Chrononglyph

#8262

執筆意欲の根源

07月中旬からじわじわと低迷しているブログですが、
ちょっとしたほつれがいつの間にか取り返しのつかないレベルの裂け目になりつつあるような気がします。
4代目移転(2024年09月)以降最悪かもしれない。


まあ、ブログそのものの低迷はこの22年で何度も何度も何度も何度も直面してきたし、
直面するたびにその深刻度がボジョレーヌーボーのように過去最高を更新したような感覚を味わいつつも
なんだかんだ言いながらその度に復活してきたわけで、
今回も筆を折るための決定的な理由が無い以上は低迷期をしばらく潜ったのちに復活するんだろうなとは思います。
ブログを存続させることそのものは、やろうと思えばどんなに苦境に陥ってもできるでしょう。
問題は、果たして自分はそれでいいのかということですね。


いま深刻な問題だと思っているのは、執筆活動そのもののマンネリ化です。
なんというか、ここに来てブログの主観的なクオリティが一気に落ちてきている気がしています。
従来の自分ならプライドに差し障りがあるだろうから書かなかっただろうな、というような話題を書いたり、
とにかく毎日1本=週7本に間に合わせるために、いままで以上に投げやりな書き方になってきている気がする。
そしてそうなるともう、書くこと自体が有意義とは思えなくなってしまうわけで、
ただただ積もっているタスクを機械的に片付けるだけになってしまっている。
逆に言えば、低迷していることを自覚していないときの自分は、
無自覚にしろ文章を書くことそのものに対して「これを書きたい」と思う前向きな気持ちがあるのかもしれません。
その内容がゲームのプレイ日記にしろ哲学にしろ批判にしろ愚痴にしろ、とにかくそれを書きたいという気持ちがある。
いまは、その執筆意欲の根本であろう気持ちが離れてしまっているような感じがします。


本家ブログを続けることそれ自体は、かぎりなく100%に近い割合で自己満足だと思っています。
ゆえに、自分が満足できるかどうかというのは存続を考えるにあたって重要なファクターになるわけです。
活動の地盤がそこにしかないので、こうして何度も低迷期にぶち当たっては乗り越えることを繰り返しているわけですね。
他者に依存しない以上は自助努力で解決はできるけれども、逆に言えばそれ以外の支えが何も無いので脆いと。


目下の低迷は頑張れば乗り越えられると思います。
しかし、このまま何も手を打たなかったら今後も浮いては沈むを永遠に繰り返すでしょう。
低迷期にぶち当たるたびにそれなりの時間コストを払って復帰を目指すわけですが、
その間はブログ最優先になるのでどうしても他の活動は休止せざるをえなくなります(体感で半月〜1ヶ月半くらい)。
それがメンタルや年間計画に及ぼす負の影響を考えると、果たして本当にこのままでいいのかという危機感はなくもない。
長期的に成長か改善の見通しのある活動ならそれでもなお続けてもいいかなと思うんですが、
ブログにそれがあるのかと言われると……。
まぁでもこれは低迷しているから思うもので、低迷していないときに成長や改善をしているならいいのか。
だとしても今後のことを考えると、どうにかして低迷期を最小化することはできないものだろうか……。



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