制作、とりわけPICO-8でのクリエイティブ体験という方向性まで決まっています。
また、できて当たり前のことで埋めないように注意すべきということも書きました。
絶対やらなければならないタスクを確実に実現できるように細切れにすることはそれはそれで重要ですが、
一方で達成感を味わうためには「頑張ればできる」という程度に濃いタスクを入れる必要もあるということです。
そして、その締め切りを毎月末に置くことで1年を明確に12分割して、
月ごとに軌道修正しながらタスクをこなしていくことを目指すという方針。


12月に入ってからはいくつか具体的な計画も挙がりました。
まずはここ4年停滞していた読書録の復活(#08022 / 2025年12月02日)。
ただし2020年のような年12冊の読書録執筆はやや負荷が大きいので、
まず気になる本を日頃からウイッシュリストに入れて管理して奇数月の月初に厳選して何冊か買い、
それらを飛ばし飛ばしでもいいので読んだ上で精読したい本を1冊決める。
そしてその1冊についてじっくり最初から最後まで読んで読書録を書く、という方針です。
これについてはまあ妥当だと思っています。知識のアップデートもずいぶんしていないので、
ブログのモチベ、自信、知的好奇心を高める活動という意味でもぜひやっておきたい活動ですね。目標は年6冊。
これ以上負荷を高めるとおそらくブログとの両立が難しく、
あくまでも優先はブログなので2ヶ月に1冊以上の精読はかなり難しいんじゃないかと見ています。


あと、ブログをただ孤独に書き続けるだけのステージから脱却するための施策である「出張記事計画」。
これも知的活動の一環として2026年にやりたいと思っている計画です。
2026年は02月、05月、08月、12月の4回キリ番記事を書く機会があるので、
このうち1〜2回はブログプラットフォーム「note」にも載せることを目標にしています。
通常、キリ番記事はいつも書く一般記事(「今日の出来事」)と比べてより深い内省を目指すものになっていますが、
それをさらにブラッシュアップして他人に読まれても恥ずかしくないレベルまで仕上げるという計画です。
これは突き詰めると無限に労力がかかるので、どこまでで打ち止めにするかを考える必要がありそう。
下手するとこれ1本で今年の年間計画に匹敵しますからね。それでは破綻するのが目に見えています。
最初は単にいつものようなキリ番記事を書いてその転載でもいいと思っていますが、
プラスアルファくらいの熱量は込めたいところ……。


ブログや知的活動以外の活動についてはとにかく迷走を極めている昨今で、
2026年計画についてもやはりなんらかの新規サイトを作りたいという気持ちを捨てることができずにいます。
が、やはりメインであるピクミン関連の盛り上がりを考えると、2026年はこれに注力したい。
単純比較でピクミンと「それ以外」、どちらにリソースを注ぐかで言えば「それ以外」を選ぶのはもう不合理なんですよね。
それはもう今年までのさまざまな迷走で観念しました。
期間限定ランキングは2025年も作れないならもう諦めると以前言及しましたが、
それも含めて一度ゼロベースから考え直して、改めて自分できることで界隈に貢献したいという気持ちです。
コンシューマーゲーム新作は鳴かず飛ばずをこれでもかというほど痛感した1年だったので、
もう軽率に新作に飛びついたりしないで大人しくピクミンに注力したほうがいいのではないかと。
ピクミンシリーズの中にも無限のコンテンツと可能性があるので、必ずビビッと来るものはあるはず。
安易に隣の芝を羨むのではなく、もっと内側に目を向けるということです。


こんなところですね。
ブログ+知的活動は読書の復活を主軸にマンネリ化、ワンパターン化からの脱却を目指す。
そしてその成果としての出張記事の執筆も同時に狙っていくというスタンス。
それ以外の既存活動はここ数年でコミュニティ基盤がより盤石になったピクミンコミュニティに注力する。
その他のゲームへの浮気は自制して、とにかくこの枠の中で自分にできることを突き詰める。
もしかしたら新作ゲームはほとんど買わない1年になるかもしれません。
新しいチャレンジ枠としてはレトロゲーム制作に注力する。
これによって、23年ぶりにゲームを作ったと堂々と言えるようになれたらいいなと思っています。


資格については一時金目当てで受けるかもしれませんが、いまのところ計画からは外しています。
もちろん持続的に勉強する習慣がつくに越したことはありませんが、
それがそう簡単ではないことは自分が一番よくわかっているので。


あと今年基盤整理が進んだ創作については、2026年も水面下で継続できるのが理想だと思っています。
今年と比べて優先度は落ちますが、創作設定を吟味する活動もなかなか楽しいですからね。
オリキャラのプロファイルなんかもまだまだ穴が多いので、やることはたくさんあります。
次の大キリ番記事(2028/08/06付近)をさらなる大作にするためにも、
いまから少しずつ考えて描きたいアイデアを集めておくというのは有望な施策だと思います。


あと2025年は少し生活水準を落としすぎた感があるので、憂鬱感が出ないように生活も工夫したいところです。
この辺も過去記事に散らばっていますが、とにかくマンネリは敵というのがひとつのキーワードになるでしょうか。
仕事・私生活面の方針については元日恒例の「今年の抱負」に任せることにします。


2026年計画はいったんこれで確定として、
あとは走り始めたら月末ごろに見直しをするという想定です。
充実感の面で2024〜2025年を明確に上回り、今年はいろいろやったなと年末に振り返れることがひとつの目標です。
2025年は残念ながらそうではありませんでした。


#8023

達成感不足

今日の出来事年間計画

ここ1ヶ月ほどの自分は、傾向として嫉妬深くなってきているように思います。
これは、他者がさまざまな活動を公開しているのを見ると、
相対的に自分が何も成果を生み出せていないということが浮き彫りになってしまうからだと思います。
もし、自分なりに誇れる成果があればこんな気持ちにはなっていないだろうという半ば確信があります。
思えば、去年末も似たような感情だったように思います。


これは、残念なことに年間計画としての小説執筆が「自分なりに誇れる成果」になっていないということを意味します。
先日「満足感」はあったと書きましたが、「達成感」は無かったと思っています。
成果としての客観的なクオリティ云々というより、
完成までの総努力量が少なすぎて「成功体験」としてカウントされていないような気がする。
これは去年の本家ブログ移転プロジェクトについても同じようなことが言えます。
どちらも伏線となる作業は膨大だったものの、実際に作る工程はごく短期で終わらせたという共通点があり、
なおかつその「作る工程」においてちゃんと苦労しなかったので、報われもしなかったという気持ちがあります。
2023年の特設サイト移転プロジェクトはこうではありませんでした。


本家ブログ移転プロジェクトはともかく、
小説執筆プロジェクトはタスクを最小単位に分けて簡単にできる範囲で粛々とやる、という方針で進めました。
そのため日々やることはかなり希釈されていて苦労した実感は無いのですが、
基盤設定込みで考えると成果としては1日ではまず完成しなかっただろう、という程度のレベルにはなっていると思います。
つまり、決して「失敗」「頓挫」「妥協」したわけではない。
これで満足できないのは2つの理由が考えられます。


まずひとつは「苦労しなかった」という事実。
「面倒臭いけどやらなきゃ……」といったシーンがほぼ皆無だったので、苦労して何かを乗り越えたという実感も無い。
つまり達成感を味わうためにはその前に苦労するというスパイスが不可欠なのであって、
結果としてそこそこの成果物ができたとしても、そういう過程がないと無意味なのではないかと。
そして達成感という実感が無ければ、成果として誇ることができないのは当然のことです。


もうひとつは他者承認を経ていないという事実。
小説関連の通知ポストには多少の「いいね」はつきましたが、他人に読んでもらって感想を聞いたとか、
そんなコミュニケーションはしていません。
その気になれば知人に小説のURLを送って感想をもらうことはできますが、まあやらないでしょう。
しかし、そのせいで自分がやったことが自己満足止まりになっていて
たとえどんなに小さなコミュニティでも「社会に認めてもらった」という証が無い。
これが結局のところ成功体験としてカウントできない理由なのではないかと思うわけです。
つまり自分にとって、他者評価というのはそれだけ重い。
不当に重すぎる気がしますが、これは自己肯定感が低い人間にとっての宿命のような気もします。


大キリ番記事としての創作は慣習を守るのと今後発展的な創作活動をするために必須の活動だったため、
今年は致し方なかったのかもしれませんが、来年同じスタイルで進行する理由はありません。
やはり2026年は「無能主義」的なここ2〜3年の思想からの脱却を目指して、
自分に若干の負荷をかけてでもプラスアルファの成果を求めて努力の伴う活動を思い出し、
なおかつそういった成果を表に出せるような計画の選択をしていくべきだと改めて思いました。
ゲーム制作がそれに相応しいのかどうかについては要検討ですが、
いわゆる年間計画以外にも成功体験を積める活動の候補をいくつか用意しておきたいところです。


#8021

形として出すことへの満足感

今日の出来事年間計画

大キリ番記事、3章立てにして各章毎週末に掲載するという目標に基づいて書き、
1週だけとある事情(#08008 / 2025年11月18日)で心理的にそれどころではなかったのでスキップしましたが、
それ以外はいちおう滞りなく書き終えることができました。
昨日をもって連載は終了し、今年の小説執筆プロジェクトは無事に完了したことになります。


11月10日に全部掲載ではなく小出しにする方式に逃げたのは微妙でしたが、それ以外は概ね予定通りかなと。
思えば創作設定の再検討を始めたのが04月だったので、丸8ヶ月かかったことになります。
わずか約6,000文字の作品のために8ヶ月というのはなかなか。
他人が読めるに耐えるクオリティになっているかもわからないし、まだまだ及ばないところは多いと思いますが、
自分が読む分にはそこまでおかしくはないと思っているので、まあ満足です。
なにより、こうして頭の中にしかなかったものが作品というフレームワークに沿って形になっているのは良い。
そこにかなり大きな満足感が付随するのだと改めて実感しました。
頭の中では完成しているのと実際に形として出来上がっているのでは大きな差があるんだなと。
小説に関しては、構想を完成させるところまでに相当の時間を費やし、
実際に生み出すところはそれと比べると全然時間をかけていないわけですが……。


今回は今後書く大キリ番の設定にも耐えられる基盤設定も練ったのでその分時間がかかったところもありますが、
そのおかげもあって次はこれほど多くの時間はかからないと思います。
今作を軸に次はもっと発展的なことをやってみることもできるし、
なにはともあれ作品を世に出すことの重要性が沁みますね。


2026年はいまのところ同じような規模感でゲーム制作にチャレンジしようとしているわけですが、
小説と同じように「構想7ヶ月、制作1ヶ月」というアンバランスな計画でなんとかなるとは思えません。
もう少し構想期間を圧縮して、せめて3ヶ月くらいの制作期間は確保したいところです。
小説は04月から動き出し始めましたが、もう年初すぐから着手する必要があるかもしれない。
いや、それでもなおできる自信はありませんね。
この見通しの立たなさを2025年内にどこまで解消できるかが鍵になってくるんじゃないかと思います。
これはひそかに2024年からずっと考えていることなんですが、なかなか案がまとまらないのが現状です。
小説も完走したいま、どこかでこれについて集中的に考えてみてもいいのかもしれない。


いずれにしろ、小説執筆については最終的に挫折しなくてよかったというところに尽きます。
この小さなステップを次に繋げたいところですが、果たして。


#8016

2026年計画草案 #3

今日の出来事年間計画

年間計画を整理するにあたって、今年の反省を踏まえた来年の方針を整理しておきます。
年間計画そのものに対する反省と方針については前回書いた通りですが(#08009 / 2025年11月19日)、
他にも今年初めて言語化できた反省はいろいろあります。


まず、一番大きな方針がここ2〜3年の「確実にできることをベースとした計画」からの脱却ですね。
自分は上京以降、職場でいろいろとチヤホヤされる機会があって確実に調子に乗りました。
それによって年間計画をはじめとして「やりたいこと」のインフレが急速に進み、
しかしスキルがそれに追従するわけでもないので結果として出せる成果が大きく減りました。
2023年はともかく、2024年以降は完全に自信を損失して年間計画を「最低限できること」をベースに構築し、
しかしそれでもなお実現率は低いという失態を犯してきました。


2025年03月のメテオス20周年を契機に「できて当たり前のことでは心はワクワクしない」ということに気づき、
またそれは義務によって怠惰な自分を無理やり動かすことはできても、
「できるかどうか微妙なタスクを実現するための地力」としての努力を行使する機会が大幅に減るため、
結果として自己肯定感が徐々に削れていきメンタルにも差し障りがあるということを実感しつつあります。
これを打開するためには、「できるかどうか微妙なタスク」を設定して、
挫折してもいいから達成感を味わえるかもしれない余地を積極的に作るべきでしょう。
できて当然のタスクとは別に、チャレンジタスクを設定するというのが2026年の主な方針です。


2024〜2025年で年間計画として立てたような「今年絶対やらなければならないタスク」は、
年間計画というより月間計画や週間計画などより狭いレンジで具体的に立てていくことになると思います。
それは結果的に1年のうち多くの割合を費やしたとしても年間計画にはなりません。
一方、年間計画はチャレンジタスクであるべきで、それは「できるかどうか微妙なタスク」である必要があります。
これはいまのところゲーム制作が妥当だと思っていますが、その妥当性を担保する考えはまだまとまっていません。


月間計画などのタスクもある程度タスク量を増やすことによって、
量的な観点から「できるかどうか微妙」を維持して達成感を味わえるようにしたいと思っています。
ただ年間計画を立てるだけだと、1年のうちいずれかのタイミングで着手すればいいと考えがちなところもあるため、
結果として1年の大部分を惰性で過ごしがち。もう年齢的にそんな時間の浪費をしている場合ではないわけです。


ここで重要になるのは「月間計画」であると踏んでいます。
毎週月曜日にその週の週間計画を立てるというのはもうEvernote全盛期のころから習慣化しているので問題ない。
年間計画についても毎年11〜12月にしっかり考えるというルーティンが確立しつつあります。
ただ、実は月間計画についてはいままでちゃんとやったことがないんですね。
月間計画は、年間計画を12分割して詳細に落とし込みつつ、
週間計画のフィードバックを受けて全体の舵取りをするという重要な立ち位置になるんじゃないかと思っています。
むしろいままでこうした中間的役割が無かったからこそ年間計画がうまく実行できていなかったのかもしれない。


前記事からあまり進展していない話でちょっとアレですが、
とりあえず「月間計画を立てる」というのは2026年の方針として確定でいいんじゃないかなと思っています。


#8014

最低限の一年

今日の出来事年間計画

今年はある意味、今後10年くらいの「1年というレンジ」をみる際の指標になるような1年だったと思います。
正直ベースで振り返ると、主にやったことはAI画像生成、創作が半分ずつといった感じ。
あとは現状整理と合理化、今後の見通しみたいな棚卸しは進みましたが具体的な成果は無く、
1年をかけて人生の中間地点を作ったというような実感があります。
もちろん、成果に乏しいという点で今年に対して良い評価を下すことはできません。
一方で、この体力・気力で1年を過ごす場合の及第点というのは現実的に見てこれくらいなんだろうな、
というような感じもします。これくらいがナチュラルに1年でできる行動量なのかなと。
ナチュラルにというのは、基本的に簡単にでき、余計な苦労をすることもなくできる範囲というニュアンスです。
有り体に言えば、いわゆる「努力」をしなくても日々の積み重ねでできる範囲。
この枠を越えるには、面倒臭いけど頑張ればできる、というレベルのタスクを積極的に設定していって、
そこに向かって能動的に「頑張る」必要があります。


そんなことは当たり前じゃないかと思われるかもしれませんが、
自分のここ2年の思想というのは努力を間接的に否定していた節もあり、当たり前のことができていませんでした。
要するに、実現可能性が低すぎることを空想しても不毛だという意識が強くなった結果、
確実にできることを合理的にこなしていこうという考え方が支配するようになった。
それによって、「できないかもしれないけど、頑張ればできるかも……」というような、
自分にとってキャパシティの閾値を越えるようなタスクは機械的に切り捨ててしまっていたように思います。
本来努力とは、「頑張ればできるかも」というギャップを埋めるためにこそ発揮されるものであり、
そういうタスクを切り捨ててしまえば発揮される機会が激減することは想像にかたくありません。


努力をしないと、結果的に達成感も得られないし挫折もしない。終始平坦な日々を過ごすことになります。
自分の無能さを織り込んだ合理的なタスクだけでは人生面白くないわけです。
そこで失敗してもいいから「できないかもしれないけど、できたらいいな」ということにあえて挑戦してみる。
挑戦してみないと達成感を味わうことは永遠にできません。
もちろんできなかったら悔しいのでしょうが、それは決して後味の悪いストレスではないと思います。
また結果的にできなくても、少なくとも「できたらいいな」という希望を抱いているうちは大きなエネルギーが宿ります。
その過程こそ自分のポテンシャルを引き出すために重要な所作なのではないかと。
これは、今年の03月時点ですでに出ていた考えです(#07755 / 2025年03月11日)。


今年は結果的に達成感を追い求めることはできませんでした。
創作設定という大型タスクは用意したものの、できるレベルまで相当希釈してから臨んだので行動的な負荷が少なかった。
結果、大キリ番記事を投げ出すという最悪の事態を避けられはしたものの、
一方でこれを2025年の成果として言えるかと言われると微妙なところがあります。
実態としては「できて当たり前のことをやっただけ」だからなんでしょうね。
むしろ掲載日前日まで着手せずに当日めちゃくちゃ苦しんで作った方が達成感はあったのかもしれない。


年間計画は、できて当たり前のことをめちゃくちゃ希釈してまで絶対やり通すようなものではありません。
できないかもしれないがやってみたいこと、かつ当年中にできなくてもペナルティが無いような事柄を、
あえてその年にやるんだという一歩を踏み出すためのサポーターのような役割が適しているのだと思います。


とはいえこれは理想論であって、「できて当たり前」のことさえもできないのが現実だったりするわけです。
結局最低限以上のことはまったくできなかった今年がそれを物語っていると言えるでしょう。
それを薄々感じていたからこそ、2024〜2025年の目標はずっと小さくしていたという背景もあります。
しかしこれではあまりにも効率が悪いので、どうにかしたいという気持ちがある。
行動量としては最低クラスの今年がある意味基準点で、
来年はここからいかにして「必要最低限」以上のことを盛れるかどうかがポイントになってくると思います。
逆に、金輪際動けないような年は「2025年を下回るのはマズい」というような指標になるわけですね。
現実的に2025年を大きく上回るような年は今後そうそう出てこないと思われ、
どちらかというとどうにかして今年以下を出さないように死守することになるんじゃないかと思います。
そしてこうした内省によって可能なかぎりタスクを合理化していくという営みは、
年齢が重ねれば重ねるほど重要度を増していく運命にあるんじゃないかと改めて思うわけです。


#8009

2026年計画草案 #2

今日の出来事年間計画

そろそろ2026年計画について考えよう、ということで現状の考えをまとめておきます。
まず2026年以降の年間計画に対する基本的なスタンスとして、
「できたらいいな」というどちらかというと願望寄りのタスクを立案する方針に回帰します。
近年は義務感の強いタスクを設定して是が非でもやらねばならない、という気持ちを込めて玉砕していましたが、
そもそも年間計画はニュアンス的に1年のうち任意のタイミングでやるものであって、
義務感の強いタスクを設定するには不適切という側面があります。
そういうタスクは個別にプロジェクトを立てて細かくスケジューリングするべきでしょう。


そのため、2026年からは特設サイト(ピクミンコミュニティ)関連のタスクは年間計画にしません。
これはもっと狭いレンジで検討するべきプロジェクトであり、
コミュニティの空気感によってもニーズが流動的に変わっていくものだからです。
「1年のうち任意のタイミング」という姿勢とはかなり相性が悪いとここ2年で実感しました。
対外的なタスク全般(たとえば仕事周り)も同じようなことが言えると思います。
いざ一年が始まってから刻一刻と状況が変わるような物事は年間計画に紐づけるべきではないでしょう。


一方、何月何日までにやるのが妥当ということがわかっている類のタスクは年間計画に向いているので、
そういうタスクは今後も設定すると思います。
たとえば今年は小説執筆が最大のタスクでしたが、年間計画であるがゆえに7ヶ月前から動き出し、
結果的に創作の基盤設定については過去20年分をブラッシュアップできた実感があります。
2025年はまぎれもなく創作リスタートの一年でした。
まぁ、具体的な成果はと言われるとかなり乏しいと言わざるを得ませんが……。
とにかくこういう「年間を通して少しずつ取り組むタスク」を設定したいというのがざっくりとした方針です。


それを踏まえて、2024〜2025年の間で保留、頓挫、または延期した計画をいくつか挙げてみると、
「新本家サイトの復興」「ゲーム制作」「ブログの出張記事の執筆」「お絵かきリベンジ」があります。
このうち新本家サイト、出張記事については年間計画としては不適切であり、
どこかで期間を区切ってピンポイントでやるべきタスクと言えるでしょう。
新本家サイトはニーズがほぼゼロなので現状やる意味を感じませんが、
逆に出張記事はブログの重要性を上げるための活動として2026年のどこかで1〜2本は書きたいところです。
お絵かきについてはポテンシャルはあるかもしれませんが、
下積みフェーズの割に合わなさを乗り越えられる見通しがまったく立っていません。
web制作のデザイン側の可能性を広げるという意味では基礎的なことはできるようになりたいですけどね。


ゲーム制作については、2025年における創作の後釜になりうるポテンシャルを感じています。
今年着手できなかったのは創作を優先したからという側面もあるため、
そのしがらみが無くなる来年は今度こそ優先度第1位のプロジェクトにしてもいいんじゃないかと。
願望に基づいて立案するいう方針にもマッチしているし有望のように見えます。
……が、肝心のプレイヤーとしてのゲーム意欲がかなり下火であることが大問題。
まぁプレイヤーとしての実績はゲームクリエイトに直接関係無いと言ってしまえばそうなのかもしれません。
ただこの低空飛行の状況で年間計画として遂行できるのか……正直微妙だと思います。


創作は大キリ番記事というきっかけがあったので途中で挫折せずに済みましたが、
来年の計画立案はいずれにしろそういう支え棒になるものはなく、
単にそれそのものに対する能動的な意欲を持続させなければすぐに挫折してしまうリスクがあります。
まぁでも、そもそも「できたらいいな」という願望に基づく目標というのはそういうもののような気がしますが。


実はゲーム制作についてはずっと前から水面下でアイデア出しに動いてはいて、
特に去年くらいからより具体的に考えるようになりました。
今年はそのうちもっとも簡単に作れそうな1案をwebフレームワークで実際に作ってみるなど(#07933 / 2025年09月04日)、
実は実績も皆無というわけではありません。
これを公開するという段階まで押し上げるには良いタイミングのような気はします。
ただ、そのためにはまだまだアイデアの醸成が必要そうではある。
元日から具体的なプロジェクトについて動き出すということは難しそうですが、
年に2〜3本習作を出すというような温度感ならいけるかもしれません。
そしてそれを踏まえて2027年以降に改めてちゃんとしたものを作るプロジェクトを立案するという見通し。
自分の実力を加味するとこれが妥当なのかなという気がします。


……このままだと、ゲーム制作には着手するものの結果的に出張記事の方が大規模なタスクになりそうな予感がしますが、
いずれにしろ2026年はいままでとは気構えもスタンスも違う一年を踏み出すことになりそうです。


#8007

年間計画の頓挫

今日の出来事年間計画

年間計画3本柱のうち2本目の特設サイトにおけるイベント開催ですが、年内は諦めることが確定しました。
最大の壁だった「過去イベントと比較して革新的なルールを考える」というフェーズは乗り越え、
あとは実際に開発するだけという状況で、その開発も半分くらいできていました。
そして今月以内に残りの開発を終わらせ、来月初頭に告知、中旬に実施というスケジュールで予定していました。
そのためここで中断を決意するのはいかにも中途半端で、やらない理由をでっち上げたように見えて不恰好です。
しかし、それでもなお開催しないのが妥当だろうと思ったのには明確な理由があります。


最大の理由は年末の「RTA in Japan」にコミュニティから走者を輩出することになったことにより、
いまコミュニティが完全にその練習で手一杯という雰囲気になっていることです。
しかも複数人いて、さらにはコミュニティの主要メンバーが占めている。
これを応援する立場としても、コミュニティの一員としても、
わざわざこの雰囲気を阻害して関係ないイベントを開催する理由がありません。
走者の立場で考えれば、内輪向けのイベントよりもRiJという大舞台の練習を優先したいのは当然です。
これにより自分の年間計画は頓挫することになるわけですが、
そもそも年内開催したいというのはコミュニティの事情関係なく自分個人のこだわりに過ぎなかったわけで、
ここに来て自分のこだわりをゴリ押す理由はどこにもありません。


イベント開催は去年の年間計画にも挙げた大目標であり、今年はそのリベンジという位置付けでした。
「2025年も開催できないようならもう終わり」と以前書きましたが、結局その通りになってしまいました。
まぁでも、コミュニティにおける自分の立場の弱さを考えると妥当な結末なのかもしれません。
イベントが求められているような雰囲気も感じられないし、自分も是が非でも開催したいというような熱意も無い。
そもそも年間計画として挙げるには不適切な目標だったとも思います。
ただ、丸2年の試行錯誤のおかげで7割は完成してはいるので、
時間をかけて残りを完成させ、しかるべきタイミングでいずれ表に出したいとは思っています。


結局年間計画の遂行率は33%ということになったわけですが、
昨今の自分の意欲低迷を鑑みると妥当な数値のような気もします。
もう11月も中旬なので、これを踏まえてそろそろ2026年の年間計画を考えていかなければなりません。
2026年は、「2026年だから」という理由で自動的に決まるタスクが無いという点で、
4年ぶりに今度こそまっさらからの計画立案が可能な年です。
2023年は『ピクミン4』発売に関連した特設サイトの移転プロジェクトがあり、
2024年はブログ20周年に伴う4代目移転プロジェクトがあり、
2025年はブログ記事8000本突破に伴う創作プロジェクトがありました。
2026年はそれに相当するような節目が無いということです。強いて言えば特設サイト20周年がありますが……。


そういうわけなので、来年はもう少し自由な計画立案をしたいなというざっくりとした方針はあります。
ただ、そもそも「年間計画」という枠組み自体、
レンジが広すぎるゆえに「年内のどこかでやればいい」という半ば無責任な計画ということもあり、
伝統的に見て遂行率はかなり低く、理想を語る場としての側面の方が強い傾向があります。
それはそれでいくつか挙げつつ、一方でマストなタスクも締切を明確にした上で挙げるのがベターかなと。
今年も残り45日しかありませんが、その残り時間で希望を探っていくことになりそうです。


#7985

停滞への抵抗

今日の出来事年間計画

やや単純化しすぎているきらいはありますが、
自分の行動に関する問題点は「進めば解決するのに、停滞しすぎる」ことにあると感じています。
今後やりたいことを年単位のタスクに切り分けた年間計画を始めとして、
日頃の自己分析の結果としてやりたいこと・やるべきことを詳らかにすること自体は、
さすがにブログを長年執筆しているだけあってそれなりにやっている方だと思っています。
つまり年間計画には自分なりに考えた末に導き出された理由というのがちゃんとある。
あとは主体的な意欲が伴うかどうかというのが問題になりますが、
おおむね「自分がそれを本当にやりたいか?」も加味して年間計画は考えられているため、
リアルタイムの意欲ではないにしろ
長期的には「自分はこれをやりたい」という気持ちも織り込まれていると考えることができると思っています。


しかし、現実にはここまでお膳立てしても計画がすんなり動くようなことはまずありません。
着手すれば進むし、進めば実現するのに着手しない日が圧倒的に多いわけです。
年間計画それ自体は、自分の無能さをも織り込まれているのでそれほど難しいタスクではありません。
「年間計画」という名前ではありますが12ヶ月かかるような大型タスクではなく、
ほとんどの場合は数日〜1ヶ月程度頑張れば終わるような作業です。
事実、2024年の年間計画であるブログ移転はわずか数日の作業でした。
だからこそ突拍子もないタイミングで着手するのが難しいということはあるのかもしれませんが、
現実問題として、1年のほとんどは停滞しているという自堕落な現実を過ごしていることは否定できません。
確かにいろいろな布石を置いている一面もあるにしろ、
一年を通じてあまりにも実感を伴う活動をしているという感覚が薄すぎる。


こうなってしまっているのは、結局年間計画の構造的な問題なのかもしれません。
要するに、夏休みの宿題に似ているんですよね。
締切がまだずっと先なら着手するのが心理的に難しいのはある意味当然の話で、
その心理作用を棚に上げてちゃんとタスクを分割して処理できるのはかなりの優等生に限られるのではないでしょうか。
で、小学校中学年の段階からすでに夏休みの宿題は08月31日に苦しんで仕上げていた自分が、
完全に自己完結の世界で序盤からコツコツと処理するなんてできるわけがないんですよね。
2024年に8ヶ月かけて後日投稿問題を処理できたのは奇跡だと思っています。


これらのことから、過剰な停滞を克服するために有用なのは年間計画をもっと細切れにすることだと考えられます。
細かく分けた方が停滞に対して締切でプレッシャーをかけることができますが、
実行しないうちからあまりにも細かく計画しても途中で大きく変更した場合に融通が効かなくなるため、
まあ直感的には12分割して月ごとに締め切りを設定するのが妥当のように思います。
2025年計画は最初3本柱と称して4ヶ月ごとに区切る計画でしたが速攻で形骸化してしまったので、
あんまりざっくりすぎるのも良くないのでしょう。
区切るにしてもそれなりの根拠が欲しいということで、そう考えると計画を考えるのも楽ではありません。
むしろどこまで入念に計画を組めるかが行動フェーズで停滞を防ぐ鍵になりそうな気がしています。


2025年計画の2つのタスクはそろそろ佳境を迎えますが、これまでの10ヶ月間の多くは停滞していました。
まあこの紆余曲折があってこそという見方もあるのかもしれませんが、
とにかく2つのタスクをせめて形にして来年を迎え、
「2026年計画」は最低限12分割するところまで練りたいというのが停滞に抵抗するための方針です。


#7924

2026年計画草案 #1

今日の出来事年間計画

今年の年間計画がどんどん下方修正していく中で、自分のポテンシャルやモチベーションの低さがどんどん露呈し、
調整すればするほど「必要最小限」に寄っていく傾向にあります。
つまり、「やらない理由」を探してしまうんですね。
ピクチャレ大会のイベントの必要性に関しても以前考察しましたが、結局その一言に尽きます(#07911 / 2025年08月13日)。
これは昨日も書いたように年齢や環境の変化による保守傾向の強まりも関連していると思いますが、
とにかく明確な理由やインセンティブが無いと何かに挑戦できないようになってしまった。
昔は明確な理由が無くとも実行に移せていたので、ここは大きな変化かなと思います。
どちらが正しいのかは分かりません。保守的とはいえ合理的でもあるいまの姿勢も決して間違いではないと思います。
が、現実問題として挑戦の機会がめちゃくちゃ減っていることは大きな課題です。
多くの場合、やらない理由を絞り出すのは簡単な一方、やる理由を見つけるのは困難だからです。


今年は結局、大キリ番記事の執筆が去年の本家ブログ移転プロジェクトに次ぐメインプロジェクトとして進行しており、
それ以外はサブ的な立ち位置として進行しています。
2025年はいまのところ「自己満足的活動」の最後の年という位置付けです。
ここから先は少なくともなんらかの具体的なインセンティブが無ければもはや頑張れない世界で戦っていくしかない。
しかし、その前に従来やってきたことにある程度ケジメをつけたい。そんな位置付け。


そうこうしているうちにブログのアニバーサリーも近づき、時季的には来年の計画を考えるタイミングになりました。
今年のこれまでの活動状況や本音ベースの心の動き、生活状況等々を考えると、
2026年はよりブログに注力しつつサブ活動はwebではなく仮想通貨というフィールドで頑張ることになると思います。
具体的には、3本柱を挙げるなら「ブログの出張記事」「仮想通貨利益X万円」までは確定で、
前年までほぼ常連だった特設サイト系の活動は年間計画として挙げないのが妥当だろうと。


3つ目はやはり「少年時代の最後の未練」としてのゲーム制作を挙げたいところではあります。
今年の流れを鑑みると、そもそも3つ目という位置付けの計画は遂行率があまり良くありません。
あくまでもメインは1つ目、サブが2つ目ということを考えると、3つ目は願望ベースで決めてもいいのかなと。
そして願望ベースで何かあるかと言われるとやはりこの目標になってしまう。


実は去年、あるフォロワーさんがSteamにゲームを発表し、それなりに高評価を得ていました。
公式Discordサーバーにお邪魔して中を見てみるとそれなりに盛況でユーザーに支持されていることがわかります。
これは自分にとってある意味目標を達成した景色そのものであり、羨ましいかぎりです。
そしてその方がDiscordの中で「開発に4年かかった」と書いていて、
やはり個人がゲームを作るならそれくらいのスパンで取り組む必要があるのだろうと改めて思いました。
仮に自分がいまから取り組んでリリースに4年かかるなら、世に出るのは2029年……?
こう考えると着手するのはなるべく早い方が良いのは間違いないでしょう。
そもそも4年ですら出せる保証はありません。
自分のようなロースキル開発者が形にするためには5年かそれ以上かかる可能性だって全然あります。
間違いなく言えるのは、そうした技術ハードルの前にすら立っていない段階で躊躇している場合ではないということ。
自分が現時点で未成年ならまだ時間的猶予はあるのかもしれませんが、現実はそうではないわけで。
こう考えると、一生のうちに自作ゲームを世に出せるかどうかはすでに際どい段階なのかもしれない。


この状況を打開するために有効なのは、まずひとつ小規模でいいから1本作りきってしまうことだと思っています。
本来ならそれを今年やるはずだったんですけどね。
まぁ、このモチベーションとポテンシャルの低さを鑑みると優先度3位ではそれすらも難しいということなのかも。
いっそのことこれを来年のメインに据えて退路を断つというのは、わりとアリのような気がします。
むしろ「出張記事を書く」程度のタスクがメインでいいのかと。


ゲーム関係に注力するか、「脱自己満足活動1年目」としてのブログ運営に注力するか、あるいは両立するか。
2026年計画起案初期の課題はこの辺に焦点を当てることになりそうです。
果たして、年末までに明快な結論を出せるかどうか。


#7818

期待外れのアシスタント

今日の出来事年間計画

かつて一度諦めた「ブログのAIアシスタント」ですが(#07796 / 2025年04月21日)、
ひょんなことからリベンジしてみたところあっさり実現しました。
ブログのAIアシスタントとは、ChatGPTのカスタムモデルにこのブログの全文を食わせることによって、
ブログの全容を理解している特化型AIのことを言います。
ChatGPTのカスタムモデルであるGPTsは食わせられるデータに上限があり、
前回調べた当時はブログの文字数がその上限をゆうに超えてしまっていたため断念していました。
とはいえブログの全文字数が必ず必要というわけでもないはずで、
各記事の要約を作ればかなり圧縮できるのではと考えました。
そこで、Pythonの機械学習ライブラリを使って要約バージョンの作成を試みたのですが、
作成した要約は日本語として破綻しまくっておりこれも断念。
OllamaでローカルLLMを導入してそこにアシスタントを入れるという逆の方式もLLMの精度がイマイチということで断念。
結局、ブログアシスタントはさらなる技術革新を待たなければならないという結論でした。


が、改めて調べてみるとChatGPTの容量制限がいつの間にか大幅緩和されているではないか。
具体的にはテキストファイルなら1ファイル130万文字(日本語換算)、1ユーザー10GBまでとなっていました。
1つのGPTsに食わせられるファイルは20ファイルまでのようなので、実質上限は2600万文字。
このブログは執筆時点で1269万文字なので余裕で足りる計算になります。
そこで、全記事アーカイブを年ごとにマージする簡単なスクリプトを作成して読み込ませ、
アシスタントAIはあっさり完成しました。


ただ……精度はまだ自分が想像していたほどではないというのが正直なところです。
記事番号、日付、タグといったメタデータは正確に把握しているので、それに基づいた質問の回答は比較的自然。
例えば「記事番号7777の記事の要約をお願い」と入力すると、ちゃんと期待通りの結果が返ってくる。
とはいえ、メタデータ頼みの探索ならそもそも人力でもできるわけで、横断的な分析こそが本領だと思うんですね。
しかし「2012年に起きたことは?」「〇〇というテーマはどのように変遷してきた?」
といった高度な質問に対してはハルシネーションが混じることも多く、精度が良いとはとても言えません。
生データをそのまま読み込ませただけでは限界があるということなのでしょう。


さらなる改善を考えるとすれば、すぐに思いつくのは以前もやったTF-IDF解析で抜き出した重要単語を、
メタデータに追加して記事探索の補助に使ってもらうことですかね。
メタデータはわりと正常に取得できているので、ここに情報を足すのが無難な気はする。
あとはタグ整備を進めていくことか……。


いずれにしろ、遠い将来に実現するものと思っていたブログのアシスタントAIはほんの思いつきで実現してしまい、
そして思っていたより有能ではないそれを実際にいじってみて、
アシスタントがあるからといってすぐに利活用できるものでもないと実感しました。
過去記事というのは黒歴史も多く、それを掘り下げるようなニーズは常にあるわけではないということです。
確かに全文検索ではどうにもならない場合の探索手段としてのニーズがあるのは確かですが、
それはいまのところ言語化できない何かを過去記事に求めている場合に限られるのではないかと。
言語化できるならObsirianの全文検索を使えばいいわけですからね。
こう考えるとブログのアシスタントAIもそこまで大きな需要があるわけでもなかったのかも。


とはいえ、さらなる精度向上が望めれば自分を知り尽くしているAIができるわけで、それはそれで楽しみです。
現状はまだまだ全文検索に勝てそうで勝てないという微妙な感じですが、
GPTsに使えるモデルがあと1〜2段階進化したら受ける印象もだいぶ変わりそう。


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