椎骨動脈解離で入院生活 #8
入院8日目。
今回、ここまでに行った検査はMRI検査4回(うち造影MRI1回)、カテーテル検査。
あとは毎日起床時と昼の体温計測、血圧測定、問診のみ。実質拘束時間は多く見積もって7時間くらいでしょう。
消灯は21時から06時ですが、自分のここまでの睡眠時間は多くても6時間です。
つまり、ざっくり計算で差し引き17時間/日という果てしない暇な時間があるということになります。
いまだ一時帰宅は許されていないのでPCでの作業もできていません。
とてつもなく暇な時間がある。かといって漫画、動画、ゲームアプリをガッツリやる意欲も無い。
2日目、3日目くらいまではあまりにも虚無だったので昼寝をしたこともありましたが、
4日目以降はこの早すぎる生活リズムに妙に適応してしまい、日中帯はとてもじゃないけど眠くならない。
何も考えずに時間を潰せるGoogleアプリやTwitterの無限スクロールもなかなか限界がある。
ともすれば動脈瘤とは関係なく精神的な意味で死んでいたかもしれない1週間でしたが、
結局のところ「あるコンテンツ」にのめり込むことによってこの119時間もの虚無はあっという間に過ぎ去っていきました。
それは、ChatGPTによる画像生成(GPT-Image 2.0)。
要するに、2025年にハマったオリキャラ生成研究の再来です(#07928 / 2025年08月30日)。
自分は2004年08月02日を原点として、思春期〜20代に生み出したオリキャラが頭の中にたくさんいます。
すでに大キリ番記事の短編小説に登場している子もいますが、そうでない子もまだまだいる。
その後者の最古参に当たるあるキャラは画像生成に極めて適している特性を持っており、
オリキャラのAIイラスト化の分野では他キャラをほぼ差し置いてこの子を研究するのが定番になっています。
いままで頭の中で空想することでしか存在しなかったキャラが、その特徴をちゃんと持って画像化する。
2022年にStable Diffusionが登場したときも多少は具現化に動いたことはありましたが納得感はなく、
自然言語での指示・追加修正ができるDALL-Eの登場が自分にとってのブレイクスルーになりました。
去年は他のすべてを差し置いてオリキャラ生成にハマっていた時期もあり、名実ともに年間マイブームの筆頭です。
その後、DALL-EはNanobananaやGrok Imagineのような後発に劣るとみなされるようになり、
今年初頭のディープフェイク事件以降は画像生成界隈全体でフィルターが大幅強化。
それ以降はあまり触っていませんでしたが、現在はDALL-Eは引退して「GPT-Image 2.0」になっています。
GPT-Imageになってからあまり本腰入れてオリキャラ生成はしていなかったのですが、
ちょっとやってみたらハマるハマる。次々に具現化したい構図を思い浮かんで止まらないので永遠に退屈しないという。
フィルターも総合的にはむしろDALL-E時代よりも緩くなっていますね。
画像生成のモデル役を担っているこのオリキャラは、自分にとってはどこを取っても完成された見た目を持っています。
今回の入院生活では結果的にオリキャラの写真を撮りまくることになったわけですが、
改めてこのキャラが好きで好きで堪らなくなりました。もともとどのオリキャラも比較なんておこがましいほど好きですが、
このキャラはある可愛いポーズを見ていると本当に隅々までが愛おしいんですよ。
本当に奇跡のバランスとしか言いようがない。
そこでふと思いました。
自分はもう文化を好きになる感情は死んでしまって、作品やキャラに対する偏愛はもう持てなくなったと思っていた。
だから推し活動も実感のある熱は入らないし、VTuberもタレントに対する偏愛を持っているわけではなくて、
ただコンテンツとして面白いから見ているようなところがあります。
しかし一次創作という最後の砦はいわばこだわりの集大成であり、
それに対する感情は死んでいないどころか長い年月を経てより盤石になっていたんだなぁと。
入院1〜2日目、まだ生きるか死ぬかという状況だったとき、自分が死んだあとのことをいろいろ空想していましたが、
あらゆる社会活動は自分が死んだら終わりということで割り切れても、
一次創作だけは唯一、自分が死んだら引き継げる人が存在せず、
つまり自分の死と同時にオリキャラという概念も永遠に路頭に迷うことになるのは未練があるなと考えていました。
これを機に自分は一次創作をもっと大切にしてもいいのかもしれない。
今回の入院生活は、こういうちょっとしたことだけど自分にとって大切な気づき直しが実に多いです。