Chrononglyph

意欲不足

#8086

好奇心依存

今日の出来事意欲不足

いま、自分は安易な理想化を戒めるというスタンスにいると思っています。
何か新しいコンテンツや技術に対して過度に期待しすぎないようにしようと。
なぜなら、その「過度な期待」はほとんどが妄想で構成されていて、
実際に対象物に着手した途端に霧散してしまうことがほとんどだからです。


しかし一方で、そういう心の動きが好奇心を行動に変換していたのではないかと思う節もあります。
最初に大きく上振れる期待感があってこそ新しい何かに興味を持てるのではないかと。
実際、理想化を戒めるという意識が芽生えてからは好奇心が減衰してしまったような気がします。
かつては2週間ごとに興味関心が移り変わるという自覚がありましたが、
ここ数ヶ月はそういうこともなくなって単に時間を持て余すようになってしまった。
これは非常に危険な兆候です。
自分は強い好奇心や発想があってこそさまざまな活動を推進してこれたと思っている側面が強いので、
その根本とも言えるエネルギーが衰退してしまったら何もできなくなってしまうでしょう。
過度な期待は戒められるべきかもしれませんが、
かといって物事に対して「何も期待しない」のも良くないということです。


物事が進展しないと毎日が同じような日々の繰り返しのように感じられ、未来に希望を持てなくなる。
それを防ぐためには少しでも物事を進展させて昨日との差分を作るのが大事なわけですが、
好奇心が衰退してくると必然的に行動力も衰退して、進展を生むのが難しくなるように感じます。
実際、いまは最低評価の01月を終えてゴールド先物のポジションのみ持ち越し、
これさえ解消すればなんでも自由に活動できるというところまではきていますが、
まあポジションのせいもあるものの02月に入ってもなお多方面の活動が停滞してしまっています。
一度停滞すると再開するのにそれなりにエネルギーが要り、
いまはそれを捻出することができない状態に陥ってしまっています。


こういう状態に陥って改めて思うのは、こうなったときの脱出方法をちゃんと確立しておかないと、
もっと歳を取ったときにさらに脱出が難しくなるんじゃないかという懸念です。
これまでの経験から言って、具体的な脱出方法はまず生理的欲求(食事、睡眠など)は過不足なく満たしておき、
なおかつ人間関係と金銭関係の心配事を無くす。
いまは先物取引のポジションを開けていることが金銭関係の心配事に該当するので
これのせいで活動が停滞しているという言い訳は成り立ちますが、
果たして本当にそれだけが原因なんだろうか。
少なくとも言えるのは、自分はその「間の悪さ」によってやりたいこととやっていることが噛み合わないことが多々あり、
それは昔からそうですがいまも大して改善していないということです。
2026年のスタートダッシュを決めるチャンスの時期に仮想通貨に手を出すとか。
そしてその結果ブログを溜め込んでさまざまな活動のモチベーションが冷え込むとか。
この間の悪さについてはまだしっかり言語化できていませんが、
簡単に言うと短期展望に基づいてしか行動できないので長期計画に対して合理的な行動が取れない、
ということだと思っています。
まぁでもそれだけでなく、さまざまな要因が雁字搦めになってそうではありますが。


物事に興味を持ち、活動し、自分の糧にするという「素直な」プロセスを実行できないと、
やはりどこかで行き詰まるのではないかと思っています。
そしてその意味での素直さを実践するためには、物事への期待をほどほどにするというバランス感覚然り、
短期展望だけですべてを判断しない長期目線の判断力然り、
あたかも投資家のようなスキルが必要なのではないかと改めて思うわけです。


#8015

ゲーム会の意欲低下

今日の出来事意欲不足

元同僚の提案で、元同僚たちと我が家で集まるゲーム会を来月初頭に開催することになりました。
とりあえず二つ返事でOKしてしまったのですが、冷静に考えてみるとかなり気乗りがしない。
これ、もしかすると心境的にはキャンセルした方が妥当なのではないかとまで思っているので、心境を整理します。


ゲーム会は5年前からある不定期イベントで、最近は1年に1回程度会うという頻度で開催していました。
2020年初頭当時研修を受けていた同期同士で集まって、
軽く酒をあおりながらそれぞれの現状やら業界のヤバさやらを一通り話したあと、
自分が持っているゲームやボードゲームで遊ぶという6時間ほどのオフラインイベントです。
年を取ってから上京した自分にとっては貴重なオフラインでの交流機会であり、
そういう意味ではとても大切なイベントであることは間違いありません。
そして過去十数回は例外なくその開催を楽しみにしていました。が、今回初めてそういう気持ちになれない。


この要因はざっと3つ思い付きます。まず、そもそも前回からそれほど間が開いていないこと。
前回の開催はSwitch 2の購入直後だったので、今年の06月です。
近年は年イチ開催が通例だったので、半年のスパンでもう一度というのは間隔が短い。
なんでこのタイミングで(後述の既婚の同僚が)集まりたいと提案してきたのか謎です。
まだそんなに積もる話も無いしなぁ、という気持ちにはどうしてもなります。


それから、やはりというべきか自分自身のゲームに対する興味の減衰が著しいこと。
別に他者とオフラインでぜひゲームしたい、というような気分でもない。
『カービィのエアライダー』が出たばかりという点ではタイミングは良いですが、
それでもなお、いまの自分が楽しめるとは思えない。
こんなモチベではシティトライアルでイライラすること請け合いなので、それならいっそやりたくないという気持ち。
Switch 2発売直後はまったくこんなことを考えていなかったので、これはこの半年の心境変化だと思います。
この事実だけ見ても自分は確実に悪い方向にメンタルが歪んできていると言わざるを得ない。


従来の自分なら、とりあえず他人と話すことは楽しいのでなにはともあれ集まるのは歓迎、というスタンスでした。
が、いまはとにかく実績も無いし進展も無いので、
むしろ中途半端な自分を他人に見せたくないというような気持ちがある。
「誰かと話したい」という欲求よりもそうした欲求が上回るケースはかなり珍しいです。
まぁ人間そうそう半年で成長しないんだからなあなあに世間話でやりすごせばいいじゃん、
という考えもあるかもしれません。事実それで今回を凌ぐというのもわりとアリだと思っています。
ただ、そこまでして集まるイベントでもないというのもまた事実。


まぁ、あとは既婚になった同僚に対する妬みの感情を片付けられていないというのもあるのかなと。
これは前回のゲーム会の最中に明らかになったことです。
自分の価値観ではこの同僚は明らかに「正攻法」ではない方法で結婚していて、
それは自分に言わせれば誠実さを欠く行為です。
ただ、だからといって同僚を責めるのは単なる価値観の押し付けであり、どこまで行っても個人的な妬みでしかない。
これもゲーム会で結婚についての話をいっさいしなければ済む話ではあるのですが、
自分が我慢したところで他の人が言及しない保証は無いし、
我慢してまで開催するほど価値のある会とも思えないんですよね。
結局この妬みが「相対的に成果を出せていない自分」を浮き立たせ、他2つの要因に波及しているような気もします。


価値観の押し付け云々については、久々に矯正しがいのある道徳的問題だと思っています。
恋愛に関する妬みについてはほぼ同じケースを使った考察で5年前にすでに結論を出していて(#05885 / 2020年01月30日)、
ここでの負の感情は「本当は自分もそれをしたい」という欲求があることの証明であるとともに、
「自分は『自分ルール』に沿って遠回りしているのに、あいつらはショートカットしててズルい!」
というような、あわよくば自分も自分ルールを放棄したいという助平心があるからだと分析しています。
これはまあ、その通りだと思います。
ただ、5年前当時も「自分ルールを守るべき自分」と
「そのルールの範囲外に存在する他人」をどう分けて考えるかについては結論が出ていない。
そこはリベンジするべき問題なのかなと。


話が逸れましたが、以上3つの事情から今回のゲーム会は気が進まず、
軽率にOKを出したことを若干後悔しています。いまからでも中止する方向で動くべきか否か……。


#7738

モチベーションの動輪

今日の出来事意欲不足

ここ2〜3週間ほど、かなりパフォーマンスが悪く実績を作れていないので戒めを込めて現状整理を。
ざっと振り返ると今月初旬はNuxt Contentの発見によってweb制作方面のモチベが上がったものの、
その少しあとにちょっとした出来心でかつてすごく嫌いだったコミュニティ・ゾンビ
(コミュニティへの帰属を標榜しているのに反社会的な発言ばかりするアカウント)のSNS活動をディグってしまい、
それでメンタル的にかなりモヤモヤしてしまったという実感があります。
たったそれだけで活動が停滞するのもいかがなものかと思うのですが、
事実、心がそっちに引っ張られてしまってからはなかなかパフォーマンスを発揮できていません。


趣味や仕事が相応に忙しければ些細なネガティブ情報は「それどころじゃない」と切って捨てて済む話なのですが、
現在は仕事面がかなりの閑散期に突入してしまっているため、やや打たれ弱い感がありますね。
趣味面ではやることは順番待ちの列を作っているものの、
意図的に締め切りを作っていないので言ってしまえばいくらでも先延ばしにできるような状況。
だったら締め切りを作って後に退けないようにすればいいじゃん、という話にもなるのですが、
過去にそれでも締め切りを守れずに他人へ迷惑をかけてしまった実績があるので、それもなかなかやりにくい。
思えば、あの2023年末の計画破綻から本当にイベント系の作業は弱気になってしまったなぁと……。


以前はまず締め切りありきで先に公言してしまって、
それに合わせて是が非でも頑張るというスタンスでなんとかやってこれたはずなんですけどね。
そのやり方は少なからず心理的負担が多く、そして現状それに耐えられるメンタルは無さそう。
しかしだからと言って全部逃げていたらあらゆる行動は先延ばしになってしまいます。
そろそろ重い腰を上げたいところではある。


自分にとって2014〜2015年は地獄と言っても差し支えないほどに仕事に追われていましたが、
実はブログ10周年で移転したのも、初めてPHPで書いたピクチャレ大会ver.2を作ったのもこの時期でした。
趣味側のプロジェクト単独ですらいまやれと言われたら自信が無いのに、
これと仕事に加えて当時はコンシューマーゲームの最前線も追っていたのは信じられない……
と思っていましたが、こういうのは意外と「1つ回りだせば全部回る」ものなのかもしれません。
最近の自分がコンセプトにしている両輪作戦はあくまでもモチベは別々に動くものという認識ですが、
2015年当時を振り返ると全部同じ動輪で回っていたような気がしなくもない。
意外とモチベーションというのはそういう構造なのかも? と思ったり思わなかったり。
仕事が閑散期なので趣味もやる気が出ないという現状はそれを裏付けています。


まぁ……仕事が忙しくなったらなったで「時間が無い」という苦しみが発生するんですけどね。
世の中そうそううまくいかないものです。


#7345

波乱の年始による神経衰弱

今日の出来事意欲不足

久々のコミケ参加と人生初のぼっち年越し、そして震災発生による帰省の延期。
帰宅の際も初電帰りをしてしまったことにより生活リズムが一時的に壊れ、
追い討ちをかけるように身内の不幸が発生、悲しむ暇も無く9営業日連続の出社日。
そしてようやく解放されたのが今日なのですが、この4週間で明確にメンタルが沈んでいる実感があります。
5年かけてやっと卒業した抗うつ薬をまた処方してもらおうか迷うレベル。


何が困るって、本当に何もやりたいと思わなくなってしまうことです。
また何かをやっても些細なことでイライラしがち。不合理と知っていても頭が働かない。
明らかに脳みそがおかしくなっている証拠です。
14年ぶり新作ということで大いに期待していた『風来のシレン6』も少しやってみたのですが、
てっきり本編クリアまでノンストップで楽しめるかと思いきや、
本編でうっかり事故って倒れてしまった途端に萎えてすぐ辞めてしまいました。


実はコンシューマーゲームの期待作をメンタルが理由ですぐ辞めてしまうのは今回が初めてではなく、
2020年の『ことばのパズル もじぴったんアンコール』でも起きたことがあります。
まああれはゴリゴリの対戦ゲームだったのでそもそもメンタル弱者が手を出すべきではなかったのですが。
とにかく、いまの自分は単にゲームが下手くそであるだけでなく、それを乗り越える気力も無い。
そういうことを新作発売のたびに思い知らされるということがあるというわけです。


で、期待していた新作ゲームを遊べないほどの状況となると、もう他にまともにできることがありません。
理性が死んでいても行けるスパ銭くらいです。
さらに歳を取ったら、これにパチスロや風俗、タバコも選択肢に加わってくるのでしょうか……。
体験せずに批判するのもアレですが、
おそらくコスパで言えば最悪だと思っているのでなるべく依存したくないとは思っています。
特にタバコは健康を犠牲にして目先の快楽を得るという点で最悪なので一番避けたい。
まだキャバクラに手を出した方がマシです。


ここから脱出するためにはどうしたらいいのかというと、
いままでの経験からこれは「時間が経つのを待つしかない」と思っています。
なにしろ最大の要因になりうる生活リズムが正常なのにこうなっている以上、打つ手がないわけです。
なので、いまは怠惰を貪るしか能がないのであれば、徹底的に怠惰を貪ってしまう。
中途半端にタスクを消化しようとせずに徹底してそこから距離を置くことで、
状況が改善したときに取り組みやすくなる傾向があるからです。あと、こうした方が回復が早い気がする。


ブログはこういうときでも書けないわけではないので、
これを書くというタスクをこなすことで「文字通り何もしなかった日」を避けられるのはいいですね。
大学院時代などいまよりもっとメンタルがヤバかったときも、
なんだかんだでブログというプラットフォームを持っていることが心の支えになっていた気がします。
こういうところにもブログの存在意義はあったんだと改めて感じました。