30代の最低線を探る
このところ、「30代になって何も進展していないのではないか」という焦燥感がかなりあります。
ここでいう「30代になった」というボーダーラインは、
自分にとっては上京して名目上webエンジニアなった時点を指します(ギリギリ30歳なので許して)。
それから気がつけばもう後に退けないところまで来てしまっているわけですが、
当時と比べて何が豊かになったのかと言われると、正直自信を持って言えることがほとんど無い現実があります。
確かに年収は増えました。手取りベースですら実家時代の2倍以上なので、
そういう意味では社会的地位は順調に上がっていると言えるのかもしれません。
ただ、可処分所得はびっくりするくらい増えていないので金銭的に豊かになったと言うには厳しい現状があります。
最初の1〜2年は生活費の負担があるので仕方ないで済ましてきたところがありますが、
それ以降も収入増の部分があまり反映されていないのが現状です。
手元の財布の中身だけ見ると、この5年何をやっていたんだとどうしても言いたくなる。
これが全部増税や物価高のせいなら政治活動でもすればいいのでしょうが、
自分の場合は浪費癖は言わずもがな、軽率な大学院進学、睡眠の問題、仮想通貨のせいでここに至っているので
政治や家庭のせいにできるような強い立場ではなく、なかなか他責に振り切れない事情があります。
これと同じようなことは実家時代の最終盤にも言っていたような記憶があり、
やはり自分はお金の使い方が下手なんだなと思います。
いやいや世の中カネだけじゃないでしょうと他の方面にも目を向けたくなるのですが、
まあ進展が無くはないものの、それが30代前半を費やしたことに見合っているのかと言われるとかなり微妙です。
パッと思いつくことと言えば、自尊心との付き合い方が多少マシになって趣味系活動が整理・進展したこと、
睡眠の問題がかなりマシになったこと、対人関係も整理されてコミュ力が明確に改善したこと、くらいか。
しかしいずれも精神論で、結局のところ「目に見える成果」がゼロであることは否めません。
単年で見れば2023年以降は年間計画を名目上は毎年クリアしていて主にweb制作系の成果があるものの、
「これが人生の5年を費やして作ったものです」と堂々と言えるのかと言われると……。
まぁ、人生こういうもんだと割り切ってしまうのも決して間違いではないと思います。
こうした不安はそもそも(最低これくらいはという)理想とのギャップによって生じるものですが、
そもそもこの文脈でいう最低線の理想が本当に妥当な線なのかは個人では判断できません。
周囲に心を許せるひとまわり年上の知り合いがいないというのもありますが、
仮にいたとしても、「自分の30代はこうであるべき」というスローガンを適切な位置に持ってくるのは難しい気がする。
少なくとも高すぎる理想を何も考えずに受け入れて苦しむのは愚かだとは思います。
しかしだからといって何も考えずに理想を下げるのもそれはそれで問題がある。
いまの理想と現実の程度は、自分がこれまでの人生経験によって蓄積してきた自尊心によって決められたものであって、
単に理屈や論理で左右していいものではないと思うからです。
こういうものは納得感のある微調整を少しずつ積み重ねていくしかないのかなと。
年齢的にはいまから若者文化で頑張るのも無理があると思われ(念頭にあるのはゲームのやり込み、若者向けの創作活動)、
それらを手放すべきか否かで迷っている現実もあります。
成果が出なかったからといって軽率に手放したら後悔すると思いますが、
だからといってこれらに将来性が無いのも事実です。
この過渡期をどう凌ぐかについてはまるで結論が出ていませんが、今後数年で結論を出すべきのような気はしています。
とりあえず、いまやるべきなのは40歳までにマストで何をしなければならないのかを考え、
今後はそういった1年を越えるスパンでも計画を立てて拠り所を作っていくのが良さそうだとは思っています。
これまで年間計画を立てて、それに対してできた・できなかったで1年を評価してきましたが、
人生全体を振り返るような広い視点では1年というのは短すぎるのだと改めて思います。