AI依存開発の危険性
今回の実家帰省は「ぽこポケをガッツリ遊ぶこと」「2つのwebサイトで2026年春のアプデをリリースすること」
を目標にしているわけですが、その後者について思うことを書き残しておきます。
今回のリリースは個人的にChatGPT Codexを本格的に使うようになってから初めての大規模改修になりました。
1ファイル単位、関数単位でweb開発にChatGPTを活用することはすでに一昨年からスタートしており、
そこではまだ開発主体は自分という意識があったと思います。
しかし複数ファイルを横断的に分析してそのまま改修してくれるCodexでは、すでに人間は蚊帳の外。
開発主体はもはやAIであり、自分はそれを指示している人間でしかありません。
そうすると、当然Codexが回収した部分のコード内部は人間には掌握できないという問題が発生してきます。
「AI以前」はすべて人力で書いてきたので理屈ではコードの全容は理解できていたはずなのですが、
Codexが手を加えれば加えるほどそういう部分は少なくなってきている現実があります。
つまりCodexによる改修が進めば進むほど、もはやコードはAIでしか書けないものに変わっていきます。
これにより、ひと昔前なら人力でコードを読んでささっと修正していたような軽微な作業でさえ、
いまや何がどうなっているのか分からないのでAIに委託せざるを得ないということになるわけです。
確かに新機能の追加などの大掛かりな改修についてはAIは圧倒的なパフォーマンスを発揮しますが、
サイトの細かいメンテについてはその「細かさ」を言語化するのにも手間がかかったり、
またGPT5.4現在においても一発で正確に理解してくれるともかぎらず何往復も必要だったりするため、
むしろ効率は大幅に悪化したとさえ思っています。
この状況を改善に持っていきたいのなら、AIが生成したコードを人間が把握する必要があるでしょう。
しかもそれを、コードの大幅な改変が発生するたびにしなければならない。
しかしそれはロースキルであればあるほどタイパが悪く、なかなか現実的ではないという事情もあります。
こうなると結局、AIが従来より非効率と知りつつもAIに開発を依存せざるを得ないという状況になってくるわけです。
このことから、少なくとも元々人力で作ったwebアプリをCodexに任せて開発するということは、
成果を先取りする代わりにメンテナンス性を犠牲にする、「成果の借金」のような側面があるのではないかと感じました。
その意味での借金が後々重しになるようなプロジェクトにおいては、AIの利用は必ずしも正義ではないのでしょう。
AIの登場で浮かれていてもうプログラミングの勉強は必要ないと思っていた自分ですが、
むしろAIが登場したからこそ基礎スキルの重要性が増したと言えるのかもしれません。