Chrononglyph

キリ番記事

#7100

続・信念の話

厄年だった去年の自分が見出した数少ない人生哲学のひとつに、
やるべきと信ずる信念を過不足なく設定し、それを実際に遂行することによって人は誠実になり、
それによって他者を攻撃するような余裕の無さとは縁を切ることができるという仮説がある。
ここで重要なのは、信念は不足してはいけないが過剰であってもいけないということだ。
そのためには現実的、客観的に自分自身の程度の低さを推し量り、受け入れる必要がある。
人は自分がなんでもできるわけではないことを知ってはじめて、
それでもなおできるであろうことに生きる意味を見出す。
全能ではなく無能であることを受け入れられないというのは、
僕は誠実に生きているとは言えないと思う。


しかし、それは程度の問題であって、具体的にどのようなものが誠実であると言えるのだろうか。
それはもちろん個人の適性、家庭環境、遺伝、出身、運などによって千差万別であるはずである。
100人いたら100通りの誠実な生き方があってもいいはずだ。
にも関わらず、この社会に生きているとなんとなく誠実であるとはこういうことだ、
というような固定観念がぼんやりと横たわっているように思える。
それは例えばそこそこ高学歴で、そこそこ高収入の仕事に就き、そこそこ頼もしい相手と結婚し、
プライベートも子育てもそれなりに充実している、というようなイメージである。
少なくとも高校時代くらいまではそういうぼんやりとした「理想の大人像」があった。
この社会で「誠実に生きていれば」、その理想は当然のように叶うものだとばかり思っていた。


その理想像が個人の適性をいっさい考慮していない虚構の概念であるということに気づいたのは、
たぶん上京してから、つまり三十路も越えてからだったと思う。
それまでは理想の大人像を誠実であるための条件にセットし続け、
それを遂行できない自分の情けなさによって自己欺瞞を生み続けてきた。
もちろんそのことに努力不足も感じるし、実際そうだったのだろうと思う。
いずれにしろ日本社会が作り出した競争の仕組みから脱落したという事実を否定することはできない。
しかし一方で、それが必ずしも個人が誠実である条件として適切なのかと言われると甚だ疑問である。


思うに、人が夢を思い描く初期段階では、それは他人の夢のコピーにならざるを得ないのではないか。
人は他人に認められたいという欲求とは切り離せないし、理想を思い描くときはなおさらだ。
若ければこそ、それを阻害する理由は無い。なぜなら可能性はまだ未来にあるからだ。
だから社会通念上広く認められているような理想像、
日本社会で言えば上述のような「普通の幸せな家庭を築くこと」
を最初のテンプレートとしてセットすることになる。そこでは自分の能力は度外視されている。
その上で社会経験が積もっていくにつれ、自分にできることとできないことが詳らかになっていく。
つまり、通常のタスク設定とは順序が逆なのだ。
本来ならできることを明らかにしてからやりたいことを選ぶのが当然の筋である。


順序が逆となると、自分にできないことが判明した際に誠実である条件を下方修正することができるかが問題になる。
これは結構勇気がいることだと思う。
匿名掲示板のような負け組が多いコミュニティに行くと
30代、40代、あるいはもっと年老いてもなお少年時代のテンプレート的な理想だけを後生大事に抱え続け、
自己欺瞞と劣等感でボロボロになっているような人をよく見かける。
そうならないためには、自分ができないことを誠実である条件から綺麗に取り除かなければならない。


果たして結婚することは幸せなのだろうか。結婚したら不幸になったという人は結構いる。
年収が多いことは幸せなのだろうか。
お金そのものは生活を豊かにするかもしれないが、年収が増えればその分仕事の重圧も強くなる。
そうやってテンプレート的な理想のひとつひとつに対して猜疑の目を向け、
あるいは自分がそれを達成できるのかどうかを慎重に吟味していったとき、
それでもなお残るものはいったい何なのだろうか。


ありふれた夢を片っ端から否定して残ったものは、世間的に見れば夢とは言えないのかもしれない。
しかしそれが自分にとって過不足なく「これだけはやるべきだ」と思うのであれば、
それが自分にとって生まれてきた意味になりうるのではないだろうか。
努力して競争を勝ち抜いてありふれた夢を実現した人はもちろん眩しいし、羨ましくもある。
しかし、そうあらねばならないという価値観はもうそろそろ時代遅れだろうと思う。


例えば、生涯を賭けてひたすら下駄を作り続けるような人には競争原理を超えたカッコよさを感じる。
地味であれ彼らのような人生こそが理想なのかもしれないと、今更のように思う。


#7000

好きな言葉

「ပန်ကြားသောမျက်နှာ」の名義で知られる〈×××××〉は、国籍不明の前衛音楽家である。
彼は長年のキャリアを経ていま、ようやく認められつつあったが、
認められれば認められるほど深いため息が絶えないようになった。
昔から親交のある私がため息の理由を尋ねてみると、どうも良いアイデアが浮かばないのだという。
彼が言うには、音楽自体はまだまだ作ってみたい世界はあるらしい。
しかし、それに対して付ける良い曲名がさっぱり思い浮かばないと言うのだ。
なにしろ彼の音楽はメロディーがあるような無いような、無機的のようで有機的でもあるような、
とにかく一切の比喩が思い浮かばないほどに独特な世界観なのである。
彼は、その抽象的とも具体的とも言えない世界を音楽に変換することはできても、
「言葉」に変換することができなかった。


「好きな言葉を当てはめていくのはどうだろうか」
私が何気なく言うと、彼はようやくその物憂い頭を上げてこちらを見た。
「好きな言葉?」彼は静かに言う。「それは響きが良いという意味だろうか」
「そう、音声的な意味でも、言葉の定義という意味でも、
君が響きが良いと思える言葉は好きな言葉になり得るだろう」
「あるいは感銘を受けた台詞だとか、利便性の高い言葉という意味だろうか?」
「ああ、より一般的にはそうかもしれない」
「なるほど。それなら私は『確かに』という言葉が好きだ。
あれほど適当に受け答えしたいときに便利な言葉はない」
「確かに」
「しかしそんなものを曲名に使うわけにはいかないな」
「難しく考える必要はないんじゃないか。世の中には『Untitled』という曲もたくさんある」
「確かに」


それからというもの、彼の発表する曲名はすべて意味不明な文字列になった。
彼の熱心なリスナーたちは、その文字列に隠されたメッセージがあると信じて懸命に解読しようとした。
しまいには異なる解釈の対立をめぐって論争が起きるようにもなった。
それから500年が経ったある日、彼の代表作をアナログプレイヤーで聴いている青年がいた。
「ああ、やはり〈×××××〉の音楽は素晴らしい」
そこへ、3歳くらいの女の子がてちてちと歩いてきた。
「また聴いてるの、おとーさん」
「ああ、これは彼の代表作『好きな言葉』だ。素晴らしいだろう、娘よ」
彼は誇らしげに振り返り、娘は首を傾げた。
「よくわかんないよ」
古風なスピーカーからは、何とも言いがたい意味不明な音の洪水が静かに流れていた。
「きっと分かる日が来る。これは彼の〈好きな言葉〉を表現したものだとね。
そういえばおまえの好きな言葉はなんだい、娘よ」
問われた女の子はしばらく指を顎に指して何かを考えていた。父親は満足げにその答えを待った。
やがて女の子は父親の方に向き直り、照れくさそうに笑いながら、
「ありがとう!」 とだけ言った。