Chrononglyph

#8154

プライベートサーバー炎上事件

今日の出来事ネット文化

スクエニの人気IPである「ニーアオートマタ」関連シリーズの熱心な外人ファンが、
『NieR Reincarnation』というサービス終了済みのソーシャルゲームのプライベートサーバーを建てたことで、
日本人と外国人(主には欧米人)との間でわかりやすい文化対立 が起きています(元ツイはこちら )。
ざっと双方の主張を読んだところ、
外国人は「公式が正当にプレイする可能性を閉ざしているゲームをファンによって再興することは、
それが著作権侵害だったとしても許容されるべき行為だ。文化を失うことこそが本質的な悪だ」
というようなことを言っているのに対し、日本人はおおむね一貫して
「どのような意図・目的であれ公式がサービス終了したものを公式に無許可でファンが再発するのは盗用であり、犯罪だ。
著作物をどうするかについての主権はあくまでもクリエイターにあり、消費者にそれをとやかく言う権利は無い」
というような主張が多いように見受けられます。
そしてお互いがお互いを「彼らとは分かり合えない」と呆れており、その溝の深さに驚いているようです。


結論から言えば、プライベートサーバーの設立と公開は公式が所有するアセットを一切使っていなかったとしても、
クライアントアプリを勝手に非公式サーバーへ接続させる時点で少なくともエンドユーザー利用規約に抵触するだろうし、
自前のサーバーでゲームを成立させる過程でリバースエンジニアリングやコピーガード回避をしていると思われ、
それらは明確に著作権侵害となります。
権利元のスクウェア・エニックスが怒ればプライベートサーバー運営側は消し飛ぶはずです。
そして、その辺の権利を保障するための法律は別に日本独自のものではなく、各国でも似たような規定があります。
つまり「どのような大義名分であれ、権利侵害している以上は法的にはアウトと言わざるを得ない」というのが結論かと。
海外勢は「法より倫理」という立場で文化の保存を大義名分としているようですが、
本質的に問題なのは他人も遊べるサーバーを勝手に公開していることであり、その点は倫理的にもアウトに見えます。
「ホスト本人のみか、ごく限られた人しかプレイできない」とかだったら炎上しなかったかも。
ただ、事態はそう単純なものではありません。


まず、「日本のゲーム・アニメが好きな外国人オタク」という立場になって考えると、
自分たちが好きなコンテンツが、自分たちに供給されることはあまり多くないという実情があります。
レトロゲームのような物理媒体はそもそも国内で手に入らなかったり、
DL販売にしてもリージョンや専用プラットフォームなどがややこしくてプレイが困難な可能性もあり、
そしてやっと手に入れても言語の壁があったりするわけです。
海賊版や改造版の存在はそうした問題を一挙に解決するので、
倫理的な問題はあるにせよそういうインターネット技術に頼らざるを得ないという感覚は、
まあ10000歩譲ってわからなくはない。
その点、日本はゲームに関しては公式からの供給手段がとても安定しているので理解できないのでしょう。
しかし日本でも電子書籍の購入はレンタルに等しく、ストアがサービス終了すれば全部読めなくなるというリスクを挙げて、
「公式が提供するサービスが著しく使いにくいなら、割れ(違法DL)に頼らざるを得ない」
という言説が比較的受け入れられているのを見かけたこともあり、この辺は共通感覚としてあるのかなと。


さらにやっかいなのはソーシャルゲームというものの実態です。
ソシャゲはユーザーにクライアントアプリを支給するものの、それは公式サーバーが稼働していないと起動さえできません。
そしてサーバー維持やコンテンツの制作にお金がかかる以上、
ユーザーがそれなりに課金してくれないとサービスの安定供給はなかなか難しく、
『パズル&ドラゴンズ』以降、おそるべき数のソシャゲが世に出ては消え去っています。
サ終してしまったソシャゲは基本的には遊ぶことができません。電子書籍のようなものです。
それに対して「文化の損失だ」と嘆く感覚もまあ分からなくもないです。
ソシャゲは電子書籍における紙書籍のような代替フォーマットが存在しませんからね。


しかしだからといって「ソーシャルゲームはいつでもプレイできるように保存されるべきだ」
という方向に倒してしまうと、権利者の負担はただ増えるだけになるでしょう。
たとえばサービス終了したらサードパーティのサーバーに接続する方法を用意しなければならない、
というような法律を作ったとしたら、
自分さえ楽しめればそれでいいユーザーたちは公式を攻撃してさっさと公式サーバーを撤退させ、
自分たちの裁量でやりたい放題できるサードパーティでのプレイ体験にこそ価値を見出すようになるのではないでしょうか。
もしもそれが通用するならもはや企業はお金をかけて他社IPとコラボしたりアセットを用意したりする意味がなくなるので、
ソシャゲという文化は急速に廃れていくことになるのではないかと思います。


つまり、ソシャゲのような文化は公式が手綱を握っているからこそ維持されている文化であり、
それを奪い取れるような世界線ではそもそもソシャゲというもの自体が成り立たないのではないかということです。


この辺の議論は日本人(の若者)が作品というものをどう見ているかという価値観が垣間見えて興味深いです。
同人文化に接続して考えればさらにいろいろな発見がありそうですが、まあそれはまた今度ということで。



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