掘り下げるための勇気
昨今の自分は、さまざまなことは着手するだけなら簡単だが「掘り下げること」が難しいという固定観念を持っています。
そして掘り下げないかぎりは各分野のコミュニティに入っていけない、活動を継続できない、
結果として何も生み出せないという悪循環に陥っている。
なぜ掘り下げるのが「難しい」と感じるのか。現時点の結論は、それはスキルというより勇気の問題だと思っています。
一昔前は逆だったと思うので、これは年齢が重なったことによる価値観の転換なのかもしれません。
10年前までは、新規の分野に入っていけないのは技術不足、
とりわけ「自分の抱いている期待」に自分自身が応えられるだけのスキルを持っていないというのが主な障壁でした。
それは単純にスキルが足りていないというのはそうなのですが、
誇大妄想によってできるはずもないレベルを求めてしまっていたことも要因としては大きいです。
近年、その誇大妄想は悪癖として認識するようになり、掲げる理想はかなり低くなりました。
低くなりすぎてもいけないのでこの辺の舵取りはまだ試行錯誤の段階ですが、
それでも一昔前と比べると相当低くなったとは思います。
さらに、スキル云々の側面はAIが「最初の一歩」を後押ししてくれるようになったこともあり、
AI登場以前の時代と比べるとそういう意味でもハードルは下がったと思います。
たとえばゲーム制作に関しては10年前までは夢のまた夢でしたが、
いまは下手すると簡単なゲームなら日曜大工みたいな感覚で作れてしまうのではないでしょうか。
もちろん、作りたいゲームのイメージがちゃんとあればの話ですが。
そういうわけで、「掘り下げること」が難しいのはスキルが原因ではないように思われる。
ではここで言う「勇気」とは何なのか。
これは、要するにリスクやインセンティブなどを勘案した結果、それでもやるに値するという決断を下すことです。
そしてこの意味での勇気を振り絞るためには、その行き先を「信頼」できる必要があります。
つまりこの分野で活動すれば相応のインセンティブがもらえるという期待がちゃんと持てるということです。
なおかつ、それは諸々のリスクと釣り合っていなければならない。
自分が2025年現在継続している活動のうち、仮想通貨取引は信頼できる活動のひとつです。
取引が成功すれば、必ず相応のお金を受け取ることができる。リスクとリターンも釣り合っている。
適切に取引すればちゃんと儲かるし、下手なことをすれば相応に報いがあります。
その基盤であるところの取引システムは元を辿れば「物々交換」であり、有史以前からあると考えるととても盤石です。
そして、これによって得られる「お金」というインセンティブもきわめて強力です。
さまざまなモノに交換でき、あればあるほど確実に生活を豊かにする。
よって、仮想通貨取引は頑張れば頑張るほど直接的かつ強力なリターンをもたらすものと考えることができ、
注力する理由も見出しやすいと言えます。まぁ、当然と言えば当然でしょう。
余談ですが自分の中では「仕事<仮想通貨」という図式が確立してしまっています。
なぜなら、仕事は頑張りに対する賞罰が曖昧で頑張ったところですぐに給料が増えるわけでもないから。
これはひとえに複雑な商流のせいだと思っています。
この価値観ができたからこそ、先物取引デビューした2022年は仕事を舐めるようになった側面も否めず、
その姿勢がお局様とのバトルなど不遜な態度に繋がっていったことは否定できない事実です。
仮想通貨と比べてしまうと他の「非営利」なあらゆる活動、あるいは仕事ですら一見見劣りするのですが、
しかし仮想通貨取引は豊かな生活に不可欠な「他者との縁」には一切関与してくれません。
そのため、見劣りするとは言ってもそれだけで従来の非営利的な活動を切り捨てるわけにはいきません。
それは結局ネット活動における人との繋がりに直結してくるからです。
……が、この範疇で頑張るに値するような「信頼」できるプラットフォームは、いまだ見つけられていないのが現状です。
それは19年関わっているピクミン界隈ですら例外ではなく、年々ジリ貧の一途を辿っています。
どれもこれも、「頑張ったらそれ相応のリターンがある!」と信じて飛び込むことができない。
その先を気まぐれな他者に委ねざるを得ない以上、必ずしもリターンがあるわけではないからです。
おそらくそのリターンの確率が一定以上ならおおむね信頼できると言えるのでしょうが、
残念ながら現時点でその閾値に達しているプラットフォームは認知できていません。
そしてこれは、新規の活動に関してもそうです。
むしろ完全新規で突っ込んで期待通りのリターンがもらえると思う方がおかしいわけで、
短期的には絶対に割に合わない活動をするしかありません。
ここでプラットフォームを「信頼」できるかどうかをどう判断するかが重要になる予感がしているのですが、
現状問題として新規活動の場を信頼できるようなマインドは持てそうにありません。
これはこれまでのネット活動であまりにも期待を裏切られる経験が多かったという経験則が足を引っ張っているのか、
あるいは単に怠惰の言い訳に過ぎないのか……。
いま、いろいろな活動が過渡期に差し掛かっていて、どれもこれも「割に合わない」と感じつつある。
嫉妬や劣等感、睡眠障害などに起因する精神不安定と戦ってきたメンヘラ期とはまた違って、
空虚感、孤独感との戦いが自分の中で展開されつつあります。
これはメンヘラ期でいろいろな活動を手放したことによる副作用なのかもしれないし、
「このまま老年期に突入したらどうなってしまうんだろう」という中年期付近ならではの年齢的な悩みなのかもしれない。
いずれにしろ、ここは理屈を無視して何かをやらねばならない転換点に差し掛かっていると感じています。
あるいはこれまで散々軽視してきた「自己満足」がこの割に合わなさを補完する手段になりうるのだろうか……?