活動の力点と所属欲求
自分の活動の力点をどこに置くかを改めて考えると、いずれは仮想通貨に戻りそうな予感がしています。
現在ビットコインは史上最高値である12万ドルをマークしてフィーバー中。
ですが損したばかりの自分はもちろんまだ復帰予定はありません。
仮想通貨にのめり込んでいると明確に他がなおざりになり、さまざまな計画に支障が出てくるからです。
今年を振り返ったときに「及第点」にするための条件は2つあり、
1つは11月公開予定の創作作品をそれなりのレベルで無事に完成させること。
もうひとつは現在進行中であるもののやはりモチベが伸び悩んでいるピクチャレ大会の大型イベントを開催すること。
これらさえクリアすれば、足踏み感が否めなかった2024年を明確に越えたと胸を張って言えるでしょう。
そのためにはどう考えても仮想通貨は心理的障害にしかならないので、いまは控えるしかありません。
一方で、自分が本当に本気になれる文化って実はもう諸々含めて仮想通貨しかないんだろうなという気持ちもあります。
ある活動に対して本気になれるのは、その対象が本気で好きか、
本気になるに値する「安定性」や「深み」を有していることが必須条件になると思います。
自分にとってネット活動は社会活動の一環であり、所属欲求が満たされるかどうかを重視せざるを得ないわけで、
「所属している」という実感を得るためにはコミュニティの安定性や深みが必要だということになります。
対象とする社会が縮退していることが明らかで、
それゆえに長期の活動に対して見返りが増える見通しが無いなら、その意味での本気にはとてもなれない。
事業をどんどん縮小する会社に所属し続けて果たして仕事のやる気が溢れてくるのかという話です。
そういう点で、前々から書いているようにピクミン活動はもうかなり限界が近いという認識です。
特に2025年春で定期イベントが一区切りとなってから、
自分が観測するかぎりボイチャ利用頻度も明らかに減ってきていていよいよ衰退してきてしまった感がある。
ある意味踏ん張りどころではあるのですが、こういう状況下でモチベを絞り出すのは並大抵のことではありません。
活動に対するレスポンスの不確実性が強すぎるからです。仮に何かを率先してやっても、誰もついてこないかもしれない。
縮退する運命に抗えないなら、そもそも大型イベントも本当にやる意味があるのかという疑問は拭えません。
この計画自体が去年のリベンジですが、今年ダメならもう諦めるのが妥当だろうなとは思っています。
自分にとってピクミン活動はこれまでかなり精神的割合を多く占めていた活動でした。
いま、その安定性が揺らいでいて個人としても活動過渡期に差し掛かっています。
そしてここ数年渡り歩いた感じだと、「個別のゲーム」という括りで安定したコミュニティに属するのはかなり難しい。
自分自身がやり込みプレイヤーになれるような気概がもう無いからです。
もちろんゲームが好きだという気持ちは別にあるので、たとえばいまもマイブームの『Balatro』は継続しています。
しかしそれらはあくまでエンジョイ勢止まりで、そういうものがある日突然ピクミンの代替になるようなことは無い。
ここはこれまでずっと一縷の望みを見ていたところですが、もう無理なんだろうなと察しました。
よっぽど自分が特定のゲームにハマってRTAをするようになり、しかも上位に行くとかでなければ難しいでしょう。
ピクミンが潰れてしまったらゲーマーとしての自分は浮かんでは消えるものを食い潰すだけの放浪者にならざるを得ません。
しかし、仮想通貨界はそういった物差しでは測れないところにあるわけです。
つまり、お金を賭けてリターンを目論む以上、
コミュニティの安定性があろうがなかろうが個人は本気で取り組まざるを得ない。
安定的でないどころか資産を脅かされるリスクがあるという点でむしろあまりにも不安定ですが、
だからこそ真剣にやらざるを得ず、継続的・集中的に活動を持続できるというわけです。
結局のところ、ある程度の年齢までに社会的責任のある地盤を手にすることができなかった人間は、
こうしてギャンブルに堕ちていくんだろうなと改めて思います。
このことはすでに書いている通り、今後中年期に向かって何度も自戒することになりそうな予感がしています。
自分にとって、いま画策している大型イベントの開発案件はいわば従来型のネット活動としての「最後の賭け」であり、
これがコケたらもう自分は来年以降、ひたすら仮想通貨にのめり込む人間になるだろうと予想しています。
年間計画も3本柱の基本原則は棚に上げて「今年は純益50万円!」みたいな数値目標になるでしょう。
なぜならその方が短期的には刺激的で楽しいし、中長期的にも「本気でやるメリット」が明確だからです。
このシナリオを避けられる未来はいまのところ見えません。
金融庁が本気を出して仮想通貨取引を全面的にシャットアウトでもしないかぎり止まらないだろうし、
もしそうなったらそうなったで株に移行するだけのような気がします。
しかしこれは、ある意味幼少期からやってきた活動を全否定するものです。
ゲームとの出会いから連綿と続いてきた二十数年のネット活動はいったいなんだったのかと。
いま自分がやろうとしているのは、それに対するケジメのようなものなのかもしれません。