ダーク・アンビエントの世界へ
最近、Aphex Twinの『Selected Ambient Works Vol.2』(以下「SAW II」)にハマりつつあります。
SAW IIは1994年にAphex Twinのキャリアとしては初めて大御所Warp Recordsから発売されたアルバムで、
その名の通りアンビエント・ミュージックを集めた作品です。
前作『Selected Ambient Works 85-92』はテクノ色もあっていわゆるアンビエント・テクノとしての傑作、
あるいはAphex Twin初期作品の代表作として語られることが多いですが、SAW IIはノンビートの純アンビエントです。
1980年代以前にブライアン・イーノによって開拓された「聴き流す音楽」としてのアンビエントではなく、
高級ヘッドホンを装着して目を閉じながら聴くような「没入する音楽」としてのアンビエントの開祖。
このジャンルの金字塔とも言うべき高い評価を得ています。
去年2024年に30周年記念でリイシューされ、その際に欠番だった19トラック目が正式に収録された上、
26〜27曲目としてボーナストラックが2曲追加されました。
自分がこの音楽に出会ったのは2010年。
Aphex Twin、あるいはエレクトロニカ全般に対して、ある種のヘンテコさを求めていた当時は、
ただただダークでビートレスなこのアルバムは(個性や面白みに欠けるという点で)あまり良い印象はありませんでした。
のちの2013年、Taylor Deaupreeとの出会いをきっかけに没入系のアンビエントにハマる時期も来るのですが、
その当時もSAW IIのことは忘れてしまっていました。
SAW IIのような(便宜上)ダークなアンビエントを見直すきっかけになったのはKettelの『Volleyed Iron』でしたが、
当時は卒業論文によるうつと昼夜逆転病によって身体的・心理的にどん底状態で、
どん底だからこそ陰鬱な音楽を求めてたどり着いたという実感があったこともあり、
それから10年近くの間、ダーク・アンビエントはどん底な心にこそ沁みる音楽、という印象でした。
それは心の谷底から脱してしまえばめったに聴く機会が無いということを意味しています。
ただ、ふとしたきっかけで特に気落ちしていないけれど久々に聴きたくなって聴いてみたとき、
ダーク・アンビエントがただただ音楽として美しいものであることを再認識するに至りました。
20代はエレクトロニカに、あるいはAphex Twinに、あるいはダーク・アンビエントに対して、
ある種の特殊性や付加価値を求めていたようなところがあります。穿った聴き方をしていたということですね。
しかしいま、ようやく変なプライドも鳴りをひそめ真っ直ぐに「音楽を聴く」ようにできるようになったとき、
改めてSAW IIの美しすぎる世界観に驚いてしまいました。
自分はこんなすごいアルバムを15年もライブラリの奥底で眠らせていたのかと。
「#1」や「#7」はアンビエントなのに耳に残るメロディで、これぞアンビエント! という感じがするし、
かと思えば「#9」は同じ切り口ながら全然違う世界観で表現していてこれも好き。
SAW IIは異世界へ旅行できるアンビエント・アルバムだと思っていましたが、
正しくは「いくつもの異世界」へ旅行できるアルバムですね。まるでさまざまな世界を探訪するファンタジー小説みたい。
そのAphex Twin文学をちゃんと理解できるのはまだまだ先になると思います。
このアルバムをガッツリ1枚分語れるのは……何年先になることやら。