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#8127

Twitterの不愉快な広告

今日の出来事twitterweb広告

取り留めもないTwitter依存に唯一歯止めをかける要素があるとしたら、それは広告です。
今日も元気に複数アカウントのおすすめTLを読みまくっていたのですが、
いずれのアカウントでも示し合わせたように不愉快な広告が出るようになってしまい、
非常にイライラしながら対策などについて調べていました。
体感ではTwitterはあるタイミングで一斉に広告表示頻度が増え、インモラルな広告が増える傾向にある気がします。
当初、自分はこれは広告リジェクト(「この広告には興味がない」ボタンを押す行為)にはペナルティがあり、
ある時期にペナルティの累積量をチェックして閾値を超えるとリセットされるものだと思っていました。


しかしChatGPTのリサーチモードでガッツリ調べてもらったところによると、
そもそも広告リジェクトは「タイムラインの表示改善に役立てる」的な文言が表示されるものの、
実際にはリジェクトした当該ポストが表示されなくなる以外の機能は無いそうです。
あるカテゴリの広告をリジェクトしたらそのカテゴリ全体の表示回数が減るものだと思っていましたが、違うんですね。
一方、Twitterアカウントには自己紹介文、直近のポスト内容、
どのポストに反応(いいね/RT/リプライ)したかどうかが個人情報として紐づけられており、
このデータは広告の選定に大いに活用されています。設定を見ると自分が何に関心があることになっているかがわかる。
基本的にはこのパーソナライズデータに関連した広告が優先的に表示されるのは確かなので、
インモラルな広告表示が嫌な場合、健全な内容の多種多様なカテゴリの内容をつぶやくことは対策になります。


ただ、あくまでも「優先して表示」するだけなので、枯渇すればターゲティング広告以外も表示されてしまいます。
そしてどうやら、インモラルな広告はこの非ターゲティング広告として表示されている節がある。
なのでTwitterで投稿などのアクションに対して閲覧量が圧倒的に多いと、パーソナライズもあまり意味がありません。
あとはおそらく、インモラルな広告の出稿開始タイミングなどで同じ広告を見る機会が多いように感じるのでしょう。


閲覧頻度としてはヘビーユーザーに当てはまるので課金することはやぶさかではないのですが、
複数アカウントを使っている以上、課金総額がアカウントの数だけ増えるのは正直厳しいんですよね。
かといって用途も名義も発信内容も全然違う各アカウントをいまさら1本に絞るのも難しい。
しかも、Twitterは課金したとしても広告は半分になるだけでゼロになるわけではありません。
現状だと4投稿につき1本が広告になっているので、それが8本につき1本になるだけなら大差ないような気はする。
ちなみにTwitterは広告配信と一般投稿の配信が同じドメインで読み込まれるため、
アプリ単位の広告排除としての最終手段であるDNSブロックも通用しません。
唯一、web版であればコンテンツブロック系のアプリが動作するので完全に広告を削除できますが、
ネイティブアプリと比べるとどうしても使い勝手は劣ります。
いまのところコンテンツブロックアプリ(280blockerなど)を導入した上でPWAとして利用するのがもっとも無難かも?


なかなか手強いですが、まぁでもそのおかげでTwitter依存は一定のところで歯止めがかかりそうな気はします。
もしこれで広告ゼロの理想的なTLが完成したら、ますます泥沼のTwitter依存症になってしまうでしょう。
そういう意味ではインモラルな広告は不愉快ですが、依存していることを自覚する良い契機なのかもしれません。


#8096

情報収集手段としてのTwitter

今日の出来事twitter

ここに来て旧Twitterの利用が加速しつつあります。
超ざっくり振り返ると、自分は2009年に運営サイトの更新通知としてTwitterの利用を始めました。
そしてTwitterの日本語コミュニティの勢いが高まってきたことから2010年春に汎用アカウントを開設。
2013年までは主に音ゲークラスタとしての運用でしたが、
同年の『ピクミン3』の発売をきっかけにピクミンコミュニティへの所属を自認するようになります。
以降、ピクミンコミュニティの中心地として運用を続けていったわけですが、
2018年にそのコミュニティ内で大きな問題を起こしてしまい、メンヘラになり、アンチTwitterを標榜するように。
翌年はいわゆる匿名メッセージアプリの(個人的)大流行があって一時Twitterは忘れ去られ、つぶやく頻度は大幅に減少。
ピクミン界隈に復帰してからも「個人の意見」を発信する機会はどんどん減っていき、
その後例の大量リムーブを決行してますますその傾向は強まることに。
こうしたアンチ以降の動向については現在はどちらかというと後悔しています(#07726 / 2025年02月10日)。


それによって「より自由に発信するネットコミュニティ」を失ってしまった自分は、
2023年に同人界隈をフォローするためだけにサブアカを開設。
当初は推し絵師さんの動向を見守るためだけに運用しているようなアカウントでしたが、
翌2024年にYouTubeのおすすめをきっかけにVTuber(ホロライブ)を見るようになり、
また同時期に『原神』にもハマったことでサブアカは同人&ホロライブ&原神アカウントという名目になりました。
そしてしばらくして『原神』は自分の中で衰退していき、
またホロライブも博衣こよりお気持ち表明事件の辺りからホロライブを叩きたい勢力があまりにも大きなことを知り、
ちょっとした価値観の違いで大炎上する界隈に正直疲れてきました。
いちおうまだ主なライバーの通知は切っていませんが、動画自体は(角巻わため以外は)もう見ていません。
また、同人界隈についても2025年以降は画像生成に興味がシフトしたことで昔より熱は冷めていきました。


その結果サブアカのおすすめタイムラインは「育児漫画」「猫動画」「名言・格言・自己啓発」「女の子イラスト」
といった要素が入り乱れる、暇なときにちょうどいいコンテンツをつまみ食いするシステムになりました。
これは、かつての汎用アカウントの運用にかなり近い状態です。
おかげで電車移動中などはこれを見ていれば基本的に退屈しません。


現状、この本アカとサブアカの他にも
「電子音楽」「投資・仮想通貨」「ゲーム制作」「読書・ブログ」と4つのアカウントを運用していて、
それぞれのおすすめタイムラインは分野別にキュレーションされた投稿が無限に供給されるようになっています。
このうち、2025年までに主に「開拓」していたのは仮想通貨のみでしたが、
2026年からはブログ活動も恐れずにSNSで発信していこうという方針に基づき、ブログ系アカウントも動かしています。
そしてこのアカウントはいわゆる知的活動にフォーカスしていることもあって、
整備すればするほどめちゃくちゃ有意義な情報が滝のように流れてくるんですよね。
最近、この整備が多少進んだことでアカウントとしてかなり使えるようになってきたという印象です。
この影響で、ここ数日で新規に読みたい本がかなり増えました。
が、読書は全然進んでいません……。


確かにTwitterは欠陥の多いシステムで、SNSとしてはイマイチなのは間違いないと思います。
サブアカを好きなだけ作れるため倫理的に逸脱しているような人も自由に無責任に発信できる構造上の欠陥もあって、
VTuberのような叩かれやすい著名人にとっては悪魔のようなサービスだと思っています。
自分はいまだにXに改称したことにも納得していません。
が、一方でいまだに利用者が圧倒的に多い覇権プラットフォームであることは疑う余地もなく、
またキュレーションをうまく操縦すれば有意義な情報を得るのには手軽で強力なツールであることは確かです。
情報収集プラットフォームとして優れていることは認めて、
アカウント別のキュレーションを「育てる」ことにしばらく注力してみるのもいいかもなと改めて思っています。


#8044

なぜTwitterは不自由なのか

今日の出来事twitter

自分は2018年以降、一貫して「アンチTwitter」の立場を取っています。
とはいえまだまだ世間におけるSNSの主流はTwitterなので使わざるを得ないところがありますが、
自分は少なくともメイン活動に紐づいたアカウントで投稿する内容は意図的にかなり絞り込んでおり、
代わりにDiscordでの活動量を意図的に増やしています。
アンチTwitterであることは何年も前から表明していますが、
そういえばなぜアンチなのか、Twitterの何がダメなのかはあまり具体的に明文化してこなかった気がします。
なので、今更ではありますがここでその思想について軽く整理しておこうと思います。


自分がTwitterを嫌いな理由は、次の1点に集約されます。
すなわち、Twitterにおける自由性は、その個人のネームバリューや道徳観念の強さに逆相関すると考えているからです。
道徳観念とは、ここでは「自分はモラルをちゃんと守りたい」「他人に対して誠実に対応したい」
などという気持ちがしっかりあるということ、またはその程度を指します。
またネームバリューとは、そのハンドルネームに紐づけられた諸活動の実績を指します。


道徳観がしっかりしている人やハンドルネームに紐づけられたキャリアがちゃんとある人は、
Twitterでアンチモラルなことやノンデリカシーな発言はできません。
なぜならそういった発言は道徳観に反したり、個人としての発信力を毀損したりするものだからです。
これは著名人や企業の公式アカウントはもちろん、
ネットで真っ当に活動している多くの個人が当てはまります。
そういう人同士のSNSはとても快適で実りある交流になりうるでしょう。


しかし、実際にはTwitterにはそれに当てはまらない人というのが非常に多く潜んでいます。
つまり真っ当な道徳観を備えておらず、個人としての実績が皆無なため何を発言しても失うものがないような人。
いわゆる「無敵の人」ですね。
彼らは他人に痛みを与えるようなノンデリ発言をしても痛くも痒くもありません。
発言に責任が伴わないので、他者を不快にするようないかにも配慮にかけたような投稿も簡単にできる。
まずここにそれぞれ発言できる内容にかなりの差がある。
「まともな」人ほど、その範囲は狭いと言わざるを得ません。このいびつな不平等性は本当に気持ち悪いと思う。
そして厄介なのは、Twitterはサブアカを簡単に作ることができるため、
その人そのものはまともでも鬱憤を晴らすために「無敵の人なりきりアカウント」を作ることが可能なことです。
企業や有名人に攻撃しているアカウントはこうしたいわゆる裏アカも少なくないのではないでしょうか。


また、Twitterでコミュニティを作ってしまうと、コミュニティに入ってきた人はみんなでフォローします。
ここで新しい人がノンデリだからとフォローしないという行動を取ってしまうと、
コミュニティはその人を共有の仲間としてTLで言及しているときに自分だけ仲間はずれのようになってしまう。
なのでコミュニティが形成されると、しばしばフォロー関係には主体性を超えた一定の束縛が発生します。
ここでも道徳に対して実直な人ほど不自由な思いをし、
ノンデリで空気の読めない病気の人ほど自由にフォローしたりブロックしたりするという不平等性がある。
結果、自分自身は道徳観念やネームバリューに忠実に健全な投稿しかできないのに対して、
タイムラインにはそういったものとは無縁の無敵の人たちがノンデリ発言を繰り返し、
しかも軽々にはそれらをリジェクトできないというような息苦しい空間ができあがることになります。
これは本当にストレスのかかることで、自分が2018年に心療内科に通うようになった原因のひとつでもあり、
2018〜2022年の5年間、コミュニティで迷走し続けた諸悪の根源でもあると思っています。
だから某界隈がボイチャ中心になったことは、自分にとってはものすごい追い風でした。


これら不平等に対する唯一の対応策はミュートで、自分は2022年ごろからミュートをかなり容赦無く活用してきました。
しかし、結局のところ他所ではきわめて良識的な人もTwitterではノンデリな発言をする人など、
単純な線引きで切り分けられる問題ではなく、完全な解決は見ていません。
コミュニティ内にTwitterをある種の心のゴミ箱として運用する人がいなくならないかぎりは、
そのゴミを引き受けるストレスを抱えるリスクというのはゼロにならないんじゃないかと思う次第です。


年の瀬になると「来年からのTwitterの運用は変えるべきか否か」というような思いに至りますが、
基本的にはミュートは遠慮なく、自分の投稿は厳選するという方針は変えないのが妥当かなと思っています。
一方で、サブアカも浄化が進んでほとんど旧メインアカみたいな運用になってきた今年を踏まえると、
旧メインアカのいいね欄は承認を配るための枠として使ってしまってもいいのかなとも思っています。
どういうことかというと、旧メインアカはいわゆるおすすめタイムラインに流れてくるような、
万バズしている本当に有用な投稿のみを厳選して「いいね」するというスタンスだったんですね。
「いいね」の機能をそのためだけに使っているので、
相互フォローしている人の前向きな投稿に「いいね」で反応してあげる、といった使い方はしてきませんでした。
しかし昨今、おすすめタイムラインの内容はサブアカもほぼ同じような健全な内容の万バズ投稿になってきたので、
万バズをいいねするのはサブアカに任せるという運用が可能になりました。
これなら、メインアカの「いいね」機能は相互フォローしている人に承認を配るために使ってもいいのではないかと。
それが他者の活動促進の火種になってくれればと思っています。


これは「利己よりも利他」という2025年に見出した思想を実践する一歩にもなりそう。
もちろん、利他活動が大事だからといってノンデリな人に「いいね」するような不条理な行動はしません。
そこはあくまでも実績主義でいいのかなと考えているし、
そういう差別化をすることで自分の承認行為に箔がつくのかなと考えています。


#7832

Twitterアカウントの型落ち

今日の出来事twitter

2010年04月01日に運用開始し、近年は行き詰まり感が否めないTwitterのメインアカウントですが、
あることを根拠に本格的に「サブ落ち」させることを検討してもいいのかなと思いました。
というのも、インプレッション(投稿が閲覧された回数)がサブアカとそこまで差がないからです。


メインアカウントは15周年を迎えましたが、
基本的に脱メンヘラ後は「ピクミンプレイヤーとして」のみの発信という制約を自分に課しています。
その制約を課すに至った経緯としては、そもそも承認不安(自分が不当に認められないという不満)が長年募っていて、
それが2022年のメンヘラ末期に爆発して「無益なつぶやきをしている赤の他人」を一斉リムーブしたことにより、
自分自身も無益な投稿ができなくなってしまった、という流れです(#07726 / 2025年02月10日)。
これはもう、メインアカウントに取り憑いた強い呪縛であり今更逃れることはできません。
そもそも無益な投稿は不要だという考えはいまも根強く残っているし、
どうでもいいつぶやきしかしない人はやはりミュートしたくなります。
こんなマインドだから、自分自身も誰にも認められず承認不安に陥るのでしょう。見事な悪循環です。
根本的には心の弱さ、他人を尊重できない傲慢さがあるのだと思います。
こういう心の負債が一方的に溜まっていくのがSNSの嫌なところです。


これを断ち切るべく、呪いのかかっていないサブアカウントで再出発したのが2023年。
当初はパトロンサイト支援の一環として、
メインアカウントでは触れられない同人界隈をフォローするために運用を開始しました。
が、いまやTLにはさまざまな有益情報が飛び交い
事実上のメインアカウントと言ってもいいくらい利用割合が増えてきました。
そこで、こっちでならガス抜き目的の無益なつぶやきをしても許されるのではないか、
ピクミン以外のゲーム等に関する発信をここでやってもいいんじゃないか、と思うようになってきました。


この考えを強く後押ししているのが、冒頭に挙げた平均インプレッションです。
執筆時点でリポスト(リツイート)とハッシュタグつき投稿を除く最新10投稿を比較すると、
その平均インプレッションはメインアカウントで169.4pv、サブアカウントで124.4pvとなっています。
メインアカウントのフォロワーが800超あるのに対し
サブアカウントは原則フォロー専用でほぼフォロワーはついていないにも関わらずこの差です。
みんなおすすめTLを見ているからなんでしょうね。フォロワー数が有名無実化しているのでしょう。
あと、いかにメインアカウントのフォロワーにゾンビが多いかということでもある。
まぁ、めちゃくちゃミュートされている可能性もゼロではないですが……。


こういうことであれば、承認不安の呪縛に抵抗してまでメインアカウントで何かつぶやかずとも、
サブアカウントでもっと気楽に発信してもいいんじゃないかと。
なんなら「おすすめTL」というシステムがあるかぎり、新規アカウントでもなんら問題ないことになります。
いまのサブアカは同人界隈に偏っているので、それとは別に汎用のサブアカを運用してもいいのかもしれない。
特定分野について発信するとすぐにTLがその分野に染まるので、
基本的には分野ごとに使い分けるのが望ましいし、旧Twitter社もそういう使い方を想定しているのではないでしょうか。


もし「汎用サブアカ」の運用が安定してくれば、もはやメインの発信場がそちらになるのは当然の成り行き。
そうなったとき、現メインアカウントはピクミンに関することしかつぶやけないサブアカ、
という立ち位置になるのでしょう。
せっかくアカウントの世代交代をするならBlueskyやMixi2なんかも面白そうですが、
直感的にはアクティブユーザーの多さという点でTwitterには勝てなさそうです。
Blueskyはアプリの出来としてはかなり良い雰囲気はあるんですけどね。


#7814

よくないねボタン

今日の出来事twitter

ここ最近、Twitterが一部のユーザーに対して「よくないね(Dislike)」ボタンを実装しており、
いよいよ「よくないね」ボタンが本稼働するのではないかという噂がまことしやかに流れています。
実はTwitterへのよくないねボタンは過去に何度も実装が噂されたことがあり、
そういった経緯からも今回も本当に実装されるかどうかは不透明です。


ただ、もし本当に全投稿に実装され、「いいね」と同じ仕様(誰がボタンを押したか分からない方式)にする場合、
個人的にはこれは承認欲求不満に陥っている人、自己肯定感が低い人を追い詰めることになると思っています。
これはもちろん長年承認欲求不満人生を歩んでいる自分も例外ではありません。
Twitterは事実上のSNSですが、こうしたSNSでアイデンティティーを確立できていない「弱者」は、
投稿してもなかなか認められることがありません。そのため少ない「いいね」にも一喜一憂します。
裏を返せば、否定されることを必要以上に恐れているというわけです。
そのため「0いいね=他者に受け入れられなかった」と判断して投稿を消すこともある。


基本的にこういうマインドセットを持っている人の投稿は大して有意義でもないし面白くもありません。
なぜなら、もし有意義だったり面白かったら相応に承認をもらえているはずであり、
そうでないからこそ承認欲求不満に陥っていると考えることができるからです。
そして、特定のSNS以外で承認欲求不満を発散できる手段が無いと、いよいよ依存するようになっていきます。
投稿のためにネタを探すこともやめ、ただただ投稿頻度を増やして自分をアピールするようになる。
そういうアピールをされても何者でもない人の日常的な投稿を承認するのは心理的に困難であるため、
当然それらの活動が報われることはありません。何回かに1回は偶発的に「いいね」がつくかもしれませんが、
たったそれだけのためにつまらない投稿を山積みしていくことになるわけです。


「よくないね」ボタンが実装された場合、
「面白いツイートをすることを諦めた弱者」にとってはその曝け出した全投稿がウィークポイントになり得ます。
たとえ1つも「いいね」が付かないと観念した投稿であっても、
「よくないね」が1つでも付けばこういう人はそれなりに心理ダメージを受けることでしょう。
自己肯定感が低い人にとっての「よくないね」は、同数の「いいね」よりもかなりの重みがあります。


しかもこういう人は承認欲求不満に陥っている時点でSNS上にさして味方もいません。
一方でTwitterは鍵アカでないかぎりオープンな場であり、悪意ある他者にいくらでも発見されるリスクが常にあります。
「投稿がつまらないから」と「よくないね」ボタンを押す大義名分もあります。
こうした状況を踏まえると承認不安なほど「よくないね」の数の方が多くなってしまう可能性は高く、
そうなれば承認欲求不満に陥っている人は行き詰まり、パニックに陥るかもしれません。
Twitterを卒業できればまだマシですが、もしそれもままならない場合は精神が歪んでしまう可能性も否定できません。


「よくないね」ボタンを実装する建前は、そうした有意義でない投稿、悪意のある投稿をタイムラインから排除して、
より有意義な投稿をピックアップさせるようにすることなのでしょう。
その方がTwitterというプラットフォームは一見して面白い投稿が溢れた楽しい場になるような気はします。
たとえばYouTubeのコメント欄なんかは読む人のことを考えるとそれでいいのかもしれません。
ただ、SNSにおける発信者の平等性を考えると、これもなかなか残酷なことだと思います。
バズれるインフルエンサーなんて世の中のごく少数にすぎず、
大半は承認欲求不満とまではいかないものの有意義な発信なんて進んでやろうと思っていません。
SNS社会はごく少数の投稿をヨイショするために投稿の価値が「いいね」「よくないね」によって可視化され、
他者にとって価値の無い圧倒的多数の投稿は排除されていく運命にあります。
むしろ「いいね」を非表示にすればSNSからストレスは相当減るのではないかと思います。
しかしそうすると今度はインフルエンサーが投稿する意義を失ってしまう。


こう考えると現在のSNSはその構造上「平等」なんてあり得なくて、弱者は淘汰される運命なのでしょう。
インフルエンサーがカネを生む以上、運営がそちら側に寄るのは当然のことです。
1000以下の「いいね」は可視化されないなどの折衷案はいくらでも思いつきますが、
改悪を続けるTwitterがそんな気の利いた仕組みを提供してくれるとも思いません。
この辺は過渡期を抜けて時代の価値観が変わったとき、
また新たなプラットフォームが現れて若い人から順にそこへ移行することになるんじゃないかと思っています。
Twitterが生まれて18年経ちましたが、まだまだ次の時代に移るタイミングではないということですね。
一時期代替サービスが次々に発表されましたが、基本構造が同じであれば移行する意味がありません。
ただ、Threadsのときの勢いを考えると、もし本当に次世代SNSを発明できたら、
Twitterからの移行は驚くほどハイペースで進むのではないかと思います。


「よくないね」ボタンが本当に実装されたらTwitterはインターネットの戦場のようになるでしょう。
こんな地獄みたいな承認欲求競争プラットフォームを未成年も使えるというのが驚きです
(現在の10代はTwitterを利用していない人もかなり多いそうですが)。
現代で電車の中での喫煙が信じられないように、20年後には未成年者のSNSが同じ文脈で語られるのではないでしょうか。


#7726

大量リムーブの反省

今日の出来事twitter

2年半前、Twitterのメインアカウントでフォローしていた人を一気に678人リムーブ(フォロー解除)し、
その少し後にさらに公式アカウント270個ほどをリムーブするということをしました(#06818 / 2022年08月17日)。
今更ながら、いや今更だからこそ、この立ち回りが正しかったのかどうかを振り返っていきたいと思います。


当時の記事を読み返すと、その思惑としては「無差別相互フォロー全盛の時代にとりあえずフォローしただけの相手は、
無責任にただフォローしていてもお互いに得るものが無い」というような考えがあったようです。
もう少し当時の記憶を肉付けすると、当時はたしかまだおすすめの精度がイマイチで使っていませんでした。
それで基本的にはフォローしている人のつぶやきを新着順に読むというのが一般的で、
Twitterというのはさまざまな人の一人言を読むツール、というイメージでした。


その一人言というのは無責任な自分語りがあまりにも多く、ときに辟易していたのは事実です。
やはり、タイムラインから受けるストレスというのは現在と比べると格段に多かった。
だからこそメンタルをやられていた2019年以降はしばしば強い意志で「ツイ禁」したり、
それ以前は自分自身もメンヘラツイートをぶちかましたりするようなこともありました。
いまとなっては信じられませんが、ブログの新着記事URLをTwitterに都度投稿していたのもこの頃です。
いまの価値観で言えば、当時のTwitterというのは非常に確率の低い「承認欲求ガチャ」だったと思います。
認めてほしい人のあまりの多さに対して、認めてくれる人があまりに少なかった。


最初にリムーブした678人というのはただ相互フォローしているだけの赤の他人であり、
お互いの一人言に対して反応することも滅多になかったし、「いいね」をつけることもありませんでした。
当時は、「他人はコントロールできないが、付き合う相手は選ぶことができる。
合理的に考えれば、なるべく自分を認めてくれるような他人を選ぶべきだ」という考えがあり(#06853 / 2022年09月21日)、
認めてくれない他者は積極的に切り捨てても良い、という考えのもと大量リムーブを決行しました。
当時もそれは利己的すぎるかもしれないと内省していますが、果たして大量リムーブは正しかったのでしょうか。


当時はネット活動の不振から「ネット活動では承認欲求は満たせない(割に合わない)」という考えが根強くあり、
Twitterからもほとんど身を引くつもりでいました。
それは単にお互いに何も反応しないフォロー関係は不毛だ、というようなレベルではなく、
自分のメイン活動であるピクミンをも引退するつもりで思い切ったフォロー整理をしていたという意図があります。
本当にたまたま偶然、その直後に完全新作が発表されたことで引退は撤回することになりましたが、
直前にフォロー整理を行なったことでピクミン専用の発信アカウントとして再出発せざるを得なくなりました。
なぜなら、自分から認めてくれない他者を積極的に切り捨てた以上、
自分自身が無益なつぶやきでタイムラインを汚すわけにいかなかったからです。


それによりつぶやきは格段に減り、2023年以降(特に去年から)は急速にサブアカウントの数が増えました。
メインアカウントがピクミン専用になったことで、他の趣味について情報収集する受け皿が必要になったからです。
当初はコンシューマーゲームに関する話題だけは相変わらずメインアカウントでしていましたが、
最近だともうそれすらサブアカウントで済ませることが多くなっています。
もちろん、サブアカウントでつぶやいたところで反応をくれる人はほとんどいません。


かつてはただフォローしただけの間柄でも何気ない投稿から会話が始まることがまれにありました。
メインの趣味とは言えないまでも自分の興味のあることについての発信をメインアカウントで根気よくしていたら、
2022年以降もそういう交流があったのかもしれないのに……とふと思いました。
少なくとも、繋がりがゼロに等しいサブアカウントで呟くよりは有意義であるように思える。
まぁ、それを正当化するためには自分が他者の何気ないツイートを受容する必要があり、
これまでにそういうことが実践できていたのかと言われると……。


もともと、Twitterは「ゆるいつながり」を標榜するSNS的な何かだったはずであり、
それ自体にまるでリアルの人間関係かのような有意義さを求めるのはお門違いだというのはその通りでしょう。
他者の何気ないつぶやきを見てストレスが溜まるようならそもそもTwitterに向いていないし、
その時点で自分自身の性格的な欠陥を感じずにいられません。


結局、大量リムーブによって「関係性がないわけではないが日常的なつぶやきをするアカウント」が少数残り、
タイムラインが低速化することによってそれら日常ツイートがさらに悪目立ちするようになってしまい、
ストレスフリーを徹底するために彼らをもミュートすることによって、最終的に虚無空間が出来上がりました。
とはいえ、今更ミュート解除して日常ツイートを積極的に読みに行く理由も無いわけで。
これに関してはもう後戻りできないところに来てしまったと感じています。
そもそも日常ツイートに対しストレスを感じるということ自体、
大量リムーブによって自分だけは無益な投稿をできなくなったという「縛り」のせいなのではないかとも感じます。
そう考えれば、昨今のTwitterで感じるストレスは自業自得であると言え、
それをもって大量リムーブは失敗だったと結論づけることもできるでしょう。


とはいえ、趣味別にアカウントを使い分けて一人言の垂れ流しから卒業するというのは近年のTwitterの潮流でもあり、
決して自分だけの話ではないと感じています。
少なくともタイムラインを見るかぎり、ここ数年でそういう運用に切り替えた人はかなりいる。
言い方は悪いですが、分別を弁えられる人とそうでない人で明暗が分かれたイメージです。
近年変化した社会的風潮に沿って無益なつぶやきはなるべくしないようにしている人がいる一方、
そういう潮流に気付けない人がいまもなお一人言をひたすら垂れ流している。


大量リムーブは自業自得ですが、
リムーブしなかったとしても世間の風潮的に一人言の垂れ流しが許されていたとも限らない。
それ自体は自分も許容する・しないはさておき人として良くないことだと思っていて、
図らずも一人言の垂れ流しから卒業できたことそのものは道徳的には良いことだと思っています。
ただ、Twitterがもっと充実していたころと比べるとやはり一抹の寂しさは感じずにはいられません。
2ちゃんねるの時代からあった「なんとなくみんなで無責任にワイワイ話す場所」をついに手放したという感覚。


当時、意味は無いと思っていた678人との繋がりは、
自分が自分にルールを課すこともなく自由につぶやきを許すという点で意味はあったのではないかと感じます。
そのか細い関係があったからこそ、有意義ではなくとも承認欲求を満たそうとする行動が許されていた。
そういうプラットフォームがあるからこそ日々が充実していた側面もあるでしょう。
割に合わないと感じていたのは事実ですが、そういうアウトプット先があるだけマシだったのかもしれない。
いまは、活動に結果が伴わないかぎりはTwitterで承認欲求を満たすことが完全にできなくなってしまいました。
もちろんこの方が無責任な発信は減るし、より良い成果を求めざるを得ないという良い面もあります。
ただ一方で以前よりも承認欲求不満に陥りやすくなってきているのは事実だろうと思います。
無差別フォロー自体は過去の遺物であることは間違いないので、
まあ時代がこうさせたと言ってしまえばそうなのかもしれません。


#7579

見ない自由

これは周期的に巡ってくるような気がするのですが、
最近は自分に直接関係あるわけでもない他人の言動について、短絡的に非難したくなる時期に入っています。
ここでいう「他人の言動」は、ほとんどがSNSにおける日常的な投稿です。
実際に非難してしまえばトラブルになるのが明白なので、さすがに近年は感情的な投稿はしなくなりました。


この手の言動が鼻につくようになるというのは、過去の経験則から言って自責論的には2つの原因があります。
ひとつは短期的に強い承認欲求不足に陥っているという可能性。
自分も話したいことがさまざまあるが
テーマの都合上話しにくい、身近な人間関係の都合で適切な話し相手がいないなど、
それがなかなかうまく消化できずにわだかまっているような状況でよく当てはまります。
承認欲求不足ではあるが、アイデンティティーの問題から手放しにそれを発言するわけにはいかない。
そういうときに空気を読まず無粋な発言をしている人を見ると嫉妬に近い苛立ちを感じるというわけですね。
自分はルールを守っているのにあいつは守っていないじゃないか、と。
まあこういうのを「ルール」と言い切ってしまうのは別の問題がありますが。


もうひとつは経緯を知らずに結論だけ目にしているために誤解しているという可能性。
もうサービス名を書いちゃいますが、この問題は短文投稿を主旨とするTwitterにおいて頻発しやすいです。
そしてTwitterのような短文投稿サービスというのはあまりにも誤解を生じやすいシステムだと自分は思います。
自分はもう2015年くらいから一貫してアンチTwitterですが、その主な根拠がこれです。
まず大前提として、人の考えは140文字で経緯まで含めて説明できるわけがありません。
「その人がどういう経緯でその結論に至ったのか」を受け手に全部任せた上で結論だけ投げておいて、
それで他者に理解を期待するというのはあまりにも無謀な行動だと言わざるを得ない。
受け手が期待されている通りに理解するには、そもそもかなりその人自身を理解している必要があると思います。
そして個人的にはそのレベルの他者理解はTwitter単独では不可能だと考えています。


なので2022年以降の自分は基本的にAクラスタのアカウントならAについてしか語らない人の投稿しか読まず、
思想を込めた日常的なつぶやき(ネガポジ関係なく)をする人は
どのクラスタでも割と容赦無くリムブロミュートしています。
が、実はここだけの話、一部のアカウントはリトマス試験紙用にあえてミュートせずに残しています。
その人のつぶやきに対してイラッと来たら「あ、承認欲求不足に陥っているな」と判断できるので便利なんです。


ただこれには致命的な問題があり、単純にフォローがどんどん減っていきさらなる欲求不満を起こしやすいです。
そのため結局はリアル交流によるコミュニケーションが大事になってくるわけですが、
一方で昔ミュートした人もコンプラ意識が高まって許容範囲内に収まっているかもしれない。
そういう可能性を確認するために年1回くらいはミュートリストの棚卸しをした方がいいのかもとふと思いました。


こう書くとなんというか一部の属性の人に「上から目線だ」と批判されかねないと思うのですが、
もちろんそれは誤解で、他者が自分をミュート等する自由もあると思うので普通にお互い様だと思っています。
この辺はこの10年でSNSの相互フォロー関係における距離感の取り方が変わった影響なのではないかと。
以前はあまりにも距離が近すぎたので、それを適切な距離まで遠ざけようという感じですね。


投稿する自由があるのなら、それと同じくらいそれを「見ない自由」も認められるべきだと思っています。
インターネット文化黎明期からある「嫌なら見るな」というやつですね。
この辺は大きなテーマになるのでこれ以上深掘りしませんが、
昨今のコンプラ意識の高まりはいままで距離感が近すぎたことへの反動も大いに関係しているのではないでしょうか。


#7551

おすすめタイムラインが壊れた

今日の出来事twitter

突然旧Twitterのメインアカウントのおすすめタイムラインが壊れ、
交通事故のようなアンダーグラウンドでセンシティブな動画コンテンツや
暇〇〇や滝〇〇〇〇みたいなキャンセルカルチャー扇動者っぽい反社アカウントが出るわ出るわ。
それよりもさらに香ばしそうな陰謀論者もわらわら。
おそらく不具合でおすすめに使われた学習データが一時的に消失していたものと思われ、
その根拠にほぼ使っていない休眠アカウントにログインしておすすめTLをのぞいてみたところ、
ほとんど同じようなコンテンツが表示されました。
その他サブアカウント各種は正常なので、一部のアカウントのみリセットされた状態のようです。


にしても、Twitterアカウントを作って最初に表示されるコンテンツがこれってなかなか終わってますね……。
特にスマホ普及以降、ネットはもはやバカが増え過ぎて自衛しなければ使いものにならない、
という意識は多かれ少なかれあらゆるネットユーザーが実感していることと思いますが、
もうとっくにAIがフィルタリングしないと目も当てられない地獄になっていたんだと改めて思いました。
キュレーション機能がファイヤーウォールのような存在になっていたとは。
もちろん、自分はこのデフォルトで表示される反社投稿を明らかに嫌なものとして認識していますが、
そういうゴシップを食い物にしている人にとっては大切な食い扶持であるのかもしれません。
そういう人たちが意外に多いからこそデフォルトのオススメで表示されるわけで。


自分はブログでTwitterがいかにSNSとして欠陥があるかということを何度も批判してきましたが、
改めてTwitterというのは何も考えなしに使うと「精神のP2Pソフト」のような危険性があると思いました。
ここでのP2Pソフトとは、PCの特定フォルダを専用ポートを通じて
(サーバーを介さずに)他のユーザーにアップロードすることによって、
ネットワーク全体でファイルの共有をすることを実現するファイル共有ソフトのことを言います。
ネット黎明期から2000年代までは流行っていました。
現在はこれで著作物を流すことは当然、ダウンロードすることも明確に違法とされています。


いうまでもなくP2Pには悪意のあるユーザーによるウイルス感染のリスクがあるわけですが、
ファイヤーウォールの機能していないTwitterにおいても似たようなことが言えるのではないかと思います。
つまり、適切にフィルタリングしないと短絡的でネガティブな意見がどんどん流れてきて、
それに感化され自分自身も短絡的でネガティブな意見を垂れ流しがちだということ。
微妙な距離感から会話マナーが通用せず、
ゆえに心に刺さりやすい言葉の応酬によってお互い傷つけあっているのではないかと。
現実のコミュニケーションでは誰しもが発言前に一定のフィルタを噛ませているわけですが、
そういう作業を一切せずに意見交換をするとどうなるのか、がTwitterにはよく現れている。
ここで議論することの不毛さはもはや言うまでもありませんが、
フィルタリングしないで読むことの危険性も改めて認識し直すことになりそうです。


去年、イーロン・マスクがTwitterをめちゃくちゃにし出したときは
「完全有料化によってついにTwitterも平和になるかも!?」と若干期待したりしていたのですが、
実際に現実になったのは名称変更や大量のインプレゾンビの産出などまるでロクなことになっていません。
マスクはSNSに毒されている現代社会を少しでも良くしようと思っているのではないか……
と一瞬でも考えてしまった自分が情けない。
そんな期待をする暇があったら、有毒情報を目にしない方法をよりいっそう徹底するべきですね。
5ちゃんねる(旧2ちゃんねる)は無法地帯化が進んだ結果、
存続はしているものの普通の人は誰も寄りつかない圧倒的アンダーグラウンドに成り下がりましたが、
Twitterもあと10年くらいでそうなるんじゃないかなと思っています。
Mastodonが次世代マイクロブログとして一瞬もてはやされたときは「ついにTwitterがオワコンになる!」
と喜んだものですが、いつの間にかそれから9年が経っています。なかなかしぶとい……。


#7537

Twitterアカウント使い分けの現状

今日の出来事twitter

まだ噂レベルの情報ですが、旧TwitterのおすすめTLに表示する内容を決めるアルゴリズムが
ここ最近「自身がポストした内容」に強くウエイトがかかるようになったとのことです。
Twitterはもともといいね/リツイートした投稿に関連する投稿を自動的に拾ってくる傾向が強かったのですが、
その辺の方針転換があったのかもしれません。


自分の投稿に基づいてキュレーションされるというのは、
自分のように情報収集を目的としている場合は能動的な使い分けができる可能性が大きくなります。
アカウントAでは趣味aについての、アカウントBでは趣味bについての投稿をすることによって、
自然と各クラスタの話題が入ってくるというわけですね。
もはやリストをいくつも作って使い分ける時代は終わったと言っていいでしょう。


自分は2022年くらいからTwitterアカウントを主な趣味によって分ける運用に方針転換しており、
アカウント自体は現在8つのストックがあります。
このうち「ピクミン」「仮想通貨・投資」「創作」はすでに趣味別特化アカウントとして運用しており、
能動的にキュレーションを操作できるなら「インディーズゲーム開発」「電子音楽」も加えようかなと検討中。
電子音楽(エレクトロニカ界隈)はリスト運用の最初期からすでにリストとして存在していて、
主なレーベルの最新情報などをゲットするためにいくつかのアカウントをフォローしています。
近年は音楽サブスクにお株を奪われつつありましたが、
いまいちApple Musicだけでは電子音楽のトレンドは追えないのでこっちを再整備するのは全然アリ。


インディーズゲーム界隈に関しては
以前からまれにTLにアイデアが光るSteamインディーズゲームの情報が流れてきていたのを、
もっと高頻度で摂取したいと思い立って今年に入ってから関係各所をフォローしまくっています。
別に「コミュニティに参加する」というようなレベルではないのですが、
これはこれで明らかにインディーズゲーム探しの役に立っているので独立してもいいのかなと。
ゆくゆくはゲーム制作をするようになったら広報アカウントにも転用できますしね。
「ピクミン以外のゲーム」に関しても基本的にはこっちでつぶやくようになりそう。


ちなみに、こうなると日常ツイートをする場所がなくなるわけですが、
これについてはやや批判的な主張になるものの、自分は日常ツイートは「ポストしたら負け」だと思っています。
もう世の中の空気的にそういう内容を趣味アカでするような時代ではないでしょう。
親しい間柄との日常の共有はクローズドSNSやメッセンジャーアプリでするべきであって、
公共の場たるTwitterはそれに適していない。
いまもなお日常ツイートをポストするのは構ってちゃんアピールにしかならないと自分は戒めています。
たまーに承認欲求不足に陥るとしたくなりますが、グッと堪えてツイートしないように気をつけています。
ここはもう「有益な情報」を流すところであって、「個人の意見」なんてどうでもいいのですから。
無論、他の人がそういうツイートをするのは自由だと思います。自分はそういう人はフォローしませんけどね。


あと試しに放置しているサブアカを久々に開いてみたら政治とスキャンダルで即埋まってしまったので、
「興味ない」ボタンも適切に運用していく必要がありそうです。
メインアカウントはそういう内容はほぼ流れてこないので、いちおう機能しているのではないかと。
Twitterはフォローしているアカウントを時系列に表示するしかなかった時代は無益も無益でしたが、
ここにきてやっと情報収集ツールとしてはかなり有用になってきたと思います。
通勤電車で見るアプリとしては現状で一番依存度が高いかも。


#7216

Twitter完全有料化の噂

今日の出来事twitter

旧Twitterが「すべてのサービスを有料化する」という噂が立っているようです。
発端は例によってイーロン・マスクの発言で、
この人の発言はめちゃくちゃなこともわりと実現してきたので結構間に受けている人も多そうです。
ただ、報道に対してそれは誤報だと指摘する向きもあり現状ではなんとも言えない状況。


旧Twitterは先日、
認証済みアカウントのインプレッション(つぶやきの閲覧数、いいね数、RT数の合計)に対して、
アフィリエイト料を支払う新システムを発表しました。
こないだスパムがひどすぎると書きましたが、原因はどうやらこれのようです。
とにかく報酬を稼ぐためにトレンドキーワードを含む投稿や、
バズツイートや著名人へのなり振り構わぬクソリプ、
あるいはパパ活を匂わせるなどとにかく無法地帯になっていて世界的な批判も高まっています。
そこで打ち出したイーロン・マスクの対策が、全アカウントの有料化。
たしかにそれをすれば大量アカウントの同時運用は難しくなるし、
インプレッションを稼げなければ赤字なのでそももそもやろうとする人はかなり減りそうです。
運営側の懸念であるマネタイズ問題も解決できる見込みがある。
ただ、そもそも一般ユーザーが現状の旧Twitterに課金するかと言われると……。


まあ、これで旧Twitterの息の根を止めることになるならそれはそれでいいのではないでしょうか。
これからは本格的にDiscordなどのクローズドコミュニティに移行すると思えば悪いことでもない。
自分のメインアカウントに至っては、
復帰後は特定ユーザーのつぶやきのみを非公開リストに入れて読んでいるだけになっていて、
もはやメインタイムラインは読んでいません。
そして非公開リストに入れているユーザーはほぼほぼ共通のDiscordサーバーがあるので、
なんならすぐに旧Twitterが消滅してもなんら支障無いんですよね。
むしろ消滅すれば分散していた発信先が統合されてDiscordがより賑わうことが予想されるので、
自分としてはそちらの方が圧倒的に良いです。なのでぶっちゃけ有料化は歓迎です。
サブアカの運用が若干難しくなりますが、まあ代替手段はいくらでもあるので。


にしても、イーロン・マスクたった一人にここまで引っ掻き回されるとは……。
いまのところ悪手が続いているように見えますが、最後に笑うのは誰なのでしょうか。
threadsが新しい覇権を握るのか、はたまた旧Twitterが息を吹き返すのか、
あるいは第三者のサービスが台頭してきて王座を奪うのか……。
ネット文化はゼロ年代後期以来の新しい過渡期にさしかかってきているような気がします。


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