Chrononglyph

キリ番記事

前へ1 / 8次へ
#8100

社会と承認の話

インターネットにおけるこれまでの活動成果への他者のフィードバックに対する率直な認識として、
僕は活動量に対して得られている他者承認が不当に少なかったと思っている。
そして「このクオリティでは不十分だから認められなかったのだろう」という安直な反省により、
承認を得るためのハードルが青天井に上がり続けるという悪循環によって行き詰まりを感じてきた。
この流れは思い返せばネット活動初期から連綿と続いており、
ゆえに(匿名・半匿名の)ネット活動そのものに対する不毛さはいまだ否定できていない。


これまではネット活動の不毛さを他責論から出発して考えようとすると議論さえも行き詰まると考え、
基本的には自分の側に原因があり、それを克服することで多少なり改善するはずだという希望を捨てずにやってきた。
利他活動に注力すべし(#07800 / 2025年04月25日)といった考えや
仕事として捉えるべき(#07900 / 2025年08月02日)といった考えはその一環とも言える。
いまはいわば実践過渡期であり、これらが正しかったのかどうかについてはまだ結論を下せないけれども、
しかし短期的には何も解決していないという実情もある。
少なくとも匿名の人が跋扈するプラットフォームで活動を続けるかぎりは何も変わらないのだろうと。


安定した承認基盤が確立していないコミュニティにおけるコミュニケーションの基本的な動機は、
他者の中にいる自分の「存在確認」である。
コミュニティに所属しているかぎり他者は自分を少なくとも認識はしているのだろうと思うが、絶対的な確信は無い。
そこで挨拶が返ってくるか、質問に答えてくれるか、向こうから話を振ってくれるかなどというように、
少しずつ探りを入れてどの段階まで自分が人として認識・尊重されているのかを逐一確かめることになる。
そのような心理状態において、自分は尊重されているという根拠になる他者の発言は大きな救いになる一方、
反応を得られないという事実に直面すると大きな心理的負担にもなる。
そこには主観的な自分ではなく「他人の中にいる自分」こそを尊重されたいという欲求が確かにある。
そしてその「他人の中にいる自分」が確立して初めてその人との間で安全なコミュニケーションができるようになり、
ようやく自分はこういう人なんだという根拠になるようなスキルや実績を遠慮なく発露できるようになる。
まず実績を作ってそれによって自分を認識してもらおうというネットでありがちな営みは、そもそもこの順序が逆なのだ。


「他人の中の自分」は、できればその他人の自由意志のもとに尊重してほしいと思う。
しかしそれは存在確認がお互いに行われ、自分もその人を尊重し、承認基盤が安定して初めて望めるものであって、
尊重される以前の「いかにして認識してもらうか」という段階においては、
「他人の中の自分」の容れ物にすぎない他人そのものを尊重する余裕が無いこともあり得る。
そこで、そういう人は話を遮って自分語りをしたり、掲示板を荒らしたり、わざと他人が不快に思う言動をしたりする。
すると他人は否が応でも「他人の中のその人」を認識し、したがってその人の目的は達せられることになる。
認識させたいだけなら他人を尊重しない言動の方がスキルも不要で手っ取り早いのは間違いない。
少なくともTwitterのようなサービスではそのような倫理との不整合があると思う(#08044 / 2025年12月24日)。


モラルを逸脱して「他人の中の自分」を無理やり他人に認識させれば、当然の成り行きとして尊重はされないだろう。
しかしネット活動では「他人の中の自分」が認識されないということは死人と同義である。
誰かに認識してもらうかどうかというのは多くの有象無象にとってネット活動を支える重要な関心ごとであり、
一方で尊重されることはそのハードルの高さからもはや諦めている人も少なくないと思う。
少なくとも実感として東日本大震災以降のネット社会では承認リソースは数値的優位な上位層に集中し、
それ以下へは十分に行き渡っていないと感じている。
つまり、ここには「すべての人が可能なかぎり尊重されるべきだ」というような思想は流れていない。


承認欲求は他人の中の自分が尊重されているという実感を得ることで初めて満たされる欲求であり、
他人に認識されるためだけの行動では基本的に満たされない。
その点、利他活動はモラルを逸脱せずに他人に自分を尊重してもらう余地を残した「認識されるための行動」と言えるが、
それが成立するためには見返りを求めないという厳しい条件が付随する。
誰かに認識されたいという見返りを期待するならそれは道徳的な是非は別として、本質的に自分語りや荒らしと変わらない。
やはり、現代のネット社会は承認を得たいという目的から出発して考えると
もともと潤沢な人間関係があるか卓越したスキルを持つ人のための実力主義社会であり、
ここで他者に認識されていない人がゼロから承認を求めるのは極めて困難だという考えはますます否定できない。
もちろん、だからといって現実が正しく平等社会なのかというとまったくそんなことはないのだが、
市井に横たわるマナーの存在感を考えるとネット社会よりは幾分かマシのようには思える。


……ネット活動を「損切り」すべきなのではないかというのは、ずっと前から考えていた。
僕は根本的に承認に飢えていて、条件付き承認しか与えられないネット活動でそれが満たされることは無い。
かといって本当の自分を隠したまま「無条件の承認=愛」をネットの向こうの誰かに求めるのもまた不合理だと考えている。
今後も死ぬまで承認欲求との戦いになるなら、どこかで絶対にリアルと向き合わなければならない。
とはいえネットのキャリアを捨てなければリアル活動ができないかというとそういうわけでもないので、
もしも実践するとしたらネット活動とのリアル活動の両輪作戦(#07500 / 2024年06月29日)になると思っているし、
なんなら仕事もリアル活動の一環である以上はすでに両立しているとも言える。
ネット活動は自分をすでに認識している人のためだけに行為するという方向性は今後ますます強くなっていくと思う。
顔の見えない誰かに承認を求める不毛な活動はさすがにもう終わりにしたい。


#8000

Instrumental VIII

見渡す限り、透き通った水晶の湖が広がっていた。
表層は何か透明の鉱物のようなものでできていて硬い。
少し深いところは水が充満しているようで、水流のゆらぎが水底にあるものを歪ませていた。
湖の底には巨大なビルが立ち並んだ大都市が沈んでいる。そこは魚の1匹さえも見当たらなかったが、
ときおり浮かび上がる気泡がなぜか生命の存在を予感させた。


私の背後には木製のドアだけがぽつんと水晶の湖の上に立って、夕焼けに照らされていた。
水晶の上にはドアだけでなく、私の背丈の十倍はありそうな巨大な水晶の柱が不規則に並んでいる。
私はこれらに圧倒されながらも、背後にあるドアの方角を入念に気にしながら歩き始めた。
地平線の彼方は夕焼け空と水晶の湖を分断しているが、太陽はどこにも見当たらなかった。


靴底が水晶に当たるたびに、コツンという音が辺り一面に響く。
それ以外、この世界に不要な音はほとんど鳴っていなかったが、
しかし時折吹く風はどこか異国の田舎で奏でられるような、優しくて不穏な音が鳴っているような気がした。
私は何かあったらすぐにドアへ引き返すつもりでしばらく歩くごとにドアの方角を確かめ、そしてまた淡々と直進した。
あのお姉さんの言うことは正しかったのかもしれない。
私はいま、誰かが作った世界の中を探検しているのだった。


30分くらい歩いていると、ふと右手の方角にぽつんとロッジのような建物があることに気づいた。
水晶の上に建てられ、ロッジによって作られた影は見えないくらい深くまで続いていた。
私はリュックを背負い直し、少し逡巡した。
何かあったらすぐに引き返そうと思っていたが、安全ならあの中で少し休んでいくのも悪くない。
そういえば、あのお姉さんはよほどのことがないかぎりこの世界なら危険な目に遭うことはまず無いと言っていた。
お姉さんの言を信じれば、あのロッジは単なる休憩所であり危険は無いはずだ。
「……よし」
私は意を決してロッジに向かうことにした。


ロッジはドアが空いていて中は明るく、ソファにテーブル、そしてゆったりと眠れそうなベッドがあった。
こういう施設をそこらじゅうに設置することによって、迷ってもどうにかなる仕組みになっているということなのだろう。
私はリュックを下ろし、ソファに座って一息ついた。
電波は通じないと知っていたが、不安になるのでいちおうスマホは持ってきていた。
電源はつくが、確かに圏外になっていて外との通信はできそうにない。
私はしばらく待ち受け画面を見ながらぼーっとしていた。


ふと、ロッジの入り口のそばに3段の引き出しがあることに気がついた。
私は気になって、スマホをポケットにしまって引き出しの前に立った。
1段目、何も無い。2段目にも何も無い。
しかし3段目を引くと、そこにはさまざまな大きさや形の水晶がたくさん入っていた。
外にある湖の表面を誰かが砕いてここに入れたのだろうか?
私が手を伸ばしてそのうちひとつに触れると、それは中心部から少し緑がかった藍色の光がにじんできた。
私は大小2つの水晶を手にして上着のポケットに入れ、リュックを背負って外に出た。


大きな水晶を取り出すと、また藍色の光がにじんでくる。
そして、湖に刺さっている巨大な水晶がそれに共鳴するように光り出した。
よく見るとすべてが光っているわけではなく、ある直線上の柱だけが藍色にぼんやりと光っているようだった。
ロッジから見て左の方へ伸びている光は、おそらく最初のドアに行き着く方角だ。
私は右を向き、光の誘う方向へと歩き出した。


ポケットの中で、大小どちらかの水晶を触っていれば柱も共鳴するらしい。
私はたまにあえて水晶から手を離して光を消したり、小さい方の水晶を握って光を点けたりしながら歩いた。
水晶の柱にも触れてみたが、これは触っても共鳴しないらしかった。
やがて水晶の柱の光の先に、何か小さな建物のようなものが見えてきた。
それは湖を遥か深くまで貫通して、闇の中に突き刺さっているようにも見えた。


エレベーターだった。
下矢印が刻印されたボタンと扉があり、透明な水晶の足元へと続いている。
私はボタンを押して中に入ると、エレベーターはよく知っている速度で下に向かって動き出した。
何かあったらすぐに帰ろうと思っていた私はとうとうここまで来てしまったのだった。
この先にいったい何があるのか……私は胸の内で少しずつ心が動き始めているのを感じていた。


*  *  *


5分くらい降っていたと思う。
ようやく止まったエレベーターが開くと、そこにあるのは灰色の街だった。
立ち並ぶビルはどれも見上げるほど高く、それらは碁盤の目のように整然と並んでいる。
私はエレベーターから降りて周囲を見渡した。
当然人らしき影は存在しないが、向こうから何かこちらに向かってくる物体がある。


それは80cmくらいの灰色でできた矢印だった。
ローポリの世界で生み出されたようにカクカクとしていて、進行方向を指しながら直進している。
磁力なのか超能力なのか、それは浮かびながら移動していて足らしきものは見当たらない。
私は目を丸くしてそれをしばらく見ていたが、ふと見渡すと同じような図形がいくつもあることに気づいた。
車道を行く者は律儀に車のような形になって直進していたが、窓は不透明で中は確認できない。
私はいよいよ引き返そうと思ってエレベーターに向き直った。


「お客さんかい?」
声をかけられて、思わず口から声が漏れかけた。気づくと先ほどの矢印が足元にいた。
「あ、あの……?」と私が戸惑っていると、矢印はすぐ近くの交差点の対角にあるビルをそれで指した。
「迷ったらあのビルの1階に行くといいよ」
どこから声が出ているのか実に不思議だったが、私はとりあえずお礼を言ってそちらの方を向いた。
確かに、指された方角にはほど近いところに一際巨大なビルが建っていた。


車道を渡りたくても信号が無いので、私は再三左右を確認して6車線分ある広い交差点を走り切った。
そうして対角にあったビルに着くと、入り口の自動ドアが私を誘うように開いた。
ビルの中は広く、数十の図形がうごめいていた。
おそらく歩いているつもりの図形は常に進行方向に向かった矢印の形をしていて、
その周囲に小さなブースを作って石のようなものを並べている四角い図形が矢印たちを取り囲んでいた。
これは、もしかしてフリーマーケットのつもりなんだろうか……?


「やあ、人間さん」
近くで出店していたらしい四角に話しかけられた。彼(?)は、主に楕円形の石を並べていた。
「はひ……」
私は無意識に間抜けな声で返事をしていた。
「君が、このリフィルの新しい持ち主か?」
私は静かに頷いた。
気がつくと、私の周囲を矢印が取り囲んでいた。怖い。四角は続けて言う。
「そうか、そうか。新しい主人さんに直接来てもらえるのは光栄だ。ついでに、何か買っていく?」
「え、この石を、ですか……?」
どう見てもただの石だが、もしかしたらこれも触ったら光りだしたりするのだろうか。
「もしくは、何かを売ってくれると嬉しいんだが」
私は顎を指して次の対応に困っていたが、このポケットの中の水晶はどちらかは手放しても支障ないことに気づいた。
そして、大きな方の水晶を取り出して机の上に置いた。おお〜っ、と周囲から歓声が聞こえた。
「これは……すごい。ぜひ売ってほしいな」
四角は星形に変形し、プルプルと震えていた。
「光る石がそんなに珍しいの?」
ロッジの引き出しに山ほど入っているのに。
「光るかどうかはさして重要じゃないよ。この形だ。複雑だけれど頑張れば再現できそうな絶妙な形が素晴らしい」
そう言うと、星形は瞬時に変形してその水晶によく似た形になった。周囲からまたおお〜っ、と声が上がった。
「我々はこうして体を変形させて意思表示をする。たとえば歩くときは進行方向を指すのがマナーだったりする。
対話をするときは言葉に込められた意味よりもお互いの姿形を見て感情を読み解くんだ。
我々はそれをボディーランゲージと呼んでいる」
「へぇ〜」
私は聞き流しながら水晶を改めて手に取った。水晶はもう触っても光らなかった。
「その石は適度な複雑性があるが頑張れば再現できそうで、変形の練習になる。
変形には鍛錬が必要なんだが、こうしたサンプルが目の前にあることが大事なんだよ」
「そうなの。私は譲ってもいいけど、その代わり次の場所に行く方法を教えてくれますか?」
「ああ、もちろん。じゃあ、これはもらうよ」
そう言うと、水晶は私の手を勝手に離れて四角だった図形の懐に入っていった。
「これだけの物をもらってエレベーターの場所を教えるだけでは等価じゃないから、主人さんにはこれをあげるよ」
水晶の代わりに、私の手元に向かってふよふよと空中移動してきたものがあった。
「ヘッドホンと、これは……?」
「音楽プレイヤーと言うらしい。前の主人さんにもらったんだが、我々はもう散々聴いたからね」
「前の主人さんってどんな人でした?」
「君みたいな年頃の女の子だったよ。あの人がこの世界を作ったって聞いてる」
「やっぱり……」
「あの人にリフィルをもらったんだろう?」
「うん。この世界なら安全だからって……」
「まぁ、あの人は無数の世界を管理しているらしいからな。君が新たな主人としてここをメンテしてくれると嬉しいよ」
「どうしたらいいの?」
「こういう水晶があれば持ってくてくれると嬉しい。我々は上の階層には行けないんだ」
四角だった図形がそういうと、周囲からぜひ私にも! 水晶欲しい! と声が上がった。
「あはは……」私は周囲を見渡すと、30近い図形に取り囲まれていた。「じゃあ、私そろそろ行くね」
「さらに下に行くなら、このビルを出て右手にずっと歩くとエレベーターがあるよ」
「うん、ありがとう」
図形たちはさっと離れ、出入り口までの道が開いた。
私はヘッドホンと音楽プレイヤーをバッグに入れると背負い直し、そのビルを後にした。
振り返ると楕円形をしたいくつかの図形がぴょんぴょん飛び跳ねていた。私は思わずそれに手を振った。


*  *  *


そのエレベーターはビルから避けられたかのようにポツンと立っていた。
私がそのボタンを押すとボタンは光ったが、すぐにはドアは開かなかった。
空を見渡すと、遥か上空にさきほどのロッジが浮かんで影を作っているのがなんとか見えた。
ロッジは水面に揺れるようにゆらゆらと揺れていた。
ドアが開き、私はその中に入った。
エレベーターはまた降り始め、徐々に周囲が暗くなったかと思うと天井にある灯りがついて私を照らした。
5分くらい経って、ようやくドアが開いた。


洞窟のようだった。ちょうど地下道くらいの広さと高さがある。等間隔に松明が置かれていて、洞窟の中は意外と明るい。
ふと、何か足元を移動しているのを視界が捉えた。
真っ黒のリスのような動物がちょこんと座ってこちらを見ている。
リスは、白く光るドングリを大切そうに両手で持っていた。
私と目が合うとリスはドングリを頬張り、洞窟の向こうへと走り出した。
私はエレベーターの位置を見失わないように背後を気にしながらそれを追いかけてみることにした。
リスは少し走るとドングリを頬袋から出してこちらを確認し、そしてまた走り出す。
曲がり角に差し掛かると、リスはその向こうへと消えていった。


広い部屋に出た。松明が照らしているのはせいぜい地面から数メートルまでで、どれだけの高さがあるかわからない。
「だれ?」
「ひっ……!」
突然声をかけられて、さすがの私も声が漏れ出た。
ふと声がした方を見ると、5歳くらいの小さな女の子が大きなランタンを持って立っていた。
ランタンによって作られた女の子の影は、不自然にゆらゆらとゆらめいていた。
かと思うとその一端が千切れ、影はみるみると膨らんでなんらかの四肢動物になった。
一見したところキツネのように見えたが、もしかしたらタヌキかもしれない。
そんな曖昧な動物が、よく見ると女の子の周りを取り囲むように何匹もうごめいていた。


女の子は動物に囲まれながら、近づいてきた。
そして私のことをすみずみまで観察しているらしかった。
クラシカルな雰囲気のワンピースにジャケットを着込んでいて、洞窟に住んでいるとは思えない清潔感がある。
しばらく沈黙の時間が流れ、私はその空気に耐えられなくなって口を開いた。
「あ、あのっ! 私、このリフィルの新しい持ち主?なの。よろしくね」
「ふーん…」
女の子は私から視線を逸らし、足元にいる猫らしき動物を丁寧に撫でた。私は訊いた。
「ここには人間は住めないって聞いていたけど……」
「そうね。でもわたしは特別なのよ。ここは……みんなと遊べるからお気に入りの場所なの。でも定住するつもりはないわ」
そう言うと、女の子は5歳とは思えない風格でゆっくりとこちらに向き直った。
「よかったらこの世界はそのままにしてくれるとありがたいわ。新しい世界の持ち主さん?」
「う、うん……わかった……」
私がそう言うと、女の子はにこっと笑った。かわいい。
「私、簡単にリフィルをもらっちゃったけど、私で良かったのかな……?」
「それはきっと、あの子に何か考えがあるのよ」
「やっぱり、あのお姉さんを知っているんだ」
女の子は指先で何か合図したかと思うと、私のすぐそばに椅子が出現した。女の子はそれに座るように促した。
私がそれに座ると、女の子の足元からもうひとつ椅子が生えてきて、女の子はそれに足をぶら下げながら座った。
「わたしは100年くらいここにいたんだけど、あの子に現代のことをたくさん学んだの。
おかげでこの世界にいても退屈していないわ」
「100年……」


私はおもむろに背負っていたリュックを前に抱え、その中からヘッドホンと音楽プレイヤーを取り出した。
「これ、あげる」
女の子は怪訝そうな顔をして受け取った。
「なあに? これ」
私は音楽プレイヤーのスイッチを入れてヘッドホンから音楽が鳴っているのを片耳で確認してから、
女の子の前に立ってそれを装着させた。
見た目5歳の女の子に大型のドライバーを備えたオーバーイヤーヘッドホンはあまりにもアンバランスだったが、
音楽プレイヤーからは異国の田舎を感じさせるようなビートレスな電子音楽が鳴っているはずだった。
女の子はしばらく目を閉じてそれを味わった。
「素敵ね。音楽と言うんでしょう?」
ヘッドホンを外して首にかけると、女の子は満足気に手を合わせた。
「うん。これがあれば、少しは長い時間の退屈しのぎになるでしょ? 電池が切れたら、また代わりを持ってくるから」
「ありがとう。新しい主人さん」
それから私たちはしばらく他愛もない話をしていた。


「そろそろね」
そう言って女の子がおもむろに視線を外すと、その目線の先にドアが生えてきた。
「あのドアをくぐったらあなたの世界に帰れるわ」
「一緒においでよ。何か食べよ?」
女の子は首を振った。
「わたしはそっちには行けないの。ドアを潜ったら、たぶん、消滅してしまうんじゃないかしら」
「そっか……」
「わたしは大丈夫。あなたは……あなたの世界を楽しんで」
「うん」


私はリュックを背負い直し、ドアの前に立った。
「じゃあ、また来るね」
女の子はひらひらと手を振っていた。影でできた不思議な生き物たちが、女の子を囲みながら一斉に私を見守っていた。


*  *  *


そこは私の家の玄関だった。
私は靴を脱いでよろよろと自分の部屋に向かった。
机の上には開きっぱなしの手帳が置かれ、窓からは昼下がりの日差しが差し込んでいた。
私はふと思い出して、ポケットから小さな水晶を取り出して手帳のそばに置いた。
それはよく見ると、1面にだけ模様が描かれた20面のサイコロだった。
私はなにげなくそれを振り、そして模様の描かれた面は出なかった。


#7900

ビジネスの話

中高生時代からそれなりの期間、
僕にとってネット活動と言えば「自分のテリトリーで好きなゲームについて発信すること」だった。
本当に無邪気に発信していたのは黎明期だけで、
通り一遍の攻略情報などのように誰もがプレイヤーに求めるような情報は
2000年代中期までは個人サイトが担っていたこともあったが、まもなく有志によるWikiが主流になり、
やがてはそれさえも企業系Wikiによって駆逐されていった。
僕はそれを個人サイトが担っていた時代でさえ、本心では競合サイトに情報の質で勝てるとは思っていなかった。
そこで、「自分が好きなゲームランキング」「ゲームレビュー」といった自分本位な情報発信にシフトしていった。
やがてゲームそのものへの熱量がある程度落ち着いていくと、日記という体のブログに専念するようになる。
そうしてこのブログは、もともとゲームの攻略等情報を取り扱うサイトから徐々に遷移してきた歴史がある。


果たして、僕は何がしたかったのだろうか?
少し前、ゲームをダシにした活動は「興味関心を承認欲求のエサに還元する愚行」として批判した(#07734 / 2025年02月18日)。
しかし、僕は本当にゲームをエサにしてまで承認欲求を満たしたかったのだろうか?
つまり、不特定多数から活動の成果について褒められ、認められ、チヤホヤされればそれで満たされていたのだろうか?
僕はそこまで承認欲求不満に陥っていたのだろうか?
これの答えは、いまは「NO」だと思っている。
僕はネット社会でなんらかの「役割」を持ちたかったのだと思う。


不特定多数の承認を求めることは、それがどちらに転ぶか分からないという点でギャンブルである。
成果が「ゼロ」になるかもしれないギャンブルに全賭けするのは心理的に困難であり、
失敗すればするほど損失を恐れて活動は萎縮していく運命にある。
一方、自分の活動に対していつもレスポンスをくれる人の存在は活動を盤石にする。
いつしか僕はそういう人との出会いを期待してネット活動に勤しんでいたような側面も否めないが、
それもまた利己的な活動を続けているかぎりは確率的に不毛である(#07800 / 2025年04月25日)。


言われてみれば当たり前のことではあるが、ネット社会も「社会」に過ぎないのだ。
つまり、ニーズがあるからこそ諸活動であるところのビジネス(取引)が成立する。
ニーズに対する考慮が甘い、いわば「自己満足」の活動は社会の役割を探す就職活動のようなものである。
2000年代前半までのネットは、ネット全体がどちらかというと発信者優位でビジネスの場ではなかったかもしれない。
しかし、2025年現在のネット社会は力関係がすっかり逆転している。
であればこそ、ここで活動を盤石にしたいならニーズを求めていくべきだろう。
少し前までの僕は、そういう観点が抜け落ちていたからこそ活動自体がジリ貧の一途を辿っていたのではないか。


ニーズがありビジネスが成立するということは、活動の結果なんらかのリワードがあるということだ。
成果を出してもリワードがもらえない(こともある)のなら、それはビジネスではない。
たとえばWikiを編集してポイントがもらえるなら、それは立派なビジネスである。
ポイントがもらえないタイプのWikiはビジネスというよりはボランティアだろう。
SNSへ投稿して「確実に」いいねがもらえるなら、それもいちおうこの意味でのビジネスと言ってよい。
活動の結果お金がもらえるなら、それはコンテンツを享受した人がコストを支払ってまで楽しみたかったものであり、
相応にニーズがあるものだと納得することができる。


一方で、見返りを当初から求めないような活動は社会において「必要とされていない」という側面を否定できない。
自己満足と割り切り、自分にしかニーズが無いような活動はモチベーションを維持できなくて当然であり、
そんな活動の泥沼に浸かっているかぎり、自分の定めたハードル以上に努力できる見込みも無い。
当然、そういう環境で活動するかぎりハードルも下がっていき活動が大きく進展することもない。
そしてそれは僕にとって従来型のネット活動の姿勢そのものであり、「行き詰まった」と感じるのも当たり前だと思う。
むしろ気づくのが遅すぎたくらいだろう。
ある意味、このブログはニーズを一切考慮しない「従来型活動」の最後の生き残りとも言える。


これから新規活動をするなら、少なくともニーズを追い求める必要があると思う。
仮に当初は見返りを得られないような活動も、長い目で見ればそれを生み出せる見通しは必要だろう。
絵描きやゲーム制作は現時点では高確率で何も得られないという点で「就職活動」のようなものだが、
最低限の独創性さえあれば、それによってニーズを得られるポテンシャルは感じる。
一方で好きなゲームのランキングだけを作るような活動は、
自己アピールに特化しておりニーズを得られる見通しが無いという点で言えば縮退する運命だったのだろう。
無論自己アピールのすべてが無意味とは言わないが、それならそれで必要なクオリティの水準というものがある。
それをも自己満足で済ませてしまう活動者が報われることは少ないだろう。
僕の黎明期から社会人突入くらいまでのネット活動が報われなかったのは努力不足も多分にあるが、
ニーズを把握し、想定するユーザーが満足するレベルまで頑張ろうという見通しを持てなかったことが大きいと思う。


利己的な活動と利他的な活動の違いは、ニーズに対して貢献しようという明確な意志があるかどうかである。
利己的な活動においてクオリティを担保するのは自尊心だけであり、それは客観的評価に晒されることもなく、
したがって社会との整合も無く、それ自体は本人が意味を見出さなければ価値は無いに等しい。
利他的な活動は、それを求める人の期待というハードルが存在する以上、一定の評価水準があり責任がある。
それは結果的に主観的に見てクオリティが相応でなくても、責任を果たしているなら社会的には価値はあると言ってよい。


社会的には、誰にも見せない数千ページの小説よりも市場に出ている一足の下駄の方が価値がある。
社会で役割を持ちたいのなら、その後者を追い求めないのは不合理と言わざるを得ない。
利己的な活動に限界を感じていた僕は、ここに来てようやく、
小学生時代にわだかまっていた「将来の夢とは、あなたがしたい『仕事』のこと」(#03700 / 2014年03月28日
という暗黙の定義に対し、自分なりに溜飲を下げることができたのである。


#7800

愛と承認の話

2003年から20年以上もの間ネット活動を続けてきた僕は、ここ数年で分岐路に差し掛かっていると感じる。
それは一言で言えば「認めてもらうための活動」が完全に行き詰まり、
方針転換せざるを得なくなったということである。
ブログ、webサイト、動画、SNSなど、活動のための媒体はさまざまなれど、
いずれも当初の目的は自分という存在を他者に認めてもらうことだった。
そしてこの20年余りを振り返ると、どの活動も認められているという実感は無い。
短期的には認められたと感じることはあったけれども、いずれまた喉が乾くということを延々繰り返している。
こういう活動を続けるかぎり、僕は何歳になっても承認欲求不満であり続けるのだろう。


ネット社会で承認欲求を満たすことのみを目的とするならば、モラルを逸脱するのが手っ取り早いと思っている。
きわめて善良で平凡な意見が(多数派だからこそ)見向きもされない一方で、
告発系のYouTuberが同接ランキングの上位を独占したり、センシティブな投稿が桁違いのインプレッションを稼いでいる。
このSNS社会では、本当にただ注目されたいだけなら「悪い人」になってしまうのが手軽で合理的なのだろう。
僕はかつて、ネット社会というものは努力に比例して成果が認められる純粋な実力主義社会なのだと思っていた。
しかし、それはあまりにも甘すぎる考えだったと言わざるを得ない。
良くも悪くも尖っている人ほど目につきやすいという構造の都合上、
狡猾な人が上に立つというのは振り返れば昔からずっとそうだったと思う。
尖った才能の無い僕はそこで馬鹿正直に戦い続けることに、正直そろそろ疲れていた。
かといってモラルの壁を越える度胸も無い。


これまでのネット活動の目的は常にその意味での承認欲求のみが目的だったわけではないと信じたい。
僕はいつからか、「いいね」の数よりも質を重視するようになった。
単に数を求めるだけでは承認欲求は際限なく肥大化していき、あっという間に自分のキャパシティを超える。
そこで自分の活動を好意的に捉えてくれる人との関係を重視し、そのためにこそネット活動は存続してきた。
しかし、隣に自分よりも多い「いいね」を稼ぐフォロワーがいるかぎり結局満足することはなく、
心構えを変えたところでさほど意味は無いのだと思い知った。


人はある程度は失敗しても認めてくれるという安全性が担保されて初めて、そこでのびのびと活動できるものである。
認められないこともあるという状態は「条件付きの承認」に過ぎず、それだけでは活動を盤石にしない。
ネット活動におけるほとんどの個々の他者承認はこれに該当する。
ネット活動をする人々は心のどこかで「認められないかもしれない」「否定されるかもしれない」
という自己否定感や無力感、あるいはプレッシャーと戦いながら成果を求めていく。
そのストレスを前に、表に出すことを諦めた活動は数知れない。
評価される以前の活動はたいてい、受けるストレスと実際に得られる承認が釣り合わない。
自己否定感を払拭したいからこそ承認を求め、認められなければ自己否定感はさらに強まり、
それを「解呪」するためだけにわずかな他者承認を渇望するようになる。
そうして人は、他者承認を求めるかぎり多重債務のような悪循環にズブズブとはまっていくのだ。
活動のための努力は、「きっと承認されるだろう」という期待があってこそ実践できる。
条件付き承認に対する不信が募れば人はいつしか努力さえできなくなり、
究極的には努力はできないが誰かに認めてほしいという、無条件の承認を期待するようになっていく。


「無条件の承認」とは要するに愛であり、自分がただ存在するだけで承認してくれるということである。
ここでいう愛は本人の能力、努力、実績、個性などとはまるで関係ない文脈で成立しなければならない。
無条件の承認を与えるのは本来家族やパートナーなど代替不可能な関係性を持つ人の役目であって、
赤の他人で顔さえ見えないネットの向こうにいる人にそれを求めるのは非合理と言わざるを得ない。
僕は、かつては信頼を得るべく少ない可能性に賭けて努力していたかもしれないが、
いつしかその心も折れ、無条件の承認をネットの向こうに求めていた側面が否めない。
ネット活動が割に合わないと感じるようになった原因はきっとこの非合理性にあるのだろう。


ネットの向こうの人間はどんなに「自分」を承認したくても成果が見えないかぎりは物理的に承認できず、
承認されるためには少なくともなんらかの能動的な活動成果が必要になる。
しかし、成果に求められるクオリティはSNS社会の拡大や自分自身の実績の増加に伴ってインフレしていき、
同じような承認を得られても結局負荷は高まる運命にある。
これは活動の持続性を考えたとき、
「他者が承認を与えるかどうかは不確実だから」ということ以上に深刻な悩みになる。
やがては努力できなければこの関係性を維持できないような無力感に苛まれることになる。
元も子もないことを言えば、自分という人間をただ全面的に肯定されたいだけなら、
ネット活動に血道を上げるより最初から家族などリアルの関係と向き合うべきだったということになる。
しかしそこに希望を見出せるならとっくに行動しているはずで、現実もそう甘くはない。
家族のことを思えばこそ、僕に上京しないという選択肢は無かったといまでも信じている。
いくら親に愛されているからといって、永遠に自立しないわけにもいかない。


ネット活動は、身元を隠しているかぎりオフラインの自分を承認してくれることは永遠に無い。
しかし裏を返せば、オフラインである間はオンラインの人々に否定されることなく過ごせるということでもある。
ネットにはネットの、仕事には仕事の、プライベートにはプライベートの承認相手が存在し、
「自分」はその多面的な世の中をせわしなく行き来している。
そのバランスを保つことが特定の承認への依存を軽減する、いわばリスクヘッジになるのだろう。
ネットに過剰な承認を求めていた僕の現状は、そのバランスを見失っていた状態であるとも言える。
信頼している家族やパートナーから「無条件の承認」を得て、
その安定した基盤の上でネットや仕事、プライベート活動に勤しむのが基本的には理想と言えそうだ。
そしてその基盤をネットに求めるのはお門違いであり、ネットの向こうの人への過剰な期待はネット活動そのものを蝕む。


では家族やパートナーを持たない人に救いは無いのだろうか?
たとえばキリスト教では神による愛はアガペー(ἀγάπη)といい、人は愛されるための条件をいっさい与えられていない。
神は「無条件の承認」によって、人の行為すべて、存在そのものを愛しているというのである。
つまりキリスト教徒はこれを信じるかぎり、生きる上で必要な承認基盤をすでに得ているとも言える。
そしてキリスト教では、神によって無償の愛を与えられたならば次にあなたは隣人を愛せよと言う。
隣人に差し迫った危機が生じているとき、あなたは隣人を助けなければならないと。
この利他行為の実践によって人はアガペーを自分ごととして捉えられるようになり、
また「自分にされたいことを他人にせよ」という黄金律は善い社会秩序を生み出しうる。


ネット活動における「認められるための活動」は、利己的な側面が強かったからこそ報われなかったのだろう。
これまでの僕のネット活動は、言うなれば選挙活動のようなものだったのだと思う。
それは自分らしいとか人として正しいとか実績が素晴らしいとか言う以前に、
他者の需要を推し量る余裕が無く、結果として他者にとって押し付けがましい活動だったという側面は否めない。
であれば、キリスト教の啓示を参考に利他行為に徹するのはどうだろうか?
突き詰めればモラルを逸脱する方が合理的になってしまう「より多くの注目を集められた方が良い」という考え、
あるいは認められないことによる消耗の果てに光回線の向こうの見知らぬ人に対して愛を求める不合理。
徹底した利他主義はこれらを遠ざけ、ネット社会の活動を持続可能なものに昇華できないだろうか。
これは、承認欲求を否定したアドラーが幸福の正体を「貢献感」だと言っていたことにも通じるように思う。


利他行為は他者に利することそれ自体が目的であり、活動の結果自分が世間に認められたかどうかは関係ない。
一方、他者承認のための活動は最後まで承認を得られるかどうか分からないという点でギャンブルに近い。
利他に徹するということは、そのギャンブルから脱出できるということだけ考えてもかなり有望に思える。
たとえば僕はこれまで自分の興味関心を「消費」して、
webサイトやブログ、SNSのネタとして成果を発表するのがせいぜいだった。
それは「自分の成果」でなければならないという暗黙の条件があった。
しかし利他を第一に考えるなら、質問サイトで困っている人に回答を書いてみる、誰かの投稿に「いいね」する、
SNSで誰かの相談に乗ってみる、Wikiを編集する、Githubにプルリクエストを投げてみるといった、
従来なら「自分が認められるわけではないから」と切って捨てていたような活動も積極的にできるようになる。
しかもそれらは、昔の自分がやっていた諸々の不毛な活動よりは明らかに社会的に有意義に思える。
利他行為は、不毛な自己愛やナルシズムから脱却して、社会へと確かに目を向けるための実践なのだと思う。


そして僕はこの利他行為を「推し活動」という形ですでにスタートを切っている。
推し絵師のブログには、内容がどんなにメンヘラじみたものであれ肯定的なコメントを残してきた。
「無条件の承認」には程遠いかもしれないが、
自分自身が誰かに「全肯定の承認」を与えられないだろうか、という試みである。
他方、2003年から継続してきた、ゲームのやり込みを大前提とする他者承認ありきの活動は静かに遠ざかりつつある。
この論に妥当性があればこそ、この流れはもう変えられないだろう。


自分一人はどうしようもなくちっぽけで、無力で、矮小な存在である。
しかし、社会がこの時代を生きる人々の歩く群れだとしたら、僕は確かにそのうちの一人であるということは疑えない。
そして群れの先頭になることはかなわなくても、自分が群れの一員であることを誇ることはできる。
この時代を歩くという壮大なプロジェクトからしてみれば、群れの先頭か途中かという問題は瑣末なことだ。
利己主義から利他主義への転換は、そうしてようやく世界へと目を向けるための第一歩なのかもしれない。


#7700

表現者の話

生きる意味を自問することは、直感的には不毛な作業であるように思う。
それは客観的に納得感のある単一の答えではあり得ないからだ。
「生き甲斐」「使命」「責任」などと言葉を換えてそれに連想する何かを引っ張り出してみることはできる。
しかし、それが果たして全時代の自分にとっての「生きる意味」だと言い切れるだろうか?


一方で、生きる意味と断言するほどではないものの、
ある物事が自分の人生に深く癒着してどこどこまでもそれを追い求めざるを得ない宿命を感じることもある。
僕にとってそれはなんらかの表現活動である。
それが本能なのか、文化的に生きていることによる必然なのか、自分らしく生きてきた結果なのかは分からない。
けれども僕は、もはやこれのために生きていると感じることが間々ある。
どんなに自分にスキルが無いことを思い知ってもなお、それでも何かを表現したいという気持ちは変わらない。
究極的には、その媒介手段は問われていないのだと思う。
僕は昔から、それこそ幼少の頃から、
頭にある世界をなんらかの媒体として世に出したいとずっと、ずっと願い続けて生きている。


これまでの人生で最大の分岐点だった大学進学の際、限られた選択肢の中で選んだのは文学の道だった。
別に本を読むことが好きだったわけではないし、小説もそれほど読んだわけでもない。
僕がその道を選んだのは、選択肢が限られている中で比較的クリエイティビリティを育めると思ったから、
すなわち「物書き程度なら自分でもなれるのではないか」という自惚れがあったからに他ならない。


そのような大失敗を犯してもなお、しかし表現者になりたいという偽らざる気持ちはいまだにある。
どんなに否定しても否定しきれない巨大な何かがそこにはある。
一方で能力不足からその欲求に対して背き続けて生きてきたことの副作用として、
それにいまさら向き合えないという自尊心もある。
これらの狭間ですべてが中途半端なまま時間だけが過ぎていった。
その狭間にいるからこそ、このブログは20年以上も続けられてきたのではないかと思う。
ブログ記事は何も考えなくても書け、継続できる余地がある。
しかしだからこそ、このレベルに甘んじてきてしまったという側面もあると思う。
2022年くらいまでは、僕にとってブログというものは成果だった。
しかしいまや、ライフワークだと思っているがこれが「成果物」だとは思っていない。
他人に堂々と見せられないものを、表現物の成果としてみなすのは苦しいだろう。
だからこそ、ブログよりも高い次元で何かをクリエイトしたいという機運がここ最近になって急速に高まっている。


それは、ここ近年でどの世界も開かれていると知ったことも大きい。
技術の発展とオタク文化の成長に伴い、
いずれのジャンルも第一歩を踏み出す金銭的な、あるいはその他諸々のハードルはかなり低くなった。
もはやできないことを社会のせいにする余地はなく、あとは自分自身がやるかどうかである。
至れり尽くせりのこの恵まれた環境で、生み出す表現物がブログのみというのはもったいないように思える。
拙くても手を出すことで、この本能らしき欲求が充足されるのかどうかは分からない。
とはいえ、ハードルの下がったさまざまな表現活動は無数にあり、時間はいくらあっても足りない。
今後もそれに人生の多くを費やしていくことだろう。


果たして老齢になって人生の幕引きを考えざるを得なくなった自分は、生きる意味について何を考えるのだろうか?
表現活動に一生を費やしたことに対して、死ぬほど後悔するのだろうか?
少なくとも現時点の僕にとって生きることは意味を見出すほど高尚なものではなく、
したがって表現活動のつまみ食いで消費することもそれはそれで立派な生き方だと思っている。
ただ、そうでない可能性についても常に一考の余地があることを忘れないようにしたい。


#7600

迷案の話

去年から今年にかけて僕の中では一定の説得力があった「無能である自分を受け入れる」というスローガンは、
しかしただちに人生を改善してくれる魔法の言葉というわけではなかった。
確かにそれ自体はれっきとした事実であり、また重要な教訓であることを疑う余地はない。
自分を顧みず不相応な夢や目標を抱き続けることは不毛に人生を費やすことに他ならず、
それは誰よりも本人が豊かに生きることを阻害する。
たとえそれが世間では「できて当たり前」と言われるようなレベルの目標であってもだ。


自分が成し遂げたいことは、果たして「本当に」自分が成し遂げたいことなのか胸に手を当てて考えてみる。
実はそれは、暗黙のうちに社会あるいは身近な他人によって刷り込まれた価値観なのではなかろうかと。
できないことが明白なら、あるいはそれが本望でないと感じているのならそれを望むことほど愚かなことはない。
可能性があるから人は努力できるのだとすると、自分の能力を呪い、それを直視しないかぎり努力などできるはずもない。
その意味での努力をしなければあらゆる可能性は成就せず、一歩も前に進むことはない。
ゆえに「無能である自分を受け入れる」ことは確かに飲み込むべき正論であることに異議はない。


そうして僕は世間が求めるいわゆる「当たり前」の定義が ときに不相応たりうることを観念し、
それでもなお、自分が確実にできることに基づいて次の一歩を見定めようとした。
しかし、その先にある景色はこれまでの夢物語と比べてあまりにも地味で、チープで、レベルの低い世界に思えた。
これまでに妄想していた不相応だが煌びやかな夢と比べると、それはあまりにも味気なかった。
もし、その地味な道へ行くことが合理的に正しかったとしても、
そこに向かって努力するための燃料を僕は持ち合わせていないように感じられた。


それは、自分ができることは他人にもできるのだろうからこの先へ行く価値を見出せない、
という一種の驕りがまだ残っているからだと思う。
僕はどこかでまだ「自分だけは特別でありたい」という他人本位な願望を捨てきれていないのだ。
どこまで行っても社会的欲求は付きまとい、本当に自分がやりたいことが何なのかを考えさせてくれない。
そもそも、それが本当に存在するのかさえ疑わしい。
仮に特別になりたいという高慢さをも捨て、確実にできることに基づいて粛々と活動することが正しいとするならば、
率直に考えればそこに生きる意味を見出すのは難しいように思う。


人生にかくあるべきというようなものはなく、
「こうあらねばならない」と盲信しているものは他人から刷り込まれた他人本位の願望でないか疑ってみる。
また、自分ができることを再確認して身の丈に合わない夢や目標は切り落としていくべきだ。
しかしだからといって従来思い描いていた空想を全否定すべきかというと、それもまた早計である。
夢や目標を整理していくと、いまはできないがこれだけは譲れないと思うようなものが残る。
それはそれでお守りのように取っておいてもいいのではないかと僕は思う。
表向きは、自分の能力と正直に向き合った上で決めた目標を粛々とこなしていく。
しかしそれだけでは人生に希望を見出すことはできないので、夢は夢で頭の片隅にしまっておく。
それは「こうあらねばならない」というような人生を規定するものではなく、未だ実現しないからこそ日々の希望になる。
誰でもなく自分自身がそれを見定めることに、きっと大きな意味があるのだろう。


「無能である自分を受け入れる」というスローガンは、それ自体にまだいくばくかの高慢さが含まれており、
また愚直に実践すると人生における希望をも切り捨ててしまう危うさがある。
しかしそれにさえ気をつければ、目標を整理し合理化することそのものはとても有意義な営みだとは思う。
人生が迷宮のようなものだとしたら、これら思索は次に確かな一歩を踏み出すための方位の呪文である。


#7500

両輪の話

「独り言」は100日ごとに書き残すようになって久しく、
また内容はその時々に感じている思想のトレンドを書き残すことが多くなってきたように思われる。
昨今のトレンドは、物事は1つだけに絞ろうとするとやる気の問題にぶち当たるが、
2つないしそれ以上に合理的に絞った上であえて両立を図ろうとすることでそれを克服しやすいということだ。
僕はこれを車の両輪になぞらえて「両輪作戦」と呼んでいる。


僕の物事に対するモチベーションは横軸を時間、縦軸をやる気の度合いとしたならば基本的に波を描くように推移する。
それが好きであるという自負があり、しかもやるべきことはたくさんあっても波は時間が経てば容赦なく落ちる。
そのことを「自分の精神力のような何かが足りないせいなのだ」と自責的に考えてしまうと、回復はさらに困難になる。
そうやって本当に大切な物事ほど下り坂で迷走し、結果を残せなかった例は数え切れない。
分かりやすく周期的な波を描くのは、おそらく人というより僕個人の特性であるように思われる。
長らく上がり続ける人もいるだろうし、直角三角形の斜線を登るようにある日突然真っ逆さまに落ちる人もいるだろう。
その周期が不本意に早いことを日常の会話では「飽き症」などと表現したりする。


自分がどのような線を描くのかを知り、それを受け入れることは自己実現のためにも重要であるように思われる。
とはいえ、波が落ちることに対して逆らうということは多大なストレスを抱えるということでもあり、
ストレス耐性の低い僕は波に逆らうという作戦はあまり有効ではないように思う。
そこで昨今実践していて比較的有望に感じているのが、あえて2つの活動を両立するということだ。
1つの活動だけではそれが低迷したときに行き詰まってしまう。
そこで、表の活動が低迷してきたらそういうものだと割り切って裏の活動に心を切り替える。
裏の活動が低迷してきた辺りで表の活動に戻れば、波はいつの間にか回復しているという算段である。


この表裏の関係は仕事とプライベートをはじめとして大小さまざまなことに当てはまるが、
どれも必ずしも描いた波に沿ってスイッチングできるわけではない。
特に日常的な習慣や対外的な活動ではどうしてもモチベーションが低くてもやらざるを得ないことは多いだろう。
しかし、少なくともスケジュールを制御できるものに関しては波を意識したタスク管理ができる。
具体的には、活動ごとに意図的にオフシーズンを設けるといったことが考えられる。
これを徹底していけば、少なくともモチベーション由来の不本意な活動停止はかなり減らせるのではないだろうか。


僕の10代、20代の歴史は「やるべきことをやらずに苦しんでいた」という側面がかなり強い。
根拠のない理想を掲げてはそれに振り回され、結局なにひとつ生み出せなかった。
理想が悪かったと言うつもりはないが、それは自分の能力を正直に受け入れることを怠ってきた罰であると思う。
いま、改めて「自分は無能だ」という前提のもと、それでもできることを模索する段階に入った。
現実と向き合うことがあまりにも遅かったことは一生涯悔いることになると思うが、
それでもなお、できることをひとつひとつ数えていきたい。
飽き性であることを全面的に受け入れた上でたどり着いた「両輪作戦」は、いわば自分専用の処世術である。


#7400

続・努力できない人の話

2021年の東京オリンピックの開幕前、
「努力は必ず報われる」という言葉に対して少なからず否定的な意見があることを知った。
いくら努力しても報われない人はいる、そういう人に対する配慮に欠けるというのが主な根拠だそうだ。
僕も数年前まではそれに同調するスタンスだった。
世の中には目に見えない「才能」というステータスがあり、それによって努力できる・できないが決まるのだと。
しかしいまはその考えは捨てた。
そもそも報われない人は努力の仕方や認識そのものが間違っているのだと思う。


まず、人はなぜ努力するのだろうか。
努力の必須条件として目的がある。つまり実現したい「何か」がまず念頭になければならない。
目的を達するために乗り越えるべき課題をこなしていくのが努力だと言える。
目的は本来、その人が自分自身の能力を十分加味した上で合理的、主体的に決めるべきである。
誰もが東大を目指すべき、誰もが金メダルを目指すべきだというのは暴論に過ぎない。
同様に一流企業に入らなければ、年収うん百万円でなければ、結婚しなければ、子どもを作らなければ、
といった固定観念もすべて暗黙のうちに他者から与えられた目的であり、
それを目的とした努力ができないことは本来誰にも責められないはずである。
にもかかわらず、世の中には主体性を欠く目的をセットし続け、
努力できない、努力できないともがき苦しむ人が多いように思う。
なぜなら友人然り、親然り、ネットやマスコミを通じて知る社会常識然り、
その人に影響を与える他人がその人に「あなたはこうあるべきだ」と暗黙のうちに教えているからだ。
ひどいケースでは、それは単に本人というより他者自身の願望にすぎないことさえある。
そうと知らずに「普通の人」を目指して主体性を欠く目的のために苦しむことは努力とは言えない。
それはただただ他人のために生きることに辟易しているだけだ。
他人の人生を生きているかぎり、どんなに年齢を重ねてもそれは他責的な生き方にならざるを得ないと思う。
そこに果たして生きている意味があるのか、僕にはわからない。


他人の期待に応えないことは勇気が要るが、それを恐れていてはいつまでも主体的に生きることはできない。
僕は反抗期でその明暗が分かれるように思っている。
反抗期というのは、他人の要求を突っぱねて自分が主体的に生きることを試みる儀式のようなものである。
そこで徹底的に自由を与えられた子どもはようやく主体的に生きることの心細さや無力を思い知り、
社会の中の一人としての「自分」を確立し、自分が本当に成し遂げたいことを知るための一歩を踏み出す。
その結果、良い結果が得られたならこれまでの苦労を労う意味で「努力が報われた」と思いたいことはある。
しかしそれは単なる結果論で、必ずしも努力と結果が結びつくとは限らないということを多くの人は知っている。
「努力は必ず報われる」という言葉は正しいと信じたいが、
真っ当に努力することすらかなわない人がいるこの世では
もはや決して軽率に使ってはならないセンシティブな言葉に分類されるのだろう。
そういう世の中が「良い」のか否かについてはここでは言及しないでおく。


#7300

続・やり甲斐の話

今年もっとも印象的だった言葉に東大入学式の祝辞がある(#07061 / 2023年04月17日)。
かいつまんで内容を紹介すると、人は本当に好きなことをしていないと、
幸せの尺度が「他人にどう評価されているか」になってしまい、
それでは評価されなかったときに続けることが困難になってしまう、という教訓である。
これは他者承認という欲求と取っ組み合いを続けてきた僕にとって胸に刺さる言葉だった。
確かに他者承認に依存した活動は危うい。
評価の主体が常に他人である以上、自分がどれだけ頑張っても他人は評価してくれないことがあり、
そういう環境に居合わせると活動そのものの存在意義が揺らぐからだ。
これは、過去の自分が精神的に参っていたときに心当たりのある原因によく当てはまっているし、
だからこそ他者承認依存は脱却したいと常々思っていた。
そのためには「本当に好きなこと」が必要になるが、それを見つけるのに必要な労力は並大抵ではない。
祝辞を読んだ馬渕さんはたまたまそれを東大在学中に見つけられて人生を切り拓いたので、
新入生にもぜひ同じように「本当に好きなこと」を見つけてほしいと鼓舞する。
しかし、学生時代にそれを見つけられなかったいい大人には厳しい現実が待ち受けている。
社会人生活をしている以上のびのびとそれを見つける環境が整っているとは言い難く、
無事にそれを見つけて転職を決めたとしても、社会が受け入れてくれるとも限らない。
多くの面で若者よりも不利であることは疑う余地もないだろう。
承認欲求を否定することは勝ち組にとっては正論なのかもしれない。
しかし、どちらかというとこの世の中は
それを否定できず一生涯背負って生きている人が多数を占めているように思う。
しかもその否定できない欲求さえも満たせずに生きている人が多いように見える。
少なくとも僕はそうだ。


僕は、web制作こそが自分にとって「本当に好きなこと」だと思っていた。
だからこそ それを生業にするために転職を決意した。
なぜなら、それは2003年から長きにわたって継続しているという事実があったからだ。
20年も飽きずに続けているのであれば、今後はそうそう辞めたくなるとは思わないだろうと。
少なくとも偶然与えられた仕事に人生を費やすよりはweb制作に関わる方が本意だと思っていた。


しかしそれは果たして「本当に」好きなことなのだろうか。自信を持ってはいと答えられるだろうか。
誰にも認められなくても、自ずから続けるだけの原動力を持っているだろうか。


当初、webサイトを作る本当の動機は承認欲求を満たすことだったと思う。
自分が作ったシマに多くの人が訪れて、自分が作ったコンテンツを認めてもらうのが夢だった。
しかし実際にはかなり初期の段階で承認欲求を満たすという目的は諦め、
「自己満足」をweb制作の名目として掲げるようになった。
単純な話、他人を満足させられるようなコンテンツを作れなかったからだ。
巨大なプラットフォームをベースに活動するのが当たり前になったweb2.0の世界で、
個人がwebサイトという土俵で承認欲求を満たすのはきわめて難しかった。


では、仮にそれはやむを得なかったとして、せめて自己満足することはできたのだろうか。
自己満足を名目として年末企画や周年企画として特定日を締め切りとし、
残り時間と意欲の無さの狭間で苦しみながら生み出したサイトはいくつもある。
それを生み出すのに相当苦しんでいたという記憶は深く刻まれている。
しかし、残念なことにそれを生み出した結果満足したかというとまったくそんなことはないし、
当時の技術力からしても真っ当なクオリティのものを生み出せたとは思えない。
何もかもが中途半端で、なんのために苦しんでいたんだろうとつくづく思う。
少なくとも向上心があることは「本当に好き」と言えるための条件であると思う。
その意味では昔の僕はweb制作が本当に好きだったとは言い難い。


だからと言ってそれがこれまでのキャリアをかなぐり捨てる理由にはならない。
承認欲求は満たせないし自己満足すらできないポンコツでも、
少なくともざっと見渡して生業になりうる他の活動より有望であることは確かだからだ。
誰にも見られていなくても継続的に活動できる、ということが
客観的な意味においての「本当に好きなこと」の条件だとして、それを持っている人はごくわずかだ。
就職活動ではすべての人に自分のやりたいことが何かを言語化することを求められるが、
それはその人の中で相対的な意味で「一番好きなこと」になるのではないか。


#7200

宿命

「1日1本ブログを書く」という制約を自分に課して19年が経った。
それによって積み重なってきたものの価値は大きく、だからこそ制約に意味は無かったとは言えない。
しかしそれを前向きに捉えられるのは1日1本何かを書けるだけの精神的・時間的余裕があればこそであり、
もともと三日坊主気質だったことに加え、しばしば精神的に日記を書くどころではなくなる自分を
騙し騙し19年続けていくということは並大抵のことではなかった。


長く続けてきた習慣を続けていくことが苦痛になってくると、
それはまるで人生単位で与えられた罰ゲームのように感じられてくるものだ。
「なぜ、自分ばかりがこんなことをやっているんだろう……」という虚しさを奥に押し込みながら、
それでもなお、ここまでに至った道のりの遠さを考えれば何の脈絡も無く辞めるという決断は下せない。
何か辞めるに値する決定打となる出来事があればいいのに、とずっと考えていた。
何でもない日に辞める勇気はとても持ち合わせていなかった。
……始まりの日である2004年09月01日はなんでもない日だったはずなのに。


2023年は、これまで何かを押し殺しながら書き続けてきた習慣がついに限界を迎えた年だったと思う。
web制作プロジェクトが煮詰まってきたことによりいままでになくブログどころではなくなり、
数ヶ月の放置期間を経て2023年05月29日、ついに本家ブログを閉鎖するに至った。
放置されたまま過去記事が公開されていることを恥ずかしく感じたからだ。
その恥ずかしさが、いままで何も勝てなかった「辞める決断を下せない自尊心」をついに上回った。
そうして、僕が高校時代から書き続けてきた本家ブログは終わりを告げた……かに思えた。


その直後、偶然出会ったObsidianという高機能メモアプリとの出会いをきっかけにして、
ブログはオフラインで継続的に書き続けるという風習が復活した。
この出会いが無かったらこのブログは本当に終わっていただろう。
辞めたくて仕方なかったはずなのに、ようやく辞める決定打となるきっかけと巡り合ったはずなのに、
それでも結局ブログを辞めるということは叶わなかったのである。


僕の活動のほとんどは他者承認を原動力としていて、それはゲームで遊ぶことさえ当てはまる。
だからブログも、オフライン運営に移行したとして誰も見ていないところでは続かないと思っていた。
ところが蓋を開けてみれば、むしろオフライン時代に突入してからの方が筆の乗りは良い。
ブログに限っては他者承認などとっくに必要無かったのだと初めて思い知らされた。
これはもう、僕の宿命なのだと観念した。


このブログが2周年を迎えたとき、受験生の僕を心配してブログは休止したらどうか、
と担任に勧められたことがある(#00845 / 2006年09月01日)。
当時の僕は、2年間でブログによって自作詩や文章力を評価されそれが新たな「生き甲斐」になった以上、
それを道半ばで捨てる道理は無いと考えて受験期もブログを継続することにした。
当時の僕が言う「生き甲斐」とはつまるところ他者承認ありきの活動であった。
いまの価値観では、他者承認が無かったら続かない活動を生き甲斐と断言するにはやや苦しいところがある。
しかし本家ブログはそれから17年の時を経て他者承認を必要としない「本当の生き甲斐」に昇格していた。
受験期の僕にここまでの先見の明があったとはとても思えないが、
当初からここまでの道のりを考えると、一人が一つのことを長く続けることの大きさを改めて思う。


前へ1 / 8次へ