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#8185

欠乏欲求

今日の出来事人生観

自分は上京前と上京後でほぼ別人かというくらい考え方や「生きる目的」が変わっていると考えています。
厳密にはその境界は上京直後というよりは、
上京前にピークだったメンヘラ期を明確に抜けたと実感した2023年ごろがひとつの大きな節目だったと思います。
つまり転職(2023年02月)、4代目ブログ移転(2024年09月)が契機になって、
マインドが実感できるほど大きく変化したということです。
もちろんこれだけではなく、当時読んでいた本や人間関係などさまざまな要因が絡み合っているとは思いますが。


変わる前の自分にとって、基本的な動機は「持っていないものを手に入れたい」というものだったと思います。
つまり、そもそも前提として「欲しいもの」が手に入っておらず、欠乏している現状への不満がある。
その欠乏状態をどうにかするためにさまざまな活動をするということですね。
欠乏しているものは承認だったりお金だったり名誉だったりしていました。
この欠乏欲求はいろいろなケースで考えてもかなり強力な欲求であると思います。
たとえばギャンブルでは負けているときほど真剣になるし、
欲しくてたまらなかったモノをいざ手に入れると熱が冷めてしまうものです。
ソーシャルゲームなんかはこういう気持ちを弄ぶための仕組みがこれでもかというほど盛り込まれています。


欠乏に対する欲求はしばしば自分のポテンシャルを無視するので、
そういう意味でも「何が欠乏しているか」を起点にする立ち回りはメンタルに厳しいやり方だったと思います。
近年の自分が散々擦っている「無能を受け入れる問題」はそれに対する批判的な実践でもあるわけで、
こうした思想の変化を経て、最近の自分は欠乏を起点に行動しようとする意欲が減退してきたように思います。
それはそれで正しいと思うのですが、大きな副作用として物事に対する情熱が失われてしまいました。
ガッカリしたり、嫉妬に溺れて他人の嫌な部分ばかり見たりすることがほぼ無くなった代わりに、
いまだ持っていないモノへ憧れたり、ワクワクするようなことも無くなってしまった。
いまのところ、AIの進化がそれを凌駕する勢いなのでたまたま活動は続いていますが、
たまたまこの2023年前後に生成AIが生まれなかったらと思うとゾッとします。


果たして欠乏欲求にも、AIのような技術革新にも依存せずに生きる意味を見出すことは可能なのか?
難しいとは思いますが、これに答えられるような芯になるものを持たないということは、
2022年以前は欠乏欲求に振り回され、2023年以降はAIに振り回される人生であることを否定できないということです。
まぁ、そもそももはや個人がそこから逃れられるのかという疑問もありますが、
いずれにしろここ数年は人生観という意味でも大きな節目に来ているのかなと感じます。



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